そしかいする度に時間が巻き戻るようになった   作:青菜

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【お知らせ】
この話は7月30日、31日に公開していた第12話を修正したものとなっています。
旧12話は情報量が多すぎて読みにくいと判断したため急遽書き直させていただきました。
一部をカットしてあるだけなので前に投稿していた12話を読んでいる方が読み直す必要はありません。カットした情報は13話で開示します。
ご迷惑をおかけしたことお詫び申し上げます。








第12話

 タイミングの悪いことにキールが姿を消した。『前』のループで話を耳に挟んだことがある自分はFBIの仕業だと知っているが、この状況ではどうしても毛利探偵事務所が怪しく見えてしまう。

 

 秋は商品を眺めるふりをしてコンビニの陳列棚の陰に隠れていた。見つかりやすい場所でサボっていてはキャンティあたりに糾弾される確率が上がるためだ。

 

(毛利探偵事務所へ向かう前に手分けしてキールを探すよう説得したのはいいけど、残された時間は少ない。今のうちに対策を打たないと……)

 

 何度も同じ時間を繰り返していると言っても土門暗殺の一件に関わったのは今回が初。どこまでが『前回』と同じなのかは知らないし、把握している真実は随分とおぼろげである。役に立ちそうなループ知識は無い。

 秋は思わず歯噛みした。

 

(まずいな)

 

 まだまだループが続くのなら、次の周が始まると同時に人の生死もリセットされるため安心して構えてられる。しかし今回でループが終わる可能性が出てきた。『後悔』は別のものだと萩原が断言したためだ。

 

 洞察力と推理力に優れた彼が言い切るのだから、ループ終了条件は記憶喪失以外の要因の可能性が高い。知らず知らずのうちにループ終了条件を満たしてしまったために、この周でループが終わる展開もあり得る。

 記憶喪失以外に『後悔』の心当たりが全くないのも懸念に拍車を掛けていた。当たりがついていないのだから、ループ終了条件達成を故意に避ける手段は封じられている。

 

 もしもループが終わるとしたら、この周の出来事が確定された過去となる。毛利探偵事務所襲撃が成功して萩原が殺されたら彼の死が確定する。

 

 そこまで考えて、はたと思考の変化に気づいた。秋は購入するつもりでもてあそび始めたチューインガムの袋をいじる手を止める。

 伊達航殺害犯捜索を持ちかけられたばかりの時は、萩原なんてどうでもいい存在だったはずだ。なにせ都合の悪いことが起こったら薬物で廃人にして記憶を消し去ってから殺す気満々だった。

 だというのに、今では組織に反抗してまで萩原を助けることを考えている。

 

 確実に自分は変わっている。秋はその変化に対して自嘲気味に笑い、すぐに頭を振った。

 

(そうじゃない、今は毛利探偵事務所襲撃について考えないと)

 

 毛利小五郎暗殺は毎回起こっているのか、自分がこの任務に関わったせいで変化が生じたのか、秋にはなにも分からない。

 

 あれこれ考えているうちに時計の針は刻々と進む。

 

 ぐちゃぐちゃの思考を整理する時間は残されていなかった。最優先は萩原に危険を伝えることだろう。

 考えがまとまらないままポケットからスマホを取り出す。慌てすぎて暗証番号入力に何度か失敗した後メッセージアプリの通話機能を開いた。

 電話はすぐに繋がった。萩原の呑気な応答が聞こえてきて肩の力が抜ける。

 

『あれ、間宮ちゃんじゃん。久しぶり』

 

「あー、萩原? その、なんだ、うん……」

 

 

 電話をかけたはいいものの言い淀んだ。命を狙われているから今すぐ避難しろだなんてどう伝えていいのかわからない。

 

 秋がモゴモゴと言葉を噛み殺していると、萩原が先に言葉を発する。

 

『この時期だと……毛利探偵事務所襲撃か。んで、それを知ってるってことはもしかして、間宮ちゃんも組織の一員として一緒に行動してたりする?』

 

