第一四話の方を投稿させていただきます。
今回のレースも前回と引き続きIFのレースとなっております。
────―(ホープフルステークスまで残り1週間)────―
「さて、ホープフルステークスには目立ったライバルは存在しない」
チームに個別に与えられたチームルーム。
ゴールデンノヴァの面々もそこに集まり、現在ミーティングの真っ最中だ。
先のフューチュリティステークスで捻挫したグラスワンダーが、松葉づえをついている事以外は、いつもと変わらない光景ともいえる。
「グラスちゃん、足大丈夫?」
「ええ、ありがとうございますスぺちゃん、一カ月は練習禁止を言い渡されました」
「結構な重症だよねそれ」
「そうですネ、お医者さんは『ジュニア期に100パーセント以上の力を出してこの程度で済んだんだから良しとしてください』って言っていました」
「うわぁ、聞いてるこっちが痛くなってくる」
「貴方達、少しはトレーナーの言っている事を聞きなさいっ!」
グラスの右脚には、がっちりとしたギプスが付けられており、走ることはおろか歩くことも出来ないようになっている。
医者曰く『これぐらいで済んだのは運がいい』という診断結果であり、最悪骨折等を引き起こしていたかもしれないとトレーナーは言われた。
まあ、グラスワンダー本人は「自分の弱さゆえのケガ」と言っていたが。
「あー、それじゃあ、そのなんだ、次に進んでいいかな?」
ワイの、ワイのと騒いでいたゴールデンノヴァが改めてトレーナーに向き直る。
「でもさ~トレーナーさん、こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、ホープフルステークスのライバルは私たち自身なわけじゃない?」
「そうだなスカイ、その通りだ」
「だったら、個別に作戦立てた方がよくない・・・・・・?」
「うん、その通りなわけだが、その前に伝えなきゃいけないことがあるんだ」
「「「「「?」」」」」
「・・・・・・」
ただ一人を除いて、全員が不思議そうにトレーナーを見る。
トレーナー自身、少し言いにくそうであるが、意を決したように口を開いた。
「ツヨシの出走を回避することになった」
「「「「「えっ!?」」」」」
「あはははは、ごめんね皆・・・・・・けほ」
無理をして笑っているのが分かる、ツヨシの笑い。
悔しいのだろう、辛いのだろう、それが分かるから彼女たちは何も言えなかった。
「この間、君達の健康診断があっただろう?」
「レースをする前の、最終確認・・・・・・よね?」
「そうだ、キング、その際にツヨシの気管に炎症が見つかったんだ」
「そういえば、フューチュリティステークスを見に行った時、ツルちゃん咳してたね」
「ああ、どうやらその頃から炎症を起こしていたらしい」
俺の判断ミスだ、とトレーナーは悔しそうに言った。
もしあの時、心を鬼にしても寮で休養させていれば、とトレーナーは考えていた。
だが、そんな彼の後悔を、そしてチームルームを覆っていた影を吹き飛ばすかのように、ツルマルツヨシは明るく言った。
「これでアタシは応援に回るわけだけど・・・・・・残念だなあ、皆を倒してG1取れなくて」
「言ったなーツルちゃん」
「確かに、このキングに次ぐ実力者なだけあるわね」
「いや~、これは強いライバルが減ってラッキーと捉えるべきかな~」
「ふふふ、私と一緒に治療していきましょうね」
「エルのホットソースを使えばすぐに治りまーす!」
「「「「劇物渡してどうするの/さ/よ!」」」」
「ケーッ!?」
「あはははは」
トレーナーは思う、良いチームだと。
そして、同時にこうも考える。
(ツヨシの体調は俺の方でも本腰を入れて対処しなくては)
