演出、内容等非常に見るところがたくさんあって、
すごくすごい良い映画でした。(個人の感想です)
そんな劇場版にあてられて、レース描写を書いてみました。
上手く描写ができない自分がもどかしいですが、
ご覧になってくださいませ。
マイル三強、フューチュリティステークス
阪神レース場、フューチュリティステークス会場。
そこに、グラスワンダーとエルコンドルパサーがいた。
「ふぅぅぅ、はぁぁぁ」
「・・・・・・」
エルコンドルパサーは深呼吸を行い、グラスワンダーは目を閉じて瞑想をしている。
ゲートには、彼女たち同様に自分流の緊張をほぐす方法を実践しているウマ娘が多数。
ここは、ジュニア級G1、フューチュリティステークス。
選ばれたものにのみ与えられる、G1の大舞台。
響く歓声、奏でられるファンファーレ、歓声が地鳴りのようになった。
その中で、チームゴールデンノヴァの2人は前を見た。
彼女たちの脳裏には、先のトレーナーとの会話が思い出されていた。
────―(2カ月前)────―
「「フューチュリティステークスに出走、デース?/ですか?」」
「そうだ、君達二人にはジュニアマイルのG1に出てもらう」
「という事は、残った私達がジュニアG1のホープフルステークスに出走するわけね?」
「その通りだキング」
キングの言葉に、トレーナーは大きく頷いた。
ここはチームゴールデンノヴァのトレーナールームであり、メジロパーマーとアドマイヤベガを除くチーム全員がそろっていた。
全員がジャージ姿なのは、これからトレーニングというところでの話だからだ。
「なんというか、納得がいかないデース!」
「そう、ですね、何故私達二人がマイルG1なのか」
説明してください、とグラスワンダーが続けた。
その背後には「不退転」の三文字が透けて見える。
そんなグラスワンダーの態度に笑いながら、トレーナーは言った。
「まず大前提として、同じチームから6人も出すのは有馬記念でもないと不可能だ」
ジュニアのトップを決めたいという思いもわからないでもないが、枠の問題があるとトレーナーは続けた。
ホープフルステークスに全員出走できないか一応聞いてはみたが、ダメだと言われたよ。
そう言ってトレーナーは苦笑した、彼自身も何とかならないかと一応試したらしい。
ルールとしてダメならば仕方ないだろう、とトレーナーは続けた。
「勿論、それ以外にも大切な事がある」
「それ以外に大切な、デース?」
「そう、それはとにかくG1の舞台に慣れること・・・・・・そして、もう一つ」
「もう、ひとつ、ですか?」
「これが一番重要なんだが、燃え尽き症候群になるのを防ぐことだ」
「「「「「「燃え尽き症候群?」」」」」」
トレーナーの発言には、全員が頭にはてなマークを浮かべた。
G1の舞台に慣れる、というのはよくわかるが、燃え尽き症候群とはいったいなんだろうか、
彼女たちの目はありありと困惑していた。
「・・・・・・これは、君達に限った話ではないんだけど」
トレーナーはそう前置きをして話し出した。
「今の君たちは成長中のルーキーだ、これは間違いない事実だ・・・・・・そして、今回君達が走るG1はいわゆる『ルーキーのトップ』を決める競争でもある」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「しかし、仮にここで君達全員が一堂に会して、全力を出して走って、文字通り今のすべてを出し切ってしまった場合、燃え尽きてしまう可能性がある」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「となると、この先に待っている『三冠』や『春秋マイル』といった輝かしい可能性を、全て捨ててしまうことになる」
「「「「「「・・・・・・あっ」」」」」」
「競技人生は短いようで長い、今ここで全力を出して戦う必要はないよ」
それとも、君達は今ここで燃え尽きたいかい?
