ブライアおばさん   作:ちゅーに菌

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暇潰しにでも楽しんで頂ければ幸いです。





おば

 

 

 

 アーニャ・フォージャーは超能力者である。

 

 ごく普通の児童でありながら、かつて後ろ暗い研究施設に居た事などがあり、"他人の心を読める"という超能力を持つ。

 

 その研究施設を脱走してからは、孤児院や里親を転々とし、心が見える事によって施設を2度移され、里親から4度送り返される。そして、5度目に里親に出された現在は、なんと父親はスパイであり、母親は殺し屋という異色の家族の一員となっていた。

 

「ははー?」

 

 そんなアーニャは現在、東国の首都バーリントにある名門イーデン校の入学待ちの気晴らしに母親と公園に来ていた。

 

 彼女はぺんぎんマンという特大のぬいぐるみを抱えており、余り周りがよく見えていない様子である。

 

(ははまいご)

 

 無論、どちらが迷子なのかは語るまでもない。今頃母親は公園の何処かで血相を変えているのは想像に難しくない。

 

 そんな中、キョロキョロと辺りを見回した彼女は自身の母親とよく似た姿をした存在が噴水の回りにあるベンチに座っている事に気付き、そちらに駆け寄った。

 

「は――」

 

 しかし、その直後、アーニャは目の前の女性から心の声を確かに聞く。

 

 

(――和食の再現ねぇ……。この東国(オスタニア)も幾らか豊かになり、多様性と余裕も国民に生まれてきたことだし、そろそろ手を出しても良いかも知れないわね。それなら最初に出すのは、ご飯・味噌汁・焼き魚・お新香のセットはやはり譲れないわ……。納豆と海苔も捨てがたいけれど、後者は兎も角前者の受けが良いとは思えないので、今は保留ね。…………いや、違うわね。単に私が食べたいだけかしら? 2度目の生を受けてこの方27年も故郷の味を口にしていないとなれば、気付かず望郷もしてしまうことでしょう。やっぱり万人受けを考えるなら寿司(スシ)よねぇ……。カリフォルニアロール――はここアメリカじゃないから却下ですが、とりあえずそれっぽい巻物から始めてみようかしら? いや、そもそも寿司は"シャリ炊き3年、合わせ5年、握り一生"と言われるほど奥が深いもの……それをズブの素人の私が思い出と掠れた知識だけでやって果たして良いものかしら……? 前世では寿司パと称して手巻き寿司などをしていたりしたので、それぐらいなら許されるでしょうか? ならまず必要なのはジャポニカ米――は流石に今の時代で直ぐに用意できるか怪しいので、短粒米で代用ね。ミルヒライスなら流通しているから簡単に手に入る筈だし。後は酢と醤油とネタ。酢とネタも現地のモノで代用出来るけれど、醤油は流石に拘るべきね。日本から輸入するしかないわ。うーん……折角輸入するなら他にも無理の無い範囲で和食に必須そうなものをリストアップしておきましょう。料理長に渡せばある程度なら聞いてくれるかも――)

 

 

 人違い――。

 

 心の内容を読む限りはそうであろう。口調も考えている内容もアーニャの知る母親とは似つかない。

 

 更によく見れば、何処かの料理店のウェイトレスのような服装をしており、眼鏡を掛けている上、その奥の表情がいつもアーニャが見ている母親のモノよりもやや冷ややかに思える。

 

 また、母親のそっくりさんは文庫本片手に上の空な様子で、3~4mの距離で真横にいるアーニャにまるで気付いていない様子だ。

 

(は――)

 

 しかし、身の丈よりも大きなペンギンのぬいぐるみを抱えている齢4~5歳に見えるアーニャには、母親と容姿が瓜二つと言うだけで、子供らしい可愛らしさと純真さから母親だと疑う事はなかった。

 

 それよりも何やら難しい事を考えている母親のそっくりさんの心の中を覗いてしまったアーニャは、幾つかの単語を拾い、それらのピースから結果を構築する。

 

 

(ははがりょうりのことかんがえてる!?)

