花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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こんな更新ペースでも追ってくれている人ありがとうございます(_;´꒳`;):_


第82話 忘却と繋がり

「やっぱり夏の北海道は過ごしやすい気温だな」

 

 北の大地の端に立ち、真夏とは思えない涼しい空気を肌で感じる。

 以前と比較して明らかにバーテックスは数を減らしているが、周囲を見渡せばちらほらと見つかる。

 道中もそうだった。少なくなったがまだまだいる。

 卵もあるだろう。一体でも残せば勇者以外には倒す術の無い脅威となる。全て駆除しなければならない。

 

「始めよう」

 

 自分を中心として円形範囲の結界を張る。大きさは適当だ。

 この結界は僕以外の内外の出入りを封じるものである。

 結界を張り、中のバーテックスを全て駆除し、移動して次の結界を張る。これをひたすら繰り返す。

 面倒ではあるが、一度済ませた土地に再び移動されてはキリがない。

 最終的には日本全土を僕の結界で埋め尽くす形になる。

 

 心は晴れず、いろいろ考えていることはあるが、今は集中しよう。敵が弱かろうと命の奪い合いなのだ。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 蓮花が旅立ってから数日が経過した。

 いつものように丸亀城に出勤し、職員室で事務作業をしている。まだ八月、夏休み中であるため、授業は無い。

 訓練ももう必要無いだろうとのことで、最近はしていない。各々それぞれの時間を過ごしている。

 

「ん〜〜~っ……ふぅ」

 

 背伸びをして身体をほぐし、時計に視線を向けると12時過ぎ。そろそろ昼食の時間だ。おそらく子供達も食堂に集まっているだろう。

 

 席を立ち、職員室を出て食堂に向かう。扉を開けた瞬間、廊下の熱気が職員室になだれ込む。すまない同僚達。

 次なるオアシスを求めて暑い廊下を歩いていく。

 そしてたどり着いた食堂の扉を開けて入ると、そこに満たされていた冷気が私を迎え入れてくれる。

 

「ああ……涼しい……」

 

「今日は猛暑日ですしね」

 

「野菜達がちょっとウォーリーだわ」

 

 私の生徒達は既に昼食中のようだ。だいたい皆揃っている。一人を除いて。

 

「……千景は?」

 

「今日も出てきていないようです……」

 

「そうか」

 

 千景が泣きながら談話室を飛び出したあの日以来、私は千景を見ていない。

 

「料理をしている音は聞こえてくるので、ちゃんと食べてはいるみたいですけど」

 

 千景の部屋に食べるものがいろいろあったのは覚えている。その点は心配無いだろう。心配すべきは精神面だ。

 蓮花に託された以上、千景は私の保護対象だ。放っておくわけにはいかない。

 

「……そろそろ無理やりにでも連れ出すべきか?」

 

「無理やりはやめた方がいいんじゃないか」

 

「ふむ……」

 

 担任である私は、全員の部屋のマスターキーを持っている。故に部屋に入ることはできる。

 ……少し話すだけでも、多少は良くなるだろうか。

 

「……久美子さん。後で私にマスターキーを貸していただけないでしょうか」

 

「ひなた?」

 

「ちーちゃんと、話をしたいんです」

 

 ひなたの目は真っ直ぐだ。

 こいつも辛いだろうに。心の整理はついたのだろうか。強くあろうと振舞っているだけなのか、それはわからない。

 ただ、今は任せてみようと思った。親友の言葉の方が届くかもしれない。

 

「わかった。後で職員室に来い」

 

「ありがとうございます」

 

「私も一緒に行こうか?」

 

「いえ、大丈夫です。二人で話したいので」

 

「そ、そうか……」

 

 即答で断られて少ししゅんとする若葉。

 珍しいな、写真に残しておくか。

 スマホのカメラを若葉に向けた瞬間、ひなたがこちらを凝視してきた。後で写真を送れと目で伝えてくるようだった。

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 職員室で受け取ったマスターキーを手に、千景の部屋の前に立つ。

 

「すぅー……はぁー……」

 

 一度深呼吸をした後、扉をノックする。これで開けてくれたなら、マスターキーは必要無いのだが。

 

「ちーちゃん、いませんか?ひなたです」

 