ツヨシはああやって「うまく誤魔化している」つもりかもしれないが、一人のウマ娘として、競技者として、悔しくないとは言えないだろう。
現に、彼女は無意識に自分の拳を握りしめてしまっている。
(悔しいだろう、悲しいだろう)
そんな悔しさ、悲しさを何とかするのがトレーナーの役目なのだ。
(心当たりは、ある)
ただし、代価に何を要求されるかわかったものではないが。
(とはいえ、今はホープフルステークスだ)
目の前の光景をいつまでも眺めているわけにはいかない。
「さて、それじゃあこれからの説明をしよう」
手を叩き、トレーナーは自身に注意を向けさせる。
すると、彼女たちはみな競技者の目をした。
後程に個別で君たちの戦い方を相談するとして、共通の相談をしよう。
トレーナーが言うと、それぞれがパイプ椅子に座った。
先のフューチュリティステークスと同様に、ホワイトボードを持ってきた彼は、そこに黒いマジックで『ライバルはゴールデンノヴァ』と書き込んだ。
「今回のレースにおいて、君達こそがライバルとして立ちはだかってくる」
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
「逃げのセイウンスカイ、先行・差しのスペシャルウィーク、差しのキングヘイローと脚質も異なる」
名前を挙げた三人の間に、バチリと火花が鳴ったようにトレーナーは感じた。
実際の所、今回のホープフルステークス出走決定ののち、彼女たちは全員が全員、お互いを意識した練習をしてきた。
それほどまでに、ライバルとしても意識しているのだと彼は思った。
「そんな君たちに送れる言葉というのは、あまりない」
「あらら」
緊張していた空気が白けた。
特に、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローはジト目だ。
仕方ないだろう、と彼は続ける。
変に君たちに緊張させたくないんだ、とトレーナーは笑った。
「ただ、そうだな・・・・・・言えることがあるとすれば一つ」
「なんだ、やっぱりあるのね」
「ここはビシッとお願いしますね~」
「そうですよ、気合が入らないじゃないですか!」
「うん、その通りだ・・・・・・今回、君達にいう事は一つだけだ」
一呼吸おいて、彼は真剣に言った。
「怪我無く帰って来なさい、無事これ名ウマ娘ってね」
「「「「「・・・・・・」」」」」
「あー、その、トレーナー?」
「何だいツヨシ?」
「それ、グラスちゃんの前で言います?」
「・・・・・・あっ」
「・・・・・・ふんだ」
グラスワンダーがいじけ、トレーナーは焦った。
それはもう、盛大に焦った。
ちなみに、顔を背けているグラスはちょっと笑いだしそうになっている。
そして。
「ふ、ふっふ、ふふふ」
「え、あ、いや、グラス、その、すまん」
「いえ、気にしていませんから大丈夫です」
しまいにはグラス自身が笑ってしまった。
「んも~、締まらないなあトレーナーさん」
「このへっぽこ」
「むー、グラスちゃん達の時とえらい違いだべ」
「いや、その、お、おう」
そして、彼は3人にさらに小言を言われることになるのだった。
────―(ホープフルステークス当日)────―
コースに入るなり、セイウンスカイが開口一番に仕掛けた。
「さてさて~、セイちゃん今日は張り切っちゃうもんね~」
「あれ、セイちゃんが張り切るなんて珍しい」
「個別の相談で何か言われたのかしら?」
「さてさて、それは秘密」
今日の勝利は私がもらうね、とセイウンスカイは続ける。
その自信の内容からして、今回のレースにおける秘策があるようだ。
ターフの上、ゲートに入るその前に、彼女たちの交わした少ない会話。
しかし、それは周囲のウマ娘達を吊り上げるのには十分だった。
(何、なんなの!?)
