平穏な日々は遥か遠く   作:石門 希望

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 なかなか更新できなくてすみません。
 次の更新も時間かかりそうです。




第20話 混合合宿

 櫛田との契約、堀北学との約束、堀北や坂柳と過ごしたクリスマス。オレの人生初の冬休みは思いのほか様々なイベントがあった。

 そんな冬休みが明けて迎えた木曜日の朝。3学期が始まって間もないこの日にオレたち1年Dクラスを乗せたバスは高速道路を走っていた。このバスの前後には他にも複数のバスが連なっており、それぞれに1年生のみならず2年生3年生の全生徒が乗車している高度育成学校生徒の大移動をしている最中というわけだ。

 

「静かにしろ」

 

 トンネルを抜けたあたりで茶柱先生が動いた。マイクを手にした茶柱先生がクラスメイト達に向かって声をかけたのだ。

 

「推察している者もいるだろうが、これから新たな特別試験を行うことになっている。

 いまバスで向かっているのは山中の林間学校だ。恐らくあと1時間もしないうちに到着する。そこでお前たちDクラスの生徒には『混合合宿』と名称されている特別試験を行ってもらう」

 

 

『混合合宿』

 

 目的:精神面での成長を主な目的とする。

 社会で生きていく上でのイロハを始め、普段関わらない人間と円滑に関係を築けるか確認し、各自それを学んでいく。

 

 ・男女別に分かれて実施する。

 

 ・学年全体で6つのグループを形成する。

 

 ・1つのグループ形成において人数には下限と上限が定められている(その人数は学年及び男女を分けた総人数より算出される)。

 

 ・仮に同一学年の男子生徒が60人以上であれば8人から13人。70人以上であれば9人から14人。80人以上であれば10人から15人が1グループにおける下限と上限の人数となる(ただし60人を下回る場合には別途参照)。

 

 ・他クラスの生徒が混合した中でグループを作る。

 

 ・1つのクラスだけでグループの形成をすることは『ルール上』認めない。

 

 ・グループは人数の範囲内であればどのクラスの誰と組むのも自由。

 

 ・グループ内には最低でも2クラス以上の生徒が存在することが条件である。

 

 ・グループ結成は話し合いによる満場一致の反対者のいない者でなければならない。

 

 ・林間学校の間はグループのメンバーたちで一緒に授業を受けることを始めとし、炊事や洗濯、入浴から就寝まで様々な日常生活を共にする。

 

 ・特別試験の結果は林間学校最終日に行われる総合テストによって決められる。

 

 ・テスト内容は『道徳』『精神鍛錬』『規律』『主体性』

 

 スケジュール(例)

 1.起床

 2.朝の課題

 3.道場にて座禅を組み作務(清掃など)

 4.朝食

 5.教室で心得を学ぶ

 6.昼食

 7.午後の課題

 8.座禅

 9.夕食・入浴

 10.就寝

 

 ・土曜日は午前中のみ授業を行う。

 

 ・日曜日は休日とする。

 

 ・如何なる理由があろうとも途中でのグループの脱退及びメンバーの入れ替えは認められない。

 

 ・生徒が病気や怪我で離脱することになれば、その穴埋めをグループ内で『生徒が存在するものとして』対応しなければならない。

 

 ・林間学校の授業は明日金曜日の朝から翌週水曜日まで実施される。

 

 ・8日目木曜日に全学年一斉に試験が行われて採点される。

 

 ・最終的に1年生から3年生を合わせた約30人から45人で構成された6つのグループを完成させる。

 

 

 以下、同学年で作る6つのグループを『小グループ』。全学年が合流した最終的な6つのグループを『大グループ』とする。

 

 ・結果は6つに分けられた大グループのメンバー全員の試験結果の『平均点』で評価される。

 

 

 ・平均点が1位から3位の大グループには所属する生徒全員にプライベートポイントとクラスポイントが支給する。4位から最下位の大グループに所属していた場合は減点される。

 

『基本報酬』

 1位.プライベートポイントを1万ポイント。クラスポイントを3ポイント。

 2位.プライベートポイントを5000ポイント。クラスポイントを1ポイント。

 3位.プライベートポイントを3000ポイント。

 

