ようこそ省エネ至上主義者のいる教室へ   作:チタンダエル

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異端なる省エネ主義者の一言

 

 

 6時間の授業が終わると、教師の言葉以外耳にしなかった教室に高校生らしい喧騒がBクラスに聞こえ始める。高校生らしいというか、学生らしいといった方がわかりやすいだろうか。

 わずか1ヶ月足らずだと言うのに、もう打ち解けたのか、後ろを振り向いたり、わざわざ立ち歩いて自分の席から離れた場所にいるやつの所へ談笑しに行く奴が見える。

 なるほど、学校側の下したAクラスには満たないが、平均よりは上というBクラスへの評価は真っ当なのかもしれない。そんなクラスに知力も、運動能力も、コミュニケーション能力も平均にも達していない俺がいるのが不思議でならないが。やろうと思えば、どちらも平均以上になれるかもしれないという、俺の将来性を学校が見出したというのならば、それは俺以外の生徒にも言える話だから可能性としては薄いか。

 まぁ、判断基準が明確化されていない以上は推察のしようもない。考えても仕方の無いことは考えるだけ無駄だ。さっさと、帰るとしようかと思った矢先、教師のいなくなった教壇へと長い髪を靡かせて一之瀬が立つなり、口を開く。

 

 

「朝言った通り、この学校のシステムを整理しながら、BクラスがこれからどうやってAクラスに上がるかをみんなで決めようと思うんだけど……どうかな?」

 

 

 一之瀬の言葉に、部活に行こうとしていた者や、俺のように早々に帰宅しようとしていた奴らの足が止まる。これからクラスの行く末を決めるという時に、残らずに自身の目的を優先するほど協調性に欠けているわけはなく、各々が持っていたカバンを置いて自分の席へと着いていく。

 マジかと思いながらも、俺もまた席に着くと、一之瀬が再び話し始める。

 

 

「みんなありがとう! じゃあ、これから話し合う前に黒板に話の内容をまとめてくれる書記をしてくれる人がいてくれると助かるんだけど……」

 

 

 そう言って一之瀬がクラスを見渡す。すると、俺の後ろの席で椅子が引きずられる音がした。

 

 

「俺がやろう」

 

 

 躊躇いもなく黒板の方へと歩いていった神崎に、一之瀬が礼を言うと、朝の話の要約がされる。この学校では月初めに生活に必要なポイントが、クラスの成績で決定され支給される。最高額は10万で、最低額は0。

 クラスの成績の判断基準は不明瞭だが、校内や敷地内の至る所に置かれた監視カメラによって、一挙手一投足が見られていることから、普段の生活態度から学校生活まで把握されているのだろう。さすがに寮内やトイレ、更衣室など、監視カメラのない場所はあるため、ストレス発散するならそのあたりか。

 次に希望の大学や就職先にいけるのはAクラスで卒業した場合に限られ、テストで赤点をとったら退学になるといった情報が神崎の手によって綴られていく。

 

 

「ひとまず、こんなものか」

「うん、ありがとう神崎くん」

 

 

 他に付け足しがないか一之瀬が問いかけるが、朝出た情報だとこんなものだろう。

 

 

「じゃあ、これからBクラスがどうやってAクラスに上がるか、だね」

 

 

 Aクラスは940ポイントに対してBクラスは650ポイント。単純に考えれば、290ポイントの差を覆すことができればいいということになる。

 

 

「やはり授業態度や日常生活を清く正しくとかになるのかな」

「Aクラスは頭いいやつも多いし、小テストの点数とか?」

「確かにそうだね。Aクラスの授業態度を見たことないけど、私たちは前半ちょっと騒がしかったしね」

 

 

 クラスのやつが言った意見に一之瀬が頷く。騒がしかったといっても、3日も経たないうちに一之瀬が注意してからは、Bクラスの授業風景は穏やかなものだった。しかし、昼食後にウトウトしてしまったり、ふとした瞬間に気が抜けていたところで減点されたため、Aクラスとポイントが開いた可能性はある。俺も何度か記憶が飛んで、いつの間にか授業が終わっていたしな。

 

 

「小テストの方は、Aクラスでも最後の問題を解けたのは1人だけだと聞いた。だから、あまり関係ないかもな」

 

 

 神崎の言う通りなら、小テストの点数はクラスポイントにあまり影響がないのかもしれない。俺は後半の2問で諦めたが、下手するとテストに対する姿勢とかも見られているのかもしれない。

 

 

「じゃあ、どうやったらAクラスとの差が埋められるかな」

「体育とか?」

「運動はCクラスの方ができるって体育の先生が言ってたよ」

「マジで?」

「Dクラスの高円寺ってのがヤバいって聞いたけど」

「今、Dクラスは関係ないから無視でよくね?」

「部活の成績とか?」

「それは個人成績になると思うが」

 

 

 口々に、クラスメイトたちがどうやったらクラスポイントが上がるかを考えている。だが、残念ながら、どんなに考えても学校側が俺たちに正解を公表することはない。俺はそう思っている。

 おそらく、プライベートポイントとやらを使って、教師、あるいは学校側にギブアンドテイクすれば一定の情報はくれるかもしれないが、時間が経てば徐々に線引きは明確化してくるだろう。もしかすると、どこかのクラスのやつが学校側が介入してくる問題や、厳罰対象、成績の基準を明確化するために動き出してくることも考慮すれば、俺たちの取るべき選択肢は……。

 

 

「3年間あるし、急いでこの差を埋める必要はないんじゃないか」

「……折木くん?」

「どういうことか説明してもらってもいいか、折木」

 

 

 しまったな。思ったことをそのままストレートに言いすぎた。しかも、普段喋らないやつが思いのほか、よく聞こえる声で喋りだして当惑の視線が痛い。

 

