GATE 近未来日本国国防軍 彼の地にて斯く戦えり   作:国防アレキサンダー

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EP.13.5 アルヌスの業火、エルベの獅子

 さて伊丹がイタリカへ出発した間、少し過去の話をしよう。

 アルヌスの丘は今でこそ国防軍に平定され平和であるが、ここで連合諸王国軍との違いがあったことを忘れてはいけない。

 連合諸王国軍は二十一カ国12万人の軍勢が集まり、アルヌスの丘に続々と集結している。彼らの士気は旺盛で、敵を撃破せんとする勢いだった。

 

 これは、その時の話。

 

 連合諸王国軍は連合軍であるが、決まった最高司令官はいない。各軍が王や将軍の自身の武勲の為、融通をいうこともあるのでそれを防ぐのだ。

 その連合諸王国軍の会合テントにて、エルベ藩王国国王のデュランは訝しんだ。

 

「帝国の将が来んだと?」

 

 彼らの目の前には、帝国から回された使者が片膝をついて報告を行なっていた。彼は国王クラスから厳しい言葉で追求されるのであるが、素知らぬ事と言わんばかりに言い返す。

 

「我が帝国軍は今まさにアルヌスの丘にて、敵と正面から対峙しているのです。将がその場を離れるわけにはまいりませぬ」

 

 彼も、仮に帝国側の代表としてこのテントに来ているため、そこそこの地位にいるのは確かだ。だが、まるで他の国王達を邪険に扱うような帝国側の対応に多くの国王や将軍達が訝しむ。

 

「解せぬな、確かに丘には巨人や怪異などが彷徨いていたが、それほどの敵がいる様には見えなかったぞ……」

 

 敵を釘付けにしなければならないほど、敵の数は多くなかった筈だ。斥候によると、奴らは丘に陣地を作ってそこに立て籠っているだけだ。そんな脆弱な軍など、帝国軍なら鎧袖一触だろうに。

 

「デュラン殿、帝国軍は我らの代わりに敵を押さえてくれているのだ。しばらく彼らに任せようではないか」

「リィグゥ殿……」

 

 友人としても親しいリィグゥ公国の長が、デュランを宥めるようにそう言った。

 

「諸王国軍の皆様には、明日夜明けに、敵を攻撃していただきたい」

「了解した。我が軍が先鋒を賜りましょうぞ」

「いいや、我が軍こそ前衛に!」

「お待ちくだされ、此度の先鋒は我々に……」

 

 率先して各諸王達が先鋒を取り合う中、デュランの心情は他の諸王と比べて穏やかではない。まるで、何か嫌な陰謀に嵌められた様な感覚が、こびりついて離れないのだ。

 

 

 

 

 

 

 翌日明朝、アルヌスの丘。

 アルグナ王国軍の騎兵部隊が、美しい隊列を敷いて先陣に居た。彼らは先陣を務める権利を掴み取ることが出来た為、1番最初に攻撃を仕掛けるのだ。

 

「……よし、進めぇ!!」

 

 アルグナ王の命令により、騎兵部隊が歩みを進めた。さらに別方向からはモゥドワン王国軍が同じように行動を開始し、丘の頂上へと向かった。

 

 その頃、デュランは再び鎧に着替え、本陣のテントを出てきた。

 

「そろそろ攻撃が始まる頃か……」

 

 その時、デュランの部下にあたる伝令が駆け足で駆けつけ、報告を行う。

 

「報告します。アルグナ、モゥドワン王国軍が先鋒で丘に向かいました。続いてリィグゥ公国軍が後続に入ります」

「よし、帝国軍とは合流できたか?」

 

 合流するはずの帝国軍の在処を伝令兵に聞くが、彼は衝撃の報告をしてきた。

 

「それが……丘の周辺に帝国軍は一兵もおりません!」

「なんだと!?」

 

 

 

 

 

 

同時刻

アルグナ王国軍

 

「なぜ帝国軍の姿が見えない!?」

「分かりません。伝令の馬を出していますが……」

 

 アルグナ王国軍は先鋒1万人の兵を率い、アルヌスの丘へと進軍していた。しかし、昨日の帝国軍との作戦会議で言われていた合流地点に辿り着いてもなお、帝国軍の兵士たちが見当たらない。

 アルグナ王は焦った。そもそもアルグナ王国軍は騎兵が中心という特徴があるのだが、帝国軍の戦力と合流できなければ速度を落とさざる負えなくなる。

 つまり、騎兵の強みが消えてしまうのだ。早く合流して走らなければ、ただの目立つ的として左右から攻撃を受ける可能性もある。

 

