ウマ娘逆転ダービー(仮)   作:グレート・G

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大変遅くなりました。

第三話を投稿させていただきます。

どうにも、何回も書き直し、追加し、いじくりまわしていたら、
作業時間と文字数が大幅に増えてしまいました。

もう少し、文章量を減らす練習が必要ですね・・・・・・。

今回は黄金世代メイン回という位置づけになります。



第三話、黄金は認められて始めて輝く

(そうだ、この娘達は皆去年まで小学生だったんだ・・・・・・今回の敗北を受け止められないのも無理はない)

 

トレーナーは、落ち込んだ様子の彼女達を見て直感的にそう思った。

 

―――――――――(レース後)――――――――――――

 

彼ことトレーナーが、黄金世代の5人に声をかけたのは、振り分けレースが終わった後の事。

レースは一日をかけて行われるため、終了次第寮や自宅へ帰宅するという流れとなるのが一般的。

何せ、鍛えてきたとはいえルーキーで、レースが終わるとほぼ疲れ切っているのが常であり、

そんな時にまともに話などできるわけがない。

 

だから、本格的な交渉は翌日に持ち越されるのが暗黙のルールとして存在した。

しかし、トレーナーはその慣習をあえて破り、直ぐに声をかける事にした。

それは、先生と慕う「樫本理子」に言われたからというだけではなく、

彼女達の不調の原因を探りたかったのが大きい。

 

彼女達が制服に着替えるのを待った後、学園から少し離れた所にある喫茶店に入った。

彼としては本当は学園内部のカフェテラスでもよかったが、

レース結果に傷心の彼女達に少しでも英気を養ってもらおうと、

顔見知りの喫茶店に入ることにしたのである。

 

店内には店長のおすすめのジャズがちょうどいい音量で流れている。

木目の目立つ内装は狭くなく広くなく、ちょうどいい居心地をしている。

照明も明るすぎず暗すぎずと、どこかログハウスや隠れ家的なバーを思い起こさせる。

 

店の壁には、この喫茶店に訪れたであろうトレセン所属のウマ娘達の写真が飾られていた。

ただし、少し年代が過ぎたのか茶色くなっている。

そんなレトロチックな内装に反するように、この店のケーキは美味しい。

実は洋菓子店で修業を積んだ店長が作るケーキが売りの隠れ家系喫茶店である。

 

店内の、一番奥のボックス席に座る彼女達の前には珈琲とイチゴのショートケーキが並んでいる。

程よい温かさの珈琲と、赤いイチゴがみずみずしいショートケーキは、異常なレースを走り切った彼女達の心と体を癒してくれるはずであった。

しかし、彼女達は誰一人として珈琲一滴、ケーキ一欠けら手をつけようとしなかった。

 

彼は彼女達をスカウトする気力で満ち満ちていたし、スカウトできるだろうという予想はあった。

確かに彼女達は負けたが、決して悪い負け方ではなかった。

良い点と悪い点がハッキリと出ており、それを踏まえて彼女達と腰を据えて話し合いをするはず・・・・・・だったのだ。

 

しかし、彼女達の答えは芳しいものではない。

初手で彼はつまずいた、と言ってもよかった。

 

「すみませんが、今の私をスカウトしてもあまりよい結果にはならないかと」

 

そう言ってグラスワンダーは端正な顔立ちを渋い顔にゆがめる。

顔を少しふせ、そこに明るい栗色の髪がカーテンのように覆いかぶさる。

彼女の両手は膝の上できつく握られており、スカートも一緒に握りしめている。

その姿はまるで体全体で彼女の内心を表しているかのようだ。

 

「グラスに同意デス、エルは今回の負けが許せません」

 

エルコンドルパサーもまた、グラスワンダーと同じく彼の話を切り捨てる。

いつもの陽気さは鳴りを潜め、目つきは鋭く気配は硬く、口を真一文字に結んでいる。

黒鹿毛な髪も、輝きが消えて鈍く鋼鉄のように黒光りしているように見える。

 

「いや~、セイちゃんとしてはそのお話は嬉しいんですけどねぇ」

 

セイウンスカイはにへら、と笑いながら同意するような口調だ。

だが、目の中にはギラギラと自分への不甲斐なさがまるで炎のように燃え上がっていた。

言葉と裏腹に目は彼の提案を明確に拒絶している。

彼女の葦毛は本来サラリとしているのだが、心なしかトゲトゲと尖っているように見える。

 

「ごめんなさい、その、お話は嬉しいんですが・・・・・・」

 

キングヘイローはそう言うと、視線を白いテーブルクロスに落とした。

瑞々しい栗毛も今は輝きを失って暗い色になっている。

落ちた肩と相まって「ショック」を体現したかのようだ。

前三人と比べて、特に意気消沈の度合いが高く、そのままテーブルに突っ伏しそうだ。

 

「・・・・・・やっぱり、今、答えなきゃダメですか?」

 

そして、スペシャルウィークは困り顔だ。

話は嬉しいが、内心はその提案を拒否したいというのが言葉の端々から伝わってくる。

不甲斐ない負けを覆さない事には話は飲めない、体に纏う雰囲気がそう語っている。

彼女の髪の色は、本来明るい茶色のはずだが、今は極限まで濃くした茶色に見える。

 

全員が全員、意固地になっている。

 

(まるで子供・・・・・・いや、それもそうか)

 

想像以上に意固地になっている彼女達に内心辟易し、話の切り出し方が解らなくなるトレーナー。

しかし、と彼は思い直す。

そう、彼の目の前にいるのは「黄金世代であって黄金世代ではない」のだ。

彼女達が黄金世代と言われるようになるのは、数々の強敵と競い合い、

磨かれた末に人々がそう「称賛」し「認知される」事で生まれる。

だから、彼の目の前にいるのはまだ黄金にすらならない、原石のままの彼女達だということだ。

 