トレーナーがそういうと、全員が首を横に振った。
それはそうである。
何せそれぞれに夢があり、その夢に向けて今走り出そうとしているのだ。
ここでつぶれるなど、本末転倒と言わざるお得ないだろう。
「とはいえ、我々ゴールデンノヴァはオープン戦及びG3重賞戦を戦い、高い成績を残してきた・・・・・・今回のG1はその総決算と言える」
だからこそ、全員がG1の舞台に立てるように調整したんだよ、とトレーナーは言った。
「それに、G1の舞台では何が起こるかわからない・・・・・・それは、緊張かもしれない、ケガかもしれない、練習が不足しているのかもしれない、いわばそう言った不足したものを自覚するための参加でもある」
解ってくれたかな、とトレーナーが言うと、全員が頷いた。
トレーナーとしては、今回のG1は試金石として見ているのだ、
これからの「クラシック」「シニア」に向けての。
だからこそ、ジュニア級G1に出走させるべきか悩んでいたのだとも打ち明けた。
燃え尽きるのが心配なら、撤回もまだ間に合うとも。
「そこまで考えていたんデースか」
「まあ、俺もトレーナーの端くれだからね」
「解りました、謹んでマイルG1出走お受けいたします」
「ああ、良い経験を期待しているよ」
「「はいっ!」」
この返事に嘘はなく、疑念なく、ただ真っ直ぐに。
エルコンドルパサーとグラスワンダーは静かに燃えていた。
(それでも勝つのはこのエルデース!)
(それでも、負けない、エルに負けたくない!)
そんな2人を見て、トレーナーは目を細めた。
(いいライバル関係が築けているようで何よりだ)
どこかなれ合い等が発生してしまうのではないか、という危機感が心にあったが2人の表情を見てそれは杞憂だったと彼は確信した。
二人の両目には、やる気の光に満ち溢れていたのだ。
心なしか、二人の体から「気炎」が上がっているようにも感じられた。
「ん~?」
「どうしたのよ、スカイさん?」
「いや~、なんか引っかかるんだよね~」
「セイちゃん、何が引っかかるの?」
「・・・・・・小骨?」
「朝ごはんに魚は出なかったけど・・・・・・けほっ」
「ああ、ごめんそういう訳じゃなくて・・・・・・何かこう、肝心の一言を聞けていないような気がするんだよね~」
そう言って、セイウンスカイはトレーナーを見る。
それにつられて、全員が彼の顔を見た。
彼は、困ったように笑いながら頬をかいた。
「まいったな、そんなに俺は隠し事が下手なのかい?」
「いや~、下手というか、言うか言わないか迷っているみたいだったからね~」
「・・・・・・すまんな、スカイ」
「いえいえ~」
そういうと、立ち上がりホワイトボードを持ってきた。
ホワイトボードにトレーナーは赤いマジックで「他陣営のライバル」とでかでかと書いたのだ。
「ライバル、デース?」
「そうだ・・・・・・勿論、我々ゴールデンノヴァにかなう陣営なんてそうない」
「そうね、私が言うのもなんだけれど、チームの面々が目下最大のライバルだと思うわ」
キングヘイローが言うと、全員が頷いた。
ある意味傲慢と取れなくもないが、実際事実である。
ジュニア級G1出場ウマ娘の基本的なステータスは、ほぼEランク台であり、大きく見てもE+がせいぜいである。
それに対し、ゴールデンノヴァの面々は基本ステータスがE+であり、スピードやスタミナ等、伸ばすべきところはDランク判定を受けている。
ステータスがすべてではないが、それでも頭一つ抜け出た彼女たちが、同年代で負ける要素というのは少ないのが現状だ。
だからこそ、キングヘイローの言った「ライバルはチームメンバー」というのは、現状を表す言葉だった。
しかし、トレーナーの表情は渋かった。
「俺もそう思っていたんだが・・・・・・ところでみんな」
「「「「「「?」」」」」」
「エアジハードの事は覚えているかな?」
「エアちゃんの事なら覚えています!」
「そうね、あの時は色々酷い状態だったけど、覚えているわ」
「あの明るい子だよね~」
