紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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三井合名会社は云ふまでもなく三井財閥に君臨して、全三井系諸事業を統帥する最高機関である。経済的、政治的、社会的其他あらゆる部門のおよそ三井に関係する総ての問題は勿論のこと、三井一門に於ける私的問題まで処理する三井王国の中央政府である。

(東京日日新聞)




三井こぼれ噺

 

 面接に於ける常套句と言われれば、大抵がまず「潤滑油」を思い出す。

 

 あまりに多用されすぎて、大喜利のネタと化しているのもまま見受けられるほどである。

 

 人と人との間を取り持ち、彼らの心を蕩かして個々の障壁を取り払い、渾然一体と成すことで、組織としての能力をより効果的に発揮する――そうした能力は確かに貴重だ。どんな時代でも重宝されるに違いない。

 

 明治に於いて、既にそのことに気が付いていた者が居る。

 気が付いて、意識的かつ積極的に活用していた者が居る。

 

 元老、井上馨その人である。

 

 もっとも当時、「潤滑油」は未だ一般的な語句でなく、従ってまた井上も、別な言葉でその役割を表現したが。

 

 彼は「ゴム鞠」と呼んだのだ。

 

 具体例を引こう。

 

 有賀長文を三井財閥に斡旋する際、与えた訓示がちょうどいい。

 井上はこう言ったのだ。

 

「三井には人材が少なくない、今度お前が同族に入って行くといふのは、仕事に行くのではない。偉い人間の間にはさまって、その調子を取って行く、つまりゴム鞠と心得なくてはいけない。ゴム鞠はあちらこちらとぶつかってもフワリフワリとつぶれない。又ぶつかった方でも痛いとは感じない。いくらぶつかっても他人に傷つけない。此ゴム鞠の如くあれよ」

 

 この教えがまた有賀の胸に、

 

(そういうものか――そうでもあるか)

 

 と、ほとんど何の抵抗もなくスンナリ浸透したらしい。

 禅でいう頓悟の心境だろう。

 以降三十余年に亘って、有賀はひたすらゴム鞠主義を墨守した。

 

 ただの一度も実際的な事業経営の任には就かず、しかしながら三井財閥の総本山たる合名会社に揺るがぬ地歩を築き上げ、誰からでも一目置かれる、誰であろうと無視が出来ない特殊存在。包容力に満ち満ちた温厚長者の風格と、人を見る目の確かさから、「三井の宮内大臣」と通称されたものだった。

 

 人に好かれ、人を使い、広汎な知識と分厚い常識とを駆使し、要所要所で決断を下す。そういう自分を意図して作り上げていった形跡がある。井上が投げたゴム鞠は、かくも豊穣なる人間性を結実させた。その功、大といわざるを得ない。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

白妙に粧ひし君が姿をば

映して寒く三日月の池

 

(井上馨、山中湖にて詠みし歌)

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 金を払わず医者にかかれるということは、それ自体がもう既に、一つの快事であるらしい。

 

 そのむかし、三井財閥が東京市の一角に開設した慈善病院。

 

 社会的に恵まれない人々に――有り体に言えば貧困層に対しては代価を求めることなしに、無料で診て差し上げましょうとさても大気な表看板を掲げてのけたこの施設の周囲には、いつの頃からか貸衣装屋が何軒も出来て、そのいずれもが大いに繁昌したという。

 

 どの衣装屋も、「人気商品」はダントツで、むさくるしい襤褸着の類が占めていた。

 

 見るだに不潔な布切れを態々纏い、にわか作りの貧困者と化してまで行くべき場所はひとつしかない。

 

 三井の慈善病院である。

 タダで診察が受けたいのである。

 

 貧困と呼べるほど窮迫しきっていない、さりとて財布の中身に余裕があるわけでもない、生殺しめいた境遇の庶民どもがそう(・・)するならばまだわかる。

 

 が、あからさまに物持ちのいい、かかりつけ医の一人や二人はもっていそうな、富裕層の住人までが時たま化けにやって来るのはどういうわけか。貸衣装屋の店主にしても、そういう手合いを迎えるごとに、不思議の感に打たれたという。

 

 東京帝大医科大学とも連携するなど、慈善病院の運営に三井がとにかく本気であって、日本最高水準の医療を受けれる環境を整え上げたということも、むろん理由のひとつであろう。

 

 が、それ以上に制度の裏をかくということ。狡猾さを発揮して不正を成就することで腰の奥から湧いてくる、得も言われぬ気持ちよさ。骨盤をくすぐったくさせる、あの卑しい快感こそが慈善病院の門前に大量の偽装貧民を生み出した最大要因ではなかろうか。

 

 似たような噺は英国にもある。裁判所の傍を探せば、赤ン坊の貸し出し業者の一人や二人、間違いなくみつかると、物の本でいつか見た。

 

 利用者が若い女性の場合、このサービスは凶悪なまでの効果を呈したことだろう。赤子を抱いて審理の場に立ち、儚げにふるまうレディを前に、法官のいったい何人が、厳格さを貫き通せたことであろうか。

 

 赤子の外にもうひとつ、女性と頗る相性のいいモノがある。

 

 涙である。

 

 瞳を濡らすこの繊細な液体も、場所によっては積極的に値札を貼られ、売買されたというのであるからいよいよ世間は妙だった。

 

 

「ペルシャでは亭主に死に別れたばかりの未亡人を訪ねると、たなの上に大切そうに小びんが置かれているのが目につく。ペルシャでは未亡人は亭主に死別したら、毎日毎日涙を一滴もこぼさないようにためて、それが二本になると服喪をやめることになっているからだそうだ。しかし中には亭主が死んでも一向に涙が出ないものもいる。そういう時は涙もろい女を見つけて一びんいくらという値段で涙を買いとり、一日も早く喪をすます。

 涙二びん! 亭主の値段としては文句のないところであろうか」

 

 

 上は九州大学の医師・貝田勝美がその随筆に記したところ。

 

 愛も善意もなにもかも、人間はことごとくを商品化する。

 

 そのようにして社会は回る。

 

 なんと素晴らしいことか。

 

 

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