紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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環翠楼にて

 

 

 箱根塔ノ沢温泉に環翠楼なる宿がある。

 

 創業はざっと四世紀前、西暦一六一四年にまで遡り得るというのだから、よほどの老舗に違いない。

「水戸の黄門」こと徳川光圀をはじめとし、多くの著名人がその屋根の下で時を過ごした。

 

 秋田県出身の日本画家、寺崎広業もそのうちの一人に数え入れていいだろう。

 

「放浪の画家」と呼ばれた彼は、しかし箱根に立ち寄る場合いつも決まって環翠楼に投宿し、ほとんど例外というものがなかった。

 

「絵筆を執り、丹青のわざをふるうのに、これほど適した場所はない」

 

 と、太鼓判を押した形跡が残されている。

 

 肩が凝ると、按摩を呼んだ。

 

 その按摩にも贔屓の揉み手が一人いて、名前を時の市という。この盲人の丁寧な施術に寺崎はすっかり惚れ込みきっており、彼の指にかかるや否や筋繊維の隙間に溜まった疲労分子がほろほろと、泡の如く揉みほぐされゆく実感に、つい声を上げたくなるほどの快味を覚えることも屡々だった。

 

(妙技よのう)

 

 事実、時の市が寺崎の肉体に通暁すること、あるいは本人以上に深甚な部分があったろう。どうもこの盲人は、視力と引き換えにそれ以外の感覚を鋭敏ならしめるという俗説の、生き証人の観がある。

 

 それを象徴する出来事があった。常の如く施術を終えた時の市は、しかしその日に限って慣例を破り、

 

「ご縁があって先生の御肩を揉ませて戴いておりますが、どうでしょう、お願いすれば私のような者にも先生は絵を描いて下さいますでしょうか」

 

 こんなことを言い出したのである。

 

「ほう」

 

 寺崎は、驚く以上に興味を持った。

 

「するとアナタは、少しは物が見えるのですか」

「残念なことにちっとも見えないのです」

「絵は無聲の詩とも申す位のもので、見えなくては詰まらないでしょう」

 

 常識論で反駁すると、時の市は頭を振って、

 

「いや、先生のような方の絵の下に座っていると思うとどれだけ楽しいかと考えますので、その考えを楽しみたいのです」

(こやつ、言いよるわ)

 

 ひょっとすると数寄の奥にも通ずるであろう物言いに、つい寺崎の心が動いた。

 が、芸術家とは、どいつもこいつも性根が複雑に屈折しているいきものである。

 感心したからといって、それでほいほい求めに応じてやるような可愛気などは、期待する方が無理であろう。

 

 

 

 翌日寺崎がにっこり微笑(わら)って差し出したのは、何も描いていない白紙の画布に他ならなかった。

 

 

 

 時の市も口元をほころばせてそれを受け取る。ところがその表情のまま、

 

「先生、一筆でも描いたものを頂戴したく存じます」

 

 みごとに正体を穿ってのけたものだから、寺崎としては大いに虚を突かれた思いがし、

 

「明日にでも描いておくよ」

 

 そう返すのがやっとであった。

 さて、動揺が去ってみるといよいよ以って不審である。

 

(あやつには、何故これが白紙であるとわかったか)

 

 こうなると寺崎は持ち前の好奇心を抑えかね、時の市がその身に秘める不思議の力の程度について、とことんまで追求してやらねば我慢が出来なくなってきた。

 

 で、一計を案じた。

 

 翌日差し出した画布は、やはり白紙のままのもの。

 しかし単なる白紙ではない。墨ではなく、水のみを筆にたっぷりふくませて、富士の姿を写し取ったものだった。

 

 果たしてこの些細な違いに、目の前の按摩は気付くか、どうか。期待を籠めて見ていると、時の市は昨日とそっくりの微笑を浮かべ、

 

「先生、墨も色もないから困ります」

 

 といって、鄭重に押し戻してのけたではないか。

 寺崎はいよいよ感心の度合いを深くした。

 

 

 

 そして三日目。三度目の正直というべきか、とうとう寺崎は観念し、豪放な筆遣いのもと富士の墨絵を描き上げ、時の市を待っていた。

 

 

 

 やがて、来た。

 

(お前の勝ちだ)

 

 爽やかな敗北感すら伴って。内心、そう独り言ちつつ差し出すと、按摩はうやうやしく両手に受けて平伏し、

 

「誠にかたじけない次第で御座ります。家宝に致します」

 

 嬉し涙さえ浮かべつつ、震える声で礼を奏上したのであった。

 

「いや、それにしても不思議だ」

 

 寺崎は慌てて話頭を逸らした。最初から今日までの詳細を、どうして言い当てることができたのだろう――。

 

「それは先生、私がこのお部屋へ這入って参りますと、先生のお使いになる墨の香りがぷうんと致します、なるほど大家の御嗜みと申そうか恐れ入ったものだと思いました。今日頂戴の紙からはその香りが強く致します。先日のは紙襞の感触で水を塗った跡をはっきり窺い知れましたが、何の香りも致しませんでした。始めの紙は襞もなく香りも致しませんでしたから、唯の白紙だとすぐ知れまして御座います」

 

 鍵は嗅覚と触覚にあり、と。

 わかりきった数学の公理でも説明する老教授のような迷いのなさで、按摩は言ってのけたのだった。

 

 なにやら道話めいた構図であるが、しかしこういう風景がごく自然に成立するのが明治人の人情というものやもしれず、それを想うと隔世の感が沛然として胸に溢れる。

 

 

 

 大正六年、寺崎広業は帝室技芸員に抜擢されて、斯界の最上段に立ちながら、直後唐突に病を得、同八年に逝去する。

 

 享年、五十四歳だった。

 

 その訃報が伝えられると、箱根の街では一人の按摩が額縁入りの富士の墨絵を仏壇に掲げ、密かに焼香したという。

 

 

 

 

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