ふと、目が覚めた。目を開けたつもりなのに、まるで街灯も月明かりもない夜道にいるかのように、何も見えない。目を覆うように何かを被っていることがわかった。紐が耳元を通って後頭部まで回っている、アイマスクだろうか。僕は寝るときにアイマスクなんてつけない。まして僕はさっきまで家に帰る道を歩いていたはずだ、アイマスクをつけるはずがない。
なぜ何も聞こえないのだろう。耳を覆うように何かが付けられていることがわかった。ヘッドフォンだろうか、普段通学中や家で曲を聴くとき、通話をする時はイヤホンを使っているから慣れない感触が耳元にあることに、恐怖を感じる。家に帰る途中だったからイヤホンをしていたはずなのに。
なぜ口が開かないのだろう。喋ろうとしても、呼吸をしようとしても、何かが口を開くのを邪魔している。この感触はガムテープだろうか、肌に張り付きネバネバしたような感触が気持ち悪い。クラスの男子達がふざけて鼻と口を覆うようにガムテープを貼っていた時のことを思い出す。確かあの時は息ができなくて死ぬかと思ったと笑いあってたような気がする。今は塞がれているのが口だけだから、息ができていて少し安心する。
なぜ手足が縛られているのだろう。手は背中に回っていて、肘から先を自由に動かせないように、ガムテープのようなもので固められているのがわかる。足は膝を折られて、足首から太腿にかけて、手と同じように固められている。動くことはおろか1mmたりとも動かせないような厳重な固め方。いつも自由に動く手足が思い通りに動かせないことに少しの苛立ちと、とてつもない恐怖を感じる。
なぜ僕は横になっているのだろう。目は何も映さず、耳は何も捉えない。口は開くことができず、手足は自由に動かせない。かなり狭いところにいるのだろうか、なんとかヘッドフォンを外そうと体を転がそうとしても、壁のようなものがあって身じろぎひとつできない。微睡んでいた脳が起きて、状況を理解しようと回転し始めると、少しだけ周りのことがわかった。ここは僕が足を伸ばした状態じゃ入らず、膝を曲げて小さくなることでやっと入れるような場所で転がることもできないような狭い場所。そして時々左右に揺られたり、上下に跳ねたりしている。ひとつだけ似たような場所に心当たりがあった、『車のトランク』だ。
そうすると僕は誘拐されたのだろうか、視覚や聴覚を奪いここまで厳重に縛るということは、犯人はよほど入念に準備したのだろう。だからこそ、安堵する。攫われたのが親に先立たれ、親戚にも捨て学校でも日陰者な僕でよかったと。親に恵まれ友達に恵まれ、クラスの人気者で、顔つきが僕にそっくりな彼女が攫われなくてよかったと。
目が覚めてからどれくらい経っただろう、何も見えない暗闇の中では時間感覚さえしっかりと掴めない。10分か20分かはたまた1時間か全く見当がつかない。しかし確実なことがひとつだけあった、今まで断続的に続いていた小さな揺れが完全に止まった。そして、カチャッと扉の開く音がかすかに聞こえると共に持ち上げられ、そのまま担がれたのか運ばれていく。
しばらく担がれ運ばれたあと、少しの浮遊感を感じ投げられたと理解したと同時に、スプリングのおかげで軽くバウンドして怪我なく柔らかな地面に倒れる。そして視覚を塞いでいたアイマスクが外された。
目を開けて久しぶりに外の光が目に入り眩しくて思わず目を細める。視界に入った数人の男達を目にした瞬間、張り詰めた緊張の糸が途切れたのか意識が落ちていく。意識が落ちるその間際、おそらく僕を運んでいたのだろう、一番近くにいた男が何か喋っているのが聞こえた気がした。
次に目を覚ますと、男達が話し合っているのが見えた。しかしその様子は焦っているようにも見える。おそらく彼女の家に脅迫電話をかけ、そして相手の対応から気づいてしまったのだろう。本来攫うべき彼女ではなく、彼女とは違い攫ってなんの利点もない僕を攫ってしまったということに。身代金を得ることもなく警察に捕まる危険性があれば焦るだろう。そして目が覚めた僕に気づいたのか、男達が近づいてくる。
ヘッドフォンがされているため何を言ってるかはわからないが、雰囲気的に僕のことを罵っているのだろうと察する。ただ、悪いのは僕じゃない攫う相手を間違えた間抜けな自分たちに文句を言うべきだと、心の中で言い返す。
一番先頭にいた男が僕にのしかかりその太い腕が僕の首に迫る。手足を縛られベッドで横たわる僕には抵抗の手段はなく、諦めて目を瞑る。男の手が僕の首を絞める。徐々に強くなっていくそれに抗うことはできず、少しづつ呼吸ができなくなって意識が薄くなっていく、その中で脳裏に浮かんだのは、どうしようもない僕に笑いかけてくれた彼女の笑顔と、そんな彼女を守れたという満足感だった。
そして意識は途絶えもう光を見ることはなかった