紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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左翼に千の敵、右翼に千の敵を擁し、そして味方が悉く滅びようとも、我々は更に闘う。

(プロイセン軍、標語)




焼いて、世界を Ⅲ

 

 世界のすべてを巻き込んだ、人類最初の大戦争の期間中。

 前線の悲惨な状況が銃後に浸透するにつれ、一般国民大衆の心理上にもあからさまな物狂いの兆候が、そこかしこに見えだした。

 

 帝政ドイツでいっときながらも一夫多妻論が力を得、大真面目に討議の対象となった如きが良い例だ。なるほど減った人口を補填するには「産めや増やせや」が一番であり、減ったというのもその内訳は戦場で男が──それも結婚適齢期の健康なる壮丁が──バタバタ死んでいるわけだから、必然として「女余り」が発生し、数少ない男手で斯かる余剰を解消するには、これはもう、已むを得ない便法として多妻主義に光が当たるのもわかる。民族の純潔がどうたらだとか、らしい(・・・)大義を掲げるのは易々たるものだろう。

 

 が、その一見したもっともらしさにたぶらかされず、真っ向から異を立てたのが、日本にあっては新渡戸稲造。

 

 

「戦争の為めに過剰になった婦人救済策として一夫多妻を唱ふる人もある、併し婦人過剰の結果は男子の職業が婦人の手に移り、其結果は(おのず)から婦人の性格が男性化するといふ説も成立し得る。それに戦争などで人口が急減してもその後では却ってそれを補ひ得る程増殖するといふことはこれまでに例の多いことである」

 

 

 渦中にあってこの冷静さは頼もしい。

 俯瞰の視座から観測すれば、正理は確かに新渡戸にあろう。が、尻に火が──どころではなく、全身火だるまと化すが如き勢いで、国運を賭け、ギリギリの末期戦を行っている主要交戦各国に「冷静な判断」など期待できない。

 

 連合側にも類似傾向は見出せる。

 

 イギリスでは「負傷兵結婚協会」とでも称すべき奇妙な団体が立ち上げられた。「婦人の愛国心に訴へて、戦争から帰って来た負傷兵と出来るだけ多く結婚して彼等に家庭的慰安を与へると共に、一方彼等の子孫を絶たないやうに」しようと云うのが主な活動内容だ。

 

 だがしかし、こういう形でよしんば縁を結んだところで、それが果たして本当に比翼連理の絆へと、うまいこと昇華されるだろうか?

 

 やはりこれとて黙示の日(Apocalypse Now)を前にして錯乱した精神がヤケクソ的に生み出した、ひずみ(・・・)の一種ではないか?

 

 なお、上で用いた「黙示の日」という言葉については比喩でない。

 西洋人──キリスト教徒の間では、第一次世界大戦をしてハルマゲドンの到来と見做す動きがかなりの規模で実在していた。

 

 

「今度の戦争こそ、多年人類の我慾と堕落とを洗ひ浄めるべきハルマゲドンの戦であると、米国の牧師エ・ヂ・ダニエルス氏が叫んだ。ハルマゲドンとは新約聖書のヨハネ黙示録第十六章に出で、世界最後の大戦争が、パレスチナのエスドラエロンの平野に於て解決せらるべしといふにある。エスドラエロンは、地中海よりヨルダン河に至る中央のパレスチナの大平原であって、カルメル及びサマリア山脈とがガラリア山脈を分つ地方の名であるが、この戦争に於て『ユーフラテス河の水は涸れ尽くし』即ちトルコ帝国は滅亡するの外はないといふのが、ダニエルス氏の論旨であった。戦争を聖書の預言に結び付けた神秘的著書は、六週間を出でずして二十万部を売り尽したと言はれた」

 

 

 満川亀太郎の自伝的著書、『三国干渉以後』からの抜粋である。

 ハルマゲドンの説明をこうもくだくだしくやったのは、当時の日本人の耳目に於いてこの単語が、概念が、未だ浸透していない、新奇であったゆえこそか。

 

 まあ、それはいい。

 

 もう少し参照を続けると、

 