 

 

 そして、アーニャは目を見開きつつ激しく危機感を覚えた。

 

 アーニャの母親の料理はオブラートに包めば、個性的な味。事実だけ述べるとゲロマズ殺人料理である。

 

 手が込む程に切れ味を増す人を殺しかねない味は、アーニャの頭と舌に鮮明に焼き付いており、次にディナーでも味わわされようものならば最後の晩餐になると自覚する程度には危険なものなのだ。

 

(しかし、新メニュー開発ねぇ……うちの組織も腑抜けたものね。まあ、抗争相手が居なくなったと言えば聞こえは良いけれど、悪党としてそれは如何なものだか)

 

(あくとう……?)

 

 それはアーニャが好きな"SPYWARS"というスパイアニメにも主人公のボンドの敵としてよく出て来る組織が比喩される単語である。

 

 しかし、アーニャの母親は殺し屋であっても悪党ではないとも思っている彼女は首を傾げるばかりだった。

 

(しかし、そろそろ時系列的に"姉さん"は結婚したのかしら? 自分から聞くのは可笑しいし、新居の住所も教えて貰っていないから黙っているけれど、まさかユーリには伝えて私には伝えてないなんて事は――いや、あり得るわね……。姉さんの事だし、ユーリに取り繕ってホッとしたからマルっと忘れている可能性も滅茶苦茶あるもの。天然なんてレベルじゃないし……。ああ、私もアホね。そもそもイーデン校の入試日は過ぎたんだから別に――)

 

「ここにいましたかアーニャさんっ! 心配しましたよ!?」

 

「え……はは……?」

 

(――――――――え?)

 

 すると血相を変えた様子のアーニャの母親――ヨル・フォージャーが飛び込むようにアーニャの下へ駆け寄って来ると、かなり優しくアーニャを抱き締める。

 

 その手にはまだハンカチが握られており、お手洗いに行ったタイミングでアーニャがはぐれたのだろう。

 

「ははまいご」

 

「うぅ……ごめんなさいアーニャさん! でも何も言わずに何処かに行っちゃダメですよ?」

 

(あぁ……私が不甲斐ないばっかりに……)

 

 ヨルの持ち前の優しさが滲み出ており、そんなヨルの事をアーニャは母親として大好きなのである。そのため、行動に関して自身が悪いとは欠片も考えていないが、心配させたという罪悪感は多少覚えた。

 

 しかし、この場にいるのは二人だけではない。ヨルとそっくりな女性は、アーニャとヨルを交互に何度か見た後、ばつが悪そうに暫くその場に佇んでいたが、意を決した様子でポツリと呟く。

 

 その間、ヨルはアーニャのことで頭が一杯なのか、一切ヨルとそっくりな女性には気付いていない様子であった。

 

「あの……姉さん……?」

 

「あ――サ、サヨちゃん……」

 

 二人の姿を交互に見て、アーニャの頭の中に浮かんだのはSPYWARSに主人公のボンドの敵として出て来た相手の中で、彼を翻弄したスゴい敵として記憶に新しい者であった。

 

 それと共にヨルならば可能なのではないかという可能性に至り、パァと表情を輝かせる。

 

「ははにんじゃ!?」

 

「にん……なんですか?」

 

「にんじゃは草なんだわ」

 

(分身術かぁ……。姉さんなら頑張ればあるいは……)

 

(やっぱりつかえる!?)

