ぜひタイトルと同名の楽曲をお聞きになってください。
こんなことを話すと時代遅れと言われるかもしれない。
謎箱という芸術展覧会があって、それは人気だった。
人気だったから、いろいろな場所で行われた。
僕がそこに行ったのは地元での展覧会で、これから話すのもそこでの話だ。
もうニュースバリューの欠片もないけど、良かったら聞いてほしい。
君が世間一般の連中と違うって言うなら。
・??????・
謎箱という展覧会は、いたってシンプルだった。
中に入る前に、誓約書を書かされる。
誓約書にはこうあった。謎箱の中のあらゆる真実の情報を公開しないこと。
逆にこうもあった。謎箱の中のあらゆる虚偽の情報を公開すること。
つまり、僕たちは謎箱の中にあったものの、真実を公開してはだめで、どんな嘘もついていいということだった。
今の時代、どんな情報だってホントの本当に本当だ、なんて言えない。
インターネットに転がっていることに何て真実なんてないかもしれない。
じゃあ別の媒体はというと、本も口伝も信用ならない。
言っちゃえば情報に真実なんて含まれないのかも。
真実”らしさ”しかない。本人がその情報を妥当だと思えば、それはその人にとって真実になってしまう。
目で見たものだって信じられない。僕たちの目が錯覚してるだけなのかもって思うこともある。
僕は何が言いたいんだろう。結局分からなくなってしまった。
まぁ、さっきの虚偽の情報に書かれた、本当かわからない、賛美とか、批判とかのために、人がいっぱい集まったんだ。
僕もその一人だった。
最初は、「地元で何かやるらしい」程度の感覚だった。
でもだんだんと、その謎箱と言うものが広まっていくにつれて、”何か”が広まっていくのを感じる。
拡散。と言うことなのかもしれないし、もしかすると、飽和ともいえるのかも。
水溶液に物体が溶けきれなくなることを飽和と言う。
僕もその、水溶液の中に溶かされてしまった。
謎箱へ向かう行列は本当にたくさんだった。
この地方でやるのはこれ限りだったから、人が集まるのも仕方ないらしい。
関東でやったときは連日何万人と集まるそうだった。
それでも関東よりはいい。僕はぼんやりと関東が怖かった。
どんどんと人が流れていく。
人の流れがいいことはよいことだななんて思いながら歩いていく。
この時、誰も出てこなかったのを僕は疑問に思うべきだったのかもしれない。
でも僕はバカだから、その時はそんなことを考えていなかった。
どんどん人が流れていく。ついには僕も入口に立った。
芸術の一環なのか、アニメ着ぐるみを着た人が立っていて、銃らしきものを携えていた。
もちろん偽物だろう。何のメタファーなのかな。
でも銃って大体の芸術だとアレのメタファーだよねなんて考えながら、僕はその会場の中に入っていく。
まずは入場料の徴収だ。僕は1000円札を受付に手渡した。ちょっと高いなぁと思いながら、渋々渡した。
3つの長机が置かれており、それぞれに、”誓約書”が並べられていた。
中に入るためにはそれに記入しないといけないらしい。僕は何も思わず、自分の名前のサインを記入した。
誓約書は回収される。名前が変な名簿に記入されないといいなと心配しながら、僕は奥へ進んだ。
誘導の人もやっぱりアニメ着ぐるみを着ていて、だんだん不気味に感じてきた。
そう言うのが目的なんだろうと思って、不気味には感じても、不思議には感じなかった。
こういう時、少しでも疑問を持てる人間の方がいいのかもしれない。
僕はその会場の中を進んでいく。誘導の人の目だけが光っている。
そういう演出なんだと思って僕は進んでいく。
会場は真っ暗。何にも見えなかった。
僕が入ってからすぐ、扉がゴロゴロと大きな音を立てて閉まる。
扉が閉まったことで明かりが無くなった。
「何?」とか「嘘最悪」とかいろいろ聞こえる。
この場所には相当の人が収容されているみたいだ。
ジジッとスピーカーが始動する音がした。
僕はやっとここで、嫌な予感がし始めた。
放送から流れたのはこれだけ。
「「「私たちは、あなたの、どこにも書けない秘密を知っています」」」