 

「いや、学校側がクラス成績の明確な基準を提示しない限りはどれだけ考えても無駄だろうから、今はとりあえず現状維持で、クラスポイントの差を埋められる行事とか、基準が分かってからでもいいんじゃないかと俺は思うんだが」

 

 

 早口で矢継ぎ早に話してしまったが、どうだろうか。もう1回言ってとか言われないかと不安になっていると、神崎がポツリと呟く。

 

 

「確かに、現状わかっていることだけで考えても仕方ないか」

「うーん、そうだね。今の私たちにできることがあるとしたら、赤点を回避すること、かな!」

 

 

 どうやら俺の言葉は好意的に受け取って貰えたらしい。良かったと一息つくと、パンと一之瀬が手を叩いた。

 

 

「よーし! じゃあ、みんなテストに向けて、勉強会しよう! 今日は部活とかもあるだろうから、明日から! いいかな?」

 

 

 クラスのために考えて前に立っている一之瀬の言葉に異を唱える者はいるわけもなく、こうしてBクラスは赤点による退学者回避の方向性と相成った。

 

 

「折木」

 

 

 初めてのクラス会というやつが終わり、帰宅しようとしていたところで俺の行く手を阻むように、ドアの前に神崎が立っていた。

 

 

「どうした」

「いや、何……前後の席なのに話したことはなかったなと思ってな」

 

 

 言われてみれば、初めて言葉を交わしたのはさっきだったか。

 

 

「少し意外だった。だが、助かった」

 

 

 それは俺があまり話すタイプに見えなかったからということだろうか。正解だ。しかし、助けるようなことをした覚えはないと俺は首を振った。

 

 

「クラスの一員として意見しただけだ」

 

 

 けれども礼を言われて悪い気分はしないので、思ってもないことを口にしてみる。

 

 

「貴重な意見だった。……そうだ、連絡先交換しないか?」

「別にいいが」

 

 

 学校から支給された携帯電話を取り出して、連絡先を交換し合う。

 

 

「また何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「わかった」

 

 

 礼を言って満足したのか、連絡先が欲しかったのか。どちらかは分からないが、神崎が去っていくと、ようやく俺は教室から出る。

 

 

「あ、折木くん!」

 

 

 どうやら俺はまだ自分の部屋に帰れないらしい。今度は一之瀬かと、俺は努めて普段通りの顔で首を傾げた。

 

 

「なんだ?」

「さっき意見してくれたお礼言っとかないとと思って」

 

 

 そんな礼を言われるようなことを言った覚えはないんだがな。俺としては、あれ以上答えの出ない議論をされて、拘束されるのが嫌だっただけで、解決を引き伸ばしたにすぎない。

 

 

「別にいい。クラスの一員として意見しただけだ」

「そんな事言わないで、私がしたいだけだから」

 

 

 微笑みながらそう言う一之瀬に、俺は特に何も言い返さない。本人がしたいと言っているのなら、させてやるのが時短だろうと考えた。

 

 

「あのまま話し続けてても下校時間まで続いたかもだからね。だから、ありがとう!」

 

 

 どういたしましてと、お礼を受け取った俺はもう用はないなと帰ろうとする。

 

 

「あ、そうだ。私、折木くんの連絡先知らないから、教えて貰っていい?」

 

 

 またかと思いつつ、俺は減るもんじゃないからと、一之瀬とも連絡先を交換する。

 

 

「ありがとう! じゃ、これからもよろしくね折木くん!」

 

 

 一之瀬もまた、神崎のようにお礼と連絡先の交換という目的を果たしたからか、俺の進む方向とは逆へと歩き出していく。

 久しぶりに疲れたなと思いながら、そんなに荷物の入っていないショルダーバッグを担ぎ直して、目の前に佇んでいた女生徒を見て俺は「げ」と声を出してしまった。

 

 

「どうしてそんな嫌そうな顔をするんですか、折木さん」

 

 

 声とともに表情に出るほどに俺は彼女に苦手意識を持っていたのか。そう認識させてくれた目の前の他クラスの女子に、俺は彼女の言う通り嫌そうな顔をしながら口を開いた。

 

 

「……お前こそなんでここにいる。Cクラスは逆側だぞ、椎名」

「図書室と下駄箱に繋がる階段はこちらなので」

「今日は図書室には行かないぞ」

「あら、そうなんですか。テスト前だからですか?」

 

 

 単に眠いからだと俺が言っても、椎名は多分「そうですか」と言って、昨日渡してきた本の感想を聞いてくるに違いない。まだ読み終わってないどころか、読んですらない本の感想を言えるほど、俺は達者じゃない。

 ほんの数週間前に知り合ったこいつは椎名ひより。Cクラスの文学少女だ。ほんわかとした見た目をしているが、出るところはでているし、本の虫という言葉が似合うほどに読書を愛している。

 クラスに馴染む気もなければ、居心地の良さを感じなかった俺は、比較的省エネルギーで時間を潰せる図書室に入り浸っていた。しかし、そこで会ったのが同じ1年生で、図書室の利用頻度が高いからと顔を認識されていた椎名だった。

 

 

「そういうことにしておいてくれ」

「分かりました。じゃあ、今日は茶道部に寄って帰ります」

「そうか」

 

 

 想像以上に聞き分けのいい椎名に違和感を覚えつつも、帰れるのならいいかと俺は階段を降り始めた。

 

 

「本の感想、明後日に聞かせてくださいね」

 

 

 遠回しに明後日までに読めと言われたが、テスト前だから読めなかったで乗り切ろうと俺は返事をせずに下駄箱へと向かっていった。


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