 以上の報酬を生徒1人1人に配布する。

 

 4位.プライベートポイントを5000ポイント。

 5位.プライベートポイントを1万ポイント。クラスポイントを3ポイント。

 6位.プライベートポイントを2万ポイント。クラスポイントを5ポイント。

 

 以上のポイントを1人1人が失うものとする。

 

 ・プライベートポイント、クラスポイント共に0以下にはならないが累積赤字として残るものとする。これは今後試験棟で報酬を得た時に精算する。

 

 ・小グループ内でのクラス数に応じて報酬は倍に増える。

 

 ・クラス数に加えて小グループを構成する総人数が多いと更にその後倍率が増加する。

 

 ・最下位になった大グループにはペナルティとして『退学』を科す。

 

 ・退学の基準は学校側の用意した平均点のボーダーラインを小グループの平均点が下回った場合に限る。

 

 ・ボーダーを下回ったときには小グループの『責任者』が退学する。

 

 ・責任者は予め小グループ内の話し合いで選任する。

 

 ・責任者と同じクラスの生徒は報酬が2倍となる。

 

 ・責任者は小グループ決定後のグループ内での話し合いをもって明日金曜日の朝までに決める。

 

 ・グループ内で責任者を決めることができなかった場合その小グループは即失格とする。失格した場合は所属する全員強制退学とする。

 

 ・責任者が退学することになった場合、グループ内の1人に連帯責任として退学を命じることができる。

 

 ・連帯責任の対象はボーダーを下回った原因の『一因』だと学校側に認められた生徒に限る。

 

 ・この試験で退学者が出たクラスは1人につき100クラスポイント減少する。

 

 ・クラスポイントが不足している場合は以降加算されたタイミングで精算させる。

 

 ・退学者1人に対してプライベートポイント2000万。クラスポイント300の支払で『退学の取り消し』が可能。ただし退学時に受けるペナルティは消失しない。

 

 ・携帯の使用は禁止する。

 

 ・基本的に日用品や遊び道具は持ち込み自由。

 

 ・食料品の持ち込みは不可。

 

 ・休み時間や放課後に許可なく外出することを禁止する。

 

 ・1日に1時間だけ本棟の食堂にて男女同時に食事をとる。それ以外は基本的に男女バラバラで生活する。

 

 

 ***************

 

 

 茶柱先生からの特別試験の説明もそれに対する質疑応答も一通り終わった。

 その直後携帯が震えて着信を知らせる。確認すれば堀北からのメールだった。

 

『どうすればいい?』

 

 真っ先にメッセージを送ってくることからしてオレを頼りに思ってくれているのだろう。

 

『今回は男女別々の試験だ。

 オレが手伝えることはあまりない。

 いまできるのは男子と女子でこの試験のリーダーを明言しておくことだ。

 それはお前がしたほうがいい』

 

 あまりオレが出しゃばるのは良くない。

 クラスのみんなにリーダーを明言する役割は堀北に任せるべきだ。ちょっとしたことだがそうすることでこのクラスのリーダーは堀北なのだと意識づけられる。

 

「みんな、今回の試験について話があるわ」

 

 マイクがなくともそれほど騒がしくないため堀北の声はバス内の全員に十分届く。目立つように席を立った堀北は堂々とした様子で発言する。

 

「今回の試験は男女別々で行うもの。

 互いに手を貸せない状況になる以上、それぞれでリーダーを明確にすべきだと思うの。

 女子のリーダーは私が引き受けるわ。

 男子のリーダーは綾小路くん、引き受けてくれるかしら?」

 

 正直な内心を告白すると面倒だからあまりやりたくないが、残念ながらいまのオレはここで断れる立場にはない。渋々といった感じは出さずに「わかった」と即座に堀北に返答する。オレの返答に満足した堀北は話を終えて座り直す。

 

 ひとまずこの試験における男女のリーダーが誰かは全員で認識を共有できただろう。だがオレが手を出しにくい状況である上Dクラスの女子には櫛田がいる。堀北だけでは心許ない。