 

 真顔で割りと面白いことを考えているははぶんしん(仮)にアーニャは更に目を輝かせる。

 

 しかし、分身術というもの自体については何かよく分からないが増えるもの程度に認識しているアーニャは、ヨルに声を掛けた。

 

「ははしりあい?」

 

「えっと、そうでした。紹介しますね」

 

 そう言うとヨルはキュッと軽くアーニャを抱き寄せ――。

 

(……姉さん、(ユーリ)のあばらをああやって2本折ったのよね。アーニャちゃんは知ってるかも知れないけれど、こっちとしては見ててハラハラするわ)

 

「あっ――!」

 

「………………」

 

 アーニャは無言で抱き締めるヨルの腕から離れた。彼女の危機管理能力の高さは経験からか、心を見れる能力故か歳を逸脱したレベルである。

 

「えっとですね……。アーニャさん。彼女は私の妹のサヨちゃんです!」

 

「妹のサヨ・ブライアよ」

 

 ヨルとそっくりな女性――サヨ・ブライアはアーニャの目の前まで来るとしゃがんで視線を合わせた。

 

 そして、サヨは眼鏡を直しながら表情のない顔をニッと歪めて見せる。やや不器用ながらそれはアーニャも知るヨルの優しげな笑みと遜色ない。

 

「よろしくね? アーニャちゃん」

 

(マイドオオキニ――。その三角の髪飾りニギニギしたいわ)

 

(へんなやつ)

 

 しかし、思考が筒抜けのアーニャにとっては母親似のおもしれー奴程度の認識である。

 

「それでサヨ……。この子は私の娘のアーニャさんです!」

 

「……………………えぇ」

 

(相手が私だからってせめて隠す努力をしてくれないかしら……? 本当に周りの人間に素性がバレてないのが不思議だわ……)

 

(はは――!?)

 

 ヨルは実妹と義娘に心配されていた。基本的に何も考えていなければ思っていたことをそのまま口に出してしまうのが彼女らしさである。

 

「う、うん……。と言うことはアーニャちゃんにとって私は"おばさん"になるわけね」

 

「おば――?」

 

「――――んんっ……」

 

(これはいい破壊力……! というかリアルアーニャちゃん可愛すぎか? ぷにぷにクリクリしててチャーミング! ああ、そのキョトン顔最高かよ……)

 

(……?)

 

 サヨは"姪っ子が出来たわ"と言いながらアーニャの頭を撫でる。その手つきはアーニャが知る限りヨルとよく似ていた。

 

 撫でつつアーニャの髪飾りを指で少しだけ触れたり摘まんだ後、サヨはまたヨルに向き合う。

 

「それで姉さん? ひとつ聞いても良いかしら?」

 

「なんですか、サヨ? 私、実は最近結婚しまして――」

 

「私、何も聞いていないんだけど?」

 

 その瞬間、ヨルの何処か誇らしげな笑みがそのままビシリと凍りついた。それから数秒無言の間を置いてから視線を色々なところへ向けるばかりである。

 

「え……? あっ――えっと……その……それはっ、ですねっ!」

 

(し、しまったぁ!? まだロイドさんと言い訳を考えている最中でした!? 後、結婚したのは一年前になっているんでした……)

 

(わたわたしてる姉さん可愛い。まあ、私は姉さんが殺し屋な事も含めて既に知ってるけど。姉さんだから仕方ないってぐらいで流しておきましょう。親しき仲にも礼儀あり……はちょっと違うかしらね?)

 

(すごい、おばはなしわかる。なんでもしってる)

 

 話がわかる等という次元の話ではないが、アーニャにはサヨがヨルの秘密を守ってくれるらしいため、アーニャは特に心配していなかった。

 

「オーケーわかったわ姉さん。()()()も……深くは聞かないわよ? それで良いわね? 姉さんはいつの間にか結婚していて、私に可愛い姪っ子が出来た。これで良いかしら?」

 

「………………ごめんなさい、ありがとうございます」

 

 "私は私には不釣り合いなほど良い妹を持ちました……"とヨルは表情をしわしわに歪めつつ胸を撫で下ろす。

 

「ところで姉さんちょっとこの姪っ子ちゃんを借りても良いかしら?」

 

「え? それはどういった意図で……」

 

 サヨはアーニャの肩にそっと手を置きつつ、ここからでは雑木林しか見えない公園の端を指差した。

 

「あっちにアイスクリーム売りの屋台が出てるから一緒に買いに行きたいの。折角の姪っ子だし、ちょっと話したいわ。姉さんはここで待ってて?」

 

「あっ、そうなんですね。承りました。ありがとうございます」

 

「あいす!」

 

「ふふっ、お夕飯を食べられなくならない程度にしてくださいね、アーニャさん?」

 

(今なら三段乗せちゃうわよ?)

