竹から生まれた美しい少女が実は月の生まれの姫であり、やがて月へ帰る「かぐや姫」。日本人ならばだれもが一度は聞いたことがある話であるだろう。しかしこれらは何れも古くから伝わるおとぎ話であり、勿論現実の世界には実在しない。ましてや月に兎等暮らしている筈もない。………幻想郷を除いては。
迷いの竹林「永遠亭」
幻想郷の一角にある広大な竹林。通称「迷いの竹林」と呼ばれるその竹林は常に霧が立ち込め、更にこの土地の影響か竹の成長が何倍も速いために常に景色が変わり、入る者達を惑わせる文字通り迷いの竹林。そんな竹林の中にひっそりとある一軒の和風の邸宅、それが永遠亭であった。今回の話はここから始まる。
長い黒髪の少女
「ねぇ~永琳~」
屋敷の中にはひとりの少女がいた。腰よりも長く美しいストレートの黒髪。白い下衣の上に指先まで隠す長い袖で胸元に大きな白いリボンがある桃色の上衣。腰から下はこれまた足先まで隠す程裾が長い赤色のスカートと、一見和服の様で違う変わった格好をした少女だった。
「永琳~永琳ってば~。助けて~。ヘルプミ~え~い~り~ん~」
一面畳が引かれた和室で少女は誰かを呼び続ける。
長い三つ編みの銀髪の女性
「はいはい。如何なさったんですか」
すると暫しして廊下を渡ってひとりの女性が顔を出した。少女と同じ位の長い銀髪の髪を一本の三つ編みに束ねた女性。服装は赤と青のツートンを真ん中から左右に分けた変わった色合いの服を着ており、頭には同じ色のナース帽子の様なものを被っている。
「すっっっごく退屈なの~。何とかして~」
「ふぅ、最近そればかりね」
「だってほんとに最近な~んにも起こらないんだもの~。平和そのもの」
「贅沢な悩みね。なら妹紅に相手してもらえばいいじゃないの」
「それも飽きたの~。もう数えるのもとっくに諦めてる位やってるもの~」
「なら前に行った肝試しでもまたやりましょうか?」
「それも考えたけど妹紅に「ふざけんな!輝夜の下らん遊びにはもう付き合わない!」って言って断られたわ~。あの子も全く心が狭いんだから~」
「…まぁ不死の怪物の生き胆を食べれば不死の命を授かる、なんて言われて狙われる当の本人からしたら迷惑極まりないだろうけど。なら久しぶりに私の授業でも受けてみる?」
「それだけは無し!PHの6は酸っぱくない。それで十分よ♪」
「それは即答なのね」
笑顔で即答する少女に苦笑いしながらため息をはく女性。少女の名は輝夜といった。蓬莱山輝夜。彼女は元々幻想郷で生まれた者でも外の世界の者でもない。幻想郷に存在する月、そこからとある理由でこの地にやってきた者にして、かの有名なかぐや姫その人であった。
そして輝夜から永琳と呼ばれた女性、名を八意永琳。彼女も月の人で輝夜の付き人にして保護者にして師匠の様な存在でもある。そして第二話で紫が「永遠亭の医者」と呼んでいる張本人であった。その知識は非常に豊富で月の知識と呼ばれるほどである。そしてこのふたりにはとある大きな秘密があるのだがその話はまた別の話で語る事にしておく。
「…ってまぁふざけているわけじゃなく、本当に暇なのよ。ねぇ何かないかしら?」
「そうはいってもね…。う~ん」
「…あ、そういえば永琳!あの扉が現れるのって今日じゃないの?」
「扉?……ああ。八雲紫が言っていた「外の世界の食堂への扉」の事?」
どうやら紫から既に異世界食堂の話は伝わっているらしい。
「そう!噂じゃ凄く美味しいらしいじゃない!」
「…そう言えばこの前紅魔館の魔女にお薬を渡しに行った時も当主のレミリアがそんな事を言っていたわね。…でもあの扉、日によって現れる場所が違うらしいわよ」
「そうなのよね~。永遠亭に出てくれないかしら~?」
「まぁそれに関しては神のみぞ知る、という感じね。ああそういえばあの子見なかった?」
「鈴仙ならてゐが見つからないってさっき出ていったわよ」
「そうなの。もう、この後人里に往診なのに…」
…………
その頃、竹林の中にて、
タタタタタ……バッ!…シュタッ!