「まさか、既に敗退して……」

「アルグナ王、丘の中腹に何か見えます」

 

 その時、先頭の兵士が何かを見つけた。その先にあったのは、光る板のような物で作られた看板?らしき物体だった。

 

「なんだこれは?」

「文字…‥でしょうか?」

 

 何かの魔法かも知れないと警戒していると、勇気のある部下の一人が挙手して、率先して確かめに行った。

 彼は槍の先でその光の板を突っついてみる。しかし、何かに阻まれる事なくそれはすり抜け、触れないことが判明した。

 

「さ、触れません。これは幻術の類かと……」

「ちぃっ、小癪な真似を。時間を無駄にした!先へ進み……」

 

 その時、何かの破裂する音が辺りに轟いた。

 

 

 

 

 

 

『46姉、お客さんが来たよ。あいつら、ホログラム看板が気になるみたい』

『……滑稽ね。ただの看板なのに警戒しちゃって』

『46姉、そろそろ撃つ?誰を撃つ?』

『うーん、そうねぇ。じゃ、ここは現代戦の常識で行こうかしら。11、聞こえる?』

『……ん、聞こえるよ』

 

 

 

 

 

 

『あの派手な王様を、狙っちゃって』

 

 

 

 

 

 

 突然の出来事だった。

 乾いた音と破裂する音が聞こえ、アルグナ王の頭部が突然吹き飛んだ。飛散した頭部から脳汁が吹き出し、血飛沫とともにアルグナ王が倒れる。

 周りの兵士たちは、狼狽した。

 

「な……何が起きた?アルグナ王は!?」

「お、王をお守りしろ!亀甲隊系!」

 

 倒れた王を介抱するべく、アルグナの兵士たちが動く。頭から血を流すアルグナ王を見つけ、急いで安全なところにまで運ぼうとする。

 だが、再び彼らに危機が訪れる。

 

 

 

 

 

 

『444よりHQ。狙撃は成功、敵は指揮系統を失ったわ』

『HQ了解。……全機甲部隊へ、先鋒の指揮官は狙撃された。これより、作戦を開始する』

『……101号車、命令ヲ受諾』

『第14歩兵科連隊、了解。安全装置解除』

『第61戦術機甲連隊、これより偽装網を解除。攻撃を開始する』

 

 

 

 

 

 

 アルヌスの丘全体が、異質な音に包まれる。何かが軋むような、はたまた重い岩が動くような、聞いたことのない物凄い音である。

 兵士たちが動揺し、何があったのかと周囲を見渡す。眼前の丘の起伏が盛り上がり、その窪みの中から様々な怪物が現れた。

 

「あれは……なんだ!?」

 

 今さっきまで起伏だった草や木々から、敵の怪異が立ち上がった。音の原因は目の前で息を潜めて隠れていたのである。

 六足の巨大蜘蛛、八足の蠍、さらには鋼鉄の巨人まで。

 奴らの目は赤く轟々と光り、今まさに自分達を見下していた。

 そして……彼らは我々を見て身構えた。蜘蛛は背中の角を真っ直ぐに、蠍はその毒々しい双尾を向け、巨人達は手に持った魔杖を構えた。

 

「あ、ああ……」

 

 その時彼らは悟った。

 自分達はわざと化け物達のいる場所に誘い込まれたと。そして、今から奴らが暴れるのだと。

 指揮を引き継いだ将軍が、後退の合図を出そうとしたその瞬間──丘が散り散りの爆炎に包まれた。

 爆裂が、炸裂が、あるいは噴火のような地獄の業火が、アルヌスの丘全体に轟いた。アルグナ王国の騎兵達が爆発に巻き込まれ、人馬もろとも吹き飛ばされた。

 散り散りになった骸達が、他の兵士たちに降り注ぎ、それがなんなのかを認識する前にその兵士と吹き飛ばされる。

 

 怪物達が、徐に立ち上がった。

 

 そして、蜘蛛たちを先頭に足踏みをしながら前に進む。足音は重く草木を粉々にし、兵士たちの骸すらも踏み潰して前に進む。

 前進しつつ、兵士たちに向け光の球を次々と放つ怪物達。蜘蛛は角から爆裂を噴き出し、蠍は双尾から光弾を撒き散らし、巨人達はその後ろから破壊の杖を振るう。

 

 後続から増援に来たモゥドワン王国軍は、爆発とその煙に紛れて何が起こっているのか分からなかった。

 

「なんだ!?アルヌスの丘が噴火したのか!?」

 