 

(さんだん!)

 

 アーニャはとてもアイスに関心を抱いた。丁度広場の時計を見れば3時に差し掛かっているところである。

 

 ひとまず、ヨルに了解を取ったサヨはアーニャの手を優しく取ると、ペンギンマンをヨルに預けてから歩き出す。その際、歩幅をしっかりアーニャのペースに合わせているため、ゆっくり向かった。

 

「味は何がいい?」

 

「ぴーなっつ!」

 

「ぴ、ピーナッツはどうかしら……?」

 

(現代でも千葉県ぐらいでしかたべられないでしょそれ……)

 

(ちば?)

 

(日本って言う国でピーナッツの生産量が全国一位なの。色んなピーナッツのお菓子や料理があるのよね)

 

(ちば……すごい……!)

 

 アーニャの頭の中にはピーナッツで出来た遊園地やマスコットなどの情景が浮かぶ。彼女的には楽園なのかも知れない。ちなみにアーニャはマスコットとしてのピーナッツは別に好きではない。

 

(ねぇ、アーニャちゃん……?)

 

(……?)

 

 数百mほどヨルから離れ、角を曲がって見えなくなったところでサヨは足を止める。

 

 移動を止めた丁度この辺りは、公園の中でも人通りが少なく、木々や小屋に囲まれて視界が余り良くないエリアであった。

 

 そして、再びしゃがんでアーニャに目線を合わせると、今度は三日月のように目尻と口角を細め、暗い光を瞳に宿すとポツリと思い描く(呟く)

 

 

 

(おばさんの心……。どの辺りから読んでいたのかしら……?)

 

 

 

 人生で初めて自身の心を読む能力が見破られるという経験にアーニャの頭は真っ白になる。

 

 何かの間違いやそう思えてしまっただけだという可能性も目の前で、サヨがただ真っ直ぐ向けてくる眼光がそうではないと物語っていた。

 

 サヨはそれ以上追及はせず、アーニャの言葉をただ待った。暫く考えたアーニャは絞り出すように言葉を吐く。

 

「アーニャうらないで……ははとちちともっといたい……」

 

 そんな様子に対し、遂にアーニャは目を白黒させ、ただ呆然と立ち尽くし、最後にはボロボロと泣き出してしまう。

 

 それをじっと眺めたサヨは――。

 

「……………………困ったわね」

 

(くぁwせdrftgyふじこlp――)

 

(……!?)

 

 発言とは裏腹に、頭の中に謎の文字の羅列が並んだアーニャはびくりと震える。

 

「えっ、なんで泣いて……? ち、違うわ! これはそういうのじゃないのよ!? ゴメンね、姉さんと瓜二つのこの顔が怖かったわよね!? もう……ちょっと笑顔止めるとすぐこれなんだから……!」

 

 そして、さっき慌てふためいていた時のヨルと全く同じ表情と行動であたふたしていた。

 

 確かにヨルと血の繋がった姉妹であると言うことをアーニャは感じ、さっきまでとの様子の違いに目をぱちくりと見開く。

 

(私はただ本当に何時からアーニャちゃんが私の心を読んでいたのか聞きたいだけなのよ!?  それまで色々と聞かれたくない事も考えてたし……はわわ……挙げ句に推しのアーニャたゃを泣かせるなんて人間のクズだわ!?――あっ、元々ド底辺のクズだったわ)

 

(……? おばふしぎ)

 

 心は読めるが、難しい訳ではないにも関わらず、何を言っているのかよく分からないというのはアーニャにとって余りない経験である。まるで自分にしかわからない暗号を心の中ですら用いているようにさえ思えた。

 

