彼女の出会いは、路地裏だった。
俺はまだ高校生で、提督業の傍ら学生として生活している。
もちろん深海棲艦の攻撃があった時は通報があり次第鎮守府に帰るし、あそこは親を失った俺の新しい家で、夕方になれば帰る場所だ。
休日は知り合いと遊びに出たりもするし、別の鎮守府所属の方と会うことだってある。
そんなある日のことだった。
今更だが、俺は不良に目をつけられている。
暴行は日常茶飯事、金を貸すのも向こうにとっては当たり前、不良グループの女子に脱がされたことだってある。
『おい星乃よぉ、いいから金出しゃいいんだよお前ボンボンなんだから金くらいあるだろぉ?』
『ねぇよ。もうこの前渡したので財布もすっからかんだぜ…ぐはぁっ!』
腹を殴られて、俺は倒れ込んだ。
アスファルトの地面が、指に刺さる。
その時だった。
『ねぇ…あんたたち、何してんのうちのてーとくに!』
一瞬で、場が凍りついた。
誰かが来たのだ、暴行現場を押さえられては言い逃れもできない。
しかし、そこにいたのは一人のJKだった。
『あぁ?んだと思えば女かよ』
『こいつの連れか?いい体してんじゃねぇか』
『来たところ悪いがなぁお嬢様?こいつは今俺のもんだ、帰れよ』
『てかこいつ縛っとけよ、こいつの前でこの女脱がせてレイプしてやる』
『へーいwwww』
不良のボス格の男子が、彼女に近づいてその腕を掴む。
『離して』
『あぁ?』
『んだとゴラァ…!』
『離してって言ってるの。撃つよ?』
『へいへい、銃なんて持ってるわけないだろ』
『言ったからね』
光り、五行が再構築され、彼女の手の中にはソレが現れる。
悲鳴、砲声。
恐る恐る俺が目を開くと、
『ッってぇ!何しやがる!』
『んだよそれ!⁉︎」
その声に、俺は顔を上げた。
そこには…
黒塗りの、連装砲塔。
__20.3cm、連装砲。
『…んだよコレ…』
そして不良の手は、跡形もなく吹き飛んでいた。
『ガァァァァァァ!』
『すず…や…?』
『てーとく、大丈夫!?怪我してない!?』
最上型重巡洋艦、いや…航空巡洋艦、鈴谷。
助けてくれたのは、彼女だった。
『さっきのは』
『三式弾だよ。鈴谷に触っていいのはてーとくだけなの!』
『にしてもやりすぎだよ…あの怪我どうすんだよ』
『う…てーとくを虐める奴なんかあーなって当然だよ…ねぇ、龍田さん?』
よく見ると、路地の入り口にはもう一人の長身の女性が立っていた。
槍を構えた、龍田さんだ。俺でも逆らえない人。
『おさわりは禁止されていますよ?その手、落ちて当然ですね♪』
『んだよこいつら………ずらかるぞおめえら!』
『逃がすとお思いですか?うちの提督を傷つけた報い、受けてもらいますよ』
彼女が突撃する。
『ガァァァァァァ!手がぁ…手がぁぁぁぁぁぁ!』
『何なんだよ…何なんだよこいつら!』
『ひぃぃぃっ…引け、ずらかるぞ!』
クソ、とか、覚えてろ、とか、負け惜しみのような言葉を発して血まみれになった彼らは逃げてゆく。
一部の、腰を抜かした奴らを除いて。
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その後、首謀者だったボスは退学した。
流石に俺に手を出し続けていたことがバれ、軍部から学校側に通報があったらしい。
右手を失った彼は、どうなるんだろうか?
