インフィニット・ストラトス ――デイ・アフター・トゥモロー 作:水戸 湊
「とりあえずそのわざとらしい語尾をやめるウラ」
「キャラ付けにしても雑ザウルス」
……語尾erなお前らに言われたくないじゃん。
ともあれ、そんな繋ぎ回です。
こんなに気持ちのいいものだとは知らなかった。
しかもそれは、俺の知っているどんな快楽とも異なるものだった。
抗いがたく、無限に感じていたくなる、それはまさに失楽の果実というべき妖艶な甘さをもって俺を支配していた。
わずかな背徳感すら覚えてしまうのは、あまりにきわまった甘美さに身体が戸惑っているからだろうか。
「あ――そこは」
「わきまえております。おそらく、アイリさんはこのあたりが一番感じる場所なのです」
とっさに否定の言葉を入れるよりも早く、鏡花の指先が身体の核ともいえるような場所を、細い指からは考えられない獰猛とすらいえる強さで貪っていく。俺は抵抗することすらできず、タオルを布いたベッドの上で身体を震わせる。怪しく光る、透明な液体にぬれた鏡花の指先が肌をなで、物色するように数度指の腹で押す。
「そんな、奥に……」
「アイリさんの肌は張りがあるのです。少し強めに入れれば、もっと大きな効果を期待できます」
「は、ぁ……」
鏡花の動きと俺の動きはシンクロしている。まるで操り人形のように、鏡花の身体が動くたびに俺の全身に震えが走り、声を漏らしてしまう。
「いい具合なのです。もう少し、下のほうも失礼してよろしいでしょうか」
「ん――」
鏡花の声が耳朶を打つ。鼻のわきを一筋の汗が流れていった。身体が熱い。だが、それでもまだ足りないと訴えかけてくる。考えるより前に言葉が出た。
「――頼む」
「では、失礼して」
「くぅっ」
ぐい、と今までとは違う場所に指が入る。痛くはない。しびれるような感覚が鈍く走る。違和感に戸惑うのは最初のうちだけだ。身体の力を抜き、鏡花のなすがままに任せればよいと、流石に俺も理解してきた。
「ふぅ……これで終わりなのです」
「お疲れ。だいぶ楽になったよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました。たまには全力を出したくなるのです。それがアイリさんのような方ならば大歓迎なのです」
鏡花による本格的な全身マッサージを終え、汗と特製のアロマオイルを流した俺は、寝巻き代わりのジャージに着替えている。放課後の八千代との対戦の後、約束どおりベッドの上にタオルを布いて行った鏡花の全力のマッサージで、疲労は全回復している。ベッドに倒れこんだ身体は羽でも生えたように軽く、どこをどう動かしてもまったく違和感を覚えない。むしろ今までこんなにも色々と溜まっていたのかと驚くほどだ。
「マッサージ師でも目指してるのか?」
「いえ。趣味です」
やはり寝巻き代わりの私服に着替え満足げに笑う鏡花には、そうか、と返すしかない。薄いカーテン越しの窓からは、ほとんど闇に染まりかけた夕日の残滓が見える。そろそろ八時に近い。あのあと、八千代やほかのクラスメートと簡単な戦術議論などを交わした後に帰宅したことから逆算して、一時間半ほどじっくりと身体を弄り回されていたことになる。
「食堂って何時までやってるんだ?」
「九時までですね。部活動などで遅くなる方もいるのです」
「なら、まだ開いてるな」
部屋には簡単な冷蔵庫やキッチンなども据え付けられているが、俺にも『アイリ』にも食堂に勝るような自炊のスキルはない。というか、昨日の夜と今日の朝昼で使った食堂の料理は単純な学生食堂に収まるレパートリーではなかった。
俺が言いたいことを理解した鏡花が、座っていたベッドの端から立ち上がる。俺も半身を起こした。
「ルームサービスもありますけれど……」
「どうせ食べるなら広い食堂の方がいいな。ルームサービスって持ってくるだけで、食器は返さなくちゃいけないんだろ? それも面倒だ」
「では、参りましょう」
やりすぎ感のあるサービス満載の学生寮だが、それを駆使しなければいけない法はない。食堂は校舎と寮の間にある。わざわざ建物一つを使った二階建てだ。広い窓と吹き抜けで見かけ以上に開放的な洒落たレストラン風なのは、流石女子校といったところか。ちなみに食券などとけち臭いことは言わず、時間内であれば完全無料である。無論残さないのがマナーだが。
そんな雰囲気の中でも食堂としての対面を維持しようという努力なのか、『A定食』というなんのひねりもない名前の和食を受け取った俺たちは、適当に空いている席を探す。遅めの時間なので流石に人影はまばらだ――と思っていると、数人がけの円形ソファの座席から声がかかった。
「鏡花、こっちこっちー」