 それよりアーニャは今のサヨの様子からやはりヨルと同じ優しさを確かに感じ、恐る恐るサヨに問い掛ける。

 

「アーニャうられない……?」

 

「可愛い姪っ子は売らない。むしろ、売られてたら私が買うわ。えーと、そうじゃなくてそ……アイスを買いに行くのよ。三段乗せるって言ってたでしょ?」

 

「うんっ! さんだん……!」

 

 笑みを浮かべて言葉を返したアーニャを見て、サヨは目を細めると何とも言えない不器用な笑みを浮かべた。

 

 そして、最早反射的になのか、サヨはアーニャの頭に手を伸ばすとそっと撫でる。

 

(あー……なんで子供ってこんなに撫で心地良いのかしら……? こんなの犯罪でしょ? 可愛すぎ罪よ。政府は戦争なんて下らない事考えている暇があったらコレを取り締まるべきね。罰金として好きなもの買ってあげ――)

 

「こないだはどうもおかーさん!」

 

 すると明後日の方向から声を掛けられ、サヨが溜め息を吐き、アーニャはそちらを見る。

 

 少し離れた場所から声を掛けて来た者は、如何にも不良と言った風貌の男が嫌みったらしい笑みを浮かべており、その手には鉄パイプが握られている事がわかった。

 

「まえにアーニャゆうかいしようとした……!」

 

 その姿と人相を見て、アーニャは先日イーデン校の制服を着ていた時に誘拐され掛けた四人組のチンピラのひとりであった事に気付く。

 

「ふーん、女児誘拐ねぇ……」

 

(あーあー、無駄にぞろぞろと……。なーんか、ベンチで休んでた時からなんか居るなとは感じてたけれど、てっきりどっかの組の報復とかかと思ってたわ。というか、しっかり見てたなら私お母さんじゃないってわかるわよね? その第一声は可笑しいんじゃないかしら?)

 

 その男の周りに続々と似たような服装の者たちが男女問わず現れ、その数は十数名に上った。更にその者らは個々にナイフやバットなどの武器を所持しており、明らかにこれから仲良くしようという雰囲気ではない。

 

「この前のお礼だよ、お優しいお母さん。あんだけコケにされて引き下がれるかよ!」

 

「はぁ……?」

 

(うーん……本気でヤったら全員まとめても10秒以内ってトコかしら? まあ、大した武器もない時点で一応……堅気だと思うし? 適当にあしらってやるか)

 

(おばすごい。かたぎ……?)

 

 しかし、心の声とは裏腹にサヨは暴力で解決する気は余りないらしく、口をへの字に結び、明らかにめんどくさそうな表情を浮かべる。

 

 そして、羽虫でも追い払うように手を横に何度か払い、あっちに行けという意思をジェスチャーで表す。

 

 アーニャはサヨの心の中で出て来た単語に聞き覚えがあったが、それだけでは何か思い出せなかった。

 

「他人の空似でしょう? 地球には同じ顔をした人間が3人は同時にいるらしいわよ? 今、帰ったなら何もしないわ」

 

「こ、コイツ……! へっ……魔女もガキ守りながらじゃ、戦えねーだろ? さっさと出すもの出してればこんな事にならなかったんだけどなー」

 

「ふーん……この期に及んで()()を盾にとるのねぇ」

 

(それはちょっと……許せないよね)

 

 するとそれまでアーニャの前でしゃがんだままだったサヨが立ち上がり、彼らの方に身体を向ける。

 

 その直後、アーニャはサヨが心の声を発した事に気付く。

 

 

(ゴメンねアーニャちゃん……ちょっとおばさんの()()()でコイツらに灸を据えるわ)

 

 

 するとサヨはアーニャを自身の背後に下がらせ、眼鏡を取ると襟に引っ掛ける。アーニャからは既に伺えないが、今サヨは完全にヨルと瓜二つであろう。

 

 それからサヨはポケットからおもむろに何かを取り出す。それはただのがま口財布であり、パンパンに膨らんでいるという点だけが不思議なところであろう。

 

