ブライアおばさん   作:ちゅーに菌

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2期直前にこっそり更新すればきっとバレない筈ですね……(震え声)

キービジュアルにいるだけで面白いとばりさんは反則だと思うの。





おばさん

 

 

 

 

 ヴュスタ・ガーデン――。

 

 

 バーリント北区呉服町通り92の表通りに建つ中規模の料理店(レストラン)である。

 

 他のレストランと比べてもかなり小綺麗だが、ドレスコードなども要らずに誰でも入り易い雰囲気と接客が行き届き、驚くほどリーズナブルで、量や好き嫌いなど個々である程度対応もしてくれるため、地元民から観光客まで幅広く愛される名店と言えるだろう。

 

 恋人たちから老夫婦、子供連れの家族まで誰でも安心して食事を楽しめる憩いの場であり、まさにフォージャー家のような家庭の為のような場所なのだ。

 

 

(それだけだったらどんなに良かっただろうな……!)

 

 

 しかし、それは全て堅気の人間ならという注意書きが頭に付くお話――。

 

 少しでも裏の世界に精通し、後ろ暗い所を持つ人間ならば、是が非でも絶対に近付かない東国有数の危険地帯である。と言うよりも国の機関という枕詞を除けば、このヴュスタ・ガーデンが東国の地獄なのだ。

 

 そもそもヴュスタ・ガーデンの店主の名義は隠す気すらなく、フランク・ロンメルであり、シェフ兼店長として実際に勤務している。

 

 実権を持つロンメルファミリーNo.2が、明らかに趣味で経営している店舗であり、それはすなわち、ロンメルファミリーの本拠地と言えてしまうのだ。

 

 そんな事を昼下がりの件の店内で染々と黄昏は考えていた。

 

(店員一人一人の動作にあまりに無駄がない……気配なぞ見ていても見失うレベルだぞ……! それにどいつもこいつもロンメルファミリーに降った名のある殺し屋じゃないか……!)

 

 ヴュスタ・ガーデンの店員は、受付で笑顔を浮かべる活発そうな年若い者、ウェイターの老年の者、ショーをしている見慣れない人種の中年の者、幾らか見える厨房で大きな出刃包丁を肉塊に向ける者など様々な人間が居るが、黄昏が見ればWISE(ワイズ)が把握している世界各国の一流の殺し屋であることは明白である。

 

 黄昏はお伽噺に片足を突っ込んだ東国の死神であるロンメルの私兵の烏喙猟兵隊の信憑性を半ば確信した。何せ、ここにいるひとりひとりが黄昏でもサシで殺り合えば五分五分と言ったような連中しかいないのだ。

 

(と言うことはロンメルの狐もここに……?)

 

(うふふ、みなさん相変わらずお強いです)

 

 ちなみに面識の有無に関わらず、一目で黄昏と共に来店したヨルを副料理長(サヨ)クラスだと判断したヴュスタ・ガーデンの店員らは多少引いた様子である。

 

 蛇足であるが、ヴュスタ・ガーデンの値段設定がリーズナブルな最大の理由は、フランク・ロンメルを含めてヴュスタ・ガーデンの従業員に一切人件費が発生していないためだ。

 

 と言うのもまず、フランク・ロンメルは東国と西国の組織において10本の指に入るほどなため、完全に趣味以上の目的でヴュスタ・ガーデンを経営してはいない。

 

 そして、それに連なる烏喙猟兵隊は、ロンメルファミリーに忠誠を誓うヒットマンか、元一流の殺し屋のため、金など元より腐るほどあり、故に信念や快楽のために殺しを続けて来た連中だ。要するにただの組への奉仕活動である。

 

「お待ちしておりました」

 

 人間味がないほど体幹のブレと歩行の足音も気配もない店員に声を掛けられ、黄昏とヨルは店の奥にある個室に通された。

 

 そして、明らかにただの料理店に似つかわしくない鉄扉を眺める。シックな色をしたそれは中の者を閉じ込めるために設計されたであろう事は明白である。

 

 それを見た黄昏は僅かに顔をしかめ、それと同時に最悪の場合、巻き込んでしまった隣にいるヨルだけでもどうやって逃がすべきか思案していた。

 

