紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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拝啓、パウル・エールリヒ様

 

 

 一五四七年、ヨーロッパの某所にてひとつの実験が執り行われた。

 

 主導したのはキリスト教系の大司教。このところ世上に姿を現しはじめた命中率のすこぶる高い新式銃の正体が、「悪魔の武器」であることを証明するのが目的だった。

 

 銃身内部に溝を彫り込まれたその銃は、既存の滑腔式マスケット銃と区別するため「ライフル」と呼称されることとなる。大司教はこのライフルを二挺ばかり用意して、それぞれ特定の弾丸をあてがい、的に向かって二十発ずつ撃たしめたのだ。

 

 片方にはなんの変哲もない、ごく普通の鉛玉を。

 もう片方には十字を刻み、教会によって祝福された銀の弾を。

 

 装填させ、轟発させ、立ち込める硝煙が晴れたとき、

 

(やはり。――)

 

 残った結果に彼は満足を露わにした。

 

 前者が二十発中十九発の命中弾を生んだのに対し、後者はただの一弾たりとも的に当たらなかったからである。

 

 教会はこの「実験結果」を根拠とし、ライフルを「悪魔の武器」と正式に認定。その製造を取り締り、違反者には火炙り若しくは生き埋めで以って報いる法令をたちどころに発布した。

 

「鉛に比べて銀は硬すぎ、ライフリングにうまく喰い込まなかっただけ」という本来の理由は、むろんのこと無視された。そもそも黒色火薬自体、「悪魔が生み出した」物質として忌み嫌っていた彼らである。

 神の加護厚き銀の清浄なる霊力が、ライフルに籠められた悪魔の力をはねのけたのだ。誰が何と言おうとも、どんな数式を突き付けられても、彼らの中ではそういうことになっているのだ。

 

 ――中世までの欧州戦史を見ると、野蛮人が何時も文明人を圧倒して居る。併し火器発明以来文明人が野蛮人を滅し得るやうになった。

 

 そのように説き、文明に対する銃の功績を称揚した波多野承五郎が一連の話を聞いたなら、さぞや面食らったに違いない。

 

 

 

 科学の発展に対する宗教家の反応で、傑作なのはまだまだある。

 

 

 

 たとえば一九一〇年、パウル・エールリヒと秦佐八郎がサルバルサンの合成に成功したときなどはどうだろう。この有機ヒ素化合物が梅毒に対し特効薬的効果を示すことが知れ渡った際、とある宗派からエールリヒのもとへ、以下の如き書簡が舞い込んだ。

 

「そも、梅毒なる病気は、放蕩をした者に対する天の制裁に他なりません。これあるが為に、放蕩を欲しながらもその病気にかかることを恐れて罪を犯さなかった者は随分多い」

 

 顔が崩れ、ときに臓器を停止に追い込む梅毒が、そのじつ天の為せる業だったとは愉快な教義もあるものだ。病原体たる梅毒トレポネーマ君も、さぞかし鼻が高かろう。

 

「然るに今日以後、いくら放蕩三昧に耽って梅毒にかかったとしても、サルバルサンの注射さえ受ければ、ただちに元通り快癒するということになってしまえば、世間の者は悉く立って放蕩の門へ走り出すに決まっています。耽溺しない者は馬鹿だという思潮が席捲することになるでしょう」

 

 人間に対して、ずいぶんと悲観的なものの見方をするものである。

 こんなやつが聖職者を名乗り、正義人道神の声を大上段から説いたところで、どれほどの効能があるのだろうか?

 

「だから折角の大発見を全然禁止してしまえとは言わないまでも、ぜひ生涯に一度より、この注射を受けることが出来ないという禁止令を出していただきたいのです」

 

 エールリヒこそいい面の皮であったろう。

 

(俺に言ってどうする)

 

 こちとら研究者だ、政治家じゃないと叫びたかったに違いない。よしんば行政がとち狂ってそのような規則を設けたとしても、いたずらに闇市場の拡大を招くのは目に見えていた。

 

 神も仏も、時代の流れには逆らえぬものだ。

 

 ついでながらサルバルサンの発見を受け、これまで日本人の梅毒治療をほとんど一手に独占してきた草津温泉の人々が、秦佐八郎に苦情をねじ込んだという風聞は、少なくとも筆者の調べ得る範囲に於いて絶無であったと一言しておく。

 

 

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