最悪のテロリスト、スペードと対峙したラルフは激しい憎悪の念に駆られて自らの使命を捨てて復讐を果たそうとする。
しかし、運命は彼に選択を迫り――――!?
燃え盛るCSS本部で仇敵スペードと対峙したラルフの胸はどす黒い悦びで溢れていた。
かつて自分が世話をし、そして無惨に殺された子供達。
その憎き仇スペードを殺す絶好の機会だ。
「殺してやる!徹底的に痛め付けて命乞いをさせてから殺す!」
怨嗟を隠すことなくスペードが隠れている場所に向かって引き金を引くラルフ。
――――――その時だった。
『いたいよ……………………』
とても幼く、そして途切れそうな声。
しかし、ラルフはそれを鬱陶しいと感じた。
今は憎き仇を殺す事に集中したいのだ。
「うるさい、静かにしろ」
物陰から物陰に跳ぶスペードに引き金を引くがなかなか当たらない。
『たすけて……………………』
そんな声に耳を貸さず、ひたすら引き金を引く。
―――――――しかし―――――――
次の一言はラルフの思考を停止させた。
『………………死にたくない………………』
「――――――――ッ!?」
脳裏に再び描かれる子供達の亡骸。
ある者は血の海の中に横たわり、ある者は無惨な遺体を晒していた。
更に目の前で身体にくくりつけられた爆弾が爆発して遺体すら残らなかった子供。
彼らはもう戻らない。
しかし―――――――
『いたい……………たすけて………………』
―――――――まだ助けられる命がある。
暫しの迷いの後、意を決したように駆け足で子供の声が聞こえる方に向かおうとするラルフ。
「逃げるのか?」
後ろから浴びせられた声にラルフは振り向かずに一言返した。
「今は忙しいんだ!」
そう言い放ち、駆け出していくラルフを見つめながらバラクラバの下で意味ありげな笑みを浮かべるスペード。
「本部襲撃は失敗したけど、タダでは帰らないよ」
――――――――――――――――
何故かは分からないが、子供が居る場所が直感的に分かる。
それを頼りにして辿り着いたのは瓦礫が散乱する部屋だった。
「―――――――うっ!?」
思わず口を押さえる。
血まみれのウサギのぬいぐるみ。
そして、胸や腹部から血を流して苦しむ小さな女の子。
顔は痣だらけだ。
痣や傷口からして、殴る蹴るなどの暴行を受けた後に銃剣で何度も突かれたのだろう。
――――――なぜ、こんな酷い事が出来る
そんな思いを抱きつつ、スプレーで救命ジェルを塗布して止血する。
「少しチクッとするよ」
注射器でナノマシンを注入して仮死状態にすると、ヘルメットマウントディスプレイ(別名HMD)のモニターが女の子の生命活動の危険度が下がった事を示す緑色のポップアップを踊らせた。
体内では冷凍用ナノマシンが身体を急速に凍らせて生命活動を止めている筈だ。
(よし、後はちゃんとした施設で蘇生と治療をすれば大丈夫だろう)
ナノマシンの効果で冷たくなった子供をゴムロープで身体にくくりつけて背負う。
その時、ラルフのHMDに基地の監視システムから新たな情報が送り込まれた。
まだ助けを必要とする子供がいる。
システムが子供サイズの生命反応を示した場所に駆け付けると、そこには小さな女の子を抱きかかえた少年の姿があった。
「助けに来たぞ!君、名前は?」
ラルフの姿に安堵した表情を見せた少年は『ジェイク』と名乗った。
「よし、ジェイク。妹さんと一緒にここを出よう。危険だ」
――――――――――――
火災の影響で所々が崩壊しつつある本部の中を潜り抜け、ようやく出口を抜けたラルフ達。
そんな彼らに死神は微笑んだ。
おそらくスペードの派遣した兵力の一部であろう戦闘ヘリが本部ビルの外壁に対してロケット弾を発射したのだ。
「――――!?」
攻撃でビルの外壁の一部が崩れ、ラルフ達に大きな影が覆いかぶさる!
(間に合わない――――――!!!)
次の瞬間。
突如として飛来した一条の光が今まさにラルフ達を押しつぶさんと迫っていた瓦礫を撃ち抜き、爆発四散させた!
「!?」
続いて光が何本も飛来し、戦闘ヘリを正確に撃ち抜いて爆散させる。
「な、何が――――――」
何が起こったんだ。そう言い終わるのを待たずして空に小さな光が煌めいたかと思うと、何かが飛んでくる。
――――――あれは、人、か?
辛うじて白く煌めく人影を視認した次の瞬間、そう離れていない場所に猛スピードで着地し、土が舞い上がる。
土から自らをかばった両腕を下ろすと、そこには純白のパワードスーツらしきものに身を包む人物がいた。
ラルフはその人物に歩み寄り、右手で敬礼の仕草をする。
「私はCSS北米支部所属のラルフ・フォルツ中尉だ。さきほどのアレはあなたが?」
「――――――ああ。私は国連軍・北米方面軍所属のシホ・クキ中尉だ。テロリストの殲滅と生存者の救援の為に駆け付けたが、テロリストが逃げるのが一足早かったようだな」
そう言いながら九鬼は、おそらく先ほどのビームを放ったモノであろうライフルを太腿の外側に固定しジェイクの方へと歩み寄る。
「ジェイク、無事?」
「はい、クキさん。上手くいったんですね」
顔は装甲に覆われて表情を窺い知ることは出来なかったが、彼女が微笑んだように見えた。
「ああ。ジェイクのお陰だよ」
おそらく知り合いなのだろう、両者の間には親しげな雰囲気がある。
「じゃあ、とりあえず生存者を救助しよう」
九鬼の言葉に頷くラルフ。
――――――――――――
――――数日後
ラルフが救助した女の子が看護師に付き添われながら病院の庭を歩く。
その様子を遠くから眺めるラルフの軍服には新しい階級章が付けられていた。
「もう歩けるようになったのですか」
「ああ。フォルツ『大尉』の迅速な手当てが功を奏したんだ」
隣の上官が『よくやった』と言わんばかりの顔で肯定する。先ほど、ラルフの独断専行に関する査問会で一階級降格と二階級特進を告げた時の渋い顔とは正反対だ。
「大尉」
上官が神妙な顔でラルフに向き合う。
「はっ」
威儀を正して向き合うラルフ。
「君は復讐よりも命を救う事を選んだ。君は子供の守護者に恥じない兵士だ」
子供の名が記されたほとんど空っぽの棺たちを前にして泣き崩れた自分を慰めた時と同じ優しい眼差しでそう言った上官にラルフが敬礼する。
その時、女の子がラルフの方に手を振るのが見えた。
「お兄ちゃん、遊ぼうよー!」
病室暮らしで退屈していたのか元気に走ってくる女の子に看護師が真っ青な顔で付いていく。
「さて、大尉。早速任務だ」
そう言いながら拳から開いた親指で女の子の方を指す。
「Yes sir!」
迷いの消えた笑顔でラルフは女の子の方へと歩きだした―――――――
しかしラルフ本人も気付かぬうちに彼の心の中で小さな歪みが生まれ、僅かずつではあるものの大きくなりつつあった。
ラルフ・フォルツの物語はここで一旦終わるが、これが本当の終わりではない。
むしろ、ここからが始まりである。
~次回予告~
ファイル006『小さな歌姫』
CSS本部襲撃から1ヵ月後。歌うことが大好きな少女リンダと兵士マーカスは平和な日常を過ごしていたが、時代が彼らを容赦なく引き裂いていく。