「・・・・・・失礼を承知で聞きたいのだけれども、今までこういったレースに出た経験というのはあるのかな?」

 

トレーナーは自分の直感的に感じ取った事を確認するために、あえて彼女達に問いかけた。

 

「リトルレースに何度か」

「うーん、子供向け野良レースならありマスけど・・・・・・」

「んー、私はその手のレースに出た事は無いかなぁ」

「その、母のレースを見に行ったことはあるけど、出場したことはないわ」

「うー、そもそも私の周りにウマ娘がいなかったから・・・・・・」

(成程、本当に彼女達はまっさらな状態なんだな)

 

グラスワンダーとエルコンドルパサーは、お国柄と言うべきか。

恐らく幼少期からレースという物に慣れ親しんだのだろう、そう思わせてくれる答えだ。

 

しかし、キングヘイローが今までレースに出たことがないという事に彼は内心驚く。

彼女の母(恐らくグッバイヘイローだと思われる)が、彼女の優しすぎる気質を鑑みて、

レースの世界に関わらせなかったのではないか、彼はそう考えた。

 

セイウンスカイは、多分だがレースに出場したことはあるのではないだろうか。

彼のトレーナーとしての第六感がそう告げている。

ただ、多分正直には返答してはくれないだろう、という気がした。

 

スペシャルウィークについては、さもありなん。

レースに出たことの無いこの状態で走り切れるのだから、

むしろその力は並以上と言えるだろう。

 

(惜しい、実に惜しい、恐らくはこの娘達に目を付けているのは俺だけではあるまい)

 

彼女達からは、確かに意気消沈した気配を感じるが、同時にある種の「熱」も感じた。

それは、いわば「自分のふがいなさからくる怒りの熱」であり、

正しく爆発すれば自身を成長させる大きな起爆剤となるものだ。

 

他人や周囲に当たり散らすのではなく、自分自身の弱さを認めそれを乗り越えるための、

いわば「正しい怒りのエネルギー」に満ち満ちているのだ。

 

(もし、先生が彼女達に目を付けたら・・・・・・)

 

先生こと樫本理が彼女達の指導を買って出たらどうなるか、と一瞬頭の中でシミュレートする。

そして、止めた。

 

(俺は、先生と勝負したいと言った・・・・・・その最初で躓いてたまるか!)

 

トレーナーは、ふっ、と一息ついてから、彼女達に向き直る。

彼の目標の為、そして、彼女達を真の黄金世代にする為に。

 

(ここからが、俺のトレーナー人生の本番だ!)

 

彼は、彼女達に自分の考えを伝えるべく口を開いた。

 

 

――――――――――(キングヘイローside)―――――――――――

 

 

今、この私、キングヘイローは人生の分岐点を迎えている。

でも、それは私だけではなくて、スぺさん、グラスさん、エルさん、スカイさんも同じだと思う。

だって、私達は、あの時、間違いなく全員で勝つつもりで挑んだ。

勿論、勝者は私達の一人になるだろうとは思っていたけれど。

でも、結果は違う。

私達は敗北し、全員が最下位争いをする体たらくを晒した。

 

(こんなはずじゃあ無かったのよ・・・・・・)

 

顔を伏せて、唇を噛みしめる。

G1を勝つ、トレセン学園に入学する生徒達が、全員目指す目標。

私だって、G1勝利を夢見て、栄光を掴むことを目指して入学したのだ。

 

(でも、それだけじゃない)

 

私の母、アメリカでスターの一人として有名だったウマ娘。

アメリカの名族「ヘイロー一族」の中でも、良い成績を残した、偉大な母。

レース激戦区であるアメリカで、G1を7勝という成績を残した紛れもない一流。

 

母は31億円という当時破格の金額でURAに外部コーチとして招かれた経歴を持つ人。

コーチとしてだけではなく、デザイナーとしても当時のURAに革命を起こした人だった。

日本の勝負服は地味、そう言われていたものを今のように煌びやかにしたのも母なの。

 

更に、その成果を見込んで、URAから直々のオファーを承諾し、日本国籍を取得した。

今は勝負服中心のデザイナーと実業家を兼務していて、毎月アメリカと日本を行き来する日々を送っている、そんな人。

 

(私は、そんな母のように・・・・・・いいえ、母を超えたウマ娘になりたかった)

 

母は、私をレース場に連れて行ってくれたことがある。

その時、私はとても興奮して、幼いながらも『あの芝の上で走りたい!』と母に言った。

でも、母は。

 

『貴女では無理よ、キングヘイロー』

 

そう言うと、少し悲しそうな顔をしながら私の頭を撫でたのを覚えている。

私は、そんな事を言う母がだんだん嫌いになった。

やってもいない事を最初から諦めるなんてもっと嫌だった。

だから、私はこのトレセン学園に入学を決めた。

日本で一番速くて強いウマ娘になるために。

『キング』の名に恥じない、一流のウマ娘になるために。

 

(でも、これはない、これはないわよ!)

 

あの時、出走を控えたロッカールームでのバカ話が頭の中で甦る。

 

『この私の輝きに惹かれて、担当させてくださいと言ってくるのよ!』

 

バカな事を言った、と今はそう思う。

輝きどころか泥まみれの今、担当させてほしいなんて言われても、

みじめな気持ちになるし、格好が悪いじゃない!

それに何より、何よりよ!?

 

(よりにもよって、なんで男の人なのよっ!?)

 

私をスカウトに来るだろう女性トレーナーに対しても、私は己の目標である「一流のウマ娘」になる為の手伝いを頼むつもりだったわ。

トレーナーは女性が基本、これは世界中のレース関係者の常識よ、じょ・う・し・き!

なのに、なんで私達の所に来たトレーナーは「男の人」なのよ!?

母のトレーナーだって女の人だったし、私は一般的な「ウマ娘とウマ娘の間に生まれたウマ娘【注1】」なのよ!?

周りは常に同性だったのよ!?