 彼らはろくな対応ができずに立ち往生するが、敵はそれを見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

『前線の戦術人形部隊より観測データが届きました。後続の敵部隊に対しての砲兵射撃を求めています』

『了解だ。阻止砲撃を開始する。203重榴、砲撃用意』

 

 

 

 

 

 

 慌てつつも状況把握に努めようとする彼らに対して、頭上から何かの金切り音が鳴り響く。重たいナニカが上から降り注ぐような音。

 

「なんだ!?」

 

 上から降り注ぐ砲弾が、太陽の光を反射したのは一瞬だった。それが何かを理解する事なく、彼らは爆散してしまった。

 前線で響く爆裂よりもさらに強力な、耳が吹き飛びそうな轟音。それが人馬を吹き飛ばし粉々に殺していき、遠くでも耳を貫き腹を震わせ、さらなる混乱を招く。

 爆発の後、沢山の死骸の山が築かれた。

 部下が、戦友が、親しい将軍達が、次々死んでいくこの状況下でもなお、モゥドワン王は生きていた。

 そして、叫んだ。

 

「こんなのは戦ではない……こんなのが、戦であってたまるか!!」

 

 彼の叫びは届かなかった。

 無情にも、彼の居たその真上に203mm榴弾が降り注いだからである。

 

「なんだ……これは……?」

 

 数刻後、爆発を聞きつけたデュランが現場に駆けつけた。その時には既に連合諸王国軍第一次攻撃の戦力およそ2万人は、全滅していた。

 

「アルグナ王……モゥドワン王は何処に……?」

 

 死体の山と千切られた四肢、腐った血溜まりが丘を汚す。その中に二人の王達は居なかった。

 

 

 

 

 

 

──第一次攻撃 戦死者2万人超

 

 

 

 

 

 

 謎の攻撃に混乱し、王や将軍を多数失った連合諸王国軍。負傷兵や生き残りを集めた後、デュランは攻撃に参加しなかった王達と作戦の見直しを行なっていた。

 

「なんなんだあの攻撃は!!」

 

 国王の一人がそう言った。昼の攻撃は誰もがその様子を遠目に眺めており、アルグナ、モゥドワン王国軍が全滅する様子も見てしまったのだ。兵達にも動揺が広がっていた。

 

「2万を超えた先鋒が、丘の怪異達によって一瞬で……」

「その後に受けたあの爆発!あの魔法はなんなのだ!!見た事ないぞ!!」

「そもそも敵兵の姿すら見えておらんではないか!!」

 

 かく言うデュランも、何を相手にしているのか分からなかった。異界の軍だと聞きていたが、異界の蛮族共があれだけの魔法を使えるなんて、帝国軍は事前に教えてくれなかった。

 そもそも敵がどのような奴らなのか、実際にアルヌスの丘を持つ帝国軍ですら教えてくれない。そもそも彼らとは合流できていない。やはり……

 

「帝国軍はまたもや来れぬだと!?」

 

 またすげない回答を持ってきた帝国軍の使者に対して、王達は問い詰めた。

 

「今朝の攻撃で我が軍も甚大な被害を被り、指揮官はその再編に尽力しております。離れる訳には参りませぬ」

「貴様、昨晩もそのようなことを言って……」

「やめろ」

 

 殴りかかろうとした王の一人に対して、デュランは諌める。

 

「皆落ち着け。将王たる我々が狼狽してどうする。敵軍に対して我々はまだ10万以上は居るのだぞ?少しは威勢を見せてみろ」

 

 デュランは王達に必死で語りかけ、鼓舞した。

 

「明日、本格的な攻撃を仕掛けよう。流石に異界の軍も、あれだけ最初から飛ばしていては魔力や怪異の体力が保たぬだろう。そこを突くのだ」

「デュラン王、何故……?」

 

 当初のすげないデュランの態度に反して、やけに好戦的である。その心情の変化に対して、デュランは感情をあらわにして言う

 

「このままむざむざ逃げ帰るなど出来ない。王として、友の死を無駄にして逃げ帰るなど、戦士の恥だからな」

 

 デュランは戦士の誇りに賭け、決意を新たにした。

 それから数時間が経ち、翌日の作戦を練り上げる。

 

「ではまた明朝、アルヌスの丘にて」

 

 深夜まで続いた作戦会議がやっとまとまり、王達はそれぞれの陣地への帰路についた。

 デュランも丘から身を隠せるエルベ藩王国軍の陣地に戻り、1日の疲れを癒すべく国王専用のテントに入った。

 荘厳な鎧を脱ぎ、従者に汗を拭くの上から拭き取ってもらう。そしてまたすぐに鎧を着れるよう、準戦闘体制の服装で寝ることにする。

 

