実況パワフルプロ野球20xx 「球界の至宝」取得RTA投手チャート   作:TE勢残党

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聖を痛めつけたら露骨に反応が良くなったので初投稿です。
やっぱ好きなんすねぇ。


おまけ⑥(中編)

 恐らく初恋だった。

 

 霧崎礼里にとって、そもそも「気兼ねなく話せる友人」は多くない。それは自分からクールキャラを気取って、周りと距離を取っているからだ。

 

 彼女は世間的に見ると、強豪シニアで1年からレギュラーに定着し、野球で全国出場する世代トップクラスのアスリートである。

 

 (利用する腹積もりとは言え)チームメイトの蛇島が何かと気にかけてはいるものの、本人が積極的に関わろうとしないのだから、無理に矯正しようとまではしない。

 

 インタビュー等でも当たり障りのない答えをし、ネット上の悪意──朝倉と違ってクセのない美人なため、ストレートに性的なものがかなり多い──にも我関せず。

 

 "霧崎礼里は孤高を好む"。それが周囲の認識だ。実際容姿と実力というのは得なもので、その路線で「高嶺の花」的な人気を得ている。

 

 ──だが彼女自身は別に、人とコミュニケーションを取りたくないわけではない。

 

 ただ、クラスメイト達の心を深く感じるのが嫌で、もっと正確には……周りの人達が皆持っている、自分に向けた嫉妬や欲望を見るのが嫌だった。

 

『……思ったが、その口調はどういうキャラなんだ』

 

『キャラとか言わないで! 舐められないように一線引いてるの!』

 

 その点、元哉は違う。あれはただの野球バカだと礼里はいつも腐しているが、要は照れ隠しだった。

 

 彼女と元哉が会っていた期間は短い。全国大会で戦って、世界大会で合宿をした。

 

 だが彼女にとってその期間は、いつになく楽しいと感じられるものだった。

 

 何せ相手は野球のことしか考えていないから、余計な気を回さずに素で接しても問題ない。スケベ心を持っていないから、警戒の必要もない。嫉妬されないから、思う存分野球に打ち込める。

 

『お、おお……すまない。存外に高評価だな』

 

『同じ1年であれだけ動かれたらな。今まで見たショートだと一番上手いと思うぞ』

 

『あぅ……』

 

 どころか、自分の野球を本心から認めてくれ、掛け値なしに褒めてくれる。"キャラ"のままでいるのがなんとなく嫌で、ついつい素の口調で喋ってしまう。

 

「……ふふ」

 

 気づけば、元哉のことを考える時間が増えた。

 

 一応SNSは交換しているが、意外にも元哉は(少なくとも、礼里に対しては)筆まめだ。どうやって時間を捻出しているのか、何か送ると練習中でない限り数分で既読が付いて返信が来る。

 

(でも何を書けば……)

 

 何せ礼里がその手の機微を知り始めた頃、周囲の男子は全力で性の目覚めに振り回されていた。

 

 内心を見透かせてしまう礼里は、頻繁に流れ込んでくる自分のあられもない姿(想像図)に辟易して、顔には出さないが男子が苦手になった。

 

 次いで、そんなモノを有難がって何部がイケてるだの誰に破いて貰っただのと議論している周りの女子たちと価値観が合わなくなっていった。

 

 安心して付き合える相手自体、両親と2年生ながらキャプテンを務めている蛇島、後は北条くらいなもの。

 

 つまり彼女は、13歳という年齢を抜きにしても恋愛知識がまるで無かった。

 

「…………あ」

 

 礼里が悩んでいると、見透かしたように着信がある。大抵他愛もない内容で会話自体も長続きしないが、なんとなく思いが通じているようで嬉しかった。

 

 因みに、このからくりは種を明かすと簡単だ。「元哉が日課の自主練を終えて帰路につき、母親の運転する車の中でスマホを開く時間」と、「礼里が帰宅後に風呂から上がって机に向かい、スマホとにらめっこし出す時間」が一致しているのである。

 

 

「またスマホ? たまにはお母さんとお話してよ」

 

「……おう」

 

 母親の運転する車で、方々にLINEを済ませる元哉。

 

 練習場から家まで車で30分ほどだが、その時間で彼は

 

①占部と今日の練習についてのおさらい(主将になった占部への業務連絡も兼ねる)

②監督に翌日の自主練メニューを報告

③自分の練習ノート(電子化しているので、これもスマホ)に気付きなどを記入

④来ていた時は、友人たちのLINEへの応答

 

 まで済ませており、この合間を縫って欠かさず霧崎に連絡をとっているのは、彼が霧崎という選手へ破格の評価を下している証左でもあった。

 

 それは同時に、彼の筋金入りの傲慢さを示すエピソードでもある。

 

「もう。キミはいっつも"ああ"と"おう"と"うん"しか喋らないんだから」

 

 元哉の母親──北条洋子は、息子のことを「キミ」と呼ぶ。狙っている訳ではないのだろうが、滅多に家に帰らない父親の(精神的な意味での)代わりを、元哉が務めている部分もあった。

 

 ……元哉に出来るのは、「飯・風呂・寝る」の古典的な代物くらいだが、野球漬けで帰りが遅いのもあり、それはそれで上手くいっているようだ。

 

 人間味がないと言われがちな元哉だが、親に世話してもらっておいて舐めた口を利くのはダサいと考える程度には歳相応な所もあった。

 

 息子の関心がスマホから離れないことに焦れた洋子は、やむなく「秘密兵器」に頼ることにする。

 

「ね、今度お父さん帰って来るってよ」

 

