そしかいする度に時間が巻き戻るようになった   作:青菜

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第31話(1)

 スコッチを最寄駅に送り届けた後。

 任務終わりの足で、秋はシェリーの自宅へと向かっていた。

 スピード違反ギリギリの速度で車を走らせる。

 視界の端で、横窓の景色が飛ぶように流れていく。

 

 

 運転しながらも、意識は今しがた気がついた真相に齧り付いていた。

 

 これまでシェリーが否定してきたのは「いずれかの周で秋が一度死んでいる」という仮説であり、「記憶から消えた一からn周目」の存在は否定も肯定もされていない。

 

 この事実を中心に据えて思考を巡らせる。

 頭の中で理論が組み上がって、どんどんと仮説が実像を結んでいく。

 

 

 

 数メートル先に赤信号が見えた。

 減速していき、車が完全に停止すると、グローブボックスから大きめの帽子とパーカーを取り出して身につける。

 一応の変装だ。

 以前彼女を自宅に送り届けた時にチラッと確認しただけでも、シェリーが住むマンションには複数の監視カメラが設置されていた。

 顔と体型を隠しておくのが望ましい。

 

 

「あー、あー」

 

 

 続けて、喉の調子を確かめるために極力低い声を出してみる。

 

 シェリーのマンションはオートロック式だ。

 内部に入るには、閉ざされたガラス扉の前に設置されたインターホンへ目的の部屋番号を入力し、用のある相手とやりとりをする必要がある。

 インターホン越しに会話したのち住人が許可を出せば、眼前の扉が開いてロビーに立ち入ることができる仕組みだ。

 

 以前垣間見たインターホンの機種からして、その際の音声は録音されているはず。

 扉前の空間に監視カメラが設置されているから変声機は使えない。

 だからもしも声を出す必要に迫られた場合は、自力で声色を変えなくてはならない。

 

 あの方に疑念を抱かせないことが勝利条件である以上、突然の来訪者と自分とを結びつける要素は極力排除するべきだ。

 流石のあの方も、シェリーが住むマンションの監視カメラをいちいち確認したりはしていないだろうが、後々何かしらの疑念を持って監視カメラの録画を遡る可能性はゼロではない。

 慎重に慎重を重ねて、声色も変えておくべきだろう。

 

 

 

 そうこうしていると目的地に到着した。

 少し迷ってコインパーキングに車を止める。駐禁で足がつくのは避けたい。

 

 車から降りる。

 続けざまに勢いに任せて後ろ手で扉を閉め、一歩目を踏み出しながらポケットのキーを押す。

 背後からロック音がしたのを確認して、一層歩調を早めた。

 走りに近い早歩きでマンションへと向かう。

 途中、帽子を深く被り直した。

 

 

 建物内に入ると、ガラス扉を隔ててロビー前に設置された置き型インターホンを操作する。

 

 おそらく、シェリーは自宅にいるはずだ。

 次回の検査協力日を決める際に、直近の彼女のスケジュールはあらかた把握できるため、今日が彼女の休日であることは分かっている。

 外出が制限されているシェリーは、休日をもっぱら自宅で過ごしていると思われる。

 

 もしも不在だったら一時退散しなくてはならない。

 何度も自宅に押しかけるとあの方の監視に引っかかるリスクが高まるから、最悪次回の検査協力まで持ち越しとなる。

 

 

 しかし秋の心配は杞憂に終わった。シェリーは自宅にいた。

 

 

『なにか?』

 

 

 不審そうな声で尋ねられる。

 秋は答える代わりに、彼女の部屋に繋がるカメラにだけ顔が映る角度で帽子のツバを持ち上げた。

 

 インターホン越しに息を呑む音がした。

 何か言われることもなく目の前のガラス扉が開く。

 秋の表情を見てただ事ではないと察し、詳しい話は部屋ですることにしたらしい。

 一言も話さずに済んだのは助かった。

 

 

 はやる気持ちを押さえてエレベーターに乗り込み、上階へと運ばれる。

 エレベーターが停止すると、扉が開き切る前に外に出て、早足でシェリーの部屋へと向かう。

 

 

 部屋前に設置されたインターホンを押すとすぐに扉が開いた。

 シェリーが何かを言う前に「中で話そう」と告げ、部屋に体を滑り込ませる。

 

 

 玄関で靴を脱ぎながら、秋は尋ねた。

 

 

「研究室を調べるために使った小型探知機を渡した日、一度自宅に持ち帰ってるよね?」

 

