ヴァンガード・ゴシック   作:栗山飛鳥

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このお話の前日譚もございます。
まだお読みになっていない方は、こちらもご覧いただけますとより物語を楽しめます。
https://syosetu.org/novel/286594/21.html


第7羽「光と闇の翼」

「遅いわね……」

 欠伸を噛み殺しながら、雨宮(あまみや)ジュジュが心配そうに呟いた。

「連絡もないし、電話にも出ないよ」

 呼び出し音が鳴り続けるスマホを力無く下ろしながら、リュートも答えた。

 今日はカードファイト部で初詣に向かう約束をしていた。

 神社の境内前で待ち合わせをしていたのだが、約束の時間になっても……約束の時間を過ぎても、淵導(えんどう)フランは一向に姿を見せなかった。何か理由があって遅れるのであれば、生真面目なフランは必ず連絡をくれるだろう。ジュジュと違って朝に強いフランが寝坊することも考えにくい。

(まあ、そのジュジュが来てくれたのも意外だけど……)

 朝に弱く、ひねくれもので、興味の無いことに関してはとことん出不精な彼女が、初詣というありきたりなイベントに参加していることがまず珍しい。リュートが誘っても「めんどくさい」の一言で一蹴されて終わりだろう。友達甲斐の無い親友である。

 そんな彼女がこの場にいる理由は、初詣に誘ったのがフランであるからの一点であり、人の少ない早朝であればという条件付きではあれど、彼女のフランに対する溺愛ぶりがよくわかる。

 それほどまで可愛がっているフランが時間になっても姿を現さないのだ。滅多に余裕ぶった態度を崩さないジュジュだが、今は腕を組んだまま、その焦燥を示すかのように細い指がせわしなく動いていた。

 なお、彼女の服装は初詣だから晴れ着姿などというわけでは一切なく、いつも通りの黒いワンピースの上から、黒いコートを着込んでいる。

 まあ、服装についてはリュートも私服そのままなので、とやかくは言えないのだが。

「考えられる原因はふたつね。ひとつは何らかの事件に巻き込まれた」

 差し出した2本の指。そのうちのひとつを折り曲げながらジュジュ。

「ふたつめ。何らかの事件に巻き込まれにいった」

 後者はいかにもありえそうだ。

「警察や救急車のサイレンは、今のところ聞こえてこないわ。地方のニュースサイトも見てみたけど、今のところ速報は無し」

 少なくとも、小さな子どもを人質に立てこもる悪漢と大立ち回りを演じている……などという最悪の事態は無いということか。

 自分が電話している間に、彼女はもう次のフェーズに進んでいたらしい。友達甲斐は無いが、頼りになる相棒である。

「もちろん人知れず事件が起こっている可能性もあるけどね。とりあえず気を付けながら駅まで戻ってみましょう」

「うん。もしそこまで行って何も無ければ、フランの家まで行ってみよう」

「ええ。それじゃあ、行きましょう」

 こうして、リュートとジュジュはあたりを見回しながら、ゆっくりと来た道を戻り始めたのだった。

 

 

 幸いと言うべきか、痕跡はすぐに見つかった。

 位置にして言えば、あとひとつ角を曲がれば、境内前に立つリュートやフランの姿が見えた場所である。

「……あれは?」

 電柱の影に光るものを見つけ、リュートはそこへと早足に駆け寄った。

「これって……」

 それを拾い上げたリュートが絶句する。

「アレスティエルの、LSR(リリカルシークレットレア)ね」

 後ろからそれを覗き込んだジュジュが後を続ける。それはフランが最も愛用しているカードであった。まだフランのものであると決まったわけではないが、スリーブ越しにでも痛んでいることが分かるそのカードは、彼女の絶え間ない研鑽の証である。それをずっと見守ってきたリュートが見間違えるはずも無かった。

「フランが大切にしているカードを、こんな目立たない、けど意識して歩いていれば気付けるような場所にわざわざ置いたんだ」

「私達へのメッセージと見て、間違いは無さそうね。何かが起きているというのもあながち……」

 ジュジュが呟いたその瞬間――

 

 晴れ渡る朝空に鋭く稲光が奔り、遠く見える廃ビルに雷が落ちた。

 

 そこから一拍遅れるように、雷鳴が轟音となって耳朶を打つ。ふたりは反射的に両耳を塞いだ。

「……こんな晴れているのに、雷?」

 未だ空気の震えが余韻として残る中、ジュジュがゆっくりと両耳から手を離し、疑問の声をあげた。

「……ユージン?」

 一方のリュートはというと、文字通り晴天の霹靂に、どこか親しみのようなものを感じていた。

「間違いない。ユージンが教えてくれたんだ! あそこに行けって!」

 興奮したようにまくしたてながら、雷の落ちた廃ビルを指さす。

「……あんなところにビルなんてあったかしら?」

 一方のジュジュは、疑問を覚えながら首を傾げる。

 このあたりの建物は背が低く、ビルのような背の高い建物は否が応でも目立つ。今にも崩れそうな、不気味な廃ビルともなればなおさらだ(ジュジュの好きそうな物件でもある)。

 とは言え、遠くに見えるビルなど単なる背景でしか無いし、フランを探し始めてからは周囲や足元に意識が行っていた。気が付かなくて不自然すぎるというわけでもない。

「とにかく行ってみよう! 変なことを言っていると思われるかも知れないけど、あれはユージンなんだよ!」

「ええ、そこは疑ってないわ」

 リュートを落ち着かせるよう肩に手を置きながら、ジュジュが言った。

「……え? ああ、確かにこういうオカルト話はジュジュも好きそうか……」

「それだけじゃあないんだけど。相変わらず鈍感ねぇ」

「え?」

「何でもないわ。行きましょう」

 ジュジュは呆れたように肩をすくめると、さっさと歩きだしてしまい、リュートは慌ててその背を追った。

 

 

「ヒット」

 切り立った崖のギリギリに伏せ、射手と観測手をひとりでこなしながら、ユージンは弾が狙った場所へと落ちたことを見届けると、ふっと一息をついた。

「お見事な腕前です。さすがは“砂塵の銃砲”殿」

 簡易的な天幕の下、女魔術師が惜しみない称賛と拍手を送る。

「世辞はいい。そんなことよりも、いいのか? 想定よりも魔力の減衰が大きかった。目標に命中はしたものの、破壊には至らずだ。向こうじゃせいぜい大きめの落雷にしか見えなかっただろう」

