紙上の人々・片影星羅   作:穢銀杏

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教授は一時間の授業に三日も苦心するのに、学生は上の空で聞き流す、大学教授なんてつまらぬから辞めてしまへ。

(夏目漱石、真鍋嘉一郎に与えた助言)




漱石側面観

 

 原始仏教の経典が一、『阿含経』にはこんな話が載っている。

 

 釈迦がコーサラ国を遊行して、祇園精舎へやって来た当時のことだ。とある一人のバラモン僧がこれを聞きつけ、前々から釈迦の存在を目障りに思っていたこともあり、どうれひとつ彼奴めの説を粉々に打ち砕いてくれようず──と、ノッソリ腰を持ち上げた。

 

 さて、祇園精舎を訪ねてみると、折しも釈迦は大衆に囲まれ説法をしている最中である。

 

 ところがどうしたことだろう、このバラモンが入って来るのを認めるや、釈迦はたちまち説法を中断(やめ)てしまったではないか。胡乱な視線もなんのその、彼の口を開かせるに及ばない。釈迦は沈黙したままである。焦れたバラモン、

 

「なにゆえ我を爪弾きになさるのだ。貴方の法を、どうか説いて聞かせてたもれ」

 

 と声を上げると、漸く釈迦は口を開いて、

 

「バラモンよ。汝は内に嫉恚(しつい)の心を持って法の妨害を為そうと思っているから、深義を味わうことができぬ。そういう気持ちを取り除かねば深妙の説を理解することはできぬ」

 

 要するに、今のお前さんにいくら語り聞かせてやっても効果は無いよ、上っ滑りするばかりでさ、だから私は沈黙するのだ、エネルギーの浪費だからね、話が聴きたきゃまず聴く姿勢を整えておいで、と真っ向両断斬り捨て御免に処したのだ。

 

 これは味わい深い遣り取りである。なんといってもあの仏祖釈迦牟尼様でさえ、端から議論する気を持たず、屁理屈を捏ね、言いがかりをつけ、論点をずらし揚げ足を取り、ひたすら相手の神経を疲弊させてやろうとしか考えていない手合いには、沈黙するしか術がないと半ば匙を投げたのだから。

 

 この説教に浴するや、くだんのバラモン、大いに感に打たれてしまい、心を入れ替え無事宗門に下るわけだが、そこが(はなし)というものだろう。現実には、この手の人種が改心するなど有り得ない。黄河の水がある日突然四万十川の清流みたく透き通るのを期待するようなものである。むろん、そんな現象は不可能以外のなにごとでもない。

 

 どころか逆に、

 

 ──なんのかんのと言いつのっても逃げ口上に他ならぬ、結局はわしに論破されるのを恐れているに違いない。されば化けの皮は剥がれたわ。やはり釈迦など、所詮口先だけの小才子よ。

 

 と嘲笑し、一方的に勝利宣言を突き付けてのっしのっしと去ってゆくに違いない。そしてやがては方々で、

 

 ──わしは釈迦に勝利した。なあにあんなのは一皮剥けば、見掛け倒しのろくでなしに他ならなんだわ。

 

 と、大いに脚色済みである「武勇伝」を吹聴しまくるのであろう。幸せなものだ。

 こうした幸福の形態を、夏目漱石は「豚的幸福」と卑しんだ。

 

 

「強情さえ張り通せば勝った気でいるうちに、当人の人物としての相場は遥かに下落してしまう。不思議なことに頑固の本人は死ぬまで自分は面目を施こした積りか何かで、その時以後人が軽蔑して相手にしてくれないのだとは夢にも悟り得ない。幸福なものである。こんな幸福を豚的幸福と名づけるのだそうだ」(『我輩は猫である』)

 

 

 流石は漱石、卓見である。

 

 とかく社会が進歩して、人間が理屈っぽくなると、この豚的幸福の謳歌者までもが増加しだすのは困ったことだ。どれほど豚に等しい輩であろうとも本物の豚でない以上、まさか屠殺に処すというにも参るまい。

 

 そう考えると、まだ本物の豚の方が始末がいいのか。およそ獣の領域にまで堕落しきった人間は、生粋の獣以上に始末が悪い。ヤーナムで学んだ教訓が、まさかこんな処にすら活きてくるとは。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 息子(せがれ)を殴り倒すのに、いちいち理由は話さない。

 

 いついつだとて「コラ」か「馬鹿ッ」。啖呵と共に鉄拳が飛ぶ。家庭人としての漱石は、どうもそういう一面を、ある種悪鬼的相貌を備えつけていたらしい。

 

 次男の夏目伸六が、かつて語ったところであった。

 

「あれは一種のパラノイアて奴で…」

 

 と、アレ呼ばわりで親父をこき下ろしている。

 

 

「機嫌が悪いと堪らないんだ。俺達が泣くとあの腐ったやうな眼で何時間でも睨むんだ。何時かカチューシャの歌を廊下で歌ったら、いきなり来やがって『コラッ』と殴られちゃった」

 

 

 この発言があったのは、昭和十年、津田青楓との座談の席で。津田もまた、夏目漱石の門人及び友人として世話になったり手古摺らされたり、酸いも甘いも噛み締めまくった人物だ。それだけに、同類相憐れむというか、どうしようもなく気脈の通じる部分があって、お互い口も軽くなったのであろう。

 

 息子は実に饒舌に、父親の文句を喋りまくった。

 

 