 

(今更異性にどうやって接すればいいのよっ!?)

 

顔を伏せたまま、周囲を見渡す。

私の友人達が、なんとも形容しがたい表情で彼を見つめていた。

 

(スカイさん、その、目がギラついていて怖いわよ!?)

 

右隣のセイウンスカイ、つかみどころのいまいち分からないけれどもレースに真剣な彼女の目は、

今は猟犬の如くギラついていて、そして私は彼女のそんな一面を見て物凄くびっくりよ!

 

(貴女、レースで勝つのが一番の目標って言っていたじゃないの!?)

 

何秒速で手のひら返しているのよ、貴女はっ!?

物凄い熱量を感じて、隣にいる私はちょっと暑いわよ!?

 

(スぺさん、貴女、緊張すると自分の尻尾を握っちゃうタイプなのね!?)

 

『私、日本一のウマ娘になる!』

出会った時、私達の前で、そう宣言した素直で純朴な友人。

彼女は今、ほんのちょっと背中を丸めつつ、彼を見ている。

 

彼の言葉に対して、ちょっと考えさせてと言っている彼女。

私の左隣にいる彼女の、テーブルの下の手は、尻尾の毛を思いっきり握りしめていた。

緊張しているのがよく解るわ、だって手に青筋が浮いているんだもの。

 

(あれよね、育った周りに同性しかいなくて、異性慣れしてないのよね・・・・・・わかるわ)

 

北海道の田舎出身だと本人は言っていたけど、もしそうならば異性なんて周囲には居ないし、何より交流する切っ掛けなんて皆無でしょうし。

何より、ケーキに一口も手を付けていないという事が、彼女の緊張具合を表しているわ。

 

そのまま、私は左斜め前に座るグラスさんに視線を移す。

 

日本人より「日本」を感じる、アメリカから来た大和撫子。

心に秘めた闘志は誰よりも強い彼女、私の友人にしてライバルの一人。

そんな彼女は、開口一番に自分が許せないといったけれど。

 

(グラスさん、貴女、自分が許せません、みたいな事言っているけど、耳が常に彼の方に向いているわよ!?)

 

物凄く意識しているわよね、何なら一言一句聞き逃さないようにしているわよね!?

初めて彼女と話したとき、妹や母達の話題が出たから、多分私と同じ家庭環境だと思うのだけれど。

育った国柄か、男性に対しても緊張はしていない・・・・・・もしくはその精神力で抑え込んでいるのかしら?

 

そして、もう一人。

情熱の国出身、ルチャという格闘技を愛するラテンなウマ娘。

でも、その実態は極度の恥ずかしがり屋。

エルコンドルパサーさん、彼女は問題よ。

グラスさんの正面に座るエルさんに私は視線を移す。

 

(エルさんの首筋が、羞恥で真っ赤に染まっているわ!?)

 

お父さんがいるとは言っていた。

けど、それ以外の異性との交流はないとも明言していた。

そんな彼女が、私達より年上とは言え若くて、背格好もいい男の人に、照れないわけがないのよね。

見て、多分緊張だろうけど、赤くなった首筋を汗が伝っているわ。

 

何というか・・・・・・一通り混乱すると、冷静に周りが見えるようになってくるわね。

多分、私以外全員が緊張の真っただ中にいるし、何より彼の話を多分あんまり理解できてないと思うわ。

でも、彼はそんな私達に熱心に真剣に接してくれている。

これだけでも、ウマ娘に対する異性の対応としては奇跡に近いけど。

 

(男の人は、結局普通の人と結婚するものだって)

 

母と父型の母が口をそろえて言っていた。

男の人と結婚できるウマ娘は、本当に極まれであると。【注2】

その時の二人の顔は、今でも覚えているほどに悔しそうな顔だった。

 

(これは、私達に思ってもないチャンスが来たのかしら?)

 

彼は、熱を感じる。

真剣に私達に向き合ってくれるという確信がある。

出会って間もない私を惹きつけたのは、この人ならばと確信を持たせてくれたのは、彼の目だった。

 

(彼、本気で私達をスカウトしたいのね)

 

曇りのない、真剣な目、これは・・・・・・癖になりそうだわ。

 

 

―――――(トレーナーside)―――――――

 

 

(くそっ、俺の見通しが甘かった!)

 

内心で己の見通しの甘さに歯噛みする。

喫茶店に来てから1時間程、中学生になりたての彼女達に対して、俺は懇々と道理を説いた・・・・・・と思う。

曰く「決して今回のレースが全てではない」、曰く「一度や二度の失敗で全てが終わるわけではない」、曰く「まだ原石である君達は、これから大いに伸びるから大丈夫」等。

しかし、しかしだ。

それは俺のような「大人が前を向くための理屈」だった。

そして「終わってしまった事を消化するための後付け」でもあった。

思い出してもみろ、彼女達はまだ「子供」であり、我儘で、意固地で、とても多感な、10代の少女たちなのだ。

 

(ゲームの事は忘れろ、俺っ!)

 

ゲームの中の彼女達は、どこか人間が出来ていたから、現実もなんとなくこうなのだろうと考えていた。

しかし、こうして彼女達と話しているとそれは見当違いという事がよく解る。

俺の言葉は、全く彼女達から良い返事を引き出せないでいる。

 

(子供心に、俺の言葉は響かない、か)

 

恐らく、俺という大人がどれ程信頼できるのか、信用できるのか、それを頭の中で測っているのだろう。

俺への視線は鋭く、睨みつけるような視線を感じる。

特に、セイウンスカイとグラスワンダーから刺すような視線を常に感じている。

エルコンドルパサーは、腕を組んだままだ、俺は受け入れてもらえていない。

スペシャルウィークは、ケーキも珈琲も手を付けないで、両手をテーブルの下に下げているのが解る。

そして、キングヘイローは。

 

(先ほどと違い、俺の言葉を聞く気になってくれたようだ)

 