「それでいいのです。向こうの世界で生まれた業は、向こうの者に解決させなければ。我々にできることは道を指し示す――!?」

 意味深な魔術師の言葉が不意に途切れた。ユージンの目の前で天幕が潰れ、彼女はその下敷きとなったのだ。

「おい――」

 反射的に彼女を助けようと足を踏み出しかけるが、本能がそれを止めた。

 天幕が潰れたのは、風が吹いたとか、地震起きたとか、自然現象的な要因ではない。これは超常的にして――人為的な要因だ。

 すぐ目の前の地面がぐしゃりとへこみ、大きなクレーターを生み出した。ユージンが一歩でも動いていたら、今頃跡形も無く潰されていただろう。

「さすがのカンだな。“砂塵の銃砲”」

 ユージンの二つ名を呼ぶ声が空から降ってきた。上空からゆっくりと降りてきたその男は、重力など無視するかのように天幕の破片、地面に突き立った細い棒の上にピタリと降り立った。

「あんたに恨みは無いが、これも依頼だ。その命、貰い受けるぜ」

 指を銃の形にして、ユージンを指し示す。

 その男の噂は帝国にも聞こえている。ダークステイツが誇る最強の異能者にして、最凶の傭兵。名をバロウマグネス。だがその名より、二つ名の方が有名であり、彼の異能を端的に示していると言えるだろう。

 ユージンは足元に置いていた愛銃を持ち上げると、男に向けて不敵に言い放つ。

「やってみるがいい。“重力の支配者”」

 雷鳴が唸り、重力が空間の歪みとなってそれを迎えうった。

 

 

 リュート達が廃ビルへと向かう途中、主に曲がり角や分かれ道で、フランのものと思われるカードをいくつも拾った。

 後から彼女を追うものが追いやすいように。彼女も彼女なりに戦っているのだ。

 廃ビルに到着すると、入口が黄色と黒とテープで塞がれていたが、ジュジュは躊躇なくその下をくぐって中に入っていく。

 そのあまりにも慣れた動きに、普段からこんなことをやっているのかとツッコミたくなったが、今はその時ではないと判断して、リュートも黙って後を追う。

 敷地内ではまた1枚のカードが見つかった。

「《虹映える翼 エリムエル》……白翼軸のフィニッシャー。どうやらここが終点で間違いないようね」

「いやさすがにそれは偶然じゃないかな!?」

 だとすれば、割と余裕のある攫われ方である。

 そんなやり取りを経て、廃ビルの中へと入っていく。

 もちろん電気は通っていなかったが、ガラスの割れた窓から朝日が差し込んでいるため、探索に支障は無さそうだった。

 とは言え薄暗いことに違いは無く、ネズミが潜んでいるのか、部屋の隅や壁穴から腐臭にも似た獣臭がするし、床に散乱した窓ガラスの破片が、歩くたびにじゃりじゃりと嫌な音をたてる。端的に言って不気味だった。これが夜ならリュートは完全に心が折れていただろう。何故か楽しそうなジュジュが羨ましい。

 そんな調子で1階、2階と探索を終え、3階へと到達した時、リュートは異変に気付いた。未だに慣れない腐臭に紛れて、心を落ち着かせるような甘ったるい香りがする。それもどこか懐かしい、よく嗅いだような香りだ。

「これは……」

 ジュジュも気付いていたようで、足を止め、すんすんと鼻をひくつかせる。

「間違いないわ。神依(かむい)の香ね」

「神依の香?」

 聞きなれない単語を、オウム返しに尋ねる。

「大昔、北国に住む部族が使っていたお香よ。生贄に選ばれた娘に酒を飲ませて眠らせた後、この香を嗅がすの。そうすると仮死状態になるから、後は神が住まうという山に収めて、めでたく神の依り代に。って代物ね。

 ま、現実には凍死体がひとつできあがるだけなのでしょうけど」

「詳しいんだね」

「部室で焚いているお香があるでしょ。あれと同じだもの」

「なんてものを焚いてるんだあんたは!!」

 もうおちおち部室で昼寝もできない。

「安心して。あれは香りだけ再現したレプリカよ。

 けど、私は本物の香りを嗅いだこともあるんだけど、ここの香りはそれと同じ気配がするわね。覚醒している人間に害は無いのだけれど、長く吸っていると、ふっと意識が持っていかれそうな感覚。懐かしいわ」

 本当にどんな生活を送っているんだ。この同年代の少女は。

「匂いはさらに上の階からしているようね。まずはこの香りを辿ってみましょう。念のため、あまり大きく息をしない方がいいわ。害が無いのは容量を守った場合の話で、ひとつ間違えればただの全身麻酔よ」

 そんな話をしながら、4階、5階と登っていき、最上階の6階まで到達した。香の香りも一段と強くなっている。

 6階の探索をはじめてすぐ、閉じられた扉の隙間から薄桃色の煙が漏れ出した一室を見つけ出した。

「どうやらここで香を焚いているようね。開けるわよ」

 小声になって、ジュジュがゆっくりと引き戸を開けていく。それでも錆びた鉄と鉄の擦れあう音がいやに大きく響いた。

 恐る恐るリュートが中を覗き込む。

 その奥には石造りの寝台があり、その上に振袖姿のフランが寝かされていた。

 

 ――生贄に選ばれた娘に酒を飲ませて眠らせた後、この香を嗅がすの。

 ――めでたく神の依り代に。

 ――現実には凍死体がひとつできあがるだけなのでしょうけど。

 

「フラン!!」

 ジュジュの言葉がフラッシュバックし、気付けばリュートは走り出していた。

「ストップ」

 静かだが、有無を言わさぬ迫力で、ジュジュがすかさずリュートを制止した。

 これが見ず知らずの人間に制止されただけならば、リュートは止まらなかっただろう。そのくらいに焦っていた。自分が最も信頼する人間の言葉だったからこそ、リュートはどうにか踏みとどまることができた。

 そして、すぐ傍にある柱の影から男が現れる。その男は、フランを守るようにしてリュートの前に立ち塞がった。ジュジュが止めてくれなければ、自分は有無を言わさずこの男に殴り倒されていただろうと確信できるほど、その男からは強烈な殺気が放たれている。