「一番酷かったのは近所の縁日で軍艦の射的を俺達に打ってみろと云ひ兄貴は人が見てゐるんで恥しいから嫌だと云ふと、俺に打てと云ふんだ。俺もヤだと云ったんだよ。この時みたいなのはみたことがねえな、殴る、蹴る、往来でだぜ。自分も恥しがり屋で見栄坊の癖に、俺達の事だととてもひでえ声を出しやがる」

 

 

 言葉遣いも砕けきったものである。

 

 

「あれは、病気になった日だよ、学校へ行く前に寝てゐる親爺に飛びつかうと入ってゆくと、ヘンなんだ、もうひどく悪かったんだね、それでやめたが、あのとき飛び付いたら俺が殺したといふことになったらうな。一週間で死んだが、俺アちっとも悲しくない、その日の午後、目をあけやがってひどく優しい顔をして『泣いちゃいけないよ』と云ったが、俺ア泣いちゃゐねえからひどく気の毒な気がしたよ、その晩死んだ」

 

 

 伸六はやがて父の著作を読み耽り、読破が重なるに従ってその偉大さを認識し、目から鱗をボロボロ零して敬服するに至るわけだが、この時点ではしかしまだ、さんざん暴力をふるわれた陰惨な記憶が拭えなく、とても虚心坦懐に語るのは無理なようだった。

 

 といって昭和十年ともなれば、漱石逝いてはや既に、十九年を経ているのだが――。

 

 幼少期のトラウマが如何に根深いかが分かる。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 呪者がいた。

 呪者がいた。

 大英帝国、首都ロンドン。霧の都の一隅に、日本の偉大な文豪を──夏目漱石を怨んで呪う者がいた。

 

 呪者はイギリス人である。

 名前はイザベラ・ストロング(Isabella Strong)

 テムズ川の流れの洗うチェルシー地区に今なおその姿をとどむ、トマス・カーライルの家の管理がすなわち彼女の仕事であった。

 

「夏目はまったくけしからぬ」

 

 そういう立派な英国淑女が、訪客の姿(なり)を日本人と認めるや、怨嗟の焔をさっと瞳に宿らせて、低く、床を這わせるようにぶつくさ文句を垂れまくる厄介な性サガを持ったのは、むろんのこと理由(ワケ)がある。

 

 艶めいた要素はまったくないが、痛切骨を刺すような、実に深刻極まる理由が。

 

「夏目は私を『婆さん』扱いしくさったのだ。──今なら我慢もできようが、あの頃はまだ、五十そこそこだったのに」

 

 勘働きの素晴らしい夏目漱石ファンならば、既に察し得ただろう。

 そう、このイザベラ・ストロング嬢こそは、夏目漱石の小編である『カーライル博物館』の登場人物。

 文中二十回近く「婆さん」呼ばわりされてしまった、案内役その人だ。

 

 驚いたことに、彼女は夏目漱石よりもずっとずっと長生きをした。

 

 かてて加えてそのいずこかで、自分が嘗て「御這入り」と、いとも気さくに迎え入れ、あれこれ仔細な講釈を恵んでやった顔色の悪い東洋人が、果たせるかな「夏目漱石」という筆名を持ち、その故国では圧倒的な声価を誇る文学者であることを、どうやら知ったらしいのだ。

 

 彼の遺した綺羅星の如き作品中に、まさにこの、ここ、カーライルの邸宅の訪問記があることも。

 

 イザベラついつい興味にかられ、その内容を自身でも味わいたいと希望して──果せるかな激怒した。

 

 

「漱石は案内役の私を『婆さん』と書いたといふて、そのIsabella Strong嬢は、名詮自称、語気も強く、小生を捉へて『夏目は怪しからぬ。今なら我慢もするが、あの当時は未だ五十だったのに』と恨むこと、歎くこと。

『それでは、一体、君は幾歳だ。此国でも人の歳を聞くのは、大の野暮だとは教へられて来たが、止むを得ない。今日は破戒だ』と告げると、彼女は『実は、その、今年は七十又八歳。今なら婆さんと云はれても、我慢はするが』と同じ愚痴と恨みとを、繰り返し繰り返してをるのである」

 

 

 上は西川義方の、大正天皇の侍医を務めた男による体験記。

 大正十五年十月四日、慌ただしい日程を縫い、せめて寸刻なろうとも哲人の面影を慕わんと脚を運んでみたところ、このような事態に見舞われた。

 

 

「謙譲貞淑なる日本婦人は、年歯三十にして、既に、ほこら顔にも、私はお婆さんで、と云ってをるやうだが、(つらつら)考ふるに、どうも、それは口だけのことだ、心では、まだ決してそのやうな自慢は云っておらぬといふことも、どうやら通念らしい。

 ところがイザベラは、口にも、心にも、五十を芳紀とも、妙齢とも、心得て居る正直者であり、而も僅か十一頁のこの文章の中に『婆さん』なる敬語が、序破急をなして、前後実に十七回の多数に及んでいる。…(中略)…之では『カーライル博物館』を、寧ろ『婆さんの家』とでもした方が、彼女の逆鱗を徹底さすべく、より善かったであらうとも考へる」

 

 

 謂わば作品のモデルから苦情を捻じ込まれた形。

 時代が違えば苦情どころか、訴訟を招きかねないケース。

 

 女性にとって「容色」が如何にデリケートな話題であるか、迂闊に触れてはならないか。否でも応でも実感せずにはいられない、これはそうした景色であった。

 

 

 

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