インフィニット・ストラトス ――デイ・アフター・トゥモロー 作:水戸 湊
「やったぁ!じゃあISの世界がいい!外見はかわいい女の子で、ISは当然最強の専用機ね!」
……そういう作品ではないです、すみません。
ちなみに地球全滅のハリウッド映画も関係ないです。津波とか氷河期とか来ません。
第一話の前、序章です。ところどころ読みにくい部分は演出です、たぶん。そーゆー雰囲気的な。
『おっはよーうさんっ! おっきろー! おっきろー! ろっけんろー!』
脳の神経を直接針で刺されたような強烈な頭痛で目を覚ました俺の聴覚に飛び込んできたのは、能天気極まりないそんな声だった。
視覚に移る風景は、一面に絵具を垂らしたような、白。
否、違う――。
まるで絵具がにじむように、色がどこかから溶け出してくる。赤・青・緑。まじりあい、人の形を作る。
『や、目覚めたかな?』
いつのまにか、俺のことをのぞき込んでくる誰かが視界に入っていた。逆光でもないのに、顔が見えない。顔の造作はわかるのに、それがどんな顔かを脳が処理できていない。まるでランダムに生成されたモザイクを再現しようとするように、はっきりとした全体像がつかめない。
俺の混乱をよそに、声は頭上から飛び降りてくる。
『混乱してるね? 困惑してるね? でも、大丈夫。このタバ――おほん、神様っぽいお姉さんに任せれば万事安心バンバンジーだよっ』
あんた、誰だ。
『名乗るほどのものだけど、教えてあげない。君を助けてあげた、命の恩人だよ』
助けた?
『完全無欠簡潔に説明すると、君は事故にあって死んじゃったんだよね』
あっさりと告げられた言葉。驚愕し、俺は記憶を探ろうとする。
脳裏に浮かぶ光景は、自動車の運転席。横から突っ込んでくる車。俺は口を開けて、何かを言おうとして――。
『辞世の句を読む暇もなかったね。内臓破裂もあったけど、死因はショック死。頭部だけは無事だったけど、体から離れて吹っ飛んじゃった』
顔が見えなくとも、声だけでどんな表情を浮かべているかわかる。コイツ――笑ってやがる。
『そう睨まないでよ。事故を起こしたのは私じゃないんだから。私はむしろ、君を救ってあげた命の恩人』
ショック死といった口で何を言いやがる。
『そ。君は一回死んじゃった。だけど運がよかったね。君も、私も』
なんだと?
『結果だけ言うと、君は第二の人生を歩むことができる。私はとても興味深いパーツを見つけることができた。うぃんうぃん、ってやつだね』
視界がゆがむ。声が遠くなる。
『ありゃりゃ。エネルギー自制モードになっちゃったね。楽しい会話はこれで終わりかな。運の良さがこれからも続けば、私と再会できるかもね?』
視界の白が狭まっていく。音のなくなる世界で、俺は最後にこう思った。
とりあえず、二度と会いたくなんてない。
「パイロットの一人の様子が、最近おかしいのです」
大きなマホガニーの机と、それに見合う大きさの椅子。それですらオフィスデスク程度に見えるだだっ広い部屋。
そこに足を踏み入れた背広姿の男、オットー・バーデンは開口一番そう言った。
「強化しすぎたか?」
バーデンの前で、ガラス越しの曇り空を背後にした大きな椅子に座った女性が尋ねる。その言い方はまるで、残り物を電子レンジで温めすぎた、というような声色だ。だから、何も知らない他人が聞いたとしても、それの対象が人体だとは思わないだろう。
「彼女の強化は基礎的なトレーニングと栄養管理、それに精々が多少の感覚強化だけです。向精神薬などは使っていませんし、精神に異常をきたすような訓練も行ってはいません」
言いながら、バーデンは軽い自己嫌悪を感じている。実験動物についての報告のように年ごろの少女の話をしているのだ。
対して、女性は能面のような無表情で興味なさげに問う。
「ならば、なんなんだ。急に誇大妄想のようなことを語りだす病気があるとでもいうのか」
言いながら、女性は手元の紙の束に視線を落とした。バーデンの手元にも同じものがある。文面の要約を女性が読み上げていく。
「アイリ・レフティマキ。16歳。5歳の時点で孤児となり、8歳の時に高IS適性を認められ、本人同意のもと『施設』での訓練を開始。以来適性通りの成績を記録していた」
紙面をめくり、続ける。
「しかし――およそ7か月前より、わずかな記憶の混濁が発現。以来症状は改善せず、予定されていた日本IS学園への入学は見送りとなり、現在は『施設』内での観察下に置かれている」
さらに次の紙をめくった女性が、目を細めた。
「感情面では安定しているが、『前世』についての発言をたびたび繰り返している……か」
「はい。それも支離滅裂なものではなく、一貫して一つの――人生といいますか、別人の記憶を持っているかのようにそれを語るのです」