「……あなたは」

 ああ、そしてなんということだろうか。その男は、リュートのよく知る人物だった。

大神(おおがみ)、ロウ、さん」

 燕尾服は色褪せ、ひっつめにして束ねていた灰色の髪は、今や伸び放題。変わり果てた姿こそしているが、その薄汚れた褐色肌の男は、見間違いようもなく大神ロウだった。

「ひさしぶりだな、如月(きさらぎ)リュート」

 怜悧な瞳が、無感情にリュートを見下ろす。

「何故、ここがわかった? この廃ビルには認識阻害の封印がかかっていたはずだ。常人では気付かずに通りすぎるのが関の山だろうに」

 問いかけているというよりは、自問しているような口調だった。

 ロウが言っていることの意味はほとんど分からなかったが、その答えだけはリュートも知っている。

「ユージンが教えてくれたんだ。ここに行けって」

「……ユージン? ああ、先の奇妙な落雷がそれか。さすが、この場所では予想のつかないことばかり起こる」

 頭を片手で抱えながら、ロウがくっくっと笑う。

「あなたはこんなところで何をやっているんですか? ……いや、この際そんなことはどうでもいい。あなたの後ろにいる女の子! あの子は今すぐに解放しろ!」

「できん相談だな。……まあいい。何をやっているかだけは教えてやろう。そうすれば、お前もきっと協力したくなる」

「何を言って……」

「俺はな、如月リュート。カミラ様をこの世に蘇らそうとしている」

 リュートの知り合いの中でも、最も冗談とは縁遠い男が、真剣な表情で夢物語を語る。

 言ってやりたいことは山ほどあるのに、その言葉を聞いた瞬間、唇が震え、何も声を出せなくなった。

「順を追って説明してやろう。お前は惑星クレイを知っているか?」

「……ヴァンガードに登場する架空の惑星でしょう?」

「あれは実在するのだ」

 断言するロウを否定することはできなかった。ファイトをしていて、クレイの存在を感じたことは何度かある。今日の雷にしたってそうだ。

「そして、この地は惑星クレイに最も近い場所だ。ここでは理が地球ではなく惑星クレイに寄っている。お前も知っての通り、惑星クレイでは魂があり、幽霊が存在し、高位の術を用いれば死者をも蘇る。

 ここでなら死者の魂すら呼び戻すことが可能なのだ!!」

 ロウが高らかに叫ぶ。

「だが、この場所だけではまだ足りない。惑星クレイに声を届ける巫女と、蘇ったカミラ様に体を貸し与える依り代が必要なのだ。

 後者は誰でも構わないが、前者は誰でもなれるわけではない。特殊な能力者が必要だ。俺はそれを“覗く者(ゲイザー)”と呼んでいる」

「ゲイザー……」

「“覗く者”とは、イメージ力が強すぎるが故に、ファイトを通して惑星クレイで起こった出来事を垣間見る事のできる者だ。

 より強いイメージ力を持つ者は、惑星クレイでの戦いにすら影響を与えるらしいが……“覗く者”にはそこまでの運命力は無いようだな」

「フランがその“覗く者”だって言うのか……?」

「お前もそうだ、如月リュート。心当たりがあるのではないか?」

「っ!?」

 六角宝珠の女魔術師との模擬戦。

 海上での鉄錨の憤竜討伐。

 フェルティローザに弄ばれるユージン。

 覗き疑惑をかけられ、アレスティエルに追われるユージン。

 なんだか情けないイメージも多かったが、あれらすべてが惑星クレイで現実に起こっていたとでも言うのか。

 そしてフランも、ファイト中に自分と同じように意識がどこかへ飛んでいるようなことが確かにあった。

「図星のようだな」

「……僕も“覗く者”だと言うのなら、僕を利用すればいいじゃないか! フランは関係ない!」

「ふざけるな。お前の中にカミラ様を入れるなど、カミラ様の魂が穢れる」

「おい」

「それにその様子だと、やはりお前は協力してはくれないのだろう?」

「当たり前だ! フランの体を乗っ取り生き返ったって、あの人ぶものか! そしてそれはあなたが一番よくわかっているはずだ! カミラさんの意思を第一に考えてきたあなたなら!」

「そうだろうな。きっと私をお叱りになり、軽蔑されるだろう。だが、それでも構わない。カミラ様のお声には、それだけの価値がある!」

「あなたって人は……!!」

「貴様には何も言う資格は無いッ! 如月リュートッ! カミラ様の最後のお言葉を聞いた貴様にはッ……!! 貴様には、俺の気持ちなど分かるものかッ……!!」

 吐き捨てられ、その迫力にリュートは思わず怯んでしまった。

「……あなたは狂ってますよ」

 それだけを言い返すのが精一杯で。

「そうだろうな。ああ、きっとそうなのだろう」

 どうでもいいとばかりにロウは認めた。

「わかったのなら、黙ってそこで見ていろ。じっとしているなら、慈悲でカミラ様のお声だけは聞かせてやる。だが、これ以上近づけばお前を殺すぞ?」

 説得が通じないのであれば、今のリュートにロウを止める手だてはなかった。力尽くで止めようにも、ロウは怪物のように強いのである。

「間もなく儀式は完了する。カミラ様、復活の時だ!」

 大仰にロウがフランへと振り返る。

 そのふたりの間に、波打つ黒髪をした不気味な少女が立っていた。

「……誰だお前は。たしか1年前の深夜ショップ大会にいたな」

「雨宮ジュジュ。そこでへこたれてる男の子の大親友よ。……ひひっ」

 野暮ったい黒髪を優雅にかき上げながら名乗りをあげる。

「私ね。オカルトにとぉっても興味があって。今回の話も興味深く聞かせてもらったわ。自分でも色々と試したくなるくらいにね。

 例えばぁ……」

 廊下で拾っていたのだろうか、どこからか取り出したガラス片をフランの指先へと突き付ける。

「これで突っついたら、フランは目を覚ますかしら?」

「やめろ」

 どこか焦りの滲んだ、ロウの低い声。

「それを1ミリでも動かすより、俺がお前を殴り倒す方が早いぞ」

 それを受けてジュジュの動きもピタリと止まる。が、その口元は人を小馬鹿にするような、笑みの形に歪んでいる。

「試してみればいいじゃない? すでに女の子ひとり誘拐してるんだから。今さら紳士を気取る必要もないでしょう?」

 言いながら、ガラスの切っ先がまた少しフランに近づき、フランの指先までまさしくあと1ミリというところで動きを止める。

(なんでそんな挑発するんだよ!)