(アイツ、どんな作戦で来るっていうのよ・・・・・・)
(うう、アタシはいつも通りいつも通り・・・・・・気になる)
(にしし、スぺちゃんとキングは釣れなかったけど、他へのかかり具合は上々っと)
そして、そんな周囲の気配を敏感に感じ取り、セイウンスカイは内心でニヤリと笑った。
セイウンスカイ達は別にトレーナーから作戦を指示されたわけじゃない。
むしろ、トレーナーからは『いつものペースで走れば十分勝利は固い』とまで言われるほど彼女たちは仕上がっているのだ。
(((平常心・・・・・・か)))
そんな三人に対して、トレーナーは『平常心を保つこと』が勝利の鍵と言った。
慢心すると予想外のことに乱され、逆に過敏になり過ぎると途中で体力が切れる。
だからこそ、平常心を保つことが一番大事だと。
(確かに、グラスちゃんのあのレースを見れば平常心は一番大事ってわかるな)
(あの時、エアジハードが後方から追い上げを見せたとき、グラス焦っていたもんね~)
(ある意味、平常心を保てなかったから足を怪我したと言えるのかしら・・・・・・)
フューチュリティステークス出走時に見せたグラスの走りは、彼女たちに強烈な印象を与えると同時に、平常心を保つことの重要さを説いた教訓となっていた。
グラス自身、あのレースを振り返ったときに追い上げられた時一瞬頭の中が真っ白になったと認めており、それが自分の体の限界を超えたリミッター外しにつながったと、ゴールデンノヴァのメンバーにも語った。
(セイちゃんはそれを逆手に取っちゃいますからね~)
セイウンスカイはあえて自分の情報を流すことで、レースの他の陣営に対して心理戦を仕掛けていた。
(これから先・・・・・・皐月賞や日本ダービーで必要になってくるだろうし)
そしてこれらは全て、この先を見据えての練習でもあった。
(多分セイちゃん、この先を見通しているんだろうなあ)
(スカイさんの事だし、皐月賞とかダービーでこの手の事をやってくるわね)
しかし、肝心の二人が引っかからないので、今回に限って言えば悪手だろうが。
だが、このG1の舞台でセイウンスカイはそのトリックスターとしての片鱗を見せつつあった。
(グリーンベルトはない、でも、以外に内ラチは痛んでない・・・・・・狙うのはここだね)
視線を内ラチに向けると、あまり痛みのない(踏み荒された形跡の少ない)状態だった。
セイウンスカイは、その場所を通って逃げを打つつもりらしい。
それは、彼女と走った経験の多いスペシャルウィークとキングヘイローも気が付いた。
(なるほどね、スカイさんは内ラチを通るつもりなのね)
(セイちゃんの狙いは分かるけど・・・・・・私ついていけないしなぁ)
(スぺさんには悪いけど、貴女を使わせてもらうわよ)
セイウンスカイの目論見が分かっても、どうすればいいのか分からないスペシャルウィーク。
そんな彼女を見て、キングヘイローは何事かを思いついたようだった。
様々な思惑が渦巻く中、着々とレースの準備は進んでゆく。
『さあ、一番人気を紹介します、一番人気はこの娘「セイウンスカイ」』
『GⅡの東京スポーツ杯を一位でこのホープフルステークスにやってきました』
『2番人気を紹介します、2番人気はこの娘「スペシャルウィーク」』
『GⅢのラジオ日経杯を制していますからね、末脚に期待しましょう』
『三番人気は~』
『この子は~』
『そして、5番人気はこの娘「キングヘイロー」ですね』
『サウジアラビヤロイヤルCとラジオ日経杯で2着という結果、体力不足をどう補うかにかかっていますよ』
ホープフルステークス
中山 芝 2000m 晴 良馬場
『若駒たちと人々の希望を乗せ、ホープフルステークス』
『さあ、各ウマ娘ゲートイン完了しました』
────―(旧理科準備室)────―
「ふぅん、あれがモルモット君の教え子達か・・・・・・一人少ないような?」
「おう、新聞見てないのかよタキオン」
「ああ、ポッケ君、そういえば実験にかかりきりで見ていなかったねぇ」
