紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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動物は、過密になると共食いを始める。数が減ると、助け合うようになる。
だから、人間を減らしたら、僕も、人を慈しめるようになるのかな……

(『Chronicle of Grim Reapers』より)




文士、そのころ

 

 新学期が開始(はじ)まった。

 まずは何にも先だって、級長を決定()めなければならぬ。

 

 従来ならば指名制でカタがつく。担任教師が「これは」と思う生徒を選び、諾と言わせるだけであったが――。昭和八年、秋田県平鹿郡十文字町尋常高等小学校にては、少々事情を異にする。

 

「選挙制を導入しましょう」

 

 そういう断が職員会議で下された。

 広く世間を眺めれば、普通選挙も三度を重ね、社会に定着しつつある。

 

 この際だ、公民教育の一環として、児童たちにも早いうちから慣らしておこう。誰を級長に選出するか、児童自身に、投票により決めさせるのだ。「一票の重み」という言葉、身を以って知ってくれるはず――。

 

 方向性に過誤はない。

 が、いざ実行に移してみると、目も当てられないザマだった。

 

「なあ君、どうだい、俺に投票してくれよ。もちろんタダとは言わないぜ」

 

 白昼堂々、抱負をぶつけ合うなどと、まだるっこしいやり方は子供達は好まない。

 それよりむしろ袖の下を融通するに如くはない。賄賂といっても所詮は子供だ、キャラメルはじめ甘味だの、ちょっと小洒落た雑記帳だの、その程度が関の山。しかしこれは、この行為は、本質的には疑いもなく――…。

 

 要するに。

 

 盛夏のみぎり日向(ひなた)に置かれたマグロの切り身より早く、選挙は腐敗、買収横行、手のつけられない愚劣な騒ぎが持ち上がったわけである。

 

「とんだ公民教育になりましたなあ」

 

 皮肉とも同情ともつかぬ輿論の声に、教諭陣らはただひたすらに恐れ入るしかなかったそうな。

 

 奇しくもこのとし、国定教科書『小学国語読本』が十六年ぶりに改訂されて、なんと色刷りになっている。

 

 そのサンプルを手に取って、菊池寛がまた「抜き身」すぎる評論を一席派手に打っていた。

 

 

「今までは、子供の持ってゐる本の中で、一番高くて、一番汚くて一番つまらないものが教科書であった。だが、改正になった本を一見すると、さういふそしりだけは免れたといってよい。しかし教科書が子供の持ってゐるものの中で、一番安くて一番キレイで一番面白くためになる本であってもいいと思ふのであるが、さういふ理想からは、遥に遠いといってよい。…(中略)…この本が、国家が国費を以て作り、何等の選択を許さず唯一無二の本として、現在及び将来の幾億の児童に強制的に買はせる本かと思ふと、誰でも少し情なくなるだらうと思ふ」

 

 

 滅多打ちといっていい。

 しかし筆者(わたし)も現役時代、国語教科書とは専らイタズラ書きの対象物で、アレから何か学びを得たという実感が微塵も存在しないため、菊池寛の毒舌がどこか心地よくもある。

 

「教科書が子供の持ってゐるものの中で、一番安くて一番キレイで一番面白くためになる本であってもいい」か。彼の理想はあまりに遠い。千年経ってもそんな日は訪れないんじゃあるまいか。体験を鑑みる限り、悲観論に沈まずにはいられない。

 

 菊池の言葉は、更にこの先、こう(・・)続く。

 

 

「この頃の雑誌界で、婦人雑誌や少年雑誌の動強ぶりには、誰でも驚くであらう。五十銭の定価で無慮五百ペーヂもあり、それにオマケが三つもついて居る。まさに出版界の奇蹟である。だが、今度の色刷の新教科書を見ても、誰もそんな気はしないだらう。あれでも文相の英断によって、やっと七銭になったさうである。しかし私はこれが七銭もかかるのかと思ふ。書いた人に原稿料を払うわけでもあるまいし、文部省が印税を取るわけでもないはずだのに、どうして七銭もかかるのかしらと思ふのである。あの位の出版物なら、少年雑誌のオマケにでもついてゐさうな気がして、仕様がないのである」

 

 

 言いたいことを好き勝手言いたい一心で、出版社を興しただけのことはある。

 

 説得力に満ち溢れた文だった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 音頭役が菊池寛である所為か。

 昭和六年開幕早々、文芸春秋社に於いて催された新春記念座談会の雰囲気は、明らかに暴走気味だった。

 

 出席者らのテンションはヒートアップの一途をたどり、鎮静の気配()がまるで見えない。政治問題、宗教問題、挙句の果てには陰謀論と、あからさまにヤバいゾーンへ話頭が飛んで行こうとも、誰も引き戻さないのだ。