落ち着いて学校に行ける、と思っていたが。
が、彼の取り巻きからの暴行は更にひどくなった。
毎日のように血まみれで帰る俺を、鈴谷は甲斐甲斐しく手当てしてくれた。
『退学したらいいのにねぇ〜李燐くんさぁ』
『戦争が終わってから高校中退だとまともな職につけねぇよ』
と、こんなやりとりを何回も繰り返した。
が。そんな日々は彼の退学から数ヶ月後、跡形もなく崩れ去った。
「嘘だろ鈴谷…!目を開けろよ!なんで…なんでこんなことに………」
ある日、俺が学校の校門前でいつものように鈴谷を待っていると、
『あーいつもの嬢ちゃん、あいつらに体育館裏に連れてかれてたぞ』
彼女は、血まみれだった。
胸には大穴が空き、顔は青アザで青く染まり、髪もほつれている。
「やっぱ…だめだっ…たね…火器なしでは、さぁ…」
後から聞いた話だが、彼女は奴の取り巻きとタイマンをしたらしい。勝ち目はないはずなのに、どうして…。
「待ってろ今救急車呼ぶから…!」
無駄だよ、と彼女は俺のスマホを投げた。
「どうせ、助からない…よ?私は、人間じゃない、から…」
「馬鹿なこと言うな!絶対助ける!」
そう言う俺の頬に、彼女は手を当てる。
まるで、死ぬ直前のヒロインがする仕草のように、俺の涙を拭く。
「ごめんね…守れなくて、最後まで…一緒に…」
「鈴谷…おい鈴谷…すずやぁぁぁぁぁぁぁ!」
最期の言葉を放った彼女は、絶命していた。
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あれからどのくらいの時間が経ったのかはわからない。
いつのまにか周りには夕張や熊野、明石などがいて、彼女の体を見ていて、
触るな、と俺は暴れたらしい、覚えていないが。
結局彼女を殺した不良たちは、傷害致死罪で罪に問われた。
しかし、未成年の為保護観察処分の上退学、それでも慰謝料は数億を越えた。
それだけだった。彼らからの謝罪も、親からの謝罪もなかった。
ただあったのは、学校長の残念だったという空虚な一言だけだった。
人類の希望の一つを殺したのだ。お金を払うのは当然…かもしれない。
でも、彼女は帰ってこない。仮にまた「鈴谷」と出会ったとしても、それは俺の知っている鈴谷ではない。
代わりのない人などいない、とはよく言ったものだ。そう思った。
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事件後の横須賀鎮守府は、暗い雰囲気に包まれていた。
妹の熊野は部屋に籠り、秘書艦だった故に彼女と関わることが多かった夕張も、工廠から出てくることは少なくなった。
俺も、執務室で茫然としたまま1日を過ごすだけ。
遠征も中止し、鎮守府で灯りが灯るのは鳳翔さんの食堂と、ボイラー室のエンジンの火だけだった。
学校も退学し、空虚な日々が永遠に続くと思っていた。
そんな、暗い日々を過ごしていたある日。何事もなく執務室を去ろうとした真夜中、
いきなり警戒警報が鳴り響いた。
夜の街に、輪唱のようにサイレンが響き渡る。
サーチライトが点灯し、海上を照らす。
『警戒警報発令。発、第一偵察小隊、宛、第一管区艦隊司令部、我、鎮守府に向け北上する艦影一確認、重巡ネ級と思われる。迎撃体制に移れ』
「一隻だけ?」
「ええ、哨戒中の水偵小隊が発見したらしいですが…ただ…」
そこでその時の秘書艦だった榛名は、詰まる。
「どうした?」
「いえ、いつもならネ級とは言え対空戦闘を行うはずが、発砲を一切しないと…」
「何だと?」
発砲をしない?
彼ら深海棲艦は、人類側の人工物を見次第破壊の限りを尽くす。
それ故に人類は補給路を失い、制海権を失った。
それが、破壊行為を一切しない?
「それに、直前までレーダーにも映らず、すぐ近くには輸送艦隊が錨泊中だと…」
明らかにおかしい。あれは本当に深海棲艦なのか?