「ゴールデンノヴァのツルマルツヨシさんが出走回避だそうです・・・・・・」
「やぁやぁカフェ、それは本当かい?」
「ええ、体調不良によるものと言われています」
「ふぅん、なるほどねえ・・・・・・くくっ」
「タキオンちゃん、また変なこと考えついたの?」
「ダンツ君、変な事とは失礼だねぇ、有益な事さ」
旧理科準備室にあるタキオンのパソコンの前に、四人のウマ娘が集まっていた。
この部屋の主アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、ジャングルポケット、ダンツフレームのいつもの四人。
彼女たちは、そこで今回のホープフルステークスを見ようとしていた。
「というか、寮のテレビで見ればいいじゃないか・・・・・・違うかい?」
「硬いこと言うなよタキオン」
「今、寮のTVは寮長達が独占していまして・・・・・・」
「みられるけど、すごくお邪魔なんだよね・・・・・・あはは」
「ふぅむ、フジ君がそういえば今日のホープフルは見るみたいなことを言っていたような、いないような」
「多分、アイツが映るかもしれないからじゃないか?」
「トレーナーさんの事・・・・・・ですね」
「私まだ会ったことないから、会ってみたいなあ」
そしてサンドイッチ食べたいなあ、とダンツフレーム。
どうやら、彼女の中ではトレーナーはサンドイッチと=になっているらしい。
ホープフルステークスの会場で、トレーナーがくしゃみをしたが、それはどうでもいいことだ。
「ふっふっふ、ダンツ君も近いうちにモルモット君とは会えると思うよ」
「へ?」
「今回の事、あのモルモット君が何もしないわけがないじゃないか」
「今回の事ってーと、あれか、ツルマルツヨシの出走回避か」
「成程・・・・・・その解決策を求めてトレーナーさんが訪ねてくるわけですか」
「くっくっく、そういう事さ」
「なんでみんなそんな解るの!?」
タキオンへの理解度が高い二人にダンツが驚きの声をあげたのと同時に、ホープフルステークスは幕を開けた。
────―(中山レース場)────―
芝を蹴り、加速しトップスピードへ。
内ラチの走りやすい部分を走る彼女の名は、セイウンスカイ。
トップを独走しており、その逃走劇に今回の主役は彼女かと観客たちは騒ぎ出す。
(いやあ、ここまでスタートダッシュが上手くいくとは思わなかったけどさぁ)
トレーナーが文字通り朝から晩まで付き合ってくれた、スタートダッシュの練習(全員参加)の効果を改めて実感するセイウンスカイ。
彼女はその有り余るスタミナで逃げを打つ。
『セイウンスカイ、ただいま4バ身リード、このままゴールまで行ってしまうのか!』
観客席では、大型画面のモニターに映るセイウンスカイに、大勢の観客がわいていた。
「凄い、あの娘もうあんなところまで!」
「セイウンスカイ、今日の勝者はあの子かしら?」
「いや、どうだろう、でも、あの娘の可能性は高いね」
「そうよ、今日の主役はあの子で決まりよ!」
スピードを緩めず、直進し続けるセイウンスカイを見て、今日の勝者は彼女だと騒ぐ、気の早い観客もいる。
「でも、そんなことになるとは思えないんだよな」
「ええ、私も、そう思います」
「スぺちゃんとキングがこのまま終わるとか、ありえまセーン!」
「うー、出走できなかったのがもどかしい・・・・・・」
「大丈夫だツヨシ、俺が何とかするよ、今は応援してあげてくれ」
「はい!」
そんな喧騒の中、ゴールデンノヴァの面々はいた。
観客席の最前列に陣取り、食い入るような眼で大画面を見つめている。
『さあ、先頭から4馬身離されてセントエルモ、その外並んでハスラーワン、1馬身離れてブラックグリント、その後ろにバレットライフが付けています』
『セイウンスカイさんがレースを引っ張っているせいか、縦長の形になっていますね』
「スぺちゃん、今回差しで勝負するみたいですね」
「ああ、スぺの差し足ならば一気にトップを狙う事もできるからね」
「キングさん、スぺさんの後ろ側をキープし続けていますね」