兎の様な耳を持った長い藤色の髪の少女
「てゐー!てゐー!」
素早く走り回りながらジャンプし、大きな岩の上に飛び降りたひとつの影。大声で誰かを探すひとりの少女の姿があった。赤い瞳で腰よりも長い藤色の髪。そこから少しよれた兎の様な耳が覗き、服装は白いシャツに赤いネクタイ、ブレザーにスカート、白い靴下に革靴と、平たく言えば女子高生のセーラー服である。
「まったくもう!今日はお師匠様と里に往診に行くから姫様のお世話をお願いするって言ってたのに…どこにいるのかしら全く!」
そう言いながら岩から少女が降りた……その時、
ズッ!!
「へ?」ズボッ!!」きゃああ!!」
突然降りた先の足元の地面が崩れ落ち、陥没してしまった。
「い…たたた…。お尻打っちゃった」
どうやら落とし穴の様だ。
兎の耳が生えた黒髪の少女
「きゃははは!また引っかかった引っかかった!」
とその時、上から落とし穴に落ちた少女を見下ろしながら大笑いしているのは、ふわふわな兎の耳を生やし、ピンク色の半袖ワンピースを着、肩までの黒髪をした一見かなり幼い少女だった。その言葉からどうやら落とし穴を掘った調本人であるらしい。
「全くアンタも飽きないねぇ~鈴仙。そんなに毎回毎回見事に嵌ってちゃ永琳の弟子なんてやってられないよ~♪」
「…てゐ~~。やっぱりアンタの仕業ねぇ~~!アンタには仕事を頼んでいた筈でしょう!」
「う~んどうしようかな~。永琳や姫様に言われたら従ったと思うけどアンタじゃね~」
「何を~!」
そう言って落とし穴から出ようと再び立ちあがった……その時、
…ズッ
「……へ?」ズボッ!!「きゃあぁぁぁぁぁ……!」
なんと落とし穴の地面が更に陥没し、彼女は再び落ちていった…。
「………え?お、落とし穴の床が抜けて…!?」
思いもよらない出来事にてゐという少女も流石にポカンとした表情を浮かべた。
「…ね、ねえ~?…大丈夫~?」
穴に向かって一応声をかけてみるが……返事は無い。それを見たてゐは、
「………あ、アハハハ。………しーらないっと」ギュンッ!!
まさに脱兎のごとく、走り去ってしまった…。
…………
一方、落とし穴の底が抜けて更に深く落ちた鈴仙の方は、
「…いったた…。また思い切りお尻打っちゃった…。も~~てゐの奴~!帰ったらお師匠様におもいっきり説教してもらうんだから!!」
どうやら大丈夫そうだ。どうやら落とし穴の下に空洞があったらしく、落ちた衝撃で落とし穴の地面が余計に和らぎ、落ちてしまった様だ。…しかし落ちてきたらしい穴は結構上の方にあり、そこから光が小さく見える。自力だけで簡単に上がれそうには無かった。
「弱ったなぁ。私のジャンプでもあそこまでは届きそうにないし。誰かが気づいてくれたら良いんだけど…。怒られるのを分かってる筈だからてゐが姫様やお師匠様に知らせてるとは思えないし…。てかどこなんだろうココ…」
上からうっすら差し込んでくる光でなんとなく見えるのはどこかの洞窟という事位だ。
「地下水路かな?どこかに出口があればいいんだけど…。この洞窟がどこまであるかもわからない……!?」
とその時、彼女の赤い目に止まったものがあった。はるか上の穴から差し込むうっすらな光の暗い中でよ~く見ないと見えないものだったが、洞窟内の一か所に何かある気がした。思わずそちらの方に近づくと、
「……!」
それは猫の看板が掲げられた、重厚な感じがする木造りの扉だった。
「と、扉!?なんでこんな穴の中に扉が!?……待って、そう言えば以前お師匠様が言ってた気がする…」
(八雲紫からの知らせよ。幻想郷に猫の絵が掲げてある扉が現れる様になったらしいわ。なんでも外の世界の食事処に繋がっているとか)
「も、もしかしてこれがその扉!?た、大変!早くお師匠様や姫様に……あ」
伝えようにも穴から自力では上がれそうにない。静かにたたずむ扉を前にどうしようか腕を組んで悩む。
「……そう言えば前に白玉楼に行った時に妖夢が言ってたっけ」
(思っていた様な危険な場所ではないですし、何よりご飯も美味しかったですよ)
友人の妖夢が嬉しそうに話していたのを思い出し、暫く考えた鈴仙は、
「ここで悩んでいても解決しないし、助けもいつ来るかわからないし……」
意識してるかいないか、ドアノブを取っていた…。
…………
~~~~♪
そして扉を開けた鈴仙は見た。幻想郷の甘味処や食事処には決して見えないいくつものテーブルと椅子。沢山の小物たち。そして見た事もない人達がいる食堂を。
「…え、えええええ!な、何ですかここはぁぁぁ!?」
鈴仙の吃驚する声が聞こえた。するとそこに、
(いらっしゃいませ。おひとり様ですか?)