「あの頑丈さを少し分けてほしいと思いました」
「今でもラインで話すことがありますヨ!」
「・・・・・・彼女が、参戦、するんですか?」
「その通りだ、グラス」
エアジハードとの思いでを話す面々を後目に、グラスワンダーがはっとしたように言う。
その瞬間、彼女たちもあっと気が付いたようにトレーナーを見た。
「昨日、エアジハードの参戦が発表されたんだ」
他陣営のライバル、と書かれたそこに、トレーナーは「チームレグルス・エアジハード」と書き込んだ。
それはすなわち、彼の先生である樫本理子の率いるチームレグルスに所属しているジュニア級トップが出てくるということだ。
「エアジハードが出場するのは、最終的にマイルG1のフューチュリティステークスに決まった」
黒いマジックで「G1出場」と書き込んだ後、彼はその後ろに「レグルスの期待のルーキー」と書き込んだ。
「恐らく、将来的に何度も顔を合わせて戦うことになる、そんな気がするんだ」
トレーナーはホワイトボードに向けていた視線を外し、エルコンドルパサーとグラスワンダーを見た。
二人の喉が同時にゴクリと鳴った。
トレーナーは真剣な表情をして言った。
「二人とも、今回のG1レースだが、万全の準備をして戦ってくれ」
「「はいっ!」」
「それじゃあ、エルコンドルパサーとグラスワンダーの二人は、これから打ち合わせを行うから残ってくれ、ほかの面々は・・・・・・今日は解散でいい」
「それじゃあ、先にグラウンドでトレーニングを開始してますね!」
「トレーナー、あまり遅くならないでよ?」
「これが今日のトレーニングメニューか~、じゃあもらっていきますね」
「それじゃあ、エルちゃん、グラスちゃん、先に言って待ってるね・・・・・・けほっ」
4人が先にグラウンドに出てゆくのを確認して、トレーナーは扉を閉めた。
「さて、これからフューチュリティステークスへの対策を考えてゆくわけだが」
「そうですネ、それでエルたちに何か伝えることがあるんじゃないですか?」
「・・・・・・なあ、グラス、俺はそんなに隠し事が下手なのか?」
「そうですね、割と、顔と気配が・・・・・・」
びしっ、という擬音が似合いそうなほどにいつものコンドルポーズをしつつ、エルコンドルパサーがトレーナーに言う。
そんな彼は、グラスワンダーの言葉に頭をかいた。
「ま、これはG1に出走する君達へのトレーナーとしてのアドバイスなんだが」
「ふむ?」
「トレーナーとして、デース?」
「ああ、走る際は7~8割の力で走り、残りの直線で全力を出すことだ」
「「・・・・・・?」」
「なんでそんな事を言うのか、という顔をしているが・・・・・・これは、G1の舞台において大鉄則なんだよ」
「大鉄則、ですか?」
「でも、それは普通のことではないですカ?」
「そう、普通の事だ、でも大舞台じゃあその普通の事が出来なくなるんだ」
そういう彼は、彼女達を通して、かつて短期間ではあるが見ていたレグルスメンバーを思い出しているようだった。
彼女達を通して、彼はG1について学び、肌で感じ、そして現地で見ていた。
だが、目の前にいる彼女たちはまだG1というものを知らない。
「俺が樫本先生の下で学んでいる時、初めてG1の舞台に手が届いた子がいた」
「「・・・・・・」」
「その子は掲示板に入る事ができるのではないか、と言われていたんだが・・・・・・」
「負けた、んですか?」
「そう、最下位になってしまったんだ」
「その子は・・・・・・どうしたんですか?」
「彼女曰く、頭が真っ白になっていつも通りの走りが全然できなかった、と言っていた」
「「・・・・・・」」
「どんなことにも共通して言えることだが、練習以上の事というのはできない」
そういうと、トレーナーは窓の外を見た。
ゴールデンノヴァの4人が自主練を始めたところであり、2人一組でストレッチをしているのが見えた。
彼女達を見つつ、トレーナーは続けた。
「そして、どんなに厳しい練習をしていたとしても、本番の環境下ではそれが発揮できないことも多々ある」