「映像入電、メインパネルに出します」
大淀が手元のコンソールを操作し、執務室内のパネルに火が灯る。
「これは…」
人型、これは深海棲艦も艦娘も共通の特徴だから、間違いない。
しかし、あれは服を着ていた。…………最上型、いや、鈴谷型の…
バタン、と扉が開け放たれて一人の艦娘がやってきた。
「提督!?あれは鈴谷ですわ!………わたくしにはそうとしか…」
「でも熊野さん、あれは深海棲艦だと判定が…」
「そんなこと…ありえませんわ!何か間違っているに決まって…」
それに、鈴谷は…あの日…
脳裏に、あの日の風景が蘇る。
血まみれの服、青アザで覆われた全身、床に広がる血溜まり。
「……猿島に行ってくる」
「行って、どうするつもりですか?」
夕張が首を振る。
「もしあれが欺瞞で、提督が攻撃されたら誰も守れないんですよ!?」
「夕張と、熊野は一緒に来てくれ。最悪俺が死んだら、残りは榛名に一任する」
「そんな…そんなのないですよ提督!榛名は…榛名は提督を守るためにここにいるんですよ!?」
「なら、尚更もし俺が居なくなったらここを頼む。頼れるのは君しか居ないんだ」
いやいや、と言うように、彼女は首を振る。
「指揮権は俺にある。もしあれが…だとしても、蹴りは俺がつける。__二水戦は、旧猿島要塞の東側で待機、航空隊は西側から追い込んで。」
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「来た」
旧猿島要塞、海岸で。
黒い砂が広がる砂浜に、俺は立っている。
徒手ではない、右腰にはホルスター、その中には一丁の拳銃。
__トーラス・レイジングブル。
提督は自衛の為、拳銃を常に身につけている。
普通はガバメントや国内でライセンス生産された拳銃を使うが、俺はこの、「怒れる牡牛」を使っている。
所持許可は、………察してくれ。
その、Model500。生産中止された、.500S&W弾を用いる拳銃だ。
これがあれば、近距離ならどんな相手も撃てる、自覚がある。
人を殺したことがない俺には、わからないが。
月が出た。と同時に、ソレはやってきた。
ザク、ザク、とゆっくりした足取りでこちらに近づいてくる。
左奥で隠れる夕張たちが、飛び出そうとするのを手で制する。この距離でも発砲しないのなら、.それは深海棲艦ではないはずだ。
震える足に鞭打って、俺もソレに近づく。
ザク、ザク、ザク…
「……」
無言でホルスターから拳銃を抜く。自然な動きで、アイソセレススタンスに移行する。
_________________________そのまま銃を下ろす。それは
「……間に合った、どこも打ってないか?」
「ナンで、ワタシが鈴谷だってワカったの?」
所々、声が変わるけれど、それは確かに鈴谷だった。
「わからないわけがあるか。逆にお前だったら俺が整形して服も変えても分かるって言うだろ」
「ソっか、いつも李燐はソウだったよね、____ごめんね、勝手に死んじゃって」
彼女の体が光り輝く。そして分解して、消える……消えない、再構築されていく。
黒い外装は明るい色のブレザーに、眼の色は赤から青に、髪の色が濃くなり彼女の色に。
そして、白くて冷たい色だった皮膚は人間と同じ色に。
ところどころほつれて、胸元に至ってはほとんど露出してしまっている状態だけれど、それは確かに彼女の姿で。
無性に涙が出てきた。俺は寂しかったんだ、と気づいたのはこの時だった。
「もー、何で泣くかなぁこの泣き虫李燐…頑張って戻ってきたんだからちょっとくらい褒めてよね〜」
「何でって…死んだって思ってたんだぞ…水葬だから何も遺せなくて、ずっとひとりだったんだからさぁ」
よいしょっ、と彼女は立ち上がって、俺の手を引いて二人並んで立つ。
どちらからともなく、手を繋ぐ。
この手はもう二度と、決して離さない。
そして、彼女はいつもとは逆に、俺がいつも言っていた言葉を言った。
「おかえり、鈴谷。」
「ただいま、提督。」
月夜に、拳銃のバレルが月光を反射して輝いた。