「え?い、今頭に…!?」
長い黒髪で黒い給仕の服を着た少女が近づいてき、同時に頭の中に声が響いた。これにも当然鈴仙は驚くが、それ以上にその少女の目を見て動揺した。
(な…何この人…?この人の黄金色の目…。何か…引き込まれる様な…)
「狂気を操る程度の能力」。それが鈴仙・優曇華院・イナバの能力。彼女の赤い目を覗き込んだり、もしくは視線を合わせた者を狂気に落とす力がある。並みの人間であれば忽ちに冷静さを失ってしまう筈。しかし今前にいる黒い少女の目にはそんなものとは比べ物にならない、自分とは比較にならない程の力を含んでいるのを、能力からか無意識からか察した。
(…どうかなさいましたか?)
しかし当の本人は何も気にしていないのか、黙ったままの鈴仙に質問する。鈴仙はまだ驚きながらも取り合えず現時点で危険らしい雰囲気は無いと思い、改めて尋ねた。
「は!す、すみません。え、えっと…あの、ここってもしかして、外の世界に繋がる食事処、ですか?」
(そうです。…もしかして、お客様も幻想郷、という場所から来られたのですか?)
鈴仙は姿勢を正し、返答と共に自己紹介する事にした。
「は、はいそうです。あ、どうも失礼しました。私、鈴仙・優曇華院・イナバといいます。鈴仙と呼んでください」
(承知しました。私はこの異世界食堂で働くクロと申します。宜しくお願いします)
「は、はい。宜しく」
(取り合えずお席にどうぞ。すぐにおしぼりとお冷をお持ちします)
そう言ってクロは一旦鈴仙から離れ、他の席の注文を取りに行った。もうひとり山羊の角が生えた金髪の給仕も鈴仙に「いらっしゃいませー!」と言いながらせわしなく動いている。
「………とりあえず座りましょうか」
~~~~♪ドンッ!
とその時後ろのドアが開き、何かが入ってきたと思った途端、扉の前で立ち尽くしていた鈴仙の身体にぶつかってしまった。
「わっ!」
「おっとごめんよ!」
入ってきたのは軽装の皮鎧に身を包んだ肩までの茶色い髪の女性。
「どうしましたアリシア?」
「ああすまねぇ。扉の前にいたこの子とちょっとぶつかっちまって」
次に入ってきたのはローブ姿で頭に頭飾りをつけた褐色の肌の女性。その口からは少し牙が覗いている。
「全くもう何やってんだか。大丈夫かい?」
最後に入ってきたのは短い赤い髪から動物みたいな耳が生え、猫の様な目をした女性。服装は最初の女性に近い。
「怪我とかしてないかい?」
「は、はい大丈夫です。私の方こそすみません」
「もう少し気を付けないといけませんよアリシア」
「わりぃわりぃ、久しぶりに来れたから気分上がっちまって。最近ずっと仕事だったしな。お前もだろラニージャ」
「……見たところ初めて見る顔だね。カッコも変わってるし、アンタも魔族?」
「え?い、いえ違います。私は」
するとここでラニージャという女性が言った。
「まぁとりあえず席に着きませんか?ここでは邪魔になりますし」
「あ、そうだな。アンタも一緒に座ろうぜ?」
「え、でも邪魔になりませんか?」
「いいからいいから。アンタの話も聞きたいしさ♪」
…………
その後、鈴仙はひとりで座るよりはと思って彼女らの厚意に甘える事にした。
「お冷とおしぼりとメニューです!」
「ありがとアレッタ。私らはまたいつもので」
「はい!ありがとうございます!」
それだけ聞くとわかったのかはアレッタという給仕は店主に注文を言いに行った。
ヒルダ(スフレチーズケーキ)
「は~久々にここのチーズケーキが食える~♪ああ自己紹介しておくよ。ヒルダという。見ての通り魔族さ」
アリシア(ベイクドチーズケーキ)
「アリシアだ。傭兵をやってる。宜しくな」
ラニージャ(レアチーズケーキ)
「ラニージャと申します。宜しくお願いしますわ」
三人は揃って鈴仙に挨拶した。