 息が止まった。今までとは別の理由で心臓が嫌な音を立てる。

 なんだ? 彼は何を言っている? あの物言いはまるで、秋が黒の組織の一員だと知っているみたいじゃないか。

 

(違う、落ち着け、冷静になれ。手を震わすな。……そうだ、萩原はバーボンと懇意にしていた。バーボンから警告されていてもおかしくない)

 

『……………………おーい?』

「あ、ああ! もちろん萩原が知ってるのは予想済みだったよ」

 

 秋は余裕たっぷりの声色を心がけながら言った。自分が不意を突かれたと知られたくないだなんて妙なプライドが働いたせいだ。

 

「言っとくけど数分間の沈黙があったのは萩原が私の裏の顔を知っていて驚いたからじゃあない」

 

 完全に嘘だった。

 萩原からは何も見えていないのを忘れて、いかにも平常心に見えるようにガムをもてあそぶ手を早める。包装紙が手から滑り落ちた。

 慌てて屈んで拾おうとしたら今度は余計遠くに弾き飛ばしてしまう。割と動揺しているらしい。通話を終えて深呼吸してから拾おう。

 

 彼女は無言で立ち上がってから萩原に向かって言い訳を始めた。

 

「ちょっと思い至ってさ。安室透がポアロで働き始めた時期からして、私の正体を知らされたのは伊達の件で動いていたタイミングと合致している。そのくせ私への態度に変化がなかったのを不思議に思ってね。断じてそれだけだよ、うん」

『そりゃあ元々知ってたからな』

「………………あー、急に耳がおかしくなったみたいで。え、なんて?」

『ほら、ポアロで推理ゲーム解いてた時。あの時には間宮ちゃんの正体、すでに知ってたぜ』

 

 それはつまり、初対面の時である。秋は再び混乱の渦に突き落とされた。

 

 じゃあなんだ? 萩原は組織の人間だと知った上で自分を伊達殺害阻止に巻き込んだことになる。それはあまりにも危険感がなさすぎる。

 

(いや、そういえば私を伊達の件に巻き込んだ経緯も少々不自然だった気がしなくもない。当時はそれだけ困りきってるんだと思ってたけど、犯罪者だと知った上であの申し出をしてきたんなら話は変わってくる。もしかして裏の目的が──?)

 

 頭が目まぐるしく回るが、疑問が肥大化していくばかりで納得のいく答えは出てこない。

 問い詰めたいのにどこから尋ねればいいのかわからなくて、秋は口をハクハクさせた。

 彼女が次の言葉を決めかねているうちに萩原が淡々と告げる。

 

『それよりも問題は差し迫った毛利探偵事務所襲撃だ。手出ししなければ疑いを残しつつも一旦組織が引いてくれる展開になるけど、どうせなら警戒を完全に解いておきたい。そのためには間宮ちゃんの協力が必要なんだけど手を貸してくれるか?』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 空がどんよりとした灰色の雲で覆われている。

 もの抜けからな毛利探偵事務所内をガラス越しに確認するとジンは一つ舌打ちをこぼした。組織が到着する前に探偵事務所の面々は避難し終えていたらしい。

 

 

「チッ、逃げ足の速い……」

 

 

 毛利探偵事務所向かいのビルの屋上。なんの変哲もないそこには、黒の組織幹部が勢揃いしていた。

 

 

 気を取り直すようにポケットからキールの靴底にくっついていた盗聴器を取り出してジンが人相の悪い笑顔を浮かべる。

 

 

「まあいい。どこかで震えながら反撃の目を見つけようと自分がしかけた盗聴器の音を聞いてるだろうさ」

 

「え、なに? もしかして居座るつもり? その馬鹿みたいに目立つ黒ずくめの格好で? 私以外側から見ればおもしろ集団なのに? やめようよSNSにアップされるのがオチだって」

 

「聞こえるか、毛利小五郎。組織(われわれ)は現在米花町にいる。テメエが下手な動きをすれば、絶海の孤島に閉じ込められた兵隊の如く町の人間が一人ずつ減っていくからそのつもりでいろ」

 

「無視!」

 

