ブライアおばさん   作:ちゅーに菌

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 ここでユーリくんを帰してもよかったのですが、へぺけれヨルさんのところも必要だと思ったので、前後編の前編になります。





ぶらいあ

 

 

 

 

「ユーリ、あーん」

 

「姉貴、あーん」

 

 キッチンで料理を作っている黄昏は、つい5分前に巴投げした方(サヨ・ブライア)された方(ユーリ・ブライア)の姉弟が、仲睦まじい様子でお菓子を口に入れている光景に脳がバグりそうになっていた。

 

(なぜ血の繋がった姉弟であんなに親しげなんだ……? いや、そもそもつい5分前に板の間に叩き付けておいて、互いの異様な切り替えの早さはなんなんだ……? ブライア家とは……家族とは……いったい……?)

 

「アーニャちゃん、あーん」

 

「あーん!」

 

(……ケッ)

 

 ちなみにお菓子はサヨが持ち込んで来た市販のものであるため、犠牲者が発生するような事もないので、アーニャも安心して食べられる。

 

 口に入れる瞬間にギリギリ許容出来ないゴミを見るような目で、アーニャをユーリが見つめていたが、サヨからは見えない位置であり、誰にも気付かれる事はなかった。

 

「姉さん、あーん」

 

「えっ、私もですか?」

 

「あーん」

 

「あっ、あーん……」

 

(……ああ、違うなこれ。サヨ(あいつ)の性格か)

 

(ああ……ああ……! 姉さんと姉貴が絡んでいる……。なんて、なんてなんてなんて尊い光景なんだ……! これは文化財、国宝、世界遺産……? いや、そんなものでは括れない……ボクの貧相なボキャブラリーでは到底言い表せない天上の何かなんだ……!)

 

 リビングでお菓子を食べさせて回るサヨ。面倒見がいいとかお節介焼きなどではなく、ただ急にしたくなったからしているであろうことを黄昏は理解しており、何とも言えない視線を送る。

 

「ん……?」

 

 するとそんな黄昏とサヨの目が合い――直後にサヨがニンマリと人を喰ったような笑みを浮かべた事で黄昏はとてつもなく嫌な予感を覚える。

 

「おにぃちゃん、あーん♪」

 

 しかし、サヨの口から吐かれた内容は、初日にこそ驚いた猫撫で声のお兄ちゃん呼びであった。

 

 今でも時々呼んで来るため、最早驚きはなく、黄昏は勘が外れたと思いつつ実弟の前でもあるため、笑みを浮かべたままやんわりとお菓子を持つサヨの手を押し戻す。

 

「サヨさん、悪戯は止めてくださ――」

 

「お、おお……おおお、お義兄ちゃん!?」

 

 しかし、驚愕と共に射殺さんばかりに黄昏を見つめるユーリがそこにあった。どうやらサヨは地雷を踏み抜いていく気らしい。

 

 ちなみに一応、黄昏はサヨに対してユーリの前では敬語を使っていたが、彼の反応を見て、それが正しかった事を悟る。

 

(どうやら……サヨが児童に愛を向けるように、弟は姉に偏執を向けているらしいな。なんなんだブライア家は……)

 

(ちちせいかい)

 

「料理運ぶわね」

 

「あっ、はい……」

 

 アーニャが内心でやり取りに目を輝かせていると、サヨは黄昏が作っている出来上がった料理のひとつを持ちつつリビングへ戻って来る。

 

「そりゃあ、私よりロイド兄さんは歳上だもん、お兄ちゃんでしょ? ユーリのお兄ちゃんでもあるのよ?」

 

「姉さん……! さっきも言ったけれどボクはそもそも結婚を認めて――」

 

「はい、あーん」

 

「モガッ……」

 

 ヒートアップし始めたユーリに、サヨが黄昏の料理をフォークに刺してやや強引に口に詰める。

 

 言葉を物理的に利けなくされたため、ユーリは仕方なくそれを咀嚼し、食べているうちに荒んでいた感情が落ち着いて行く。

 

「………………」

 

「フフフ。ロイドさんの料理、美味しいでしょう?」

 

「ええ、姉さん。ロイド兄さんの料理、美味しいものね。フォージャー家ではだいたい彼が料理をしているのだわ」

 

「おばもする、びみ」

 

(生きててよかったって思うわけ……!)

