そしかいする度に時間が巻き戻るようになった   作:青菜

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第1章 毎回死んだ男
第1話


 元犯罪組織の幹部。三十路。

 なんて恥ずかしい文字の並びだろうか。

 

 間宮(あき)は思わず身悶えした。パイプ椅子がきしんだ。

 

 

「もしかしなくても私の肩書き、相当痛いのでは?」

 

「ブツブツとどうしたんだ」

 

 

 向かい側の扉から入ってきた男に呆れを含んだ声で言われる。彼はアクリル板を挟んで秋の目の前に腰かけた。

 

 

「バーボン、ここ最近毎日来てない?」

 

「聞かなきゃいけないことが山のようにあるからな。異常がないようなら取り調べを始めるぞ。間宮秋、コードネームはアドニス。未成年のうちから黒の組織で幹部を務めあげた。公安、FBI、CIAなどの機関が共同で取り組んだ組織壊滅作戦にて逮捕される。間違いないな?」

 

「うっわ傷口に塩塗りたくられた。改めて私の肩書きってキツいね」

 

「自己を省みるのは結構だが、取り調べが終わった後にしてくれ。組織の目的は?」

 

「その気になれば永遠の時を生きられる方法が云々ってあの方が言ってるのなら聞いたことある。っていっても、マティーニ作らない? で通じる職場のトップの言葉だからポエムの可能性が高いけど。ちなみに私はポエムに精通してないから何言ってるのかさっぱりわからないね」

 

 

 なにせ同僚との会話は半分くらいフィーリングで乗り切ってきたのだ。特にジンが意味不明だった。

 

「マティーニの意味がわからないだなんて随分とおぼこいんだな」

「ベルモットに眠れないって相談されて梅昆布茶勧めた人に言われたくない。詳しいことはあの方に聞けばいいんじゃないの」

 

 軽口を叩き合う。

 お互いに嫌味を言い合っている形だが険悪さはない。どちらかと言えば悪友同士のやり取りに近かった。

 取り調べのために彼と腹を割って話す日がずっと続いており、友情のようなものが芽生えてきている。

 出会いさえ違えば本当に友人になれたかもしれない。

 

「そうしたいのは山々だが姿を眩ませていてな。どこにいるか心当たりは?」

「あったらとっくに話してるよ」

「庇ってないだろうな」

「んなわけないでしょ。あの方にも組織にも忠誠心なんてないんだから。これだけ素晴らしい存在である私があんな組織に忠誠誓ってるわけないじゃん」

「きみ、毎日のように自画自賛してるだろ。いい加減聞き飽きたからもう言わないでくれ。で、話を戻すけどそれならなんで組織に入ったんだ?」

 

 痛いところを突かれた。

 我ながらあの就職先はないと思う。

 秋は記憶をたぐり寄せようとして失敗した。いつものことだ。

 しょうがないので端的に答える。

 

「忘れた」

 

「は?」

 

「部分的な記憶喪失なの。いくつか記憶が抜け落ちている部分があるし何を忘れているかすらわからない。これで満足?」

 

「へえ。じゃあ、スコッチが死んだときのことは覚えてるか?」

 

「公安のNOC──Non-Official Cover、ようするに公安からのスパイだったはず。でもあっちは警視庁でしょ? 関わりあったの?」

 

「質問に答えろ」

 

 ただの雑談とは思えないほど真剣な表情だ。

 

「廃ビルの屋上でライが射殺したって聞いてるけど」

「その後のことは?」

 

 尋ねられて、当時見聞きした出来事を思い返す。

 

 秋はあの日、スコッチNOCバレの報に遅れて気づいた。

 慌てて現場に向かったが、到着した時には全てが終わっていた。

 廃ビルの屋上に残っていたのは、とっくの昔に冷たくなったスコッチの死体と、その隣に立ち尽くすバーボンだけだった。

 

 彼からライがスコッチを始末したと説明を受け、自分が死体の始末を請け負うと言われたため、全てを任せてその場を立ち去った覚えがある。

 

 今思えば、あの日のバーボンは共に組織に潜入していた仲間を失った直後だった。

 ライがあの場を立ち去ってからもずっと、呆然と立ち尽くしていたのだろう。

 