 携帯にメッセージを打ち込み佐藤に送信する。内容は堀北をできるだけサポートしてほしいというものでいくつか具体的な指示も交えている。佐藤はオレに好意的な感情と罪悪感を抱えているからオレからの頼みは断れない。リーダーといえどもあいつの性格は相談するには難しいから佐藤には緩衝材になってもらう。

 

 続いて宛先を変えてメールを打ち込もうとすると携帯が振動して着信を知らせる。

 佐藤からの返信、あるいは堀北からのメッセージかと思ったがどうやら佐倉からだったらしい。オレ以外に信頼する相手がいないため男女別の試験ときいて不安になったのだろう。この試験に対してどのようにすればいいのかオレに尋ねる内容だった。

 佐倉はこれからを考えると残って貰う方が都合がいい。退学されても困ることはないが佐倉の立場で身を守る術を教えておくことにする。

 

 佐倉へメッセージを送信してから作り損ねたメールの作成に取り掛かる。

 完成したメールを松下に送る。さりげない堀北への手助けや櫛田の監視など頼む内容と退学しないための術や具体的な指示も含んでいるメールだ。

 松下は即座にオレからのメールを確認したようで空のメールを送り返してきた。オレからの指示に了解した合図だ。

 

 後は堀北に佐藤と佐倉は自由に使ってもらって構わないとも伝えておくか。

 

 堀北、松下、佐倉。

 保護対象はこの3人でいいだろう。

 

 

 ***************

 

 

 目的地につくとすぐに携帯を回収され整列が始まり、そのまま男女分かれてそれぞれの校舎に向かった。

 そしていまは全学年の男子生徒が体育館の中に集められている。

 

「バスの中の事前説明で各自、試験の内容は理解できていると判断させてもらう。よってこの場で改めて説明をすることはない。

 ではこれより、小グループをつくるための場、時間を設けさせてもらう。

 各学年は話し合いのもと6つの小グループをつくるように。

 また、大グループを作成する場は本日の午後8時から設けてある。

 大小問わずグループ決めに関して学校側は一切関知しない。仲裁役として入ることも一切しない」

 

 他学年の教師と思われる男性の指示をきっかけに学年別に距離をとって体育館内でのグループ決めが始まる。

 オレは何気なく上級生たちを観察してみるも残念ながら距離が離れていて細かい動きはわからない。

 その時だった。1年生の中で早速動きが出る。

 

「僕たちAクラスはこのメンバーで1つのグループを構成するつもりです。

 現在のグループの人数は13人、あと1名の参加で必要な人数が揃います。

 それでは参加してくださる方を募集します」

 

 的場と名乗るAクラスの生徒の発言通りAクラスは14人からなる1つのグループを形成していた。グループの中には葛城もいたがいまやその立場はリーダーだった頃の面影もない。

 

「ちなみにAクラスで残った7人はあなた方のどのグループに、どんな配置でも喜んで参加する方針です。

 5分差し上げるのでその間に決めてください」

「時間設定か。

 グループ決めは始まったばかりだ。Aクラスだけの意見で一方的に決めていい話ではない。5分しか猶予を与えないのは論外だと思うが?」

「勘違いなさらないでください。

 僕たちが言いたいのは5分間だけしか交渉しないというわけではないんです。

 あくまでも5分間に限り特別枠を設けるということです」

「特別枠?」

 

 続いて的場が特別枠の説明をしようと──―

 

「クククク」

 

 それを遮る笑い声が響いた。この場面、この状況を面白がるような奴など限られる。そしてその候補としてまず第一に皆が連想する人物が案の定その正体だった。

 

「何かおかしいですか。龍園くん」

 

 視線は嘲るような笑い声をあげている当人、龍園へと集まる。

 的場を無視して龍園はさも面白げに沈黙を保つ葛城へとよる。

 

「惨めだな葛城。

 前はそれなりに俺とやりあえてたのに今じゃそのザマか。

 大方特別枠ってのはグループが最下位になっても道連れにしないとかそんなところか? 退学するのも責任者を押し付けられたお前だけってわけだ」

 

 的場の説明を強奪して魅せつけるように龍園は語る。葛城は無言、無表情を貫き真偽を悟らせないように努める一方で、的場や他のAクラスの生徒の反応をみるにどうやら正解らしいと察することができた。それを龍園は「図星のようだな」とわざとらしく嘲る。

