シンプルな話にしてしまえば、なんとなく上手くいくかも知れない。
限度はあるけど、でも。
争うよりは、良いのかも。
余計なことを言ったもんだ、とは思う。
勢い任せで結局焚き付けてしまったんだから、笑うにも笑えない。
でもまあ、こうして大喜と一緒にいられるのは悪い気してない。
……隣に千夏先輩がいなければ、もっと良いんだけどさ。
こうじゃない筈だ、こういう感じにはならない筈なんだ。
どう考えても、この状況はおかしい。
おかしいけど、……どうしたもんだろう。
千夏先輩はズルい、と思ってしまった。
私より大喜に好かれて、私より大喜に近くて、思わせ振りな事ばかりして。
だからそう、言ってしまったのだ。
千夏先輩を、土俵に引きずりあげる為に。このままでは勝負にもなれず、私が一方的に負けるだけだ。せめてスタートラインに立って、同じルールで戦わないと。
「いい加減にしてください! 千夏先輩だって大喜を――好きなんですよね!?」
私は大喜が好きで、でも大喜は千夏先輩しか見ていない。この人はそれを知った上で私たちを弄んでいるんじゃないか、とさえ思えてくる。そしてその根底にあるのは、大喜への感情なんだろう。そうでなければ、納得のしようがない。
でも、もし。もしも大喜をなんとも思ってなくて、単に後輩をからかって遊んでいるだけなら。そんなビッチ相手に、加減も遠慮もいるものか。全力で叩き潰してやる。
そう覚悟を決めた、それなのに。
千夏先輩は小首を傾げたまま、フリーズしてしまった。
沈黙だけが流れること数分。先に声を上げたのは私の方。
「えー……あの、千夏先輩?」
「……うー…………そっか」
聞こえたのかどうなのか分からないけれど、千夏先輩は処理落ちしたブラウザのようにカクカクとぎこちなく頷いてる。
「そっかー……。大喜くんと蝶野さんが仲良いとモヤモヤするし、近くにいないと落ち着かないけど……。そっか、大喜くんが好きだからかー……」
自問自答する千夏先輩の口からは、不穏当なセンテンスしか飛び出してこない。
これは、まさか。まさかこの人、壮絶なレベルのバカなんだろうか。
「うん、確かにそうだね。大喜くん可愛いし、あと可愛くて可愛いもん。好きになっちゃうよね、うん。私大喜くん好きなんだ、知らなかった!」
目をキラキラさせる千夏先輩の前で、私は膝から崩れそう。なんだこれ、小学生か。いやむしろ幼稚園児か。
自覚がなかった、はまだ分かる。私だってそうだったし。
ただ、これは一体なんなんだ。迷いもしないで受け入れておおはしゃぎ、いっそ可愛いくらいだ。
理解も納得もしたくないけど、これだけは分かる。私は恐ろしく余計なことをした、押してはいけないボタンを押してしまった。
あまりの事にフリーズしかける私の前で、千夏先輩は更に予想外の行動を取り始める。
スマホを取りだし、慣れた手付きでタップしてそして。
「あ、大喜くん。私って、大喜くんが好きなんだよ! 蝶野さんが教えてくれたの!」
……………………とんでもない事を、やらかした。
いや、いやいや。いやいやいやいや。なんだそれ。なんだその乳幼児みたいな言い分は。
私が大喜に告白するまで、どれだけ悩んだと思っているんだこの人は。
罪のない顔でヘラヘラ笑っている千夏先輩の前で、私は今度こそ崩れ落ちてしまった。
大喜の部屋で、顔を突き合わせている私たち。
混乱しすぎて真っ青の大喜、同じく項垂れる私。そして一人で幸せそうな千夏先輩。
色んな意味で、なんだこれ。
私は大喜が好きで、大喜は先輩が好き。そして先輩は、大喜が――好き。まあ普通なら、修羅場案件になる話だろう。それも下手したら先輩が私の腹かっさばいて、「中に誰もいませんよ」とかなるタイプの。先輩が17歳児じゃなかったら、本当にヤバそうだ。