「お、転入生も一緒じゃん」
見れば、丸テーブルを囲むように配置されたソファに数人の生徒がたむろしている。たぶん、クラスで見かけた顔だ。近づいてみれば、全員が食器を空にしていた。食後の雑談中といったところだろうか。席をつめてもらい、俺と鏡花は互いにソファの両端に座る。
「こんな時間にご飯? ちょっと遅いじゃん?」
「二人っきりで部屋でなにやってたのー?」
「そりゃもう色々……ね。でしょ?」
期待するような目を向けられても困る。黙秘権を行使し、箸で魚を解体していく。慣れない指先での動作が、意外と思っているように動かない。日本に来てから気づいたことだが、ハイスペックな『アイリ』の身体でも箸の操作だけはどうも苦手なようだ。
「やってあげようかー?」
「ついでに『あーん』ってか? イツキも隅におけないじゃん」
「あ、その手もあったねー」
「だめだよ、レフティマキさんは鏡花のなんだから」
「えぇ、二人はもうそんな進んだ関係にー?」
女子生徒の視線が集まる。女三人集まれば、ということわざを白米と一緒にかみ締めつつ、俺は断言する。
「なってないから、な」
脳裏にマッサージの光景がよぎったのは無視。
「なんだ、つまんないー」
「でもそれなら私たちにも目があるわけじゃん?」
「より取り見取りだよ、レフティマキさん。さっきからジャンジャンうるさいのが篠原・雅(みやび)。なんか眠そうなのが赤川・イツキ。そして私が那智・璃音(りおん)」
さあ選べ、という風に紹介されても困る。
雅は小柄で癖っ毛気味の黒髪をショートカットにしている、ボーイッシュなスポーツ少女という印象。イツキは鏡花よりもさらに長い髪を濃い茶色に染め、首の辺りでゆるく縛っている、眠たげなたれ目が雅とは対照的な『静』のイメージ。二人の間に座る璃音はノンフレームの眼鏡を輝かせ、わざとなのか左右非対称の長さの明るい金髪が遊びも出来る優等生、という取っ付きやすさを思い起こさせる。
三人が三人とも個性的な雰囲気を持っていて、しかも目だった欠点を見つけられないような美少女だ。そもそもIS学園の平均的な容姿レベルは世界水準で見てもぶっちぎりで高い、ということは転校初日に観察していて思っていたことだが。
「なに? やっぱり鏡花のほうがいいって?」
「そんなんじゃないけどさ……その、女の子同士、だろ」
実際の女子高生の恋愛感など知ったことではないしからかわれているのは明白だが、俺にはそう言って逃げるしかない。
くっくと璃音が冗談めかして笑う。
「まーそりゃ、私らだってホンキじゃないよ? でも、ま、野郎と付き合うより女の子同士の方が色々気楽っちゃあ気楽よね」
「つーかオトコの存在意義って割とないじゃん?」
「うちはおとーさんがいないと家事やる人がいないけどねー」
軽いノリで、そんなことを話し合う少女たち。一昔前の世界でなら小娘の戯言ですんだだろう。しかし、この世界――ISにより変革をなした世界では、それは最早真実である、と一部の人間からは認識されているらしい。特に日本などの先進国ではそれが顕著だ。
話には聞いていたが、実感はなかった。だが、実際に目の前で行われると――腹が立つというよりも、虚しくなる。
それは、今の俺が『アイリ』という少女の姿を借りているからだろうか。それとも、ISという存在を身をもって知っているからか。おそらくは、その両方だ。
女性がやや上位とされる社会構造への変化はISによるものだ。もともと一部のフェミニストによる女性の社会進出だのなんだのと水面下での優遇措置は見え隠れしていたものが、契機をもって一気に浮上してきたという過程はあるにせよ、それほどまでにISの登場は世界に劇的な振動をもたらせた。
従来の兵器ではありえない、ほぼ等身大のサイズ。それでいて武装は従来的な機動兵器を凌駕し、PICをはじめとするオーバーテクノロジーは戦術単位での全面的な見直しを図らせるほどのものだ。もしもISにコアという量産不可能なブラックボックスがなければ、世界はもっと変わっていただろう。
その数ゆえに大規模な戦術単位での編成を行うことはできないが、一説にはIS一機を戦術単位としてみる動きまであるようだ。実際問題、通常の編成にIS一機を組み込むだけで、劇的な総合能力の上昇が認められたという話もある。
アイリの知識や学園の教科書に書かれていた最新研究の論文が、ISがどれほどの存在かをしみじみと知らせてくる。目の前の少女たちも、IS学園の生徒である以上、自分たちが世界を動かすべき立場であるという認識は多かれ少なかれ持っているはずだ。
「れ、レフティマキさん。そんなにまじめに考えなくてもいいんだけど」
「ん、ああ、いや、ちょっと別のことを考えていた」
