斬ってこそ ―冷灰枯木再点火―   作:穢銀杏

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後編

 

 新政府による徳川家処分が決定したのは明治元年五月であった。

 

 この月の二十四日より、二百五十年以上の長きに亘って「大公儀」の呼び名と共に日本国を統治してきた覇者の血は、一転駿府七十万石の小身に堕とされ、家督も田安亀之助こと徳川家達に相続された。

 

 家達、このときわずか四歳。

 

 たかが七十万石ぽっちの経済力で、旗本八万騎と俗称された膨大な家臣団を養いきれるわけがない。ごく自然な流れとして主従の縁は消滅し、旗本たちは身の置き所を失って、謂わば宙に浮いたような状態になった。

 

 この人間集団の処分として、政府は三つの選択肢を彼らに与えた。すなわち、

 

一、旧主の血筋にあくまで忠に、徳川家達の供をして、無禄を承知で駿府へ行くか。

二、世の移り変わりを受け容れて、能力があると証明し、新政府に雇われるべく努力するか。

三、かつての知行地にでも引っ込んで、ひっそり帰農し、晴耕雨読の日々でも送るか。

 

 この三つである。

 

 駿府行きを選んだ者も相当以上に多かった。

 

 史料によれば一八七一年段階で静岡県内に在住した旧幕臣数は一万四千人弱にのぼるというし、その家族や従者までをも含めれば、更に数倍にも膨れ上がろう。

 これだけの数の人間が、いっぺんに東京から消えてしまった。

 必然として、空き家の数も尋常ならざることになる。

 一旦は旧領に隠棲しながら、再度上京してきた大久保金十郎という旗本くずれが新たに腰を据えたのも、そうした持ち主不明の空き家の一軒だったらしい。

 

 

 

 もとの住いである、神田駿河台には戻らなかった。

 そこから若干南西に向けて離れたところ、麹町二番町に落ち着いた。

 

(此処でいい――此処がいい)

 

 旗本屋敷が密集していただけに、維新後急速に寂れていったこの場所が、金十郎の当時の気分によほど合致したのであろう。金貸しへの転職に失敗したとはいえ、まだまだ財産には余裕がある。ここで彼はまたしても、目的意識の欠片も見えないのんべんだらりとした遊惰な生活を再開している。

 

 ところが金十郎という男、これでどうして人に好かれる天稟でも持っているのか、日を追うごとに新たな知己が一人また一人と増えてゆき、中でも旧土佐藩士山田主馬とは格別昵懇な仲になり、とうとうその姉を嫁にもらうところまでいった。

 

「今日から義兄(あにき)じゃ」

 

 山田主馬は喜んだ。

 つまり、再婚ということになる。

 竹子という新たな妻を金十郎は彼なりに精一杯愛し抜き、暫くは平穏な日々が続いた。

 

 ところが、桜の花も散ったころ。

 

 転機が来た。それはまったく、予想だにせぬ来襲だった。

 

 

 

 庭にかがんでもぞもぞと、桜樹にたかる毛虫を焼くべく準備を進める金十郎。丸めた背筋のその上を、

 

(……?)

 

 微かになぞってゆくものがある。

 気配といえた。

 なんとはなしに耳をそばだててみると、どうやら塀を挟んだ反対側で、女中のお文が誰か男と話し込んでいる様子であった。男の声に、聞き覚えはない。にも拘らず、その内容は家内の竹子に言伝(ことづて)を頼んでいるようなのである。

 

(はて。――?)

 

 胸騒ぎがした。

 加えて何故か頭に浮かぶ、落城前の五稜郭。戦火にあおられ、否が応にも研ぎ澄まされた神経が、久方ぶりに骨の奥から警告してくる。

 

 これはなにか、ただならぬことの前触れだぞ、と。

 

 気付けば息も足音も殺し、そのくせ猫のように素早い動作で邸内に戻った金十郎。

 

「幸作」

 

 そのままの足取りで仲間(ちゅうげん)上がりの老僕をつかまえ、言葉少なに命を下した。

 

尾行(つけ)ろ。外で、お文と話している男の後だ」

 

 金十郎の父の代から当家に仕える幸作にとって、反抗という精神機能はとうに削ぎ落とされている。

 理由を訊ねるけぶりすらなく、黙然として頷いた。

 主人の命を忠実に実行する以外、生きる術をとんと知らない。そういう意味では金十郎よりむしろこちらの幸作こそが、草創期の三河武士の面影を、よほど色濃く継承していた。家人としては理想的といっていい、質朴そのものの男であった。

 

 

 

 二時間ほどして、幸作は戻った。

 そこで復命したことは容易ではない。

 

「例の野郎でございますが、どうやら猿若町の、嵐冠八たら云う役者の男衆なようで」

「役者。……」

 

 猛烈に嫌な予感がした。

 武家の女房と役者の男。なんという不吉な組み合わせだろう。うなぎと梅干しよりなお悪い。この組み合わせは、前時代に於いてほとんど不倫の定型という観がある。そういえば竹子は、新婚早々からどうも芝居見物に出たがった。……

 

「だとすれば、おのれただでは済まさぬぞ。――幸作」

「へえ」

「引き続き、探れ。わしの方でも調べておく」

「心得ましてございます」

 

 果たして結果は黒と出た。

 

 調査を重ねれば重ねるほど、竹子の不行跡の証拠が積み上がってゆく。ついには御一新以前、竹子がとある大名の奥勤めをしている時分から、既に嵐冠八との関係があったことまで明白になった。

 

「売女め」

 

 と、吐き棄てずにはいられない。

 血潮は滾り、熱く燃え、金十郎は久方ぶりに、自分が何者であるかを思い出した。

 

