GATE 近未来日本国国防軍 彼の地にて斯く戦えり   作:国防アレキサンダー

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随分と遅れてしまいました、申し訳ない。
ですがそれなりのボリュームにはなったので、どうか楽しんでください。


EP.17 薔薇騎士団、交わらぬ者たち

 

 

「ハイヤッ!ハイヤッ!」

 

 アルナスまでに至る街道を、馬の限界速度で走り続ける一団が居た。急ぎすぎなのか馬から土煙が轟々と上がり、隊列が前後に乱れている。

 

「ボーゼス!急ぎすぎだ!後続が落伍しているぞ!」

「まだ遅い!ピニャ殿下が私たちを待っておられるのよ!」

 

 そう言ってイタリカまで急ぐのはピニャの部下、ボーゼス・コ・パレスティーである。副官のパナシュ・フレ・カルギーが速度を落とすように促すが、ボーゼスはそれでもなお急ぎ続けた。

 

「今は少しでも早くイタリカへ向かわなければならないわ!数が足りなくとも戦い方はある!」

 

 ボーゼスはそう意気込むが、本当は間に合うかどうか怪しかった。騎士団全員を含めれば300人に昇るが、技量や戦力はともかく、実戦経験が少ない。このような長距離行軍も初めてであった。

 

「絶対に間に合わせるのよ!ピニャ殿下の為に!」

 

 何人かが落伍しようとも、ボーゼスは尊敬するべき上司であるピニャを助けるべく、足を急いだ。

 

 

 

 

 

 

「なんだこの惨めさは……」

 

 帝国第三皇女ピニャ・コ・ラーダは、この異様な光景に愕然としていた。広い応接室に居るのはピニャと領主のミュイ公、そして敵であるはずのコクボウグン。

 勝ったはずなのに、精神的に負けていた。それもそうだ、最終的に盗賊たちを蹴散らしたのはコクボウグンの方であり、騎士団ではない。だから、この場で主導権を握っているのは彼らの方だ。

 鋼鉄の天馬、鋼鉄の象、鋼鉄の巨人、そして大地を焼く強大な魔導。あの力が牙を剥けば、帝国の穀倉地帯であるイタリカは陥ちる。いや、今この場で陥されようとしている。

 

「まず第一として、我々国防軍はイタリカ周辺の治安維持のため駐留の許可をもらいたいです」

「くっ……」

 

 交渉役として任されたハミルトンが、コクボウグン側のが言い放った条件に歯軋りをした。

 ハミルトンとしては1番認めたくない条件だ。コクボウグンになるべく譲歩してもらえるよう、反論して条件を釣り出す。

 

「それは……重々承知しております。しかし、イタリカは我が国の穀倉地帯として重要であります。手放す訳にはまいりません。何とかなりませんか?」

「無理です。今後もイタリカが襲われるような事態があれば、我々は見過ごせませんから」

 

 相当屈辱であるが、どうやらコクボウグンはこの件をダシに駐留の許可を貰いたいらしい。

 本来ならばイタリカを奪われるに等しい屈辱である。だが街を救ったのは彼らなので、住民たちはむしろそれを受け入れてしまう。騎士団側の条件は厳しかった。

 

「で、ではせめて帝国軍……いえ、我々騎士団だけでも繋がりを保てませんか?」

「ふむ……でしたら、我々と騎士団が同時に駐留するというのはどうでしょうか?」

「同時に、ですか?」

「はい。無論、お互い手出しは無用です」

 

 ハミルトンは相手側が譲歩してくれた事に驚きつつも、少し考えた。

 敵の狙いは、住民の賛同を受けつつ支配地域を拡大する事。その第一段階としてイタリカが奪われそうになっている。

 だがそこに帝国軍の一組織である薔薇騎士団の駐留を同時に認めてくれるというのは、相当な譲歩であろう。これ以上、相手側から良い条件は引き出せそうにない。

 

「……分かりました。では、条件に関しては後ほど」

「はい」

 

 ハミルトンは裏があると思いつつも、その条件を受け入れる事にした。最終的な協定は以下の通り──

 

