我々は祖先に存するあらゆる心意的・道徳的特性を、悉くその子孫に於いて見出すことを期待する。
(ラルフ・ワルド・エマーソン)
ロシアの兵士は昔から、味方の負傷を喜んだ。
近場のやつが血煙あげてぶっ倒れれば、そいつを後送するために、きっと人手が割かれるからだ。ああ願わくば我こそが、光輝あふるるその任にあずかり賜らんことを。なんといっても合法的に前線を離れるチャンスである。祈らずにはいられまい。
一人の負傷兵に対して五人も六人もくっついて行くのはザラであり、特にひどいケースになると、とっくに死体になっているのに敢えて気付かぬ
日露戦争に突入しても、そのへんの機微は変わらない。
否、変わらぬどころか寧ろ拍車をかけている。たまらずクロパトキンが訓示を出した。日付からして沙河の会戦中である。
「戦闘未だ
負傷兵一人の後送に、健常な兵士九人が割かれる。
馬鹿馬鹿しい非効率、労力の乱費。こんな所業をゆるしていては勝てる戦闘も勝てなくなろう。
「余は峻厳に命令す、須らく此の如き弊風を弾圧し、攻勢戦闘に於いては特定せる衛生勤務兵卒のほか傷者の運搬に従事すべからざることを励行すべし」
そりゃあクロパトキンもこういう禁令を発したくなる。
人の命の重さとやらがティッシュペーパーレベルにまで下落したソヴィエト連邦時代なら、サボタージュとして銃殺刑が妥当だろうが。どっこい政体は帝政だった。アカほど過激になりきれない段階では、これが精一杯だったのだろう。
ところで視点をぐるりと巡らし、わが皇軍に注目すると、こちらはこちらで凄まじい。
まず、撃たれても、それを報告したがらない。痛いともなんとも呻かずに、なるたけ負傷を隠そうとする。尉官どころか兵卒までもが
異様であった。とあるドイツの砲兵士官が日本兵を評するに、「勤皇愛国なる宗教の惑溺者」との言辞を用いた所以が見える。イギリスからの特派員、フランシス・マカラーが日本へ向かう船の上、たまたま居合わせた青年将校に面接し、「帰国し得る幸福」を祝したところ、
「私は少しも故国へ帰るのを喜んで居ません。何故って未だ戦争が終らないからです。私はこの
耐え難い侮辱を振り払いでもするかのように、決然と言い返される椿事もあった。
また広島では、傷病兵のうちの一人がその恢復を認められ、再び戦地に召集されて、雀躍りしている情景も見た。未だ包帯を巻いたままの同僚たちがその彼を、「学校の児童が休暇前に我が家へ帰ることを許された生徒を羨むような」、ほとんど秋波といっていい、たまらぬ視線で仰ぐのも。
諸々の経験からマカラーは、
「戦列に参加することを驚嘆すべき熱心で渇望する日本兵士の心裡には、日本軍大勝の一大秘訣が潜んで居るのである。日本の兵士は、彼等の最下級の輸卒や、軍役人夫に至るまで勝利を得ることに熱狂して居る。然るに、一方のロシア兵は一般に勝敗に無頓らしく見えたものだ」
このような所感を表明している。
更に続けて、
「然しながら私は、日本人が今日の全盛を
『成功は、人を倦怠に誘うものである』『智識は、人に幻妄を齎すものである』時の流れに
ある種の危惧を書き添えるのを忘れなかった。
盛りを前にその凋落を想うのは、如何にもバランス感覚に富んだ英人らしくて好ましい。
一九〇四年秋、遼陽会戦すぎしあと。
主戦場たる満洲から遠ざかり、ロシア本土へ向かわんとする病院列車で、このような会話が交わされた。
「あんたは日本人を何人殺した?」
「三人だ」
質問者は軍医であり、答えたのはコサック騎兵の一員である。
雑談は更にこう続く。
「どうだ、そのときの心境は。やっぱり草でも刈るような、なんでもない作業だったか」
大仰な最強伝説が軍医の脳にもあったのだろう。コサック騎兵は天下無双、馬蹄の響きが轟くところ、敵はひとたまりもなく竦みあがって半分みずから首を差し出す。そういう死神の化身であると。
「死神」は二三度目をまたたかせ、
「いい気分はしなかったよ、
戦場心理の把握上、貴重な意見といっていい。
「どうだ」
勢い込んで軍医は訊いた。
「もしその傷が癒ったら、やっぱりあんたはもう一度、戦線に立つのを希望するか」
こういう質問が出るあたり、コサックの負傷は負傷といっても四肢を欠損するような、そういう「廃兵」まっしぐらな重篤なものにあらずして、せいぜい貫通銃創程度の、再起可能な代物だったに違いない。
「否」
ちぎり捨てるように騎兵は言った。
「俺の任務は終わった。今は故郷で、愛児を養うことばかりを考えている」
それきり彼は視線を切って、二度と合わせはしなかった。
鑑みて、当時の日本軍というのは、やはり狂っていたのであろう。
兵卒・将校のべつなく、野戦病院送りに遭った誰も彼もが前線への「返り咲き」を切望し、一日、一刻、一秒でも速やかに傷よ癒れと祈念していた。こういう集団は、世界史上にも珍しい。
なればこそフランシス・マカラーは、
「彼等は、彼等の全生涯を犠牲にしてある一種の『理想』に耽って居るのである。理想とは何か? 曰く――『大日本帝国の光栄』! これ即ち彼等の理想である。
この所謂理想なるものを、哲学的の理論上から考察するならば、さほど深遠な、高尚な理想で無いかも知れない。けれども何等の理想も持たずにごろごろして居る当世の
光彩陸離たる、虹のような讃辞を呈して悔いなかったわけだろう。
まったく明治の日本には、精神があった、魂があった。物質的には貧しくとても、心は意気に燃えていた。
このことは福澤諭吉も認めていて、
――嘉永癸丑米艦渡来して日本は開国の国となり、漸く西洋の文物を輸入して社会の面目を改めたるもの少なからず。就中政法教育の如きは殆んど改良の頂上に達して今日の新日本を出現したりと雖も、如何せん四十年の開国は唯是れ精神上の開国にして、実業社会は依然たる鎖国の蟄居主義に安んずるもの多し。
と、『実業論』の
そういう民族、そういう国家が、一世紀を経た時分にはまるで真逆の傾向を――「物質的には豊かでも、精神的には空っぽである」と謗られるに至るのだから、不思議といえばこれほど不思議なこともない。
運命神は、とことん皮肉がお好みだ。
今この国を動かしているのは政治家ではない、財界とアメリカだ。どの国も民主国家などとは思っていない、アメリカに育てられたワガママで世間知らずの顔のない奇妙な国と見ている。
それがいきなり国際社会の第一線で働けと言われ、何をしてもしなくても叩かれる。世界は日本に何も期待していない、日本の金に期待しているだけなのだ。
(『Angel Cop』より、舞坂英正)