インフィニット・ストラトス ――デイ・アフター・トゥモロー 作:水戸 湊
つまり説明しているようで説明していない、不思議理論と不思議科学のドッキング。
「っつーわけで、今回のクラス対抗トーナメントの代表者は私とアイリでいいかね?」
放課後の前のホームルーム。
ばん、と軽く教卓を叩いて注意を集めた八千代の言葉に、クラスから異議は出なかった。一応推薦するなら名前を出せ、という形ではあったが、今日の実技授業の時点で先生からの内定が出ていたも同然だから、ほとんど出来レースだ。
八千代は満足げに頷いた。
「よろしい。では、今回の対抗戦こそはこの1組に栄光をもたらすべく、不肖矢剣・八千代、みなの期待を一身に背負って戦うことをここに誓おう!」
拳を上げ、戦争直前の軍指令の威厳を持って宣誓する八千代の言葉に、クラスメイトたちは暖かい声援を送る――俺に対して。
「がんばってね、レフティマキさん」「八千代がライバルを消耗させるから、あとはアイリ次第じゃん?」「相手の情報は新聞部に任せて。戦術から機体性能、搭乗者の言えない性癖まで全部調べ上げてあげる」
「まあ、出来る限りやってみるよ。こんなに応援されちゃあな」
「その意気なのです。勝利を願ってお赤飯を炊いておくのです」「もう号外の準備してるんだからね。タイトルは『1年1組大勝利!』」「期待してるよ、ウチの新エース!」
クラスメイトの声援で結束を確かめる俺に、取り残された八千代が肩を震わせる。
「おい、お前ら……私は?」
「だって八千代、前に決勝で負けてるじゃん」「そーそー。昨日の試合でもレフティマキさんに負けてるしー」「まあ、せいぜい2位目指してがんばってよ」
もはや教室内に味方はいないと見た八千代がこちらを見る。見られても困る。
まあ、クラスメイトも本気で言っているのではないだろうし、これも一種の人徳の表れだろう。
「ええい、アンタらのことなんか知るかぁ! 私は、私の名誉にかけて! ほかのクラスを! ベーレンスを! そしてアイリすらも! 全員ぶっ倒して頂点に這い上がってやるからなぁ――いったぁ!?」
熱い言葉に、おおう、とどよめきが走る。そしてその間を鋭い打撃音が通り過ぎていく。八千代の語尾が上がったのは、無音で教室内に入ってきた織斑先生のクラス名簿による一撃が頭部に炸裂したからだ。
「静かにしろ、馬鹿者が」
「い、いつの間に……」
「今だ。廊下にまで声が響いていたから学年主任として様子を見にきただけだ」
頭を抑えて教卓に倒れる八千代を氷の視線で見つめながら、教室の端で推移を見守っていた山田先生に名簿を返す織斑先生。突然の登場に浮き足立つ生徒たちを一瞥で黙らせ、スーツからメモ帳を取り出す。
「で? 1組からは矢剣とレフティマキが出るということでいいんだな?」
「そ、れで――オーケーです……」
軽い脳震盪でも起こしたか、頭を抑えてふらつきながら頭を上げる八千代を見もせず、ペンを走らせる。とんでもない鬼教官っぷりだ。
「よろしい。ホームルーム中は静かにしろよ。……ああ、あと、これは山田先生から伝えてもらおうと思ったが、本日の放課後、トーナメントの事前準備があるから、生徒会のものは生徒会室に集まるように。以上。では、山田先生、失礼した」
長い髪を揺らしながら背中を向け、退室する織斑先生。その髪の毛の一本までが消えるまで、山田先生を含めた全員が緊張感に背筋を張っていた。
音もなく、教室の扉が閉まった。全員のため息が完全に一致したタイミングで漏れる。最初に声をあげたのは、山田先生だった。
「ええと、それでは代表者も決まったので、ホームルームはこれで終わりです」
「さて、これで正式にトーナメントに参加することになったし、アイリ、今日からトーナメントまでは放課後特訓だな」
「それはいいが、相手の情報も知りたいな。今までの試合の映像とかはないのか?」
付き合え、とハンドサイン付きで俺の机によってきた八千代に、俺は思ったことを伝える。世界唯一の専門学校たるIS学園において、貴重な戦術データがないとは思えなかった。