さっきまで頭を下げて、俺の言葉を聞く気はない、と体で語っていた彼女だったが、気が付いたら頭を上げて俺の事を見ていた。

何とか、俺の言葉はキングヘイローにも届いたようだった。

だが、それだけだ。

 

(今の彼女達には暖簾に腕押し、言葉に意味がないのだろう)

 

悔しい、と思った。

確かに、黄金世代と言われた彼女達に、将来的に強くなることが確定しているであろう彼女達に対して近づいたことは否めない。

だが、俺が彼女達を担当したいと思ったのは、紛れもない事実。

史実やゲームの彼女達を超えた、紛れもない「最強世代」を育て上げたいとも思っていたのも、紛れもない事実だった。

だが、ここまで説得が難しいと思わなかった。

 

(一度出直した方がいいか)

 

最悪、彼女達が別のトレーナーに合流することも考えつつ、俺は一端引き下がることにした。

 

(先生にも、この点は注意されていたっけ)

 

樫本先生も、俺の「根拠のない自信」については注意していた。

曰く「何でもうまくいくと考えすぎてしまうのも良くない」と、そう言っていた。

先生の言葉を、今回の事で痛い程理解した。

何事も、経験しなければ本当の意味で理解したとは言えない、という事も。

腕時計を確認する。

針は午後6時を指している。

学園まで徒歩で10分圏内にこの喫茶店があるとはいえ、この時間まで中学生を引きつれているのはまずい。

まずは彼女達を学園の寮まで送り届けよう、話はそれからだ。

 

「ふむ・・・・・・申し訳ありませんでした、疲れているのにここまで引っ張ってしまって」

「え、ああ、あれ、こんな時間!?」

「うぇっ、珈琲が冷めてマース!?」

「流石にもったいないですし、頂きましょうか」

「せっかく作ってもらったものを残すのは一流とは言えないわ」

「いやー、見事にケーキがパッサパサ・・・・・・ちょっと形も崩れているねぇ」

 

スペシャルウィークが、俺の言葉に慌てて壁の時計を確認する。

それによって、彼女達も自分が小一時間何も手を付けずにいたという事を知ったらしい。

慌ててケーキをかきこんで、珈琲を飲み干していた。

何というか・・・・・・一時間も話し続けた俺が言うのも何だが、喫茶店に連れてくるんじゃなかったと思う。

人目に付かないところに、ウマ娘とは言え中学生を連れ込むなんて、下手したら通報物ではないか。

いや、それならば早く話を切り上げるべきだったのだ、反省。

 

それに、と思う。

 

(俺がやっていることは、負けた彼女達への侮辱以外の何物でもあるまい)

 

仮に、俺が何かの試合で負けたとして、その際に『いい負け方だね、見どころあるからスカウトさせてほしいなあ』などと言われたらどうするか?

 

そんな事、認められるわけがない。

もしそんな事をされたら、はらわたが煮えくり返るという言葉通り、怒り狂うかもしれない。

今の彼女達は、正にその状態なのだろう。

 

(ここは、素直に出直そう)

 

俺は、己の拙速を恥じる。

こんな下心見え見えのトレーナーに等、彼女達が心を開いてくれるわけがない。

 

(とりあえず、支払いを済ませてからだな)

 

時間も時間だし、そう思う。

6時を過ぎ、寮の門限も近づいている。

少なくとも、中学1年生の内から門限破り等させるものではないだろう。

 

(人とのかかわりは、それだけで勉強だなぁ・・・・・・)

 

精神的な疲労がどっと出てくるが、それを顔に出さないように極力努力しつつ、彼女達に話しかける事にした。

 

 

――――(スペシャルウィークside)―――――

 

 

悔し涙と鼻水とその他色々を垂れ流したあのレース、その後。

私は友人達と一緒にトレーナーさん(確定)と一緒に喫茶店に来ていました。

お話を要約すると『君たちに惚れ込んだから担当させてください!』という事みたいで。

私だけ、というわけではないのが残念ですが、それでも「男の人」のトレーナーさんと知り合えたという事に比べれば、そんな事は些細な事です!

 

さて、少し話題は変わりますが、北海道の片田舎から上京してきた私にとって、全く慣れていないものが3つほど。

 

一つ、ウマ娘の友達。

私の住んでいた所は、ウマ娘の友達がいなかったからか、ちょっと気おくれするところがありました。

でも、同期で友人の5人と出会って、それはなくなったけれども。

それでも、時々緊張することがあります。

 

2つ、都会の様々な事。

バスの本数とか、電車の本数とか、コンビニの数とか、その他色々。

地方出身である私には、目まぐるしく動き過ぎて、慣れるのに苦労しています。

 

そして、3つ。

異性のトレーナーさん。

うん・・・・・・まあ、何というか・・・・・・正直な所これはどうすることも出来ないと思う。

だって、だってだよ?

北海道の大都市である札幌にも、そんなに男性が歩いていることは少なかったんだよ?

大東京だって、その、男性が歩いている所はそんなに見ないんだよ?

その、あの、まあ、えっちぃ本とか、ネットのそう言う漫画とか、そう言うのでは、あの、男の人のごにょごにょを見た事はあるというか・・・・・・うん、私の男性経験なんて察してほしいべ。

 

そんな私の前に、男性の、それも高身長で見た目も・・・・・・目つきが鋭い以外はその、かっこいいと言える人が現れたわけで。

 

そんな人が、その、私達をスカウトしたいという風に言っているわけでして。

 

(どどどどど、どうしよう!?)

 

現在盛大に動揺しております。

 

だって、仕方ないよ!?

 

高身長で顔つきもいい、しかも、服の上からも解るマッスルボデェですよ!?

 

そんなの、意識するなという方が無理だと思うんだ!?