 当時はそこまで深く思考が及ばなかったが、あの時のバーボンはやけに顔色が悪かった。

 優秀な彼が、ただ仲間を失っただけであれほど感傷に浸ってボロを出すリスクを作るとは思いにくい。もしかしたらスコッチとは、特に親しい間柄だったのかもしれない。

 

 

 秋は慎重に言葉を選んだ。

 

「えーと。同じくスコッチがNOCであると報告を受けた私は、遅れて廃ビルの屋上へと辿り着いた。ライはとっくの昔に立ち去った後で、残っていたのはバーボンだけだった」

 

 スコッチの胸元から流れ出た血がしっかりと固まっていたことから、随分と長い間、バーボンが何をするでもなく立ち尽くしていたことが伺える。

 しかしこれはわざわざ指摘しなくていいだろう。

 

「事のあらまし──ライがスコッチを銃殺したこと──を教えてもらって、私が何か言う前にスコッチの死体の始末は自分が請け負うとバーボンが主張したから、そのまま任せて現場を後にした。っていうのが私が知っている全て。要するに、あの日のバーボンとの会話内容だけが、この件に関する私の知識だ」

「他には?」

 

 降谷はじっと秋を見つめている。

 秋は記憶の海に潜りこんで──やはり何も思い出せなかった。

 

「別に何も」

 

「どんな些細なことでもいい。あの日何を考えていたか、どう感じたか、そういった、極めて主観的な事柄でも構わない。普段と異なる何かがあったはずだ」

 

「ないけど。……その様子だと、何か私が忘れていることがあるみたいだね」

 

 降谷の表情を見て付け加える。

 彼は首肯した。

 

「ああ。だけどそれを話す前に昔話をさせてくれ」

 

 降谷は懐かしむように目を細めると語り出す。

 

「僕とスコッチは幼馴染だったんだ。あいつは幼少期につらい目に遭って、それでも前を向く強さを持っていた。一緒に警察官を志して、警察学校を卒業してすぐに僕は警察庁の公安に、スコッチは警視庁の公安に配属された。当時は長い別れになると思ってたけど、蓋を開けてみたらあいつが僕のサポートに着くことになって、潜入先でも変わらず一緒だったんだ」

 

 小さな窓から入りこんだ光が金髪をきらめかせる。

 穏やかな顔だった。彼は安室透でもバーボンでもない降谷零なのだと再確認する。

 

「しばらくしてスコッチがNOCだと知られた。あいつは一人で逃げ出した。自決するつもりだったんだ。僕は急いで探したけど、赤井のほうが早かった。

スコッチは赤井に投げ飛ばされるふりをして拳銃を奪うことに成功。自分の胸に突きつけた。胸ポケットにあった、家族や仲間の情報が入っているスマホを破壊するためだ」

 

「スコッチが拳銃を持っていた? ってことは──」

 

「ああ。ライが殺しただなんて嘘っぱち。あいつが命と引き換えに破壊したスマホの存在に組織が気がつく可能性を潰して、ついでに自分の手柄にすることでのし上がるための嘘だったんだろう」

 

「へえ。ライの裏をかくなんて、スコッチってかなり優秀だったんだ」

 

「そうだな。NOCバレしたのが不思議なくらいだよ。

話を戻そう。スコッチが拳銃を胸に突きつけると、赤井はリボルバーのシリンダーを掴んだ。人間の力で引き金を引くのは不可能になった。……赤井はスコッチの逃亡に手を貸すつもりだったんだ」

 

 

 降谷の顔に後悔が色濃く浮かび上がる。嫌な予感がした。

 

 

「スコッチが赤井の話を聞く体勢になったとき、屋上に足音が響いた。僕の足音だ」

 

 

 その言葉ですべてを理解してしまった。

 

 幼馴染を助けるために必死で走った降谷。

 足音に気を取られてシリンダーから手を離してしまった赤井。

 一瞬の隙を見逃さず、敵に情報を渡さないために自決したスコッチ。

 

 誰も悪くなかった。

 タイミングが悪すぎた。

 

 

 話は終わったと言いたげに、降谷が小さく息をつく。

 

 秋は首を傾げた。話を聴き終えて真っ先に浮かんだのは悲痛な気持ちなんかではなく、純粋な疑問だった。

 