僕は、僕の視線の先に赤いカメラについたようなランプが光っているのを見た。
その時に気づいた。
謎箱で展示されるものと言うのは、僕たち自身なんだ。
「は?」とか「キモ」とか言う声が聞こえる。
僕はせめてもの抵抗として、カメラに向けてピースをした。
・!!!!!!・
ピースの後、人間同士のぶつかる音がする。
びちゃびちゃと言う音もする。
真っ暗で何も見えないから、何が起こっているのかわからない。
あ。
閃光がほとばしり、バンバンと言う音がした。
閃光で見えたものがある。
アニメ着ぐるみの人が持った銃が輝いたこと。
その先に、刃物を持った人がいたこと。
血を流しながら倒れている人がいたこと。
その瞬間、人間の大きな流れができた。
流れは出口のあった方向へと濁流が流れるように力強く向かう。
出口は騒音によって開いた。光の向こうにはアニメ着ぐるみの人が銃を構えてやってくるのが見えた。
銃を構えたその人たちも、人間の濁流に飲まれて押しのけられていく。
バンバンと銃を上に発砲するその人たちだったが、そんなのは濁流の勢いを強めるだけだった。
ゾロゾロ、ぞろぞろ、とかじゃない。僕はその濁流を表現する語彙を持たなかったから、どーどーと表現することにする。
どーどーと人が流れていく。僕の周りを人が流れていく。息が、足音が、出口まで流れていく。
「痛い」「押さないで」「ちょっと」なんて声が聞こえる。
僕は腹が立っていた。
自分が見世物になっているということ。誰だって怒るはずだ。そんなことに気づいたら。抵抗してやりたくなるに決まっている。
でも僕にできる抵抗なんてなかったから、その場に立ち続けた。
人間って存在するだけで邪魔なんだから、それだけで抵抗になるはずだ。
ヒト気が減っていく。押されても僕はその場に立ち続けた。
「内部で起こったことは口外しないでください」
大きな声でそんなことが言われている。
どーどーと人が流れていく。押されても僕はその場に立ち続けた。
「内部で起こったことの嘘を広めてください」
大きな声でそんなことが言われている。
どーどーどーどー流れて行って、ついには流れの最後を感じた。
「謎箱はこれにて終了です、ありがとうございました」
会場の電気がつく。
会場の真ん中には、刃物で人を刺した女性が、血を流して倒れていた。遺体が2つ転がっている。
「やべぇ」アニメ着ぐるみの人が、マスクを脱いで顔を出す。
その「やべぇ」は、何のやべぇなのかわからないけど、とにかく僕は呆然とした。
「あ、お客さん」別の着ぐるみマスクの人が近づいてくる。マスクは笑いながら話しかけてくる。
「お帰りはあちらですよ、ホントのことは言わないでくださいね」
「ホントのことを言っても誰も信じてくれませんけどね」
お姉さんはそう言った。
僕は、この真実を広める気でいっぱいだった。
・………………・
お姉さんの言った言葉は事実そうだった。
僕が「謎箱の中で殺人が起きた」とSNSにつぶやいて、警察にも相談したのに、誰も信じてくれなかった。
無意味だからだ。誰もがそんなことを言っても嘘だと思う。誰にも信じてもらえなければ、無意味なんだ。
嘘が、本当よりも価値を持つなんておかしいと僕は思う。
「人は見たいものしか見ないのよ 聞きたいものしか聞かないのよ」
僕はそんな名言BOTの発言を見て、気味が悪くなった。
後で知った話だが、その名言BOTの中の人が、この謎箱の主催者らしかった。
結局、あの後どうなったのかと言うと、謎箱の中で起きた痴漢事件というものが暴露され、それが嘘でも本当であったとしても、その言葉の持つニュースバリューによって、謎箱は閉鎖に追い込まれた。
主催者も発言権を失い、芸術の界隈から全く姿を見せなくなった。
僕は鼻で笑った。
その事件が本当であることすら、分からないのにね。
僕はSNSに上がっている、”一言呟けばなんでも何万いいねが付くアカウント”の気持ち悪い文章を読んで、嫌な気分になった。
スマホを閉じて、横断歩道の向こう側にいる連中とすれ違いながら、僕は歩みを進める。
僕は呟いた。
「もうちょっと脳みそ使おうよ」
そのツイートは、一つのいいねもつかなかった。