「本当デース、キングは何を考えてあんなところにいるんでしょう?」
「考えられるとしたら、ペースメーカー替わりにスぺを使っているという事かな?」
「ペースメーカー、デスか?」
「うん、キングは適正距離が幅広いが、そこを得意距離とする娘と比べるならば劣る、それを埋めるためにあえて同じペースで走っているといったところかな」
「成程、足りないところを、作戦でカバーしているんですね」
「そういう事」
大画面に映し出されたスペシャルウィークの右斜め後方、キングヘイローがぴったりと彼女のペースに合わせて走っている。
スペシャルウィークも彼女を意識しているようで、耳はキングヘイローの方へ向いているのが画面越しにわかった。
「とはいえ、中山レース場は僅か2000mしかないからな・・・・・・最後に物を言うのはスピードだと思うよ」
「スピードだと、キングちゃんが一つ抜けているんでしたっけ?」
「ああ、そうだよツヨシ、だが体力にちょっと難ありなんだよね」
そういうと、彼はキングヘイローに基礎体力の件を告げたことを思い出した。
『キング、君の基礎体力やスピードを考えるとどちらかというと中距離よりも短距離向きかもしれないぞ?』
『短距離・・・・・・確かに貴方が言うなら、私に向いているのかもしれないわね』
『おや、それじゃあ転向するかい?』
『いいえ、お断りするわ』
『どうしてか聞いてもいいかい?』
『答えは簡単よ、やってもみないのに「はいそうですか」とは言えないわ』
『成程、それはそうだ』
『それに、この一流のキングは多少の不利すらも自分の糧に変えて見せるわ!』
『ははは、これは一本取られたね』
(キングが勝つかどうかは分からない、しかし、これからを考えると短距離に誘導した方がいい気がするんだよな)
トレーナーは顎に手を当てて考え込む。
その時、画面から実況が聞こえてきた。
『さあ、傾斜のある第三コーナー先頭で入ってきたのはセイウンスカイ、セイウンスカイだ!』
『おおっと、後続をグングンと突き放してセイウンスカイが加速しているぞ!』
『これは勝負あったか・・・・・・いや、セイウンスカイの後方から猛烈な追い上げを見せるウマ娘が2人いるぞ!』
『スペシャルウィークとキングヘイロー、スペシャルウィークとキングヘイローだ! 驚異的な末脚で先頭との距離を縮めにかかる!』
────―(中山レース場ターフ)────―
(まあ、来るよね、解っていたさ)
セイウンスカイは耳を後ろに向ける。
自分のよく知る息遣い、足音、が聞こえてきた。
(はは、早いなあ、流石スぺちゃんの差し脚)
これは私も全力で走らないとなあ、とセイウンスカイは更にギアを上げる。
残っていたスタミナをフルに筋肉という筋肉にいきわたらせる。
「アアアアアアアアアアッ!」
何時もの飄々とした彼女からは想像がつかない、獰猛な吠え越えを上げる。
体中のリミッターが、完全に外れた。
『ここで加速、加速したぞセイウンスカイ、トップは譲らないか!?』
セイウンスカイはさらに加速する。
だが、しかし。
『しかし、スぺシャルウィークが食らいついていく、離されないっ!』
(噓でしょ、振り切れないとかっ!)
その加速に食らいついてくるのがスペシャルウィークなのだ。
「でやぁぁぁぁぁっ!」
彼女もまた、咆哮と共にリミッターを外している。
睨み殺すかのような鋭い眼光で、正面だけを見ている。
曲線で、スペシャルウィークとセイウンスカイはほぼ横一列に並んだ。
「「ハアアアアァァァッ!」」
芝をえぐり、土を巻き上げ、走る。
お互いに咆哮し、一歩でも前に出ようと、走る。
リミッターは外れ切った、後はお互いのど根性勝負だ。
『最後の直線勝負になるのかぁぁぁっ!?』
実況の吠えるような声が彼女たちの耳に入った。
中山の直線、約300m。
僅か300mしかないそこで、彼女たちの勝敗が決まる。
(すごいな、スぺちゃん、でも私も負けたくないんだよっ!)
(日本一の、ダービーウマ娘になるには、ここで負けるわけにはいかないっ!)