 とリュートは思わず叫びだしそうになったが、ロウは苛立たしげな表情を浮かべたまま動かない。

 自信家の彼にしては消極的な態度だった。

「……この状況で、そんな挑発ができるのは」

 やがて重々しく口を開く。

「よほどのペテン師か、この状況をひっくり返せる切り札があるか、単なる馬鹿かのいずれかだ」

 苦々しく並べられたその三択に、リュートもロウが動けない理由を悟った。

(そうか! 人ひとりを蘇らせるほどのことをしでかそうとしているんだ。恐らく、儀式とやらは人や場所の条件が整えばできるような簡単なものじゃない。時間や日にちも細かく関係してるんだろう。次は1年後か10年後……下手すれば僕達が生きている間には、もうその条件は満たせないものかも知れない)

 一生に一度のチャンスを賭けるには、勝率3分の2は倍率が低すぎる。

「どれだ……?」

 リュートが考えている間に、ロウはいつの間にかこちらを凝視していた。

 何を考えているのか分からないジュジュから表情を読み解くのを諦め、考えていることが顔に出やすいリュートからジュジュの考えを読み解こうとしたのだ。

 しかし、あいにくながらジュジュの考えなど自分にも分かるはずがない。

 彼女がブラフが得意なのは知っているし、だからと言って何の勝算も無く危険な行動に出るとも思えない。それでいて人生を賭けたギャンブルが大好きな大馬鹿野郎なのだ。

「……ちっ」

 リュートから何の情報も得られなかったらしく、ロウが忌々しげに舌打ちした。

「あらあら。膠着状態ね」

 ジュジュが体を揺らして笑うが、ガラス片を支える右腕だけは微動だにしていない。器用な少女である。

「そこで私に提案があるの」

 この状況を作り出した張本人が、救世主面をしてするりと心の隙間に入り込む。

「あなたもファイターなんでしょう? それなら正々堂々とファイトで決着をつけましょうよ」

「君と俺とでファイトをしろとでも言うのか……?」

「いいえ。残念ながら我が校のエースは私じゃなくて、あっちよ」

 ジュジュが視線をリュートへと向けた。

「リュートとあなたがファイトして、負けた側は潔くフランから手を引く。どう?」

「……なるほど」

 少し安心したような笑みを浮かべ、ロウがこちらへと振り向く。

「君とこうして睨み合うよりかは、そちらの方がよっぽど簡単そうだ」

「!?」

 ロウに睨まれながらも、リュートは思わずガッツポーズしてしまいそうになった。

 絶体絶命の状況から、ロウにファイトで勝てばフランを取り戻せるところまで漕ぎ着けた。

 だが、そのロウにファイトで勝つという条件こそ最も困難であることを知っているリュートは、すぐさま気を引き締め直す。

 ジュジュが命賭けで掴んでくれたチャンス。それを無駄にするわけにはいかなかった。

「ゆっくりとその場から離れてもらおう。俺の手札が見える位置に立つのも禁止だ。何か合図を送られてはたまらんからな」

 そのジュジュは、めちゃくちゃロウに警戒されていた。

「はいはい。神聖なファイトに水を差すつもりはないけどね」

 ジュジュも素直にフランの傍から離れる。今なら容易にフランを取り返せただろうが、ロウはそれをしなかった。なおもジュジュの罠を警戒したのかも知れないが、恐らくはジュジュのすべてがブラフであったと今の彼は気付いている。

 それでもなお実力行使に出ないのは、ジュジュの機転に敬意を払っているからだ。彼は能ある者には一定の敬意を払う。だからこそ、才能の塊であり、その才能を生かせないまま亡くなったカミラを惜しんでいる。蘇らせたいとまで願うほどに。

「あそこのテーブルでファイトだ。如月リュート」

 ここに滞在している間、作業机として使っていたのだろう。廃墟の中では比較的綺麗な机を指し、上に置かれていたノートやペン立てを乱暴に払いのける。

 それを挟んでロウと向かい合い、リュートは宣言する。

「さっき、あなたのことを狂っていると言いましたが、訂正します。あなたはやっぱり誇り高い人だ。

 ……だからこそ! あなたがカミラさんの意に反して過ちを起こそうとしているのは見過ごせない! ここであなたを止めてみせる!」

「御託はいい。一分一秒が惜しい。さっさと始めるぞ」

 やはり言葉は届かない。

(ならファイトで想いをぶつける。僕がファイターになってから、ずっとそうしてきたことだ)

 そして、今なお眠り続けるフランへと目を向ける。

 この位置からでは顔のちょうど左半分しか見えない。真っ白な肌は蝋燭の炎に照らされ、彫像のように冷たく輝き、既に死んでいるかのようだった。

(フラン……必ず助ける!!)

「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」

 決意と共にカードをめくる。

「《砂塵の双銃 バート》」

「《アンキャニィ・バーニング》」

 少年少女(リュートとフラン)の命運が、この一戦で決まろうとしていた。

 

 

「スタンド&ドロー。

《砂塵の銃撃 ナイジェル》にライド」

 先攻はリュート。粛々とG1にライドし、ターンエンドを宣言する。

「スタンド&ドロー。

《凶眼獣 アマナクロウグ》にライドだ。

 アマナクロウグのスキル発動し、山札の上から5枚見て……アマナグルジオがいなかったのでソウルチャージを2回。

 アマナクロウグでヴァンガードにアタック」

「《白光竜 パラソラース》でガード!」

「面倒だ。さっさと終わらせるぞ。ドライブチェック……」

 そう吐き捨てながら、ロウが無造作に山札からカードをめくる。

「ゲット。(オーバー)トリガー」

(!? しかもこれは……)

「《怨恨の冥竜神 ゴルマギエルド》」

 そのカードから黒い霧のようなものが立ち昇り、やがてそれは骸の竜となって憎悪に満ちた金切り声をあげると、再び黒い霧へと姿を変えてロウの全身に宿る。

「このカードをバインドし、1枚ドロー。パワー1億はヴァンガードに。そして俺は、このファイト中、ヴァンガードのパワー+10000、(クリティカル)+1の能力を得る」

「うっ……」

「諦める気になったか?」

 ロウが見下すように尋ねてくる。

「まだまだ!」

 気丈に言い返し、リュートは山札に手をかける。

「ダメージチェック!

 1枚目はトリガー無し!

 2枚目は(ドロー)トリガー! 1枚引いて、パワーはヴァンガードに!」

「俺はこれでターンエンドだ」

「僕のターン! スタンド&ドロー!