「フランクさーん!」

 

「待ってヨルさ――」

 

 すると勢いよく鉄扉を開いたヨルを止めようとした黄昏は、途中で言葉を止めて無意識に扉の中を見る。

 

 

「あらあらまあまあ、いらっしゃーい、ヨルちゃん。それと……ロイドちゃんね?」

 

 

 そして、広々とした個室の中央に置かれた10人は座れるであろう円卓にひとりで座る人間の姿を目にする。

 

 それは元々背の高い黄昏よりも更に一回り背が高く、西洋絵画の神話の英雄のように全身に一切の無駄がない筋肉の付き方をした男であり、黄昏よりも少しだけ歳上に見える美丈夫であった。

 

(冗談だろ……)

 

(相変わらず、お店で一番お強いです)

 

 その男を見た黄昏は、単純に悪党の親玉としてしか記録上には無かったWISE(ワイズ)のデータベースの間違いを呪う。

 

 彼こそが、ロンメルファミリーの事実上のトップであるフランク・ロンメルその人であり、何よりも彼から漂う奇妙な気安さと、店員とほぼ()()()()()静かな威圧感に黄昏は更に警戒を強める。

 

 フランクは自身の乾きかけの血のようなストロベリーブロンドの長髪を掻き上げてから口元に手を当てて小さく笑う。

 

「呆れるほど時間ぴったりね。もー、休日なんだからもっと羽を伸ばすぐらいでいいのよ?」

 

「いえいえ、今日はサヨちゃんのためですからッ!」

 

 ヨルと親しげに話す目の前の男は、明らかにここに来るまでに見た殺し屋とほぼ同じような存在に黄昏が感じ取った事が何よりも異質であろう。

 

(ロンメルファミリーのトップにも関わらず殺し屋(ヒットマン)なのか……?)

 

 一流の殺し屋は顔が知れている。しかし、伝説級の殺し屋はそれを伝える者さえ皆殺しにしているため、誰にも周知されていないという事をロンメルの狐という前例から考え、警戒心を最大まで引き上げた。

 

(というか、やはりここにいるのか? ロンメルの狐も。あるいは彼……いや、彼女か? それがそう呼ばれているのでは……)

 

「あー、そーそー。ヨルちゃんちょっとお耳を拝借」

 

「なんでしょうか?」

 

 純粋な興味として疑問を抱いた黄昏を他所にフランクはヨルに耳打ちをする。

 

 それを聞いた瞬間、ヨルの顔色がガラリと変わり、彼女は一目散に部屋を後にした。

 

「――――! 急用が出来たので、少々失礼します! ロイドさん!」

 

「ちょ……ヨルさんまっ――」

 

 しかし、黄昏の言葉は虚しく空に響き、ダッシュで去って行ったヨルが残した一迅の風と出入り口の鉄扉を勢い良く閉める音だけが大きく響いたのだった。

 

「さてと……」

 

 トントンと指で机を叩く音が響き、黄昏がそちらを眺めると、既に席へと着いたフランクが笑みを浮かべながら自身の隣の席を指で示している。

 

 

「二人っきりになっちゃったわねぇ……ロイドちゃん。おいでなさいな。そんなに怖がってないでアタシとお喋りしましょ? 大丈夫、ロンメルファミリー(うち)は基本的には優しいからねぇ……」

 

 

 黄昏がスパイとしてこれほど絶望的な不安と妙な恐怖を覚える人間は初めてであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「おば、あっち行く」

 

「はぁーい♡」

 

 アーニャは休日の叔母のサヨ・ブライアを連れ出すという黄昏から与えられたミッションを遂行していた。

 

 手を繋いだままアーニャがサヨを先導して遊園地を巡っており、さながら手綱付きケルベロスのような無敵の構成である。

 

(しかし、突然ロイドとヨル(二人)とも私にアーニャたゃを預けるなんてどういう風の吹き回しかしら? あまりにも唐突だったけど、水入らずでデート? うーん、それもあるかもしれないですけれど……どちらかと言えば私を遠ざけているような――)

 

「――!? おばっ!」

 

「ん?」

 

「かたぐるま!」

 

