CSS本部襲撃の数日前。国連軍の士官、九鬼 志穂は優秀な科学者ユェン・メイファンが開発したパワードスーツ『エクセリオン』と自身のマッチングが上手くいかない問題にぶつかり、悩んでいた。
―――――CSS本部施設襲撃の数日前
海面から姿を現した朝日の光を浴びながら橋の上を走る女性。
10キロ以上走っているにも関わらず呼吸に乱れはなく、むしろ朝のひんやりした風を楽しんですらいるようだ。
そして数キロ離れた国連軍の施設に到着する。
「中尉殿、今日も早朝からトレーニングでありますか!精が出ますな」
ゲートを警備していた壮年の軍曹が笑顔で敬礼する。
「ええ。心身の鍛練は欠かせませんから」
階級こそ下ではあるものの自分より経験の豊富な先輩に敬意を払うように女性―――― 九鬼 志穂中尉は答礼した。
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シャワーを浴びて軍服に着替えた志穂は施設内の病院に向かう途中のカフェでサンドイッチを前にしてしかめ面をしていた。
1日5食限定の高級カツサンドか、レギュラーではあるものの限定メニューに劣らない美味しさを誇るふわふわ玉子サンドか。
志穂の給料なら両方とも買って問題ないが問題はカロリーだ。
「体調管理は大事だけど……………片方だけ後で食べるのはちょっとね」
できたての味にこだわる志穂は悩みに悩んだ末に、一袋だけ残っていた高級カツサンドを選んでレジへと進んだ。
朝食を乗せたトレーをスキャン装置の下に置くと数秒で機械音声が流れる。
『高級カツサンド、ブレンドコーヒー、新鮮野菜サラダ、ごまドレッシングを確認しました。合計で11ドルになります』
予め起動させておいたスマホのアプリを操作し、装置にタッチすると心地よいメロディーと共に再び機械音声が流れた。
『ご利用ありがとうございます。良い1日を!』
席を探そうと辺りを見回すと、アフリカ系の肌が特徴的な10歳くらいの男の子が志穂のトレーを見つめていた。
「あ、もしかして高級カツサンド?」
「あっ………すみません、お気になさらないでください」
恥ずかしそうに顔をそらす男の子のトレーにふわふわ玉子サンドが乗っているのに気付いた志穂の表情が閃いたと言わんばかりにぱあっとなる。
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席の反対側で半分に切られた高級カツサンドを幸せそうに頬張る男の子を見ながらサラダを口に運ぶ志穂。
続いて半分にカットされているふわふわ玉子サンドを口に運び、幸せを噛み締める。
「ありがとうございます。大好物なんです!」
笑顔でそう礼を言った男の子に志穂が手を振ってみせる。
「ううん、私も高級カツとふわふわ玉子の両方食べたかったから」
ふと、男の子の首に提げられた、施設の関係者である事を証明するカードに目が行く。
「ところで君、ここの関係者だよね。親御さんがここで働いているの?」
「はい、父がここの警備隊で働いているんです」
確か、警備隊にデレデレ顔で子供の話をする親バカっぷりで有名なアーロン伍長が居た。きっと彼が父親だろう。
「それにしても休日なのに早起きだね?」
カフェの時計は先ほど7時を指したばかりだ。
「あ、今日はちょっと離れた病院に入院している妹の見舞いなんです」
「そう、良いお兄ちゃんね。私はそろそろ行かなくちゃ――――――」
席を立ちかけて、男の子の名前を聞いていなかった事を思い出す。
「私はシホ。シホ・クキ。この基地の研究エリアで働いているわ。あなたは?」
「僕ですか?僕はジェイク。ジェイク・アーロンです」
(あ~、やっぱり)
父親曰く『俺よりも賢くて可愛いマイエンジェル』らしいが、聡明さを湛えた瞳とやや大人びた表情を見るに間違いではなかったようだ。
「じゃ、ジェイク。良い1日を!」
軍帽を被り、少しおどけた感じで敬礼して颯爽と立ち去っていく志穂の後ろ姿はジェイクの心に残った――――――――――――
―――――――――――――――――――
施設内の病院に到着した志穂が女性病棟エリアに入ろうとすると、警備員に呼び止められた。
「すみません、男性の方は――――――――」
