いた<て普通のラブコメ 作:君の心を因数分解
「3本先取ね」
自分が思いっきり滑ってから何やかんやあって、剣道で勝負をすることになった。勿論、竹刀を使ってだ。「真剣で私に来い!」とはならなかった。取り敢えず選抜は当真さん。竹刀を初心者の様に――というか初心者そのもの――辿々しく握って構えた。
「3本ってことは3回当てれば良いのよね?」
「そうよ。それと……敬語使えよ、1年生ちゃん」
「生憎ですけど、敬語ってのは相手への敬意を示す時にしか使わないの。ご存知なかった?」
「ご存知なかったわ。敬意を示さない……なんて生意気な1年生。驚いちゃった」
「これまでの経緯を振り返りなさいよ」
当真さんと剣崎先輩がそれっぽい会話を交わしている。当真さんは週刊少年ジャンプが好きなので、こういうことには意外とノリノリになるタイプらしかった。しかし、そのせいでツッコミが不在だ。仕方がないので自分がツッコミに回ろう。あまりツッコミサイドには周りたくはないのだが。
一応、隣の神崎さんをチラッと見る。神崎さんが視線に気付いた。目と目が合って、神崎さんはニコッと笑った。
ツッコミが不在なので、自分がツッコミに回ろう。うん。
剣崎先輩は(正式名称を知らないが)剣道やってる人って感じの格好だ。面は着けていない。お陰で「面を外したら実は~」なんていうクソみたいなネタの可能性はない。なんか重そうなものを一杯着ている。大変そうだなぁ、と思いました。
対して当真さんは制服姿だ。運動する格好でもない。ちなみに、本作はいた<て普通のラブコメをベースとしているので、当然スカートはミニスカートである。校則遵守しましょう。ピンと姿勢正して、誠実に親とかから受け継いだであろう真っ直ぐな目線と構えた竹刀が平行に伸びる。いつも通りに淡い緑色の少し眺め(誤字ではあるが、誤字に非ず)の髪を揺らしている。
え? 室内なのに揺れてるのはおかしいって? 黒子が空気を読んで、扇風機を回しているに決まっているじゃないか。勿論、風圧でスカートは捲れない。ラブコメを謳っておきながらラッキースケベは発生しない。PTAも安心だね。じゃあ、ミニスカートやめろよ。
剣崎先輩と当真さんが互いに近寄る。竹刀を振れば頭をぶっ叩ける距離でお互いに一礼して、改めて距離を取る。剣道は知らないが、恐らく正式な手順とかいうやつだろう。
「さぁ……開始よッ!」
剣崎先輩が何かを叫んだ。その瞬間に相対していた二人は跳ねた。「開始」と言っていたし、戦いの火蓋が切って落とされたのは火を見るより確定的に明らかだった。
聞き取れなかったんじゃなかったのかよ、という声が聞こえる。こういう声は聞こえるのだ。誰かさんの言う通り、自分は剣崎先輩の台詞を聞き取れなかった。自分は神崎さんのカンペに随時映し出される、youtube仕様の自動字幕を見たに過ぎない。第一、小説で台詞が認識できないなんてのは特殊タグを使わない限り、有り得ないでしょう?
「はっ! やぁ!」
「ふっ! ぃや!」
眼前では激しい戦いが繰り広げられている。決して、掛け声の台詞だけで描写を適当に済ませているわけではない。サボっているわけではない。臨場感を出すために、敢えて直感的な感覚的な台詞の描写だけにしているのだ。高等なテクニックだ。高等過ぎて、1周して下等に成り下がっているタイプの高等テクニックだ。
『小説の戦闘描写なんて労力に釣り合わないしね』
神崎さんのカンペは心理描写を映し出すこともできる。便利だ。登場人物にこれ見よがしの独白や説明的台詞を吐かせなくても良いし、一人称である本作においては他人の心情をいちいち描写するのはかったるいので、重宝すること間違いなしだ。
「どうしたの? その程度なの、1年生! 全然当たってないわよ! 叩けるのは大口とツイフェミだけなのかしらねぇっ!」
「うっさい! 大体! 竹刀振るのなんて! 初めて! だっちゅうの!」
「初めては痛いでしょ?」
「それ言いたいだけだろ!」
「おっ、今の振りはヒヤッとしたわよ」
どうだろうか。さっきよりかはマシなハズだ。
何をしているかって? 勿論、描写の改善に決まっている。戦闘描写が進化したわけだ。英語で言えば、インプローブエヴォリューション。違うね。
誰かさんがまだまだ物足りなそうな顔をしている気がする。でも、待って欲しい。このまま続けばちゃんとした描写に進化するのは分かるだろう? ほんの少しの辛抱は何事にも必要なのだ。
と、その時、剣崎先輩が踏み込んだ。
「そろそろ、こっちから行くわよ!」
剣崎先輩は竹刀を横に薙いだ。当真さんがバックステッポで避けた瞬間に剣崎先輩もカカッとバックステッポ。2人の距離が開いた。
剣崎先輩は竹刀を持つ右手を後ろに引き、半身になる。広げた左手を当真さんの方向へ、竹刀に伝わせるように。腰を少し落として、呟いた。一時の静けさの中で、大きくなくても、その声は良く響いた。
「…………牙突」
当真さんも呟いた。
「突きってアウトじゃないの?」
剣崎先輩は恐らくだが、牙突がしたかっただけだろう。だって、牙突だし。
当真さんは呆れた様に肩を竦めて、竹刀を構えた。いかにも素人が構えそうなオーソドックスな素人構え。
ゆらっと剣崎先輩の身体が倒れたかと思うと、気付いた時には当真さんとの距離は詰まっていた。縮地に近い移動方だろう。いや、知らんけど。メダロットデュアルで例えるなら、ドライブブースト。例える必要あったか?