 

内心で言い訳をしつつ、目の前のケーキをパクリ。

あ、美味しい、と素直に思う。

ただ、惜しむらくは時間が立ち過ぎてクリームもスポンジもパサついている感じがする事。

それでも、十分。

疲労と緊張に強張ったからだを解す様に、甘みが体にいきわたる。

冷たくなった珈琲を一口、苦い。

けど、舌に刺すような苦さじゃない、ほろ苦い感覚。

甘さを流して、口をさっぱりさせてくれる。

 

(ほんとに惜しいことしたなぁ)

 

もっと早く手を付ければよかったと思う。

周りを見渡すと、皆顔をしかめながらもケーキを食べる手を止めない、そんな光景が広がる。

多分、皆私と同じように考えているんだろうな。

 

「皆さん、よろしいでしょうか?」

 

皆がケーキをほぼ食べきって、珈琲も空っぽになった瞬間を見計らって、トレーナーさんが話し始める。

本当は、ケーキを食べながら雑談なんかしたかったけれど、お腹がすいていたのか黙々と食べ進めてしまい、5分とかからず食べ終わっちゃった。

ちょっと恨めし気にお皿をつっついている私をしり目に、トレーナーさんは続ける。

 

「今回のお話ですが、考え直させていただいても・・・・・・いえ、勝手ながら保留にさせていただいても宜しいでしょうか?」

 

保留、ほりゅう、ホリュー、そうですか、そうですか。

ちなみに、何時頃私の北海道の実家に顔を出していただけるんでしょうか。

やっぱり、あれですか。

私の夢である「日本ダービー」を取った時でしょうか。

良し、気合が乗ってきました。

明日から、よろしくお願いいたします!

 

「どう考えても、私の声のかけ方がよくなかったようで・・・・・・その、もう一度交渉を仕切り直しにさせてほしいんです」

 

仕切り直し、仕切り直しなんてレースにはないです。

でも、トレーナーさんならば大丈夫、トレーナーさんへの心の広さを見せちゃいましょう!

私とトレーナーさんで大家族になるんですから!

え、皆はどうするかって?

ふふふ、私が本命ならばみんなも本命、全員で大家族です!【注3】

皆で北海道に引っ越して、スーパービッグファミリーを作りましょう!

 

「その為、今回のお話は一端打ち切りとさせていただきたいのです」

 

撃ち切り・・・・・・いや、そんな、まだ私中学生だし・・・・・・でも、その、あの、優しくしてくれたらいいなぁなんて・・・・・・あはは、ちょっと気が早いかも?

でもでも、6人で、皆でその、あの、すれば打ち切りにも・・・・・・あはは、何を考えているんだろう私!?

 

「ですので、今回の件は白紙に戻させていただきたいと・・・・・・真に勝手で大変申し訳ありません」

 

私にはまだ早かったようです、なんて、そんなことはないです!

ん、早かった・・・・・・はれ?

なんだか、変な方向に話が進んでいるような・・・・・・?

 

「皆さんの意見や意思を無視してスカウトして、大変申し訳ありませんでした」

 

あるぅえー、おかしいよー?

なんでトレーナーさんが悲痛な表情で私達に頭を下げているんだろう?

見てよ、キングちゃんが物凄くポカンとした顔で見てるし。

スカイちゃんも「え、何を言ってるの」みたいな顔をしているし。

エルちゃんは目を白黒させて、理解できなさそうだし。

グラスちゃんに至っては、木製のフォークを片手でへし折ったし。

 

(((((なんで?)))))

 

私達、多分全員一緒の事考えているんじゃないかなぁ?

 

 

――――――――――【学園寮前】――――――――――

 

トレーナーの謝罪と共に、喫茶店でのスカウトはお開きとなった。

トレーナーは終始、悔しさをにじませ続けており、握りこぶしに浮いた血管がそれを如実に表していた。

彼にとって、今回のスカウトは苦い教訓となった。

熱意や思い、前世の知識、そんな物は現実には役に立たないのだと、彼はその骨身に刻み込むことになった。

彼女達と別れた後は、トレーナー室に籠って別の候補を絞りこむ事になる。

自分の師匠と真っ向勝負をする、そう言った以上はやらねばならないのだ。

 

そんな事を考える彼と共に、寮へと帰ってきた黄金世代の5人は、放心状態とでも言えばいいのだろうか。

どこか気の抜けた表情をしていたのである。

 

「すみません、私の我儘につき合わせてしまいまして」

 

学園前の正門、そこから寮へと彼女達は帰る事になる。

即ち、二つの寮に分かれる前の、最後に一緒に居られる場所である。

そんな場所で改めてトレーナーはそう言うと、再度彼女達に頭を下げた。

舞い上がっていた自分へと向けられた怒りを殺し、同時に、彼女達の事を無視して話を進めた自分への戒めも込めて。

 

とは言え、頭を下げられても、彼女達にとってはなんのこっちゃと言わんばかり。

何せ、彼女達は全員『こんな私ですが、愛バになってくれますか』なんて青春漫画の一ページをちょっと期待していたのである。

なのに、なんでかわからないが、彼はドシリアス。

温度差に風邪をひきそうになるが、それを指摘できる猛者はここには居ないのだ。

 

(どうすれば・・・・・・どうしようグラスちゃん!?)

(落ち着いてスぺちゃん、まだ勝負は解らない・・・・・・はずですから)

(グラァァス、そこは言い切りまショウ!?)

(いやー、男心って漫画やアニメみたいに単純にはいかないねぇ)

(のんきな事を言っている場合!? このままじゃあ私達のトレーナーが取られるわ!)

 

頭を下げている彼からは見えないし聞こえないけれど、黄金世代全員でひそひそ話の真っ最中。

真剣に頭を下げているトレーナーには悪いとは思うけれど、彼女達だって気が気ではない。

男性の少ないこの世界、お近づきになれるチャンスが向こうから逃げようとしているのだ。

もしここで逃したら、どうなるかは想像しやすい。

 

(とにかく、彼を私達に繋ぎ止める為にも何とかする必要があるわ!)