八千代は軽く首肯する。
「あるよ。資料室に、アリーナに設置されてるカメラの映像が全部残ってる。……そうだね、まあ、相手を知るのは大切だし、今日は対策会議もかねて資料室にいこうか」
あまり気乗りしないような八千代の言い方に引っかかりを覚える。向上心豊富な八千代が座しての研究の大切さを知らないわけもないのだが。
俺の疑問が伝わったのか、隣席の鏡花が口を耳元に近づけて言った。
「お察しを。八千代さんにとって、前回の映像というのは最終的に自分が負けるところなので。見られたくない、というのが乙女心なのです」
「ああ、そういう」
思わず納得の声を上げてしまった俺を半目で睨み、八千代は鼻を鳴らす。
「……次勝てばいいだけだっての。そーいえば、鏡花は今日は生徒会か?」
「ええ、どうやら招集がかかっているようなので」
「準備か、大変だな」
「手伝い自体はそれほどでも。設営などはボランティアの方もいますし。ただ、当日の役割によってはアイリさんたちの試合を近くで見ることが出来ないのが残念なのです」
本当に残念そうな顔をされると、勇気付けたくなるのが人情だ。俺はわざとらしく笑みを作ってみせる。
「期待されてるらしい俺と八千代、どっちかが優勝賞品を持ってきてやるから、結果だけでもどこかで聞いててくれよ」
「はい。お祝いの準備も、忘れないようにしておくのです」
では、と鞄を持って名残惜しそうに席を立つ鏡花を、俺と八千代で見送る。
「じゃ、私たちもいくか」
資料室は、校舎の二階にあった。てっきり狭くて暗い倉庫じみた場所を想像していたのが、普通の図書館のように拓けた場所だったのには驚いた。
いくつものラックには各種参考書や専門書が並び、椅子の集まった談話スペースもある。上映会でも開くのか、両手に余る巨大なモニターまで設置されていた。
「お、早速研究に来た? 熱心だね」
入り口のところで声をかけられ、カウンターに目をやる。どこかで見たことある顔だ。確か、クラスメイトの一人。
「その顔は名前までは覚えてないって顔だね。1年1組、綾辻・郁葉(あやつじ・いくは)。新聞部所属で図書委員だよ。よろしく」
そういえば、俺に熱心な声援を投げてきた一人だ。図書委員がカウンターにいるということは、資料室も図書館扱いで一括管理しているのだろう。
「施設の使い方は……あ、八千代が知ってるからいいか」
「それは問題ないんだが、個別スペースは開いてるかい?」
「ん、まー大丈夫だと思うよ。ただ……」
「ただ?」
聞き返す八千代に、郁葉は声のトーンを落とす。
「2組の子達も個別スペースに入ってったよ。お互いに熱心だね」
「そうか――郁葉」
「うん、任せといて」
アイコンタクトで通じ合う二人に、俺は置いていかれている。2組の、ということは高確率でリーゼともう一人の代表だろう。鉢合わせしたら、今度はどんな顔をすればいいのやら。
リーゼが敵愾心か競争心だかをもってアイリを気にかけているのは重々わかっている。まさか室内でやりあおう、なんてことにはならないだろうが、お互いに対応を決めかねている空気は正直な話しやりづらい。寮では隣同士だが、クラスが違うので顔を合わせずにはすんでいるのがありがたい限りだ。
「さ、アイリ、こっちだ」
案内された先は、漫画喫茶のような簡単な敷居にさえぎられた個室だった。敷居は壁に達しているため覗き込まれることはなさそうだが、防音性は低そうだ。中にはモニターと簡素な机、それにパイプ椅子がふたつ。部屋の狭さから見ても、せいぜい二人で使うことを想定されている。
八千代が後ろ手で扉を閉める。談話スペースから漏れる声が少しだけ遠のいた。
「何を企んでるんだ、あの新聞部と」
「なぁに、図書委員の特権で、2組の連中が見てた映像や借りた参考書を調べてもらうだけさ」
平然という八千代に少し驚く。八千代の直情な性格からいって、そういった裏での仕込みは好まないと思ったからだ。
「そう吃驚しなくてもいいと思うけど」
「いや、そういうのは八千代が嫌いそうだと思ったんだけどな」