「「・・・・・・」」
「だから、すごく陳腐な言葉ではあるが、もう一度言おう」
そう言って、彼は彼女たちに向き直る。
常に7割の力で走り、最終直線で全力を出すこと、いいね。
その言葉に、2人とも今度は大きく頷いた。
────(現在、阪神レース場)────
「ふぅぅ、OK、エル万全デース」
「・・・・・・ええ、精神も肉体も整いましたとも」
初めてのG1の舞台に飲まれ、縮こまってしまう子、顔色が青くなり今にも吐き戻しそうな子、走る前からかかりっぱなしの子、そんな子が多い中でエルコンドルパサーとグラスワンダーの二人は非常に落ち着いていた。
いや、もう一人落ち着いている子がいる。
「ふーはー、良し、準備万端抜かりなし、と」
エアジハードその人だ。
長髪をみつあみにして中東の踊り子を思わせる勝負服に身を包んだ彼女は、緊張・委縮・かかり、そのどれも見られない。
黒い上下で肩をだし、袖は青色、黄色のベルトを腰に巻き、三つ編みの先には青いリボン。
勝負服を身に着けた彼女は、正に自然体、という風にしてゲートの中に立っていた。
空は12月の曇り空、風は少々横薙ぎで、足元は重馬場とはいかないが重さを感じる。
勝負服が体に張り付くような感覚があるが、不快ではない、とグラスワンダーは思う。
むしろ、このどこか張り詰めた雰囲気は、薙刀の試合その立ち合いを思い起こさせる。
(エル、というライバル(友人)がいるのも心強いですね)
自分の3つ右隣にいるエルコンドルパサーの声は、彼女の耳に届いていた。
そして、左2つとなりにいるエアジハードの声も。
(エアジハードさん・・・・・・樫本トレーナーの秘蔵っ子)
トレーナーはあえて意識しないようにふるまっていたが、彼がエアジハードを、ひいてはその後ろにいる樫本理子を意識しているのは、あの場所にいたゴールデンノヴァの面々が感じていたことでもあった。
師匠を超えたい、彼がそう思っているのは言葉に出さずともわかる。
だからこそ、だ。
「今日ここで、貴方の担当ウマ娘が強いという事をお見せいたしましょう」
グラスワンダーは静かに、しかし、烈火のごとき闘争心をその胸に宿していた。
そのつぶやきは、横薙ぎの風にかき消されてしまうほどにか細く、しかし、聞いたウマ娘の闘争心を両断してしまうほどに鋭かった。
────―(観客席)────―
「よう、トレーナーしばらくぶりだな」
「やあ、シャカール・・・・・・後ろの人は?」
「あ、えーと、どうも、樫本先生の下で学ばせていただいています!」
「あ、俺の後釜の人か、よろしくお願いします」
「へあっ、あの、はい」
「心配すんな、こいつはこういう奴だ、意識していたらキリがねえ」
「あ、うん、そうでしたね」
「?」
トレーナーの下には、チームレグルスの面々が集まっていた。
リーダーのエアシャカールに続いて現れたのは、樫本理子の新しい弟子だ。
そんな彼女に握手を求めたら、驚いたように目を白黒させた。
そんなに驚くようなことをしているのだろうか、とトレーナーも内心驚いた。
しかし、彼女の恰好を見て思い返す。
(あ、俺すごいラフな格好してる)
なにせ、彼は野球帽をかぶり、ジャケットの下は白いワイシャツにジーンズという姿だ。
紺色のマフラーが唯一のおしゃれと言っても過言ではない。
それに対して、レグルスの新人トレーナーは上下共にスーツ姿をしている。
ラフすぎる自分にいきなり握手を求められたら、それは驚くというものだろう。
一人でそう納得して、帽子をぬいで改めて握手を求めた。
((帽子を被ったままだと失礼になるよな)とか考えてんだろう、オマエ)
エアシャカールは溜息を吐くと、握手をしている新人同士をみていた。
ふと、ゴールデンノヴァの面々を見ると、自分と同じような顔をしたメジロパーマーとアドマイヤベガに気が付いた。
要するに、眉間にしわが寄っているのだ。
(お前らも大変だな・・・・・・)
(まあ、色々となれたよパーマーさんは・・・・・・)
(貴女、うちのチームに来る?)