「私もそういう人間にあったことがある。私と前世では恋人同士だったといっていたな。確かムー大陸の生き別れの王族だったか。まあ、今は精神病院の隔離病棟にいるだろうが」
冗談を言っている風ではなく、紙面を読み上げているときと同じ話し方だ。
バーデンはかぶりを振った。
「そういった症例は確かにいくつも報告されています。16歳という年齢は他者からの自立や自己の特別性を求める時期でもあります。しかし、彼女の症状はそれと一線を画すと――私は考えています」
「根拠は?」
「彼女の前世は、『どこにでもいるような日本人男性』だったということですが、証言で得られたいくつかの地名は実際に存在するもので、さらに驚くべきことに、彼女は非常に流暢に日本語を操るのです。母国語であるフィンランド語、『施設』で使われるドイツ語、そして共通語たる英語――それ以外の言語を習得する環境も時間もなかったはずが、をまるでネイティブのように、日本語のスラングや諺なども使いこなします」
「言語、か。絶対的な根拠としては弱いが、無視もできない程度だな」
「前世について語る時の彼女の脳波や仕草を観察しましたが、至って平常です。発汗や動悸といった興奮はなく、まるで本当に記憶をたどっているような無意識の動作を見せています」
「そこまで観察したのなら、裏付けはとったんだろうな? その『前世』が存在したかどうかなど、調べればすぐにわかることだろう」
「……都合の悪い――もしくは良いことに、前世の名前や住所などは思い出せないと。さらに、前世は現在から十年は昔だということで、覚えている景色も変わっているだろうと」
苦虫をかみつぶしたような顔をするバーデンに、女性は軽く鼻を鳴らす。
「それはずいぶんと都合の良いことだな」
突き放すような言い方だ。表情の読みにくい女性からわずかに見えていた興味が急速に減じていくのを感じたバーデンは、取り繕うように立て続けに言葉を放つ。
「問題は、なぜ唐突にそのようなことを語りだしたかです。前世を語りだす前と後で、アイリ・レフティマキの境遇に大きな変化はたった一つしかありません。間違いなく、それが原因です」
「……結論だけを簡潔に言え」
「例の機体。タバネ・シノノノの残したあの『問題児』に唯一適性を認められたのが、アイリ・レフティマキだったのです。彼女が初めて『問題児』に搭乗した時期と前世に目覚めた時期は完全に一致します」
「そういうこと、か」
女性は物思いにふけるように、椅子に身を沈める。彼女にしては珍しく、はっきりわかるほどに眉がたって憤りを表している。
篠ノ之・束。IS――インフィニット・ストラトスの開発者である天才科学者。
量産されれば世界のパワーバランスを覆しかねないとすら言われるパワードスーツであるISを唯一作成できる、といえば彼女がどれだけ貴重な人材かわかるだろう。現在、世界には公式で462機が存在しているが、この数が増えた記録はない。それを可能とする篠ノ之束が行方をくらませているからだ。
しかし、この場にいる二人は、一時期だけ彼女が滞在していた場所を知っている。正確には、『施設』と呼ばれるIS研究機関の設備を彼女に貸与した時の責任者が、バーデンとその眼前の女性だったのだ。
北欧の山奥に隠された『施設』には、雪に隠れた銀世界とは思えない、世界でも数少ない最新鋭の設備が整っている。存在を知るものなどほとんどいないはずの『施設』をどこからか嗅ぎ付けた篠ノ之束は、一時的に研究のための貸与を申し込んできたのだ。
その報酬は、IS一機。公式に登録されている462機のどれでもない、篠ノ之束のみが作成できる完全新規のISだった。一機でも多くと世界中が喉から手が出るほどに欲しがっているIS、そして彼女に設備を貸与することで『施設』に残る研究データ。それらは背の高さまで積み上げた金塊と同じかそれ以上の魅力すら放つものだ。
一も二もなく申し出に賛同した『施設』だったが――その結果は、予想だにしないものだった。
約束通り、登録されていないISは届けられた。しかし、篠ノ之束はあろうことか、自身の研究データどころか、貸与した設備を丸ごと爆破しこの世から消失させ、自身もまた身をくらませたのだ。プラスマイナスで言えば、明らかな損失である。
そのうえに、届けられたISに試乗した『施設』で訓練を受けているISパイロット候補生たちは、そろって頭痛や吐き気を訴えてきた。何らかの形で人体に悪影響を及ぼすそのISは、騎乗すらままならない『問題児』だったのだ。