「お前に聞きたいのはシェリーとの関係だ。キールの靴底にしかけられていた発信器と盗聴器、前にあの女にしかけられたものとよく似ている。偶然だとは言わせねえぜ」

 

 

 どうせジンに話しかけてもまた無視されるのが目に見えているので、秋は横歩きで移動してウォッカの背中をつついた。

 

 

「それ本当にシェリー? ジンの思いすごしじゃなくて?」

 

「間違いねえぜ。あの女の髪がポルシェに落ちていたらしいからな」

 

「ジンってシェリーの髪見分けられるの? 気持ちわるっ」

 

「ちげえよ。それだけ観察眼が鋭いんだ」

 

 

 盗聴器に凄んでいるジンと固唾を呑んで成り行きを見守っている面々という状況で、二人の会話だけが場違いだった。たるんでいると言わんばかりにジンが二人へ鋭い視線をよこした瞬間、足音が響く。地上へ通じる階段からだ。

 各々が一斉に身構えた。

 キャンティとコルンはアイコンタクトを交わし、ジンは懐の拳銃に手をかける。

 全員が警戒心をにじませて階段を睨みつける中、現れたのはよく知る男だった。

 

 

「バーボン!? なんでここに」

 

「ポアロへの通勤途中に見つけたので。それで? これは一体なんの集まりで?」

 

「ああ、そういえば毛利探偵事務所に潜りこんでるんだったな。事前に目をつけていたとは、さすが組織随一の探り屋だぜ」

 

 

 ウォッカが納得げに頷いているが色々と間違っている。

 そもそも毛利小五郎は名探偵ではない。名探偵に仕立て上げられているだけだ。

 

 

「おい、盗聴器が音を拾ってるぞ。安室透の正体まで毛利小五郎に筒抜けだ」

 

「あ」

 

「なにが起こってるのかわからないって顔をしてるな、バーボン。教えてやるさ。キールの靴にお前のお師匠サマが盗聴器と発信器を取り付けやがったんだ。しかし組織(われわれ)の目はごまかせねえ。目眩しの蝋人形を用意する暇もなく尻尾を巻いて逃げ出し、今となっちゃ俺たちに脅されてる始末だ。知っていることを残らず吐けってなァ」

 

「それ僕の私物ですけど」

 

「は?」

 

 

 先ほどまでドヤ顔で解説していたジンが固まる。

 バーボンは呆れ顔でもう一度告げた。

 

 

「だから、その盗聴器と発信器は僕のです。ピンポンダッシュ犯のあぶり出しを依頼され、キールですら真相を掴めない事件なんだからと念を入れて玄関前にしかけたものですよ。ガムでくっつけておいたので、おそらく剥がれてキールが踏んづけたんでしょう」

 

「じゃあバーボンが毛利小五郎を探ってるってのは!?」

 

 

 ウォッカが食い気味に尋ねたがバーボンは鼻で笑い飛ばす。

 

 

「僕が毛利小五郎を探っている? ハッ、冗談を言うのならもっとマシなものにしてください。彼には世間で持て囃されるほどの実力はないし警戒するだけ無駄ですよ。僕があの探偵事務所に居座っているのは全くの別件。あの方直々に下された大切な任務のためだ。まぁ、あなたがた、特にアドニスの前で説明できる代物ではありませんが」

 

 

 信用できないと言わんばかりにわざわざ自分のコードネームを出された秋は、珍しくピクリと片眉を上げるだけにとどめた。普段なら自画自賛を交えて言い返し、コテンパンに反論されるところまでがセットだが、今回のバーボンは協力者。話の流れを変えずに成り行きを見守ったほうがいい。

 

 ほぼ予想通り第一声を切り出したのはキャンティだった。

 

 

「じゃあ何だい!? DJの暗殺を取りやめてまで出向く必要なんてなかったんじゃないか!」

 

「無駄足」

 

「盗聴器がシェリーのと似てるってだけなら偶然の一致で済ませれるわね」

 

 

 その後にコルン、ベルモットと続く。

 話の流れは意図する方向に向かっていた。

 