「どうもご丁寧に。私は鈴仙・優曇華院・イナバです。鈴仙と呼んでください」
「レイセンだね。変わった名前だなぁ…。てかアンタも兎獣の魔族かい?」
「…魔族?いえ、私は元月の民です」
鈴仙のこの返事に三人はポカンとした。
「……は?月の民~~?」
「月って…あの月のことでしょうか?しかしあの地に生命がいる等…」
「あ、そうか。こっちは違うのか。あのですね…」
…………
「…ふ~ん成程ね~。じゃあアンタは別の世界の住人ってわけなのか。通りで見た事ない恰好だと思ったよ」
「驚きましたわ。世界は広いですわね」
「私達は仕事で最近来れなかったからな。そんな事になってたなんて全く知らなかったぜ」
意外なほどあっさりしている彼女らに鈴仙は驚く。
「……あの、自分で言うのもなんですがそんなあっさり信じてもらえるんですか?」
「信じるも何もこの異世界食堂自体が異世界だしね。今更そんな事位じゃ驚かないよ」
「そ~そ。お宝見つけた時の方がビックリするさ♪」
「ですが月にその様な文明があるのに…何故そのゲンソウキョウ?という世界にわざわざレイセンさんは降りて来られたのです?」
ラニージャからのその質問に鈴仙は少し苦笑いを浮かべ、
「あはは…。実は…私は月から逃げてきてしまったんです…」
鈴仙が幻想郷にやってきたのはとある理由があった。昔、幻想郷が現実の世界から切り離されてある程度の時が経った時、既にとある理由で降りてきていた輝夜と永琳の元に一匹の兎がやってきた。それが鈴仙であった。彼女は輝夜と永琳に言った。
(月に人間が攻め込んできた…。自分は戦いが怖いから逃げてきてしまった…)
人間と月の戦争。この話を聞いた輝夜と永琳は半信半疑ながらも鈴仙を保護し、もし本当だとしても人間よりもはるかに長い歴史と知恵を持つ月が負けるはずがないと月に帰る事は無く、黙って行く末を見守った。それから数十年後、戦争は一応の決着をみたがその間に鈴仙は永琳の弟子となっていた事や月に帰る事への自責から幻想郷に住み続ける事になったのである…。
「…人間が月に戦争を、ねぇ…。は~異世界ってのは想像もできない事やるねぇ」
「ですが私達の世界でも過去に多くの戦があったじゃないですか。邪神戦争、エルフの侵攻、万色の混沌…」
「確かにね。どこの世界でも似た様な事があるって事なんだろうねきっと」
ヒルダ、アリシア、ラニージャの三人はにわかには信じられそうにない話に驚きながらも信じた様だ。
「だから私は月からしたら…裏切り者みたいなものなんです。お師匠様や姫様の優しさに甘えて帰りもせずに…。薄情者ですよね…」
そう言って苦笑いを浮かべる鈴仙。しかしその表情にはどこか辛さが見えた。
「そう自分を責めるんじゃないよ。誰だって戦は怖いもんさ。逃げたいと思う気持ちもよくわかるよ。ましてやアンタみたいな女の子なら余計ね」
「そうですわ。それに今の貴女が住まわれている場所の方々は貴女を責めてはいないのでしょう?きっとお気持ちを理解されてますわ」
「アンタは逃げた事を悪いとも思ってんだろ?それが許せないとも。だったら責任の取り方をゆっくり考えたらいいと思うよ」
ヒルダ達は鈴仙を励ますように言った。
「…皆さん…ありがとうございます」
鈴仙は素直に嬉しく思った。
「お客さん。ご注文の方はお決まりですか?」
「え?あ、ああそうでした!えっと…何がいいですかね」
注文を聞きに来たアレッタに気が付き、鈴仙が何を選ぶか悩んでいると、
「それならスフレチーズケーキがおすすめだ!甘さだけじゃない、口の中でホロホロと崩れるほど柔らかく、付け合わせのベリーのソースも絶品だ!」
ヒルダがメニューに書かれたスフレーチーズケーキを指さす。
「これがスフレチーズケーキですか…。確かに美味しそ」
するとアリシアが間髪入れずにベイクドチーズケーキを指す。