「ええ。翌日研究室に持っていったから」

 

 

 元より疑っていなかったが、これでシェリーの自室があの方に監視されていないことが確定した。

 あの探知機は有線型の機器に反応しないという欠点があるが、監視ツールを定期的に回収しに来なくてはならない不便を背負ってまで、あの方が無線型の劣化版である有線型を設置するわけがない。

 

 

「それなら私の記憶喪失の謎について話しても大丈夫だね」

 

 

 要件を告げるとシェリーが息を呑んだ。

 まるで、とうとうこの時が来たと言わんばかりの顔だった。

 追求は後にして、片足を廊下に置く。

 

 

「話が長くなるし上がっても?」

 

 

 許可を得る前に、秋の両足が廊下に降り立った。

 有無を言わせぬ雰囲気を感じ取ったシェリーが、意味をなさない肯定を告げる。

 

 

「……ええ」

 

 

 諦念が滲んだ声だった。

 

 

 

 シェリーの自室は秋のセーフハウスよりもよほど生活感があった。

 組織に対人関係を制限されているせいで人をもてなす用意はされていないのに、あり合わせの物でそれらしい事ができてしまいそうだ。

 「できてしまいそうだ」と表現したのは、飲み物の準備をしようと戸棚へ向かったシェリーを秋が制したため、確認する機会を失ったからである。

 一刻も早く話を始めたい。

 

 

「しばらく前に私が提示した、記憶喪失の真相に関する仮説を覚えてる?」

 

 

 発した第一声は、我ながら意地の悪い質問だと思う。

 

 これまで得た情報を再構築して導き出した予測が正しければシェリーは覚えているに決まってるし、自分は予測が正しいと確信している。

 だってシェリーは、秋が現れてから一言も「なぜ来たのか」と尋ねていない。

 

 

「ええ。ループが始まったのはアドニスが認識しているよりも前で、アドニスが一周目だと思っているのはループの途中の周だって仮説ね」

 

 

 シェリーは首肯した。

 食卓テーブルを挟んで秋の目の前に腰掛けると、つらつらと仮説の概要を誦じる。

 

 

「アドニスが認識上の一周目よりも一つ前の周で死んだためにループ中の記憶を引き継げなくなり、それまで繰り返した十五年間のループについて綺麗さっぱり忘れる。アドニスの主観では、ループが始まる前日と、n周目の初日とが地続きになっているように映る。記憶から消えたのは巻き戻りとともに存在ごとリセットされる時間なんだから、アドニスは一定の期間の出来事を綺麗さっぱり忘れている事実にすら気づかない。でもこの仮説には明確な欠陥があったわ。伝えたはずだけど」

 

 

 最後に、シェリーはしらばっくれて見せた。往生際が悪い。

 

 

「そうだね。ループの途中で死んでいたら体内のタキオンが消失してループ者じゃなくなるはずだとか、その仮説だと記憶を失ったのはループ開始地点である十五歳時のはずだから、記憶喪失を自覚した時期と合わないとか、確かに色々言われた。ただし、どれも『私が一度死んでいる』という部分の否定であって、ループ開始地点を誤認しているという仮説の主軸は全く否定されてない」

 

「……」

 

 

 秋が断言すると、シェリーの口角が下がり、唇が一文字に結ばれた。

 彼女が無言になったのをいい事に、畳み掛ける。

 

 

「情報不足のせいである一点を間違えていただけで、私が語った仮説は真相に肉薄していた。それを悟られたくなかったシェリーは、仮説が完全に間違っていたと私に思わせるため、忘れている周が存在するという仮説を再び私が持ち出した時に誤解を招く言葉選びをして、否定したと見せかけた。嘘は言っていないけど本当のことも言っていなかったわけだ」

 

 

 一周目からn-1周目までを忘れた要因が、死亡によるタキオン消失ではなく別のものだとしたら。

 記憶から失われた周があるという仮説は成立する。

 

 

 秋が記憶喪失を初めて自覚したのは、認識上の一周目の二十七歳時だ。

 n周目──別の言い方をすれば認識上の一周目──の二十七歳の時に、n-1周目までの記憶が消えたとして。

 その期間に起きた出来事は全て忘却される。

 

 

 例えば、あの方直々の命令で萩原に接触するよりも前から秋と萩原には面識があったが、秋はそのことを忘れている。

 n-1周目までに起きた出来事だからだ。

 

 