「明日は……仇を取るぞ」

 

 明日必ず、アルグナ王とモゥドワン王の仇を取ると決意する。そしてデュランがベットの上に腰掛け、ようと後ろを向いた。

 

「こんばんは、敵軍の王サマさん?」

「っ!!!」

 

 突然だった。

 本当に前触れもなく、背筋から冷たい気配が流れそれを感じ取る。デュランは腰に括り付けられた剣を勢いよく抜き取り、声のした背後に対して横薙ぎに振り翳した。

 

「シッ!!」

 

 しかし、気配の正体は狭いテントの中で背面跳びで素早く避けると、華奢な二本足でスタリと着地した。

 

「誰だ貴様は!!」

 

 気配の正体は意外にも女であった。何か頭を大き隠すような黒いローブ?に身を包み、身体には鎧を付けず何かゴツゴツとした物を急所以外の箇所に付けていた。

 

「あらあら、そう怒鳴らないでよ。こんなに可愛い美少女がオジサマのテントに夜中来てあげたんだから、もっと喜んだら?」

 

 デュランは確信した、コイツはただの女ではない。

 そりゃ、歴戦の実践経験者であるデュランに今まで気づかれずに背後をとっていたのだから、彼女が只者ではないことは確かである。

 だが、それだけではない。女はまだ子供だったのだ。それほど顔が幼く華奢すぎた。

 年は15位であろうか、上半身だけを覆うローブに身を包み、頭巾から出す顔は美しく整っている。髪も騎馬の尻尾のように整い、束ねた薄黄色の髪を肩からスルリと見える位置に垂れ下げている。

 こんな状況でなければ、将来を期待できる良い小娘と評価した。だが手に持って遊ぶナイフと、鋭く光る黄色い眼光が、剣を持つデュランすらも強烈に射抜いている。

 

「貴様……!ここがエルベの王デュランの寝床だと知っての事か!?」

 

 敵の密偵か、はたまた暗殺者だろうか?にしたって練度が高すぎる。この本陣の警備兵がどれだけ居て、しかも夜目の効く兵がどれほど多いことか。

 彼らの警備をすり抜けてここまでやってきたと言うのか?しかも王の居るテントの中で潜伏していた?だとしたら相当な実力者だ。

 

「ええ、知ってるわ。むしろ、王サマが居るからこそここに来たの」

 

 デュランの問いただしに対して、少女は臆することなく答える。手にはナイフを持ちつつも、刃で手遊びをする余裕すらある。

 

「なんだと……?何が目的だ!?」

 

 デュランがそう言うと、少女は無言で何かの筒を投げつけてきた。それは地面に転がり中の蓋が取れ、紙のようものが見えた。

 

「それは降伏文章。要は"降伏するから命はお助けを"って言う為の宣誓書なの。それにサインしてほしいわ」

「降伏だと……?馬鹿にしおって!このエルベの獅子と呼ばれたデュランが、むざむざと逃げ帰る腰抜けだと思うか!?」

「知らないわよそんなの。私は、貴方が賢明な王サマかどうかを聞きたいの」

 

 そう言って少女はナイフ遊びを止め、ナイフを逆手に持った。

 

「この降伏勧告は警告よ。3回……私たちに3回攻撃を行ったら最後、貴方達のいる本陣に攻撃を加え、全滅させるわ」

「なんだと……?」

「貴方だけじゃない。他の王サマも、友人も、家族がいる兵士たちも全員が攻撃対象。捕虜は取るかしらね?皆殺しじゃないかしら?」

「その前に降伏しろと……?」

「ええ。それにサインしなくても、丘から兵士たちを引いてくれればいいわ。それだけで、全てが丸く収まるじゃない」

「貴様……舐めた事を!!」

 

 デュランは女のあまりに舐めた態度に怒りが爆発し、大剣を真上から振り下ろした。だが、その刃は木箱に突き刺さっただけで、女に対して手応えがない。

 

「降伏を受け入れないならそれで良いわ」

 

 直前で避けた女は、テントの入り口に立っていた。

 

「まあ、せいぜい現代戦に飲み込まれないようにね?王サマさん?」

 

 そう言い残し、女はデュランのテントを勢いよく飛び出していった。このまま逃げるつもりだ。だが、あんなに優秀な密偵など逃してはならない。

 突然女が飛び出してきた事に驚く兵士に対して、デュランは腑の底から叫ぶ。

 

