インフィニット・ストラトス ――デイ・アフター・トゥモロー 作:水戸 湊
そう思っていた時期が私にも……あったかな?
まあともあれ、この小説はそーゆー話じゃないんです。すみません。
「これは――すごい」
いろいろな言葉が湧き出したが、口から洩れたのはその一言だけだった。そして、それはどんな言葉よりも的確に、目の前の施設を表していた。
普通の学校のグラウンドが2つは収まりそうな広大な敷地を、観客席が囲んでいる。上部には日よけの傘と電光掲示板が広がっているその場所は、一見すると野球場か何かに近い。
しかし、四方に備え付けられたカタパルトの伸びる発射台は、とある競技でしか使われないものだ。
見るものが見ればわかる、IS専用のアリーナ。狭い日本でよくもこれほど贅沢に土地を使ったものだとあきれ返ってしまうような広さを持つ施設は、俺の『記憶』にも『知識』にも存在しない。
「すごいでしょう? IS学園の中でも特に力を入れて作ったのが、このアリーナなんです」
誇らしげに胸を張るのは、壁に縋り付いてアリーナを見つめる俺の脇に立った山田先生。二時間ほど校内を歩き続けた後に案内された場所だが、入った瞬間に疲れなど吹き飛んでしまっていた。
「ISの高速軌道を存分に生かせる広さはもちろん、流れ弾などから観客を保護するシールドや緊急時の消火機能、さらには外部からの攻撃に対するシェルターとしての機能まで備えた最新鋭の設備です。地面に引かれた土は特殊な加工をされた衝撃吸収性に富む素材で……」
興奮と暑さから顔を少し赤らめて解説する山田先生だが、俺の耳はほとんどそれを聞き流してしまっている。見ているだけで、このアリーナでISを動かすことを考えるだけで、体が熱くなってくる。それほどの設備だということを、俺の知識が訴えかけてきている。
子供じみた高揚感に身をゆだねる俺たちを見て、鏡花が笑う。
「先生もアイリさんも、楽しそうで何よりなのです」
「え――あ、す、すみませんっ、私としたことが、解説に夢中になって……」
「あ、いえ、俺もなんかぼうっとしちゃって」
我に返り、俺と山田先生は互いに頭を下げた。そうそう、と取り繕うように山田先生が手を打つ。
「ここが校内では最後の見学場所なんですけれど、アイリさん、専用機は今出せますか?」
「はい……まさか」
目を瞬かせる俺に、山田先生はにっこりとほほ笑んだ。
「実は、織斑先生から、アイリさんの実力をはかっておけと言いつかっているんです。一手、お願いしてもいいですか?」
Lumikuningatar。
発音としてはルミクニガタル。日本語に訳せば雪の女王。
それが、俺に与えられた曰くつきの専用機の名前だ。
バーデンから聞いた話では、この機体は『アイリ・レフティマキ』の体以外を受け付けないという。そしてアイリにも、重大な精神障害を引き起こした。具体的には、前世の記憶とやらを甦らせた。つまり、この機体こそが、俺を今の姿へと生まれ変わらせた元凶なのだ。
スクール水着のような形状の、シミひとつない純白のISスーツに着替えた俺は、右耳から垂れるチェーンピアスを握った。収納状態のISは、装飾品の形状をとって相違座標空間とやらに格納されているらしい。
アリーナの準備室。四方を鋼色の壁に囲まれた部屋で、薄暗い照明の中、カタパルトのガイドビーコンだけが不気味なほどに強く光っていた。俺は、カタパルトの前に立っている。少し離れて鏡花が俺を見ていた。すっと息を吸い、吐く。
「Käynnistä」
意志を込めて、起動キーを紡ぐ。音声認識により、ピアスの先のクリスタルが淡い光を放つ。瞬時に俺を取り囲むようにしてISが展開されていく。
太ももから先を包む、怪鳥じみた巨大な爪を持つ脚部フライトユニット。腰には板を重ねたスカート状の装甲兼放熱器。背面に加速用のスラスターと、6枚のセラミックのような光沢のある翼。頭部を包むのはリング状の感覚増幅器で、そこから実体を持たない仮想探知針が前方に伸びている。
両腕に纏う装甲から延びるのは、俺の顔よりも大きな手のひらを持つかぎ爪。右手には銃身の短い短機銃を、左手にはその倍近い大きさの狙撃銃を握っている。
「綺麗なのです。このようなISが存在するなんて……」