 例えば、認識上の一周目で降谷から知らされた、スコッチの死に対して秋が降谷以上に絶望していたという身に覚えのない話。そしてスコッチへの既視感。

 これだって同じことだ。

 スコッチへの既視感の原因である「何かしらの出来事」は、n-1周目までに起きた事だった。だから忘却された。

 

 スコッチの死に秋が深く絶望したのは、もともと絶望に至る理由があったからだろう。

 しかし秋は二十七歳時、スコッチのNOCバレ直後に記憶を失っている。

 だから組織壊滅後に留置所で降谷からあの日のことを聞かされた時は、絶望の理由を忘れた後だった。

 身に覚えがなくて当然だ。

 

 

 

 さらに、「本当の一周目からn-1周目の出来事を全て忘れている」とするなら、n-1周目までの知識を元に判断、思考していた内容は全て忘却される。

 「どんな行動をしたのかは覚えてるけど、何を思ってあの行動をしたのかは全く覚えていない」という事態になる。

 

 

 何より分かりやすいのは、「秘められていた才能が開花しちゃったかな……」で済ませてきた数々の不審点。

 

 第一に、経験と実力との乖離だ。

 

 ずっと一般人として過ごしてきた大して優秀でもない十五歳の非力な少女が、急に裏社会に入っても成り上がることが出来た。

 これは何故か。

 ループによる知識というアドバンテージがあったからだ。

 秋はきっと、何度か十五年間を繰り返して満足に情報を得た後で「一周目だと誤認していた周」を迎えた。

 

 秋の記憶喪失は、「どの様な行動をしたのかは覚えてるが、何を思って動いたのかは全く覚えていない」という代物だ。

 おそらくこれは、記憶から失われた周に起因する情報が失われているせいだ。

 

 

 認識上の一周目の秋は、「以前の周の知識によると、ここではこう動いた方がいいからこう動こう」と適宜判断して組織で成り上がっていった。

 その後二十七歳の時にn-1周目までの記憶が消える。

 すなわち、各行動の根拠だった出来事が全て記憶から消える。

 

 n-1周目までの記憶を失った後に過去を振り返ったら、「組織で成り上がるために打った手は覚えているけど、判断の根拠はまるで覚えていないし、あの時何を考えていたのかも全然覚えていない」という認識が出来上がる。

 

 これが、不可解な記憶喪失の正体だ。

 

 

 

 他の細々とした謎も同じことだ。

 

 

 クソ怪しいホームページだけを見てクソ怪しい発明家・阿笠に連絡を取ったのは何故か。

 n-1周目までのどこかで阿笠のことを知る機会があったからn周目で連絡を取ったが、後日n-1周目までの記憶を失ったため、後から振り返った時、自分がなんの根拠もなく阿笠に連絡を取ったようにしか思えなかった、というのが真相だ。

 

 

 他にも、昔は十メートル泳げるかすら怪しかったのに、組織に入ってしばらくしたら泳げるようになっていた、という不可思議な現象がある。

 シェリーは特訓が壮絶すぎてトラウマになってるから記憶に蓋をしていると決めつけてきたが、これも阿笠の件と同じことだ。

 

 ループが始まる前の十五歳以前では泳げなかったが、本当の一周目からn-1周目までの間にカナヅチを克服した。

 しかし克服した時の記憶ごと忘れてしまったので、記憶喪失後の秋視点では「突然泳げるようになっていた」という認識になった。

 そして現実逃避のために無意識のうちに不審点から目を逸らしていた当時の秋は、「開花しちゃったかな……才能が……」で終わらせた。

 

 

 最後に付け加えるなら、「犯罪に手を染めた理由を覚えていないし、動機に心当たりもない」という謎だって説明が可能になる。

 n-1周目までの間に黒の組織に入る動機が出来て組織に入ったが、記憶を失った秋はその動機ごと忘れた。

 

 

 

「私が長らく一周目だと思っていたのは本当の一周目ではなく、それ以前から十五年間のループは始まっていた。しかし私はn-1周目までの記憶を失い、その存在ごと忘れてしまったせいで、n周目を一周目だと誤認した。

認識上の一周目以前にも、何度かループが繰り返されていた根拠はある。タキオンやループ現象に関する、組織の研究データの量だ」

 

「……」

 

 

 秋が断定的な口調で言い切ると、シェリーが気まずそうに視線を斜め前に落とした。

 やはり、秋がついさっき見つけたこの証拠を、シェリーは随分前から認めていたのだろう。その上で黙っていた。

 

 