 無理を押し通そうとする代わりとして、グループに迎え入れた他クラス生徒1名はこの試験のリスクを免除する。Aクラスは基本優秀な生徒が多い。ほとんどがAクラスの生徒で構成されるあのグループは上位を取れる可能性は十分高いものと考えていいだろう。上位を取れた場合はプライベートポイントの恩恵があり、最下位になったとしても退学の心配はない。特別枠は一考するに足る魅力のある提案だいえる。

 

「その通りです。何か問題でも?」

「いいや。何も問題はねぇさ。

 ただ、失敗したとはいえ必死にクラスを率いてきた男がこの扱いだ。

 努力しようが結果を出せない足手まといは吊るし上げるのがAクラスのやり方らしい。

 そんな奴らが足を引っ張っても道連れにしないなんてよく言う。

 そう思っただけだ」

「信用するもしないも自由ですが、僕たちは絶対に折れませんよ」

「クククク」

 

 龍園は本心からAクラスを信用できない、葛城が報われないと言っているわけではないだろう。

 単にからかうことが目的か、はたまたAクラスに対する不信の種を蒔く悪戯か。おそらくはその両方であり、さらに別の狙いのための布石も兼ねている。

 

 オレはこれから起こる面倒ごとを想起して内心で溜息を吐かずにはいられなかった。

 

 

 ***************

 

 

 ようやく迎えた初日の食事時間。

 私──堀北鈴音はなんとか綾小路くんを探し出して彼から男子で起こった出来事をきいていた。

 

「あなた、龍園くんと仲がいいのね」

「そんなことはない」

 

 一体何が起こってそうなったのやら。

 綾小路くんは龍園くんが責任者を務める小グループの一員になったと聞かされた時は驚いた。

 無人島の時も2人で共謀していたし馬が合うのかしら? 

 

 正直リスクが高い判断にも思えるけれど、彼ならきっと考えがあってのことなのだろうと信じられる。

 

「そういえば、お前の兄と現生徒会長がこの試験で勝負するらしい」

「そ、そう……」

 

 彼から突然兄さんの話題を振られてわずかに動揺してしまう。

 男子は全学年で小グループを決める話し合いが早く済んで、最初の話し合いだけで大グループまで決めることができたらしい。そのときに兄さんは現生徒会長の南雲先輩からグループの平均点を比べる勝負を持ち掛けられて、それに応じることにしたそうだ。

 

「あなた、兄さんの味方じゃないのね」

 

 不満があるとすれば目の前の彼が兄さんと敵対している南雲先輩と同じグループに所属している事かしら。「そんなつもりはない」と言っているけれど、彼の存在が南雲先輩のグループの平均点を上げる以上は不満を言いたくなるのも仕方がない。グループの決め方を聞く限りどうしようもなかったのかもしれないけれど、彼も私と兄さんの関係を少しは知っているのだから小言を言うくらいは許されるはずだ。

 

「女子の方はどんな様子だ?」

 

 私は彼に女子の方で何があったのかを把握している限りすべて話す。

 既に大グループまで決まっている男子と違って、女子は話し合いで大きく揉めてグループが決まるのにそれなりの時間を要した。だからまだ小グループしか決まっていない。

 

「女子の方でも男子と同様にAクラスは坂柳さんを中心に一つのグループにまとまっていたわ。特別枠も同じように用意されていた。けれどそっちと違ってAクラスは9人で固まって3クラス構成で小グループを作っていたわ」

「そうか」

「その時に神室さんがBクラスの一之瀬さんを名指しで信用できないと拒否していたのは気になったわ。指示したのは坂柳さんでしょうし、何か狙いがあるのかしら」

「そうかもな。

 それよりも────」

 

 そこで綾小路くんは言葉を切って私の目を真っ直ぐ見つめてくる。彼から見つめられた私はわずかに緊張してしまう。

 

「櫛田と同じグループで大丈夫なのか?」

「ええ……」

 

