インフィニット・ストラトス ――デイ・アフター・トゥモロー   作:水戸 湊

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悪い方は、そいつがお前に突き立てた短剣で判別できる。


はじまりのおわり――Beginning of end

「大丈夫? ケガとかしてないかな?」

 

 音もなく地面に降り立った山田先生が、武器を持たないほうのISの腕をこちらへと伸ばしてくる。こちらも腕を伸ばしてつかみ、ゆっくりと立ち上がる。

 地面には『雪の女王』の墜落痕が残っているが、俺にもISにも傷一つない。

 不意を突かれた一瞬で銃弾を至近距離から乱射されたため、姿勢を戻す間もなく地面に叩き付けられてしまった。絶対防御は万全に機能し操縦者を守ってくれたが、そのおかげで設定されたシールド・エネルギーは底をついている。

 

 続行不能。俺の負けだ。

 

「早々に情けない姿を見せてしまいましたね」

 

 俺自身は負けず嫌いというわけではないが、頭の隅では納得がいかないという思いがある。あの一瞬だけ気を抜かなければ負けはなかったのだから、そう思うのも仕方ない。二人ともISを待機状態に戻し、自分の足でアリーナに立つ。

 

「機体もですが、先生の操縦技術もそれに見劣りしないレベルだと思いました」

 

「ま、まあ、教員ですから……」

 

 陶然と胸を張って見せるが、照れているのか、指で頬を掻く。

 

「でも、アイリさんこそ。この時期の転入生は珍しいんですけれど、学園がそれを認めた理由がわかりました。実技に関しては文句なしです」

 

「そう、ですかね」

 

 褒められても、自分の力で得たものではない上に、それを使いこなせていない自覚まであるのだから、素直に受け取れない。他の生徒がどの程度のレベルかは知らないが、正直、学園生活も不安になってきた。

 不安が顔にまで出ていたのか、山田先生は笑顔を作って見せる。

 

「大丈夫ですよ。わからないことや困ったことがあったら皆でサポートしますし、国外からの留学生も多いですから。とりあえず、着替えを済ませましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。お疲れ様です」

 

「新屋布さん、待たせてすみません」

 

 試合の後、急いで着替えた俺たちをアリーナの入り口前で出迎えた鏡花は、相変わらずの笑顔で構いませんと言った。その背後、遠い空の端が、黒髪に混ざり合うような色に変わりつつある。

 晩夏に入りつつあるとはいえ午後の日の入りはまだ遅いはずだが、この辺りはやや標高が高いのか、すでに夕焼けが広がり始めている。

 じゃあ、と山田先生が鏡花に視線を合わせる。

 

「私はまだ仕事があるので、お先に失礼しますね。新屋布さん、あとはお願いします」

 

「はい。お任せください」

 

「アイリさん、新屋布さんに寮の案内をしてもらってください。持ってきた荷物は運びこまれているはずですから」

 

 横目で腕時計を見た山田先生は、アリーナ越しに頭をのぞかせている校舎に目を向けた。

 

「なにかあったら、私のほうに連絡してください。じゃあ、わたしはこれで」

 

 軽く礼をしてから背中を向け歩き出す――寸前に自分の足同士をひっかけるという高度な転び方をしそうになり、どうにか持ち直して恥ずかしげに小走りで走り去る。基本的にまじめで良い人のようだが、やはりどこか抜けている。

 

「では、参りましょうか」

 

「はい、お願いします」

 

「わたしにまで、そのような言葉遣いをしなくともよいのですよ?」

 

「ああ、うん――じゃあ、頼む」

 

「はい」

 

 無理な言葉遣いをしているのが伝わってしまったのか、鏡花に言われて俺は言葉遣いを素に直した。気のせいか、鏡花の笑みが二割増しになったように見えた。くるりとスカートを翻し、鏡花が足を進める。慌てて俺も後を追う。道幅は広いので、肩をそろえて歩く形になった。身長は同じくらいだ。

 アリーナから伸びる、コンクリートで整備された並木道には、むっとするような緑の香りが立ち込めている。空調の効いたアリーナの更衣室から出た時には全くかいていなかった汗が、薄く額に染み出しはじめる。服のポケットをあさるが、ハンカチが入っていない。

 

「あら、よろしければ……」

 

 小走りで俺の前に回った鏡花が自分のハンカチを取り出し、手を伸ばす。思わず足を止めた俺の額を、さっと柔らかな布が駆け抜けた。

 

