お納めください。
【導入】
豪奢なドレスのスカートが、ふわりと柔らかに風に舞う。
純白のレースがウェディングドレスのように布地を彩り、美しい黒の長髪はその姿をより鮮やかに彩っていた。
女性らしい体付きに穏やかな微笑みが添えられ、その姿はまるで聖母を思わせる程だ。
何よりも美しく、煌めいていて。誰よりも優しく、そして歌うように、彼女は此処に居た。
少女は「姫」と呼ばれていた。
誰よりも清楚で可憐で愛されるべき存在であると称され。
だからこそ誰よりも「姫」らしくあらねばならないと常日頃から思っていた。
周りの期待に応えられるように。望まれる責務を果たせるように。
それ故に今、彼女はこの場に立っていた。
「……あれぇ?」
緩やかな呟きを漏らし、小動物のように小首を傾げる。
無邪気に、優雅に、姫らしく。
彼女はゆっくりと足を踏み出した。
ぺとり、ぺとり、ぺとり。
均整の取れた両脚で血だまりを歩き。
ざらり、ざらり、ざらり。
身の丈より巨大な大鎌を引きずりながら。
がしり。
倒れていたヤクザの頭髪を掴み上げる。
「ごめんなさい。まだ生きてたんですねぇ」
愛らしく、歌うように、語り掛ける。
その顔に浮かぶのは、慈悲深い笑顔。
ぼとり。二つに両断されている男の身体から、内臓が零れ落ちる。
男の中身は直下の血だまりを跳ねさせ、姫に盛大な返り血を浴びせた。
鉄錆の匂いが鼻の奥を刺激する。
闇夜の黒。一帯を埋め尽くす血の赤。姫が纏う白。
三色と一筋の香りで構成された世界を、不意に一筋の銀閃が斬り裂く。
微笑む少女が振り払った大鎌は、寸分の狂い無く男の首をはねた。
どさり。鈍い音を立ててヤクザだった者の上半身が血だまりに沈む。
その様子を見て、姫は恍惚な笑みを浮かべていた。
仄かに赤く色付いた頬は、紅潮か返り血か判断が付かない。
『鮮血の殺戮姫』はこれ以上ないと言わんばかりに口元を歪まませる。
三日月の形に引き裂かれた口は紅く、まるで白雪姫の毒林檎を彷彿とさせる。
しかしその姿が童話のお姫様と重なることは無い。
美しく、清楚可憐で、愛らしく。そして何者よりも禍々しい少女は、首だけとなった男の頬を優しく撫で、更に笑う。
「ちゃぁんと殺してあげないと、かわいそう、ですからねぇ。うふふ……」
天使のような表情で、悪魔のような呟きを漏らす。
酷く異質な少女は、しかしそれでも美しかった。
さながら、ある種の芸術品のように。
【書きたいだけの戦闘シーン】
友人の話に出ていたヤクザの屋敷に、姫は単身で乗り込んだ。
巨大な門の前で深々と一礼し、右手で引きずっていた身の丈以上もある大鎌を勢いよく扉に叩き付ける。
鈍い音が清閑な住宅街に鳴り響き、木製のドアは一撃で残骸と化した。
「なんだァッ!?」
「カチコミかッ!?」
屋敷から武装した男たちが姿を現す。
その手には好き好きな武器を携え、鋭い目付きで姫を睨みつけていた。
飛び交う怒号。屋敷内を埋め尽くす剣呑な空気。夏の夜特有の草いきれの香り。
しかし、そんなものなど関係と言わんばかりに。
姫はまるで天使のように、微笑んでいた。
「皆さまこんばんは、初めまして。そして、さようなら」
可憐に言いながら、超重武器である大鎌をまるで小枝のように投げ放つ。
くるくると回りながら地面と水平に飛ぶ凶器、その後を追うように純白のドレスが砂利道を駆け抜ける。
低い。まるで獣のように低い体勢で疾走する姫に向かって男たちが拳銃を発砲するが、その弾幕が彼女を捉える事は無かった。