無理もない。国連軍の女性将兵の軍服デザインが男性のそれと同じになってから1年も経っていない。(デザイン統一によって生産効率を上げる為らしい)
身分証と病院から貸与された見舞い客のカードを示すと警備員は即座に『失礼しました』と謝罪した。
――――――女性病棟エリア
「アニヤ・スルクネンの見舞いに来ました」
受付の看護士にそう告げ、士官学校以来の友人の眠る病室に向かう志穂。
病室の扉を開けると、先客の姿があった。
「あ………少佐もおいででしたか」
少佐と呼ばれた女性―――――ナディア・メサヘルは『やあ』と笑ってみせた。
「相変わらず鍛練は怠っていないようだな、少尉―――いや、失礼。中尉だったな」
「少佐もお変わりないようで」
かつてその勇猛さをアフリカに轟かせた屈強な部族の遺伝子を引き継いだ190センチのガッチリした身体を見上げ、敬礼する。
「こうして3人が揃うのは士官学校以来だな」
そう言い、ベッドに眠る女性の方を見るメサヘル少佐。
「ええ…………このような形での再会になるとは思いませんでした」
ベッドで眠るアニヤの肌は北欧系である事を考えても異常なくらい白かった。
「エクセリオンのテスト中に突如として昏睡状態に陥ったと聞いた」
「はい…………神経接続システムが原因だそうです」
忘れもしない。あの日、テストに立ち会っていた志穂のヘッドフォンに響いたアニヤの絶叫を。
その日、それまでのスーツ着用訓練を順調に終えていよいよスーツの能力をフルに引き出すテストを行う筈だった。
スーツ内部で電子的に生成される擬似的な神経と人間の神経を接続し、あたかもスーツと着用者が一体化したかのような状態を作る。
それによって人間の脳が発する信号をスーツに伝え、コンピューター制御の数倍速い反応速度を実現しスムーズな動作を可能とする。
それが神経接続システムで、アニヤはこの革新的なシステムを最初にテストする事になった。
――――――なったのだが。
予想以上の負荷がもたらす激痛と得体の知れない恐怖に絶叫し、そのまま昏睡状態に陥ったのだ。
その後も改良を繰り返しはしたものの、着用者はことごとく昏睡状態に陥ってしまった。
幸い、改良の甲斐があって彼らは回復し退院したもののエクセリオン計画から降りて原隊に復帰するか或いは退役している。
そして今。エクセリオン計画に残っている着用者は、改良前の神経接続システムによる影響で未だに治療途中のアニヤと最後に残った志穂だけだ。
「ドクター・ユェンが今、神経接続システムのアップデート作業を進めています。明後日には着用テストを行う予定です」
そう告げる志穂の表情には不安の色があった――――――――――
――――――――――――――――――――
―――――国連軍施設
メイファンの研究室で起動準備に入るエクセリオン。
「着用者の脳波、安定しています」
「オーケー、神経接続システムを起動」
メイファンの部下である橘 柚子技術中尉が志穂の状態を伝え、メイファンが頷く。
エクセリオンと呼ばれるスーツの内部で電子的に生成された擬似神経が志穂の神経とリンクを開始する。
「―――――――!着用者の脳波に乱れ!神経接続システムとのシンクロ率低下!」
「システム停止!医療班、直ぐに動けるようにして!」
手術用ベッドに横たわるエクセリオンに駆け寄り、外部操作で顔面を覆う装甲を開放させると激しい呼吸を繰り返しながら震える志穂の顔がそこにあった。
「―――――――――大丈夫みたいね」
――――――――――――――――――
エクセリオンの改良に勤しむメイファンと橘。
「よし、これで予定していた改良は完了ね。橘さん、後はお願い」
「お任せくださいな、お姉様」
キーボードの上で踊っていた手が止まり、椅子の背もたれにもたれかかるメイファン。
と、そこへ入室を知らせる表示がパソコン画面の隅に躍り出た。
「ドクター・ユェン。エクセリオンの改良作業は如何ですか?」
「たった今、プログラムが出来上がったわ。九鬼中尉」
パソコンと太いコードで接続された純白のアーマースーツ――――――エクセリオンに近づく志穂。
「……………………」
志穂の脳裏に浮かぶ、これまでの失敗の光景。
精神を破壊され泣き叫ぶ者。
恐怖のあまり使い物にならなくなった者。
理性を失い狂った者。
果たして自分が彼らの後を追わない保証があろうか?