 

(フン……料理如きで簡単に認めると思うなよこの外道が)

 

 アーニャの言葉に感極まったサヨは拳を高く突き上げながらぷるぷると震え、ユーリは内心毒吐くも食べる行為が止まっていない事が全てを表しているだろう。

 

「というか、ユーリったらどうせ仕事が終わったらご飯も食べないでここに来たんでしょ? 今、家で作って来たシチューをロイド兄さんに温め直して貰ってるから待ってなさいね」

 

「ありがとう姉貴……!」

 

(姉貴の天使のような気遣いは天井知らずなのにどうして温め直してるのはアイツなんだ……!?)

 

 ちなみにサヨは黄昏が仕事の昼頃にフォージャー家にいる場合に料理をしており、お菓子類を作る事もある。飲食店の副料理長は伊達ではないのだ。

 

 尤も最初に作ると言い出した時は、ヨルと全く同じ容姿をしている兼ね合いで、黄昏もアーニャも戦々恐々としていたのだが、それはまた別のお話である。

 

「姉貴からはある程度聞いたけれど……どうして姉さんは弟のボクに1年も結婚を黙っていたの?」

 

(来たな……。当然の疑問だ)

 

 食事の話になると、全面的に黄昏が出て来るため、ユーリは話題を真面目なモノに変え、それを聞いた黄昏は少し目を細める。

 

 それについて黄昏は幾つも言い訳を用意しており、事前にサヨもフォローしていたが、ヨルが"とっておきの秘策があります!"と豪語していたため、一任していたのであった。

 

(頼んだぞヨルさん……!)

 

 その際にサヨは全てを悟ったかのようなとても優しい目をしていた事を思い出し、一抹どころではない不安を覚える黄昏であったが、それでもヨルを信じ――。

 

 

 

「わ……忘れてたからです!」

 

 

 

 持っていた皿を落として割った。

 

 子供であってももう少しマシな言い訳を思い付く事であろう。

 

「ごめんなさいロイド兄さん……。うちの姉はかしこさの種族値が2しかないから……」

 

「あはは……」

 

 いつの間にか音もなく隣に立っていたサヨが小声で呟いた言葉の意味はわからないが、とりあえず死ぬほど遠回しにヨルを罵倒しているであろう事は伝わって来た。

 

「…………っ!」

 

 口をへの字にして自信ありげな表情を浮かべているヨルが印象的であろう。

 

「え……えと……うん」

 

「忘れてたんです!」

 

 更に畳み掛けており、一ミリも自身の発言に疑問は持っていないようである。

 

「ていうかこの前の電話の時にパートナーいるって……。なんであの時……どういうこと?」

 

「あっ……あれは……」

 

 ヨルは少し考えた末、さっきと同じ表情ではあるが、やや頬に冷や汗を浮かべながら答えを出す。

 

「結婚のこと伝え忘れてたのを忘れてたからです!」

 

(ははー……!?)

 

(違うだろぉー!? このアネー!)

 

(あねー!)

 

 散々、フォローしたにも関わらず、言い訳もクソもない事をいい出したヨルに流石のサヨも軽く内心でキレる。

 

 それと共に落とした皿を片付けていた黄昏は、割れた皿をもう一度シンクに落として割った。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………」

 

 

 そして、ヤバい空気になった。

 

 お通夜のような面持ちの黄昏とアーニャ、それにブライア家の血筋のものたちが三者三様の表情をしながら押し黙る間が余りにも辛い。

 

 そんな空気で最初に口を開いたのは他でもないユーリ・ブライアであった。

 

「姉さんがそう言うならそうなんだね! ごめんよ」

 

(信じた……!?)

 

「ユーリは姉に対する理性を持っていないのよ」

 

(どういうことだよ……!?)