「その女を引っ捕えよ!!そいつは密偵だ!!」

 

 その言葉に反応した優秀な兵士たちが、女を引っ捕らえる為に行動を開始した。槍を持った兵士たちが走る女の目の前に立ち塞がり、進路を妨害する。

 そして、女の脚を槍で一刺しにしようと振りかぶる。だが、女はその行動を見越していたかの様に飛び上がると、槍兵達飛び越える身のこなしを発揮した。

 槍が外れ、呆気に取られる兵士たち。素早く走る女は去り際に、赤目と舌を出してこちらを挑発した。

 

「くそっ!逃すな!!追え!!!」

 

 兵士たちが女を追いかける。一方のデュランは従者達に心配された。

 

「デュラン様!ご無事ですか!?」

「ああ……だがあの密偵を逃してしもうた」

 

 あの女は何者だったのだろうか?一体なぜ、降伏勧告をしてきたのだろうか?デュランの疑問は尽きなかった。

 

「デュラン様!デュラン様!大変なご報告があります!」

「なんだ?」

 

 その時、伝令兵が血相を変えてデュランに報告してきた。彼の顔は青ざめており、何か大変なことがあったのだと予想できた。

 事実、彼の口から発せられた報告は衝撃的である。

 

「リィグゥ侯が……リィグゥ侯が寝首を掻かれました!!」

「な、なんだと!?」

 

 

 

 

 

 

数分後

連合諸王国軍 本陣

 

「暗殺などと!奴らめ、卑怯な真似を!!」

 

 寝込みを襲われた王達が何人かいる中、緊急で会議が召集された。正々堂々と戦わず、暗殺を用いて撹乱してきた。卑怯極まりない手段に対して、彼らの怒りは収まらない。

 

「それだけではない!奴らは糧食や飛竜の陣地に火を放ちおった。これでは、長くは戦えないぞ!」

「くそぉ!蛮族どもめ!」

 

 デュランが遭遇した女だけでなく、複数人の女達が本陣に対して後方撹乱を行ったのだ。

 それを実行した女達は全員15〜17程の少女である。にも関わらず、兵士たちは彼女達に刃を突き立てる事なく逃げられてしまった。

 彼女達は何者なのか?そんな疑問よりも、彼らは怒りの方が収まらない。

 

「運が悪ければ、儂もあの小娘に寝首を掻かれていたのか……?」

 

 一方デュランだけが、あの女の存在に疑問と恐怖を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

──第二次攻撃、戦死者6万人超。

 

 

 

 

 

 

 二回目の攻撃も失敗した。

 最初の攻撃よりもより多い6万人の兵力を用い、さらには飛竜達も諸王国軍の有する全騎を投入して戦った。

 だが、結果は無残なものだった。

 

「12万を超えた連合諸王国軍が、すでに半数も存在せぬ……」

「何故……こんなことに……」

 

 すでに8万人が、このたった二回の攻撃により戦死した事になる。敗北という言葉では片付けられない、歴史的な大敗北だ。

 さらには先日の後方撹乱により糧食が焼かれた為、残りの兵士たちに食わせる飯すら碌に確保できない。中には飢えに苦しむ兵士達もいた。

 

「帝国軍はどうしたのだ!何故丘の上にいない!」

「いや……奴らとて敵う相手ではない。ここはもう引くしか……」

 

 連合諸王国軍では、すでに厭戦ムードが漂っていた。もう戦えない、戦っても勝てない、そんな絶対的な強軍が丘の上にいてどうする事も出来ない。

 

「まだ引くわけにはいかん」

「デュラン殿……」

 

 そんな中、デュランだけが確かな闘志を眼の奥底に激らせていた。

 

「夜襲ならば……!」

 

 正々堂々と戦うことが全てのこの世界の軍隊にとって、夜襲とは卑怯な手段の一つである。

 だが、相手が暗殺や後方撹乱と言う卑怯な手段を用いて来た以上、こちらが騎士道を重んじる必要もない。

 デュランはとにかく、未知の敵に勝つことだけを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の夜。

 その日は新月であり、周りはとても暗く静かであった。

 アルヌスの丘は生き物一つおらず、静まり返っていた。馬の樋爪に藁を敷き、なるべく足音を立てない様兵士達に指導し、万全の体制を整えて夜襲を仕掛けた。

 敵はおそらく8万人の敵を殺して宴を開いている最中だろう。ならば、その油断に乗じて付け入る隙は幾らでもある。

 

「音を立てるな……静かにな……?」

 