そんな志穂の不安を察し、メイファンの手が彼女の肩に触れる。
「ドクター、申し訳ありません。私の未熟さ故に皆さんにご迷惑をおかけしています」
「――――――謝らなくていいわ。沢山の失敗例を見てきたんだもの、あれは正常な反応よ。全力は尽くすし、最後まで責任は持つわ」
(――――――――――それにあなたは“本命”だから大丈夫よ)
―――――――――――――――――――
基地の屋外ベンチで溜め息をつく志穂。
「クキさん、どうしたんです?」
聞き覚えのある声がした方を向くと、そこにはジェイクが居た。
――――――――数分後
「そうなんですか、軍人さんも悩む時はあるんですね」
「うん、失敗は誰だって怖いからね」
詳細は隠しつつ、自分自身の悩みを打ち明けた志穂にジェイクが驚いたように答える。
「でもね、ジェイク。私が本当に情けないと思うのは自分自身の臆病さなんだ。皆のために国連軍に志願したのに怖くてたまらない。失敗を―――――死を恐れている」
隠していた筈の部分をつい漏らしてしまう――――――それほどまでに志穂の心は不安でいっぱいだ。
「―――――――死を恐れるのは恥ずかしい事じゃないですよ!」
「――――――――えっ?」
目を丸くして驚く志穂。
「軍人さんだって人間です!死ぬのが怖いのは当たり前です!」
志穂が驚きで言葉を失っている間にジェイクは更に言葉を紡ぐ。
「死ぬのが怖くない、と言って僕の前から居なくなった人達を沢山見てきました……………そういうのは何の救いにもならないんですよ!」
「……………ジェイク」
――――――――――
その頃、メイファンの実験室には新たな機材が運び込まれていた。
「神経システム接続安定器、これで装着者はシステム接続に集中出来る筈よ」
機材の設置と起動を行うメイファンの表情は真剣そのものだ。
人間ひとりが入る大きさのカプセルを見てアレクが思い出したように言う。
「ガリガリの人間が入ったらマッチョに変身しそうだな」
そんなアレクのコメントに橘が呆れたような顔をする。
「映画の見すぎですわ、ヤムキン少佐」
「流石にそういう機能はないわね。でも失敗しても緑色の怪物にはならないから安心していいわ」
メイファンが真顔で飛ばしたジョークに思わず吹き出すアレク。
――――――――――
「………ジェイク、もう行かなきゃ」
ベンチから立ち上がる志穂。
「……………………クキさん」
後ろからの声に、志穂は顔を向けずに右腕を横に伸ばしてサムズアップしてみせる。
「死ぬつもりはないわ、心配しないで」
そんな志穂の背中を見送ったジェイクに別の兵士が歩み寄る。
「妹さんの移送準備が出来たぞ。行こうか」
「ようやく本部の医療施設で診て貰えるんですね」
――――――――――
その夜、国連当局、特にCSSこと児童安全事務局が警戒対象としていた“最悪のテロリスト”、スペードが配下の部隊を動員して各地のCSS支部を襲撃。
翌日には本部が攻撃される事態となった。
そして国連軍の基地にもCSS本部からの映像が流されるようになると、基地の喧騒はより一層大きくなった。
しかし、その中でひとり志穂は呆然としていた。
スクリーンの中で職員らを撃ち殺すテロリスト達。
数を減らし死体の山を作りながらも必死に応戦するCSSの兵士。
撃たれて重傷を負った子供を抱えてシェルターに滑り込む医務兵。
そんな混乱のなか、取り残されたジェイクの姿を見てしまったのだ。
スクリーンの中で妹らしき女の子を守るように抱き締めるジェイクの表情が歪み、祈るようなそれになるのを見た瞬間志穂の身体は迷わず目指すべき場所へ向かって駆け出していた。
ダイビングスーツのようなインナースーツに着替え、研究室に駆け込んだ志穂の目が、中で作業していた橘と合う。
「九鬼さん、準備は出来ていましてよ!」
そう言い終わるのを待たずに新たに設置されたカプセルが開き、パワードスーツ『エクセリオン』がその殻を開いて着用者を迎え入れる姿勢になる。
と、そこへメイファンがやって来た。
「橘さん、“エクセリオン”の準備は?」
「バッチリですわ、メイファンお姉様」
メイファンの護衛であるアレクがエクセリオンを見つめる。
「赤と金で塗れば完璧だったな」
彼が軽い口調でそう言うとメイファンもつられて笑った。
「それは駄目だって言ったでしょ。マー●ル社に怒られるわよ」
そして真顔に戻り、志穂に歩み寄るメイファン。
「さて――――――――九鬼中尉、用意はいい?」