(ヤダよ)
視線で会話するのももう慣れたと言わんばかりだ。
そして、彼女たちの後ろでは・・・・・・。
「シャカール、この若鳥のから揚げ美味しい! シャカールもどう?」
「シャカールさん、ファインさんを止めて下さい、カロリーオーバーです!」
「フラッシュさんさすがに細かいと思うなっ☆」
「ちょわぁぁっ、フライトとのレースがよみがえって興奮してきました!」
「バクシンオーさん、テンションが上がり過ぎています、注意してください」
「ふええ、メトさん頭の上から降りてください~!」
「ふむ、今日の勝ちはエアジハードに付けとくか」
「ほわぁ、ミックスジュース美味しいですわぁ」
「ブライト、お腹壊しても知らないわよ!?」
「苫小牧にも、こんなに人を呼びたいなぁ・・・・・・あ、カレー美味しい」
「苫小牧出身なんですか? 私も北海道出身なんです!」
「スぺさん、食べてる人に寄っていくんじゃありません!」
「うわ~、出店で食べるもの買っておいてよかった・・・・・・から揚げうま~」
「セイちゃん、私にもいっこ頂戴・・・・・・柔らかくてうまー」
どのチームも同じようなことが起こっていた。
どうやらお互い、こういうところでは引率になりそうだと、シャカール、パーマー、ベガの三人は肩を落とした。
「ほら全員、シャキッとしなさい」
決して力強い言葉ではないが、その声が聞こえたときチームレグルスの面々は背筋を伸ばした。
そんな彼女たちにつられて、ゴールデンノヴァの面々も背筋が伸びる。
見れば、ジュニア級やクラシック級の大所帯を連れた人が現れた。
「・・・・・・お久しぶりです、先生」
「ええ、お久しぶりねトレーナーくん」
にこり、と笑いながら現れたのは樫本理子その人だった。
にこり、と笑い返しながらトレーナーは握手の為に手を差し出す。
差し出された手を力強く握りながら、樫本理子とトレーナーは見つめ合う。
「「「「「・・・・・・」」」」」
何もないはずの空間で、何かが張り詰めるような音がしたのは何故だろうか。
レグルスもゴールデンノヴァも、先程までの騒ぎを忘れたように固唾をのんでお互いの
指導者を見つめている。
「今日は胸を借りに来ました」
「ふふ、言葉が足らないわね・・・・・・勝ちに来た、の間違いではなくて?」
「思っていても言わない方がいい言葉というのもあります」
「あら、それはごめんなさいね」
非常に挑戦的で、あまり見たことのないトレーナーの姿に、両チームともに驚いている。
しかし、そんな彼女たちのことなど気にしていないように、トレーナーは続けた。
「エルもグラスも、今回のG1を勝ちに行きますよ」
「そうね、うちの子も中々やるとは思うけど・・・・・・今日の所はグラスワンダーとエルコンドルパサーのどちらかが勝つ可能性の方が高いわね」
「・・・・・・驚きました、てっきり」
「『うちの子が勝つ』と思っていた、と?」
「ええ」
「そうね、本当はそう言いたいところだけど」
「だけど?」
「まあ、見ればわかるわ」
貴方ならね、と言って笑う樫本。
トレーナーは頭をかきながら、コースに向き直る。
それにつられて、全員がコースを見る。
ちょうどその時、ファンファーレが鳴り響いた。
────―(生徒会室)────―
「さあ、各ウマ娘ゲートに入り終えました」
生徒会室に備え付けてあるテレビから聞こえるアナウンサーの声に、書類仕事をしていたエアグルーヴは顔を上げた。
見れば、会長ことシンボリルドルフと先ほど捕まえてきたナリタブライアンも同様にテレビを見ていた。
「・・・・・・ああ、そういえばもうこの時期ですか」
「うん、ジュニア級のG1の季節だ」
「ふん・・・・・・まだまだひよっこ連中のG1なんて物の数に入らないだろう」
「そういうなブライアン、まだ見ぬ鋭才が飛び立とうというのだから」
「会長がそうおっしゃっても、なんと言うべきか・・・・・・」
「八冠の皇帝がそういうと、嫌みに聞こえるぞ?」
「ブライアン!」
「ははは、そんなことはないさ、むしろ鋭才教育のし甲斐があると思わないか?」
「「・・・・・・」」
「鋭い才能と英才をかけてみた」
フンス、と喜色満面なシンボリルドルフに対し、エアグルーヴとナリタブライアンは顔を見合わせた。
(つっこめエアグルーヴ)
(そんなことできるか!)
(さあ、どこからでも突っ込みを入れたまえ!)