「なん――」

 

「ハンカチを持っていらっしゃらなかったようなので」

 

 平然と笑みのままで言う鏡花に、虚を突かれた俺は言葉に詰まる。

 

「あ……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 とりあえず、と紡いだ感謝の言葉に菩薩のような笑顔で返されれば、それ以上は何も言えなかった。

 

「体調を崩されては大変です。いそいで寮に向かうとしましょう」

 

 鏡花が少し足を速める。俺も、その意見には賛成だった。『俺』はともかく、この体は日本の夏になじんでいない。水を入れないサウナに押し込められたような暑さが、秒刻みで気力と体力を削っているのが分かる。

 五分ほど歩くと、建物が見えてきた。寮という言葉でイメージされる簡素なアパートではなく、避暑地のホテルじみた洋風の落ち着いた建物だ。三階建てで、各部屋には広めのベランダがあった。

 二重のガラス扉が音もなく開き、俺たちを招き入れる。途端に湿気を押し出すように冷たく乾いた空気が押し寄せた。

 

「これ、本当に寮か?」

 

 思わず間抜けなコメントが漏れるのも仕方がない。絨毯の引かれた玄関ホールは三階までの吹き抜けとなっており、天井からは冗談のようなシャンデリアが吊り下げられている。そこかしこに見た目にやわらかそうな座席のソファや机、両手で抱えきれないような大きさのテレビまで置いてある。玄関の奥はラウンジにでもなっているのか、机と椅子が並べられ、数人の生徒が飲み物と焼き菓子を囲んで談笑していた。

 入り口の反対側には広い窓が夏の光を取り込み、その先には手入れの行き届いた庭園が広がっている。

 

「まあ、寮としては豪華に過ぎる設備ですけれど……IS学園には各国の重要人物の子女なども留学する関係上、粗末なものを建てるわけにもいかない――ということらしいのです」

 

「こんなところで暮らしてたら、感覚が変になりそうだな」

 

「わたしも4月からここで暮らしていますが、いまだに慣れた気はしないのです」

 

 笑顔のままで眉を下げる鏡花の見た目は、それこそどこかのお嬢様といわれても疑わないようなものなのだが。澄み切った空気だけを吸ってきたような艶のある長い黒髪や直射日光を浴びたことがあるのかと疑うような透き通る白い肌。

 まあそんなものは俺の勝手なイメージなので、案外普通の女子高生だったりするのかもしれない。

 

「どうかされましたか? そんなに見つめられると、わたし、照れてしまうのです」

 

「あ――ごめん、ちょっとぼうっとしてた」

 

 悪戯っぽく笑いながら言う顔も、作り物じみて愛らしい。俺が男のままだったら押し倒していたかもしれないと真剣に考えるほどに。

 そんなことを気取られてはかなわないので、適当に視線を泳がしながら言う。

 

「で、部屋はどっちなんだ?」

 

「こちら側なのです。反対に行くと、三組と四組の方の部屋があるのです」

 

 玄関ホールの両側から伸びた廊下のうち、右手のほうへとつま先を向ける鏡花。

 その時、件の廊下から、一人の女子生徒がこちらに向けて歩いてくるのが見えた。

 くせっけ気味の赤みがかった髪と額にまいたバンダナが目を引いた。勝ち気な釣り目がこちらを認め、あら、と手を上げる。

 

「鏡花と――そっちは?」

 

「転入生の、アイリ・レフティマキさんなのです。今朝、織斑先生の話していた……」

 

「あー、あなたが」

 

 得心の言ったように手を打ち、人懐っこい笑みで手を伸ばす。

 

「生徒会長の五反田・蘭よ。よろしく」

 

「アイリです。よろしくお願いします」

 

 ぎゅっと掴まれた手は暖かい。頭一つ分背の高い彼女と視線が合うと、歯を見せて笑われた。

 

「なんか寒いところの出身だって? 日本はまだまだ暑いし、体壊さないように気を付けてね。困ったことあったら、そこの鏡花とか私とか、相談乗るから」

 

 力強い笑顔と言葉から、嘘は感じられない。初見でも頼りになりそうな人に見える。

 

「今は寮の案内中ってとこ? まあ、ゆっくり見てってよ。私はちょっと呼ばれてるから」

 

 鏡花に手を振り、俺の軽くたたくと、そのまま玄関を抜けていく。背筋を伸ばして凛とした歩き方は織斑先生にも似ているが、あの人より数倍とっつきやすそうだ。

 

