支那は日本と十年戦い、米国でさえ五年戦った。ソ連を見よ。宣戦布告からわずか三日で日本は降伏した。ソ連軍は世界一強く、ソ連人は世界で一番偉い人種である。
(あるソ連兵)
広い広い、際涯もないロシアの大地に出現した怪僧は、なにもラスプーチンばかりではない。
女帝エリザヴェータの治下に於いてもフィリポンと名乗る精神的一大畸形が登場し、怒涛の如く吐き出す鬼論で人心を幻惑、天下を聳動させている。
彼は自分を預言者と、未来が視える、見て来たのだと触れ廻り、世界の終わり――審判の日は既に間近と盛んに警告。今にして天国の門を潜らなければ皆こぞって地獄に堕ちる、さあ勇気を出して己が命を絶とうじゃないかと、わけのわからぬ「救済法」を提示した。
自殺の奨励なのである。
その方法も、縊れ死んだり服毒自殺じゃあ駄目だ。
炎がいい。
「…キリストの敵に委ねられた世界のこの穢れた精霊は、火によって清められる外はないと説いた。これが信者は、自分はいふまでもなく妻にも、共に木の小屋へ閉ぢ籠って、預言者が小屋の周囲へ藁や柴を積み重ねて火を放ってくれるのを待ち、立ち上る炎の中で苦しみ悶えながら、神の祝福を祈ったものである」(寺田精一著『惑溺と禁欲』より)
正気も狂気も遥か彼方に置き棄てた、異界の理屈であったろう。
怪物としか言いようがない。いったいどうして、どんな事故で、間違いで。こんなばけものが人間世界に紛れ込んでしまったのか。
どう考えてもいの一番にこいつを炎に投げ込むべきだが――「ならば自分で死を実践してみせろ」――、不可解なことに当時のロシア人たちはそうしなかった。
本気でこのフィリポンを神に選ばれた男と信じ、その手にかかって燃やされるのを祝福だと随喜する。斯様な変態心理の持ち主が、白海からウラルを越えて遠くシベリアに至るまで、非常に広範な地域に亘って存在したからわからない。
理性を何処に置き忘れたと、思わず絶叫したくなる。
「殉教者」の数は、寺田精一の調べによると、
カルゴポリで二百四十、
ヌニジニ・ノヴゴロドで六百、
オロネッツでは実に三千に及んだという。
果たして人間は本当に知的生物なのかどうか、疑念のきざす数だった。
そりゃあ日本にも苦界を去って死の荘厳に憧れる、補陀落渡海というのがあったし、欧州諸国の暗部には、屡々「自殺クラブ」が結成されて実行者を讃え合ったものだった。
紀元31年頃のキオスやマッシリアあたりでも「自殺の権利」は公然これを認められ、道徳的に何ら問題のない行為として通用し、ついには政府当局による毒薬の無料配布さえ実施されたほどである。
しかしながらそれらに比してもフィリポン一派のやり口が、とりわけおぞましく感ぜられるのは何故なのだろう。やはり「焼死」というのが強いのか。俗説なれど云うではないか、火刑は特に苦しいと――。
おそるべきことに「自殺教」の命脈は、フィリポン一個の寿命を超えて、ロシアの大地にずっしりと根を下ろしてしまった。
新たな教祖が
「フィリポンの後継者ドミティアンも其の信徒千七百人を焼いたといわれる。ドミティアンの後継者はショポニコフであった。かくて百年来この方、或は北部ロシアに於て、或はシベリアに於て、或はヴォルガ地方に於て、この派の信者の幾集団が洞窟へ閉ぢ籠って、入り口には藁や柴を積み重ね、粗野な歌を唱へながら火死を待ったものである」(同上)
フィリポン、ドミティアン、ショポニコフ。
彼ら自身の終わり方はどうだったのだろう。有言実行、言行一致、ちゃんと炎に巻かれて死んだのだろうか。
この上なく興味深いところであった。
大正時代の人間が、いったいどうして、どうやって、どんな経路でこんな知識を仕入れたのだろう。
度々思うが、今回のは
クスリに関することどもだ。
もちろん「麻」のつく方である。
柴田桂太が書いていた、ベニテングダケでトリップするロシア人の姿について――。