微妙な空気の中、テレビの中ではゲートが開いたのであった。
────―(阪神レース場)────―
フューチュリティステークス 阪神 芝 1600m
参加人数 16名 天候曇り 重馬場
ゲートが開いた瞬間、各ウマ娘が一斉に飛び出していった。
土を跳ね上げて最初からぐんぐんと加速してゆく。
エルコンドルパサーは先行策を取り、前から4番目の位置をキープ。
グラスワンダーは差しであるため、中段をバ群に紛れながら進む。
「ふむ・・・・・・エルも差しで行くかと思ったが、先行策を取ったか」
「エルちゃん、負けるな―!」
「エルさんは重馬場に強いわ、今回のコンディションはエルさん有利じゃないかしら」
「そうだね~、でもグラスも差しでやるぶんある程度想定済みなんじゃない?」
「そうですね、グラスさんならその脚で重馬場でもぶち抜くんじゃないかな・・・・・・けほ」
「ツルちゃん、ほら、俺のマフラーだけどかけときなさい」
「「「いいなぁ」」」
「あはは、ありがとうございます・・・・・・けほ」
ツルマルツヨシの喉の調子はあまりよくなく、そのせいかせき込みが多い。
それを心配したトレーナーが自分のマフラーを取って、彼女の首に巻き付けた。
だが、トレーナーの視線はそれでも大画面に映るエルとグラスに釘付けになっていた。
(おかしい・・・・・・何かを見落としている、だが何を?)
トレーナーは、樫本の言った意味をいまいち推し量れないでいた。
彼女が勝つのではなく、なぜ負けると言ったのか。
少なくとも、画面からは読み取れない。
何故ならば。
「それにしても、エアジハードのやつは最下位かよ・・・・・・おかしいな」
「うーん、エアちゃんはこういう馬場は得意じゃないのかな?」
「そんなことはネエ、パルカイは今日のレース結果をエアジハードの勝ちと出している」
「ちょわ? でもそれでは樫本トレーナーが嘘をついたことに?」
「それはないでしょう、樫本トレーナーがそんなことを言うとは思えません」
「うーん、でもデータが絶対とは言い切れないんじゃないかな☆」
「ですが、日ごろの練習量などを見ても、エアさんが劣るとは思えません」
「うーん、シャカールさんのパルカイが間違っているのでしょうか~?」
「さてな、勝負は時の運、というしそこはわからねえ」
「でも、エアちゃんが負けるとはあんまり思えないんですよね」
エアジハード陣営も、エアジハードの調子を心配しているようだ。
そう、エアジハードは最下位をひた走っている。
と言っても、大きく離されているわけではなく、下位集団に紛れてしまっているということが、彼女が最下位を走っている理由だ。
『──―さあ、先頭集団4番目には本日一番人気のエルコンドルパサー』
『中段には本日二番人気のグラスワンダーが虎視眈々と控えています』
大型スクリーン、そしてアナウンスがエルコンドルパサーとグラスワンダーの近況を知らせてくる。
二人は、トレーナーが言ったことを忠実に守り、7割の力で現状を維持している。
そこに何のおかしいところはなく、だからこそ、トレーナーは自分の直感を疑った。
(俺の方が初G1の舞台で緊張しているだけではないか?)
大型スクリーンを見るに、彼女たちは重馬場に足を取られることなく、周囲の熱にあおられて自分を見失うという事もない。
極めて冷静に、レースを運んでいた。
ならば問題は、自分自身にある、そう結論付けようとしたその時だった。
『さあ、第三コーナーカーブ、ここを抜ければ一気に直線に入る!』
『おっと、ここでエルコンドルパサーが先頭、エルコンドルパサーが先頭だ!』
『その後からグラスワンダーが鋭い差し脚で上がってきた、二人がほぼ横並び!』
『グラスワンダーが一歩リードか、しかしエルコンドルパサーも諦めない!』
『周囲にはだれもいない、誰も・・・・・・いや、違う、後方からぐんぐんと2人に距離を詰めてくるウマ娘がいるぞ!?』
そう、彼女たちが冷静に勝負を運べていたのはこの時までだった。
後方から、闘志をむき出しにして猛烈な追い込みを見せる、彼女とぶつかるまで。
『16番、エアジハードだ! 最下位集団からその豪脚で一気に差を詰めてきた!』
────―(グラスワンダー)────―
まるで、大蛇の大顎のごとく、下位・中段・上位の集団を食いちぎってゆく闘志を、私は感じました。
恐らく、私と共に走っているエルも、その闘志は感じていたのでしょう。
耳が後ろに向き、警戒をしろと本能が叫ぶ。
地面を踏みしめて、踏み抜いて、えぐり取るように加速する。
それはレースだから?