・ひとつ。コクボウグンはイタリカ周辺の治安維持のため騎士団と共に駐留。その際、お互いに対する危害は協定違反とする。

・ふたつ。フォルマル伯爵家並びに帝国第三皇女ピニャ・コ・ラーダは、ニホン国からの使者を仲介する事。その滞在と往来における無事を保障する義務を負う。

・みっつ。ニホン国、およびアルナス協同生活組合は今後フォルマル伯爵家領内、およびイタリカ市内での取引において発生する各種税金を一部免除する。

・よっつ。捕虜に関しては帝国側に委ねる事とするが、18歳以下のヒト種、および女性兵に関してはコクボウグンが身柄を引き取る。捕虜はジンドウテキに扱う事を誓い、各種暴力、拷問、放逐などの行為は協定違反とする。

 

「これでも譲歩してくれた方のなか……」

「はい。力及ばす申し訳ありません」

 

 ピニャは協定文を受け取る際、ハミルトンに小声で言葉を漏らした。

 

「いやいい、お前はよく頑張った」

「はい……」

 

 ピニャは彼女を労いつつ、朱印を押した。

 

 

 

 

 

 

 ……だが、その数時間後。

 

「な……なな、なんてことをしてくれたんだ!!」

 

 ボーゼス・コ・パレスティーは、ピニャに盃を投げつけられ呆然とした。城門に入ってピニャから話を聞こうとした瞬間、彼女はいきなり怒りを露わにしたのだ。

 

「はぁぁぁぁぁぁ……ど、どうしようこの始末……」

「ど、どうしたのです殿下?ボーゼスは一体何を?というより……」

 

 ボーゼスを庇うパナシュも、ボーゼスと同じく激しく困惑していた。

 

「何故アルヌスの連中がイタリカに駐留しているのですか!?」

 

 なぜなら周囲には見たことのない服装をした異界の軍人たちが、イタリカに平然と居座っていたのだ。

 

 彼女たちのすれ違いは、数刻前に遡る。

 

 ボーゼスは商談交渉を終え、イタリカから帰還する最中の第三偵察隊と出会した。伊丹と42式が説得に入ろうとするも、ボーゼス達は2人に暴行を振るい、協定違反が発生した。

 伊丹の指示で第三偵察隊は逃走。結果として、伊丹と42式は薔薇騎士団の捕虜になったのである。

 そして意気揚々と援軍として凱旋し、捕虜二人を連れてイタリカ入りをしようとしたボーゼス達薔薇騎士団本隊。しかし、イタリカには国防軍の部隊が駐留することになったので、城門の前で通行止めを食らった。

 その国防軍の兵士たちをアルヌスの敵の仲間だと確信したボーゼス等は、剣を引き抜いて切りかかろうとした。イタリカは無念にも敵の手に落ちたと思ったためである。

 しかし、今にも切りかかろうと剣を振りかざしたその瞬間、騒ぎを聞き門から飛び出したノーマに──

 

「何をしているボーゼス!!!」

 

 と、思いっきり助走を付けて顔面を殴られたのだ。

 ボーゼスたちはまず激しく困惑した。異世界の軍勢に占拠されたと思っていたイタリカに、同じ騎士団仲間のノーマが居たのだ。次いでハミルトン、グレイの姿も騒ぎを聞きつけてやってきた。

 困惑しつつも、同じ騎士団を殴ったことに対してパナシュが抗議したところで、ハミルトンの方から「協定破り」という単語が出てきたのを聞き、二人は何か自分たちの知らないところで何かが起こっていると感じた。

 とりあえずイタリカには上官のピニャがいると言うので、彼女に話を聞くことにしたのだ。ピニャが生きていると知ったボーゼスは、敵軍に殿下が凌辱されているのではと疑ったが、案の定ピニャは何もされておらず平然としていた。

 その彼女から詳しい話を聞かされる筈だったのだが、そのピニャもノーマと同じように怒りを露わにし、ボーゼスに手に持っていた銀杯を投げつけたのだ。

 

 呆然とするピニャに代わり、ハミルトンが協定のことを説明し始める。

 曰く、盗賊の正体は異世界軍ではなかったこと。

 そしてその盗賊を倒すために異世界軍と共闘したこと。

 盗賊を一方的に倒した異世界軍改めコクボウグンは、街を助けた条件として駐留権を求めたこと。

 交渉の結果、薔薇騎士団はイタリカから追い出されることを防ぎ、お互いに危害を加えないという協定を結んだこと。

 

「つまり、我々は……」

「ああ、協定を結んだその日に此方からそれを破ったという事だ」

 