 

「日本社会の行き詰まりは戦争か社会革命による以外に展開の途がもはや無い!」

 

 右にも左にも刺されそうな沙汰事を一息に叫びあげたのは、なんと山本条太郎。

 ちょっと前まで満鉄社長をやっていた、ことし六十四歳になる彼である。

 これを聞くなり、菊池寛、

 

「卓見、卓見」

 

 膝を叩いて感服の意を表明したから堪らない。小綺麗にまとまりをつけるより、焚火に爆竹を投げ込んで大いに喜悦(よろこ)性質(たち)だろう。

 

 ときに、「山本条太郎」――。

 

 この姓名は冷蔵技術の期待者として、筆者(わたし)の脳裏に鮮やかである。

 

 

 話はちょっと遡る。

 大正十年度のことだ。

 

 

 物価騰貴に起因する生活難の拡大に、日本内地の民草の不満と苦痛は増すばかり。拱手傍観、無為無策、要路一同ことごとく阿呆面(アホヅラ)晒して事態を放置した場合、不満はやがて憎悪に変質するだろう。時局匡救の妙策を、有力者らは模索した。

 

 それに際して「満蒙の富源」に目を向けたのが、山本条太郎だったのである。

 

 一歩アチラに踏み込めば、良質の牛肉や鶏卵が嘘のような安値で取引されているのを、彼は指摘し、輸入拡大を唱えると共に、それに併せて、

 

 

「…従来の様に輸送したのでは多くは腐敗させ牛肉の如きは三分の一位は船の中で日本へ来るまでに腐ってしまふから冷蔵船を仕立てゝ完全に輸入する様にすれば余程物価が安くなる」

 

 

 と、問題点の洗い出しまでやってくれたものだった。 

 

 折しも大正十年は「世界冷蔵協会」たら云う妙な機関がパリに於いて設置され、日本にも外務省あてに加盟要請が来た年だから、何かしらの影響を蒙ったのではなかろうか。

 

 

 まあ、蛇足に蛇足を継ぎ足す愚行は、この辺で止めにするとして――。

 

 

 とまれかくまれ、その山本が昭和六年にもなると、「戦争か革命か」的な過激論を弄する男になっている。

 世相の悪化がどれほど著しかったか、おのずと察し得るものだ。

 

 だがしかし、この席上で誰より烈しく気を吐いて激越な弁を打ったのは、山本条太郎にはあらず。――圧倒的に、福澤桃介こそだった。

 

 論より証拠、ごろうじろ。

 

 

「世界の人口は今のところ十七億内外だが若し、米国のやうな高速式文明生活を営むとすれば、目下の物資状態では二十三億の人口を以て限度とする。

 ロシアの如く生活を下げれば五十億、支那なら更に六十億までの限度はあらうが、アメリカはその高度文明生活を維持するために、二十三億を標準とするから、それ以上殖えるのは、享楽生活の障害になる。だから少し人類を整理する必要に迫られる……つまり戦争をやって殺すより方法はない。

 科学文明のアメリカが飛行機で襲来して爆弾を投下すれば、大東京の人口は一人残らず殺されて了ふ。アメリカとしては誠に都合がよいわけである。日米戦争は兎も角として、世界戦争が近年に再開さるゝことは疑ふべくもない」

 

 

 再演でも再発でもなく、「再開」と言っているところが良い。

 

「これは平和などではない。たかだか二十年の停戦だ」――フォッシュ元帥の警告とも一致する。桃介自身、あるいはコレが念頭にありきの発言ではなかったか。

 

 生活水準を下げるくらいなら人間は、むしろ間引きと虐殺により総人口を減らそうとする習性(ならい)であるとの御指摘も、実は大英帝国がとうの昔にやっている。

 

「高い生活水準に慣れた国が、その生活水準を低下しなければならない破目に直面した場合、大人しく生活上の快楽を犠牲にするよりも、むしろ人口を減らそうとするのが普通である」。十九世紀の神学者、ウィリアム・ラルフ・イングによる発見だった。

 

 奇矯なようで、実は意外とそうでない。堅固な知性に基いている。福澤諭吉の婿養子は、流石に頭脳(あたま)が冴えている。

 

 桃介の舌の回転は、なおもとどまるところを知らぬ。更に語を継ぎ、今年の抱負を展開するに、

 

 

「近頃資本主義の行き詰まりといふことをいふが、それは銀行制度を改革せねば打開されぬ。由来バンキングシステムは世界の金権を左右するユダヤ人の編み出したもので、ユダヤ人は二千年前に国を失って以来、国籍なき世界的ルンペンである。従って国家観念は毛頭ない。このユダヤ思想を如実に反映してゐるのが銀行制度で国家なぞはどうでもよいといふ行き方を銀行家がやる。助かるべき産業も、この非国家的高利貸根性の無慈悲の扼殺で参って了ふ、吾々は奮然起ってバンキングシステムの改革に当る決心だ」