いえ、もしかしたらその闘志から逃げようとしているのかもしれません。
それほどに、冷静にレースを運んでいたはずの私の頭の中は一瞬空白になりました。
(この闘志は・・・・・・誰!?)
後ろを向いている暇はなく、気配でしか感じることのできないそれは、炎のような熱さを持って私達に迫ってきました。
「ふふふ、ははははははっ!」
笑い声が聞こえる、それは相手を嘲笑う笑いではない、純粋に力比べを楽しむ、そんな笑い。
この状況で、彼女は笑っている。
(信じられない胆力!)
そして、笑い声と闘志が私たちにぴたりと並走したのです。
ここからは最終直線、わずか200m、ならば、ならば、ならば!
「はあああああああっ!」
「はぁぁぁあああああっ!」
「おぉぉぉぉおおおおっ!」
気合の雄たけびと共に、全身のリミッターを外します。
エルも、闘志の元凶も、私と同じことを考えていたのでしょう。
吠え猛り、体の内に眠らせていたエネルギーをこの時の為に開放しきる。
トレーナーさんの言葉の通り、私の全力をこの200mで出し切る為に!
────―(トレーナー陣営)────―
「エアジハードが仕掛けたっ!?」
「ちょっと待て、こんなロングスパートかけるなんて聞いてねえぞ!?」
「成程、確かにこれは・・・・・・」
「こ、これが樫本理子の教え子か・・・・・・!」
今回のレースを見に来ていた(もしくは偵察しにきた)ほかのトレーナー達が呻いた。
だが、それもそのはず。
なにせ、エアジハードはトップから見て13人差をぶっちぎった上でグラスワンダーとエルコンドルパサーに迫っているのだ。
画面越しとはいえ、その恐ろしさはウマ娘に関連する職業でなくても伝わってくる。
(笑っていやがる)
トレーナーもまた、信じられないものを見る目でエアジハードを見ていた。
この状況下で、明らかに意識したうえで、笑っているのだ、彼女は。
少し雨が降り出したレース場で、笑いながらエアジハードがエルコンドルパサーとグラスワンダーに迫る。
その距離は、一バ身、半バ身、首差と迫り、そして。
『並んだ、並んだ、エルコンドルパサー・グラスワンダー・エアジハードの三人がほぼ横一列、これは阪神の直線200メートルで勝負が決まる!』
雨をぬぐう動作もせず、雨でぬれたターフの上で足を滑らせるという危機感すら投げ捨てて、彼女たちは一丸となってゴールに向かい走り抜けようとしている。
もう、後方の集団を気にしている様子は3人にはない。
3人とも、自分以外は見えていないのかもしれない。
「頑張れ、エルちゃん、グラスちゃん!」
「もう少しでゴールよ、エルさん!」
「グラス! あと少しの辛抱だ緊張切らさないで!」
「二人とも、もう少しだよ・・・・・・げほっ!」
「エアちゃん、がんばれっ!」
「いや、これは確かに樫本サンの言うとおりか・・・・・・?」
「頑張って、ゴールはすぐそこだよっ☆!」
「エアジハードさん、こんなロングスパートをかけて大丈夫でしょうか?」
「ちょわーっ! 勝て、勝つのです、エアジハードォォ!」
「これは・・・・・・いえ、エアジハードさん練習量は貴方を裏切らない!」
「エアジハード、行けるぞ!」
「エアジハードさん、がんばって~!」
「エアちゃんぶち抜くべー!」
ゴールデンノヴァの面々と、チームレグルスの面々もまた大声を上げている。
幾人かエアジハードの事を心配しているようでもあるが、その声は応援にかき消される。
今や、阪神レース場は3人の名前を呼ぶ歓声で覆いつくされていた。
「「「オオオオオオオオオォォォッ!!」」」
そんな歓声を切り裂くように、三人の怒号にも似た雄叫びが響き渡る。
そして、彼女たちはゴールを駆け抜けた。
ゆっくりと減速してゆく彼女達だが、誰よりも多くの減速距離を必要とした
13人のウマ娘の2倍以上の距離、と言えばこの時彼女たちがどれほどの力で走っていたのか分かる。