ただ、曖昧にして良い展開でもない。「特別な誰か」には、一人しかなれないのだから。
「で、さ。大喜。……どうするのよ」
ここでパスすると言うのも我ながら酷い話だとは思うけど、私だけじゃどうにも出来ない。
このバカにも知恵を出して貰わないと。て言うかそもそもコイツが煮え切らないのが悪いんだから。
「……いや……俺は最初から先輩が好きなんだけど……。でもさぁ……」
まあそうやって伏し目がちにもなるわな、片想い相手が大きい赤ちゃんみたいなもんだって知ったわけだから。
そしてその本人は、大喜の背中にもたれ掛かって甘えている。猫だったら爆音で喉を鳴らしているところだろうな、多分。
分かっているのか、いないのか。この人は本当に、読めやしない。
「私は、大喜が好き。千夏先輩がどう思っていようと、大喜の気持ちがどうであろうと」
それだけは、絶対に曲がらない。曲げられない。
でもその先が、口に出来ない。大喜を諦めてくれと先輩に言うことも、私だけを好きになって欲しいと大喜に言うことも、出来ない。子供みたいに無邪気でいる先輩が、いっそ羨ましい。
最初はそれこそ、形にさえならなかった。でも友達として一緒に過ごしている中で、少しずつ私は知ってしまったのだ。誰かを好きになる、ということを。
もう気付かないふりは出来ない。私はもう、後戻りなんか出来ない。
「――うん、それで良いと思うよ」
大喜の背中から離れた千夏先輩は、私の前に座り直しそして。さっきまでの子供顔が演技だったかのように、静かにそう呟いた。
「私も大喜くんが好きだし、変わる気は無いよ。だけど喧嘩する気も無いんだよ、蝶野さんだって私の友達だからね」
まるで子供のような、都合の良い話が紡がれていく。
それは、理想ではある。好き好んで千夏先輩と対立なんかしたくない、でも。でも……。
「大喜くんも私を好きらしいだけど、だからって蝶野さんを嫌いになったりはしないでしょ? だからずっと三人、
う、と言葉に詰まってしまう。
確かに私のスキと先輩のスキ、そして大喜のスキは別物だ。心はそれぞれ本人だけのモノだから。
そう考えれば、先輩の言い分にも筋は通って見えなくはない。
私たちはまだまだ、20年も生きてない子供。付き合うも付き合わないも、なにもかも手探りで少しずつ知っていけば良い。別にこれからすぐ結婚しようとかそんなんじゃないんだから、誰か一人に決めないといけないなんて誰も言いやしない。そんなのは大人になってから、ゆっくり考えれば良い。
ああ、本当に子供の理屈だな。こんなのがまかり通るわけがない。
でも無理を通して道理を蹴っ飛ばすのは、子供の特権だろう。
私より一応歳上な筈の千夏先輩がこう言うんだ、乗ってみるのも手ではないか。
――万事が万事間違っている、と言われればそれまでだけどさ。
そして私たちは結局、子供のワガママを突き通す事になった。
私と先輩は大喜が好きで、お互いの事も好き。大喜は私たちが好き。そんな私たちの「仲良し」は、終わること無く続いている。今では新しい家族も増えて、毎日が幸せで仕方がない。
……ちょっとだけ大喜の負担が大きいからか、ちょいちょい窶れた顔をさせてしまうけど。まあ千夏先輩が主に搾り取るからなんだけどね、私そこまで激しくないもん。……うん、私ノーマルだもん。
でもたまに、考えることがある。もしあそこで千夏先輩と戦う道を選んでいたなら、こんな穏やかな生活は送れていないんだろう。大喜を独占する事は出来ても、ギスギスしまくってたかもしれない。
千夏先輩がポンコツで良かったな、なんて思っちゃいけないんだろうけどね。
まあ、良いか。私はとても、幸せだから。
『遊郭部へようこそ!』のハルナさんみたいになりましたね、ポンコツ先輩。