 それらすべての説明が終わった時には、さすがのボーゼスも絶句していた。

 今にも気絶してしまいそうな勢いであるが、胃に堪えるのはピニャの方だ。

 

「この一大事、どうして償おう……ハミルトン、二人はいったいどのような状態で……」

「えっと、あちらに……」

 

 ピニャが目線を変えた先にいたのは、医術者らしき兵士から顔の手当てを受けるボロボロの伊丹と、対照的にピンピンしている42式の二人だった。

 

「どうもー」

「え?はえ?ヨンニイシキ殿は大丈夫なのか?」

「ええ、私は大丈夫ですけどー?」

 

 そう言っている42式は明らかに不機嫌そうであったが、身体に関しては全く無傷だった。立っても問題ないようであり、痛みも感じていないのか、壁に寄りかかって腕を組んでいる。

 

「あの男はともかく、あの女に関しては籠手で殴り付けようとも、鎧のつま先で蹴り上げようとも、馬で引きずろうとも、まったく堪える様子がないのです。まるで痛みを感じぬが如く、鉄のように……」

「ああ……お前たちの暴行がどれだけ酷かったのか今分かった」

 

 ボーゼスたちにはあとで罰を与えなければならないと思いつつ、42式を改めて見る。

 彼女の服装は確かにボロボロになっており、女だからと手加減したりせずに無数の暴行を加えたことは確かなようだ。しかし、42式は不機嫌でありながらも飄々としていた。

 

「ま、伊丹隊長は人間なのでボロボロですけどー、私はこの程度の暴力なんて気にもなりませんからー」

「え?」

 

 人間ではない、という意味深な言葉にピニャは引っかかったが、42式はそれを無視した。

 

「42式、怒ってるな……」

「ええ、とんでもなく」

 

 彼女の態度は明らかに不誠実な態度であるが、事情を知る雨宮大佐と建軍大佐には、彼女が不機嫌な理由がなんとなくわかっていた。

 要は42式にとって親しい伊丹が敵兵にボコボコにされ、その元凶が目の前にいる。にもかかわらず、殴り返すことは協定上出来ない。それが心底不満なのだ。

 

「てかー、部隊の仲間置いてきちゃったのでー、伊丹隊長を連れて帰っちゃだめですかー?」

 

 面倒くさそうに、42式はここから離れてアルヌスに帰ろうと話を誘導する。42式としては殴られた元凶が目の前にいるのは腹の虫がおさまらないため、さっさと帰ってしまおうとしたのだ。

 しかし協定破りの件を許してもらおうと考えるピニャは、しどろもどろになりながらも彼女を説得する。

 

「ま、待ってくれ!せめて、せめて妾たちの手で治療させてくれないか?」

「生憎ですけど、衛生兵がいるんで」

「え、えっと……ならば!」

 

 ピニャが無い手札からカードを引き出そうとしたとき、助け舟を出したのは意外にも敵である国防軍の指揮官だった。

 

「あー、ゴッホン!……その件について、少しよろしくて?」

「はっ!はひっ!!」

 

 今まで沈黙していた雨宮大佐が喋ったのを聞き、焦ったピニャは思わず声が上ずる。

 

「えー、まず協定破りの件は上に報告しなければなりません。当然ですね、協定はお互いの駐留権を侵害しないためのものですら」

「うぐっ……ほ、ほんとうにすまない」

「いえ、別にそこまで謝らなくても結構です」

 

 その言葉がひどく冷酷に聞こえたのか、ピニャはさらなる冷や汗を流した。

 

「しかし、彼女たちが協定の内容を知らなかったのは致し方ありません。これには再考の余地があるでしょう」

 

 だが、雨宮大佐の配慮がこもった言葉にいったん安堵する。大佐クラスとはいえ、一指揮官の言葉に一喜一憂する第三皇女というのも情けない話であるが、今のピニャにはそんな余裕などない。

 

「ピニャ殿下、この変な格好の女は……?」

 

 ボーゼスが小声で聞いてくる。

 

「聞いて驚け、彼女はイタリカに駐留した部隊の指揮官、その片割れだ」

「な!?あの痴女のような格好で指揮官の片割れ──」

「シッー!!」

 

 危うく失言する寸前のボーゼスの口を、ピニャは思いっきり掴んで黙らせる。

 

「えー、そこでなのですが……ピニャ殿下、第三偵察隊がアルヌスに帰還するのに便乗して、さらに上の指揮官に直接謝りに行くというのはいかかですか?」

「え、え?それはどういう……」

 