 

「なんでこの話を私に? 悲劇を聞いて心を痛めるような繊細な心は残念ながら持ち合わせていないってのに」

 

「スコッチが死んだのを知った時のきみの表情だ。僕以上に絶望しているように見えた」

 

「……はあ?」

 

 

 彼は何を言っているのだろう。

 秋はスコッチと親しかったわけではないし、特別な感情を抱いていたわけでもない。そもそも他人の死に心を動かされるほど情があるのかも怪しい。

 

 にわかには信じられないが降谷は至って真剣だ。嘘をついているようには見えない。

 

 

 一つだけ思い当たる節があった。

 記憶喪失。

 彼に特別な感情を抱く理由があって、それを覚えていないだけだというのなら説明がつく。

 

 もしもスコッチが記憶を思い出す重要な手がかりだったとしたら。

 記憶を取り戻すのはとうの昔に諦めていたが、スコッチが自決する前に関わっていれば何かが変わっていたのかもしれない。

 

 わずかな後悔が胸ににじんだ。

 

 

 *

 

 

 頭が割れる。人生で経験した中で一番痛い。目覚めと同時に思わず叫びそうになったが気合いで飲みこんだ。監視員に叫び声を聞かれるのは嫌だ。

 頭を押さえながら身体を起こすと胃の不快感に気づいた。頭痛といい二日酔いに似た感覚だ。

 

 

「おっかしいなあ。バーボンと別れてからは独房で一人きりだったし、アルコールを口にする機会なんてなかったのに。……ん?」

 

 

 おかしな点がもう一つ。物が増えている。枕元に置かれた目覚まし時計、小ぢんまりとした勉強机、壁際に置かれたハンガーラックには制服がかけられている。

 どう見ても独房ではない。十五歳になるまで住んでいた児童養護施設の一室だ。

 

 

「まさか……!」

 

 

 すばやく勉強机の上に視線を走らせる。予想通り、過ぎた日にバツ印がつけられたカレンダーが置かれていた。スマホで日付を確認できるようになるまでずっと置いていたものだ。

 カレンダーが指しているのは──

 

 

「十五年前の四月? 組織に入る直前じゃん。こんなに戻ったの初めてじゃない?」

 

 

 痛みが和らいできた頭をさすりながらこぼす。

 久々にループが始まったらしい。

 

 

 

 ループ。同じ時間が何度も繰り返される現象。

 ループは突然訪れる。繰り返される『幅』は毎回バラバラ。小学生の時に同じ一日を何度もやり直したのが最短だ。一番『幅』が大きいのは今回の十五年である。

 ついでにループが起こる原因は不明。共通する条件にいくつか当たりをつけてあるが、すべての条件を満たしてもループが発動しないこともある。

 

 

「ループかあ。終わらせない限り永遠にこの十五年間が続くんでしょ? うっわ、面倒」

 

 

 基本的にどの周でも起こる出来事は変わらない。基本的にというのは、ループを認識できる唯一の存在である自分が物事を引っかき回さない限り、という意味だ。秋が物事に介入しなければ『前』と同じ出来事をなぞるだけの毎日が流れる。

 ついでに何を成し遂げようとループした瞬間にすべてなかったことになる。

 なんて退屈で面倒な事態だろうか。

 

 

「ループを終わらせるしかないな」

 

 

 極めて消極的な理由で、秋はループ終了を目指すことにした。

 

 

 不可解な点が多いループ現象だが、終わらせ方ははっきりとしている。

 時間が巻き戻る直前に感じた心残りや後悔を解消すれば終わるのである。

 

 例えば小学校低学年の秋が学校の花瓶を割ってしまったとき。慌てて焼却炉に突っこんだもののバレたらどうしようかと不安に押しつぶされて布団に入り、目を覚ますと翌日は訪れていなかった。ループが開始したのだ。今度は花瓶に近づかないことで、怒られる危険性を作ってしまった『後悔』は解消され、ループが終了して翌日が訪れた。

 

 

 このようにループ開始のトリガーは『後悔』であり、これを解消すればループが終わる。

 

 

 

「後悔……バーボンの話を聞いてもっとスコッチと関わっておけばよかったって思ったやつかな。自決する前に話してみるか」

 