 盗聴器および発信器はバーボンの私物であり、毛利探偵事務所とはなんら関係がない。さらに一時期米花町に潜伏していたとされるシェリーが同系統の盗聴器を持っていても不思議ではない。そんな雰囲気が場に充満する。

 

 

(この結論になれば組織の動向を探っていた何者かとキール、およびシェリーとの繋がりが消える。キールが関係なくなれば、タイミング的に唯一の容疑者だった毛利小五郎からも目が逸れる。でも頭が切れるジンやベルモットがいる以上、それで終わるわけないよなぁ)

 

 

 横目でジンを確認する。彼は何やら考え込んでいる様子だ。

 秋が盗み見を始めて数秒後、予想通りジンが異議を唱えた。

 

 

「待て。だったらなぜキールは消えた? 暗殺のためにターゲットの車にバイクで接近していた途中で急に連絡が途切れた、周辺を探しても見つからないとなりゃ何者かに攫われたと考えるべきだ。それも複数人のな。それにキールが駐車場での待ち合わせに遅れてきた理由を覚えているか、ウォッカ」

 

「ええっと……あ! 気になる車がついて来ていたから念のために撒いたって言ってやしたぜ!」

 

「ああ、その通りだ。この状況じゃあただの思い過ごしとは考えにくい」

 

「普段は『殺した奴のことは覚えてねえ……』とか言って報連相に支障をきたしまくってる奴がなんか言ってる。……ま、どうせ無視だよね。わかっちゃいたけどさ」

 

「それってまさか──!?」

 

「そう、俺たちをコソコソとつけ回してたハエのような集団がいるんだよ」

 

「そいつらがキールをさらったってことですかい!?」

 

「間違いねえぜ」

 

「ちょっと待ってよ。そいつらがキールをさらったんなら、アタイらの行動をある程度把握してたことになる」

 

「よくわかってるじゃねえかキャンティ。俺が言ってるのはまさにそれだ。ハエどもはどうして組織の動向を知れた? この盗聴器と発信器が関係してるんじゃねえか? なあ、バーボン」

 

「まさか僕がその集団を庇っていると? 冗談はやめてください」

 

 

 問い詰められてもバーボンは焦りを一切感じさせずに飄々と言ってのけた。

 彼はジャケットのポケットから手のひらサイズの機械を取り出す。

 

 

「どうせここにいる誰かがポカをやらかしたんでしょう。ここに盗聴器探知機があります。これでみすみす盗聴器を仕掛けられた無能を炙り出せますよ」

 

「なんでそんなもん持ってるんだ」

 

「米花町は何かと物騒なんです。加えて僕はポアロでアイドル的存在なので……」

 

 

 演技かかった様子で残念そうに首を振るバーボン。秋は思わず呆れ顔になった。

 

 

「それ自分で言う?」

 

「お前の言動の方がよっぽどだろうが」

 

 

 すかさずウォッカが口を挟む。

 秋はムッとして言い返そうとしたが、ベルモットに言葉を被せられた。彼女は腕を組んでうんざりした態度を全面に押し出している。

 

 

「さっさと始めましょう。これでジンの気が済むみたいだし」

 

「ええ」

 

 

 バーボンは頷き、アンテナを伸ばした探知機を持ってゆっくりと移動し始めた。

 左端から進み、コルン、キャンティ、ベルモットを通過する。

 秋の前に来たところで、探知機がタイマーのような音を出した。

 一斉に全員の視線が集まる。

 

 

「……アドニスですね」

 

「嘘でしょ」

 

 

 バーボンはアンテナを戻した探知機を反対側に持ちかえ、盗聴器が取りつけられそうな場所を一つずつ確認した。

 袖口、襟裏(えりうら)、足元。左足に近づくと探知機のライトが点滅する。

 

 全員の視線が痛いほどふりそそぐなか秋は靴裏を調べた。地面に触れないくぼみ部分にチューインガムが張り付いている。

 剥がしたチューインガムの中には盗聴器と発信器が入っていた。

 

 

「ざまあねえなァ。その様子だと現場から遠のいていたのは特別扱いじゃなくて能力不足なんじゃねえか?」

 

 