はぁ、と小さな吐息すら漏らして鏡花がつぶやくのが、感覚強化された耳にはっきりと届く。
名前の由来は、全身の装甲が銀に近い白で染められていることと、展開した6枚の背面翼がまるで雪の結晶のように見えるからだという。作成者はとてつもなくマッドな天才らしいが、少なくともデザインのセンスは悪くない。
「展開完了。全身の神経接続を確認。フィードバック良好、遅延率0コンマ7桁以下」
顔の周りに浮かぶ半透明の表示を横目で確認していく。何か問題があれば、体と知識が警告を鳴らすはずだ。すなわち、準備完了ということ。
『アイリさん、聞こえますか?』
「はい」
部屋に響く山田先生の声。対面側のカタパルトから繋いでいるのだろう。
『もっともオーソドックスな模擬戦を行います。相手のシールド・エネルギーをゼロにしたほうが勝ちというものですね。詳しい説明はいりますか?』
「いえ、大丈夫です」
ISには、競技用に設定されたエネルギーの限界値があり、それがゼロになると戦闘を行うことができなくなる。エネルギーは武器の使用や相手からの攻撃で減少し、特に装甲のない個所に直撃を受ければ大幅に削られてしまう。これは、搭乗者の安全を確保するための強力なバリア機構たる『絶対防御』が強制的に発動してしまうためだ。
『わかりました。では、30秒後に試合を開始します。カタパルトの用意を』
「了解です」
それきり、山田先生の声は聞こえなくなった。振り返ると、鏡花が手を組んでいた。
「お気をつけて」
「とりあえず、頑張ってきます」
「はい。ご健闘をお祈りしているのです」
多幸症かと疑うほどに笑顔しか見せない彼女に俺も小さく笑みを浮かべ、カタパルトに足をつける。同時、カウントダウンが開始。残り12秒。11。10。――3,2,1。
ぐっと奥歯をかみしめた瞬間、加速による重力が全身を後ろに追いやる感覚が襲ってきた。二十メートルほどのカタパルトを瞬時に通過し、俺は夏の日差し照り付けるアリーナへと飛び出した。反対側から、同じように飛び出してくる影。オレンジ色をベースとした、F1カーに似た流線型の機体。
搭乗しているのは、他でもない山田先生だ。
「『
機体の特徴を知識と照合するが、完全に合致するものはない。フランス製の『R・リヴァイヴ』に酷似したシルエットだが、通常装備されている4枚の背面翼のうち2枚が外され、妙なフレームの塊が装着されている。残る2枚も、通常のものより大きいようだ。
空中で足を止めた俺だが、相手からの攻撃はない。それどころか、見せつけるように胸を張り、相手も空中に静止する。
「それがアイリさんの専用機ですか……長距離狙撃型、近距離戦での応戦用にサブマシンガンを装備しているみたいですね」
「先生こそ、その機体は?」
「なんだと思います?」
茶目っ気のある片目を閉じた笑顔で問われ、俺は自信なさげに答えた。
「『R・リヴァイヴ』のカスタム機のように見えますが」
「はい、半分正解です。70点といったところです」
ひょい、と軽々と中で縦に一回転した山田先生は、円形のドラムマガジンのついた機関銃を持つ両手を下げたままで口を開く。
「この機体は、デュノア社から提供された試作品です。すでに世界中に普及した第二世代を超える、第三世代の機体ですね」
すでに実験的に先行配備されたものを除くと、いまだに世界のISの主流は第二世代だ。ISの基本的な性能が集約された第二世代に対し、さらなる拡張性を求めた試作機が第三世代に当たる。デュノア社はお家騒動か何かでしばらくの間新作の発表もなかったが、水面下で力を蓄えていたということか。
流れ込んでくる知識も、最近では慣れたものだ。いったいなぜ自分がそんなことを知っているのか、それを気にしなければ、知識はただの知識でしかない。
「さすがIS学園。極秘の最新鋭機が配備されているとは」
「実は、卒業生の中にデュノア社とつながりのある子がいまして。そのあたりの関係で、データ収集のためにIS学園に貸し出されている機体なんですよ」
そういったパイプを世界中でつないでいるのだろう。『施設』も、その恩恵にあずかろうという魂胆で、アイリ・レフティマキを送り込む予定だったのだ。
「さて、と。始めましょうか。遠慮せずにかかってきてくださいね」