《砂塵の凶弾 ランドール》にライド! ナイジェルのスキルでソウルチャージ。

 ランドールでヴァンガードにアタック! ランドールのスキルも発動! ソウルチャージしてパワー+5000!」

「ノーガード」

「ドライブチェック……★トリガー! 効果はすべてランドールに!」

「ダメージチェック……引トリガー。1枚引いて、パワーはヴァンガードに。2枚目はトリガーではない。

 俺のターンだ。スタンド&ドロー。

《凶眼獣 アマナオウルズ》にライド。アマナオウルズの効果で治トリガーをソウルへ置き、1枚ドロー。

 縦一列に《ブレインウォッシュ・スワラー》2枚をコール」

(!? ゴルマギエルドに乗じて、一気に決めにきた……!!)

 ★トリガーを引かれれば、そのままゲームエンドすらありえる布陣だ。

「それぞれの効果でソウルチャージ。前列のスワラーはパワー+5000。後列のスワラーはパワー+10000だ」

 それでいて順調にソウルも溜まっている。

「バトルだ。

 アマナオウルズでヴァンガードにアタック」

「……ノーガード」

 既に生きた心地のしないまま宣言する。

「ドライブチェック……」

 息を呑んでロウがカードをめくるのを待つ。

「……引トリガー」

 ★トリガーではなかったのを確認して、リュートは大きく息を吐いた。

 だが、ダメージチェックでトリガーがめくれない。

「スワラーのブースト。スワラーでヴァンガードにアタック」

「ノーガード。ダメージチェック……引トリガー。1枚引いて、パワーはヴァンガードに」

 これで早くもリュートのダメージは5点。即死は免れたというだけで、状況は何一つ好転していない。

「ターンエンドだ。……もはや息も絶え絶えといったところだな」

 ロウの指摘通り、気付けばリュートは荒い息をついていた。

 まだ4ターン目を終えたところだと言うのに、ゲーム終盤……いや、10連続のぶっ通しでファイトしたかのような疲労感がリュートの両肩に圧し掛かっていた。

(これが本気になったロウさん……)

 単純に運がいいだけでなく、その天祐をしっかりと勝ちに繋げるプランが構築されている。たとえ引きが悪かったとしても、それもカバーできるように手札交換の段階から、ひいてはデッキ構築の段階から計算されているに違いない。

 思えば、かつてファイトした時のロウは、まだまだお遊びだったのだろう。

「スタンド&ドロー……」

 震える手でカードを引く。

 そして、ライドデッキに手を添えると、指先に小さくパリッと電流が奔ったような気がした。

(……そうだ! 弱気になるのはまだ早い! ユージンにとって、これはチャンスでもある)

「ライド! 《砂塵の重砲 ユージン》!!」

 手の中で脈打つ雷鳴の鼓動が、稲妻となってヴァンガードサークルに落ちる。

 リュートのイメージの中、最強の賞金稼ぎが確かに顕現した。

「オーランドのスキルで1枚引き、ドロップからカードを1枚ソウルへ置く!

 オーダーカード《襲獲祭》をプレイし、《堅城竜 ジブラブラキオ》と《堅鋭竜 ゲイツフォート》をコール!

 ユージンのスキルで2体をレストし、後列のスワラーを退却! ゲイツフォートはスタンド! 《襲獲祭》の効果で1枚ドロー!

 そして、ユニットを退却させたことで、ユージンもうひとつのスキルも発動できる! 山札の上から4枚見て、《砂塵の双弾 トラヴィス》、《砂塵の双撃 オーランド》、ゲイツフォートをスペリオルコール! 残り1枚はソウルへ!

 トラヴィスのスキルも発動! ソウルチャージして前列のスワラーを退却! 《襲獲祭》の効果で1枚ドロー!

 どうだ! あなたがユニットを展開してくれたおかげで、僕もユージンのスキルを使うことができたぞ!」

 ロウはそれがどうしたと言わんばかりに薄い笑みを浮かべたままだったが。

「バトルだ! バトル開始時、ジブラブラキオもスタンド!

 ユージンでヴァンガードにアタック! オーランドをソウルに置いてパワー+5000!」

「ノーガード」

「ツインドライブ!!

 1枚目……(ヒール)トリガー! ダメージ回復し、パワーはジブラブラキオへ!

 2枚目……引トリガー! 1枚引いて、パワーはトラヴィスへ!」

(よし! ダブルトリガーだ!)

 まだまだ持ち直したとは言い難いが、悪くない引きだ。

「ダメージチェック……トリガーは無い」

「ゲイツフォートのブースト! ジブラブラキオでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

「ゲイツフォートのブースト! トラヴィスでヴァンガードにアタック!」

「ノーガード」

 あっという間に5枚目のカードがロウのダメージゾーンに置かれ、リュートが逆転する。

「……ターンエンド」

 もちろんそれで油断できるわけもないが。

「俺のターンだな。スタンド&ドロー。

《重力の支配者 バロウマグネス》にライド」

 そのカードが重力に引かれるかのようにヴァンガードサークルへと降り立った瞬間、とてつもない重圧が周囲に放たれた。

 最凶の異能者もリュートのイメージに顕現し、ユージンと対峙する。

「《ダイヤフルドール あまんでぃーぬ》をコール。スキル発動。

《ブレインウォッシュ・スワラー》をコール。ソウルチャージ2。

《磁極反転・天則決壊》をプレイし、ソウルチャージ4。

 ソウルの《フレイミング・ポニー》をバインド。ソウルチャージ3。

 これでソウルは15枚だ」

「…………」

 この程度、ロウならばもはや驚嘆に値しない。

「……ずいぶんと派手に展開したものだな。バロウマグネスの能力は知っているだろうに」

 このままバトルフェイズに進行するものかと思われたが、不意にそんな言葉をかけてきた。

「バロウマグネスにユニットをソウルに送られても、ユージンなら再展開できる。そんなことでも考えているのか。……だとしたら見積りが甘いぞ、如月リュート!!

《無道伯爵 アイペロス》をコール!!」

「!? そのカード……!!」

「バトルだ!