「あの方は、この繰り返す十五年を利用してループ現象の研究を進めている。『以前の周』のデータを、『以前の周』で判明したものだと明かさずに一部の優秀な研究者たちに提示することで、研究者たちがその情報を元に、最新の周でさらに進んだ研究結果を出せるようにしている」

 

「……ええ」

 

「シェリーが研究に加わった時点で、三百年分の研究結果が溜まっていたって言ってたよね」

 

「そうよ」

 

「だけど私視点でこのループは十回目。これまでに蓄積された研究データは九回分のはずであり、一五年×九回で一三五年分。三百年分には到底至らない。

私とあの方の『後悔』が揃って初めてループが始まるって条件があるんだから、『私は十回しかループを経験してないけどあの方はもっと多くのループを経験している』という理論は成り立たない。私とあの方のスタート地点は同じはずだ。

つまり私は、三〇〇ひく一三五年で一六五年分の、つまり十一回分のループを追加で経験しているはずだってことになる。

研究結果の蓄積量はおおよその数値だろうから『約』をつけるけど──これにより、私が約十一回分のループの存在ごと忘れていると言い切れる」

 

 

 シェリーは唇を真一文字に結んだまま身を固くしていた。

 反論されないのは、秋の主張が正しい証拠だと考えていいだろう。

 

 これで「存在ごと忘れている約十一回分の周」の存在が立証された。

 そうなると、『後悔』が何なのか分からないという謎もたちまち解決する。

 

 

 

 口を開く様子のないシェリーを一瞥してから、秋は次の話題へと移った。

 

 

「ループが始まるきっかけは『後悔』と呼ばれる悔いや心残りだ。『後悔』がループ発生のトリガーとなり、『後悔』の原因を潰すとループは終わる」

 

 

 まずは用語の復習から始める。

 

 ループ体質である秋の経験則に基づくと、同じ時間が繰り返される『ループ現象』が始まるトリガーが『後悔』である。

 そして、自身が『後悔』と呼ぶ大きな感情が発生する原因を潰すとループが終わる。

 人間の感情によってループ現象が引き起こされたり終了したりする仕組みは謎のままだし、これから仕組みが判明する事もないだろうが、ループのトリガーが『後悔』であることさえ判明していれば話は進む。

 

 

「考察のため、シェリーにループ現象のことを教えた時に説明したよね。私とあの方の『後悔』が同時期に二つ揃って初めてループが発生するし、二つの『後悔』が発生するに至った原因を潰せばループは終わる。要するに『後悔』の解消がループ終了の条件だって」

 

 

 検査協力中に、ループ発生・終了の裏条件の考察をしたことがあった。もう二年も前になる。

 

 

「私の『後悔』はすでに解決しているはずなのにループは続いている。すなわちループ終了にはこれまで気づかなかった裏条件があり、状況的にそれはあの方の『後悔』である、って話だった。あの方の『後悔』は組織壊滅。そして私の『後悔』は不明」

 

 

 秋はずっと、この十五年間のループを引き起こした原因である自身の『後悔』が何なのか分からずにいた。

 思い当たる節がないからだ。

 

 しかし、本来これはあり得ないことである。

 『後悔』は新たなループが始まる直前に感じる悔いや心残り、それも「時間を巻き戻してやり直せたら」と思うほど強烈なものばかりだ。

 初めて時間が巻き戻ったタイミングで自身の気持ちの変異を振り返れば、簡単に見当がつくはずだった。

 

 それなのに秋はずっと、今回のループの『後悔』が何なのかに答えを出せずにきた。

 何故か。

 「ループが始まる直前」だと思っていた時期が、「すでに十回以上繰り返した後」だったからだ。

 

 

 

「主題じゃなかったから、前にシェリーに説明した時は軽く流したけどね。一周目ラスト──もちろん今から思えば認識上の一周目であって本物の一周目ではないけど──その時に湧き出た感情の中で強いて言えばこれかなってものはあったけどピンとこなくて、『後悔』が何なのかは保留にしてた。

ピンとこなくて当然なんだよ。あの周で起きたいかなる出来事も『後悔』じゃないんだから。一周目は、この十五年間のループが始まった原因がある周は、もっと前の出来事だったんだから。私が周の存在ごと忘れていたせいで、こんな妙な事態になっていた」

 

 

 初めのうちは『後悔』が記憶喪失であることではないかと考えたこともあったが、違う。

 本心では思い出したくなかったんだから記憶喪失が『後悔』であるはずがないし、何より──

 

 

 