 ジンが嘲ったのを皮切りにドッと場が沸いた。皆、組織の爪(はじ)き者の失敗が嬉しくてたまらないのだ。

 

 

「全く。嫉妬されるのは羨望の目を向けられる人間の宿命だよね」

 

 

 秋は悔しさで歯軋りしそうになりながら涼しげな顔を意識して作った。心を乱さないよう細心の注意を払っていなければ今にも歯茎から血が出でいるはずだ。

 

 チューインガムから取り出した盗聴器と発信器をジンに無理やり押し付けてウェットティッシュで手を拭く。

 指のベタつきがなくなって、ジンが興味深げに機器を顔の近くに持っていった途端、

 重い音が響いた。つい数時間前に聞いたのと同じ。銃声だ。

 ジンが持っていた盗聴器が弾ける。コンマにも満たない早さで地面に転がった発信器も同様に破壊された。

 

 予想外の出来事に全員が固まる。

 真っ先に動いたのはスナイパーコンビだった。

 

 

「後ろ、八時の方向」

 

「あのビルだよ!」

 

 

 二人は慌ててライフルに手をかけるが、途中でコルンのライフルが奪い取られる。

 

 

「貸せ!」

 

 

 ジンは素早い手つきで奪ったライフルを構えてスコープを除き、忌々しげに呟いた。

 

 

「赤井秀一……!」

 

「赤井ってライ? シェリー姉の元カレでやけにあの方がビビってるFBIの!?」

 

「は? 今赤井って言いました?」

 

 

 バーボンが目をかっぴらいてとんでもなく低い声を出した。

 組織にいた頃から反りが合わなかったとかで、スコッチの一件がなくても彼は赤井秀一を敵視しているのだ。

 

 秋は数テンポ遅れて銃弾が飛んできた方向を見る。それらしい狙撃場所は一つしかなかった。七百ヤードは離れたビルだ。

 並大抵のスナイパーではあそこから小さな盗聴器や発信器を狙い撃つだなんて芸当できっこない。

 

 三度目の銃声。ジンの頬が切れた。

 

 

「FBI……そういうことか!」

 

「クソッ、銃弾をスコープに貫通させてそのまま兄貴の左目を狙いやがった! あの一瞬でライフルをズラすだなんてさすがの反射神経でしたぜ兄貴!」

 

 

 続いて四発目、五発目の銃弾がジンの胴体に撃ち込まれる。

 しかし彼は表情を歪めて撃たれた場所を押さえるだけで倒れることはなかった。中に防弾ジャケットを着ているのだろう。

 

 

(米花町に近づくんなら一般人が起こした事件に巻き込まれるかもしれないもんな。私も着てこればよかった。今度から米花町近くを訪れるときは防弾チョッキでも着とこ)

 

 

「あ、兄貴……」

 

「ずらかるぞ」

 

「でも毛利探偵事務所は!?」

 

「構うな、急げ! バーボン、お前もだ!」

 

「あの男を前にして逃げ出すのは癪ですしこれ以上ドタキャンすると梓さんに大目玉を喰らうんですが……背に腹は変えられませんね」

 

「そしてアドニス。お前だけ別行動だ。どうやら俺たちと同じ空気を吸いたくないらしいからなァ」

 

「そりゃポルシェの中で散々そう訴えてはいたけど、え、なに? この状況で?」

 

「心配するな。行き先が人生の終着駅にならないよう祈るだけの慈悲はかけてやるさ」

 

「電車で帰れだとよ!」

 

「あ、それそういう意味なんだ。ていうかはっや、足はっや!」

 

 

 途中から彼らは走りながら話していた。すでに階段の中腹に差しかかっている。

 秋は慌てて追いかけ出したものの数歩進んですぐに諦めた。距離は開く一方だ。ジンたちに比べて体を動かす機会が圧倒的に足りない自分では絶対に追いつけない。

 そうしているうちに彼らは全員地上に降り立ち、道端に停めていた車に乗り込み始める。

 秋は手すりから身を乗り出して思いつく限りの悪口を吐き捨てた。

 

 