 ピニャはその言葉の真意が分からず、ボーゼスを黙らせていた手を放す。

 アルヌスと言えば、彼らコクボウグンが不当に占拠する敵の本拠地だ。その敵だらけの場所に自ら赴くというのは、ほぼ人質に近い危険な行動である。

 帝国第三皇女たる自分を、これを口述に捕虜にしようというのか?ピニャは背筋がうすら寒くなった。

 

「別に殿下のことを人質にしようという魂胆ではありません。ただ、誠意を見せたいというなら直接"上の人間"に謝罪する方が、お気持ちも伝わると思いますよ」

「妾が、直接アルヌスの将軍に……?」

「ええ、聞くところによれば殴る蹴るだけでなく馬で引きずる等の()()()()()を加えられたというらしいですよね?確か捕虜虐待も協定違反のはず。なので、今回の件は直接謝罪に向かったほうがよろしいかと」

「うぅ……分かった、此方で話し合おう」

 

 これに関しては回避のしようがなさそうだ。何せ、最初に協定破りをしたのは自分たちの方なのだから。

 

「ゴホン……私からもよろしいですか?」

「は、はいっ!!」

 

 今度は男性指揮官の方が咳払いをした。

 まだ何かあるのか!?と身構えるピニャに対して、健軍大佐は忘れていたことを指摘する。

 

「ボコボコされた伊丹を寝かせておくベッドが必要なのですが……生憎我々はテントの類をまだ持ち込めてないので、ここの施設をお借りてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ!それは妾が用意しよう!!メイド長!!」

 

 ピニャはメイドを呼び出すためのベルを、ベルが壊れんばかりの勢いで振り、メイド長を呼びつけた。

 

「殿下、此方に」

「メイド長!伊丹殿を寝かせるための、最上級で最高級の客室と、メイドたちのもてなしを用意してくれ!頼む、今すぐだ!」

「かしこまりました、直ちに」

 

 メイド長は慌てているピニャの命令を事務的に受け取り、すぐにフォルマル家のメイドたちに仕事に取り掛かるように伝えた。

 

「雨宮大佐……うまく話をまとめたな」

「いえ、帝国の第三皇女との窓口を開ける絶好のチャンスです。すでに上も準備済みらしいのでね」

 

 嘉茂大佐が苦笑いをしながら言った言葉に、雨宮大佐はさも当然と言わんばかりに笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 さて、伊丹本人はしばらく気絶していた。彼はイタリカ宮殿の中で最高級の客室に連れてこられ、ベットに寝かされる。

 

「では、我々はこれで。あとはお願いします」

「はい、かしこまりました」

 

 メイド長が返事をすると、運んできたコクボウグンの兵士達が客室を後にする。その様子を見計らい、42式は伊丹に声をかける。

 

「気絶したフリはもう大丈夫そうだよー。聞き耳を立てる輩は居なくなったよー」

「ん……そう。んじゃ起きるわ」

 

 そう言ってむくりと、上半身を起こす伊丹。

 

「やはり、気絶したフリでしたか」

「気づいてた?」

「ええ、聞き耳の良いメイドがおりますので、呼吸の音で分かってしまうのですよ」

「なるほどね」

 

 伊丹達の目の前には、人間のメイド長の他、多種多様な姿をした女性のメイドが多数いた。

 捕虜輸送の時に知ってはいたが、おそらくこれが特地の人間以外の種族なのだろう。たしか、レレイは「亜人」と言っていたか。

 メイド長が紹介したのは、いかにも耳がよさそうな兎耳のメイドだった。顔は人間の面影を残しつつも、耳と手足はウサギを模している。

 演技が効かないとは恐ろしいなと思いつつも、立派なオタクとして、獣耳の女の子に出会えた事に嬉しさを感じる。後で倉田に教えてやらねばと思った。

 

「42式、協定に関してはどうなった?」

「とりあえずー、"情報共有がなされていなかった"って事で処分は保留になったよー。納得いかないけどね」

「まっ、そうだよな。通信機とか無いし、仕方ないよ」

 

 42式とそんな会話をしていたら、メイド長がその時の様子を話してくれた。

 