 昼間の仲間の死体を避け、アルヌスの丘へと進む。今の所敵にバレた様子はない。このまま丘の裏から敵の本陣まで、ゆっくりと進めそうであった。

 デュランは微かな不安を感じつつも、作戦の成功を祈りその場にいた。

 

「このまま本陣まで行けるか?」

 

 微かな希望が見えたその時、それは突然の音によって打ち砕かれる。

 

 

 

 

 

 

 

『こちら444、対人レーダーが敵部隊を捕捉したわ。夜襲よ』

『こちらHQ了解、総員戦闘体制を発令。サイレン鳴らせ、総員起こし』

 

 

 

 

 

 

『……哀れな王サマ、だから警告したのに』

 

 

 

 

 

 

 音は何かの唸り声のようだった。

 丘の方向から長く長く鳴り響き、アルヌス全体を揺らしていく様な、そんな音だった。

 突然夜間に大きな音を聞いた兵士達が、昼間のことを思い出して動揺する。馬や怪異の生き残りもトラウマを思い起こさせられ暴れ出し、それを見た兵士たちはパニックになった。

 

 そして、空に何かが打ち上がる。

 

 それは光であった。

 月光や鬼火の類ではない、まるで夜の中でいきなり太陽が荒れた様な、強烈な明るさ。空を見れば、何かの火の玉が光を放ちながら少しづつ降りていく。

 

「なんと……この明るさ!」

 

 彼らを守る夜の闇が解かれ、自分たちの居場所がばれたのだとデュランは悟った。

 

「いかん……!ハァッ!!」

 

 デュランは馬の鞭を振るい、一気に駆け出した。

 

「全員走れ!人は駆けよ!馬は走れ!全軍突撃だ!!」

 

 全軍の無謀な突撃。それは当初の作戦が完全に破綻した事を意味していた。地獄と化したアルヌスにて多くの戦友が死に、一矢報いる作戦も破綻し、最後に残るのは無謀だけである。

 

「走れ!走れ!!」

 

 デュランは馬を勢いよく走らせ、赤い光の中を進む。後ろから昼間の爆発と同じ音が聞こえるが、後ろは振り返らなかった。

 その時だった。目の前に何かの障害物らしきものが見えた。光の球が入れ替わる瞬間にそれが見え、避けることすらできずにデュランの馬はそれに突っ込んでしまった。

 

「ぐわぁ!!」

 

 勢いよく馬から吹き飛ばされ、デュランは首の後ろを強打した。障害物の正体は鉄で出来た荊であった。おそらく敵が馬を防ぐために置いたのだろう。

 

「デュラン様!今お助けします!」

「盾を前へ!!」

 

 部下達がデュランを助けようと、勇敢な兵士たちが動き出した。その荊を剣で切り、デュランの元へと駆け寄った。

 

「ぐっ……!皆……逃げるんだ!」

 

 デュランの言葉は届かず、殺戮が始まった。敵の陣地から、赤い目の閃光がギラリと光った。

 昼間の怪物たちだ。これから自分達は奴等の餌として、敵兵に料理されるのだ。

 そう悟った瞬間、敵から様々な色の光弾が放たれ、アルヌスの丘に嵐が吹き荒れた。

 光弾は強靭な盾ごと貫き、次々と倒れていく味方。デュランの頬の兜にも、光の弾が掠めていった。

 

 思い出すは、戦友達のこと。

 

 死んでいく部下達は、王たるデュランを守るために鍛え上げてきた精鋭達である。集まった諸王達も、しばらく再開していなかった親しい王達である。

 

 その彼らが皆平等に死んでいく。

 その死に方は名誉とは言えない豚様な殺し方であった。

 こんなのが戦であって欲しくない。

 こんなのは、ただの虐殺だ。

 

 ここでデュランは先日、テントに侵入した女が言っていた言葉を思い出す。

 彼女の言う"ゲンダイセン"とやらの意味がわからなかったが、それを今悟った。

 門の向こうの異界の軍はこの様な華々しくない戦いを繰り広げてきたのだろう。騎士や兵士の名誉は消えてなくなり、この硫黄の様な独特の匂いと、血が混じった泥の世界が彼らの"戦い"なのだと。

 こんな戦い方では、帝国軍も負けるわけである。最初から我々は嵌められていたのだ。

 

「フッ……ハハハッ……」

 

 デュランはそれら全てを悟ると、自然と笑いが込み上げてきた。自分達はあまりに滑稽で、無価値で、酷い笑い者だと自覚したのだ。

 