 そして、がま口財布を開けると、その中から10P(ペント)硬貨を20枚ほど取り出し、それを片方の掌の中で縦に束ねた。

 

 最後に両腕を脱力させてから10P硬貨を入れている方の手を男に向かって真っ直ぐに掲げる。

 

「なんだテメェ何を――」

 

「そんなに金が欲しけりゃくれてやるわよ」

 

 男のその言葉は、サヨが手から親指で10P硬貨を弾き飛ばした事で遮られ、それは一迅の風を孕んだ奇妙な風切り音を響かせた。

 

「え……? ぁ……?」

 

 何が起こったのかわからない様子の男だったが、数秒遅れてズボンが血で滲み始めた事で、状況ではなく結果を理解する。

 

 それは非常に単純なこと――。

 

 サヨから親指のみで放たれた10P硬貨は、常人の目には視認すら出来ない速度で瞬時に飛び出し、弾丸と比べても遜色ない軌道を描きながら男の大腿部へと、一直線にそのまま命中したのであった。

 

 そして、ズボンには小さな穴が空いているばかりで、その表皮などに10P硬貨が突き刺さっている様子はない。

 

「アァアァアアアアァァァァ!?」

 

 つまり放たれた10P硬貨は軽く人体を突き破り、男の体内に直接埋め込まれたのである。これ以上ダイレクトに金を渡す方法は無いであろう。

 

 何よりその痛みは地面に倒れてのたうち回ったところで、到底和らぐようなものではなかった。

 

「コイツやりやがったな!? ぶっ飛ばして――」

 

 更に集団の中で、仲間の怪我に反応して飛び出そうとしたひとりの肩が跳ねる。

 

 見ればその男へと向けてサヨの10P硬貨を持つ手が伸びており、既に親指が振り抜かれていた。

 

「ひ……痛……いたいた……いだいだい!?」

 

「少しはお金の有り難みを考え直すべきではなくて?」

 

 サヨは手に入れている10P硬貨を1枚逆の手に取り出すと、指の間でそれを回すコインロールを始める。

 

 しかし、その男は前の男と同じように地面に踞ると大粒の涙を流しながら悶えており、サヨの言葉を聞くどころではないだろう。無論、持っていた武器も放り出しており、既に戦える状態では明らかにない。

 

「おい待て、数で囲めば大丈夫だって――」

 

「なんだよ今の……話が違う――」

 

「ちょっと大丈夫――!?」

 

 その様子に残る者たちは動揺を隠し切れない様子であり、武器を構えたまま男の回りを右往左往するばかりだ。

 

(ホント……姉さんと()()()()ってイカれてるわねぇ……)

 

 アーニャがそんなサヨの心の声を見ていると、サヨは手遊びをしていた方の10P硬貨を手に挟んで腕を水平に向け、その先にある街路樹の枝の根本へと向けて再び放つ。

 

 すると根元から吹き飛び、そのまま数mの枝の一本が地面へと脱落し、その光景に目の前の者たちは固まるばかりだった。

 

「ところで話は変わるんだけれど、お坊ちゃんとお嬢ちゃんたち。"ロンメルファミリー"って知ってるかしら?」

 

 "まあ、私みたいな儚げな美人とは一切関係ないからね?"と言いつつサヨはカラカラと笑う。

 

 ロンメルファミリー――。

 

 この東国(オスタニア)で、戦後から急激に勢力を伸ばし、国内最大規模の勢力・資金力・権力を持つに至った一大マフィアである。

 

 また、戦後の東国の復興と発展の影で熾烈を極めたマフィア同士の抗争において、単独で千を超える他の構成員を葬ったという圧倒的な武力を持つ正体不明の存在を子飼いにしているという都市伝説を持つ。

 

 まあ、後者は眉唾物であり、恐らくはそれほどまでにロンメルファミリーの他ファミリーに対する攻撃が苛烈だったと言うことを意味する暗喩と言うことが裏社会でも一般的である。

 