 

「もー、姉さんはおっちょこちょいだなぁ」

 

「うふふ、ごめんなさい」

 

 そのまま、何事もなかったように話が流れたため、サヨの呟いた事は事実なのであろう。黄昏の中でまたブライア家の不可思議度が上昇した。

 

「……まあ、そんなことよりユーリ、手土産のひとつでも持って来たんでしょうね?」

 

 キッチンから再びリビングへと向かったサヨは"花束はノーカンよ"と言いつつ、ユーリの荷物を漁る。

 

 このふてぶてしさと強引さは姉の特権であり、弟はそれに似たんだなと思う黄昏であった。

 

「おーさーけー!」

 

 そして、サヨは入っていたワインボトルを掲げ、嬉しそうにしている。ヨルも笑みを溢しており、どうやらこの姉妹はお酒好きらしい。

 

 しかし、サヨとヨルには予め今日は酒を口にしないように告げているため、流石に飲むことはないであろう。サヨは不明だが、ヨルはとてつもなく酒に弱いためである。

 

「そうだ姉貴ありがとう。ワイン持って来たんですよ。よかったらどうぞ!」

 

「これはご丁寧に」

 

(姉貴に便乗して、アルコールを入れて口を軽くさせ、貴様の薄汚い本性を暴いてやるぞ!)

 

(おば、よりきたない)

 

 それから暫く黄昏を交え、ユーリと黄昏だけがワインを飲みつつ話が進む。

 

「はい、アーニャちゃんブドウジュース。ミニグラスに注いじゃうわよー」

 

「おば、きがきく」

 

 黄昏とヨルの関係を根掘り葉掘りユーリが聞く様子が暫く続き、それには全く興味がないサヨは、アーニャにお酌していた。

 

「よきかなぁ……」

 

「どこで覚えたのその言葉?」

 

「アニメ、かわのかみさま」

 

「ああ……」

 

 ちなみにサヨがアーニャの為に持って来た葡萄ジュースは、最高級のワイン農園が半ば趣味で少量生産している葡萄ジュースという中々にロックなものであり、ユーリが持って来たモノよりも遥かに高かったりするが、それを思考にすらサヨは出してはいない。

 

「うおぉおお! ロッティ!! チクショォオォ!!!」

 

 サヨの膝の上に移動したアーニャと二人で暫く話したり撫でたりしていると、突然ユーリが酒を(あお)る。

 

 どうやら飲まなければやってられない事態になったらしい。二人の関係を聞き過ぎて、リアルな恋人描写が浮き彫りになった辺りでユーリの脳が破壊されたのだとサヨは考えた。

 

「のうが……はかい……?」

 

「大丈夫よ……。好きな人を取られたり、害されたと思って興奮してるだけだから。すぐに直るわ」

 

「おばもこわれてる」

 

「うん、知ってる」

 

 そんな会話の後、サヨは膝にいるアーニャを撫でつつ、酒が急に入り、元々あまり飲めるタイプでもないため、明らかに酒が回って来た様子のユーリへ優しげな表情で口を開く。

 

(くそう……姉さんはこんな奴のどこを好きになっ――)

 

「そうよユーリ。ロイド兄さんは、料理が出来て、家事万能で、顔が良くて背が高くて、家庭的で気遣いが出来るだけの医者よ。アーニャちゃん()をイーデン校に通わせてもいるわ」

 

「………………」

 

 味方の背を戦車砲で撃つレベルのただの追い討ちであった。

 

 そんなスーパーダーリンがこの世に存在して堪るかレベルの話であるが、実際に目の前に居るという事実にユーリは直面する。

 

「チ……チクショォオオォォォォ!?」

 

(ブライア家は酒癖が悪いのか……?)

 

 そして、ユーリは再び酒を呷った。どうやら現実を受け入れきれず、また脳が破壊されたらしい。

 

 ちなみにヨルは酔うと、かなり普通に酔っぱらいになる上に飲んだ後の記憶が消えるタイプ。サヨはフォージャー家で酒を飲んだ事がないために不明であるが、弟もこの有り様のため大方の予想が付く黄昏であった。

 

「そう言えばユーリくんは外交官なんですよね? 立派なご職業で。ヨルさんもサヨさんも鼻高に自慢していますよ?」

 

「むっ……」

 

(ロイド兄さんには言ったことないわね。まあ、別に良いけど。大変な仕事ねぇ)

 

(ちち、うそつき)

 

「ドミニクさんに聞いたけど、こないだはフーガリアまで行ったんですって? うらやましい!」

 

「え、ああ……まあ、ただの仕事だよ」

 

 それとなく黄昏は話を逸らし、ヨルもそれに乗った事で、自然と話はユーリの出張先の事になった。

 

「でもそうだね。美しい街だった。姉さんにも見せたかったよ。カフェも沢山あってね。時の皇后も通ったという老舗店では――」

 

(――――!)