「いやいやベイクドチーズケーキだろう!チーズの香ばしさがどのケーキよりも味わえて、濃厚な味わいで食べ応えも十分だ!」
「え?あ、た、確かにこれも」
そして当然次にラニージャがレアチーズケーキを指さした。
「お待ちください!他のチーズケーキには無い滑らかさと酸味、そしてその酸味を引き立てる赤いベリーのソースを是非味わってみてください!」
「え、えええ…?」
怒涛のおすすめパレードに鈴仙は顔を引きつらせる。対してヒルダ達は譲る気配がなく、視線で「どれがいい?」と声なき声をぶつけてくる。アレッタはそれを以前も見た事あるのか、苦笑いを浮かべて対応に困っている。
「……お客さん方、そういう言い合いはいい加減別のとこでやってくれませんかね?」
とその時、厨房から顔をのぞかせたひとりの人物がいた。髭を生やしたコック服姿の男性。勿論店主。
「自分のおすすめを人に勧めるのは別に構いませんがね。無理に押し付けてお客さんに迷惑をかけるのは見過ごせませんし、そんなんで食っても美味くねぇ。何を食いたいかはお客さんの自由。これ以上やるなら…もう料理は出しませんぜ」
その顔と声にはほんの少しの怒りが含まれている様だ。
「ご、御免よ…」
「あ、ああ悪かった…」
「申し訳ありません…」
さっきまでの熱気が完全に抜けたヒルダ達は大人しく座った。それを見た店主は、
「どうもすいませんねお客さん。注文はゆっくり決めてくださって結構なんで」
何時もの表情に戻った。穏やかでどこかしらふてぶてしい顔に。
「……」
鈴仙は今のやりとりをポカンとした顔で見ていた。
(まぁでもおすすめなのはやっぱり菓子、そしてケーキだ。味も保証するよ♪)
再び笑って少し小声でそう言うヒルダ。言われて鈴仙もお菓子のページを開く。
(凄い種類ですね…。和菓子だけじゃなく洋菓子も沢山…。ケーキにパフェにアイスクリーム…。聞いた事無いメニューも多いですが全部可愛らしくて美味しそう。どれがいいかな……あ)
悩みつつも鈴仙の目にある菓子が止まった。彼女の赤い目みたいな赤が目立つ菓子に。
「じゃあこの、苺のショートケーキというのをください」
「苺のショートケーキですね!お飲み物はどうされますか?お得になりますよ」
「じゃあ皆さんと同じで紅茶をお願いします」
「はい!少々お待ちください」
アレッタが注文を店主に伝えに言った。
「ごめんなレイセンさっきは」
「い、いえいえ全然大丈夫です」
「やれやれまたやっちまった…。気を付けようと思ってんだけど」
「お恥ずかしいですわね…」
「まぁでもここの菓子は本当に美味いよ。帝国みたいな甘ければ甘いほど美味いなんていうもんじゃなくなんつーか繊細なんだ。あそうだ。迷惑かけた詫びにうちらが奢るよ」
「え!でも」
「大きい仕事終わりで報酬もたんまり貰ったしな♪」
「お気になさらないでくださいね」
ヒルダ達の少々乱暴ながら優しい言葉を鈴仙は受け入れるしかなさそうだった。
……店主調理中……
…………
そして数分後、アレッタとクロが鈴仙達のテーブルに彼女らの注文を持ってきた。
「お待たせしましたー!」
「お、待ってました♪」
(ご注文のスフレチーズケーキ…ベイクドチーズケーキ…レアチーズケーキ…)
ヒルダには赤紫色のベリーソースがかかった柔らかそうな白いケーキが。アリシアには表面が茶色く焼かれ、柑橘系のジャムが塗られたケーキが。そしてラニージャには赤色のソースがかかったスフレよりも白く、滑らかなケーキが置かれた。
(そして苺のショートケーキです)
そして鈴仙の前には黄色い柔らかそうなスポンジ生地。薄切りの苺。純白のクリーム。それらが美しい層を作っているケーキ。外側も白いクリームで綺麗に飾り付けされ、更にケーキの上にはクリームでできた土台の上に大きい苺が鎮座している。
