斬ってこそ ―冷灰枯木再点火―   作:穢銀杏

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前編

 

 戊辰の硝煙をくぐって以来、大久保金十郎という旗本くずれは、心の芯棒がどこにあるやら見当のつかない男になった。

 

(なにやら、夢のような)

 

 と、日に何度思うかわからない。

 

 自分が神田駿河台で二千七百石を食む旗本の長男に生まれたことも。

 

 弓矢の家の(たね)として恥かしくない教育を受け、間もなく武芸の方面で群を抜く才を発揮して、衆の羨望を集めたことも。

 

 その名声に半ば引きずられるようにして、幕末函館に馳せ参じ、榎本武揚麾下となり、立て籠もった五稜郭にて官軍相手に奮闘し抜いた鉄火の日々も。

 

 天運我にあらずして、もはやこれまでと降伏し、漸く古巣に帰ってみればとっくのとんまに世は一変し、江戸が「江戸」でなくなっていたのも。

 

 何もかもがまるで夢中の沙汰であるかの如く、妙に現実感を欠いており、自分で体験したことながら、

 

(はて、あれは本当にあったことなのか)

 

 今一つ信じきれず、首を傾げざるを得ないのである。

 戦争が人を変えてしまう、一典型といっていい。

 

 

 

 そのうち江戸に留まっているのが、なんとなく苦痛になってきた。

 

 

 

 新たな名前――「東京」の語感に相応しく、日々面目を新たにするこの街に、落ち着きよりも煩わしさを覚えたらしい。

 

(田舎にでも引っ込むか)

 

 幸い、美濃の岩村に旧領がある。

 

 そこに退隠することに決め、馬方を雇い、家財道具と有り金ぜんぶを運ばせた。

 このとき動員された馬の数が三十七匹にも及んだというから、腐っても旗本、並大抵の豊かさではない。

 

 中仙道をゆくうちに、馬方の中に悪心を起こす者があり、夜の合間に担当していた荷物ごと何処かへ姿をくらましてしまう――持ち逃げ事件が多発した。

 にも拘らず、金十郎の面上にはさしたる怒りも見られない。彼の意識は江戸からこっち、ずっと雲の上に在り、下界の騒ぎがどうにも聴こえにくかったのだろう。

 

白痴(こけ)じゃなかろか、この旦那)

 

 雇い主のそんな態度を、馬方は却って不気味に思った。

 

 馬は日に日に目減りして、岩村に到着する時分には、出発当初の半分以下の十七匹まで減ってしまっていたという。

 

(人の心のあさましさよ)

 

 が、それでも莫大な財産であることには変わりない。

 持ち逃げされた二十匹のほとんどが家財道具を積んでおいた馬であり、有り金にはほとんど手をつけられていないのも大きかった。

 

 金十郎は旧領の者から「殿様」呼びで尊敬されて、何不自由ない暮らしを始めた。

 

 といって、すっかり無気力に陥っていた彼のこと。人目を引くような贅沢もせねば、土地の子供を駆り集めて教育を施すわけでもない。岩村に退隠中の金十郎は、少しずつ目減りしてゆく財産を眺めながらただ息をしているだけの生き物だった。

 

(なんということだ)

 

 この齢で、まるで枯れ木のような――と我ながらときに愕然とするが、再び世の表舞台に打って出ようと決心するほどたくましい精神的弾性は、どうにもこうにも見出し難い。

 そのうち周囲に何くれとなく世話を焼きたがる者があり、その紹介で土地の娘を妻に迎えた。

 この妻のすすめで小金貸しを始めても見たが、当然のように上手くいかない。

「士族の商法」の泥沼に、片足を突っ込みかけたと言ってよかろう。この歴史的失敗者の群れについては、昭和の初期に日本を旅した英国紳士――エレリー・セジュウィックの評が鋭い。

 

 

 農民がその国の領主に貢ものを納めるといふ往昔からの古い制度に出発してゐる所謂藩制問題を解決するため明治天皇はそれ等の収入を集成して国庫の金となし給ふた。(中略)で藩士たちはうんと懐を温かくして貰って耳には商法に従事せよといふ御詔を聴きながら新生活へのスタートを切ったのであるが、その商才たるや木偶であって無為無能なることが農工商の上に立つ金看板として数百年このかた先祖代々大切に伝来されてきたものであるから、彼らサムライ達は謂はば伝家の宝刀を打ち伸ばして金銭登録器を作らうとしたものである。サムライの商法である。日本武士最後の突撃である。かのフロワサールの年代記でもこの突撃ほど望み薄な決死隊を行ってゐない。(昭和十年『外人の見た日本の横顔』)

 

 

 フロワサールの年代記。百年戦争前半部――一三二二年から一四〇〇年に至るまで、あの戦場で何があったか、はちきれんばかりの情熱のもと書き綴られた、ジャン・フロワサールの大著作。

 中世ヨーロッパの騎士道文化を記録した文化的傑作とも評される、そんな代物を敢えて引っ張ってきたわけである。

 セジュウィックは更にこの後、

 

 

 金銭を阿賭物(あだもの)として賤しむだサムライたちが浮沈常ならぬ混戦乱舞の商人世界に乗出して金儲けが出来るといふのなら、ドンキホーテが村の店で番人を勤めることだって六ヶ敷いことではなかったらう。(同上)

 

 

 と、皮肉を言わせたら世界一、遺伝子レベルで腹の黒さが染みついている英国人の面目を、大いに躍如とさせている。

 

 しかしながら幸いにも金十郎は、この決死隊からの途中離脱に成功した。

 

 妻の前歴になにやらよからぬ気色ありと嗅ぎつけるや、あっという間にこれを離縁。それを機に、彼女のすすめた金貸し業も一切畳んでしまったのである。

 泥沼逝きはすんでのところで回避した。

 しかしながらこの一件で旧領の岩村もなんだか居心地が悪くなり、やむなく彼は東京へ。ロクな思い出のない中仙道を、その後味の苦々しさも拭えぬうちに、えっちらおっちら、またもや辿る破目になる。

 

(なにやら、夢のような)

 

 と、またもや思ったことだろう。

 

 このあたり、金十郎という男は本当に、浮草のように定見がなく、あっちへふらふらこっちへふらふら、書いていて尻を蹴飛ばしたくなる。

 だが、もう少しの辛抱だ。もう少しでこの「浮草」は、人間たるを取り戻す。再び訪れた東都の地にこそ、大立ち回りを演ずべき、彼の、彼による、彼のための舞台があった。

 

 大久保金十郎の名を、講談の席に、錦絵に。ずっと後世まで響かせる数奇な運命(さだめ)は、まさにこの瞬間からひらけるのである。

 

 

 

 

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