 

 しかし、すぐに黄昏はその内容の違和感に気付く。

 

「首都オブダですか? 大使館周りには美味しいレストランも多いですよね。僕も昔、医学研修で行った事があります」

 

「カルパディアにはよく行きましたよ。店主のじいさんが作るシチューが絶品で」

 

「僕もそれ食べました! ……ああ、このワインもフーガリア産の奴でしたか。いい品だ」

 

「ああ、それは――」

 

(これは……ヘジャー通りの店で買ったもの)

 

「ヘジャー通りの店で偶々見つけて……」

 

「お高かったでしょう?」

 

(200ダルクだろ)

 

「いえ、200ダルクほどですよ」

 

「いえ、充分高価ですよ。ありがとうございます」

 

(やはりな……この問答、聞き覚えがある。これは――)

 

 それは黄昏の知識において、それは東国の情報機関が使っている作り話のマニュアルのひとつであった。

 

 そもそも黄昏は外務省勤務という時点で警戒はしていた。外交官という存在はスパイの入り口でもあるためである。

 

(実際、過去に訪れた事があったとしてもカルパディアの店主は4ヶ月前に腰を痛めて今は息子に任せている。このワインも折からの不作で300ダルクに値上がりした)

 

 他国へ渡航したと偽装するための定型文(テンプレート)であり、ユーリが仕事でフーガリアを訪れたというのは真っ赤な嘘だと言うことを黄昏は見抜く。

 

(情報が浅いな。ベテランなら応用を効かせて喋れただろうが、その程度では素人は誤魔化せてもこの俺には通じんぞユーリ・ブライア!)

 

 更に事前の情報では、ユーリが実際に外務省職員として勤めていた形跡が見られるのは1年ほど前までであり、それ以降はダミーの記録に置き換わっているため、その前後に情報機関から引き抜きがあったのだろう。

 

 そして、断片的な情報から黄昏は、ユーリを国家保安局(ひみつけいさつ)に所属していると半ば断定したのである。

 

(ちちすごいスパイっぽい! おじ、ひみつけいさつ! わくわく!)

 

 アーニャは今日イチでワクワクしていた。

 

 父親はスパイ、母親は殺し屋、叔母はマフィア、叔父は秘密警察。アーニャの家系図は混沌を極め、最早お伽噺の域であろう。

 

(危険は伴うが、黄昏(オレ)の正体を怪しまれぬ限り、このまま親交を続けるのも悪くない。上手く出し抜けば敵方を探る強力な情報源にもなりうる。それに加えて、どうやらヨルさんにも正体を隠している様子だ。案外、手綱を握りやすいかも知れん。となるとやはり最大の障壁は――)

 

「ユーリ? このワインもう少し高かったでしょ? 今、普通に買ったら3()0()0()ダルクはするもの」

 

「えっ……?」

 

(やはりサヨ・ブライア(コイツ)か……)

 

 黄昏は内心で苦虫を噛み潰したような感覚を覚えながらワインボトルを少し掲げて見せるサヨを注視した。

 

「雨が多くて寒いし、曇りばっかりで日照も少なめだったから不作でねぇ。大分、勉強して貰ってるヴェスタ・ガーデン(うちの店)の仕入値も幾らか上がるぐらいだったもの。もう、そんなところで気を使わなくてもいいのに」

 

「…………そうだね。ははは、悪かったよ」

 

(辻褄は合っているな……)

 

 ロンメルファミリー直営店ヴェスタ・ガーデンには、実際にこのワインが卸されているため、副料理長であるサヨが言ったとしても何も間違ってはいない。

 

 しかし、前提としてサヨは少なくとも末端ではないマフィアであり、言動や行動以上に聡明で腹の底を見せない女である。そのため、各組織の定型文(テンプレート)ぐらい知っていても何も可笑しくはないと黄昏は考えていた。

 

 そして、今の訂正は紛れもなく黄昏で言うところの"ベテラン"の対応である。

 

「これぐらい温め直せばいいでしょう」

 

 すると時折トロ火に掛けた鍋の様子を見にキッチンに来ていたサヨは、火を止めて鍋を持って来た。

 

「ほーら、話に出ていたカルパディアのシチューよ」

 

(――――――)

 

 "再現した奴だけどね"と言いつつ、鍋と一緒に持って来た皿によそうサヨを見ながら黄昏は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。さながらマジシャンの種がわからない客のような感覚であろう。

 

「カルパディア……? えっ、姉貴本当に……?」

 

「まさか話に出るとは思わなくてびっくりしちゃったわ。偶然ってあるのね」

 

(そんな偶然があって堪るか……!)