「……親父、来るんだ」

 

 それまでと打って変わり、露骨に話題に食いつく元哉。

 

 一人っ子であり、事実上女手一つで育てられた彼だが、月に1度帰って来るか来ないかの父親の方に懐いているのだった。

 

「も~、お父さんの話には食いつくんだから」

 

 口では文句を言いつつも、まんざらでもない様子の洋子。

 

 何のことはない。普段の洋子が自分の夫に焦がれたようなことばかり言うから、十数年かけて元哉にもそれが刷り込まれてしまっただけだ。ある意味では、これも惚れた弱みの一種かも知れなかった。

 

 元哉は「次の全国を楽しみにしてる」という一文で霧崎礼里との会話を切り上げると、洋子の話に付き合うことにした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ──次の対戦を楽しみにしてる。

 

 ここ数か月、礼里のモチベーションはこの言葉だった。

 

 ほぼ毎回元哉が会話を締める時に使う言葉だが、恐らく本人には自覚がないのだろうと礼里は思っている。

 

(……ふふ、相変わらずだなぁ)

 

 この文面を見てそう独り言ちるのが最近の日課だ。

 

 同世代最強ピッチャーからの注目宣言(そして礼里本人にも自覚はないが、初恋の相手からの激励)が、明確に彼女を動かしている。

 

 元哉に追いつくために、或いは次の試合で彼に無様な姿を見せないようにと、彼女は今までに増してハードなトレーニングに励んできた。かつては優れた容姿から雑誌の特集やニュースのインタビューなどを受けることも多かったが、今では専ら練習の虫だ。

 

 普通の女の子は着飾ったり化粧をしたりして意中の男性にアプローチする訳だが、元哉の場合一番効果的なアプローチの仕方は「野球で魅せること」で、幸いなことにそれは礼里の得意分野だった。

 

 元哉は性別どころか野球に関する部分でしか人を判断していない節がある(逆に、全く野球に関係ない時はある程度普通なのだが)し、礼里は男子にいやらしい目で見られるのが嫌いだ。ある意味、お似合いであると言えるだろう。

 

 彼には関わった人物を自然と動かしてしまうカリスマ性のようなものがあるのかもしれない……などと、礼里は半ば本気で思っている。

 

 元哉にカッコいい所を見せたい。

 

 自分の得意分野を褒めて欲しい。

 

 ──向こうに入団したという、元小学生ナンバーワンキャッチャーに取られたくない。

 

 礼里にとって、同系統のライバルは聖になる。朝倉は告白して玉砕したらしいし、ほむらはマネージャー枠なので元哉の好みとはズレている……というのが礼里の見立てだ。

 

 実の所、これは礼里の好みである。彼女は恋人というより、"理解者"と"戦友"を求めていた。

 

 礼里は本質的に孤独で、親にさえ秘密を抱えて生活し……だから、()()()()を受けた時、誰にも相談しなかった。

 

 中学二年の彼女は、大人たちの美辞麗句の裏が読めるほどスレてはおらず、密約を受け止められるほど強くもなかった。

 

(本当に……大丈夫なの?) 

 

 治療であると聞かされていた。ゲノム大学傘下の研究所で、自分のような能力を調()()()()研究が行われているのだと。両親と一緒に現れた白衣の若い女性はそう言っていた。

 

 両親が自分の能力を知っていたのは意外だったが、一緒に暮らしている以上いつかはバレると思っていたので驚きはなかったし、治療を受けろという指示にも深く考えずに従った。唯一、この能力抜きに元哉に対抗できるかだけが心配だったが。

 

 初めは食後に錠剤を飲まされる程度の手軽さだったものが、2、3ヶ月かけて段々と大がかりになっていった。

 

 能力は弱まるどころか、精度を増しているようにすら感じられた。強い感情を向けられた時にしか発動しなかった能力が普段から心の声を拾いっぱなしになった。授業中に先生の声と混線したし、階下や隣室の人の心を勝手に読んでしまって不眠気味にもなった。

 

 終いには手術をすると聞かされて、目の前の女性から明らかに能力を増幅しようとする意志が感じられた時、初めて自分が何か大変な間違いを犯しつつあると察しがついた。

 

 両親に縋るように目を向けて──そして、気まずそうに、しかしどこかソワソワと目を逸らす二人から、"厄介払い"と"大金"というワードを()()()()()時、礼里は自分の心にヒビが入る音を聞いた。

 

 最も優れた詐欺とは、相手に欺瞞があると認識させた上で目標物を差し出させることである。方法は色恋であったり信仰心であったり様々だが、今回使われたのは、目的が金ではない場合に限り最も手っ取り早く、便利な方法。すなわち、金を積んで黙らせる。

 

 礼里が読み取った所では、後20年近く残っている家のローンを完済して、自分を除いた夫婦二人で数年間海外を遊び回っても使い切れない程度。それが、自分の能力に……身体につけられた値打ちらしかった。

 

 つまり礼里は、両親に売られた。

 

 それを突きつけられて、全身の血が凍ったようだった。

 

 薄々見ないようにしていた最悪の結末が、今目の前にある。そう確信した時礼里はとっさにスマホを手に取って、取り押さえられるまでの間にどうにか「たすけて」の四文字を入力した。

 

 宛先に元哉を選んだことに、明確な理由はない。

 

 ただ、自分の知っている中で一番強くて、立派で、頼りになる人を。

 

 咄嗟の人選だったが、結論から言うとそれは正しかった。




あまりにも時間かかりそうだったから分けるゾ。
次回は早めの更新を心がけます。

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