「ふっざけんなよこのロン毛! 梅雨の時期に暑苦しい格好したロリコンポエム野郎! 職質されればいいのに!」

 

 

 しかしジンはこちらに視線すら寄越さなかった。閉じたばかりの扉に遮断されて声が届かなかったのかもしれない。

 

 やがて組織の車が二台とも発車してしまう。

 階段の途中で立ち尽くす秋だけが残された。銃撃は止んでいた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「ったく! 萩原が赤井秀一に話を通してて撃たれないってわかってたから良いものを! 私が死んでたかもしれないのに何考えてんだあの永遠厨二病!」

 

「…………悪い、あれ赤井捜査官の独断だったから話通す暇がなかったっていうか……。まあでもあの人頭切れるらしいしスコープ越しに様子を見てて間宮ちゃんもグルだって気づいてくれたんだろ」

 

「嘘でしょ…………ああいや、独断ね、うん。まあ私が一芝居打つのに協力したって知らずに銃撃をやめなかったとしても無事だったはずだし問題はないけど!? だってこの私だし」

 

「いや間宮ちゃん急に全身震えだして……」

 

「これは、そう、武者振るいってやつだよ」

 

「……あー、そうだな。そうしとくか」

 

 

 命が脅かされたのは本当に久々だった。

 組織に入ってすぐに裏技を使えば危険な任務が免除されるし、組織に入るまでの流れには一定のパターンが出来上がっているため、どう動けばいいか、いつ何が起こるかは事前に分かっている。

 だからこそ予想外の事実にここまで動揺しているのだ。

 

 それだけである。決して自分が小心者だからではない。

 秋はそう内心で唱えてから、組織の目を欺いた方法を思い返した。

 

 コンビニで購入したチューインガムに私物の盗聴器と発信器を包んで靴底にくっつける。あとは合流したバーボンに発見してもらい、キールが攫われたのは自分のミスだと組織に誤解させるだけ。

 至って単純な手口だった。

 

 

「私がミスを偽装するだなんて人類史における重大事件だね」

 

「それはホントそう。おかげで助かったよ、ありがとな」

 

 

 ブラインドが下された毛利探偵事務所。小五郎やその娘はまだ避難先から帰っていないため萩原と二人きりである。

 問いただしたいことが多すぎるので内密に話せる場を用意してもらった。

 

 秋は足を組んで胸を張り、指を二本立てた。

 

 

「尋ねたいのは二つ。どうして私が組織の人間だと知っていたのか、バーボンを作戦に組み込んで彼が組織の意思にそむく瞬間を私に目撃させたのはなぜか。下手したら降谷零の顔に気づかれるかもしれないってのに。今までの『周』で、組織が潰れて逮捕されたときに降谷零と出会っている可能性が高いと言っても危険すぎるでしょ」

 

 

 真剣な表情で萩原を見る。

 彼は数秒間の沈黙の後、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。

 

 

「……班長を殺す犯人を捕まえるために動いてた時の俺に、何かしらの疑問を感じたことは?」

 

「多少はね。時折含みがありそうな言動をするし、何よりあの時点で私が組織の人間だって知ってたらしいのに普通に接していた。ある程度信頼を寄せられてた気もする。私のあまりの素晴らしさに骨抜きにされて信仰の域に達してるってわけでもなさそうだし。……こうして羅列してみるとけっこう不審だね」

 

「班長の一件に間宮ちゃんを巻き込んだ理由は二つあるんだ。一つは間宮ちゃんを加えれば行き詰まりだった犯人探しに兆しが見えるんじゃないかと思ったから。これは予想通りだと思う。もう一つは間宮ちゃんが信頼できるか見極めるためだ。一緒に行動する時間を確保できればその分観察できるだろ?」

 

 

 同じくループしている人間として人となりを知りたかったということだろうか。しかしその時点で黒の組織の一員だと知られていた。考慮するまでもなく危険な相手だと切り捨てるのが普通である。そうしなかった理由があるはずだ。

 