大正十一年に草された『嗜好品』なる小稿だ。なんでも「之を使用するのは北緯六十度以北のシベリアに住する東部ヤク、サモエード、ツングース、ヤクート、カムチャダールの諸族である」と。
用法はまず十二分に乾燥させて、幻覚作用を強めたあとにアサマブドウの果汁をふりかけ、掻っ喰らう。「食後忽ち昂奮発揚の状態を呈し、放歌、笑謔、未来を語り、秘密を暴き、空間の観念を失ひ屡々過大の筋力を現はす」がゆえ、祭事にもよく利用されたそうである。
そんなまさか、毒キノコだぜ――と思ったが。よく考えたら不凍液を蒸留して酒代わりに
いっときの酔いを得られるのなら、失明の危機もなんのそのな連中である。
酩酊感の強化のためにビールに殺虫剤をかけ、アフターシェーブローションを一気飲みする彼らなら。あるいはベニテングダケの毒性程度、むしろ可愛い、初心者向けの「入門キット」やもしれぬ。
他にもある。
柴田桂太が披露した、ニッチな麻薬の知識は、だ。
驚いたことにこの理学士は、ペイヨーテまで知っていた。
三千年の昔からメキシコ人が愛用してきた、一種の幻覚サボテンだ。「土人は之を搗砕き、水に和して飲用し、或は其侭食するのであるが、すると二三日間は全く知覚を失ひ、覚醒の後は放歌し、絶叫し、狂噪する。
医学的には脈拍の遅緩、瞳孔の散大、色彩絢爛たる幻覚の出現、時間観念の消滅、嘔吐眩暈頭痛等が主要なる症状である」。
説明も実に正確だ。
ウィリアム・バロウズの体験記とも一致する。
だがしかし、繰り言になるが、大正時代の環境でペイヨーテの知識など、いったいどうして仕入れたのだろう?
ネットやテレビは言うまでもなく、ラジオさえも未だ日本内地には入っていない状況で。情報収集の手段など、極めて限定されているのに。その環境下で柴田はしかも、現代人たる
「ハイチ島や南米アマゾン及びオリノコ河流域の
これも確かに実在している品らしい。
アナデナンテラ・ペレグリナという植物が、どうも
百年前に、よくぞここまで。思わず敬服したくなる。
……ちょっとそそっかし過ぎるだろうか? 博識であるというだけで、たった一本の随筆にここまで心を動かされるのは軽佻浮薄ではないか? 疑念がむくりと頭を擡げ、いいや否、否、さにあらずと即座に自答し押し戻す。
仰ぎみる対象が多いというのは、人生にとり大なる幸福ではないか。
これぐらいで丁度いいのだ。少なくとも、わたくし一個に限っては。そのように己を説き伏せた。
「汝の妻を汝の霊の如くに愛せよ。而して汝の毛皮の如くに打て」
「最愛の人の殴打は痛くない」
ロシアの古い諺である。
夫の暴力にさらされないと妻は却ってこれを侮辱と認識し、「不実」となじり、本気になって憤る。あの国の下層社会にはどうもそういう精神上の偏りがたいへん永らく根を張って、そこから生じたモノらしい。
スラヴ民族の心理というのは、まったくわけがわからない。
なんといっても
その情景のおぞましさ。
狂気であろう。
冒涜的にも程がある。こうなるともう、『ベルセルク』の世界観の沙汰事だ。
「キリストの敵に委ねられたこの世界のこの穢れた精霊は、火によって清められる外はない」と絶叫し、本気でそれを唯一の救済の道と信じ込み、教祖手ずから火を放っていただくことを無上の栄誉と喜悦した、フィリポン一派と伯仲し得るブッ飛びぶりに相違ない。
だがしかし、こんな分野で張り合って、それが人類文明にどれほどの利益を加え得るのか?
まこと、不毛な競争だった。
愛を実感するために恋人からの虐を求める、錯綜した女性心理は、遠く南米、ボリビアにても見出せる。
マンテガッツァが書いている。彼の地を跋渉した際に、
「彼は私をとっても深く愛してくれているんです。だってこんなにも日常的に、私を殴りつけるのですもの」
花も恥じらう乙女の口から、こんなセリフがまろび出た、と。
三千世界で正体不明の第一は、人の心に違いない。