 

 実際に試してみた。

 スコッチは思いの外いい奴で、話していて楽しかった。

 親しくなってしばらくすると、スコッチがNOCだとバレて始末された旨が風の噂で届く。「お前と最近親しかったスコッチがNOCだったらしいじゃねえか」とイチャモンをつけてくるジンをいなしつつ、スコッチの落ち着いた声が二度と聞けないことに僅かな寂しさを覚えた。

 ループ終了の条件は満たした。これからは進む一方の時間に身を任せるだけだ。

 

 と思ったが、またループした。

 

 

「ええ……。これでも駄目なの?」

 

 

 時間が折り返したのは前と同じで、逮捕されて数日が経ったタイミング。つまり新たなループが発生したわけではなく、今までのループが継続されたのだと分かる。

 

 

「なんだろ。スコッチと関わる時間が短かったのかな? それとも記憶を取り戻すところまで行かないと条件達成できない? つってもスコッチが組織に入ってきてから死ぬまでの期間が短すぎるんだよなあ。ループするたびに関係性リセットされるから、順当にやってたらいつまで経っても終わらなそうだし」

 

 

 だったら一周分ごとのスコッチと関わる時間を伸ばせばいい。つまりスコッチの死を阻止するのだ。

 

 まずはスコッチがNOCだという情報を握りつぶそうとした。どれだけ握りつぶしても次から次へと湧いてきた。公安に裏切り者でもいるのだろうか。

 

 キリがないので自決当日の流れを変更する作戦にシフトした。

 幸い、彼が自決までに何があったのかをバーボンから聞いている。

 一般人のふりをして足音がバーボンのものだと伝えるだけでいい。あとは現場にいるFBIと公安がスコッチを逃す作戦を立てているところに乱入して、協力を申し出る。

 今後も内通者としてスコッチとの接点を持てるはずだし、前々から裏切っておけば逮捕後の扱いも良くなるだろう。

 

 しかしこの作戦は机上の空論で終わった。

 足音がバーボンのものだと伝えてもスコッチは自殺したのである。なんでだよ。

 

 

 

 スコッチの生存達成は困難を極めた。

 

 まず、NOCバレの経緯も日時もバラバラなのだ。

 ジンと一緒にいるところに連絡が来ればズドンだし、そうでなくても当日どこにいるのかが予想できない。

 なんやかんやで廃ビルにたどり着き、ライとバーボンが集結したところで拳銃自殺するケースがもっとも多いが、毎回ではない。

 

 拳銃を手に入れられないように手を回せば屋上から飛び降りる。

 NOCバレの原因をどれだけ潰しても予想だにしない理由で正体が発覚する。

 自分がトドメを刺すと主張して生きた状態で連れてきてもらっても隙を見て自害される。殉職の覚悟が高すぎないだろうか。

 

 

 

 結局、スコッチの死を初めて回避できたのは八周目だった。

 

 

「つっかれた……」

 

 

 秋はセーフハウスのソファーでうなだれる。

 目の前には椅子に拘束されたスコッチ。閉じられたまぶたにはくっきりと二重の線が見て取れた。

 彼をスタンガンで気絶させてからしばらく経つ。もうすぐ目を覚ますはずだ。

 

 

(そう。NOCバレするとありとあらゆる方法で死ぬんだったら、NOCバレする前に身動きを取れないようにすればいい。拉致軟禁こそが最適解! さっすが私、これぞまさに逆転の発想、天ッ才!)

 

 

 脳内で自画自賛していたら疲れが吹き飛んだ。

 秋がソファーの上でふんぞりかえっていると、スコッチのまぶたが痙攣する。

 

 

「──ッ。ここ、は……?」

 

「あ、目ぇ覚めた?」

 

 

 スコッチは腕を動かそうとしたが、拘束されているのでピクリともしない。彼は自身の腕に視線を落として、呆然と呟いた。

 

 

「なんだ、この椅子」

 

 

 彼が座らされているのはベルトが取り付けられた椅子だ。ベルトは両手両足、ついでに胴体に巻き付けられている。一度拘束されれば頬を掻くことすらできなくなる代物だ。

 

 