 少し待ってみるが、反応は無い。仕方が無い。

 マスターキーを鍵穴に差し込み回す。解錠した音を確認し、ドアノブを握りそっと扉を開く。

 

「入りますよ……?」

 

 奥へ進んでいくと、明かりもつけずベッドで布団に包まる千景がいた。

 部屋の明かりを付けて声をかけてみる。

 

「何もしないでいると、悪いことばかり考えてしまいますよ?」

 

「……何の用?」

 

 返事が返ってきた。壁側を向いていて表情は見えない。

 

「少し、外に出ませんか?いい天気ですよ?」

 

 

「……放っておいて」

 

 放っておくものか。

 余計なお世話と言われようと、私は親友を支えたい。

 

 

「ずっと、そうしているつもりですか?」

 

 

「……」

 

 

「れんちゃんとの別れの時が来ても、そうしているつもりですか……?」

 

 

「……」

 

 

「後悔、しませんか」

 

「……どうせ全部忘れるんでしょう?」

 

 ……本当に私達の記憶は消えるのだろうか。蓮花がそう言っていただけで、それが可能だと証明するものは何もない。神樹の力を熟知しているわけではないから、できても不思議ではないが。

 

「最後には私達はれんちゃんのことを全て忘れて、普通の生活を続けて行くんでしょう。今こんな風に思い悩んで閉じこもっていたことも、忘れるんでしょうね」

 

「……全て忘れるまで、このままでいるつもりですか?」

 

「何がいけないの……?」

 

 何がいけないのか。私は何て答えたらいいのだろう。

 千景の言う通り、全て忘れるのならその後千景は元に戻るはずだ。

 私が何も言わなくても、千景はここから出てくるだろう。蓮花がいなくなった後に。

 

 蓮花は、全て忘れるのだろうか。

 いや、そんなことは一言も言っていなかった。

 私達の記憶を消すのも、私達が悲しまない為だったはずだ。

 

「れんちゃんはきっと、全て憶えているはずです。今のあなたを、れんちゃんの記憶に残る最後の姿にしていいんですか?」

 

「……」

 

「……ちーちゃんが談話室を飛び出した後、彼は泣いていましたよ」

 

「ぇ……?」

 

 まるで千景を責めるような言い方になってしまっただろうか。

 確かに蓮花はずっと隠し続けてきた。しかしそれは私達が辛い思いをしなくていいようにと思ってのことだ。

 私が、私達が、神託について蓮花に聞かなければこうはならなかった。私はただ、神託によって生まれた不安を拭ってほしかった。

 千景は何も悪いことはしていない。こんなふうになる気持ちもよくわかる。

 

 けれど、千景がその時の感情のままにぶつけた言葉が蓮花を悲しませたのも、事実なのだ。

 私は、少し怒っているのかもしれない。

 だが、私は千景の敵ではない。蓮花の敵でもない。二人ともの味方だ。

 ただ、大切な人達が互いを悲しませているのが辛いのだ。

 

 様々な思いが頭の中を交錯する。その中から、伝えるべき言葉を整理して少しずつ紡ぐ。

 

 

 

「れんちゃんに謝れなんて言いません。私もちーちゃんの気持ちは痛いほどわかりますから。……でも、もっとお話をするべきだと思います。どうせ忘れるから、なんて寂しいことを言わないで、伝えたいこと、聞きたいこと、全部話し合ってほしいんです。まだ伝えていない気持ちが、あるんですよね?」

 

 

 

 

 

「……ええ。もう伝わっているかもしれないけれど……ちゃんと言葉にしたい気持ちがあるの」

 

 

 

 ゆっくりと千景が身を起こし、ようやくこちらを向いてくれた。

 たくさん泣いたのだろう。目の下が赤く腫れている。

 

「じゃあ、れんちゃんが帰ってきたら伝えましょう。不安だったら、私が背中を押してあげますから」

 

「ありがとう、ひなた。……ごめんなさい」

 

 近くに寄り、千景を優しく抱き締める。蓮花と同じように。

 こうすると千景は安心するのだと知っている。

 私の背中にも、そっと千景の両腕が回される。

 

「いえいえ、あなたの親友ですから。その前に、目の下の腫れは治しましょうね」

 

「え、ええ。そうね……そんなに腫れてる?」

 

「はい、皆びっくりしちゃいますよ」

 