「あの人が生徒会長か」

 

「とても頼りになる方なのです。去年まではなにやら色々とあったようですけれど」

 

「色々?」

 

 首をかしげると、鏡花も同じ角度で顔を傾ける。

 

「わたしの入学前のことですから伝聞系ですけれど、去年卒業された方に男性のIS操縦者がいて、その人となにやらあったと」

 

「男――あぁ、唯一男でISを動かせるっていう日本人か」

 

 知識の中に、その情報があった。名前まではわからないが、ISによる女性優遇社会の根底をひっくり返しかねないイレギュラーの存在は覚えていないはずがない。

 

「先代の先輩方はずいぶんと個性的な方たちだったらしいのです。先生や今の先輩方も、よくその世代の話をされます」

 

 山田先生や織斑先生が応接室で思い返していた去年の卒業生たちのことだろう。いったいどんな面々がいたのか気になるが、IS学園の卒業生といえば世界中から引く手あまただ。直接会える機会はそうないだろう。

 生徒会長の後ろ姿が夏の陽炎の中に消え、鏡花が廊下を進みだす。

 

「一階が一年生の部屋なのです。レフティマキさんの部屋は端部屋です」

 

「端部屋か。いいね」

 

「防音効果が高いせいで、多少うるさくしたところで苦情など出ないのです。むしろ、玄関から遠いことがデメリットなのです」

 

 実感がこもった言い方だ。鏡花の部屋も端に近いのかもしれない。白い壁に落ち着いた色の照明がともる廊下の右手に、木製の扉がはまり、名前の刻まれたプレートが嵌まっている。

 

「二人一組で部屋が割り振られているのです。部屋は広めなので、自分のスペースを確保するのに苦労はしないと思うのです」

 

「そういうのは組になる相手次第なところもありそうだけどな……いいやつならいいんだけど」

 

「わたし個人の意見としては、相方さんはレフティマキさんを気に入ると思うのです」

 

 悪意の含有率がマイナスに言ってそうな笑顔で言われると謙遜する気すら起きず、そうかな、と俺は茶を濁す。女子高であるIS学園で同室になるということは、相方は百パーセント女子。しかも容姿審査があるんじゃないかと噂されるほどにいわゆる美少女しかいないとなれば、男としては舞い上がって成層圏まで飛んでいきそうなシチュエーションだ。

 だというのに今一そんな気にならないのは、今の俺の体が少女――しかも並大抵の容姿では太刀打ちできないほどの美人だというせいか。それとも、『俺』という自身の存在が未だ詳細のはっきりしないせいか。そもそも『俺』を探すために日本まで来たのだから、学園生活やISの訓練の上に女の子と遊んでいる余裕などない。

 知らず知らずのうちに、深いため息が漏れだしている。

 それを聞いた鏡花が、目を丸くして口に手を当て驚きをしめす。笑顔以外に初めて表情の変化を見た俺も、少し驚いた。

 

「どうされたのです?」

 

「ん、いや、結構な前途多難ぶりにちょっとな」

 

 思い出したように、体が疲れを訴え始めた。欧州の空港から四分の一日かけて日本に来て、広い校内の見学とISでの模擬戦だ。細身ながら鍛えられた『アイリ』の体でなければ、このハードワークの途中でへばっていただろう。

 

「レフティマキさんなら、大丈夫なのです。私たちも精一杯サポートするのです」

 

「ありがとう。……まあ、グダグダと考えてても仕方ないよな」

 

 不本意に乗せられたとはいえ、乗り掛かった舟は出航しているのだ。今更降りることなんてできない。笑顔に戻る鏡花の横で軽く深呼吸をして、顎を上げて前を見る。と、ゆっくりと扉が迫ってくる。誰かが廊下に出ようとしているのだ。

 足を止めた俺たちの前で、一人の少女が姿を現した。IS学園の制服に身を包んだ、金髪を頭の高い位置でまとめた少女。少し身長が高い――160を超えたあたりか。日本人離れしたくっきりとした顔立ちで、細い眉の色も金。その下の瞳は濃い琥珀色だ。

 その瞳がこちらを向き――数瞬の間、一点に固定された。

 じっくりと俺の顔の中心を射抜いた瞳に、俺が口を開こうとする。しかし、相手が先制した。紡ぐ言葉は、

 

「……アイリ?」

 

「なぜ、俺の名前を?」

 