 

 黄昏は血を吐くように内心で叫ぶ。

 

 偶然は幾つも重なれば必然である。ここまで状況証拠まみれだと最早故意でやっているとしか思えないのであった。

 

(まさか、全てこれを見越して? 事前にユーリがヨルさんに伝えていた情報から彼がどのような定型文(テンプレート)を使うかは凡そ推察はある程度出来る。だからと言ってそのためにシチューまでもを仕込むのか? なんのために? そんなことをするメリットはなんだ……? くそっ……どこまでが虚偽でどこが真実だ……? この女狐め……)

 

(黄昏おにーちゃんを四苦八苦させるのすごくたのしい。おにーちゃんに悪戯しないと取れない栄養素が確かにあるのだわ)

 

(おば、あくじょ)

 

 尤も黄昏が、サヨはただ彼にちょっかいを掛けて構って欲しいだけなどという死ぬほどどうでもよく、愉快犯レベルの動機に気付くことはほぼないであろう。

 

 あろうことかこの女、お茶目な妹なのは素であり、ずっと兄が欲しかったと密かに思っていたため、黄昏といるとテンションがやや高かったりする。

 

「そりゃあ、半年経たないぐらい前に店主のお爺さんが腰を痛めて息子と変わったからね。ちょっと頼み込んで作り方を教えて貰ったのだわ」

 

「えっ、そうなんだ……」

 

「食の追求って名目で経費を使い倒――料理をお勉強する旅行をよくしているからね。まあ、別にユーリはカルパディアにはよく行っただけで今回行った訳じゃないんでしょ?」

 

「そうだね、あはは」

 

「おいしい!」

 

(これが本当の小並感)

 

「うふふ、よかったですねアーニャさん」

 

(コイツ、ロンメルファミリー内でも同じテンションなのか……? 味は……ほぼ完全にカルパディアの前店主のものだ……)

 

 隠す気がない傍若無人っぷりはロンメルファミリー内でも健在のようであり、シチューの味からその素行の悪さを高過ぎる能力で黙らせている光景を黄昏は幻視した。

 

 暫くシチューを交えつつ他愛もない雑談に花が咲く中、ふと思い出したようにヨルが呟く。

 

「いい義兄さんが出来てよかったですねユーリ」

 

「………………ッ!」

 

「ぴっ――」

 

 その言葉はユーリの鎮火し掛けた思いを再燃させ、机を激しく叩かせ、それに驚いたアーニャが飛び上がる。

 

(いっかい)

 

 それを見たサヨの視線の温度が目に見えて下がったが、酒が入ったユーリはそれに気付かず、立ち上がるとヨルと黄昏を睨む。

 

「ボクは認めないぞ姉さん。誰がそんな奴義兄(あに)だなんて呼ぶものか」

 

(にかい)

 

「失礼ですよユーリ」

 

「アンタの言う通りさロイド・フォージャー。ボクは社会に出て立派になり高い酒も買えるようになった。姉さんたちのお陰なんだ……。姉さんたちがボクをここまで育ててくれた」

 

 ユーリがかつてのブライア家の情景を思い浮かべ、思い出の中の小さなユーリと共にそれをアーニャは目にする。

 

「ウチは両親が居なく貧しかったから勉強道具もまともに揃えられなかった。だけど……いつもそうだった……姉さんはボクのためだけにボロボロになるまで働いて……。姉貴はボクを養いながら小さな子供を1人でも多くマトモな生活が出来るように身を粉にして……」

 

(まあ、姉さんも私も十代半ばには既に数えるのも忘れたぐらい人殺してたからね。姉さんが返り血浴びたまま家に帰ってくるのは流石にどうかと思ったけど……)

 

(こわ……!?)