 その言葉を呟いた瞬間、アーニャは風を切る感覚と共に気付けばサヨの後頭部におり、最早装備されたような扱いとフィット感であった。

 

(ああ……頭の両サイドがアーニャたゃのおみ足ともも肉に挟まれて、後頭部頭にはお腹とお股が……!! こんなんここが私の約束の地じゃんもうここに住むからリユニオンしたいライフストリームキメなきゃ……)

 

 相変わらず、地獄のような中身のサヨであるが、既に割と慣れているアーニャは極力サヨを引き離し、めいっぱい楽しんで来るというミッションを遂行する。

 

「ごー!」

 

「仰せのままにぃー♡」

 

(フヒヒッ……たーのしー!)

 

 叔母はアーニャ(おさなご)に対する頭を持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、何から聞きたいかしら?」

 

(なんなんだこの状況は……?)

 

 やたら距離を詰めて隣に座るフランク・ロンメルという東国の怪物に百戦錬磨の流石の黄昏と言えど戦々恐々としていた。

 

 さり気なく逆の肩に触れている手付きが壊れ物に触れるように余りにも優しく、それが返って得体の知れなさを増長させているのもあるだろう。

 

(どこまで知っているんだこの怪物は……。それを見極めるにしても現状ではこちらに情報が無さ過ぎ――)

 

「まあ、とりあえずは私から少し話しましょうか」

 

 すると黄昏に疑問符を投げ掛けていたフランクの方から口を開く。黄昏は渡りに船とそれに対して特に異論を唱えず、黙って話を聞く事にした。

 

WISE(アナタたち)がこの東国で何をしているのかは大方知っているわ。ロンメルファミリー(アタシたち)が一流の元殺し屋を何人抱えているのかという話だし、情報収集能力の高さはちょっとしたものなのよ」

 

(どんなマフィアだよ……)

 

 "うちに烏喙猟兵隊が実在することは知っているでしょう?"と言いつつ、フランクはカラカラと笑う。

 

「それでアナタたちに対するアタシたちの見解だけれど……基本的には不干渉を貫くわ。害さない代わりに協力もしない。もちろん、そっちが善人である限りはだけどね」

 

(……信じるのならノルマとしては申し分ないか。だが、まだ確証も何もない。WISEを一網打尽にする計画として誘い込んでいる線の方が現状濃厚な以上は細心の注意を払う必要があるだろう)

 

 オペレーション〈玉藻〉の着地点としては文句の付けようのない言葉を他ならぬフランク・ロンメル本人から引き出したが、それを無闇に信じられるほど黄昏は人間が出来てはいない。

 

 現状でそれ以上を引き出すのは高望みだが、せめて何らかの物理的な確証を取り付ける程度はしなければならないであろう。

 

「そうねぇ……。じゃあ、折角だから証として――」

 

 フランクは懐からロンメルの短剣を取り出し、その鞘を半分ほどだけ抜くと黄昏の目の前に置き、"認識票代わりよ"と言葉を付け足す。

 

 その動作に黄昏が目を丸くしていると、フランクはその白刃の刀身を指でなぞり、満面の笑みを浮かべる。

 

「アナタ、今日からロンメルファミリーの幹部にするからヨロシクね。今決めたわ。もちろん、うちにめいっぱいスパイ活動していいわよ?」

 

「は……?」

 

 黄昏の脳は言葉を理解する事を拒否した。

 

()がひとつ増えた程度、アナタには大差ない事でしょう? 再就職先がひとつ増えて良かったわね」

 

 "まあ、うちは潰しが効かないから最終手段にしなさいよー?"と、フランクは冗談めかして笑うが、相手がスパイだとわかった上で、それを己に取り込む豪胆さは、呆れを通り越して最早感心を覚えるレベルであろう。

 

「あら? 麻薬カルテルとか、マフィアへの潜入経験は無かったかしら? 意外とウブなのー?」

 

「い、いや……そう言うわけでは……」

 

(コイツ、さっき不干渉がどうだとか言っていたよな!?)