「困るのよねぇ……。イーデン校があるこの辺りではみんな大人しくしないといけない決まりなの。互いに良好な関係を続けて行くためにも……ね? わかるかしら?」

 

 サヨはそのまま、溜め息混じりに彼らを眺めつつポツポツと呟く。

 

 ある程度抗争が落ち着いた今となっては、その名前を聞くこともマトモに生活している分にはほとんどないが、単純にロンメルファミリーが東国において多大な影響力と権力を持ち、イーデン校のあるバーリントをも縄張りとしている事は紛れもない事実である。

 

 ロンメルファミリー、ひいてはマフィアにとって今という時代が絶頂期と言えるのかも知れない。

 

 要するにただの街のチンピラでしかない彼らは喧嘩を売る相手を間違えたのだ。

 

 サヨは一応、自身とは関係のない事と念を押してはいたが、既に人数は遥かに多いというにも関わらず、誰ひとりとして凍ったように動けない現状が事実を物語るだろう。

 

 また、サヨの背後にいるアーニャには、今の彼女の表情は伺えないが、対峙する彼らが一様にしている悪魔でも見たように怯えた表情と、心の声ですら絶句している様から想像は難しくない。

 

「殺人、暗殺、密輸、密造、共謀、恐喝、強要、徴収、高利貸し、不動産、周旋、賭博、故物売買、料理店、公園のアイスクリーム屋台――まあ、シノギなら他にも色々しているけれど……麻薬、売春、児童誘拐がロンメルファミリーのシマではご法度なのは知っていて?」

 

(しま……しのぎ……?)

 

 さっきサヨが言っていた堅気という単語を含め、アーニャは彼女が好きなスパイアニメによく出て来る悪の組織がたまに使っていた単語だった事を思い出す。

 

 そして、それと共にサヨに対して覚えていた多少の恐怖は、かつてない期待を帯びた。

 

 アーニャの父親はスパイ、母親が殺し屋、そしておばは――。

 

 

「あんたらの顔……全員覚えたわ。次、会ったときはロンメルファミリー(うちの組)が黙っていないわよ……?」

 

(おば"マフィア"だー!?)

 

 

 ――ゴリゴリのマフィアであった。

 

 しかもゴッドファーザーに出て来るような比較的に紳士的なタイプである。

 

 その言葉の直ぐ後、チンピラたちは倒れた男を引き摺るように抱えつつ、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。それを見ながらサヨは小さく鼻を鳴らした。

 

(こんだけ言っとけばアーニャちゃんがまた同じ奴らに襲われるような事はないでしょう。また、あったら……まあ、その時は落とし前をつけるわ)

 

(おとしまえ!)

 

 アーニャはSPYWARSでしか出て来ないような単語の連続に歓喜する。彼女は娯楽に飢えたお年頃であった。

 

「さて、アーニャちゃん。アイスを買いに戻りましょうか?」

 

「あいす!」

 

 "ちょっと動いたら小腹が空いたわね。私もアイス三段にするわ"と言いつつアーニャへと振り返ったサヨは、清々しいほどの笑みを浮かべており、一見すると優しげなお姉さん程度にしか見えない。

 

「さて、アーニャちゃん?」

 

「……?」

 

(私の裏の事は……その……ミンナニハナイショダヨ……?)

 

「うんっ! ないしょ!」

 

「よし、良い子ね」

 

 そう言ってサヨはアーニャの頭を撫でる。その優しげな様子にアーニャはポツリと呟いた。

 

「…………ねえ、おば?」

 

「んー、なに?」

 

「おば、アーニャきもちわるくない……?」

 

 それは秘密を知られたアーニャにとって、血を吐くような思いだった。研究施設では能力しか評価されず、孤児院やこれまでの里親の下では能力故に疎まれ、気味悪がられた。

 

 そんなアーニャだからこそ、知っている上でもこうして普通に接してくれるどころか、能力で会話までしてくれる大人は初めてだったのだ。

 

「…………………………? なんで?」

 

(…………………………? なんで?)