 

 アーニャはユーリの脳裏に浮かぶまだ子供っぽいヨルが返り血まみれで笑みを浮かべる姿と、修道(シスター)服を着つつやたら長刃で鋭利な刃物の手入れをしながら近所の子供たちに囲まれて満面の笑みで遊んでいるサヨの光景を見た。

 

 どちらも何かが致命的に間違っている点がとてもポイントが高い。

 

「ボクは決めたんだ。早く立派になって姉さんたちを守れる男になるんだって……2人だけの肉親をボクがずっと守って行くんだって……」

 

 拳を強く握り締めたユーリは恨めしげに黄昏を睨む。

 

「わかりますか? そんな世界で1番大切な家族をどこぞの馬の骨に奪い去られてしまったボクの気持ちを……!!」

 

(セクレタリアトとか、ディープインパクト辺りの馬の骨かしら?)

 

(うま……? ごーるどしっぷ……?)

 

 サヨの心を読んだアーニャは、淡い紫陽花のような髪色をしたウマ耳の生えた女性にドロップキックされる情景を読み取り、意味がわからず首を傾げた。

 

「そりゃいつかは結婚して幸せになって欲しいと思っていた。だけどその相手はボク以上に姉さんを守れる相手じゃなきゃダメなんだ! アンタにその役が務まるのかロッティ!」

 

 ユーリは黄昏に指を突き付けながらそう宣言する。

 

 それに対して、黄昏はロッティという名称を疑問に思う様子をしつつも真っ直ぐにユーリを見据えた。

 

「僕は……あなたに負けないぐらいヨルさんを愛しています」

 

「――――!!」

 

「うちの娘もヨルさんをとても好いている」

 

「アーニャ、ははできてうれしー」

 

(いやいやこれは弟を誤魔化すための演技ですから……でもびっくりしました……!)

 

(というかそもそも……あなたたち見合い結婚みたいなものよね)

 

 ヨルは突然の宣言に顔を赤くして驚いている様子であり、それを眺めるサヨはニマニマと人を喰ったような笑みを浮かべる。

 

「彼女は僕にとってももう家族です。例え、槍が降ろうと核爆弾が降ろうと僕は生涯を掛けて彼女を守り抜きます」

 

(ちち、かっこいい)

 

(うふふ……嘘だとわかっているし、まあたぶん嘘にはならないと思うけれど……。反故にしたらどうしてやろうかしら……?)

 

 黄昏の堂々とした嘘を聞いたサヨは、満面の笑みを浮かべながら音が出るほど手を鳴らすという二律背反をして見せる。

 

 それから自身の膝に乗っているアーニャをかなり惜しそうな様子でそっと隣に移動させた。

 

「…………槍……か、核……」

 

(核爆弾だと……!? 槍ならボクも防いでやれる自信はあるが……核爆弾!? 実はコイツスゴい奴なのか……!? どうやって……)

 

(というか槍の雨程度で姉さんが殺せるわけないでしょうが)

 

(おじアホ。ははつよい)

 

 ちなみにユーリは酔いが回っているせいで思考回路が纏まらなくなって来ており、普段かつ姉が絡まなければもう少しマトモであろう。

 

「く……口では何とでも言えるさ嘘つきめ! そうさ、アンタは嘘つきの顔――」

 

「さんかい」

 

(えっ……? はや……)

 

 その直後、黄昏の目にも止まらぬ速度でユーリの側面に回り込んだサヨは、さながら幽鬼のようにゆらりと揺れながら体勢を正し、目に煌々とした暗い光を宿す。

 

 その人間離れした様子に黄昏は素で恐れ、顔を若干青くする。

 

「さっきから思ってたけれど……」

 

「ごぶぉッ!?」

 

 そのままサヨはユーリの横腹を躊躇なく蹴り飛ばし、リビングの壁に叩き付けた。

 

「初対面の人様の家でなんだその態度は?」

 

 サヨは所謂、ヤクザキックを振り抜いたままの姿勢で壁掛け写真のように張り付いたユーリを眺め、殺し屋のような視線を彼に向ける。

 

 その気迫を前に黄昏とアーニャは声を失ったように驚くばかりだ。

 

「サヨちゃんやり過ぎですよ?」

 