「俺?」

 

 唐突な疑問符の応酬。その間に、鏡花が割って入った。

 

「こんにちわ、リーゼさん」

 

「あ、あぁ、キョーカか。――コイツは?」

 

「転入生の、アイリ・レフティマキさんなのです。お知合いですか?」

 

 問いに、リーゼと呼ばれた少女は複雑な顔をした。英語の単語テストで、発音だけで覚えていた単語のスペルがこれで良いのかと悩んでいるような表情だ。合っているのだという確信を放つ理性と、それに待ったをかける感情の紡ぐ渦。

 

「私は、リーゼ・ベーレンス。……ドイツの代表候補生だ」

 

 別にもっと言いたいことがあるのを隠すように、自己紹介に間が空いている。

 

「初めまして――ドイツの代表候補生、名前は聞いたことがあるな」

 

 俺の返答に、リーゼの表情がさらに困惑を強める。俺としては、記憶にはなく知識にあった人名だったからそう答えただけだ。それも、リーゼ・ベーレンスがドイツの代表候補生であるという事実だけの知識だった。

 

「私のこと、覚えてないのか?」

 

「え?」

 

 リーゼの表情が伝染したように、俺の頭も疑問符に踏みつぶされそうになる。俺は、リーゼなる少女にあったことなんてない。当然のごとく初対面だ。ならば。

 

 

 彼女に会ったことがあるのは、『アイリ・レフティマキ』か。

 

 

 当然の結論にたどり着く俺だが、それをどう伝えるか、そもそも伝えるべきかなど見当もつかなかった。『施設』にいたときは、事情を知っているバーデン以外の人間とはすれ違う程度で碌に会話もしていなかった。『アイリ』という少女は、人付き合いの良いほうではなかったらしかった。

 それが、遠く離れた日本の地で、『アイリ』を知る相手に出会うというのは、どういう運命のいたずらだ。

 俺もリーゼもそれ以上口を開かないので、現状を動かすことができるのは新屋布・鏡花ひとりだけだった。俺たちの間を流れる空気に、互いの顔を見比べて様子を見ていた彼女だが、自身の役目を悟ったのだろう、笑みを作って声を上げた。

 

「お二人はお知り合いなのですか?」

 

「いや――私の勘違いだな、悪い」

 

 一瞬だけ顔をうつむけて表情を隠し、肩をすくめる。上げた顔は、無表情に無理やり笑みを張り付けたように唇を歪ませている。

 

「知り合いに似てたし、偶然同じ名前だったからさ。まあ、アイリなんてよくある名前だからな」

 

 異国の命名事情には詳しくないが、名字まで名乗ってから「覚えてないのか」と尋ねたということは、やはりこの少女は『アイリ』と知り合いだったのだろう。だが、俺にかける言葉はなく。

 

「気にしないでくれ。まあこれからよろしく頼むよ」

 

「……あぁ、よろしく」

 

 得体のしれない罪悪感に心の底を嘗め回されるような居心地の悪さをこらえ、俺も笑顔を張り付ける。

 

「キョーカ、ちょっと私は急いでいるからいくよ。じゃーな」

 

 そういうと、鏡花の返事も待たずに小走りで廊下を進む。振り返ることもなく、遠い玄関に消えていった。

 

「――お知り合い、なのですか?」

 

「いや、知らない」

 

 鏡花の三度目の問いに、俺はそう答えた。これから俺が『俺』として過ごしていく、そのための決意を固めながら。

 

「そう、ですか。ならば先へ進むとしましょう。といっても、私たちの部屋はこの隣なのです」

 

 リーゼの隣室、ということに気が重くなった俺は、瞬時にはその言葉の意味に気付けなかった。気づいたのは、ドアのプレートを見た時だ。

 扉を開けた鏡花が、楽し気な笑みを浮かべ、そそくさと部屋に入って俺を出迎えた。

 

 

 『Aili Lehtimäki / 新屋布 鏡花』

 

 

「いらっしゃい。そして、お帰りなさい。アイリさんの同室の、新屋布・鏡花と申します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よくある~(キャラ名)に転生した時に起こる問題。
意味記憶とエピソード記憶という各領域の情報が大きく食い違うとき、周囲の環境はどう変化するのか。
なんてことを考えたりする小説じゃない気がする、たぶん。


前書きの意味は、分かる人にはわかるネタ。まあサブタイトルの時点でね。
M14ルーリングネタでもあります。
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