 

 

 まるで「ユダヤの陰謀」めいた、凄まじい言を以ってした。

 

 昭和六年、五・一五事件の、ちょうど前年、満洲事変の勃発()きたとし。

 

 歴史の流れが怒涛となって逆巻く間際に、このセリフはあまりにも――…。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 日露の仲が急速に殺気を孕みはじめた時分――。

 

 二葉亭四迷は誰に頼まれたわけでもなしに、全然己一個の意志で単身シベリアへと渡り、彼の地に俄然集結中の帝政ロシアの軍の規模、兵装の質、統制如何、士気の充実はどうだのと、彼らについてのありとあらゆる情報を血眼して蒐集(あつ)めるという、間諜めいた、否、間諜そのものの行為をやった。

 

 その結果として、

 

 ――これなら勝てる。

 

 と、確信するに至ったらしい。日本内地に帰還(かえ)るなり、四迷はそりゃもう激烈にも程がある主戦論を()ちだした。

 

 軍当局に報告書を上げもした。紙数にして三百枚をかぞえるほどの厚さであって、専門家である軍人たちすら、その行届いた説明に唸らざるを得なかった。

 

 

 欧州大戦に幕を引く、ヴェルサイユの講和会議開催につき、当時の政府は西園寺公望その人を全権大使に撰出し、大日本帝国代表として向わしめることにした。

 

 その報せを聞くや否、血相変えてペンを掴んだ者がいる。

 

 文人、岩野泡鳴である。

 

 一気呵成に手紙を作製、宛名はむろん、西園寺。パリへと出立する前に届かせねばならないと、ぶん投げるような調子で以って送付した。

 以下、内容を掲げ置く。

 

 

「謹んで一書を呈することをお許し下さい。講和問題に関することでございますが、若しいよいよあなたがお立ちになることにお成りでございましたら、どうか日本主義の根本に拠って日本の立脚地を十分に発揮して戴きたいのでございます。ウィルソン氏にせよ、ロイド・ジョージにせよ、結局は自国の利益を考へに入れての正義人道であります。日本も日本の利益を以ての正義人道でなければ馬鹿を見ます。一日の利害は取りも直さず一国の精神であります。利害を離れての精神や正義は模倣であり、迂闊なおつき合ひであります」

 

 

 長文ゆえ、全部は引用しかねるが、冒頭だけでもおおよその雰囲気は察せられるに違いない。

 

 

 チャップリンが偉大なプロパガンディストであったのは再言するを要さぬが、H・G・ウェルズもそれはそれは見事であった。欧州大戦酣なる期間中、「フランケンシュタイン・ドイツ」だの「知的劣性」だのという素敵なコトバを創り出し、祖国の勝利に貢献すべく努力した。

 

「彼は偉大な才能を発揮して、平和主義者を懲らしめ、みんなが想像するほど戦争は恐ろしくないと読者を説得しようとした」(フリップ・ナイトリー著『戦争報道の内幕』より)。なんと感動的だろう。

 

 コナン・ドイルに至っては英国の誇りそのものである。彼は戦場視察に際し、「金モールがびっしりついた州副総督の制服で現れたので、彼が通るたびに大佐や准将が敬礼した」(同上)。さだめし気分が良かっただろう。閣下々々と持て囃されて、鼻高々というヤツだ。

 

 大得意の報酬として、コナン・ドイルもウェルズと同じく、「イギリス人が今までになかったような激しさでドイツ人を憎むようにする」キャンペーンに協力したこと、言うまでもない。

 

 スペイン内戦ではヘミングウェイが機関銃の銃把を握ってつい勢いでハイになり、敵陣めがけて弾丸を雨霰と浴びせまくったものだった。当該陣地はほどもなく、敵の反撃をもろ(・・)に喰らって吹っ飛ばされる憂き目に遭うが、そのとき既にヘミングウェイはその場をスタコラ去っていた。

 

 

 諺に「ペンは剣よりも強し」と云う。

 

 もっともなことだ。

 

 ならばひとたび戦争状態に突入するや、用法如何で能く千万の活殺さえも左右する、()く剣呑なこの利器を国家の為に献納し、勝利に向けて揮うのは、あまりに至当な義務(・・)だった。

 

 上に挙げた人々は、義務(・・)を忠実に履行した、げに模範的な愛国者達といっていい。

 

 彼らの祖国が健在()る限り、惜しみない拍手と喝采が贈られ続けることだろう。

 

 

 

 

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