 彼から心配されていることに嬉しさと悔しさを感じてしまう。

 綾小路くんからすれば、私が櫛田さんと同じグループだなんて6月までの虐めの件やいまだ彼女が私を標的としていることを思い出して心配するのも無理はない。それを案じてくれるのは嬉しいし、彼が私を心配してくれているという事実に安堵と胸の高鳴りを覚えてしまっているのは否定できない感情だ。だけどその一方で私はまだ自分が彼から心の底から信頼してもらえる存在になり切れていないことが悔しかった。

 

「安心して。絶対退学になったりはしないわ。

 櫛田さんを野放しにはしておけないもの。

 私の判断を信用して」

「そこまで言うならわかった。お前を信じることにする」

 

 彼から信じていると言葉をかけられて、私は改めてこの試験を乗り切って見せると決意する。彼からの信頼を裏切らないためにも全力で役割を全うしてみせる。

 

 

 ***************

 

 

 土曜日の夕食。

 オレはこの日、少し行動を変えてみることにした。これまでの2回の食事は堀北や佐倉と一緒に過ごしたが今日は2人に見つからないようにこの時間を過ごしている。理由はとある生徒に内密に事情を伺い指示を送りたかったからだ。

 タイミングを見計らって目的の生徒────松下千秋の後ろの席に腰を下ろす。

 

 松下との関係は前期期末試験の勉強会から始まっている。松下は平田によってオレが勉強を教えることになったメンバーの中にいた。その時に彼女が普段は実力を隠していることに気付いたオレは、そのまま実力を隠し続けてもらったまま裏で協力関係を結んだ。彼女には主に櫛田の懐にもぐりこんで監視する役割を担ってもらっている。佐倉を櫛田に対する牽制も兼ねた見せ駒だとすると、松下が櫛田の諜報に関しては本命だ。

 

 松下は毎日同じような場所で食事をしていた。その上日頃彼女と仲がいい佐藤ともこの試験中は距離を置いている様子だ。直接指示したわけでもないのにオレが接触しやすい環境を用意してくれているようだな。

 あとはオレの存在を気づかせるだけだ、とその方法に悩んでいると────。

 

「ん」

 

 松下から短く挨拶? をかけられる。

 彼女がオレの存在を認識してくれたのなら後は待つだけだ。松下は上手く一緒に食事をしていた友人を誘導して先に部屋に返す。

 

「久しぶり。私に何してほしいの?」

 

 オレは手短に要件を伝えることにする。

 

「何人か監視してほしい相手がいる」

 

 主要になりそうな人物をピックアップして松下に伝える。

 

「それと一応、櫛田への監視も続けてくれ」

「了解。でも堀北さんは櫛田さんと同じグループなのに私にも頼むんだね」

「まぁな。あいつだけに任せるのは正直頼りない」

 

 

 ***************

 

 

 ***************

 

 

 ***************

 

 

 林間学校最終日。

 一日がかりの長い試験を終えて、いよいよこれから男女合わせて特別試験の結果が発表される。

 堀北鈴音()を含む女子生徒たちは男子が既に揃っている体育館に集められる。

 

「林間学校での8日間、生徒の皆さんお疲れ様でした。

 試験内容は違えども、数年に一度開催される特別試験。

 前回行われた特別試験よりも全体的に評価の高い年となりました。ひとえに皆さんのチームワークがよかったことが要因でしょう」

 

 この林間学校を取り仕切っているとみえる初老の男性が終始笑顔でそう労う。

 

「それでは、これより男子グループの総合1位を発表します。

 ここでは3年生の責任者の名前のみ読み上げます。そのグループに所属する生徒には、後日報酬としてポイントが配布されることになります」

 

 そう説明した後、初老の男性はゆっくりと名前を読み上げていく。

 

「3年Cクラス──―二宮倉之助くんが責任者を務めるグループが1位です」

 

 直後に3年生の一部から歓喜の声が上がった。どのグループのことかわからないけれどどんなグループかは容易に想像がつく。案の定すぐに兄さんのグループのことだと伝わってきた。

 

 これで兄さんと南雲先輩の対決は兄さんの勝ちね。

 