(でも、なんだかトレーナーさんの決意は固いような気がするんだけど・・・・・・)

(いえ、不退転の決意で挑めば取れるはずです)

(合戦じゃない・・・・・・いえ、これはもはや戦争デェス)

(それじゃあ、私がちょっとしかけてくるね~)

 

セイウンスカイがふらりと仕掛ける。

その足取りは自然体、しかし、その目は勝負師のそれだ。

逃げ牽制の為、彼女は口を開いた。

 

「そのー、トレーナーさん?」

「はい、なんでしょうか?」

「私達と会った際、名刺を出していたけど、それもらえない?」

「・・・・・・いいですけれど、悪用はしないでくださいね?」

「しませんよ~、ただ私達も明日になれば考えが変わって連絡をするかもしれませんから」

「・・・・・・優しいですね、貴女は」

「そんな事は無いかなぁ、ま、それはそれとして名刺は頂きますね~」

 

ひょうひょうとしながらも、目的のブツを入手したセイウンスカイは、名刺をもらうと仲間たちの元へ戻ってきた。

なお、セイウンスカイの手はすんごい手汗まみれになっていた。

そして、そのまま仲間達を伴って寮へ続く道をゆく。

そんな彼女達を暫く見送ると、彼は踵を返してトレーナールームへ向かう。

今日のレースで目を付けていた新入生、その洗い出しをするために。

 

トレセンにあるトレーナー寮ではなく、学園近辺にある1LDKマンションを借り受けている彼は、そのまま背中を丸めて歩いて行った。

なお、何故学園内のトレーナー寮を借りられなかったか、彼には説明されなかった。

 

これは余談だが、彼が学園外のマンションに入居が決まった際、何故か駿川たづな及び秋川やよい両名がボロボロになっていた。

更に、同時に有力なウマ娘及びトレーナー達がボロボロになっていたのだが、その真相は闇の中である。

 

去っていくトレーナーを暫く見送ったのち、彼女達も一端自分たちの所属する寮への道を行く。

誰が見ているか分からない以上、一度自分達は戻りますよという事を周囲にアピールしなければいけないという、セイウンスカイの判断だった。

なお、スカイが作戦立案してから全員が共有するまで凡そ2秒、アイコンタクトでの出来事である。

 

「全員、一端寮の裏手に集合!」

「「「「はい/わかったわ/ええ、解りました/了解デース」」」」

 

美浦寮の裏手にあるちょっとしたスペースに、全員が集合。

そして、スカイのスマホの明かりで名刺を照らす。

トレーナーの名前と一緒に、本来ならばチーム名が書かれているはずだが。

 

「成程、トレーナーさんはチーム名がまだ決まっていないんですね」

「成程、本当にまっさらなチームにエルたちは誘われたんですネ」

「成程ねぇ、となると早めに手を打った方がいいねこれ」

「成程、兵は拙速を尊ぶと言いますし、ここは一気呵成に攻め込みましょう」

「いや、だから、何が成程なのよっ!?」

「あはは、まあ、そこは置いておいて、このセイちゃんにこんな提案があるんだけどなぁ~」

 

そして、グラスさんはたとえが武士過ぎるのよっ! そう言って突っ込むキングに生暖かい視線を送りつつ、彼女達は行動を起こす。

セイウンスカイの話を要約すると、こうなる。

『私達でチームを作ってトレーナーさんを逆ハントすればいいんじゃない?』と。

正しく『男性トレーナーへは電撃戦を仕掛けよ』という、近代のウマ娘達の恋愛観を大いに発揮した彼女の提案は賛成多数で可決された。

そして彼女達は、夜通しチーム名を考えて、ついにコンディション「寝不足」を獲得するのであった。

 

―――【彼女達がトレーナーと別れた時間より少し後の事】―――

 

「ふむ・・・・・・俺はどうしたいのだろうか・・・・・・」

「ごほっ、がはっ、こひゅーっ」

「・・・・・・き、救急車っ!?」

「た、担当さんが決まらないまま今日一日が過ぎようとして・・・・・・ぐふぅっ」

「き、きみぃぃぃぃぃ!?」

 

どことなくシンボリ一族やトウカイテイオーを感じさせる風貌をした、一人のウマ娘が文字通り道の真ん中でぶっ倒れていた。

どうやら、担当が決まらない為に精神的に参ってしまい倒れたという。

彼は、彼女をお姫様抱っこしつつ十傑集走りで移動しながらそこまで聞き出すことが出来た。

その後、彼女を保健室に届けた後、彼女の手に自分の名刺を握らせると、今度こそ自分のマンションに帰って行ったのだった。

 

 

――――――(翌朝)――――――

 

 

「ふぅ、こんな所か・・・・・・」

 

彼は与えられたトレーナールームの椅子の上で伸びをした。

凡そ新人トレーナーに与えるには似つかわしくない、小さな会議室クラスの広さを持つそこには、彼のいる机以外に応接セットやロッカー、小型冷蔵庫等が揃っている。

 

なお、定期的に業者が『掃除』をしていくという徹底ぶりで、新人にここまでしてくれる理事長の好意に彼は頭が上がらない。

なお、この『掃除』の決定の際、一部トレーナーとウマ娘から抗議の声が上がったとか。

 

ゴキゴキと豪快な音が背中から響くが、疲れた表情の彼は気にする様子もない。

帰宅後、直ぐに就寝し朝一番に登校、その後はトレーナールームに籠りっきりでピックアップを進めていたのである。

 

そして気が付けば、時刻は何と昼の12時を過ぎていた。

空腹を主張し始めた腹をさすりながら、ぼそりと呟く。

 

「しかし、才能のある子が多いんだよなぁ」

 