「二年前に行ったループ現象の考察の話に戻ろう。『後悔』が不明瞭なりに、私たちは私の『後悔』はとうに解消されている前提で話した。根拠は『真実だと仮定する不確かな情報』。萩原は私の『後悔』はすでに解消されていると考えている様子だった」

 

 

 

 あの日秋とシェリーが行っていたのは、不確かな情報を確かなものだと証明することができないなりに仮説を作り上げる作業だ。

 あの方から隠れて動く以上、仮説が正しいのかを確かめるのは不可能だから、手元にあるのは不確かな情報ばかりになる。

 だから『真実だと仮定する不確かな情報』を定める必要があった。

 

 不確かな情報の中で信頼できそうなものだけを真実だと仮定して、それを土台として仮定を繋げていき、最もそれらしい結論を出すのが目的だ。

 

 

 

 そして、『真実だと仮定する不確かな情報』には萩原の証言や推理内容が採用された。

 大量の『不確かな情報』の中から信頼できそうなものを選び取るなら、萩原の洞察力と推理力を全面的に信じると秋は決めた。

 

 これが霧の中を進むような考察におけるルールでもある。

 これらを疑ってしまえば、今までの推察が全て瓦解する。

 

 

 

「もう一度説明すると、ループに対する主観が私と萩原でかなり違うと発覚したことがあった。後天的なループ者である萩原の存在はループの発生と終了に関与しないらしいとか、だから彼は『後悔』について何も知らないとか、そんな内容なんだけどね。

その流れで『後悔』の話をして、後悔は忘れた記憶を取り戻すことだろうって付け加えた時に、後悔は別のものだと強く否定された。それから数ヶ月後には、今回でループは終わるはずだとも言われた。

萩原視点では、私の『後悔』があの時点で解消されていたと考えられる」

 

 

 そして、認識上の八周目で既に秋の『後悔』が解消されていたという彼の予想は正しい。

 少なくとも秋はそう仮定して動いている。

 

 萩原の予想に反して未だにループは続いているが、それはあの方の『後悔』である組織壊滅が必ず起こっているからだ。

 秋の『後悔』は解消されているものの、あの方の『後悔』は解消されていないからループが続いている。

 

 あの時点では、ループ終了には秋とあの方二人の『後悔』解消が必要である事が発覚しておらず、単に「自分の後悔が解消されればループは終わる」と秋が説明してしまったばかりに、萩原は「今の周でループは終わる」と断言した。

 

 

 ここらの事情はシェリーも承知しているはずだから、説明を飛ばして締めに入る。

 

 

「なぜ私が把握できていない『後悔』を萩原が知っていて、それは解決していると確信できたのか。私が覚えていない一周目の出来事を萩原が知っていたからだ。

萩原は一周目では爆発事件に巻き込まれて死んだはずで、そうなるとタキオン譲渡は二周目以降に起きたと考えられるから、私の『後悔』を知っていたのは、萩原が一周目の記憶を持ち越しているからではなく、二周目からn周目の間に私から聞いたか、推理したかのどちらかだろうけど」

 

 

 一応補足として付け加えたが、萩原が自分の『後悔』を知った詳しい経緯は主題に絡んでこない。

 重要なのは、萩原が秋の『後悔』を知っていた事実。

 これは萩原視点では『認識上の一周目以前』があった証左であり、記憶から失われた約十一回分の周の実在の根拠となる。

 

 

 話に区切りがついたため、秋は一度口を閉ざした。

 そのタイミングで、シェリーが震える唇を開く。

 彼女は凍りついた表情で問うた。

 

 

「……アドニスは、この仮説が正しいと確信している。死亡によるタキオン消失に変わる、記憶喪失の真の原因が何なのか分かっている。だから来たんでしょう?」

 

「もちろん」

 

 

 秋はにんまりと笑って、その名を告げた。

 

 

(アレウス)の牙」

 








2025/03/12

先日、「萩原は作中の描写の限りでは『君の後悔はすでに解消されているはずだ』とは言っていないが、第31話(1)でそう言われたと秋が主張している。これは秋が都合よく現実を改竄している伏線ではないか」という考察を読者の方から頂きましたが、これは伏線やミスリードなどではなくただのミスでした。
ミスの発覚に伴い、第31話(1)の文章を矛盾のない形に修正しました。
修正後の文章では、秋の発言の矛盾が解消されています。
謎解き要素のある物語として大変紛らわしいミスをしてしまっていたことをお詫び申し上げます。大変失礼しました。
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