「その時のピニャ殿下となれば、烈火の如くお怒りになって、無礼を働いた騎士団の部隊長に杯を投げつけておりました」

「あー、あの縦巻きロールの人か。ゲガしてそうだな……」

「私達は、怪我をしたイタミ殿とヨンニイシキ殿を賓客として礼遇するよう仰せつかっております。そしてイタミ殿……」

 

 苦笑いを浮かべる伊丹を見て笑みを浮かべつつ、メイド長は伊丹の扱いについて説明する。そして──

 

「この度は、イタリカを救ってくださりありがとうございました」

 

 メイド長含め、部屋にいるメイド達全員が伊丹達に頭を下げた。恩人に礼を言うべく、それはもう深々と。

 

「そのイタミ殿に対するこの仕打ち……帝国を憎み、滅ぼす口述とするのであれば、イタリカ一同は惜しみなく助力させていただく賛同でございます。ですが、フォルマル伯爵家、特にミュイ様だけには危害を加えぬよう、伏してお願いいたします」

「大丈夫だ、大丈夫。頭を上げてくれ」

 

 深々と頭を下げるメイド達に対し、伊丹は両手で制した。頭を上げてくれるように言う。

 

「少なくとも、俺個人はあんた達に危害を加えるつもりはない。もちろん、この街にも。そもそも協定破りの件は、この街が悪いわけじゃないしな」

「そうだねー。協定を破ったのはあの姫様の部下だしー、イタリカのみんなは悪くないよー」

「ありがとう、ございます……」

 

 メイド長は心底ホッとした声で、深く安堵した。

 

「こちらの4人がイタミ様の専属です。何なりとお申し付けください」

「モームです、よろしくお願いします」

「アウレアです」

「マミーナです」

「ペルシアです」

 

 伊丹達の専属になったのは人間種のメイド1人と、亜人の3人のメイドである。

 アウレアは髪の芯がヘビのように自在に動き、ウネウネしている。マミーナは先ほど紹介してくれた兎耳の子で、ペルシアには猫耳が生えていた。

 やはり人間以外の異種族であることは間違いなさそうだ。

 

「……こっちでは、他種族の人が同じ場所で働くのは普通の事ですか?」

「いいえ、滅多にございません」

 

 メイド長は何かを含んだような声色で、その件について説明した。

 

「先代様は開明的な方でして、我々のような他種族も受け入れて働かせてくれたのです。まあ、ご趣味というのもありますが……」

「あー、そういう事ね」

 

 なんだか自分と似たような人間だなぁと、まだ見ぬ先代当主に親近感が湧いた。

 

「その……イタミ様は他種族出身者はお嫌いでしょうか?」

「そんなことはない」

 

 メイド長が恐る恐る聞くのを見て、伊丹はその懸念を否定した。

 

「ただ、ここに来てからあまり見なくて疑問に思っただけだ。それに……身近にも、似たような境遇を持つヤツがいるからな」

「まあ、私の事だねー」

 

 話題をうまく誤魔化したつもりであったが、42式の方が意識していたのか、苦笑いをしつつそう言った。

 

「ヨンニイシキ様も、ですか?」

「……ああ、一応42式は人間とは違う種族だ」

 

 その言葉には、メイドの全員が驚いたような顔をしていた。

 

「確かに……ヨンニイシキ様のこと、アウレアが"生気が感じられない"と申しておりましたが……」

「うん、そうだよー。私、生き物じゃないもんねー」

 

 42式がさらに曖昧な答えを出すと、メイド達は首をかしげる。

 

「どういう……事でしょうか?」

「そうだな……せっかくだし話すよ」

 

 伊丹としては42式のメンタルの件がある。特地の人にこの件を話すのは抵抗感があったが、おそらく同じような境遇を歩んでいた彼女達ならば偏見が少ないと、一時的に信じる事にした。

 

「42式は"自立人形"って種族に当たるんだ。その中でもさらに細かく言うと、彼女は戦闘用で……"戦術人形"って呼ばれている」

 

 伊丹は特地の人たちにもわかりやすいよう、あえて『種族』という表現を使った。

 

「センジュツニンギョウ、ですか。ですが彼女は……」

「ああ、紛れもなく人間に近い見た目をしているだろ?」

 

 伊丹の言葉に、42式は右手を振るって人間の見た目をアピールする。

 

「私たちはねー、人間を模して人間に作られた種族なの。私には父も母も居なくて、人形を作る工房で人工的に産まれたの」

「なんと……さようでございますか……」

 