桜の花びらが宙空を舞うように、ふわりとした錯覚を覚える身のこなしで戦場を駆け抜ける。
「当たらねェッ!?」
「何だこいつッーーぎゃァァァッ!?」
衝突。驚愕する男たちの群れ、その中央に向かって飛来した大鎌は数人を巻き込んでようやく動きを止めた。
しかしそんな事などお構いなしに姫は走る。その目標は男たちが手放した拳銃。
裏社会で流通している安物の拳銃だが、姫にとってそれは何の問題にもならない。
二丁の拳銃を掴み取り、ドレスをたなびかせて軽やかに跳ぶ。
「――さぁ、踊りましょう」
宙返り。両手を真下に伸ばし、銃撃。
左右で四発放たれた凶弾は寸分の狂いも無く男たちの眉間を穿ち、急速に力を失った身体がゆっくりと地面に倒れ伏す。
着地と同時に回転、両手を伸ばしてクルリと回る。
流れるように打ち出される鉛弾は
飛び散る鮮血、漂う硝煙と鉄錆の香り。次々と崩れ落ちていくスーツ姿の男たち。
まるで戯曲のように、戯言のように。歌う銃口、生み出される死体の山。
やがて、ガチャリと拳銃のスライドが後退し、装填されていた弾丸の終わりを告げる。
しかしその音が虚空に消え去る前に、姫は即座に動いていた。
足元に放り出された日本刀を蹴り上げ、柄を掴んで踏み込む。
「次はこちらをどうぞ♪」
無邪気に笑い、瞬時に詰められた間合い。瞬時に閃く二本の銀閃が正面に立ちはだかった男の両腕を斬り飛ばす。
切り口から吹き上がる滝のような血が地面を濡らし、姫の純白のドレスを赤く彩る。
しかしやはり姫が止まることは無い。
奥に居た男を突き貫き、そのまま横に切り開く。ついでと言わんばかりに隣にいた男の胴を両断、くるりと回り、離れた位置に居た男の首を目掛けて日本刀を投げつけた。
断末魔を上げる事すら許されずに絶命した男のすぐ近く。最初に投げ付けた大鎌に向かい、躊躇いなく駆ける。
発砲音。背後からの銃撃。空気を裂いて飛ぶ弾丸を、しかし姫は首を傾げるだけでやり過ごす。
「うん、やっぱりこの子が一番ですねぇ」
愛用の武器を拾い片手で振り回す。その軌道上にあった男の首を軽々と跳ね飛ばし、艶やかに笑う。
まるで断罪する天使のように清純に。
或いは聖者を誘惑する悪魔のように蠱惑的に。
可憐で扇情的な微笑みに一瞬気を取られた男に待っていたのは、鋭い刃の洗礼。
肩口から胴に抜けた大鎌が再び鮮血を舞わせ、周囲の香りが一段と濃くなる。
「う、うわァァァッ!? ば、化け物めッ!」
最後の一人。恰幅が良く上質なスーツを着ている事から、この場で一番偉い者なのだろう。
姫はその事に一切の関心を示さず、瞬時に間合いを詰めて腹を蹴り上げる。
華奢な身体から繰り出された一撃は男の身体をくの字に曲げ、呼吸が出来なくなった男はその場に倒れ込んだ。
その背中を足で踏み押さえ、姫は笑った。
「これで終わりかな? 危険は排除しないといけませんからね」
「ま、待てッ! この町から手を引くッ! だから命だけはッ!」
血反吐を吐きながら命乞いをする男に対して、姫は優しく微笑みかける。
「二度とこの町には近づかないからッ! 殺さないでく――」
最後まで言い切ることは、出来なかった。
背部から心臓を一突き。一切の容赦の無い大鎌は彼の命を容易く刈り取る。
「違うんですよねぇ。害があるかどうかじゃなくてぇ」
ぐるんと大鎌を回し血糊を振り払い、甘く蕩けるような声色で。
「『姫』の日常に悪者と暴力は似合わないでしょう?」
言い放たれた言葉はしかし、誰の耳に届くことも無かった。