 

「女心と秋の空。気が変わったわ。それに基本的と銘打ったしね――周りにイケメン侍らせてもいいじゃない別に」

 

(おい)

 

 極東の諺を言いつつ、脳天気で飄々とした態度を崩さないフランクに黄昏は内心でツッコミを入れる。

 

「アタシ、自慢じゃないけど人を見る目はあるつもりよ。ロイドちゃんはその点全然合格ね。それに男の人ってちょっとミステリアスで秘密があった方が素敵じゃない?」

 

(いかんこの人……()()と同じ人種だ……!)

 

 黄昏の脳裏には、目線が黒い取り消し線で隠され、舌を出した悪戯っぽい笑みでダブルピースしつつ、彼を義兄と慕う義妹(アレ)の姿が浮かぶ。

 

 つまりは数少ない黄昏が苦手とする相手である。嫌いや好きではなく苦手だというところが肝心であろう。

 

 それはそれとして、黄昏はオペレーション〈玉藻〉について考える。現状でも関係を持てた時点で十分過ぎる成果だが、目の前の掴みどころのない裏社会の巨人にイニチアシブを取られるどころか飲み込まれ掛けている事は余りにもリスクがあると考えた。

 

(仮に信じるとしよう。だが、そこまでするならWISE(こちら)と直接接点を持った方がよりやりようがあるだろう。何が真の目的だ? せめてそれを一端でも把握しなければならんな。あるいは向こうに対してこちらが利になる事を示さなければ――)

 

「信じてない様子ねぇ。まあ、そっちの方が無理か。アタシ、アナタたちの認識だと化け物みたいだし――」

 

 するとフランクは少し考え込むように唇に人差し指を当て、何か思い付いたのか、エメラルドの瞳を鈍く輝かせる。

 

「しーちゃんは元気?」

 

「しーちゃんですか……?」

 

「シルヴィア・シャーウッド」

 

「――――」

 

 “鋼鉄の淑女(フルメタル・レディ)” シルヴィア・シャーウッド。WISEの女性管理官(ハンドラー)であり、表向きの身分は在東西国大使館の外交官の黄昏直属の上司に当たる人物だ。

 

 その名が、東国で最も恐れるべき人間のひとりの口から出た事は流石の黄昏でも多少の驚きを顕にする。

 

「別に知り合いって程親しい間柄じゃないわよ? むしろサイアク。戦時中は互いに殺し合う程度の仲だったしね。ただ、これだけは伝えてくださいな」

 

 そして、フランクは笑みを浮かべた表情のまま、口の端を三日月のように釣り上げて微笑む。

 

「"お子さんは元気?"ってね。それでまあ何のことかは伝わると思うわ」

 

「……わかりました。お伝え致します」

 

(よし、この件はハンドラーに丸投げしよう)

 

 珍しく仕事でキャパオーバーをしかけている黄昏は、渡りに船とばかりに全て上司にぶん投げる事を決めた。そちらの方が胃にも優しいであろう。

 

「ところで、ロイドちゃんはサヨちゃんとは仲が良いの?」

 

 するとそんな事をフランクから投げ掛けられ、そもそもはサヨについて聞くために黄昏はここに来た事を思い出す。

 

「ええ、まあ、彼女がこちらをどう思っているのかはわかりかねますが、それなりには――」

 

(当たり障りのない話……と言いたいところだが、仲がいいのは事実だろう)

 

 黄昏はフォージャー家に週4は確実に入り浸っているサヨについてその様子を交えつつ話した。ヨルが独身だった頃は、月に2〜3日会う程度だったらしいため、目当ては兎も角として親しくなっているのは間違いないであろう。

 

「ロイドおにぃちゃーん」

 

「ははは」

 

(なるほど……コイツ、サヨから家の話を聞いているな?)