「フフフッ……ハハハッ!ハハハッ、ハハハッ!!」

 

 そして、狂った様に笑うデュランの頭上に、爆発が降り注いだ。彼の意識は、そこで一旦途絶えている。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、46姉。この人生きているよー」

「あら、本当ね。しかも……かなり偉そうな王サマかしら?」

「知ってるの?」

「ええ、私が夜這いに行った王サマだもの」

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、捕虜として持って帰りましょう。柳田少佐にいいお土産が出来ちゃった♪」

 

 

 

 

 

 

 デュランは何か柔らかいものの上で目が覚めた。

 意識が朦朧としているが、天井は白い。しかも何か眩しいものが光っており、清潔感がある。横を見渡せば、窓があった。その外側には見たことの無い景色が広がっているが、壁らしき物の向こう側は見たことがある山々の景色だった。

 

「ここは……?」

 

 デュランが状況を把握しようとした時、彼の横に何か重いものが突き立てられる音がした。

 

「おはよう?お目覚めかしら、国王サマ?」

「っ!!」

 

 デュランはその声のする方向に振り向いた。女が居た、しかも因縁のある女だった。

 

「あら、警戒されるのは2回目ね」

「貴様はあの時の……っ!」

 

 デュランが目にしたのは、あの時デュランの寝首を掻こうとした女の密偵である。

 一人だけでない。女と同い年くらいの3人の女たちが、デュランを囲んでいる。彼女らは全員何か黒い鉄の物体を構えており、こちらにその先を向けていた。

 

「ええ、お久しぶり。今度は美少女が怪我したオジサマを看病してあげたのよ?感謝なさいよね?」

 

 彼女はそう言うが、黒い物体は下さないままだった。あれは、彼女らの武器なのだろうか?だとするとこの場で生殺与奪を握っているのは、彼女たちの方になる。

 

「ここは……何処じゃ?」

「疑問に答えてあげましょう。まずここはアルヌスの傷病病院。貴方は捕虜になったの」

 

 捕虜、と聞いてデュランは屈辱を覚えた。

 よく身体を見れば、右の手足がごっそり無くなって包帯が巻かれている。つまり、あえて生かすために治療したのだ。

 あの時散々に戦った挙句死に切れず、さらには敵の捕虜になってしまうなど、最悪としか言いようがない。

 

「……一思いに殺さないのか?」

 

 だがデュランは疑問があったので、そう聞いた。この世界にとって、王の捕虜というのは首を晒せば勝利の証である。だからこそ、人の寝込みを襲う様な女密偵が自分を殺さないことに疑問を持ったのだ。

 

「だってさ46姉、殺しちゃう?」

「待ちなさい49。彼にはまだ聞きたいことが山ほどあるの」

 

 女密偵の隣に居るのは部下だろうか?それとも親しげな会話をすることから姉妹だろうか?そんな新たな疑問を他所に、その女密偵は言葉を続けた。

 

「私は貴方を生かす方に価値があると思ったわ。それだけよ」

「ほざけ……!儂は何を拷問されようとも、何も語らんぞ……!」

「拷問ね……それも良いかもだけど、貴方には交渉を求めるわ。ですよね?柳田少佐?」

 

 そう言って彼女は後ろを振り返り、その向こう側にいる男に話を振った。

 男は細身で背が高く、顔立ちが整っている。しかし、彼の目から放たれる眼光はまるで毒蛇の様であり、何処かに毒牙を隠している。

 

「正解だ46。後の話は俺が代わる、お前たちは引き続き隣で監視しててくれ」

「了解」

 

 彼の命令に、女密偵とその周りの女達は忠実に従った。この細い男が、この女密偵を率いる将なのだろうか?

 男は何か煙の出る筒の様なものを持ち、そこから焦がした草の匂いを出しつつデュランに向き直った。

 

「改めて、私は日本国国防軍の柳田と申します。以後お見知り置きを」

「ふん……儂はデュランだ」

 

 相手が自己紹介をすれば、王として返さないわけにはいかない。お互いの自己紹介が終わった後に、ヤナギダは話を振った。

 

「まず貴方の処遇ですが……しばらくはこの国防陸軍の病院で入院してもらいます。その方が存在を隠しやすいので」

「ほう……なぜ王を引っ捕えた功績をひた隠しにする?」

「理由は詳しく言えませんが……まあ、我々にとって指揮官クラスの捕虜にしても大々的に晒す価値はないのですよ」

 

 それはつまり、デュランが敵軍の目の前で処刑される事もないと言う事だろうか。まだ油断は出来ないが、コクボウグンとやらの組織体制は少し気になった。

 

