空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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6:ミルクの代わりに…

 

 

 

「おぅおっちゃん!今日はなにすんだ?」

 

 朝からゴールドシップは元気だ。

 

 対して装蹄師の男は眠そうな顔で煙草を銜えている。

 

 寝起きは悪いほうではないのだが、昨日ゴールドシップが転がり込んできて、ふらりと訪れた沖野と目撃した偶発的なお色気シーンとその後の忠告もあり、あまりよく眠れなかったのだ。

 

「…おう。まずは朝飯食ってからだな…」

 

 そう呟くとゴールドシップが胸を張っていつもの作業机を指す。

 

「…あん…?」

 

 眠い目をこすってそちらを見ると、いつもの作業机の上が綺麗に片付けられてランチョンマットが敷かれ、そのうえには白米、味噌汁、納豆、焼き鮭と、日本人の朝食の見本のような食事が用意されていた。

 

「…作ってくれたのか…?」

 

「しばらく世話になるから、このくれーはな!」

 

 ゴールドシップは事も無げにそう述べると、

 

「じゃ、アタシはひとっ走りしてくるから、しっかり食べて目ぇ覚ましといてくれよな!」

 

 そう言い残し、自らはランニングに出かけていった。

 

「主導権、しっかり握られてんなぁ…」

 

 そう呟きながらも、装蹄師の男はありがたく朝食をいただくことにした。

 

「…うまいな…」

 

 こんな日々が続けば胃袋まで掴まれかねないな、とぼんやりと考えた。

 

 

 

 午前はゴールドシップには適当にトレーニングでもしてもらうことにして、装蹄師の男は普段の仕事をこなした。

 

 最近は特定のウマ娘に向けて蹄鉄を打つことは減っていて、どちらかというとメーカーで量産予定の蹄鉄の試作や評価、また水面下で進められている金属に変わる新素材での加工法の開発などが主な仕事になりつつある。

 

 もちろん腕が鈍らぬ程度にオリジナルを打つこともあるが、学園にいる時と違い対象となるウマ娘と接することがない今の環境では、そもそもの動機が薄く、目的も設定しづらい。

 

 勢い、装蹄師の男の技術は昔のように各個人に深く影響を与えるというよりは、広く薄く、ウマ娘たちの世界にじわりじわりと浸透するような活かされ方になりつつあった。

 

 

 

 

 

 昼食は適当に装蹄師の男が拵え、工房の外、関東平野が見渡せる場所でゴールドシップと並んで食べる。

 

 今日は天気も良好で風も心地よく、遠くまで見渡せる。外で食べるには絶好の気候と言えた。

 

 

「しっかし、お前も物好きだよなぁ…」

 

「あん?」

 

 ゴールドシップはおにぎりを頬張りながら、装蹄師の男の問いかけに不思議そうな顔をした。

 

「鳥ニンゲンカーニバルに出たいのはまぁ、お前らしいとしても、さ。こんな山奥のオッサンところに住み込んでまでやらなくても、どうにでもなるだろうに」

 

 遠くを眺めながら装蹄師の男は述べる。

 ゴールドシップは少し考えるような仕草を見せながらも、食べることを止めない。

 

 現役を退いたとはいえその頃と少しも変わらないプロポーションを維持している彼女は、少し食は細くなったとは言っていたが、装蹄師の男にはその変化は感じられなかった。

 

「…まぁ確かになー。でも鳥ニンゲンカーニバルの告知を見つけた時に、ビビッとゴルシちゃんインスピレーションが反応したんだよ。ここでおっちゃんとやったら楽しそうだな、って」

 

 食べ続けながら、視線は関東平野の遠くを眺めつつ、ゴールドシップは語る。

 

 その様子を装蹄師の男は食後の煙草に火をつけながら、ただ眺めた。

 

「そういや、どんな飛行機作るのかはもう考えてくれたのか?」

 

 ゴールドシップはふと、思い出したように問いかけてくる。

 