 

 心の声が読めるアーニャには、アーニャの言葉に首を傾げるサヨが本心からそう言っている事が誰よりも理解でき、それはこれまでにない幸福をアーニャに覚えさせる。

 

「あのね……。そんな事を言う奴らは、みーんなソイツらが可笑しいのよ。まだ、二桁の年齢にもなってない小さな女の子の個性ひとつ認められないような大人は、その時点で大人って言わないし、子供相手にしてもそれが知れた程度で壊れてしまうぐらいの弱い関係だったってだけのお話。なにより――」

 

 サヨはにっこりと笑う。どこかヒトを喰ったようで、ヨルが絶対にしないであろうその笑い方は、叔母らしいものなのだろうとアーニャは感じた。

 

「私、子供大好きだもん。アーニャちゃんももう大好きよ?」

 

「うん……」

 

 サヨとアーニャは手を繋いでまた歩き出す。

 

 こうして、アーニャはおばの秘密を知り、おばはアーニャの秘密を守ることになったのであった。

 

 

(いやぁ……良いわねアーニャちゃん……うぇへへ……まったく、小学生は最高だぜ!!)

 

 

 アーニャは流れてきた心の声により、無言でそっとサヨと繋いでいた手を放した。また、食玩を開けたら一番いらないキャラクターが出た時のような目をサヨへ向ける。

 

「………………」

 

「いや、待ってアーニャちゃん。これ違うのよ? ただの発作みたいなもので、思うだけで行動には移してないでしょ? 条件反射的に思っちゃうだけなら罪じゃないじゃない? というか、それで捕まってたら私なんてとっくに犯罪者……いや、既に極悪犯罪者なんですけどマフィア(それ)児ポ(これ)とは話が全然――」

 

(おばゆかい)

 

 

 

 これは超能力者アーニャ・フォージャーの叔母であり、裏ではマフィアをしており、心の中はやかましい子供好き。

 

 ――そんな"サヨ・ブライア"の物語である。

 

 

 

 

 

 







~登場人物説明~

サヨ・ブライア
こうげきりょく:9700
 ヨル・フォージャーの双子の実妹であり、アーニャの叔母に当たる。また、ヨルと瓜二つの容姿と身体能力を持ち、ロリコンマフィアという救えない属性持ちの女。
 ヨルとほぼ同時期にロンメルファミリーに入り、銃器中心の殺しの技能を習得しているが、銃器を持っていない時の方が強い。戦闘力はヨルより若干低く、その値を各種他のパラメーターに割り振っている。そのため、ただのターミネーターである。
 元々はSPY×FAMILYを読み込んでいたオタク寄りの日本女性であり、何の因果がヨルの妹に転生していた。そのためにフォージャー家の秘密などを全て知識として知っている。アーニャを愛でるのが趣味だが、ロリコンなのは元から。


アーニャ・フォージャー
かわいさ:100まん
このしょうせつのひろいん。ぷりてぃーで、おばをほんろうするましょうのおんな。


ヨル・フォージャー
こうげきりょく:一まん
 サヨ・ブライアの双子の実姉であり、現在偽装結婚生活を送っている。表向きには公務員事務、裏向きにはいばら姫というコードネームの殺し屋をしている。賢さと生活力に難があるが、その分お片付けは得意。
 サヨと身体能力は同じだが、ヨルの方が戦闘力が高い最大の理由はあらゆる攻撃及び行動に一切の躊躇がないため。



~読まなくて良いところ~

 いやー、SPY×FAMILYのアニメもやってるし、無茶苦茶面白いなぁ。きっとハーメルンにも二次創作があるんだろうなぁ、読も。

SPY×FAMILY 小説検索→3件

キェェェェェ!(発狂)

 はい、いつもの読みたいものがないなら読み専の私が書くしかないじゃない(矛盾)という発作が来ました。

 評価・感想・お気に入りなどされると歓喜して、次話を投稿する活力になりますので、また楽しんで頂ければ幸いです。


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