紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

22 / 104

地球上のあらゆる活動は闘争であり、一つとして緊張から起こらぬものはない。
すべての方面に闘争は必ず存在し、発展・進歩・指揮はもとより、服従も闘争である。平和すらもその正体は闘争である。

(エヴァルト・バンゼ)



偉大なる勝利のために

 

 一九一四年八月四日、イギリス、ドイツに宣戦布告。

 

 それからおよそ二ヶ年を経た一九一六年十月時点で、小麦の値段は十三割増し、小麦粉の方も実に十割増しという、紳士たちが未だかつて経験したことのない、大暴騰が発生していた。

 産業革命以来、海外の低廉な農作物に頼るばかりで自国農業をひたすら等閑に附し続けてきた伝統のツケを、こんな形で支払わされたわけである。

 

 一九一七年二月二十三日、時の首相ロイド・ジョージが下院に於いて演説した内容は、そのあたりの消息を最も簡潔明瞭に取りまとめたものだった。

 

「穀物条例廃止以来二十年間に四百万エーカーの土地と五百万エーカーの開墾地とが草地に変った。農業人口の半分は、海外かあるいは都会へ移住した。わが国の如く直接にせよ間接にせよ、農業に対して単に努力を払わないどころか、ほとんど顧みもしないといってよい文明国は他に絶無なのである。

 わが国で消費される重要穀物の70%から88%までが年々輸入されて来たのであった。そして今日我々の保有する食糧は実に僅少である、不安なほど僅少である、記録にないほど僅少である。このことを、国民諸君に知っていただきたいと思うのである。

 それ故に国家の安全のために、本年末及び来年の生産を増加せんがために、あらゆる努力を、しかも即時実行することが絶対に必要なのである」

 

 テニスコートやゴルフ場をぶっ潰してまで畑を作る、なりふり構わぬ増産への第一歩。末期戦の光景が、そろそろ顔を覗かせはじめたわけである。

 

 白パンは市場から姿を消して、ライ麦、大麦、燕麦、米、玉蜀黍、豆、エトセトラ――いわゆる従来「雑穀」扱いされ続けてきた品目を混ぜ、かさ増しをした「戦時パン」が代わりに抬頭しはじめた。

 ただでさえ不味い英国のめしが、輪をかけて不味くなったのである。

 

「俺たちにこんな真っ黒な、粗末なパンを喰わせておいて、金持ちどもは相も変わらず白いパンを喰っていやがる」と、お決まりの不平が労働者の間から出た。

 

 雑穀類の混用率は最初五分であったのが、日を追うごとに引き上げられて、最終的には二割五分まで到達していた。

 穀物由来の糊は生産を禁じられ、犬に与えるビスケットもまた同様の処置に見舞われる。

 ロンドンの料理店という料理店には、「パン節約」の標語を掲げたポスターが張り出される運びとなった。

 卸売業者の登録制、販売時間の制限制度、行列防止令たらいうある種時代の先取りめいたお達しまで――全く以って火の車を回しているも同然である。

 

 で、その結果どうなったか。

 

「一九一七年十一月十二日の船舶統制委員会に報告されたところによると、小麦の貯蔵は激減しつつあり、我々は手より口への生活を営んでいた。ロンドンにはあと僅かに二日の供給量しかない。従って、ロンドンは他の港より鉄道によって養われねばならない。

 ブリストルには、僅かに二週間分の供給量があるに過ぎない。小麦委員は北アメリカで二十万クォーターの小麦を購入したが、イギリスに運んでくる船舶がないのである。平時ならば積荷を陸揚げした後地中海を空船で帰る船舶があるのであるが」

 

 戦後物した回顧録にて、ロイド・ジョージは斯く述べた。

 

 総力戦時代の景色というのは、どこもかしこも似たり寄ったり、同じような地獄相を呈するものであるらしい。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 一九三九年九月一日、ドイツ、ポーランドに侵攻開始。

 

「二十年の停戦」はここに破れた。第二次世界大戦の開幕である。フェルディナン・フォッシュが嘗て危惧したそのままに、世界は再び一心不乱の大戦争へどうしようもなく突入してゆく。

 

 ドイツの動きは早かった。なんといってもルビコンを渡るより以前、八月二十八日の段階で、もう食糧と一部生活必需品とが切符制度に移行している。前日、二十七日付けで公布された「生活必需品確保の暫定令」及び「農産物管理令」の効果であった。

 切り替えにあたってナチ党は、これをスムーズに運ばせるため、当時の食糧農業大臣リヒャルト・ダレをラジオ放送に当たらせて、国民一般に「政府の声」を響かせている。みごとな念の入りようだった。マイクの前で、ダレは次の如く語ったという。

 

「食料品の切符による公正な配給を、既に生産が著しく減少し、癒すべからざる幾多の病弊が現れだしてから実施することが、根本的に過誤(あやまり)であるということは、我々ドイツ人の既に実験済みのところである。これこそ我らが我々の食糧豊富なる今の時期に、いち早く切符制の断行を決意したる根本理由に他ならぬ」

 

「実験済み」とは、むろん第一次世界大戦の惨憺たる経験を指しているに違いない。爪のない赤ン坊が誕生し、動物園の獣にまで手をつける、あの窮乏のドン底がよほど骨身にこたえたようだ。過去から学んだ成果というわけである。

 

 ばかりではない。

 

 闇市発生の防遏策も、やはりこの二十八日に施されたものだった。すなわちヒトラーユーゲント、親衛隊(SS)突撃隊(SA)、その他手隙の党員をあらん限り動員し、小売店・卸商・製造業者――およそ商業関係者の保有する倉庫という倉庫を一斉捜索。

 統制品目の在庫量を調べ上げ、帳簿を作成、店主の署名を要求し、しかも今後「月別調査を行う」と宣言、そのとき貴様の手元に置かれた切符の数の合計と、倉庫の中身にもし不一致が認められたら、おい、どうなるか分かっているよなこの野郎、と睨みを利かせた。

 商人たちはふるえあがった。当然である。誰も彼らを臆病とは責められまい。

 

 

 ――ざっとこんな塩梅で。

 

 

 下準備にも下準備を重ねた末に、ドイツは九月一日を迎えたわけだ。

 

「食糧は総力戦に於ける一個の武器であり、大砲・飛行機・戦車等と同じく重要である」

 

 この発言は、しかしヒトラーによるものでない。

 合衆国大統領、フランクリン・ルーズベルトの口唇から発射されたものである。一九四三年一月十二日の演説だった。

 演説は更にこう続く。

 

「我々の敵国も戦時に於ける食糧の使命を自覚し、戦力増強のため食糧の増産に努力しているが、アメリカの農村で生産された食糧は、世界各地の連合国を援助しつつあるのである。ゆえにアメリカ農民の任務は一層重大であり、その障害困難も一層大である。全国農民は今年中に於いて、一オンスでも多くの食糧を生産すべく努力して欲しい」

 

 ヒトラーはルーズベルトを文字通り死ぬほど憎んだが。少なくとも総力戦局面下での食糧の価値判断に関しては、両者の意見は一致したに違いない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。