言いながら、山田先生が両手を突き出す。同時、俺は天空をめざし急加速による上昇を行っている。
機関銃から、マズルフラッシュと重苦しい射撃音が続いて吐き出される。山田先生も足を止めてはいない。こちらを追って上昇してくる。その速度はデータよりも速い。スラスターを兼ねる背面翼が減ったのは、1枚当たりの推力を大きくした関係からか。
直線での上昇をやめ、半身を回して左手の狙撃銃を構えた。瞬時に照準を合わせ、間髪入れず超音速の弾丸を叩き込む。ISの腕力ならば重量のある狙撃銃でも反動などない。そのまま水平飛行に移る。放った弾丸は、感覚強化された山田先生に難なく躱される。
いくら超音速だろうと、ISの加速力に加えて正面からの攻撃では当てようがない。遮蔽物のない空中は不利だと知識が言っている。同時、体が知っている。それでも十二分に戦える、と。
時折けん制の弾丸を放ちながら、俺はさっきとは逆に高度を落としていく。躱せるといっても、そのたびに速度はわずかに鈍る。そうやってどうにか距離を稼いでいくのだ。
山田先生からの攻撃はない。射程距離の違いもあるが、ISのエネルギーを消費しない代わりに重量による弾数制限のある実体弾を無駄に消費しないためだろう。こちらも、けん制もほどほどにしないとすぐに弾切れだ。山田先生が執拗に追いすがってくるのも、それが狙いである可能性が高い。
地面が近い。距離は、わずかに離れた。頭の上で、探知針が薄い緑に光る。
次で一気にいこう。
山田真耶は、こちらから逃げ続ける相手がほとんど接地しそうなほどに高度を落としているのを見て、そう決めた。同時、首筋をかすめるようにして銃弾が駆け抜けていく。当たらないとわかっていても、冷や汗ものだ。
相手の武器の選択は悪い。長距離狙撃銃は、その名の通り距離があるのなら一方的に攻撃のできる武器だが、距離を詰められれば制圧力に勝る機関銃の敵ではない。片手に握った短機銃など、両手の機関銃の弾幕に比べれば玩具のようなものだ。
すなわち、勝利条件は距離を詰めて一気に叩くこと。そして真耶の駆る機体、開発名称『R・リヴァイヴ・デゼル』は直線の加速力ならば並の第二世代では追いつくことができない速度を出すことができる。
元々『R・リヴァイヴ』はいくつもの装備を切り替えて搭載できる汎用機として開発された機体だが、この『デゼル』はそれをさらに発展させた上位互換機だ。今の真耶は、いくつかの装備スロットに加速器を装着することで、高機動戦闘に特化した機体として『デゼル』を運用している。
狙うのは、『
再度の銃撃を、わざと肩の装甲で受ける。顔の脇の不透明の表示枠が、シールド・エネルギーの減少を示している。わずかに体制も乱れた。相手は瞬時に次弾の用意をしている。傍から見れば、一気に不利な状況に追い込まれた形だ。今までは単発での攻撃を仕掛けてきた相手が追撃を狙ってきたのがその証拠。
真耶の目が見開かれ、狙撃銃を握る指先を注視する。一秒の半分にも満たない時間が、永遠のように感じられた。その時間の中で、真耶は見る。相手の指が引き金を引く、その瞬間を。
そして、真耶の全身を強烈な重力加速度が襲う。遠くから銃声。銃弾は、直前まで真耶がいた場所を通り抜けているはずだ。そこに真耶はいない。限界まで加速器を酷使した加速で、一気にアイリの正面から頭上へと移動したのだ。
隙は一瞬。それをつくために、真耶はアイリを見据えた。
その瞳に、狙撃銃の銃口が映った。
頭上から奇襲が来るとわかっていたかのように、ためらいもなく三発目の狙撃が放たれた。
指先にわずかに感じる程度の発射時の反動と、それに遅れて聞こえる射撃音。視線を上げる暇もなく、真上に銃口だけを向けて弾丸を放った俺は、その結果を見て息をのんだ。
間違いなく致命傷を与えたと思った山田先生の機体は、いまだに健在だった。
山田先生の機体が『瞬時加速』で俺の頭上をとることを、俺はあらかじめ知っていた。
それこそが、『雪の女王』の固有能力――周囲のありとあらゆる情報を分析・精査し、次の相手の行動を予知に近いレベルで感知することができる。各所の加速器の負荷とその方向から『雪の女王』は山田先生の戦術と移動方向を割り出し、俺はそれに従って必殺の攻撃を放ったはずだった。