メイファンの手が志穂の肩に優しく重なる。
「はい、ドクター・ユェン。覚悟は決まりました」
その真っ直ぐな眼差しにメイファンが深く頷いて応えると、志穂はカプセルに入り準備完了の合図を出した。
「さぁ、7年かけて進めてきたエクセリオン計画…………その成果を見せて貰うわよ!」
メイファンの指がパソコンのキーボードの上でテンポ良く踊り、カプセルの蓋が閉ざされる。
カプセル内部で“エクセリオン”の内側が青白く光り、装着モードに入ると同時に志穂の身体を包み込んでいく。
『死ぬのが怖くない、と言って僕の前から居なくなった人達を沢山見てきました……………そういうのは何の救いにもならないんですよ!』
ジェイクの言葉が脳内で繰り返され、志穂は自分自身が死を恐れている事実を認めて受け入れていた。
そうして自分自身に素直になったことで心がクリアになり冷静にスーツに身体を委ねられるようになったのである。
「エクセリオン………私はお前に身体を委ねる事がとても怖いんだ」
そう呟き、目を閉じてジェイクの顔を思い出す。
「けれども、何もせずに助けられる命を見捨てる事だけはしたくない」
だから、この身体を預けよう。そしてスーツを受け入れよう。
身体の力を抜き完全に身を委ねた瞬間、スーツ内で生成された擬似的な神経ネットワークがインナースーツの電極を通して志穂の神経と接続される。
スーツがまるで生まれ持った身体のようだ――――――――――
心でそう呟き目を見開くと同時に目の部分のセンサーが青白い光を放ち、続けてスーツ各所の青白いクリアパーツが光り輝く。
カプセルが開かれ、達成感に満ちた表情をしたメイファンとバラクラバに覆われていない目で驚きを物語るアレク、信じられないと言わんばかりに喜びの表情を見せる橘が視界を占めた。
――――――――――
カプセルの扉が開き、青白い光が溢れ出すなか純白の装甲を煌めかせながら志穂が立ち上がる。
そしてメイファンと目が合った。
「やったわね。九鬼中尉―――――エクセリオン」
志穂―――――エクセリオンは力強く頷き、カプセルの外装に格納されていた専用のライフルを手にする。
研究室の天井が大きく開き、大空がそこに広がる。そしてエクセリオンの背中にある装甲の隙間に設けられたスリットから青白い光が漏れ始めた。
「思いっきり暴れてきなさい!あなたが正しいと思う心のままに!」
「了解、エクセリオン―――――九鬼 志穂、出撃します!」
エクセリオンが両脚を屈めると同時に力強くジャンプ、上空でスーツのエネルギーを推進系統に大きく振り分ける。
「行けぇぇぇぇぇぇ!」
背中のスリットから漏れ出る光の尾を引きながら、エクセリオンはさながら彗星の如く空の彼方へと消えていった――――――――――
~次回予告~
ファイル005『ラルフ』
数年前に殺された子供達。
その仇であるスペードとCSS本部で対峙したラルフは憎しみに身を任せて彼を殺さんとする。
しかし、ラルフの脳内に瀕死の子供の助けを求める声が響き―――――!?
【人物紹介】
①…ジェイク・アーロン
人種…アフリカ系
性別…男性
年齢…10
《解説》
志穂が勤務する基地の警備隊に所属するエドガー・アーロン伍長の息子。
礼儀正しく大人びた振る舞いが印象的だが、大好物の高級カツサンドを食べる時は年相応の表情を見せる。
妹想いの優しい兄でもあり、難病で入院している妹が寂しくないように毎週1度は必ず見舞いに行く。
②…アニヤ・スルクネン
人種…北欧系
性別…女性
年齢…23
階級…中尉
《解説》
国連軍に所属する士官で階級は中尉。
志穂とは士官学校以来の友人であり志穂と共にエクセリオン計画に参加するが、スーツ制御において重要な神経接続システムのテストで心身共に深いダメージを受けて昏睡状態に陥り、今も意識不明状態。
スーツ開発に携わったメイファンは彼女が意識不明になった“別の理由”を知っているようだが…………?
③…ナディア・メサヘル
人種…アフリカ系
性別…女性
年齢…26
階級…少佐
《解説》
国連軍に所属する士官で階級は少佐。志穂とアニヤにとっては士官学校時代の先輩であり、その縁で今も親交が続いている。
屈強な身体の持ち主であるが聡明な人物でもあり、ドローンをはじめとする無人機の運用に長けている事から若くして佐官に昇進した。
しかし、これは国連軍の佐官・将官クラスの指揮官が不足しているという実情ゆえであり、本人も手放しで喜んでいるわけではない。