紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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太平洋上の遭遇

 

 千葉県銚子の港から、東に一七〇〇マイル。

 太平洋のど真ん中で、二隻は出逢った。

 

 方や日本の木造漁船、方やアメリカの石油タンカー。四十トン級がせいぜいな前者に対し、後者は圧巻の一万六千トン級だから、目方の隔絶ぶりたるや、大人と子供以上のものがあったろう。

 

 ――難破船か。

 

 と、アメリカ人らが思い込んだのも無理はない。

 

 無線でいくら呼びかけようと前方に浮ぶ「笹船」はうんともすんとも言わないし、第一船体のみすぼらしさときたらどうだろう。アラスカ辺の漁夫でさえ、あんなものには乗りたがるまい。ましてや遠洋漁業を試みるなど沙汰の限りだ。

 

 ところが彼らは室戸岬の漁師どもの肝っ玉に無知だった。

 

 戦前、『サンデー毎日』が、当該地方――南国土佐の捕鯨文化を特集したことがある。

 その本文に曰く、

 

 

 室戸では、遠洋漁船が出て行くのを見ると、

 「ああ、また後家船が出るな」

 といふほどだ。この船が再び港にもどる時には、何人かの後家が出るといふ意味である。しかし、海で生れた者が海で死ぬるのは本望だと、おかみさん達はいちいち見送りもしない。(中略)「しにかまんでゆく」死んでもかまはんで行くといふ土佐の方言は、このために出来たやうな言葉である。そんなふうだから、家系が絶えるのを恐れて、親子、兄弟は同じ船には決して乗らない。

 

 

 長曾我部侍、一領具足の剽悍さを継承したとしか思えぬ凄まじさであったろう。

 

 この日、太平洋上に浮んでいたのも、そうした「後家船」の一隻である。

 

 彼らは延縄漁法によって鮪を釣るべく、漸く仕掛けを設置し終えたばかりであった。

 

 そんなことはつゆ知らず、タンカー船の乗組員はシーマンシップを大いに発揮、漂流者の救助作業に取り掛かる。カッターボートを引っ張り出して、チームを編成、猛烈な勢いで漕ぎ寄せたのだ。

 

 慌てたのは救助対象の日本人だ。カッターボートの進路の先に、彼らの仕掛けた延縄がある。このまま通過を見送れば、最悪漁具が損傷せぬとも限らない。

 

「来るな、来るな」

 

 ある者は声を張り上げて、またある者は上着を脱いで振り回し。

 必死も必死の形相で意志の伝達に努めたものの、これが見事に逆効果。差し迫った彼らの顔を、アメリカ人らは長く待ち望んだ救助を前に、感情を爆発させたものと受け取った。

 

「大丈夫だ、すぐに行くッ」

 

 オールを漕ぐ手にますます力が籠ったのは言うまでもない。

 

 幸い延縄は無事だったものの、誤解がとけるまでの間、漁師たちは生きた心地がしなかったろう。

 

 

 

 事態を正確に把握したアメリカ人の驚きたるや、尋常一様のものでない。

 

 型落ちもいいところな発動機(エンジン)に、最初から影も形も存在しない無線機具。こんな装備で沖合遥か彼方まで魚を求めに向かうなど、文明国の感性からしてみれば、背中に銃を突きつけられても御免であった。

 

 にも拘らず、彼らは好き好んで自発的に来たという。

 

(なんという勇敢さだ)

 

 海に生きる者として、好意を超えた畏敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

 この奇妙な遭遇劇は、終わりもそれに相応しく、物々交換で幕を閉じる。

 

 タンカーからは水・缶詰を。

 漁船の方では釣り上げた獲物、具体的にはビンチョウマグロとメカジキを。

 それぞれ出し合い、互いの任務に戻っていった。

 

 石油タンカーの目的地は、奇しくも日本、横浜港に他ならなかった。

 

 陸に上がった乗組員らは方々で室戸漁師のたくましさを物語り、それがやがてジャパン・クロニクル記者の知るところとなり、紙面を彩るまで至る。

 

 大正から昭和に世が移るころ、日米間の緊張がさほどでもない、そんな時代のことだった。

 

 

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