「卑怯ってかい。それは考え方の違いだよ。相手の見えないところでアドバンテージを稼ぐのを『卑怯』と言うか『戦略』というかなんて、ただの言葉遊びだ」
それに、と八千代は座ったままで画面を操作しながら続ける。前にのめりだす体制になり、無駄に胸が強調されるのが目に悪い。
「『クラス対抗』なんて名前が付いてても、学年で出られるのは8人だけだ。だったらほかの生徒はただ見てるだけより、どんな形でも応援するって言うのが本当の意味で『クラス対抗』ってことじゃないかと私なんかは思うね。無論、露骨な妨害とか嫌がらせは別としてね」
一応理屈は通っている。やはり、八千代はどこまでも真っ直ぐな性格をしている。清濁を併せ呑むだけの器量があるあたりは、やはり曲がりなりにもクラス代表者といったところか。
そんなことを思っていると、ふと、八千代がはにかんだ。
「そんなにじっと見ないでよ。我ながらにクサイこと言ってると思ってんだから」
「立派だと尊敬しただけだ。少しだけ、な」
「アイリの素直に言うところ、嫌いじゃないよ。無愛想だけどね。――ま、今回こそは雪辱を晴らしたいのさ。そのためには敵情視察だろうがナンだろうがやらないとね」
「どうしてそこまでリーゼを敵視する?」
「敵視っつーか、競争心かな。前に負けた以上、今回は勝たなくちゃ気がすまない。ってわけで、まずはアイツとの試合から再生しようか」
八千代の操作で、モニターにウィンドウが開く。画面はアリーナの全体を写していた。楕円形のアリーナの両端で向かい合うIS。手元のキーボードの操作で画面が切り替わり、片方にアングルが寄る。
中世欧州の鎧を思わせる、無骨なデザインの機体だ。機体色は落ち着きのある深い真紅。関節部までを装甲で覆っていることと、獲物が円錐形のランスだということから、おそらくは近接戦闘を得意とする機体のようだ。
機体の中心で、リーゼは無表情に金髪を風に揺らしていた。琥珀色の瞳もガラス玉のように感情が見えない。まるで搭乗者までが一つの機械になったようだ。
機体全体がカメラに収まったシーンで、八千代が映像を一時停止する。
「コイツが宿敵たるベーレンスの愛機、『ロート・ワルキューレ』。主兵装は目を引く大槍で、広い鍔は突貫の際に盾にもなるから突破力は侮れない。しかもコイツは仕込み槍だ」
「仕込み槍?」
「鍔の一部に火器が仕込まれてる。火力は大したことがないけど、連射性能はそれなり。遠距離戦を挑もうとして出鼻をくじかれると、かなり辛くなるよ」
八千代は、自分だけでなく俺の戦術をも想定しているようだ。
「近距離兵装は見てのとおり、重火器は――少なくとも、試合で使ったことはない。腰部にドイツ製IS伝統のワイヤーブレードが仕込まれてるけど、それの射程もせいぜい中距離レベルだ」
「前回のトーナメントだけだとしても、3回戦すべてを中・近距離戦だけで決めているのか?」
機動力の高いISでの戦闘において、距離をとった銃撃戦というのはまま発生する。特に近接戦を得意とする機体に対しては、俺が八千代に行ったような遠距離戦がかなり有効となる。同じ近距離戦を得意とする八千代はともかく、それ以外の相手にもまったく距離を取らせなかったというのは異常だ。
「それだけの腕っていうのもあるけど――もう一つ、左腕に仕組まれたAICが大きな理由さ」
「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーか。実用化されているとはな」
名前の似たPICと、理屈はほぼ同じ。しかし、AICの方は自分ではなくほかの物体に作用する慣性制御だ。理屈の上では自らに降りかかる質量を持った個体の接近をすべて無力化できる。
静止画のうち、右腕よりもやや太くなっている左腕を八千代の指がなぞる。そこにAICの発生源が仕込まれているようだ。
「PICは、完全再現されてはいなくても解析が進んでるんだ。コアつきのISならAICの発現だって出来るわけさ」
「影響範囲は? 流石にISを完全停止させられるだけの出力はないだろう?」