「フンッ、そうかい。で?何が目的だ?」

「その上でですが、我々は貴方方の国との窓口を開設したいのです。我々は"帝国"とのみ戦争しているのであって、貴方方は巻き込まれたに過ぎない。ですので、貴方方には中立になってもらいます」

 

 つまり、帝国相手と戦うために他の国には中立になってもらう、と言うことなのだろう。国と国が戦争をする場合、第二戦線が出来てしまっては都合が悪い。確かに理に適っている。

 

「無理じゃな。今頃儂の国では王太子が国を取り仕切っておる。儂は死んだことになっておろう、その方が奴にとって都合がいい」

 

 仮にコイツの意見が飲めたとしても、王太子が実権を握っている以上口を出す事もできない。最悪の場合、コイツらのせいでエルベは内戦状態に陥る。

 

「ならば、その政権復興を手伝うと言えば?」

「……代わりに何が欲しい?」

 

 怪しさ満点の提案に対して聞き返すと、ヤナギダと言われた男は「本題だ」と言わんばかりに笑って見せた。

 

「先程の中立化に加え、地下鉱脈の採掘権、税の一部免除、及び軍事通行権を認めてもらいたい」

「待て、地下鉱脈は国の財源だ。それに、軍事通行権だと?」

 

 いくつか飲めない条件がある。デュランがそう聞くと、ヤナギダはニヤリと笑って答えた。

 

「金や鉄には興味がありません。我々はむしろ、他の金属に興味があります」

「金銀、鉄の他に何がある?何を取ろうとしている?」

「陛下が知る必要はありません。知らないのは"ない"のと一緒ですから」

「…………」

 

 デュランは食えない奴だと思いつつ、ヤナギダに話を続けさせる。

 

「軍事通行権とは、あくまで貴国以外にもに攻め込む際、通り道として利用するだけです。通行の際、貴国に害を与えないとお約束しましょう」

「フンッ、女にまで武器を持たせるの貴様らが、我が国の国境まで来られるとは思えんが……まあ良かろう」

 

 そう言ってデュランは、柳田の周囲に居る女密偵達に睨みを効かせる。彼女達は中々の美女であるため、柳田が侍らせている様にも見えた。

 

「勘違いしているようですが、我々の世界では兵士の資格に男女は関係ありませんのでね。というか、その軟弱な女に翻弄されたのは貴方の方では?」

「……貴様は気に入らんな」

「そう言う仕事なので」

「女の密偵を侍らすのも、仕事か?」

 

 柳田はそれを聞かれてもなんともせず、不敵に笑った後にこう言った。

 

「ご冗談を。()()()()()欲情するほど、私は腐ってはいませんよ」

 

 




・特殊作戦群実働科・第444小隊
 柳田明少佐の具申により設立された、特殊作戦群の"公式には存在しない人形部隊"。ドイツ製輸入銃器と同期するワンオフの戦術人形4人で構成されており、4人とも高い戦闘能力を有する実力者。
 公式文章には存在が書かれておらず、実態を知るのはごく一部の人間のみ。だが存在を知る伊丹や42式からは「柳田の私兵」などと比喩されており、実際、指揮官である柳田が直接立案した諜報、工作作戦に投入されている。

・戦術人形・EMP-46
 第444小隊のリーダー。フードを被った小柄で華奢な少女の見た目をしており、胸が平たい()。
 ドイツ製光学短機関銃であるEMP-146と同期し、主に部隊指揮をしながら戦闘を行う。性格は冷酷でサイコパスに近く、卑怯で残忍な手段も厭わない。

・戦術人形・ EMP-149
 第444小隊の前衛。EMP-146の改良型であるEMP-149と同期し、敵を撹乱する前衛の役割を持つ。おちゃらけたムードメーカーであるが、彼女も姉の146と同じくサイコパス気味。

・戦術人形・ IMR-4
 部隊のエリートとも言われる冷静なライフルマン。銀髪のショートヘアを携え、ドイツ製3Dプリンター内蔵小銃であるIMR-4を操る。

・戦術人形・ MKL.11
 寡黙でいつも眠たそうな狙撃手の少女。ドイツ製対物狙撃銃である携行式電磁投射銃のMKL.11を携え、高い狙撃能力で部隊を援護する。




第444の元ネタは、察した方もいるかもですがドールズフロントラインより404小隊です。あんな感じの特殊諜報部隊?的な存在も特地には必要だと思ったので、柳田の指揮の下で追加しました。

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