山田先生の機体が握る機関銃に、銃弾が突き刺さっているのが視認できた。こちらの攻撃を察知するのは不可能だったはずだ。だというのに、攻撃されてから的確に防御を行ったというのだろうか。
火器で銃弾を受け止めるという誘爆を恐れない行為と、瞬時にそれを行った判断力。俺の知識の中は、山田先生を相当な高位に属するISパイロットだと判定した。
狙撃銃の斬弾は少なく、もはやデッドウエイトと変わらない。ならば、近距離戦でとどめを刺すしかない。
左手から狙撃銃を放りだし、短機銃を持つ右手に力を込める。
真耶は、半泣きで必死に機体を立て直していた。涙をこぼさなかったのは教師としての意地だ。
完璧なタイミングで行ったはずの奇襲を、さらに奇襲で返されたのだ。真耶でなくとも立て直すには時間がかかる。
攻撃を防げたのは、ほとんど完全に偶然だった。とっさに挙げた右腕が間に合う可能性は相当低かったし、武器に当たって誘爆しなかったのはもはや奇跡だ。
下方、アイリは狙撃銃を捨て、短機銃を構えている。接近戦で応じるつもりだ。さすがに被弾した機関銃を使うわけにはいかず、真耶は右手の機関銃を量子変換し、収納する。実質的に攻撃力は半減した。
射撃が来た。銃弾に追いつかれないように機体を走らせ、真耶も機関銃を連射する。だが。
「当たらない――!?」
先ほどはそんな余裕すらなかったが、真耶は今度こそ息をのんだ。面制圧力に優れるはずの機関銃をもってしても、その弾丸はアイリの機体をかすりもしないのだ。それも銃弾の間を抜けるような飛び方で回避を行っている。
真耶が被弾をしないのは、相手の銃口よりも早く移動しているからだ。銃弾をばらまくとはいうが、銃弾自体は銃口からおおよそ直線を描いている。相手の銃口に重ならない限り、そうそう被弾はない。アイリの軌道も理屈は同じだ。だが、その動きは異様の一言。ISの腕力で押さえつけてもわずかにぶれる銃口から発射される銃弾は、その一つ一つに隙間がある。その隙間を潜り抜けているとしか言いようがない。
たとえるなら、雨が降る前に別の地域に移動しているのと、雨をかわしながら歩いているのと。同じ濡れないという結果でも、過程は段違いだ。
「どういう反射神経と制御力――それ以前になんで銃弾の来る場所が分かるの!?」
真耶の常識では考えられない躱し方に混乱を得ながらも、頭の隅に残っていた冷静な部分が、あることに気付いた。アイリの機体の左手に、サーベルのような曲刀が握られていること。そして、互いの距離が少しづつ詰められていることに。
互いの距離は、あと一加速分まで詰まっている。
円を描くように銃弾から逃れる山田先生に対して、俺は強行突破ともいえる直線での突撃を敢行しているからだ。それを可能とするのは、『アイリ』の身体能力とISの性能、そして何よりも圧倒的な予知能力。
次にどうするべきかをリアルタイムで伝えてくる予知能力と、それを実行できる体があれば、たとえ銃弾の雨だろうと無傷でぬけられる。ばらつきのある銃弾を最低限の動作で躱している。
むろん、そんな芸当がタダでできるわけもなく。頭の中は『雪の女王』が送ってくるデータの処理で手いっぱいで、神経が焼き切れそうだ。正直、限界は近い。だから俺は、奥歯と両手に力を籠め、最後の加速を行った。
左手を振りかぶり、山田先生の眼前に飛び出す。腕を伸ばして射撃していた相手の機体の懐に飛び込んだ形になった。あとは、左腕を振り下ろすだけだ。勝利を確信した俺は、『雪の女王』からのデータ処理を一瞬だけ停止する。その瞬間。
強い衝撃が、頭部に襲い掛かってきた。
それがとっさに放たれた頭突きだということに気付いたのは、反動で二人が引き離された後だった。そしてその時には山田先生は機関銃を構え直し、こちらに銃口を向けていた。
回避するのには、一瞬足りない。『雪の女王』のデータはそう解析し――その予知通り、俺の全身を、シールド越しに銃弾が襲う衝撃が走り抜けていった。
オリ機体を考えるのって案外難しい……色々考えたけど全部原作でやっているという。
特に能力のない汎用機やら特化型ならともかく、一点もののワンオフ持ちはアイデア勝負。
変形して相手に絡みついて自爆したりとかどうですかね(イージス艦、もといイージス感)