「左腕の制御装置を中心として、最大展開の広さはおよそIS一機分。厚みはそれほどじゃない。わかりやすく言えば、機体の前に不可視の盾を作るようなものだね」
「実態弾を完全に封じ、質量のない不可視の盾か。理想的な防御装置だな。遠距離戦を実弾に頼る機体はそれだけで苦戦必至だ」
大きくなれば重量が増し視界が狭くなる、そんな従来の盾の常識を完全に覆している。こういった横紙破りの装備が、ISを現代最強の兵器としている理由だ。
「銃弾は効かないとして、斬撃はどうだ? 近距離戦に持ち込んだんだろう?」
「AICの慣性無効に囚われたら、カタナだろうと斧だろうと空中に静止しちまう。あちらからの攻撃もAICで止まるし発生中はエネルギーを食うから引きこもられることはないけど、いざというときに必殺の一撃をとめる手段があるだけで相当不利だ」
言葉での説明は不要、というように、八千代は再生ボタンを押す。
――仕掛けてこない、か
八千代は相手に見えないようにつばを飲み込んだ。互いに地上に降りたまま、彼我の距離はまだ十二分に開いている。互いの領域である近距離戦に持ち込むには、もっと近づく必要がある。
――さて、どうしようか
ランスの切っ先を下げ左腕も垂らした相手は一見無防備に見える。しかし、身体の力を抜いたその体勢は、どんな攻撃がきても対応できるという待ちの姿勢だ。
距離があるのを利用し、『タケミカズチ』打ち込むというというプランは最初の思考で放棄。今の八千代では大質量の長銃を呼び出すのに一秒弱かかる。射撃までのタイミングで見切られれば、一気に距離をつめられて不利な体制のまま近距離戦に持ち込まれてしまう。
背面ブースターによる瞬間加速からの切り込みは八千代の得意技だが、見切られてAICで受けられればそれまでだ。AICの効果範囲が広いため、一撃にかけるのは危険すぎる。
「やっぱり、互いの間合いで正面からやりあうしかないか」
唇を下でぬらし、『アメノオハバリ』を両手で握りなおす。AICを突破するのに必要なのは、『戦術』ではなく『技術』。技と技のさし合いの中で活路を見出すしかない。
「うるるぅらあぁぁぁ!」
刃を横に構え、土埃を散らして八千代は突進した。相手は左腕を身体の前に出す。AICで受ける気だ。それを見て、八千代は初撃を繰り出した。
風を切る音とともに『ロート・ヴァルキューレ』に迫るのは、右手だけで行う横薙ぎの一撃。相手の左腕に触れる前に、脱力したように切っ先と右腕が動かなくなる。AICに囚われたのだ。
だから、八千代は迷わず腰をひねり、左で拳を作る。薙ぐように振られた拳が狙うのは相手の顔面だ。
大振りの打撃は、相手がのけぞるようにして回避。その瞬間に、右腕に『アメノオハバリ』の重量が戻ってくる。相手の集中力が刀身から離れ、AICから開放されている。ISの腕力任せに振った右からの斬撃にたいし、それを阻むように円錐形のランスが突き出される。
甲高い金属音。互いの武器が弾かれあう。それでも、間合いには入った。はじかれた勢いを利用して柄に左腕を沿え、引き戻すようにして切っ先を相手に向ける。狙いは胸。搭乗者が女性であることを強調するように、丸いふくらみの現れた装甲のない部分だ。決まれば大きなダメージが入り、なおかつ避けづらい。
相手が選ぶのは防御ではなく回避。右足を下げ、身体の側面を見せるように身を引く。際どいところで、刺突は回避された。
ならば、と八千代は刀身を振り上げ、流水のように無駄のない動きで刺突を斬撃へと切り替える。踏み込みとともに、上段からの袈裟懸けが相手の装甲を切り裂こうとする。
しかし、必殺の一撃は装甲に触れることはなかった。
「しまった……!」
脇に回されるように出された左腕。そこから発生したAICに、再び刀身が捕らえられてしまっている。気づいたときには、相手の右足が回され、『イザナギ』を蹴り飛ばす寸前だった。
腕を下ろしての防御は間に合わない。腰部の装甲がダメージの大半を防ぎながらも、八千代の身体はアリーナに投げ出される。倒れれば上をとられる。倒れまいと、PICで身体を浮かせ、氷上を滑るようにして接地を回避し体勢を立て直す。