「狗のような売女め。あのような畜獣を家に迎えるとはなんたる不覚か。祖霊に合わせる顔がない、どう申し開きをすればよい。いや、言葉など要るものか。一剣あるのみ、斬らねばならぬ。斬って、塗られた泥を雪がねばならぬ」

 

 ここで再び我々は、エレリー・セジュウィックの箴言に耳を澄ます必要がある。

 

 

 日本人のいふ誇りとは如何なるものかを悟るには、先づその誇りの強烈な度合ひを知るばかりでなく、日本人をして云はしむれば、誇りあってはじめて人生の価値があるといふ簡単な事実に気が付かなければならぬのである。(昭和十年『外人の見た日本の横顔』)

 

 

 この特質は、武士に於いてより濃厚といっていい。

 というより、武士道こそが源流に相当するのであろう。まったく彼らは「侮辱」という行為に対して、信じ難いほど過敏であった。――戊辰この方、惚けた腑抜けと化していた金十郎を、荒稽古に骨をきしませ血の小便をしぼり尽して顧みなかった嘗ての姿に、いっぺんに戻してしまうほど。

 

 

 

 やがて、機会が訪れた。

 

 

 

 地上から色彩が喪われゆく初冬のある日、

 

「少々、実家に顔を出さねばなりませんので」

 

 そう嘯いて、竹子が家を出たのである。

 しかしながらその行き先が、ぜんぜん実家と異なることを、金十郎はとうに掴んで知っていた。

 

(今日こそは)

 

 立ち上がった金十郎、既に鬼気を帯びている。

 例の如く幸作を連れ、竹子の後を尾行した。

 

 背後に夫が隠れているなど露知らず、竹子は浅草の雷門を潜り、仁王門にてたたずんでいた一人の男に呼びかける。

 

 むろん、嵐冠八であった。

 

 さりげない仕草の端々にまで、気の通い合った男女特有の馴れ(・・)があり、それだけでもう金十郎は悩乱しかけた。今すぐ飛び出し、抜刀し、あの二人を細切れの肉片にしたい。――

 

「どうか、どうか今しばし」

 

 主人のその衝動を、幸作は必死で袖に取りすがり、辛うじて思い止まらせていた。ここは人通りが多すぎる、思わぬ横槍が入るかもしれず、もっと確実に仕留められる場を待ちなされ。……

 

 金十郎は、歯ぎしりして耐えた。

 

 竹子と嵐冠八は肩を並べて会話に華を咲かしつつ、二天門を抜け馬場を横切り、竹屋の渡しから隅田川を越え小倉庵なる料亭に入る。金十郎と幸作も、しばし遅れて暖簾をくぐり、女中に因果を含ませて、隣り座敷を確保した。

 

 襖を隔てて楽しげな笑い声が聞こえてくる。

 

 もはや我慢の限界だった。今度は幸作も引き止めない。目釘を唾で湿らせると、こなれた動作で太刀を鞘から抜き放ち、襖を蹴倒し次の間へと殺到した。

 

「覚悟!」

 

 と叫ぶが早いか、反射的に腰を浮かしかけた嵐冠八の首が胴から離れ、血を噴きながらすっ飛んでゆき、壁に当たって転がった。

 

 座敷は、一瞬にして血の海に変わった。

 

 金十郎は血塗れの刀を、拭いもせずに振りかぶる。その足元で、竹子はこの事態に叫ぶでもなく、弁明し、赦しを請うわけでもなく、唇を閉じてただ凝然と、夫の瞳を()め上げていた。

 

(おお)

 

 金十郎の背後で、幸作は密かに舌を巻いた。

 

(流石、腐っても武家の女じゃ)

 

 土壇場での振る舞いを弁えている。

 胆の座りきった妻の態度にちょっと気圧されはしたものの、そのまま圧倒されるほど、今の金十郎は軟弱ではない。

 秋水は歪みない弧を描き、竹子の細首をたたき落として、現場の情景をいっそう凄惨ならしめた。

 

 

 

 姦婦と間男の生首を、金十郎は両手に引っ提げ、そのままのいでたちで小倉屋の番頭に仔細を語った。番頭はさぞや必死だったに違いない、警察が来るまで、この狂人を刺激すまいと――。

 

 即日検視が行われ、金十郎の証言がいちいち正確であるとたしかめられたその結果、なんと次の日には無罪放免。不義密通には殺で報いて構わぬという江戸徳川の法制は、実は明治維新後も委細違わず通用するものであり、そうせぬやつは却って意気地なしの謗りを受けるところまでそっくりそのまま同じであった。

 

 これが遺風と化するには、同十五年にボアソナードが改革の大鉈を振るうまで待たねばならない。

 

 よって、金十郎が牢にぶち込まれるべき謂れなんぞはどこにもない。悠々と、彼は陽の射す場所へ帰還した。

 

 

 大久保金十郎は長生した。

 

 

 明治四十年まで命を繋ぎ、つつがなく天寿を全うしている。

 

 岐阜の県会議員に選ばれたこともあるそうだから、小倉庵の一件以後、この男の細胞はみずみずしさを取り戻し、浮世の荒波を精力的に泳ぎまわったということだろう。

 

 してみると嵐・竹子の血しぶきこそが、彼にとっては鬱気を散ずる何よりの妙薬だったらしい。

 

 冷灰は鮮血を得て再び熱く。

 これだからサムライはおそろしいのだ。

 

 そのうち姦婦・間男を成敗する金十郎の姿を錦絵に描く画家があり、しかのみならずその出来が結構よかったものとみえ、当人の死後暫くを経た大正・昭和のあの時代、ときたま品評会に出現しては好事家(マニア)たちから存外な高値をつけられている。

 

 

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