 あまんでぃーぬのブースト! アイペロスでヴァンガードにアタック! ソウルが15枚あるので、あまんでぃーぬのパワー+10000、アイペロスのパワー+15000! 天則決壊分も含めて、合計パワーは48000!」

「ジブラブラキオとトラヴィスでインターセプト! 《白光竜 パラソラース》と《コンダクトスパーク・ドラゴン》でガード!」

「このターンのソウルチャージは9回! スワラーのパワー+45000! 合計パワーは58000!」

「ノーガード……引トリガーで1枚引きます」

「バロウマグネスでヴァンガードにアタック。その際、すべてのユニットはソウルへ送られるが、アイペロスのスキルでお前のユニットは山札の下へと送られる!」

「そんな……!!」

 ロウが序盤にスワラーを2枚コールしたのは、勝負を決めるためだけではなかった。

 ユージンのスキル発動を誘い、ソウルを消費させるためだった。

 前のターンのロウすらも、まだまだ全力ではなかったと思い知る。

 相手の望みを先読みし、無慈悲にそれを摘み取る冷酷無比なプレイング。

 ここまでがロウの本気だった。

 そしてそれは――望みを叶えるか、摘み取るかの決定的な違いはあれど――執事時代の彼を彷彿とさせるものだった。

「バロウマグネスのスキル! 1枚引き、バロウマグネスのパワー+10000、★+1、俺のユニットはすべてソウルへ、お前のユニットは山札の下へと送られ、ソウルから《ライラック・ラッシャー》とアイペロスをスペリオルコール! パワー+10000!」

「《キュアフレア・ドラコキッド》でガード! バロウマグネスの★が増加しているので、シールド+15000!」

「俺のツインドライブでトリガーは無い。

 アイペロスでヴァンガードにアタック」

「《焔の巫女 パラマ》でガード!」

「ライラックでヴァンガードにアタック。俺のソウルは16枚。よってパワーは49000」

「《ツインバックラー・ドラゴン》で完全ガード!」

「ターンエンドだ」

「僕のターン。スタンド&ドロー……」

 引いたカードを見て、リュートが絶望的な表情を浮かべる。

「……ライドスキップ。

 そのままバトルフェイズへ」

「ペルソナライドも展開も無しか。もはやこれまでだな」

「ユージンでヴァンガードにアタック……」

「《リキューザルヘイト・ドラゴン》で完全ガード」

 超トリガーすら許さない、盤石の備え。

「ツインドライブ……。

 1枚目……★トリガー。効果はすべてユージンに。

 2枚目……トリガーはありません」

「では、ターンをもらうぞ。

 スタンド&ドロー。

 ……俺もペルソナライドはできないが、お前のようにぬるいアタックはしない。

 あまんでぃーぬをコールし、ライラックでヴァンガードにアタック!」

「ブリッツオーダー《艱難遮る碧の結界》!」

「だがこれで、さらにソウルは減った。

 あまんでぃーぬのブースト! アイペロスでヴァンガードにアタック!」

「パラマとコンダクトスパークでガード!」

「バロウマグネスでアタック時、スキル発動! すべてのユニットをソウルへ置き、アイペロスとライラックをスペリオルコール!」

「キュアフレアと《フレアヴェイル・ドラゴン》でガード! 2枚貫通だ!」

「これで終わりだ! 潰れて果てろ! 如月リュート!!

 ツインドライブ!!

 1枚目……治トリガー!! ダメージ回復し、パワーはバロウマグネスに!!」

(!? ガード貫通を狙ってきた……)

「2枚目……」

 ロウが無造作にカードをめくる。常に動作の素早い彼の動きが、この瞬間ばかりはすごくゆっくりに感じられた。

「……ノートリガーだ」

 リュートがほうっと大きく息をついた。

「アイペロスでヴァンガードにアタック」

 一方のロウは、さして残念でも無さそうに、淡々とゲームを続けている。

 それもそのはず。このターンに決められなかっただけで、盤石の体勢に変わりないのである。

「《砂塵の曲射 アラスター》とフレアヴェイルでガード! そのアタックはブーストされてないので、アラスターのシールド+10000!」

「ライラックでヴァンガードにアタック」

「《再起の竜神王 ドラグヴェーダ》でガード!」

 だが、リュートの最後の手札を見て顔色が変わった。

「その手札……いや、そのガード値はまさか……!?」

「僕を侮ったな、大神ロウ……!!」

 俯きがちにプレイを続けていたリュートが、ゆっくりと顔を上げる。

 その表情には絶望などではなく、勝利を確信した狩人の笑みが浮かんでいた。

「リアガードにパワーを振っていれば、アタックが通っていた……」

「そうだ! この程度のブラフ、ジュジュには通じなかったぞ」

 ちらりと親友に目を向けると、彼女は無言で肩をすくめてみせた。

 そう。それは1枚でもトリガーを引かれたら防ぎきれない状況で、あえて2枚貫通のカードを支払って、ガード貫通を誘うテクニック。

 かつてジュジュに仕掛けてあえなく看破されたプレイングだ。

「絶望していたのも演技だったと言うのか……」

「どうかな。勝負を捨てていたつもりはなかったけど。それでも、あなたは僕が罠を仕掛けてくると思いもしなかった。

 あなたは僕を心の底から認めようとはしない。

 だって……」

 あの日、伝えられなかった言葉を今こそ伝える。

「それでも僕はあなたのことを嫌いになれない。だって、僕とあなたは似たものどうしなんだから」

「な!?」

 最大級の侮辱を受けたとばかりに、ロウが感情を露わにする。

「そうでしょう!? 同じ女性を好きになって! お互いに目障りで仕方が無かった! 否定せずにはいられないんだ!

 もしカミラさんを蘇らせる方法を、あなたではなく僕が先に見つけていたら! 僕はきっとカミラさんを蘇らそうとした! そしてあなたは、きっとそんな僕を止めようとしたはずだ!」

「黙れ……」

「僕達はそっくりなんだ……どうしようもなく」

「黙れと言っている! ファイトを続けろ、如月リュート! 戯言はお前が勝ってから聞いてやる! その手札0枚から逆転できるのであればな!」

「まだ勝ち筋はある。だから僕は諦めない」

 リュートはロウをまっすぐ見据えながらカードを引いた。

「《砂塵の重砲 ユージン》にペルソナライド。

《赤宝獣 ガルネット》をコール。ドロップのバートとナイジェルをライドデッキに戻して1枚ドロー。

《砂塵の双弾 トラヴィス》をコール。

 この2体をレストして、ライラックを退却」

 めくるカード次々と繋がっていく。リュートの想いに応えるかのように。

「ユニットを退却させたので、トラヴィスのスキルも発動。アイペロスを退却し、ソウルチャージ。

 これで僕のソウルは5枚になったぞ……!!」

「!?」

「ユージンのスキル発動!! 山札の上から5枚を見て……《砂塵の襲弾 オズワルド》! 《砂塵の榴砲 ダスティン》! 《砂塵の乱弾 クリフトン》! 《砂塵の双撃 オーランド》! 《突貫竜 トライバッシュ》をコール!!」

「馬鹿な……これほどのユニットが、まだデッキに……」

 バトルだ! オズワルドのブースト! ユージンでヴァンガードにアタック! トライバッシュとオーランドをソウルに置いて、★+1! パワー+5000!」

「リキューザルヘイトで完全ガード!」

「ツインドライブ!!