当真さんは身体を回転させて突きを避ける。その回転の勢いのままに竹刀を振り抜く。思わずと言った様子で神崎さんが叫んだ。
「あ、あれは……ヒテンミツルギスタイル・〈龍巻閃〉ッ!?」
技名の割にはショボい、パチン、という音がした。当真さんの竹刀は剣崎先輩の後頭部に当たっていた。
「……ふぅ。これで1本ね。どう? 初心者に1本取られる気分は」
「…………さない……!」
「はい? 聞こえないんですけど」
「許さない!!」
「はぁ?」
「絶対に許さない野郎ぶっ殺してやるよだって私が負けるなんて許さないよそれは因果の逆転許さないしだから貴様死ねよお前消えろよ許さないから皆葬られるのをこの世界は待っているんだそして世界は世間は心臓を深く切り裂いてビッタビタにギッタギタで眼球をくり抜いててめぇなんぞ壊して転がしてやってよそしたら勝てるから許さない許さない許さない!!」
逆恨みどころか、剣崎先輩の怒りは理不尽の極みだった。というかこれが文字数稼ぎに認定されないかが心配である。決して文字数稼ぎではない。
怒り狂った剣崎先輩はガムシャラに竹刀を振り回したかと思うと、また牙突の構えをした。
当真さんが自分達の方を見る。「何とかしないさいよ」多分、そんな所だろう。
自分と神崎さんは顔を見合わせて、返答した。
「無理です」
「頑張って下さいね! 君ならできる!」
「あんたらねぇ……!」
当真さんは剣崎先輩に向き直る。その背中を真正面に見て、自分は「夏だったらブラ透けイベントも挟まるんだろうなぁ……」と便秘の時よりも下らないことを考えていた。またしても突撃してきた剣崎先輩をサイドステップでかわそうとする。しかし、剣崎先輩は当真さんの前で急にストップした。当真さんがサイドステップから着地した瞬間には、剣崎先輩の両腕は引かれ、上半身はバネの様に力を溜めていた。
「しま――――!」
「零式ッ!!」
「あ"く"っ!?」
上半身の力だけで繰り出された秘技……零式が当真さんにクリーンヒット。
ガクン、と膝から崩れ落ちる。剣崎先輩は距離もあってか、まだ竹刀を手放していない。
地面に蹲った当真さんから嗚咽が漏れる。
自分は思わず、神崎さんに訊いた。自分の場所からだと丁度、当真さんの背中に隠れて剣崎先輩の攻撃は見えない。
「あの、神崎さん。さっきのって……どこに当たってました?」
「もろに股間でした」
「あ、はい……ありがとうございます」
もう赤ち……いや、やめておこう。流石に自分も目の前で痛がっている人がいるのに『もう赤』はできない。
剣崎先輩がスタスタと当真さんの前に歩いてくる。振り上げた右足で当真さんの後頭部を踏みつけて高らかに宣言した。
「雑魚が……舐めてるから潰されるのよ! あーはっは!!」
「ぅあぁ……」
そして、高笑いしながら足をグリグリ捻る。更に、竹刀で当真さんの背中を叩く。
当真さんの悲鳴が漏れる。そこまで大きくない声だけど、良く響いた。
「雑魚! 雑魚! 雑魚!」
「ぁあっ! ひぐぅ! いだいっ!」
「ほら! ほら! 鳴け! 泣け!」
「ぎゃっ! ぎぃぁ! ゆるっ……じで……!」
あまりにギャグ作品として致命的な光景だった。しかし、ここで下手にしゃしゃり出ると、あの怒りの矛先がこちらに向く可能性がある。それは勘弁して欲しい所だ。自分の身と他人の身なら自分を優先する。
その時、自分は神崎さんがケータイで電話をしていることに気付いた。
ドダドダドダドダ、と足音が外から迫ってくる。武道館の扉が大きな音を立てて開いた。
武道館の中に大量の黒服達が流れ込んで来た。黒服? いや、世界観世界観。
「え? え? 何?」
困惑する剣崎先輩に向かって黒服達は突撃して行く。実を言うと、自分も同じ気持ちだ。困惑。
突如として武道館に乱入して来た黒服達に驚いた剣崎先輩は力が揺るんだのか当真さんに足を押し退けて立ち上がる隙を与えた。当真さんはよろめきながら自分達の方に歩いて来る。
「いや……え? ちょっと待ってちょっと待って? え、ちょ、何でこっち来るの……? な、何でバチバチするやつ持ってるの……? いや、待って待って待て待てぇいんぎゃああああああああ!!」
無言で黒服達は剣崎先輩をスタンガンであっちこっちをビリビリさせて動けなくし、紐で縛って、外にテイクアウトした。黒服の1人が武道館を出る前に、振り返ってペコリと一礼した。その服の胸には服と同じ色の黒いバッジが付いていた。バッジには一転して、見やすい金色の文字でこう書いてあった。『PTA』と。