 スマホの内カメラで千景の顔を見せると、それを見た千景が少し笑った。

 私の目の前に、小さな花が二つ咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスターキーありがとうございました」

 

「ん、早かったな。で、どうだった?」

 

 マスターキーを返すために職員室へやってきた私を見て、烏丸久美子は微笑んだ。安心したのだろうか。

 

「多分、もう大丈夫だと思います」

 

「そうか。なら帰りに顔でも見に行くか」

 

「久美子さんって、面倒見がいいですよね」

 

「フッ、褒めてもクッキーしか出ないぞ」

 

「いりませんよ」

 

「そこは貰っておけ。今回の礼だ」

 

 そう言って、事務机の引き出しから取り出した市販のクッキーを私に押し付けてくる。……まあいいか。後で皆と分けよう。

 

「……久美子さんは、大丈夫ですか?」

 

「私か?私は……まぁ、大丈夫ではないな。だが閉じこもってしまうわけにもいかない。色々とやる事があるからな」

 

「そうですか……」

 

 あまり精神的に揺れることはないと思っていた久美子でも、大丈夫とは言い難いのか。

 それとも、私達が知らなかっただけでそういう面もあるのだろうか。蓮花にだけ見せる一面があっても、不思議ではない。

 

「……久美子さん」

 

「ん?」

 

「もう告白はしましたか?」

 

「急にどうした?……もう伝わっていると思うが」

 

 どうしてこの人達は似たようなことを言うのだろうか。

 

「ちゃんと言葉で気持ちを伝えたことはありますか?」

 

「ん──ー…………」

 

 久美子は腕を組み、段々と頭が横に傾いていく。必死に記憶をたどっているようだが、この様子では無いようだ。

 

「…………無いな」

 

「はぁ……」

 

「溜息をつくなよ」

 

「すみません」

 

 二年一緒に暮らしていてこれでは、放っておいたら最後までこのままかもしれない。

 

「……そういえば、いつだったか言っていましたね。久美子さんがれんちゃんに惚れたら土下座でも何でもしてやると」

 

「……そんなこと言ったか?」

 

「はい。二年前、久美子さん達が郡家に来てすぐの頃、家を無くした私達もお世話になっていた時です」

 

「よく憶えていたな……」

 

 すぐにフラグを回収し、いつか何かしてもらおうと思い温めていた約束だ。

 良い機会だろう。

 

「では、れんちゃんが帰ってきたらちゃんと告白してください」

 

「……そんな事に使うのか?」

 

「ええ、何をしてもらおうと私の自由です」

 

「わかったよ……改めて言葉にするのは気恥ずかしいな」

 

 そう言いながらも、久美子は小さく微笑む。蓮花のことを思い浮かべたのだろう。

 

「ただ、ひなた」

 

「はい?」

 

「人前でする話ではなかったな」

 

「あ、そうでしたね」

 

 少し恥ずかしそうな表情の久美子を見て、さすがにこういった話を他の人に聞かれるのは恥ずかしかったかと少し反省する。

 男性職員が何人か落ち込んでいる様子だ。もしや失恋したのだろうか。

 

「……あとどれくらいで帰ってくるんでしょうね」

 

「さあな。早ければ年内に帰ってくるとか言っていたが……まあ遅くても春までには帰ってくるんじゃないか?」

 

「春ですか……」

 

 今は夏休みだが。

 もしかしたら、帰ってくる頃には丸亀城での生活も終わっているかもしれない。

 

「ひなた」

 

「はい?」

 

「他人ばかり心配しているが、お前は大丈夫なのか?」

 

「……大丈夫です。私はもう伝えましたから」

 

「そうか……いつの間に?」

 

「内緒です」

 

 

 職員室を出て、熱気に満ちた廊下を歩く。どこに向かおう。若葉は今自室だろうか、それとも談話室だろうか。

 屋外へ出て、日差しの眩しさに一瞬目が眩む。

 そうだ、蓮花が帰ってきたら何でもお願いを一つ聞いてくれると言っていた。私は何をお願いしよう。皆はどうするのだろうか。

 それも忘れてしまうのかもしれないが、私が忘れてしまうのなら、蓮花にずっと憶えていてほしい。そうすれば、きっといつまでも繋がりは消えないだろう。

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