この失態に、当然バーデンたちは咎めを受けた。『施設』の長である女性が人脈と話術と政治力を駆使していなければ、今頃は二人そろって身の丈よりも深い雪ノ下で永遠の眠りにつかされていたところだ。
そんなわけで、篠ノ之束に好印象などあるわけもなく。
女性は不快げに眉をひそめるだけでは飽き足らず、吐き捨てる。
「あの女狐め。いったいどれだけの問題を残していけば気が済むのだ。……それで、あの『問題児』は、今は?」
女性の興味を再びひきつけられたことに内心安堵しながら、バーデンはそれをおくびにも出さずに平坦な声で答えた。
「アイリ・レフティマキから回収し、検査中です。引き離せばもしや、とも思いましたが、アイリの症状に変化はありません」
「実害はわけのわからない妄言を吐くことだけなのだろう?」
「――はい。彼女の精神は外見的には非常に安定しています。ただ、彼女自身、自分の言っていることを疑っており、それが多少の不安ともなっているだろうと私は考えております」
「自分ですら疑っている妄言を、他人に漏らしているのか」
「前世の記憶があるという現実と、前世などはあり得ないという彼女の理性がぶつかり合っているのでしょう。このまま症状が進めば、精神に異常をきたすことも考えられます」
言っていて、自分で眉尻が下がるのが分かる。バーデンにとって、それは理性としても感情としても好ましい事態ではなかったからだ。応じて、情勢も同じような表情をした。しかし、彼女の考えていることは、貴重なISパイロットに不備が出るという理性からの不満だけだろうとバーデンは推測した。
『施設』でのIS研究というのは、決して平和で安全なものだけではない。必要とあれば人体実験すら是とする、そんな研究を目的として作られた故の極秘機関なのだから。その長としては、いちパイロットごときの精神など知ったことではない、といったところか。
「タバネ・シノノノの開発した機体というだけで、あのISの存在価値は至上だ。だがそれも使えればの話。パーツが一つでも駄目になれば、運用に触る」
年ごろの少女をパーツと呼ぶことに何のためらいもない女性の前で、バーデンは指を二本立てる。
「現状、対策としては二つ。新しいパイロットを探すか、アイリ・レフティマキの精神状態を回復させるかです」
「……前者ができていれば、そうしているだろう、お前は」
『施設』の全パイロット中で、『問題児』に搭乗し、動かせるのはアイリ・レフティマキのみ。ISの中心たるコアというブラックボックスを現在の技術では解体できないため、原因は不明で改善の見込みもない。
「はい。ですから、現状としては出来る限りアイリの精神状態にとって良い環境に身を置かすことを提案します」
「休暇でも取らせろというのか?」
「彼女の性格上、ただの休暇では逆効果になりかねません。あの少女は生真面目ですから。むしろ、任務として日本に派遣するというのはどうでしょう」
女性が、視線だけでバーデンを見る。自然と睨むような上目づかいになり、バーデンは内心で肝を冷やす。
「IS学園か」
「『施設』とは違った環境に置くことで、精神状態のケアをはかります。さらに、IS学園ならば彼女の訓練としても悪くはないはずです。我々としても、パイプは一本でも多いほうがいい。もともと相互間での技術協力の一環として派遣が計画されていたわけですから、そう難しい話ではないはずです」
「『問題児』はどうする?」
「識別コードを書き換えて、公認されたコアとして偽装しアイリとともに送るべきだと判断します。それで制御する術を手に入れれば御の字、そうでなくとも、例えば勝手に暴走したりした場合、IS学園内でなら我々の設備に影響は出ません」
「その場合、IS学園とのパイプに影響が出かねんぞ」
「影響が出るほどに被害を受けるのなら、IS学園といえどその程度ということです。あの学校が近年、何者かからたびたびの襲撃を受けていることはご存知でしょう?」
「情報は隠匿されているがな。それもタバネ・シノノノ関係だという話もあるが」
よほど気に食わないのだろう、篠ノ之束の名前を呼ぶ時だけ、言いづらそうに唇を曲げる女性。ともあれ、説得は出来そうだと、バーデンは力を抜いて言った。
「アイリ・レフティマキのほうにも確認をとってみますので、ご検討をお願いします」
頭がぼうっとして、なにも考えられない。
風邪をひいて熱が40度近くなったときがこんな感じだった。
さまざまな思考が浮かんでは消える。まとまりのない単語の羅列が集まり、散り、思考をかき乱す。椅子に座って下を向くと、吐き気がこみ上げてくる。
ひどい頭痛がした。
ここ数か月の間続いている、妙な感覚。誰かが私の中に入ってくる。自分が誰だかわからなくなりそうだ。私は――。
私は。わた、しは――俺は。
俺は誰だ?