 メイド長にとっても、他のメイド達にとっても、彼女の存在は衝撃的に映ったらしい。

 

「門の向こう、日本の方では彼女のような存在はたくさん居てね。軍隊だけじゃなくて、いろんなところで働いている」

「彼女達は……受け入れられているのですか?」

「表向きはね。もちろん偏見がない訳じゃないし、日本以外の国だと嫌悪感を示す人もいる。けど、俺は思うんだ」

 

 伊丹は一呼吸置き、言葉を続ける。

 

「種族は違っても、こうやって言葉を交わせる。話しが出来て、分かり合える余地がある。それって人間と同じじゃないか、ってね」

「っ…………」

 

 その言葉に、メイド達の表情も少し明るくなった。

 

「だからその……君達のことも、なんか隔たりなく感じられたんだ。こうやって言葉を交わせるのなら、いつか分かり合えるって、俺は信じてる」

 

 随分と青臭い考えだな、と伊丹は自分でそう思った。実際伊丹自身、それはまだまだ遠い理想であると感じてはいる。

 それでも言葉が通じるのならば、話す余地があるのなら、いつかは同じように分かり合えると伊丹は信じていた。

 

「素晴らしいお考えです……このカイネ、この胸に強いものを抱きました……!」

「あー、そこまで言われると困るなぁ……恥ずかしい言い方だったし……」

「フフフッ、よかったー」

 

 42式が久しぶりに笑顔を見せたのを見て、伊丹も自然と安心した。他のメイド達も、今の話でだいぶ心が解れたらしい。

 

「とまあ、この後もいろいろ話したいけれど……その前に、ちょっとお願いがあるんだ」

「はい、なんでございましょう?」

 

 メイド達は性的な事でなければ、基本全てのおもてなしには対応するつもりだ。最初に何を求めるのか気になっていたが、伊丹はある事を心配していただけである。

 

「仲間達を置いてきちゃったから、呼んで良い?」

 

 

 

 

 

 

 部屋に第三偵察隊の面々が入ってきたのは、それからわずか数分が経った後であった。一応イタリカには国防軍が駐留しているので、同じ国防軍兵士ならすんなり入れる。

 

「イヤァ、心配シマシタヨ隊長」

「ヨカッタデスネー」

「全く心配してないだろお前ら」

 

 片言で心配事を言う倉田と栗林に苦笑いしつつ、伊丹は第三偵察隊の面々を部屋に呼び込んだ。

 

「では、改めて自己紹介をさせていただきます。私はカイネ、ここイタリカ宮殿にてメイド長を務めております。こちらは右から順番に……」

「アウレア、シュゾクはメデュサなの」

「マミーナです。種族はヴォーリアバニーです」

「ペルシアですニャ、種族はキャットピープルですニャ」

 

 ひとまず、コミニケーションというのは自己紹介から始まる。それぞれが自己紹介を行い、親睦の第一歩とする。

 

「じっ、自分はぁっ、倉田武雄であります!皆さん諸共、よろしくお願いします!」

「ちょっと倉田、出しゃばりすぎ」

「ハハハッ……」

 

 倉田が自己紹介をする時には、ペルシアが面白そうに微笑んだりした事もあった。

 その後は交流会みたいなのが行われ、いろいろな意見交換などが行われた。なんだかんだ言って、偵察隊の面々はコミニケーション能力が高い。全員がすぐに馴染む。

 

「昨日の戦い拝見しました!お二人とも素晴らしい身のこなしですね!」

 

 ヴォーリアバニーのマミーナは、栗林とHal-27の格闘戦に関して気になるようだった。彼女らは質問攻めに合う。

 

「え?そう?私は普通だよ……」

「まあ、私は戦術人形だからね!」

「そうなのですか!?実はイタミ殿からセンジュツニンギョウについてお聞きしまして、どのように身のこなしなのか気になっていたんです!」

「あー、隊長喋っちゃったんだ」

「まあいいよ。実はね、私たちは人間より体が柔らかくて……」

 

 一方、IDL小隊の3人はレレイを交えてアウレアと話をしていた。

 

「ヒトの生気を吸い取れるってホントですか!?」

「うん、ソレで死ぬのを免れた子もイルよ」

「スッゴイです!まさしくメデューサじゃないですか!」

「アリガトウ……3人トモ、私ト同じくらい小さいネ」

 