双方の思い、意地が交差して、ウマソウルと共鳴しひときわ輝かんとしたとき。
「この時を待っていたわっ!」
「「!?」」
残り直線距離200mの地点で、彼女が沈黙を破った。
暗闇の先にある、勝利という栄冠の光を求めて。
今、緑の王がその豪脚を露にする。
『ここでキングヘイロー、キングヘイローが強襲してきたっ!?』
実況の信じられないという気持ち、動揺、そのすべてが詰まった言葉。
それは、セイウンスカイとスペシャルウィークの気持ちの代弁でもあった。
(ここで仕掛けるとか正気!?)
(キングちゃん速い!?)
(私の欠点は私の長所、ここで決めるわっ!!)
前だけを見て、凄まじい瞬発力で、わき目も振らずに加速するキングヘイロー。
加速が乗り切ったはずのセイウンスカイとスペシャルウィークをとらえて、そして、突き放す。
僅か200mもあるのだ、ならばキングヘイローの豪脚で二人をかわし切るのは十分に可能だった。
「アアアアアアアアアアッ!」
キングの雄叫びがレース場内に木霊し、緑の残影が観客の脳裏を焼き切ったとき。
実況の声が遅れて聞こえてきたのであった。
『キングヘイロー、キングヘイローが外から突っ込んだ! キングヘイロー、が今スペシャルウィークをとらえた、セイウンスカイをかわした、そして差し切ってゴール!』
────―(トレーナー陣営)────―
「勝っちゃいました、ね」
「キングヘイローが勝ちました」
トレーナー達も啞然としていた。
本命はセイウンスカイ、スペシャルウィークの2人であり、キングはその適正を鑑みた結果、良くて掲示板入りという見通しだったのだ。
しかし、その結果は彼らの予想を上回った。
「凄い、同一チームで上位独占か・・・・・・」
「噓、それマジで!?」
「そういえばフューチュリティステークスの上位2名もそんなんだったっけ?」
誰かの一言を皮切りに、次々と彼女たちの情報がソーシャルネットワーク上に流れ出す。
情報化社会ゆえの、仕方のない事ではあるが、いつの時代も余計な情報が流れ込む事があるのだ。
「へー・・・・・・うそ、でしょ!?」
「どうしたのよ?」
「いや、あのゴールデンノヴァってチーム男性トレーナーだって!」
「嘘でしょ!?」
あまりよろしくない情報も、一緒になって共有されてしまうのである。
────―(待合室)────―
「さあ、称えてもいいのよ・・・・・・わぷっ」
「取りあえず顔を拭くが先だ、キング」
「むう」
「うう、2着か~、勝ったと思ったんだけどなぁ」
「あうう、3着だったぁ~」
泥だらけのキングヘイローの顔を濡れタオルでふきつつ、トレーナーは今回のキングの勝因を分析していた。
(キングは自分の得意な距離に持ち込んで勝利した、これはほぼ間違いはない)
最終直線300mで、キングは風よけとして使っていたスぺシャルウィークをかわし、最後の200mという一瞬でセイウンスカイを抜かして先頭に立ち、そのままゴールした。
「トレーナー、キングさんの勝利の要因は何だったんでしょうか?」
ツルマルツヨシがトレーナーに聞く。
彼は、顎に手を当ててしばらく考え込むと、言った。
「これは・・・・・・スリップストリームをうまく使ったんじゃないかな」
「スリップストリーム、ですか?」
「そう、自転車競技なんかでよく見る光景で、直線で並んでいる時、前を風よけ代わりにして後ろの選手が体力や脚力を温存する作戦の事さ」
「成程、それをキングが行ったということデースか」
「うん、同じチームで何度も走っているからできる行為ともいうね」
彼の発言に、グラスワンダーが何かを閃いたようで、少し暗い顔をして聞いた。
「・・・・・・それは、その、イカサマにならないのでしょうか?」
「解らん、こればかりは上の判断に委ねるしかないよ」
「ち、ちょっと、私の考えた作戦で、なんでそんなことを言われなきゃならないのよ!」
「こればかりは、同一チームゆえの弊害だな」
「そ、そんなぁ・・・・・・」