 

「米国を風靡したハルマゲドン説は一転してキリスト再臨説を生んだ。何年何月何日何時何分、キリストは必ず某地に再臨する。天文学者が日月の盈蝕を預言するが如くにキリスト再臨論者はキリスト再臨を預言した。キリストが再臨すれば地上の悪は一切消滅する。人と人との間の商取引なども消滅する。従って金銭などは必要が無くなる。使消するのは今の中だ。飲めや食へやと消尽して一文無しになったといふナンセンスまでも生んだのであった。日本では内村鑑三氏が真面目になってこれを唱へた。キリスト教界では盛にその当否が論戦された」

 

 

 1999年7の月、ノストラダムスの大予言を髣髴とする空気であった。

 

 人間の理性など、ときにまったくアテにならない。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 イタリアには怨念がある。

 第一次世界大戦酣なる(とき)、連合側で参戦する見返りに、英仏が約した蜜のような条件を、戦後ごっそり反故にされた怨念が。

 

 ちゃぶ台返しを喰らわされたといっていい。

 

 期待が大きかっただけ、失望もまたのっぴきならない水準に。このためいっとき講和会議の舞台から、代表者らが「堂々退場」する事態になったほど。どこぞの愛国詩人なぞ、悲憤慷慨募るあまりに血涙を流さんばかりの態で悔しがり、結句暴発、義勇兵を引き連れて「未回収のイタリア」を強引に回収せんとするロマンティックな軍事行動に敢えて踏み切る椿事もあった。

 

 ──話が違うではないか。

 

 この叫びこそ戦後のイタリア人たちが不断に腹に蓄えている、「民族の聲」であったろう。

 

 フランチェスコ・ニッティの主張も、そのあたりの事情を踏まえ、幾分か割引した上で味わう必要性がある。

 左様、ニッティ。

 イタリア王国第53・54代首相を務めたこの人は、当然ながら戦後に於いて、ヴェルサイユ体制の欠点・不合理・醜さを事あるごとに暴き立てては罵り倒す、一個の鬼へと変化(へんげ)した。

 

 彼がヴェルサイユ条約の、ひいてはパリ講和会議のすべてを呪っていたことは、

 

 

「誰が欧州大戦の責任者であるかといふ事は非常に困難なことである──尤もヴェルサイユ条約にはこの責任がドイツ及び中欧連合国側に在りと明記されて居るが、斯の如きはドイツが強ひて責任ありとされただけで、何等の重大さも有ったものではなく、要は戦勝者が勝手に宣告したに過ぎない」

 

 

 上の発言ひとつをとっても透かし見るように明瞭だろう。

 

 そも、ニッティ的世界観に則れば、1918年の停戦からして英仏の欺瞞、嘘、詐略、奸謀の果ての産物ということになっている。

 

 

「懐疑的な誠実さを持ったクレマンソー氏は率直に平和は戦争の道程なりと称したが、事実戦争は軍事占領、虚偽、掠奪へと今尚続いて居るではないか。大戦中仏国は自由と民主主義の為めに戦って居ると自称し、大戦は将来戦争の禍因を根絶し、斯くて得たる平和は軍備は撤廃され国民主義は勃興して永久性のものであらうといった、にも拘らずドイツがウィルソンの十四条の宣言を信じ且つ飢餓に苦しめられて愈々降伏し、交戦国が武装を撤去すると、今度は却って仏国は軍国主義者と早変わりし賠償不履行を楯に、飽く迄ドイツの息の根を止めんと主張した。仏国の軍事占領の恐怖すべきは諸君の知らるゝ通りである」──筆者(わたし)の中のヴィルヘルム・クーノが「そうだ、そうだ」と拳をふりあげ、首の骨が折れんばかりに頷いているのを知覚する。

 

 まだ終わらない。

 

 ニッティによるドイツ贔屓な主張は、だ。──「最も生産的な土地、即ち完全にドイツに属するザール地方や一千年以上もドイツに領有された上部シレジア地方は講和条約の規定に違反し、又国民投票にも問はれずにドイツから引離された。同様にルール地方は講和条約も名誉の根本原則も無惨に踏みにじられてとうとう占領せられ、武装なき敵に対し仏国は日一日と挑戦している」