 メデュサのアウレアも、同じく外見が幼いIDL小隊の面々に興味があるようであり、三人を見つめていた。

 

「メデュサはその習性から虐待されてほとんどいなくなった。私も初めて見る」

「へぇー、そうなんですか。にしてもこの髪の毛どうなっているのかなぁ?」

「?」

 

 レレイは分析をしながら彼女の髪を見聞する。アウレアは彼女達を信頼しているのか、髪を触られても気にしていないようである。

 

「このお菓子、どうやって作っているんですか?」

「フリスの事ですか?そちらは、小麦粉に卵黄と水を混ぜて、香辛料を加えて、こねて焼いただけですよ」

「へぇ……特地のお菓子は初めて食べるな。今度詳しく教えてくれないか?」

「ええ、もちろんです!」

 

 古田は特地のお菓子に夢中であった。メイドの1人からレシピを教わり、料理の話で盛り上がった。

 

「すっかり馴染んじまったな」

「ええ、ですがまあいい刺激です」

 

 伊丹は桑原にことの顛末を報告しつつ、42式を側に置いて3人で会話していた。

 

「おやっさんは話さなくていいのー?」

「老人が若い子達に水刺すのは、悪い話ですよ。この光景だけでも、孫への土産話になりますし」

「おやっさんはいっつも孫の話だよねー」

「はははっ、そうですな」

 

 伊丹もその言葉に笑みを浮かべつつ、メイド達から出された紅茶を一口飲む。柑橘系の果実が入っており、淡い太陽の香りがした。

 

「孫がいるってのは羨ましいねぇ。いつか俺たちも誰かに受け継ぐんだろうか」

「そうだとしたら、嫌なものは残したくありませんな」

「そうだねー」

 

 年齢も種族もバラバラである3人だが、不思議と考えは通じ合っていた。

 

「だからこそ、俺たちが分かり合えるように頑張るんだ。例え種族や考えが違おうとも、必ずな」

 

 若い世代が引き継いでいく為には、遺恨を残してはいけない。伊丹はそう感じていた。

 

 

 

 

 

 

 地球 新ソ連のとある民間軍事企業

 

 寒く凍てつく軍港都市、ウラジオストック。旧ロシア連邦の時代から軍港都市として栄えたこの都市に、その軍事企業の支部が存在した。

 真新しいビルの中で防諜カーテンを閉め切り、荘厳な椅子に座る人物が1人。この支部に本社の方から出向いた、社長本人である。

 この会社の社長は新ソ連の元軍人で、第三次世界大戦では実戦経験もある強者だ。だが今は一線を退き、指揮とビジネスを行う立場にある。

 

「噂のα部隊は準備完了。既に日本現地にて潜伏中、作戦開始を待つだけ……よくやりましたね」

 

 その隣で彼を褒め称えるのは、この会社に依頼を頼んだ新ソ連の正規軍人である。今では本当に貴重になった、人間の軍人だ。

 

「当然だ。昔より防諜がキツくなったとはいえ、技術というのは同時に進歩する。いくら日本の公安が優秀でも、うまくやれば潜入はできる」

「そうですか……まあ、次に褒めるのは作戦が成功してからに致しましょう」

 

 偉そうであるが、クライアントであるので強くは言い返せない。

 これから行う作戦は危険度が高い。日本は昔よりも遥かに防諜に関して厳しくなったし、実力行使も厭わなくなった。そんな国の来賓を誘拐するという任務は、報酬こそ魅力的であれど、危険極まりない。

 だが赤字続きで経営難に陥っていたこの軍事会社にとっては、藁にもすがる思いで受けるしかなかった。

 いつ捨て駒にされるか分からない中、社長として実行部隊に労いの言葉をかけなければならない。社長はそう感じていた。

 

「……そろそろ時間だ、通信を繋いでくれ」

「了解です。何度も言いますが逆探知を避ける為、通話時間は10分以内で」

 

 部下に命じ、秘匿通信を繋いだ先は日本。ウラジオストックから540km南東に位置するとある山奥。そこにある実行部隊のセーフハウスだ。

 

「聞こえるか?社長のグリシャだ」

『バッチリ聞こえてますぜ、社長』

 

 時間がないので、挨拶はそれだけにして内容を話す。

 

「では、これより……ギンザ作戦の概要を説明する。心して聞け、これが最後の通信になるかもしれん」

 

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