「終わったら、今回の反省を生かさなければならないか」
トレーナーは画面に映るグラスワンダーを見てそうつぶやいた。
トレーナーの視線の先には、少し自分の右脚をかばいながら歩くグラスワンダーがいた。
どうやら彼女は、自分の限界以上の力を出してしまったらしい。
全てが終わったターフの上、彼女達は改めて対面していた。
「やあ、改めて自己紹介をさせてもらうよ・・・・・・エアジハード、以後よろしく」
「ええ、はぁ、はぁ、ふう・・・・・・グラスワンダーと申します、こちらこそ」
「エルコンドルパサー、こちらこそよろしくお願いしマス!」
エアジハードが手を差し出し、彼女たちは順番に握手する。
先程の闘志は鳴りを潜め、今のエアジハードはどこにでもいるウマ娘と言った風だ。
だが、先の凄まじい闘志を2人は身をもって知っている。
トレーナーの言っていたことが、走ってみてようやくわかった。
彼女は、私たちのライバルになる、と。
「先の戦い(レース)では、最終的にスタミナが切れた・・・・・・今後の課題だね」
「そう、ですか・・・・・・いえ、こちらも似たようなものです」
「そうですネ、エルたちはまだまだ成長途中という事がよくわかりましタ」
「それじゃあ、今回は勝ちをそちらに取られましたが、次はこうはいかない」
「ええ、しかし、次も勝つのは私です」
「ノー、次こそエルが勝ちマース!」
「「「ふっ、あははははっ!」」」
3人はひとしきり笑った後、それぞれの控室に戻る。
ライブを行う以上、汗や泥を落として、ライブ用の汎用衣装に着替えなければならない。
電光掲示板を振り返ることなく、彼女たちはターフを後にしたのである。
一着 グラスワンダー タイム 1:33.6
二着 エルコンドルパサー タイム 1:33.7
三着 エアジハード タイム 1:33.8
今日マイル三強が産声を上げた、と『月間トゥインクル』記者の乙名史悦子記者はのちにこう語った。
────(控室)────
「一着おめでとう、というべきかなグラス」
「はい、ありがとうございますトレーナーさん」
控室に戻ったグラスワンダーを、トレーナーが祝福に来た。
他の面々は、エルコンドルパサーの控室に行ったという。
「さて、グラス、足を見せてもらおうか」
「・・・・・・気が付いていましたか?」
「当り前だ、君のトレーナーだぞ俺は」
「ふふ、そうでしたね」
グラスワンダーを椅子に座らせ、右足首を見る。
軽度だが腫れているのが分かり、トレーナーは顔色を曇らせた。
「どうする、ライブに出演するか?」
「勿論です、最後の締め、欠かせませんから」
「そうか、ならば湿布を張ってテーピングをしよう・・・・・・その後は医者に直行だ」
「そこまでしなくても・・・・・・」
「いや、けがは万病のもと、小さなけがで君がダメになったら困る」
手際よく応急処置をしていきながら、トレーナーは言う。
彼は真剣に、グラスワンダーの足を見ている。
そんな彼に、グラスワンダーは苦笑する。
「さあ、それじゃあ俺は最前列で君たちのライブを見させてもらうよ」
応急処置を終えたトレーナーは、少しウキウキした様子で言った。
「ええ、最前列で私達をご覧くださいね」
そう言ってグラスワンダーも笑った。
なお、ライブののちに医者へ直行した結果、グラスワンダーは全治1か月の捻挫と診断された。
その結果にトレーナーの顔が青くなるのだがそれは別の話。
(終わり)
今回のレースは史実のレースと異なり、完全にIFとなっております。
史実ではエルコンドルパサーとエアジハードは参加していない為。
また、史実ではマイネルラヴやアグネスワールドと言った黄金世代の
他のメンツ(短距離・マイル勢)が参加していました。
が、今回そこらへんをバッサリカットしてしまっています。
私の未熟さゆえに、彼らを出すことが出来なんだ・・・・・・。
感想等お待ちしております。