どうやら、暴力シーンが放送コードならぬ、小説コードに引っ掛かったらしい。
自分達の所まで歩いて来た当真さんはフラフラしていて、自分の肩に両手と体重を掛けて寄りかかってようやく1点に留まった。近くになってようやくハッキリと見えたその顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫? んなわけないでしょ……? 何で、あんたら、見てただけだったの……?」
「いやだって、痛いの嫌ですし」
「あたしだって……あたしだって嫌! なのに、ずっと見てるだけで!」
「嫌なことは誰が喰らっても嫌なんですから。それだったら被害をいたずらに拡大しないのが――――」
「ふざけないで!」
「…………」
急にシリアスチックな空気が流れた。ギャグ作品に「ふざけないで」とは中々に面白いのではないだろうか。ないね。
「いつものは良いの。いつもふざけてるのは勝手だけど、でも、これは違うでしょ? あたしは、あたしは、すっごく痛くて怖かったのに……知らない顔して、見えないフリして、ふざけて曖昧にして!」
「いや……その、見えないフリって言うか、目が悪いから本当に見えなかったと言いますか……」
「あんたらはいつもあんな調子なんだね。本当に、どんな状況でも、あんな……真面目さを鼻で笑うような態度なのね……ホント、サイテー……」
当真さんは自分から手を離すとフラフラしながら、武道館を出ていった。
神崎さんは「行っちゃいましたね」と呟いた。Twitterではない。その横顔は笑っても、怒っても、冷めてもいなかった。というか、横顔とか見ても何も読み取れんわ。自分、目悪いし。
「何だか急にシリアスみたいになっちゃいましたね」
「……本当だよ。Key作品だって、こんなに急転直下じゃないのに……」
何とも言えない沈黙が微妙な空気感を作った。春だからだろうか。
神崎さんは手持ち無沙汰になったのか、ポケットに入れたケータイを取り出して、開けたり閉じたりした。
何回かやった。何回も明け閉めしながら訊いてきた。
「追わなくて良いんですか?」
「何が?」
「当真さんです。傷付いてましたよ」
「傷は保健室で治せば良いよ。自分は医者じゃない」
「心も多分、傷付いてましたよ。本当に正直な人ですから、歩夢さんに言ったこと、本音だと思います」
「心も同じことだよ。当事者に、加害者に、こんな自分にどうしろって? 心だって、身体だって……一瞬で治るわけがない。ゲームや漫画じゃないんだ。時間と自分しか心の傷は治せない……誰かが格好良いこと言っても心が落ち込んでる時は、悪いフィルターみたいのが掛かってて、何を言っても悪化するだけだ。高校生なんて、思春期なんてそんなものだし」
神崎さんは急にケータイの開け閉めをやめて、自分を凝視した。
自分も神崎さんを凝視する。でも、ラノベの主人公みたいに、相手の表情は読み取れなかった。こんなに近くで、こんなに見つめてるのに、分からない。そんなもんだ。現実は。
神崎さんは今までで一番、掠れた声で言った。それは絞り出す様な声で、こんな状況でなければ聞き取れなかっただろう。
「…………今、何て、言いました…………?」
「心が落ち込んでる時は――――」
「……違います。その前です」
「……心だって身体だって一瞬で治るわけがない」
自分は神崎さんの言いたいことを瞬時に、だけど周回遅れみたいに致命的な遅さで気付いた。全く持って、主人公味の欠片もない。
瞬間、自分はやけに心臓の音を意識していた。
「――――ゲームや漫画じゃないんだ」
何だかおかしくって、つい笑ってしまう。
「ははっ……これは傑作だな」
自分の声も掠れていた。今までで一番。いや、1話~今話までで、一番。
傑作なんだ。まさしく傑作。例えるならば、テストで名前を書き忘れたみたいな。野球のバッターがサード側に走って行くみたいな。トイレに入ってから紙がないことに気付いた時みたいな。
自分の口角は知らず知らずの内に吊り上がっていた。
「これ小説じゃん!! ゲームや漫画の類いじゃん!!」
さぁて、説教タイムの始まりだ。
小説のキャラの心情なんて、口先――文字先――1つでコロリと変わるんだ。
【お詫び】
本日の次回予告コーナーはお休みします。これを期に、次回予告コーナーが消し飛ぶことをご期待下さい。