どうにか獲物を落とさずにはすんだが、追撃が迫っていた。
戦車砲の圧力をもって突き出されるランスの穂先を、とっさに左肩で防ぐ。二撃目は叩き付けだ。再び肩部の装甲で防御。しかし、取り回しの悪いはずの大槍を軽々と振り回す相手の追撃が止まらない。三度目の攻撃、飛燕の速度の刺突に回避が間に合わず、胸部に命中。勢いを殺すべく先端に絡みつく青い光は、絶対防御が発動した証だ。
「意趣返しってかい……!」
ならば当たったのは大きさの差だ、と負けず嫌いな八千代は思う。思考しつつ、獲物から手を離す。こうなれば、距離をつめて格闘戦で押し倒すしかない。
だが、衝撃が腹部を襲った。『ロート・ヴァルキューレ』の膝が無防備な腹部に叩き込まれ、蹴り飛ばされる。今度は受身を取ることすら間々ならず、八千代の身はアリーナの土の上に投げ出される。金属音とともに、ランスの鍔が開き、銃口が開放される。視界の端でそれを確認した八千代は息を呑んだ。
「やばっ――」
言葉が、全身に降りかかる弾丸にかき消される。全身を襲う衝撃。致命傷からは守ってくれる絶対防御も、その衝撃を完全に殺しきることはしてくれない。
ISスーツの上から小さな拳でラッシュを食らうような鈍い痛みと熱を感じながら、八千代は身を小さくして装甲を前に出し、立ち上がろうとする。しかし、絶対防御が光を散らす中、大槍を構え弾丸の雨を降らしながら、『ロート・ワルキューレ』が地をすべりこちらに突進してくるのが見えた。
とっさにクロスさせた腕の中央を、槍の先端が襲う。ISの右腕から突き出された一撃は、八千代の防御を上に弾き飛ばす。反動を使って引かれた大槍。その銃口と、視線が合った。
刹那、響くのは一発の銃声。排出された薬きょうが地面を転がるのと同時、最後のシールド・エネルギーを使わされた『イザナギ』が、力なくその場に崩れ落ちた。
「……強いな」
いつの間にか食い入るようにモニタに顔を近づけていた俺は、試合の顛末を見終わると、背もたれに背中を戻したつぶやいた。
AICの防御性能と、リーゼ自身の戦闘能力の親和性が恐ろしく高い。すべてが瞬時の判断で行われるISの近接戦闘において、八千代と互角以上に渡り合うことが出来ている時点で相当だ。獲物をぶつけ合っての近距離戦になれば、おそらく『アイリ』でも勝ち目は薄い。
かといって、遠距離戦での狙撃はAICの防御を突破できない。学園側から質量を持たないビーム系統の武器を借りうけるのが現実的だが、使い慣れない武器で相手を出来るだろうか。
「ベーレンスの厄介なところは、AICだの機体性能だの以前に、アイツ自身が強すぎるところだ。取り回しの悪いはずのランスを防御と攻撃で使いこなし、意表をついても冷静にAICで防いでくる。中距離までの戦闘なら、少なくとも学年では最強だろうね」
八千代も、真剣な顔をして画面を睨んでいる。
「私の攻撃に誤りがあるとすれば、AICを警戒しすぎて、アイツ自身に焦点を置かなかったことだ。アイツにとって、AICは防御手段の一手程度に過ぎない。あんなものがなくてもアイツは十分戦える」
「かといって無視できる性能じゃない。AICとリーゼ、両方の攻略が必要だ」
「正直な話、私じゃ相性が悪い。不意をつこうにも警戒されてAICを展開されちゃ意味がないし、悔しいけど近接戦闘でアイツの方が一枚上手だ。間合いに入って仕留め切れなければ、一気に不利になる」
冷静に戦闘力を比較する八千代。俺は映像を巻き戻しつつ攻略の手がかりを探す。
「最初の攻撃で、一度止まったカタナが動いたな。一度捕らえれば永続的に止められるわけじゃないのか」
「多分、集中力の問題だね。AICは対象が自分でなく他者だから、影響範囲をきっちり定めなくちゃいけない。流石に瞬時の判断が大切な近距離戦ではそれだけの集中力をAICに割けず、私の『アメノオハバリ』も開放されたというわけさ」
「それでも、銃弾などは一度推進力を奪われれば無力化される。基本的に遠距離兵器殺し、しかも搭乗者の腕のせいで近接戦闘にも応用可能か。むしろ多用させてエネルギー切れを狙うというのは?」
