紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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怨念、欺き徹すべく

 

 北越の都、長岡にはいわく(・・・)があった。

 

 ここには火葬場が一つしかない。

 

 伝統あるとは言い条、個人経営のくたびれた店で、炉に至っては骨董品といってよく、焼くのに大層難儀する。そのくせ料金は割高設定なのだから、住民としてはやってられまい。自然、

 

 ――いっそ市の方で、公営の火葬場を造ってくれれば。

 

 そんな方向へ思考が流れる。

 ところがどういう因縁か、そのことを公の場で持ち出すと、ほどなくしてその人物が死亡するのだ。二度三度と続くうち、いつしかこの話は鬼門になった。新潟版「将門の呪い」といっていい。

 

 死後の面倒を減らすため、自分の寿命を短縮してはたまらない。そんなこんなで、長岡市民は長いこと不便に甘んじ続けたわけである。

 

 

 

 変革が齎されたのは、この地を故郷とする木村清三郎が市長に就いた昭和四年以後のこと。

 

 

 

 新聞社を経営し、衆議院議員を務めた過去すら有する人物だ。胆は十分以上に練られている。当然、呪いなど鼻で笑って、

 

「科学文明の爛漫たる昭和の御代に、かかる世迷言を通用させておくべきでない。わしの在任中に必ずケリをつけてやる」

 

 斯様に大言壮語した。

 が、いざ実行に移してみるとどうにもこうにも居心地が悪い。

 まるで不可視の怪物が常に背中におっかぶさって、生温かいその吐息(いき)を首筋に吹きかけられているような、得体のしれない不気味さがある。

 

(これはいかぬ)

 

 木村は焦った。

 なんだかんだで彼も還暦を越えている。体の各所にガタが来て、若い頃には無視したであろう些細な不調もすわ大病の前触れかと動顛しがちな年齢だ。

 心気が揺らぎ、その揺らぎが彼をして、思わぬ儀式に奔らせる。

 

 なんとこの男は、生前葬をすることにした。

 

 死を偽装して呪いを誤魔化し、厄を祓おうとしたわけだ。

 

「あいつめ、迷信を脱出しようとして別の迷信に嵌りおった」

 

 そう言って苦笑したのは石山賢吉。

 やはり新潟の出身で、ダイヤモンド社創業の雄たるこの人物の手元にも、木村市長生前葬の案内状は送られている。

 

 ――せっかくのご招待だ。

 

 好奇心もある。

 石山は出席を決意した。

 喪服を用意し、北陸行きの汽車に乗る。果たして骨折りの甲斐はあった。儀式当日の情景は、石山の中で格好の話のタネとなり、折に触れては人に語ったものである。

 ある日の座談会の席上で曰く、

 

 

「スッカリ本式さ。木村が白無垢を着て、死人になり済まし、寺の本堂に端座して、読経を受けたものぢゃ。それから会葬者が一同焼香して火葬場行きサ」

「火葬場も本式でしたか」

「其処も本式ぢゃった。本人が一旦釜の中へ入り、裏口から抜け出ると云ふ芸当をやったものぢゃ」

「滑稽でしたネ」

「滑稽と云へば、徹頭徹尾滑稽ぢゃった。こんな事をするから、此の世を浮世と云ふんぢゃよ。考へて見れば、総てがお茶番よ。特に木村の仮葬に限った訳ぢゃない。お葬式が済むと、アトは御馳走ぢゃ。是れは、本人が生れ変った誕生祭と云ふ訳さ。此の御馳走の場所が長岡会館と云ふカフェーだから振って居るぢゃないか」(昭和十年『金と人間』)

 

 

 日本で生前葬をやった人物としては、かなり若い番号を振られるであろう木村清三郎。

 彼が本当に(・・・)世を去ったのは、昭和十六年二月十六日のことである。

 

 これだけ間に開きがあれば、呪いと関連づけて勘繰る者も居なかったろう。現在でも長岡市には公営の火葬場が存在するが、それが木村の建てたものであるかどうかは判然としない。

 

 

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