スパイと殺し屋の娘は、愛を信じない   作:ラッキーガール

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05.情報屋

 坊っちゃん。お探しの人物が見つかりましたよ。

 

 学校と家を毎日往復し、ダンスレッスンと学業をこなす日々が続いていた頃、フランキー・フランクリンが見つかったとの情報が入ってきた。

 

「……ここか」

 

 場所はスラム街の奥地。そこで相変わらずタバコ屋を営んでいた。

 

「坊ちゃん。わたくしめが先に安全確認を」

「いや、いい。外で待ってろ」

 

 お世辞にもガラが良いとは言えない浮浪者が彷徨く路地裏は、俺たちの方が浮いている。

 シャッターが降ろされた廃墟ビルの間に、地下へと続く細長い階段がある。その先に、フランキー・フランクリンがいるとのことだ。

 

「護身用の銃をお持ちください」

「……おう」

 

 手に渡された黒光りの銃を腰に隠し、妙な緊張感を拭おうと一度深呼吸をする。

 そうして、俺はカビ臭い階段を降りる。

 

 ネズミが自由に走り回り、壁際に寝転がっている人間達は生きているのか死んでいるのかも分からない。外からの音が何一つ聞こえなくなった薄暗い地下には、俺の足音だけが響き渡っていた。

 

 階段をおり、通路を歩く。そうしばらくしないうちに、一つの扉を見つけた。

 木で出来た壊れかけの扉には、「タバコ屋」の文字がある。

 

「……行くか」

 

 ノック。

 返事はなかった。

 

 返事のない部屋に入る礼儀……とは考えたが、こんなスラム街で礼儀もくそもねぇかと、俺は意を決して扉を開いた。

 

 入った先の部屋は、いくつかのロウソクが立つバーのような内装だった。カウンター側には酒の代わりに大量のタバコ類が並んでいる。

 本来テーブルと椅子が置かれているはずの場所には、山積みの新聞紙にダンボール。それに、保存食と思われる缶類が適当に散らばっていた。

 

 人の気配はなく、慣れないタバコの匂いに顔をしかめる。

 

 誰もいないのか……? やっぱり出かけているのか? 

 

 ここで待つべきか、日を改めるべきか。

 悩んでいると、ふと真横から声が聞こえてきた。

 

「スラム街じゃ、返事のない店に入るのはお得意様かバカのどっちかだぜ?」

「うわっ!!」

 

 死角になっていて気づかなかった。部屋の角側に置いてあるソファーベッドの上に、一人の男がいた。

 新聞を顔に乗せて寝そべっている。

 

「フランキー・フランクリンか?」

「おいおい。自己紹介もなしかよ。ダミアン・デズモンド様」

 

 俺の方を見てもないのに名前を当てられ、目を見開く。すると男は、小さく鼻で笑った。

 

「スラム街の情報はぜーんぶ俺の元に集まってくるもんでね。お前らが踏み込んできたって、とっくの前からこっちには伝わってくるってわけよ」

「……金ならいくらでも払う。お前からいくつか情報を聞きたい」

 

 やはりこの男がフランキー・フランクリンで間違いがないようだ。

 事前の調べで、情報屋の一面も持つとあった。それに金に目がない、とも。城一つ買える値段を要求されたところで、こちらとしてはなんの問題もない。

 

 だが、男からは思ったような返事はかえってこなかった。

 

「やだね」

 

 そう言って、男が新聞を取り、体を起こした。

 ようやく互いの目が合う。

 宣材写真で見た時と同じようなパーマ頭に、壊れかけのメガネ。ボサボサに伸びた髭が汚らしいとは思うが、十数年前とあまり人相が変わっているようには見えない。

 

「あいにくうちは、貴族に売るような情報はひとつもないぜ」

「アーニャという女を知っているだろう。十一年前、フォージャー家の夫妻、ロイド・フォージャーとヨル・フォージャーが亡くなった。その二人の一人娘だ」

「知らねぇなー」

「とぼけるな。こっちは警察から得た情報がある。お前が当時のベビーシッターで間違いが無いはずだ」

 

 男は数拍間を開けて、今度はクスクスと笑いだした。

 

「へぇ。デズモンド家は、警察が表に出していなかった情報も容易く手に入れられる手段があると。いい情報をタダでありがとさん」

「なっ……!!」

「怒んなよ。馬鹿でも知ってる情報なんて、今更いらねぇ」

「俺をからかっているのか!」

「そうだよ。見知らぬ土地に来て、名前しか知らないような男にペラペラと情報を得た経緯を話す世間知らずさが面白くてな」

 

 男は立ち上がり、カウンターの方へと移動する。そしておもむろにタバコを手に取ると、慣れた動作で火をつけた。

 途端に充満する煙に、思わず咳き込む。

 