「展開時の消費は大きいけど、ベーレンスの判断力と反射神経が攻撃を見切って発動させるから、無駄遣いがない。壮絶なまでの猛攻を仕掛ける必要があるね」
「どこをとっても強すぎる。前回トーナメント優勝者は伊達じゃないな」
二人してため息をつく。対策どころか、難敵だということを思い知らされただけだ。
「煮詰まってきたね。すこし、外の空気を吸ってこよう」
「そうだな」
八千代が立ち上がり、うんと伸びをした。部屋に入ってから20分といったところだが、70分の授業よりも頭を使っている。
俺たちが部屋を出ると、ちょうど隣の個室の扉も開くところだった。いやな既視感を覚える俺だが、果たしてそれは正解だった。
「……まさか、お隣さんだとはね」
「1組の――ヤチヨだったっけ? それにアイリ。ふん、お互いに手の内は研究済みみたいだね」
顔を出したのはリーゼだった。奇しくも、隣同士で個室を使っていたようだ。端から順に入っていくとすれば、先に来ていたというリーゼが隣にいるのも不思議ではないが。
そういえばもう一人、2組の代表者がいるはずだ。そう思うと、リーゼに続いて小柄な人影が個室から姿を現す。
「へえ、ホントだ。まさか隣同士とは思わなかったね」
ハスキーボイスで言うのは、リーゼよりも頭一つほど背の低い女子生徒だ。色素の薄い金髪はくせっげなのか思い思いの方向に飛び跳ねている。大きな蒼い瞳が俺の顔を見据えた。制服の下をスカートではなく短パン程度の長さのズボンにしているのが、白い太ももと一緒に目を引いた。
「貴女がリーゼの気にしてる、1組の転入生? アイリだっけ」
「アイリ・レフティマキだ」
相手は俺のことを知っていようと、俺は相手のことを知らない。おそらく2組のもう一人の代表だろう。
「私はアルマ・ヴァレンティーニ。イタリア代表候補生で、国有企業の『アウローラ』でテストパイロットやってます」
よろしく、と顔の横で変則的な敬礼をして人懐っこい笑みを見せる。リーゼはともかく、アルマの方は友好的だとわかり、少しほっとした。しかし、トーナメントで争う相手との顔合わせであることは変わりない。
隣では八千代とリーゼが火花を散らしていた。
「前回は遅れをとったが――今回はそうは行かないよ」
「せいぜい当たり運を願うことだな。初戦から私に当たって即敗退、なんて仮にも日本代表候補生がいい恥さらしだからね」
「くっ……吠えられるときに、たくさん吠えておこうって努力は認めてやろうじゃないか」
「ふんっ……その期間は永遠さ。お前に負けることは未来永劫ないつもりだからね」
二人の間で鉄を溶接するような火花が散るのを幻視した俺はどうしようかと迷うが、アルマはリーゼの隣で平然としている。
「この二人、馬が合わないっていうか、いつもこんな感じだから」
「だからって、とめなくていいのか? だいぶ険悪だが」
「まずくなったらリーゼは私が止めるよ。でも、まだ大丈夫だから」
平然というアルマ。同じ2組だけあって、リーゼのことはよく知っているようだ。とはいえ、八千代の方がどうなるかはわからない。適当に水をさすかとも思ったが、行動を起こす前に八千代が話を切った。
「首洗って待ってなよ。アイリ、行くよ。かまってる時間がもったいない」
「……そうだな。また、今度はアリーナで会おう」
憤慨して歩き出す八千代を追いながら、俺は形式ばかりの挨拶を投げた。
「アイリ、お前との決勝戦、楽しみに待ってるよ」
「またね。アイリ、リーゼの前に私が立ちふさがっちゃうからせーぜー頑張ってね」
シュヴァルツェア・レーゲンのAICと違い、リーゼのAICは効果範囲が敵ISまで及びません。しかしその分だけ必要な集中力は減り、使用中もある程度の攻撃・防御が可能です。防御手段としての運用に特化している感じですかね。
IS本編のような多人数戦においても使用感が落ちない一方、一対一での制圧力に劣ります。
対エネルギー兵器としては意味を成さないのは本編準拠。