頭の端にこべりついた疑問。
それがいつから浮かんでいるのかはわからない。最近ずっと考えていた気がするが、最近とはいつだろう。
今は――いつだ?
ここは――どこだ?
答えは頭の中に浮かんでいる。しかし、まるで見覚えのない言語のように、その意味を把握できない。
『Aili.Ich suchte es(アイリ。ここにいたか)』
声をかけられ、俺は振り返った。彫りの深い、短く刈り込んだ金髪の長身。一目見て外国人だとわかる。放たれた言葉は、日本語でも英語でもなかった。
しかし、その意味が俺には分かる。
『Wer bist du?』
俺の問いに、虚を突かれたように男は目を皿にする。同時に、俺も唇を半開きにしたまま硬直した。今、俺は何を言った?
誰だ、と尋ねたはずだ。言おうとしたのは確かにその言葉で、しかし口から出たのは同じ意味の、別の言語だった。
双方が硬直したのもつかの間、数度目を瞬かせた男は、意識して作らなければ浮かべられないような柔和な笑みで言った。
『大丈夫かね。具合が悪いのか?』
今度はさっきよりもわかりやすく聞き取れた。二重音声でも聞いているように、耳から入った言葉が脳で翻訳される。
『具合は――悪い』
やはり、知らない言語が翻訳されて口から出る。
『ここはどこだ? お前は誰だ? 俺は誰だ?』
一言を紡ぐたびに、言語の違和感が消えていく。その分を埋めるように、混乱が頭に渦巻いていく。
立ち上がろうとした。うまく足が動かず、体が傾く。なにかに支えられた。青い布で、それがスーツを着た男の腕だと認識すると同時、俺の体から急速に力が抜けていった。
俺は、アイリ・レフティマキという名前らしい。
聞き覚えのない名前だ。自分のものであるという自覚などない。
だが、バーデンと名乗った男は、俺のことをそう呼んだ。
「私のことが、本当にわからないのかね?」
ベッドの脇に腰かけたバーデンが、俺の顔を覗き込みながら言う。
気づいたら、俺はベッドに寝かされていた。頭痛と吐き気がひどい。耳鳴りもする。バーデンが言うには、ひどい熱があるということだ。
「君はアイリ・レフティマキ。ここは『施設』と呼ばれる研究所。私はそこの副所長であり、君たちISパイロットを統括しているオットー・バーデンだ」
言われても、何一つとしてわからない。言葉はわかる。だから、俺は荒い息を吐きながら尋ねた。
「俺は――ここで、なにを」
「ISのパイロットとしての訓練を受けていた。孤児だった君は8歳の時からここで暮らしている」
頭の中に、いくつかの風景が浮かんでくる。滑走路のようなコンクリートの海。銀に染まる山と、溶け込むように白く染められた建物。雪の降る曇り空。まるでスライドショーを見ているように、実感のない光景だ。
「IS――あの、ISか」
記憶はなくとも、履歴の消えた電子辞書のように単語の意味だけは浮かんでくる。インフィニット・ストラトス。世界各国からのミサイル攻撃を防いだ、最新鋭の兵器。口に出すと、それは妙に身近なことのように思える。
「俺が――パイロットだと」
「アイリ、あまり話さないほうがいい。顔が真っ赤だ」
上体を起こそうとした俺を、バーデンがやんわりと制した。左腕の時計に目をやって、俺の顔と見比べる。
「……一緒にいてやりたいところだが、この事態を報告しなければならん。君は休んでいたまえ。あとでまた、様子を見に来るから」
俺はおとなしくその言葉に従った。というよりも、それに反対するような気力も体力もなかった。部屋を出るバーデンの手で、照明が消された。一気に部屋が暗くなる。闇に目が慣れる前に、俺の意識が闇に飲まれていく。
そんなわけで。未熟者ですがこれからよろしくお願いします。
追記:空行を入れました。環境次第では読みにくくなってしまったかもしれませんが。