「お坊ちゃまはタバコは苦手か?」

「どうみても健康被害しかねぇだろ……」

「そりゃそうだ。一本あたり、3秒の寿命が削られてるとかなんとかって有名な話だよな」

「……いい情報をタダでありがとな」

 

 先程言われた嫌味を、そのまま返す。

 するとフランキーは、何度か瞬きして、ニヤッと笑った。

 

「吸収力抜群。流石、イーデン校の特待生、インペリアル・スカラー様だ」

 

 だめだ。話が進まない。

 なにをしても、のらりくらりとかわされている感覚だ。

 

「ほら、おかえりは真後ろだ。ここに来たかったら、死ぬほうがマシなくらい落ちぶれてからまた来な。まあ、その頃には俺はここにはいねぇけど」

 

 顎で帰宅を促される。

 このまま何も分からないまま帰るなんて、そんな選択肢はない。

 

 俺は意を決して足を前に進め、カウンターに両手をついた。

 

「アーニャはいま、俺と一緒にいる!」

 

 そう言うと、男がほんの僅かに息を止めた気がした。気がしただけで、表情はさっきと同じ気だるげなままだ。

 

「それで?」

「アーニャは俺に会うなりなんなり、デズモンド家に復讐するだの言ってる! あの事件が原因だ! ロイドについて知っていることを教えろ!」

「お前さん、その娘が好きなのか?」

「今はそんなこと関係ないだろう!」

「好きなら、好きな子が必死にお前に伝えた情報をこんな浮浪者にペラペラ話すなよ。馬鹿だなぁ。俺がそれを悪用して、その子を苦しめてやろうって考えてたらどうする?」

「関係ない! 俺が守ればいい話だ!」

 

 フランキーはしばらく黙り込む。

 まだ半分も吸い終わってないタバコを灰皿に押し付けると、俺に背を向けた。

 

「アーニャ? ロイド? 知らねぇな。お前に渡す情報は一つもない」

「っ……」

「帰りな」

「俺はっ……!」

「それともなんだ? その腰に付けてる使ったことも無い銃で俺を脅すか? そっちの方がよっぽど効率がいいと思うぜ?」

 

 マントで見えていないと思っていた銃の保持を言い当てられた。

 こっちの情報ばかりが抜き取られていく。

 冴えない男だと思い込んでいたが、実際はどうだ。俺より何枚も上手じゃないか。

 

 俺には、この男から何かを引き出せるほどの交渉術がない。

 悔しくも、嫌という程実感させられた。

 

 この男がフォージャー家のことを知っていることは確実なんだ。

 どうすればいい。

 

 頭の中で必死に考えても、良策は浮かんでこなかった。

 

「……何を対価にすればいい」

「デズモンド家の企業秘密を全部持ってくるなら、なにか思い出せるかもな」

「それ、は……」

「期待してねぇよ。お前の父親と兄貴がお前になんの企業情報も渡してないことは既に知ってる。ガワだけデズモンド家の、足でまといって話はスラム街じゃなくても割と有名な話だぜ?」

 

 俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。

 家のことを知らないのは事実だ。

 

「……また日を改めて来る」

 

 この男とは、まずは信頼関係からだ。もう、そうするしかない。

 俺はカウンターを離れ、身を翻す。

 

 自分の無力さを痛感しながら一歩を踏み出した時、フランキーがボソリと呟いた。

 

「……親友がいなくなるってのは……痛てぇな。戦場の銃で肩を抜かれた時より痛てぇ」

 

 振り返る。フランキーは俺に背を向けたまま、いつの間にか二本目のタバコに火をつけていた。

 

「疲れた顔して帰ってくるもんだと思ってたら、眠って帰ってくんだ。おい、冗談と演技はもういいぜ。って言ったところで起きやしない」

「……お前」

「二人の声が聞こえないって、ビービー泣き叫ぶガキは重てぇし。関わりたくもない警察に揉みくちゃにされるし。ほんと、誰のせいでこうなっちまったんだ。ってな」

「ロイドの話か!?」

「そんなこと誰も言っちゃいねぇ。ただ、心底バカなお坊ちゃまに俺の独り言くらい聞かれても、痛くも痒くもねぇってわけだ」

 

 俺が再び近寄ろうとすると、片手を上げて制された。

 

「来んな来んな。もうガキの相手はゴメンだ」

 

 猫を追い払うみたいに手を振られる。話を聞けたのは確かだが、この男の言う通りただの独り言で、何一つ情報にはなっていない。

 

 妙な距離感の間で、フランキーはため息とともに俺に声をかける。

 

「……ああ。お前に求める情報対価が見つかった」

「なんだ! 俺に出来ることなら何でも!」

「あの子。笑ってるか?」

 