 そういえばまだスケッチも見せてなかったな、と思い、装蹄師の男はスマホを取り出しスケッチから起こしたイメージ図を見せる。

 

「おぉ!すっげーな!なんか見たことねぇ形してんな!これなら宇宙にも行けそうじゃね?」

 

 そこに映し出されていたのは、一般的な人力飛行機とはかけ離れた、いわゆるエンテ型と称される機体形状をしていた。

 

「あんまり一般的じゃねえけど…まぁ今回はこういうロマンあふれるタイプもありかと思って。データがない分、不利だけどな」

 

 装蹄師の男は煙草を吹かしながらそう語る。

 

 しかしゴールドシップはそれを見て俄然やる気を出したようだ。

 

「やっぱおっちゃんはアタシのファイティングスピリッツをすげー刺激してくれるぜ!しっかりトレーニング積んで優秀なエンジンになってやっからよ!期待してんぜ!」

 

 そう言うと、ゴールドシップはまたランニングに出かけていく。

 

 装蹄師の男はその様子を後ろから眺めながら食後の煙草をゆっくりと味わい、午後の仕事にとりかかった。

 

 

 

 

「えぇぇ…先輩、マジっすか…」

 

 日も暮れた頃、工房の片隅にある休憩用の畳敷きの小上がりでゴールドシップと晩飯を摂っていたときに現れたのは、この工房の出資者たる大学時代の後輩であった。

 

 装蹄師の男とは部活の先輩後輩という間柄で、単に私的な繋がりしかなかったが、その実家はある筋では名の知れた商社であり、彼自身も卒業後に家業の会社に入社、下積み期間を経て頭角を現した。

 

 装蹄師の男とは部活時代の事故を原因に、しばらく疎遠であったが、学園のお抱え装蹄師時代に交流が復活。

 その後に装蹄師の男が巻き込まれたゴタゴタに介入し、鮮やかな手並みで収めるとともにURAに自らの利権の楔を打ち込んで見せた。

 

 そして装蹄師の男がウマ娘の装蹄師として仕事を続けられるような仕組みも利権確保時にしっかりと仕組みを組み込んだことで、二人の関係はビジネスパートナーとしての性格も帯びるようになった。

 

「よっ!久しぶりじゃねーか。晩飯まだだったら食うか?」

 

 ゴールドシップはさも当然といった様子で後輩の男を迎え入れる。 

 

 後輩の男は見てはならないものを見てしまった表情で、ゴールドシップがあけた場所に座る。

 

 ゴールドシップは後輩の分の食事でも用意しようというのか、自らのプレハブの中に引っ込んだ。

 

 装蹄師の男は後輩の色々と疑わし気な視線を気にすることなく、目の前の晩飯に取り組んでいる。

 

 その様子をしげしげと眺めた後輩は、やおら口を開いた。

 

「…先輩、ゴールドシップさんを娶ることにしたんすか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、装蹄師の男は咀嚼していたものをあらぬところに吸い込んだかのようにむせた。

 

 むせながらも装蹄師の男は力強く後輩の頭をはたくと、茶を一口飲んで落ち着いた後、釈明をした。

 

「…ちげーよ。ゴールドシップが鳥ニンゲンカーニバルに出るっつーから頼まれて色々やってんだよ」

 

 そう言われても後輩の男はここでゴールドシップが若奥様同然に装蹄師の男と夕飯の卓を囲っている理由とは結び付かない気がした。

 

「…傍から見たらそうは見えませんよ。完全に町工場のオッサンと若奥様じゃねーすか」

 

 装蹄師の男はもう一度後輩の男をはたく。今度は先ほどよりもさらに力強く。

 

「…お前なぁ…滅多なこと口にするんじゃないよ。あいつはあいつなりに脚力戻そうとしてここで合宿してんの」

 

 そう言われて後輩の脳内では少し、事情がつながってきた。

 

 後輩ははたかれた後頭部をさすりながら、気を取り直して来意を告げた。

 

「…今日、俺が来たのも鳥ニンゲンカーニバルの件なんスよね」

 