聞いたことの無い名前の、しかし、非常に優れた能力を持ったウマ娘達。

中央に入学できる時点で、非凡な才能の持ち主たち。

そんな彼女達を担当して、無名の選手が有名どころと接戦を繰り広げるのもいい、等と疲れた頭でそんな事を彼は考えていた。

そして、そのまま携帯ゼリー食品の2個目を3秒で飲み干した。

その時だ。

 

「しっ、失礼します!」

「ちょっと、スぺちゃん緊張しすぎだって~」

「スカイさんの言うとおりよ、堂々としていればいいのよ」

「そうですねぇ、私達は別に悪い事をしに来たわけではないのですし」

「まあ、私達以外にとっては悪い事デスね」

 

彼のトレーナー室の扉をノックするのとほぼ同時に、扉が割と勢いよく開かれた。

扉から入ってきたのは、やはりというか黄金世代の5人組。

がちがちに緊張してナンバ歩きで近づいてくるスペシャルウィークを筆頭に、スカイ、キング、グラス、エルと続く。

スペシャルウィークは何か、A4サイズの割と深刻な皺が付いた紙を持っており、それを胸の前で握りしめるようにしている。

そのせいで、更に紙の皺が強くなっているのだが、5人ともそれに気が付かない。

割と緊張しているのだ、5人とも。

 

「君達、どうしてここに?」

「まあ、何というか、その、あの・・・・・・ごめん、グラスちゃん、パス!」

「えっ、あの、えっスぺちゃん!? ・・・・・・エル」

「ケェッ!? いや、ここでエルに振りますか・・・・・・あの、キングぅ」

「はぁ・・・・・・漫才しているんじゃないのよ貴女達・・・・・・あの、昨日の話の続きの為に今日は来たんです」

「えぇ・・・・・・ここは私まで回ってくる流れじゃないの?」

「だまらっしゃい」

「はーい」

「ええと・・・・・・?」

「そう言えば、ツルちゃんに連絡入れた?」

「それは私がLINEで」

「ありがとう、グラスちゃん」

 

トレーナーは、彼女達が何を言いたいのかいまいち察せない。

早朝から今まで、ずっとデスクワークをし通しだったために頭が働いていないというのも原因ではあるのだが。

 

「それで、皆さんはどういったご用件なのでしょうか」

 

来客用机とソファを用意して、自分はパイプ椅子に座りながら彼は聞いた。

3人掛けのソファにスぺ・グラ・キングの3人、一人用ソファにグラスとエルが座っている。

彼女達の前には、コーヒーメーカーから淹れたての珈琲が湯気を立てている。

彼は、眠気覚ましに1杯あおり、2杯目を入れながら話しかける。

カフェインと熱さで何とか頭がさえるが、それでも彼女達の言いたい事が解らない。

 

(昨日の続き・・・・・・続き・・・・・・まさかあれか?)

 

まさか、と思い彼女達の持って来た紙に視線を移す。

すると、そこには大きな字で『チーム新設届』と書かれていた。

チーム名は『黄金仏薙斬軍団(おうごんぶっちぎりぐんだん)』とされており、各員がそれぞれの得意距離を担当するという事になっている。

 

(いや、名前よ)

 

顔には出さないが、そのチーム名はどうなのかと彼は思う。

少しおかしいか、と思い観察眼で彼女達の体調をこっそりとスキャンする。

すると、彼女達全員がうっすらと化粧をしており、化粧の下にはバッドコンディションである「寝不足」状態でできる隈があることも解ってしまった。

 

(寝ないで考えたのか・・・・・・何という事だ)

 

昨日、自分の浅はかなスカウトを受け、それでもなお一晩考えた末にこうして彼女達の方から来てくれたという事に、彼は嬉しさを感じていた。

自分の言葉は、彼女達にある程度は届いていたのだと。

こんな大人の理屈を振りかざした自分を選んでくれたのか、と。

もっとも、彼女達黄金世代が自分を囲い込むためにチームを作ったなんて、思いもよらないわけだが。

 

(しかし、名前が・・・・・・これは、いやぁしかし、指摘していいのか?)

 

ただ、彼にとって目下の重要事項は、彼女達のネーミングセンスにどう対処するかにかかっていた。

ここで彼女達の機嫌を損ねたくない。

なにせ、ここでヘタに指摘したら、彼女達は出て行ってしまうかもしれない。

だが、チーム名というのは一度登録してしまうと解除が出来ない。

最低でも中等部の間はこのチーム名で戦っていかなくてはいけないのだ。

インパクトはある、しかし、流石に暴走族のようなチーム名はいけない。

嬉しさと良識を天秤にかけて数秒、天秤は良識へと傾いた。

年上として彼女達のネーミングセンスを正さねばならないと彼がそう決心し、口を開こうとした時だ。

 

「お待たせいたしました、ツルマルツヨシただいま参りました!」

 

元気な声が、再度トレーナー室に響き渡った。

 

そこには、彼が昨日保健室に連れて行ったウマ娘がいた。

ルドルフやテイオーと似た髪を肩程の長さで切りそろえており、一見するととても元気のよい少女だ。

元気な運動部系美少女、という言葉がよく似合う。

美少女ぞろいの黄金世代のいる空間が更に華やかになった、トレーナーは頭の中で思う。

 

「えっと、ここでいいですよね・・・・・・あ、皆いたっ!」

「あっ、ツルちゃん! 体の方は大丈夫?」

「ええ、今日は非常に調子がいいので」

「無理はしちゃだめよ?」

「大丈夫ですキングさん、心配ご無用です!」

「呼び出しておいてあれだけど、状況は把握してる~?」

「勿論ですスカイさん、トレーナーさんが付くんですよね!?」

「それでは、トレーナーさん、全員が揃ったのでチーム監督欄に名前を書いていただいて宜しいでしょうか」

「ちなみに、拒否はさせませんから、早く書いてもらいますヨ!」

「あ、ああ、解りました」

 

ツルマルツヨシの登場と、自然な合流の流れで流されようとするトレーナーだが。

 