 

 話を聞き終えたフランクが、とても覚えのある茶化し方をして来た事に内心で青筋を立てる黄昏であったが、それを一切顔には出さない。

 

 相変わらず、人を食ったような笑みを絶やさないフランクは"さて"と言葉を区切ってから口を開いた。

 

「それで本題ね。まず、言っておくけれどヒルちゃんはサヨちゃんが産んだわけじゃないわ。彼女を生み出したのは東国の闇よ」

 

「東国に存在した元国家主導の研究機関ですね」

 

「そう、戦時中はまあ……うん、ぎりぎりマトモな研究をしていたけれど、戦争が終わってからは見る影もない。国が首も手も回らなくなったからこれ幸いにと暴走したのでしょうね。加えて国の方には虚偽の報告をしていたせいで、発覚まで大分時間が掛かったのよ。まあ、でも……」

 

 フランクは言葉を区切り、溜め息を吐く。

 

「復興の黎明期なら兎も角、国が機能してからもずっと同じペースで人間を補給していたら流石に足が付くでしょ? それも子供ばかりを中心にね。それで流石に国も何かが可笑しいって気付いて、調べたら異様な薬剤や化学兵器の原料の搬入記録が出るわ出るわよ」

 

「それは、あまりにも……」

 

 黄昏がテーブルの下で握り拳を作り、強く握り込む。元より彼はそのようなものが許せる性分では無かった。

 

「国としても明らかな汚点を解決したかったけれど、していた研究が研究だけに研究者を逃したくない。でも向こうも発覚は折り込み済みだったらしく、傭兵崩れの警備兵で一個中隊規模の備えをしていた。だったら出番になるのは……少しばかり戦術に明るくて最悪使い潰せて愛国心のある殺し屋集団でしょう?」

 

「……国の依頼ですか」

 

 そもそもロンメルファミリーはマフィアでありながら祖父のギュンター・ロンメルもフランクも元陸軍将校であり、私財と構成員を擲ちながら西国と最も壮烈に戦った軍人のひとりである。

 

 故に戦争孤児である黄昏が余り良い印象を抱いていないという事が無いとは言い切れないが、少なくともそれを顔に出すほど愚かではなかった。

 

「そうね。アタシたちがその研究施設を襲撃して、研究者たちと警備兵を皆殺しにしたわ。それで、研究成果の回収や保護をしたらビックリよ」

 

 フランクはやや大袈裟に両手を広げ、天を仰いで見せる。

 

「うちの構成員の幹部格の顔をした子供がチラホラ出てきたんだもの。まだ、国家主導だった何年か前に"復興の一助になるから"とか言って、色々と優秀な人材の血液とか体組織を集めてた時にしてやられたわ。そうして造られた人造の人間のひとりがヒルちゃんよ」

 

「クローン人間ということですか……?」

 

 クローンといえば、黄昏の知る限りでは最近になってカエルのクローンの生成に成功したと話題になっている分野だ。

 

 そのうち人間を生み出せるのではないかと議論にもなっているが、少なくとも現在の技術で作り出せるようなものでは到底ないであろう。

 

「さあね。本当にクローンなのか、遺伝子を元に別の何かを継ぎ足して生まれたソックリさんなのか。私もその分野は門外漢だからわからないけれど、少なくとも技術だけは確かだったんでしょう。超能力者を生み出す研究とかもしていたみたいだし」

 

 "そっちの成功体とやらは襲撃前に脱走していたみたいで保護出来なかったけど"とフランクは付け足し、目を伏せると小さく溜め息を吐いた。

 

「……技術の方はどうしたんですか?」

 

「国に過ぎた玩具を引き渡す事を愛国者たる我々が許すと思う? アタシたちが見付けたモノは、当たり障りのないモノに幾らか色付けたモノ以外は全て燃やし尽くしたわ」

 

「そうですか」

 

(そうか……。いや、きっと俺でもそうしていただろうな。なるほど……ロンメルファミリーの妙なスタンスはトップがその思考だからか)

 

 当たり前だと言わんばかりにクツクツと笑うフランクを眺めつつ、黄昏は合点がいったと内心で考える。

 

 どうやらこのフランク・ロンメルという怪物は、闇に生きる護国の徒ではあるが、愛国心はあれど東国自体は全くと言っていいほど信用していないらしい。

 

 テロリストすら顔を青くするほど過激的でありながらスタンスとしては穏健派という二律背反はこうして成り立っているのであろう。

 

 一切手段を選ばない東国のWISEのような存在と言えるのかも知れない。

 

「で、ヒルちゃんを知ったサヨちゃんねー。"私が居なければこの子は生まれなかった"って言って酷く落ち込んじゃってね。自分みたいにならないようにって一切関わらないようになったの」

 

「それで……」

 

 サヨがヒルの事をロイド・フォージャーにも実の姉にも一言も告げなかった事に合点がいった。だが、それを聞いて尚、黄昏の中には釈然としない感情が募る。

 

「サヨは極東では"小さい夜"って意味らしいわ。だから小夜(サヨ)。それとは絶対に相容れないように(ヒル)って名前を付けてね」

 

(アイツ……!)