 

 流石、情熱の国民だ。

 

 心臓を鷲掴みにするように聞く者の情感をもろ(・・)に打つ、みごとな雄弁ぶりである。実際問題、ニッティの分厚い胸の底から上の言葉を直接浴びせかけられて、フランスの「不正義」に怒らぬ者は当時おそらくなかっただろう。

 

 こっち(・・・)の愉快はあっち(・・・)の恥辱。復讐の悦びに思う存分酔い痴れていたフランスは、己が味わう得意のぶんだけ、周囲の嫉妬を猛烈に駆り立てるということを、果たして気付いていたのか、どうか。

 

 当時の欧州は、まさに火薬庫。「ヴェルサイユ条約はバルカン問題を解決せず、却って欧州全土をバルカン化せしめた」と書いたのは、確か下村海南だったか。

 

 この観察は、確かに的を射ていたのに違いない。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 皇帝蒙塵。──敗戦国の悲況に堕ちたドイツを捨てて、ヴィルヘルムⅡ世は逃げ出した。

 

 理屈は立つ。

 名目はいくらでも並べ得る。

「亡命」という政治的な用語を被せ、正当性の補強工事を行う余地はたん(・・)とある。

 

 しかしながら取り残されたドイツ国民たちにとり、そんな努力がなんだろう。いくら抗弁されたとて、否、言い繕えば繕うほどに、「責任逃れ」の悪印象が強くなる。

 

 ──陛下は我らを投げ捨てて、ひとり遁走しなされた。

 ──祖国がどん底に陥った、いちばん大事なこの(とき)に。王者としてあるまじき、背信行為ではないか。

 

 そのように糾弾されるのは避けられないことだった。

 

 戦後しばらくはカイザーの身を引き渡せ、渡すわけには参らぬという悶着が、亡命先のオランダと連合国の間とで展開されたものであったが、それにも一応、ケリがつき。

 

 彼は生きた。生き延びた。

 

 生きて、歳を重ねるにつれ、時の流れの効能が、徐々にほとぼり(・・・・)を冷ましゆき。──戦時中、異様としか言いようのない偏執的な情念で「カイザー」の称に植え付けられた毒々しいイメージも、漸く世間人心中から薄らいできた、1927年秋のこと。

 

 相も変わらずオランダで亡命生活継続中の元皇帝は、さる訪客と歓談中、やがて話頭が時事問題──最近世界情勢に及ぶや否や、にわかに顔色を改めて、性懲りもなく各国が「平和」「親善」の美名に隠れ、裏では軍備の拡張に汲々たることを責め、

 

「この調子では、このままの勢を以ってするなら、遅くとも1937年には必ずや、第二の世界大戦が勃発することだろう」

 

 と、預言者としての威儀を纏いて述べている。

 以って当時の国際社会のキナ臭さを知るに足る。

 

 更に続けてヴィルヘルム、二度目の世界大戦がどう推移するか語りだし、

 

 

「此の戦争はほんの数日間か或ひは数時間で終るだらう、宣戦布告と同一瞬間に飛行機、飛行船、潜航艇から成る厖大なる艦隊に無線によって出動を命ぜられ、即座に敵の商船を撃沈し、戦闘準備なき国家は四十八時間内に滅亡の運命に陥るだらう、また陸海上においては新しい有毒ガスや爆弾が使用されて弱国は瞬間の内に全滅するだらう」

 

 

 ちなみに第二次世界大戦が実際に起きた日付とは、1939年9月1日のことである。

 

 二ヶ年ばかり、人類世界はカイザーの値踏みを裏切った。

 

 戦況の進捗に関しては、もはや言うも愚かなり、だ。

 

 戦争は終わらない、そう易々とは終わらない。一度開始(はじ)めてしまえば最後、誰にとっても思い通りに運ばない、そも解き放つべきでない、魔獣の類であるらしい。

 

 

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