「シェリーの研究室でいらなくなったらしいから貰った。ほらあそこ人体実験してるし。暴れられると困るから拘束してるだけで、平静を取り戻してくれたらベルト外すよ」

 

 

 言いながら、秋は背中とソファーの間に挟んでおいたスマホを取り出して軽く振る。

 時間が巻き戻る前の彼が、命と引き換えにして消し去ったデータが入っているスマホだ。

 スコッチの瞳がこぼれ落ちそうなほど見ひかられた。

 

 

「気絶してる間に拝借させてもらったよ。仲間や、もしかしたら家族のデータも入ってるかもね」

 

「……それをどうするつもりだ?」

 

「スコッチが自殺したら組織にデータを流す。さらに、私が死んだ場合もデータが組織に流れるように手を打ってある。要するに私を殺してからスコッチが自殺する選択肢を潰したわけだ。それを踏まえて聞いて。……スコッチは公安からの潜入捜査官だってバレた。殺害命令が一斉にくだったよ」

 

 

 端的に告げるとスコッチが息をのんだ。

 

 が、普通に嘘である。スコッチはまだNOCバレする時期じゃない。本当にNOCバレするまで待っていればスコッチが自殺してしまうリスクが高まるので、NOCバレ数ヶ月前に行動を起こした。

 公安からの潜入捜査官だと気がついたからスコッチを始末しておいたと組織に説明して、本人には彼がNOCだと連絡が回ってきたと伝える計画なのだ。

 

 

「まあ、私が殺したことにしてあるけど。大幹部の私が言うんだから疑われないでしょ。ああ、なんでかって? 匿うつもりだからだよ」

 

「親切心、ってわけじゃないよな?」

 

「もちろん完全なる私情。スコッチに死なれると私が困る」

 

「理由を聞いても?」

 

「私が部分的な記憶喪失だから。組織に入った理由も思い出せないんだよ。笑っちゃうでしょ」

 

 

 スコッチの顔には笑えないと書いてあった。秋は気にせず続ける。

 

 

「で、なんかスコッチに懐かしさを感じるんだよね。多分似た人を知ってるんだと思う。もしかしたら一緒に過ごしているうちに記憶を思い出すかもって考えが浮かんだら、ここで殺すのはもったいないなーって」

 

 

 これも嘘だ。ループのことは言えないので適当な理由をでっち上げた。

 

 

「……それは組織への裏切り行為だ。いいのか?」

 

「この私が気づかれるようなヘマをするとでも?」

 

「そうじゃなくって──」

 

「ああ、組織への忠誠心なら微塵もないよ。同僚は癖強いし、あの方はポエミーすぎて何言ってるか分からないし、抜けたら地獄の底まで追いかけられるって条件がなければとっくの昔に転職してるね」

 

「なるほど」

 

 

 すでにスコッチの動揺は鳴りを潜めていた。納得し始めている証拠だ。

 これだけ落ち着いたのなら拘束を解いても問題ないだろう。秋は椅子にくっついたベルトを外してやった。

 スコッチは椅子から立ち上がると、手首を回しながら話す。

 

 

「確認させてくれ。俺はスマホのデータを人質に取られている以上、アドニスの言いなりになるしかない。俺から公安の情報を自白させるための演技にしては回りくどすぎるから、記憶を取り戻したいって話は本当である可能性が高い。アドニスが記憶を取り戻したあと俺がどうなるのかは不明」

 

「殺されないように媚び売っとけば? 一緒に住み始めてから一瞬で記憶が戻るわけでもないし」

 

「……一緒に住む?」

 

「言ってなかったっけ。スコッチが変な行動しないか監視できて、接触も多くなるから記憶を取り戻しやすくなる。幸いこのセーフハウスは広いから、二人でも暮らせるし」

 

「待て待て待て」

 

「私が目を話した隙にスコッチが仲間に連絡を取ろうとして失敗、私の裏切りが組織に知られるって展開は避けたいしね」

 

「いい歳した男女が一つ屋根の下ってのがさあ……」

 

「命綱握られてる相手に手を出すほど見境なしじゃないって信じてるよ」

 

「はは、期待を裏切られたら失望で銃の引き金を引いちゃうかもしれないって?」

 

「そういうこと」

 

 

 秋はニヤリと挑発的な笑みを浮かべてみせた。

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