 

 黄昏は内心で声を荒げ、強く握り込んだ握り拳を自身の膝へと静かに打ち下ろす。

 

 事情は理解したが、だからと言って納得出来るものでもそのままにしておくことが最善とも思えない。何より、あれだけ子供好きの馬鹿が、人知れず誰よりも苦しんでいるという事実に憤慨する。

 

 自己犠牲と言えば聞こえは良いが、結局のところ独りよがりな自己満足であり、蚊帳の外の当事者の事は何も考えてはいないであろう。それは逃避と何が違うのかと彼は思う。

 

 何よりサヨよりも母親に向いている人間などそうは居ないのだからと黄昏は思うのだ。

 

「自分の手が汚れている事に気づいたって奴よね。まあ、アタシとしてはどーでもいいと思うんだけどねぇ。そんなこと」

 

 フランクは椅子を船漕ぎし、天井を見つめつつまた口を開く。

 

「よく、人殺しが幸せになるのは可笑しいとか言う奴いるじゃない? じゃあ、戦争に行った人間はみんな幸せになるなって話かっての。殺しも戦争も、悪意も正義も、何も変わらないわ」

 

 船漕ぎを止めて机に頬杖をついたフランクは、笑みを絶やさずにそのままじっと黄昏の瞳を眺める。

 

「ぜーんぶ、何かを守りたいが為にしたってだけですもの。守るために殺して何が悪いのかしら? 手段に拘るだなんて戯言を吐けるのは命を賭して何かを守った事すらない口だけ達者な卑怯者だけね」

 

(……なるほど、コイツが憎んでいるのは――)

 

「そもそも刑罰には人殺しをするな、なんて一言も書いてないわ。したらどうなるか書いてあるだけよ。けれど戦争ではそれさえも機能しなくなる癖に、法治が機能した瞬間に罪となる。人間ってホント素敵ねぇ……」

 

(――人と国か)

 

 戦争には本来ならば勝者がある。しかし、東国と西国のそれは結局勝者を生まず、その代わり誰も敗者にはならなかったが、それは誰もが目を背けているだけで、本質的には全てが敗者となったのである。

 

 そして、その有り様が歪んだ統治者である今のロンメルファミリーの形を生んだのだろう。

 

 しかし、思想よりも黄昏にはただひとつだけ気に食わない事があった。

 

「まあ、つまりサヨちゃんはちょっと頑張り過ぎたからそろそろ肩の力を抜いていいと思うのよね。ちょうどいい機会だし」

 

「…………使うだけ使って身勝手だな」

 

 "大層な御託"等と毒突かなかっただけ黄昏は抑えていた方であろう。

 

 スパイ黄昏ならばロンメルファミリーの喉元でそのような発言をすることは絶対に無かったが、仮初ではあるが家族を持ち、妻の妹であり自身の義妹として振る舞う彼女もまた紛れもない家族であった。

 

 そして、サヨ・ブライアという女は、ロンメルファミリーあるいは目の前の独善的な悪党と出会わなければこうはなっていなかっただろうと確信する程に彼女の歪な優しさと善性を知っていた事が、"義兄"として何より彼を焚き付けたのである。

 

「ウフフ……良い顔ねぇ……。そっちの方がずっと男前で私好みよ? おとーさん」

 

「うっ……軽はずみな発言をしてしまい申し訳ありません」

 

「あら? いいのいいの。アナタの怒りは尤もだもの。というかぁ……ロイドちゃんったら行儀が良過ぎるぐらいだわ。アタシたちが表面上の礼儀やマナーなんて気にする質だと思う? むしろ――」

 