「…可愛い」
「そして紅茶のポットになります。こちらのお砂糖をお入れしてお召し上がりくださいね。それではごゆっくりどうぞ!」
アレッタとクロは一礼して下がった。
「これがショートケーキ…。レミリアさん達が食べてそうなお菓子だなぁ」
既に隣のヒルダ達はフォークを持って食べ始めている。鈴仙は取り合えず外側のクリームだけ掬って味見をしてみる事にした。
「…いただきます」
掬ったクリームを口に運ぶ。
(!…見た目甘さが強そうだけどそんな事ない。思ったより優しい甘さで滑らかで、すんなり溶けていって、ミルクの後味が残ってる」
そして今度はケーキに垂直にフォークを入れ、スポンジ生地と苺とクリームを一緒に食べてみる。
(…ほんのり甘くてふわふわな黄色い焼き菓子みたいな生地と甘酸っぱい苺、そしてこの白いクリーム。口の中でそれらが合わさって…互いの良さを引き立て合ってもっと美味しくなってる!)
普段人里でたまに食べる和菓子ではあまり経験することがない味に鈴仙は笑顔になる。セットの紅茶にほんの少しポットから砂糖を入れ、飲む。緑茶とはまた違う渋さがショートケーキの甘みともこれまたよく合う。
(洋菓子を食べた事無い事は無いけどカステラとか。でもこの味は初めてね。これが外の世界のお菓子なんだなぁ)
「…うむ!このチーズとベリーのソースの違う甘みが生み出す調和、この柔らかさ、やっぱりスフレチーズケーキが一番だ!」
「いやいやこの重厚なチーズの風味と適度にしっかりした歯ごたえ、そしてこの柑橘の砂糖煮の酸味と苦み、これはベイクドチーズケーキしか味わえん!」
「まぁ、それをいうならヨーグルトの様な酸味も含みながら乳の味もし、絹の様に滑らかなレアチーズケーキも唯一のものですわ!」
豪快に感想を言い合うヒルダ、アリシア、ラニージャ。やっぱり互いのケーキが一番というのは譲れないらしい。隣で見ていた鈴仙はちょっと驚くが、
「「「……アハハハハハ!」」」
三人とも今度は豪快に笑った。
「いやいや、別にいいじゃないか。それぞれ好みの味があるのは当然だ♪」
「そうだな。それにどれも美味いのは違いないし♪」
「次のお代わりは違うチーズケーキにしましょうか♪」
ケンカするほど仲がいい、とはこの事だろうか。
(…な~んか姫様と妹紅さんみたいだなぁ)
三人の様子を鈴仙は苦笑いして見ていた。
「じゃあお代わりを頼むか!鈴仙ももっと食えるだろ?」
「アンタ華奢なんだからもっと食わないと大きくなれないぞ!」
「是非全てのチーズケーキを食してみてくださいな♪アレッタさんお代わりを」
「ちょ、そんなに食べたら太りますよ~!」
困り顔であったが鈴仙は決して嫌な気持ちはなかった。幻想郷の大半の妖怪や一部の人間は既に彼女の事情を知っているが、深い付き合いは永遠亭の者達や一部の友人達だけである。月から来たという事情で部外者という気持ちも無くはない。そんな自分が場所が限られているとはいえ外の世界で、ましてやその世界の者とこうして交流し、なんの気兼ねも無く普通に友人の様に自分に接してくれたのが嬉しかった。
……少女食事中……
…………
食後、鈴仙やヒルダ達は揃って店を出る事になった。
「どうもお世話になりました。急に来たのに」
「とんでもないです!ありがとうございました!」
(傷みやすいのでケーキは今日中にお召し上がりください)
「わかりました。永遠亭の皆でいただきますね」
「残念だな~。レイセンがパーティで一緒だったら薬とかポーションとか作ってもらえるだろうに」
「いえ私なんてまだまだです。これからももっとお師匠様の元で修業しないと」
「そっか。互いに頑張ろう。またなレイセン」
「また一緒にお茶しようぜ」
「再会を楽しみにしてますわ」
「はい。ヒルダさんアリシアさんラニージャさんもお元気で」