 1枚目……治トリガー! ダメージ回復し、パワーはユージンに!

 2枚目はトリガー無し!

 そして、ユージンのアタックはまだ終わらない!

 相手リアガードがいないので、オズワルドのスキル発動! 手札を1枚捨てて、ユージンをスタンド! ドライブと★は1になる!

 ユージンでヴァンガードにアタック!!」

「ノーガード!!」

 ★トリガーを引けば、6点目のダメージが与えられる。

「これが……最後の(ファイナル)ドライブチェックだぁっ!!!!」

 

 

 銃声が唄い、砂塵が躍る。

 地面を打ち抜くことで巻き起こした砂嵐に紛れて、劣悪な視界の中、ユージンは寸分の狙い違わずバロウマグネスを狙い撃つ。だが、その銃弾はバロウマグネスに届く寸前、直角に落ちて地面に突き刺さった。

「おおっと、そこかぁ?」

 銃弾の放たれた方向を目掛けて、バロウマグネスも指で銃の形を作って――銃士に対する彼なりの拘り、もしくは皮肉だろうか――重力弾を撃ち返す。もちろんユージンは発砲と同時に位置を変えており、それは砂塵を巻き込みながらあらぬ方角へと飛んでいくだけだったが。

(さすがは“重力の支配者”というわけか)

 心中で感嘆しながら、冷静に愛銃のモードを切り替え、すかさず3連射。銃声の代わりに雷鳴が鳴り響き、迸る3条の雷光がバロウマグネスへと吸い込まれるように奔る。

 いや、それは文字通りに吸い込まれた。バロウマグネスの掌で浮かぶ、一切の輝きを発することなき真黒の球体へと。

「極小のブラックホールだ。重力の檻からは光すら逃げられねえ。あんたお得意の雷弾だって例外じゃないってこった」

 その言葉通りなら、雷どころかあたり一帯がそれに吸い込まれているはずだが、異能にとやかく言っても仕方がない。理を操り、理を歪めるが故の異能なのだから。

「……ならばこれでどうだ」

 ユージンは自分の倍以上はある重さの愛銃を抱えたまま、崖を両足だけで駆け上った。その頂点から大きく跳躍し、バロウマグネスの頭上を舞う。

「獲った!」

 上から下へと発砲するのであれば、重力に銃弾の軌道を曲げられることもない。そればかりかさらに加速されるはずだ。

 だが、重力に乗って急降下するはずだったユージンの体は、いつになっても動き出さなかった。まるで急に宇宙にでも飛び出したかのように、ふわふわと宙に浮いていた。バロウマグネスが、ゆっくりと体を反らすようにしてユージンを見上げる。その表情には勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

「“重力の支配者”の意味を、もっとよく考えるべきだったなぁ。周囲の重力を数十倍にすることもできるなら、無重力に変えちまうことだってできるんだぜ?」

 恰好の的となったユージンに、バロウマグネスの指が向けられる。これまでに見たどんな銃口よりも黒く深い穴が、ピタリとユージンを捉えていた。

「う……おおおおおおおおっ!!」

 ユージンは悲鳴のような雄叫びをあげながら、銃を連射した。バロウマグネス目掛けて――ではなく、自らの左右へと。宙に浮かぶユージンは、当然、その反動で右に左に激しく振り回される。

「なっ!?」

 狙いが定まらなくなったバロウマグネスの指が虚空を彷徨い、ユージンが稲妻の如き軌道を描きながらその眼前へと急降下した。

「よう」

 急制動を繰り返したせいで肋骨が折れたのか。口元に血を滲ませた凄惨な笑みを浮かべなら、まるで旧友にでも挨拶するかのように片手を挙げる。

「ちいいぃぃッ!!」

 まさか銃士に肉薄されるとは思わなかったのだろう。バロウマグネスは余裕の無い舌打ちをしながら、重力を纏った掌を突き出す。ユージンは咄嗟に愛銃を盾にし、それを受け止める。銃弾を100連射しても歪まない鋼鉄のフレームが、飴のようにぐにゃりと曲がった。

「すまんな」

 愛銃に謝罪しながらも、ユージンは止まらない。懐から拳銃を取り出し、バロウマグネスの顎を下から突き上げた。それと同時にバロウマグネスの掌もユージンの肩を鷲掴みにする。

「俺に1Gでも重力を加えてみろ。引き金も動いて、お前はあの世逝きだ」

「……へっ。テメェこそそこから1ミリでも指を動かしてみやがれ。お前を地獄の道連れにしてやるからな」 

 ふたりは膠着状態に陥った。だが、それこそがユージンの狙いであった。

「では交渉の時間だ。お前も俺と心中するのは本意ではないだろう。お前の目的は何だ? 何故、俺を狙った?」

“砂塵の銃砲”と“重力の支配者”が本気でぶつかれば、勝った側も無事では済むまい。今の状況もそれを証明している。互いの落としどころを探り、バロウマグネスを諦めさせるのがユージン唯一の勝利条件だった。

「はっ! 俺は傭兵だぜ? 傭兵が動く理由なんざひとつしかねぇだろ?」

「そうか。では、依頼者は誰だ?」

「それだけは言えねぇな。クライアントをバラせば、この場を生き残ったとしても干されちまう。

 ただ、お行儀のいい聖域や帝国と違って、ダークステイツには秩序より混沌を望む者は多いんだぜ?」

「俺が死ぬことで、その混沌とやらは力を増すのか?」

「さぁな。俺は依頼を実行するだけだ。難しいことは分かんねぇよ」

「じゃあここで死ぬか?」

「おう。“砂塵の銃砲”と相打ちとあっちゃ、“重力の支配者”の名も永遠に残るってもんだぜ」

 これは嘘だ。生き残ってナンボの傭兵が、そんな思考になるわけがない。

 だが、このバロウマグネスという男。度胸がありすぎて、懐柔も脅しもまったく通じない。このまま交渉を続けていけば、生き残ったとしても、戸籍上は死んだことにされて隠遁生活を送るなどといった不利な条件を呑まされかねなかった。