 そこまで考えた途端これ以上先に進んではいけないと脳が警報を鳴らした。

 自画自賛している時、やけに自分の言葉が上滑りして聞こえることがある。そういう時の反応と全く同じだ。今回のこれも、深く考えたら精神的にダメージを負う類のものなのだろう。

 一瞬でそう判断すると、秋は慌てて思考を断ち切って別の話題を持ちかけた。

 

 

「それで? 今日の出来事からして私が信頼できるって結論を出したみたいだけど決め手はなんだったの?」

 

「ハムサンドだ」

 

「ハムサンド?」

 

「正月明け……班長殺害の容疑者が出揃ったあたりだな。ポアロのハムサンドをテイクアウトして食べてた時、味に心当たりがある反応をしてただろ。一度か二度食べた程度では味の区別がつかない馬鹿舌の間宮ちゃんがだ。心当たりができるほどたくさん、同じハムサンドを食べたってことになる」

 

「どんな食べ物でも美味しく感じられる舌の持ち主と言ってほしいね」

 

「安室ちゃん……降谷零から聞いたことがあるんだ。あのハムサンドは親友直伝のレシピで、レシピを知ってるのは世界で二人だけだってな。そいつも組織に潜入してたんだろうけど、間宮ちゃんとそいつとの関係性は希薄で、手料理を振る舞う機会があったとは思えないって証言を得てる。つまり、」

 

 

 萩原は真実を確信した探偵の顔で笑い、秋が初めて聞く名前を口にした。

 

 

「君は諸伏景光を匿ってるんだろう? 諸伏景光は生きている。あいつを殺さなかったんなら信頼できるさ」

 

 

 *

 

 

 特徴的なエンジン音を響かせてポルシェが走っていた。その後ろにはスナイパーたちが乗るバイパーがくっ付いている。

 

 アドニスの靴裏に付着していた盗聴器と発信器はFBIの手によるものだろうと話していたところで無線からザッピング音がした。続いてキャンティの声が聞こえてくる。

 

 

『ねえジン、流石にあの状態でアドニスを置いてきたのはマズいんじゃないかい? 毎回後方から講釈垂れてるだけで現場に出ないクソムカつく相手が致命的なミスを犯したからって、死なれでもしたらあの方がなんて言うか……』

 

「問題ないさ。なにせあの方からの指示だ」

 

 

 ジンがくつりと笑った。

 キャンティに加えて運転席のウォッカからも驚きの声が上がる。ベルモットですら僅かに目を見開いた。

 ジンは眼前を見据えたまま話す。

 

 

「毛利探偵事務所に向かう前にメールが届いてな。前もって狙撃場所に陣取っていた赤井秀一が銃弾を浴びせてくるかもしれないから、その場合はアドニスだけ残して退散しろだとよ」

 

「なんでまた……」

 

 

 ボスからの指示に含まれた真意をはかりかねてウォッカが零した。

 赤井が待ち構えていると予想していたことへの疑問は見られない。なにせボスの慧眼は周知の事実であり、そのおかげで切り抜けられた危機は数えきれないほど存在している。

 それら偉業を考えれば、FBIが毛利小五郎の裏にいて、あの場で赤井秀一が出てくることまで読んでいたのも納得できるのだ。

 

 ジンは「さあな」とだけ答えた。

 くわえたタバコに火をつけて白い煙をゆっくりと吐き出す。

 再びタバコをくわえ直してから視線をバックミラーに映った男へと移動させ、断定的な声色で言った。

 

 

「だがそのヒントはバーボンが握ってるんじゃねえか? テメエが毛利探偵事務所に潜入していた理由。俺たちの前で説明できる代物じゃないと言っていたが、正確に表現すると()()()()()()()()()()()()()()だったんだろう。どうして毛利探偵事務所だったのかは知らないし興味もないが……」

 

 

 車内の視線が一斉にバーボンへと集まる。

 無線越しに話を聞いているスナイパーたちも息を止めて彼の反応を待った。

 

 組織随一の探り屋は計算され尽くされた、作り物だと一目でわかる顔で微笑んでから告げる。

 

 

「ジンの予想は当たっています。僕に命じられているのはアドニスの見張りですよ」

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