 あ、っと俺は息を詰まらせる。

 即答しようと口を開けたが、声が喉から出てこない。魚のように何度か開け閉めしたのち、結局俺は顔を伏せてしまった。

 

「……俺が1回泣かせた」

 

 思えば、アイツと再開して見た笑顔は、パーティでの一回だけだ。しかも、困ったように笑っていた。あれを笑顔とは呼べない。

 無表情というわけではないが、どこか淡々としている。そんな印象しかない。

 

 フランキーはフッと鼻で笑い、立ち上がって部屋の奥へと歩き出す。

 

「俺はお前が求めてる対価を何も持ってねぇな……」

「だな。もしお前がスパイだったら失格だ」

「そんな裏側の世界で生きるような生き方してきてねぇよ」

「俺のところに来るってことは、そっちで生きるくらいの覚悟を持ってこいよ。って話だよ」

 

 ……裏側世界、か。俺には関係の無いことだ。

 止めていた歩みを再開する。

 作戦を練り直そう。

 扉に手をかけて半分開いた時、最後にフランキーがこう言った。

 

「……お前の愚直さに同情して一個だけ情報をやるよ。…………ナンバー07ってのがあるなら、ナンバー01から06まであるとは思わないか?」

「……? 普通そうだろ」

「そういうこった。じゃあな、坊ちゃん。見つかったからには次きた時は俺はここにはいない。ヤベぇヤツらの巣窟になってるだろうから、間違っても入るんじゃねぇぞ」

 

 ナンバー01から06? 

 ナンバー07? 

 何の話だ。

 

「あ。それと、その扉周りにあるピーナッツ。持って帰っていいぞ。安心しな、毒はないし、賞味期限も切れてない」

 

 そう言い残してフランキーは店の奥へと姿を消した。恐らく、俺がどれだけ待っていても戻ることは無いだろう。

 

 結局、フランキー・フランクリンから得た情報はこれだけだった。

 

 

 

 ■

 

 後日。イーデン校。

 

「ダミアン様ー」

「ずーっと上の空でどうしたんですかー」

 

 エミールとユーインが俺の机周りで騒ぐ中、俺は快晴の空を見上げ続ける。

 

「……なあ。ナンバー07があるならナンバー01から06まであると思うか?」

 

 俺がそう聞くと、二人は目を見合わせて首を傾げる。

 

「当たり前じゃないですか?」

「哲学でも始めたんですか?」

「……いや、なんでもない」

 

 まあ、そうだよな。誰に聞いてもそう答えるよな。

 俺が再び黙り込むと、エミールがポンっと手を叩いた。

 

「そんな訳分からないこと考えているから、ボーッとするんですよ! 面白い話をしますね!」

「お前の面白いに期待したことは一度もないが?」

「まあまあ、そういわず。知ってます? 最近話題の超能力娘の話!」

「……はあ?」

 

 俺が二人の方に視線を戻せば、エミールはワクワクとした表情で俺の机に新聞紙を広げた。

 

 そこには、デカデカと『突如現れた超能力者! 神の子か!? 悪魔の子か!? 東国一有名なサーカスも赤っ恥!?』

 と見出しがふられていた。

 

「……超能力?」

「はい! なんでも、物を自在に浮かせるんですって!」

「はあ? マジックの類だろ」

「違うらしいんです! いま巷で大人気の子ですよ! 毎週土曜日の夜に、港町の方でステージをやってるんですって!」

 

 記事に目を通す。

 要するに、種も仕掛けもなく浮遊術を使うとのこと。

 観客は喜んで金を投げ、大盛況……ってわけだ。

 

「見に行きましょ!」

「はあー!? 俺はそんなに暇じゃねぇ!」

「女が出来た途端俺たちと遊ぶのやめるんですか! そんな殺生な!!」

「違う! こんな子供だまし、興味がねぇっていってんだ!!」

「め──っちゃ、可愛いらしいです。えっと……名前はなんだったっけな……ああ、これですこれ」

 

 エミールが指さした先を見る。

 そこには、「ファイブライン」と書かれていた。

 

「ファイブラインちゃん!」

「ファイブ……」

 

 考えすぎか。

 

「ねぇ、行きましょ! 行きましょ!!」

「エミールが行きたいなら、俺も行きたいです」

「そうだよな、ユーイン!」

 

 ギャーギャーと騒がれ、ついに俺は頭の血管が切れた。

 

「分かった!! うるせぇな!! 行くよ! それでいいんだろ!!」

「やったああああ!!」

 

 大きなため息をついて新聞を閉じる。

 まったく。コイツらはいつになったら大人になるんだ。

 

 新聞を閉じれば、表紙の日付が目に入った。

 

「……あ」

 

 

 ──プロムまであと一日。

 ──ピーナッツ、渡し忘れ。


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