「俺も簡単には引き下がれねぇ」

 バロウマグネスは相も変わらず不敵に嗤う。

「あんたに()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

「……は?」

 その言葉に強烈な違和感を覚えて、ユージンは思わず間の抜けた声をあげてしまった。ひょっとすれば、バロウマグネスがその隙を突くこともできたかも知れないが、彼もその反応は予想外だったのだろう。

「……へ?」

 と仲良く間の抜けた声をあげていた。

「ちょっと待て。お前、今なんと言った?」

「だから、あんたに()()()()()()()()()と……」

「それならもう撃ったぞ。やたら馬鹿でかい狙撃銃でな」

 男達の間を、砂塵が空風となって吹き抜ける。

「いや! ちょっと待てちょっと待て! 何でそんなことになってんだ! クライアントの言う時間にここに来りゃ、“砂塵の銃砲”が惑星Eを撃つ前に阻止できるって……!!」

 バロウマグネスが錯乱したように騒ぎ出す。そんな状況でもユージンから手を離さないのはさすがというべきか。ただ、動揺のためか指に力がこもっており、普通に痛い。

 もうこの隙に撃ち殺してしまおうかとユージンが考えた、その時だった。

「それは私が説明しましょう」

 凛とした女の声が、救いの神の如く天から降ってきた。

 いつからそこにいたのだろうか。ふわふわと宙に浮かんでいた六角宝珠の女魔術師が、ユージンとバロウマグネスの戦いを仕切るような位置にゆっくりと着地する。

「無事だったか……って、あんた、本当に俺の知っている六角宝珠か? さっき会った時と気配が違うぞ」

 気配どころか、魔術師の纏う翠緑の宝石は、透き通るような藍へと色を変えている。だが、顔立ちから体形、浮かべた穏やかな微笑まで、ユージンの知る六角宝珠の女魔術師そのものでもあった。

「私は私ですよ」

 女魔術師ははぐらかすように、細い人差し指を唇に当てた。

「“重力の支配者”殿。あなたの妨害があることは、私も予知していました。ですが、“砂塵の銃砲”殿を予定より1日早く呼び寄せるなど、おおっぴらに対策しては、あなたのクライアントにも感付かれる恐れがあります。そこで、私の全権限をもって、馬車、船、列車。帝国から聖域へと続く全交通機関を数分ほど早めました」

「そう言えば、乗り継ぎがえらくスムーズだったな」

 ユージンが思い出したように言う。

「こうして“砂塵の銃砲”殿はあなたの到着より数分早く任務を全うすることができたのです。

 これはクライアントのミスであり、あなたのミスではありません。“重力の支配者”の名が傷つくこともないでしょう。

 こうなっては、もう戦う理由もありませんね?

 退きなさい、バロウマグネス」

 こうまで凛と言われては、さすがの傭兵も戦意を喪失したようだ。ユージンの肩に置かれていた手がだらんと落ちる。

「“砂塵の銃砲”殿も、追撃は許しません」

 元よりそのつもりは無かったが、釘を刺すように女魔術師が言った。

「……あばよ“砂塵の銃砲”」

 ユージンからの殺気が消えたことを確認すると、バロウマグネスはくるりと踵を返して後ろ手に手を振る。

「噂以上の強さだった。今後、あんたを殺れという依頼があっても、すべて断らせてもらう」

「俺も同じ気持ちだ。が、俺達の領域を侵すことがあれば、その限りではないがな。その時は砂塵の銃士一隊を以って相手になろう」

「せいぜい気を付けるぜ」

 言いながらバロウマグネスが指打ちすると、崖上から重力を無視した速度で大岩が落下し、一瞬でユージンとの間を隔てた。

「……逃がしてよかったのか?」

 もうもうと立ち込める砂煙を意にも介さず、ユージンが尋ねた。

「ええ。彼は傭兵です。今回はたまたま敵だっただけで、報酬さえ払えばきっと重要な戦力になってくれるでしょう」

 口元を押さえながら魔術師。この星から龍樹の脅威が去って久しいが、彼女は新たな戦いを予見しているようでもあった。

「……まあいい」

 ユージンは拳銃をホルスターに仕舞うと、代わりに指を銃の形にして、空へと狙いを定めた。それはその先にある、ついさっきユージンが狙い撃ったばかりの惑星Eをも正確に指し示していた。

 このひと時の勝利を、そこにいる誰かに伝えなければならない。

 そんな気がしたのだ。

「勝ったぜ、相棒」

 

 

 夢から覚めたような感覚。気付けば、リュートのトリガーゾーンには★トリガーが置かれていた。

「最後にひとつだけ訂正しておく」

 2枚目のカードをめくる直前になって、ロウが言った。彼も同じ光景を見ていたのだろうか。既に負けを確信したような、何の感情も湛えていない微笑を浮かべていた。

「たとえ、カミラ様を蘇らせる方法をお前が先に見つけていたとしても、お前ならそれを選ばなかっただろうさ。だから俺は、この道を選ぶしかできなかった……」

 バロウマグネスのカードがダメージゾーンへと落ちる。

「……僕の、勝ちだ」

 膝から崩れ落ちるロウを憐れむように見下ろしながら、リュートは堂々と宣言した。




ここまでご覧頂きありがとうございました。
そしてこのお話……続きます。
これまでは発表月と作中の月がリンクしておりましたが、今回を含めたラスト3話はすべて年明けの1月1日に起こった出来事となります。
果たしてフランは目覚めるのか!?
次の公開日は2月1日!
乞うご期待です。

【裏設定】
今回登場した「惑星クレイに最も近い場所」について、作中で語られなかった設定を垂れ流します。

地球と惑星クレイが自転と公転の関係で100年に一度最も近くなる場所が今回の舞台です。
このタイミングでは、理が惑星クレイに近くなり、死者を蘇らせたりできる他、素質のある者であれば(もしくは今回のように条件を整えれば)、地球人でも魔術や予知を行使することができたりします。

が、惑星クレイの理を地球へ持ち込むことを危険視したメサイアに、その地は認識阻害の封印をかけられてしまいます。
当時空き地だったその場所は、非常に気付かれにくい状態となり長らく放置されますが、メサイアの消失後、今から50年ほど前、メサイアの力を受けにくい鈍感な金持ちが、この場所にビルを建ててしまいます。
しかし、認識阻害の封印がかけられた地にあるビルの存在に気付ける者は他におらず、あっという間に潰れ、廃ビルだけが残ったのでした。
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