「あり? このチーム名見せてもらっていいですか?」

「え、ええどうぞ」

「ネーミングセンスが余りにもあれ過ぎますよ、これ・・・・・・誰が考えたんです?」

「What!?」

「おお、グラスが思わず英語になったデース」

「チーム名はくじ引きでグラス案に決まったんだよねぇ」

「そんなに悪いセンスかしら・・・・・・私は好きよ?」

「キングちゃん・・・・・・」

「えぇうっそぉ・・・・・・」

「なっ何よぉ!?」

 

いつの間にか展開される女子中学生の雑談空間。

それに呑まれたトレーナーは、どうしていいかわからない。

取りあえず、ツルマルツヨシにも珈琲をふるまう為に、コーヒーメーカーの元に向かった。

 

「うんうん、こっちの名前の方がいいですね!」

「・・・・・・私のネーミングセンス、カッコいいですよね、ねスぺちゃん?」

「・・・・・・えっと、その、個性的でいいんじゃないかなぁ」

「うわぁ、スぺちゃんが反応にめっちゃ困ってマース」

「私はいいと思うんだけど・・・・・・駄目なの?」

「キング、キングはちょっと黙ろうね」

 

トレーナーが珈琲を入れて戻ってくるまで、和気あいあいとした雰囲気で話し合っていた黄金世代の面々。

彼が彼女達の手元を覗き込むと、そこには先ほどの名前と異なる名前が用紙に記載されていた。

 

『黄金新星(ゴールデン・ノヴァ)』

 

「へぇ、いいじゃないですか」

「おおっ、やったぁ!」

「え、なんで、私の考えたチーム名・・・・・・」

「グラスちゃん、その、独特過ぎたんだと思うよ?」

「というか、珍走団みたいでエルはイヤでしたし・・・・・・」

「えっ、そうなの!? 私はいいと思ったのに」

「キングってさ、旅行先の変なペナント買うタイプでしょ?」

 

先程のアレよりずっといい。

そう言いながら頷くトレーナーと、嬉しそうにはしゃぐツルマルツヨシ。

そんな二人にショックを受けるグラスワンダーと、そんなグラスを慰めるスペシャルウィーク。

割と冷静に突っ込みを入れるエルコンドルパサー。

彼女の一言に驚くキングヘイローと、やれやれという風にあしらうセイウンスカイ。

これから先、割とよくある光景の第一幕が、今日幕を開けたのである。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますね」

「「「「「「はいっ!/わかりました/任せなさい!/OKデース!/は~い/わかりまごほっ」」」」」」

 

今日、トレーナーは正式に新チーム立ち上げを理事会へ通達し、それが受理された。

チーム名は『黄金新星(ゴールデン・ノヴァ)』

短距離・・・・・・キングヘイロー

マイル・・・・・・グラスワンダー

中距離・・・・・・セイウンスカイ

長距離・・・・・・スペシャルウィーク

ダート・・・・・・エルコンドルパサー

中距離及びマネージャー・・・・・・ツルマルツヨシ

 

後に『黄金世代』『スター軍団』『怪物の群れ』などと称されるチームが、産声を上げたのである。

 

 

 

 

 

――――(おまけ)―――――――

 

「そう言えば、ツルちゃんはいつ振り分けレースに出場していたんですか?」

「あ、そうよね、私達貴女の事見かけなかったんだけど?」

 

グラスワンダーとキングヘイローがツルマルツヨシに純粋に疑問をぶつける。

そんな二人の言葉に、ツルマルツヨシは照れたように頬を掻きながら口を開く。

 

「実は、一番最初に受けたんです・・・・・・最下位だったけど」

「えっ、貴女体は大丈夫だったの?」

「はい、その日の午前中は調子も良くて、足の方もよく動いたので」

 

思い切って受けてしまおうと思ったんです、と照れたようにツルマルツヨシは言った。

そしたら、トレーナーさんに会うことが出来たんで、結果オーライですね!

元気いっぱいに言う彼女に、グラスとキングは苦笑するしかなかった。

 

「ちなみに、私も囲うメンツに入れて頂けるんですよね?」

「勿論です」

「味方は多い方がいいもの」

 

 

 

ーーーーーーーー(リザルト)ーーーーーーーー

 

黄金世代全員と知り合う・・・・・・500MP

 

新チームを立ち上げる・・・・・・500MP

 

合計・・・・・・1000MP

 

次回、他sideから見た『彼」の話

 

 

 

――――――(注釈解説)――――――

 

【注1】

男性が年々減少する事態の打開の為、人口減少への苦肉の策として世界中で行われた『ヒト娘×ウマ娘』『ウマ娘×ウマ娘』という形の結婚政策。

予想以上に上手くいき、世界各国で人口不足及びウマ娘不足等にはならなかった。

ただし、生まれてくるのは全員女性であり、男性が生まれた事は一度たりとも無い。

この政策は、男性と女性の比率がおかしい現在の世界を決定した元凶として、世界中の国会でよくやり玉に挙げられる。

 

【注2】

ウマ娘は、その身体的特性(男性よりも色々強い)から男性のパートナーを見つけにくい。

なので、割と失恋経験が多いウマ娘が多数いる。

その経験を娘に語る為、娘達は異性に対して掛かり気味になる。

 

【注3】

ウマ娘の中でも、実家に余裕がある、株式投資等で十分な資産を形成している、レース賞金を元手に店舗等を開き一定以上の成功を収めている等の安定的な稼ぎのあるウマ娘達は、結託して男性を囲う事が多い。

この世界においては、ウマ娘との重婚は(現代では死文化しているとはいえ)世界各国の憲法に権利として明記されている。

その為、資産や立場を使い男性を囲うウマ娘達は現在も存在している。

なお、主人公の両親は例外中の例外である。

 




投稿の方をさせていただきますが、
もしかしたら修正等を行うかもしれません。

次回はレグルスのメンバーの話にしようと思います。

割と中学生感を出すのが難しい。

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