「今、やらないでいつやるのよ姉さん。私たち絡みでユーリが話にならない事は承知でしょう?」

 

 "その上、勝手に酔ってるならもう気遣いなんて無用よ"と続け、サヨは身体を起こしたユーリと対峙する。

 

「ぼ、ボクは姉さんの事を思って――」

 

「愛着と執着は全く別の感情よ。自身が思い込む余り見境が無くなってるんでなくて?」

 

「それは……」

 

「少なくとも姉さんも私もアンタにそんな事言われるために育てた訳じゃないわよ。なんで守りたいとか言いながら傷付けるような事しか言わないのかしら?」

 

「う……」

 

 それは紛れもなくユーリの姉だから言え、それだけの重みのある言葉であった。

 

「彼は紛れもなく()()()よ。姉さんの夫としても、アーニャちゃんの父としても、何より人間としても……少なくとも私はそう認めているわ」

 

 そして、サヨはユーリの顔に自身の顔を触れる程の距離まで近付けると、薄笑いを浮かべた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 暫く無言でサヨとユーリは顔を合わせ、ユーリの方が先にばつが悪そうに顔を背ける。

 

「ごめんよ姉貴……姉さん……」

 

「よし……謝れるなら上等ね。じゃあ、とりあえず、ソファーに戻って飲み直しましょうか?」

 

 そう言ってユーリを立たせて背中を押したサヨは、彼が元居たソファーにまで誘導した。

 

(姉がいたらあんな感じなのか……)

 

 頭ごなしに罵倒するのではなく、ユーリを想って叱るサヨに黄昏はひとつの家族の形を目にし、その在り方を1人の人間として考える。

 

 そして、サヨの人間性とフォージャー家に対して有利に動いてくれている事に、言葉には出さないが感謝をし――。

 

「ちょっと待ってね。なるべく怪我しないように軽く蹴ったけど軟膏と絆創膏ぐらい――あ」

 

 ――彼女がユーリのケアに自身のバッグをまさぐった直後、夫婦部屋に置こうとした"避妊具の箱"が溢れ落ちたのを目にし、黄昏は真顔になった。

 

 無論、黄昏だけでなくユーリも感情を失ったような顔で、確かな存在感を放ちながら静かに床に落ちている無駄に毒々しいピンク色をしたそれを眺める。

 

「どうして今そんなものが姉貴のバッグから……。――!? まさか、ロイド・フォージャー貴様ァ!?」

 

「ち、違いますよ! それはサヨさんが冗談で持って来た小道具で――」

 

「違うのユーリ! これは……遊び……ただの遊びだからっ!?」

 

「お前、言い方考えろよ!?」

 

「あ、遊び……姉さんだけに飽き足らず、姉貴までもを(もてあそ)んで……! うぉぉおぉぉぉ!!!?」

 

 ユーリは近くの壁に向かうと唐突に頭を打ち付け始め、他の大人の3人はそれをどうにか止めに掛かる。

 

(はは、おば、おじ、みんなゆかい)

 

 そんな光景を眺めるアーニャは、ひとりソファーで足をぷらぷらさせながらミニグラスに入った葡萄ジュースを飲み干すのであった。

 

 

 

 

 

 







~ その後 ~


「ユーリこれはね……水風船の代わりよ。ほらアーニャちゃん」

「すごいふくらむ!」

「なんだ水風船か……」

 この後、滅茶苦茶誤魔化せた。





~ 読まなくていいところ ~

建前:
ヤバい、リアルが忙しいのはいつもの事として、ユーリが来る話の原作滅茶苦茶文字数多い上に長いし、何よりスパイファミリーをここまでハーメルンで書いている奴が作者しかいないので、会話文のコピペも出来ないせいで時間掛かる……(驚きのクソ作者)

本音:
信じて送り出した作者が今更ヒロアカとその二次創作漁りにハマりました。なんだあれ異形萌えの宝箱じゃねーか、生まれつきの異形(作者基準)娘主人公で書きてぇ!(作者の屑) 何より超絶カァイイ葉隠changのインビジブルおっぱ――(人間の屑)
※ちなみに作者の異形娘の守備範囲は、インセクト女王(クイーン)(遊戯王)で全然大丈夫なぐらいです(雌クリーチャー)



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