 当然だと誇らしく思う気持ちとほんの僅かな安堵を覚えて私はこっそりと一息つく。

 続いて2位から最下位までのグループが発表されていく。2位は南雲先輩が所属するグループだったらしい。そこには綾小路くんも所属していたわけだから少し気になって彼の様子を見てみると、彼はじっと誰かを見つめているようだった。気になって視線を辿ってみるとその先には────。

 

「1位獲得おめでとうございます、堀北先輩。さすがですね」

 

 兄さんに対して声を張って祝福を述べる南雲先輩。それは自分から兄さんに勝負を挑むも、負けたとわかったばかりの姿には見えなかった。

 そんな南雲先輩に対して兄さんの側にいる先輩らしき人が「お前の負けだな南雲」と得意げに言っているけれど、兄さんは黙ったままでいる。

 

「そうですかね。まだ結果発表は始まったばかりじゃないですか」

「抜かせ。勝負はついた」

「確かに『男子』はつきましたね」

「男子は? 女子は関係ないルールだろ」

「ええ。関係ありませんよ。俺と堀北先輩との勝負には一切ね」

 

 男子の成績発表は全て終わって、これから女子の発表が始まる。

 

「それでは次に……女子グループの発表をしたいと思います。

 1位のグループは3年Cクラスの綾瀬夏さんが所属するグループです」

 

 私が所属しているグループが1位を取れたけれど、いまはそれを喜ぶ以上に不安が膨れていく。もしかして──―そうして思い浮かんだ可能性が起きないことを願いながら2位、3位と3年生の責任者の名前が呼ばれていくのを聞き届ける。

 そして遂に────

 

「最下位は猪狩桃子さんのグループです。

 ですが、平均点のボーダーは上回っています。

 男女すべてのグループが、学校側が用意したボーダーラインをすべて超えて退学者は0という、これ以上ない素晴らしい締めくくりとなりました。

 皆さん本当にお疲れ様でした」

 

 初老の男性はそうして最後を締めくくった。

 心配していた可能性が杞憂に終わって今度こそほっと一息つく。

 

「まさか、ここまで読まれていたとは思いませんでしたよ。本当に流石です。堀北先輩」

 

 南雲先輩は心の底から驚きと関心と尊敬を込めたような表情で兄さんをそう讃えていた。

 

「お前の考えを全て読み切れる者がいたということだ」

 

 私はその言葉にどこか違和感を覚える。

 南雲先輩は気づいていないようだけれど、そう──まるで自分じゃないみたいな、そんな言い回しのような気がした。

 すると兄さんはほんの一瞬だけ、瞬きする間もないような瞬間だけ視線をどこかに向けた。南雲先輩は気づいていない。私が気づけたのは偶々だ。

 

 まさかと思って私は視線が向けられたと思われた先を目でたどる。

 そして、その先には────

 

 

 ────あなたが、助けてくれたのね

 

 

 彼に対する信頼が私にそう確信させる。

 体育館を去る綾小路清隆()の姿を見届けながら、私の鼓動はかつてないほど鳴り響いていた。

 

 

 ***************

 

 

「合宿、お疲れ様でした」

 

 合宿が終わって場所は再び高度育成学校へと戻る。

 

「目的は果たせましたか?」

「ああ。元生徒会長からは妹の面倒をみてくれていることとクラスメイトを救ってくれたお礼として想定よりも多くのポイントをもらうことができた。交渉するまでもなかったな」

「それは重畳ですね」

 

 オレは自室で坂柳と通話していた。

 合宿後、オレは堀北学から多額のポイントを受け取った。南雲雅が橘茜を狙っていることを教えて冬休みに交わした約束を果たしたからだ。堀北学は最初、勝負ごとに対する南雲雅を信用してオレの忠告を疑っていたが、オレはそれを説得することで橘茜の退学の回避を働きかけた。

 

「そろそろ私も本格的に動いてみようと思います」

「別にオレだけで移籍のポイント不足分を集めてもいいんだぞ」

「フフフ。お気遣いありがとうございます。

 ですが、私がそうしたいのです。あなたを早く私のクラスに迎え入れるために」

 

 坂柳は穏やかにオレにそう告げる。

 

「心配しないでください。布石は既に打っています」

 

 そして自分の思い描く未来に確信を持つようにそう言った。


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