 フランクは机にある抜身のロンメルの小剣を指で弾き、黄昏の手元に届けると、笑みを止めて何処か影のある真剣な表情で口を開く。

 

「東国の怪物を殺す絶好の機会よ? アナタの()()()の仇かも知れない元東国将校でもあるわ。英雄になりたくはない?」

 

「――――――」

 

 自身の過去まで知られているとも思え、単純に偶々そのように聞こえるだけかも知れないその言葉に黄昏は絶句する。

 

 しかし、どちらにせよ彼の答えは決まっており、深く溜め息を吐いてからポツリと呟いた。

 

「ご冗談を……。仮に仇だったとして、殺したところで今更誰も報われません。俺は二度と戦争を起こさせない為に働いていますし……英雄になりたいと考えた事も、自分が英雄だと思った事も一度もありませんよ」

 

「………………ンハー。ホントにイイ男ねぇ。まあ、そうでなければ私のサヨちゃんを託した甲斐がないわ」

 

 するとフランクは何か気づいたようで"ん?"と細く声を上げてから更に言葉を続ける。

 

「まあ、サヨちゃんの昔のお話はまた今度に致しましょう……。それよりほら――奥方のお帰りよ」

 

 その言葉の次の瞬間、この部屋唯一の出入り口である鉄扉が勢い良く開け放たれ、そのあまりもの衝撃に蝶番が軽く壊れて鉄扉が傾く。

 

 その上、鉄扉より頑丈そうに見える無骨なドアノブが無惨にも捻り切られており、通常有り得ない角度のまま辛うじて付いているだけの有様になっている。

 

 

「ロイドさん!」

 

 

 そして、それらを引き起こした主――ロイド・フォージャーの妻であるヨル・フォージャーは、フリスビーを取って来た犬並みに嬉々とした様子であり、心なしか目と周囲にキラキラとしたエフェクトすら見えるように思える。

 

 

「ヒルちゃんを見つけましたよっ!」

 

「はわ……あわわ……」

 

 

 そして、その腕にはヨルの子供時代を切り取ったような少女――ヒル・ヴィットマンの姿があり、明らかに焦燥し切った様子で目を白黒させていた。

 

「フランクさんの言った通りの場所に居ました! スゴいです!」

 

「ぶいぶい」

 

「えぇ……」

 

(最初の耳打ちはこれか……)

 

 誇らしげなヨルと半眼を浮かべた笑みでブイサインを作るフランクを啞然とした様子で、口を軽く開けたまま黄昏は眺める。

 

 そもそもロンメルファミリーあるいはフランクが直々にヒルに関わっている事は間違いないため、マッチポンプどころか収穫レベルの自演であるが、やはりヨルがそれに意識を向けている様子は無い。

 

 日頃からヨルの奇行やナチュラルに殺意高めな発言に対し、本能レベルで見て見ないようにしている節がある黄昏も流石にどうかと考えたが、嬉しそうなヨルを見ていると何だかどうでもいいような気がしてくる黄昏であった。

 

「えっと……ヨルさん。その、ヒルちゃんをどうしてここに……?」

 

「北の孤児院に居たので、抱っこしてきました!」

 

 手段ではなく理由を説明して欲しかった黄昏であるが、"それは拉致というのではないか"と考え、そう言えば何だかんだサヨは小児誘拐だけは恐らくしていないと思われる事を思い出す。

 

 そうしているうちにヨルは抱いているヒルを床に下ろしてからしゃがみ込むと彼女に目線を合わせる。

 

「えへへ、こんにちはヒルさん」

 

「あの……あなたが私のお母さんですか……?」

 

「いえ、私は……ええと……ヒルさんの……あっ!」

 

 状況は飲み込めていない様子だが、おずおずとヨルを眺めるヒルから吐かれた疑問符に対し、ヨルは少し考え込んだ後、確信した表情をして口を開いた。

 

 

 

「ブ……フォージャーおばさんですっ!」

 

 

 

 そんなこんなで最早、場は収拾不能な状況になっており、ヨルの声だけが酷く高らかに響く。

 

(もうどうにでもなれ……)

 

 そして、黄昏は二人とそんな二人を眺めて微笑ましげに笑っているフランクを他所に思考を放棄するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

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