 装蹄師の男は「ん?」という顔をして後輩の顔を見返す。

 

「いやぁ…どこの誰が焚きつけたかわかんねぇんすけど、ウマ娘部門つくって大会盛り上げるって話があちこちに出回ってるようで…伝手辿ってテレビ局に確認してみたら、どうやらマジらしくてっスね…」

 

 後輩は困った表情で訥々と事情を語っていく。

 

「んで、うちの傘下にはハウスエージェンシーにしてる広告代理店もあるんスけど、そこが企画立案して事務局やってくれないかって話が来てるんスよ」

 

 話を聞いているうちに飯を食べ終えた装蹄師の男が、食後の一服に煙草に火をつける。それを見て後輩の男も煙草を取り出した。

 

「いやーまさか先輩がもうゴールドシップさんに囲われてると思わなかったんで、技術的な面をフォローしてもらおうかと思ってたんスが…参加者となるとちょっとそうもいかないっスねぇ…どうしたもんだか」

 

 後輩は吸い込んだ煙を真っ直ぐに吹き上げると、先ほどはたかれた後頭部をぽりぽりと掻いた。

 

「なんだ、困ってんのか。お前らしくもない」

 

 装蹄師の男はぼんやりとした表情で呟く。

 

 その言葉で後輩はうーん、といった悩まし気な表情をつくった。   

 

「いやぁ…別にやりたくないってわけじゃねーんすけどね。先輩のおかげで結構儲かってんスようちの会社。蹄鉄関係もそうですけど、URA自体、結構ずさんな取引が多くて、結構あちこちからカモにされてるケースがあって、その辺を間に入って適正にしたりなんだりが多くて」

 

 装蹄師の男が学園を追われるトラブルがあったあと、URAは大規模な背任事件の舞台となった。

 

 その事件の始末にも後輩の影がチラついていたことは装蹄師の男自身も知るところではあったが、どうやらその後も後輩は機に乗じて戦果を拡張し続けていたらしい。

 

「おかげで人員の拡張が追い付いてなくてですね。うまく仕切れる社内リソースが足りてないんすよ」

 

 どうやら銭金の問題ではなく、人員の問題らしい。それならどうとでもなりそうなものだが、と装蹄師の男は思った。

 

「それが問題なら、お前んところが主契約取って人足は下請けに出せばいいじゃねえか。なんでも一人でやろうとしなくても、いくらでもあんだろーよ、そういうことに長けた連中は。電報通信社でも博読堂でも東横エージェンシーでも」

 

 装蹄師の男は思ったことを口に出す。

 

「あぁ…そういう手もありますね。別段これで儲ける気はないっスから」

 

 後輩は何か閃いた、という顔をしたところで、ゴールドシップがお盆に装蹄師の男が食べていたものと同じ晩飯セットを乗せてきて、差し出す。

 

「お、難しい話は終わったか?まぁ飯でも食って元気出せよー」

 

 後輩の男はありがたそうに手を合わせると、飯を掻きこみだす。

 

「まぁゴールドシップも楽しみにしてんだ。なんとかしてやってくれや」

 

 装蹄師の男は柔らかい笑みを浮かべながら後輩にそう告げると、掻きこんだ飯を飲みこんで後輩は親指を立てた。

 

「わかったっス。まぁ、これまでの御恩返しってトコっスね。何とかやってみるっスよ」

 

 なんとも頼もし気に後輩は応じ、ゴールドシップ謹製の晩飯を食べ続ける。

 

「食べても元気が出ないなら、コーヒー淹れてあげる。ミルクのかわりにラー油、入れといてあ・げ・る・ね♪」

 

 後輩の耳元で不意にゴールドシップが囁き、後輩は盛大に口内の飯を吹き出した。

      

 

 

 

 

 





装蹄師のおっちゃんと後輩氏とのあれやこれやは、 
原典「学園お抱え装蹄師の日常」後輩氏初登場回
 https://syosetu.org/novel/260592/60.html
からどうぞ(だらだらと長いので要注意)
      
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