トレーナーの発言に、キングの耳と尻尾が垂れる。
とはいえ、ここまでの激戦を演じ、それでいてイカサマと言われるようならば、トレーナーは上層部に殴り込むつもりだった。
(彼女達のレースに一切の嘘偽りはない、真剣な勝負だった)
真剣かそうではないかを見抜けない上層部等に容赦はする必要はない、トレーナーが内心で覚悟を決めているその時、ノックの音が聞こえた。
「失礼します、月間トゥインクルの乙名氏悦子と申します」
「ああ、どうぞ」
「失礼します、キングヘイローさんへのインタビューをさせていただきたくお邪魔させていただきました」
「ああ、ご丁寧にどうもありがとうございます」
お互い名刺を出して一礼、社会人のよくある光景である。
「それで、キングへのインタビューという事ですが、どのような内容で?」
「ええ、正に新しい世代のキングという見出しで記事を書かせていただきたく」
「ほう、それはいい記事です・・・・・・ちなみに、どうします、セイウンスカイとスぺシャルウィークの方は?」
「おや、インタビューしてもいいんですか?」
「はい、貴女は下世話な記事を書くような人には思えないので」
「ふふ、ありがとうございます」
事実、乙名史記者の目には情熱の炎が燃え滾っているようで、彼女たちの事を今すぐ記事にしたいという思いが体中からあふれていた。
「ただ、レースが終わった直後ですので、まだいろいろとすんでいません」
「あっ、私ったら失礼を・・・・・・」
「ですので、支度が終わったらこちらから名刺の番号へ連絡させていただきます」
「あ、名刺の番号ですと社内に通じてしまいますので、失礼」
乙名史記者はそういうと、自分の名刺に自分のスマホの電話番号を書いて再度手渡した。
トレーナーも自分のスマホの番号を名刺に書いて乙名史記者に渡す。
「それでは、後でご連絡させていただきます」
「はい、ご連絡をお待ちしております」
そう言って乙名史記者は部屋を出て行った。
「さて、君達もシャワーを浴びて汎用勝負服に着替えるべきじゃないかな?」
「「「あっ」」」
時計を見ると、ステージの開始まで残り30分を切っており、今から急いで準備してギリギリ間に合うかというところだった。
3人は顔色を青くして、我先にとシャワールームへ飛び出していった。
「少なくとも、記者連中はイカサマとは考えていないようだ」
「良かったです、ホント」
「まあ、何にも悪い事していないわけですし、心配するだけ杞憂ってやつデース」
「それでも、噛みついてくるのが新聞記者という生き物だからね」
「うう、アタシもそういう記者が付くのかなぁ」
(ははは、そんな記者は隅田川に浮かべてやる)
ツルマルツヨシの心配そうな声に、若干過激なことを考えるトレーナー。
彼らの心配をよそに、コンサートも滞りなく行われ、それぞれのインタビューとなった。
────―(後日)────―
ホープフルステークスも終わり、新春の時。
トレーナーの手には『月間トゥインクル』の第一号が握られていた。
乙名史記者が気を聞かせて、一冊を彼のもとに届けてくれたのだ。
そこには、彼女の取材を受ける6人のウマ娘が記載されていた。
「解っていたこととはいえ、嬉しくも悲しい、悔しいというのは・・・・・・」
何とも言えない表情で月間トゥインクルを見る。
大きな見出しで『これが黄金世代だ』だの『クラシック級の注目株』だのと記載されている面々を見る。
そこには、スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー、グラスワンダー、エルコンドルパサー、エアジハードの6人のインタビュー記事が掲載されていた。
ツルマルツヨシの名前は、ない。
「彼女のためにも、方法を考えないといけないよな」
このままツヨシを手付かずにすること等できない、彼は自宅の椅子に深く座ると、何事かを考え始めたのであった。
(終わり)
今回のレースも前回に引き続きIFとなります。
感想等ありましたら、とてもうれしいです。