話しかけられ、我に返った。ごまかすように味噌汁を取り、啜り、一息つく。
「ISってのはとんでもない兵器だな、といまさらながらに思ってな」
「そりゃまた、おっそろしく今更な話じゃん」
「レフティマキさんくらい動かせれば、一人軍隊みたいなもんだよね」
「わんまんあーみーだねー」
そういえば、この三人は俺と八千代の試合も見ていたはずだ。
「みんな、どれくらいISを動かせるんだ?」
「一学期で色々しごかれたし、やっと基本的な動作は一通りってところかな。軽い模擬戦とかもやったけど、お遊戯みたいなもんだね」
「1組じゃ八千代がぶっちぎりじゃん? あとは鏡花も意外と動かせるよな」
「私は……たしなむ程度に」
話を振られ、食事をほとんど済ませてゆっくりと茶など傾けていた鏡花が、あいまいな返答をした。どちらかというとサポート役の方が似合っていただけに鏡花が戦うところはあまり想像できない。
「この子、こう見えて万能だからね。次のクラス対抗戦も八千代と鏡花が出ると思ってたし」
「クラス対抗戦?」
「学期はじめのお祭りみたいなもんだよ。各クラス代表二人を選んで、トーナメント形式で戦うんだ。今年はそれぞれのクラスに専用機もちがいるから激戦になりそうだけど、レフティマキさんが入って戦力増強した1組はだいぶ有利かな」
なるほど、と思いつつ、試合の後に八千代の言った言葉を思い出した。参考とは、対抗戦のメンバー選出の参考か。
「一学期は2組が優勝だったねー。ベーレンスさんだっけ、ドイツの代表候補生」
「……リーゼか」
「知り合い?」
「名前だけ、な」
俺にとってはその程度だが、あちらがどう思っているのか。隣室ではあるがクラスが違うせいか、昨日の邂逅以来顔を合わせてはいない。代表候補生というくらいだから、相当な腕なのだろうが――優勝ということは、あの八千代を倒したということだ。
「ベーレンスは強いよ。八千代が始終押されっぱなしだったくらいだし。間違いなく今回も優勝候補じゃん」
ほう、と返答代わりの感嘆を漏らしかけたとき、先んじて声が走った。
「そういうことだ」
「へ?」
全員が同じタイミングで疑問符を上げた。雅の台詞に答える声は、俺の後ろから聞こえてきたからだ。渦中の人、リーゼ・ベーレンスがいた。食後なのか、片手に飲み干したペットボトルを持っている。
「アイリ・レフティマキ。噂じゃいい腕してるらしいじゃないか。クラス対抗戦、当然出るんだろ?」
「どこで聞いたのかは知らないが、この分じゃそうなりそうだ」
そうか、とリーゼは満足げに頷く。
「楽しみだね。『アイリ』って名前のやつには強いやつが多いんだ」
意味深な言葉に、俺以外の全員が首をかしげる。どうやら、俺を試しているようだ。だが、俺としては適当にごまかすしかない。
「あんたの知ってる『アイリ』がどれだけ強かったかは知らないが――もしも当たったら、全力でいかせてもらうよ」
「同じく、だ。……今日のところは顔合わせさ。邪魔したね
そのまま背を向け――小さな声で、俺の背中に声を投げる。
『『施設』じゃ互角だったが――今はどうだろうね』
日本語ではない。ドイツ語だ。反射的に聞き取った俺は、おそらく背中で反応を示してしまったに違いない。リーゼは視線をくれないままペットボトルを投げ捨てる。つぶれた容器は、狙いたがわずゴミ箱にスリー・ポイント・シュートされた。
「なに? 1組のやつらに喧嘩でも売ってきたの?」
「んなわけあるか」
「……ああ、あれがリーゼの言ってた」
「なぜか知らんが別人の振りをしてるけど――隠し事が下手なのは昔からさ」
「双子の姉妹、とかじゃないの?」
「あいつも私も孤児だよ。同い年だから気があったんだ。まあ友情ごっこなんてしてられるほど甘い環境じゃなかったから、どっちかっつーと『競争相手』だったけどな」
「前に聞いた、『施設』ってやつ?」
「そうだ。私が今の家に引き取られた後に何があったかは知らないけど……」
「力になれるならなってやりたい?」
「そこまで手を焼いてやるようなヤワなやつじゃない。とりあえず、クラス対抗戦で鈍ってないかは確認させてもらう」
「ま、がんばってね」
「お前も出る予定だろ?」
「私があの子に勝っちゃったらどーする?」
「あいつが『アイリ』なら、鈍ってなければ、苦戦程度で済むだろう」
「入れ込んでるねぇ……惚れてるみたいだよ」
「そ、そんなんじゃない! ――純粋に、気になるだけだっ」
「……妬けるねぇ」
繋ぎ回は説明多め。雑。世界観説明とかも入ってきてダレる。
未だ先がミストに包まれたこの話ですが、とりあえずの目先の指針を示してみたり。
ちなみに三人娘はモブです。これからも画面端とかでうろちょろしてます。