「皆様ありがとうございました。それでは、またのご来店を」
~~~~♪
…………
鈴仙が扉が閉めると、足元からゆっくりと消えてしまった。
「不思議な場所だったなぁ…。でもあんな居心地は久しぶりだったかも。次は姫様やお師匠様も連れていきたい……って、あ」
とそこまで言って鈴仙は思い出した。自分がまだ出口の見つからない洞窟の中にいた事を。
「あ~、そうだ!私あの穴から落ちてきたんだった!…どうしよう、どうやって出たら…」
出る手段が無い鈴仙。すると、
「鈴仙ちゃんいるのかい!」
穴の上から誰かの声が聞こえた。
「…その声、妹紅さんですか?すみません~助けてください~!」
「待ってな!今ロープ降ろすから」
…………
数分後、ロープで引っ張り上げられた鈴仙はようやく穴から出る事が出来た。
「助かった…」
彼女をひっぱり上げたのは鈴仙と同じ赤い瞳を持ち、地面に着いてしまう位長い白髪に大小多くのリボンを付け、白いシャツに赤いモンペをサスペンダーで固めた不思議な風貌の少女だった。彼女の名は妹紅といった。
「大丈夫かい?」
「は、はい大丈夫です。本当にありがとうございます妹紅さん。でもどうしてここに?」
「てゐちゃんから連絡貰ったんだよ。穴に鈴仙ちゃんが落ちたから助けてやってくれって」
「あの馬鹿てゐ~。誰のせいだと思ってんのよ全く…」
「そう言うなって。結構心配してたんだから。穴の件も後で謝るってさ。災難だったね。まさか私も知らない洞穴があるなんて」
「ええまぁ。…あ、でも全くそうとは言えないかな」
「ん?…そういやその手に持ってるのは何だい?」
「ああこれは」
とその時妹紅が何かを思い出して遮った。
「ああそれよりも鈴仙ちゃん、てゐちゃんからの伝言があった。輝夜の面倒はやっとくよ、だってさ。どういう意味かわかるかい?」
「姫様の面倒?………!!!」
一瞬で鈴仙の顔に焦りが浮かんだ。
「す、すみません妹紅さん失礼します!このお礼は後で永遠亭でお返ししますから来て下さい!!」
「え、ちょ、お~い」
鈴仙は猛スピードで走っていった。彼女は完全に忘れていた。自分が永琳の付き添いで往診に行く事を…。その後、鈴仙と元々の原因を作ったてゐは永琳から軽~いお説教を受ける事になった。それを横目に輝夜と妹紅は一足先に鈴仙が異世界食堂でもらったおみやげを口にしていた。それはスフレ、ベイクド、レアチーズケーキ。そしてショートケーキでワンホールのクォーターだった。
…………
一方その頃…、幻想郷のとある場所にて。
黒い羽を生やした少女
「………妙ですね~。この私が気づく暇もない位一瞬のうちに感じた、先日の山の空気の流れの変化。一体何があったのでしょうか…。その場に一番近くにいたらしいにとりさんやたかねさんは何も無かった様にふるまってますが…怪しい。これは……調べてみる必要がありそうですね。特ダネの予感がしますよ♪」
メニュー11
「ロースカツ・ヒレカツ・カツ丼」
シンプルすぎですが好きなケーキ一位なので出したいと思いました。ショートケーキは苺一択!皆さんは何のケーキが好きですか?
次回は久々に彼女達の登場です。少し先になりそうです。ごめんなさい。
こんにちは、storybladeです。幻想郷食堂をお読み頂きありがとうございます。突然ですがアンケートです。先代博麗の巫女や魂魄妖忌の回があれば読んでみたいと思いますか?公式設定が少ないのでオリジナル要素を含んでしまいますがどうでしょうか?ご意見お願いします。期限は今月一杯です。
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あれば読んでみたい
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不安なので読みたくない