「……」
(う~んこりゃ迷子か…。弱ったな、今はまだ営業中だし…)
(~~~、この子の事は私に任せて)
(頼む~~~。一応警察にも連絡しとくか)
…キュゥゥ…
(ん?はは、おい、そっちの調理俺が変わるからお前この前ヴィルヘイムさんのお嬢ちゃんに作ったアレ、このお嬢ちゃんにも作ってやりな)
(ん?ああ〜〜〜の事か。はは、わかった)
…………
(ほい。お待ちどうさん)
(…綺麗。…食べていいの?)
(ええ。貴女のために作ったものよ)
(爺さんのおごりだ。遠慮なく食ってくれ)
(…ありがとう!)
…………
「…ん」
気が付いた時は外から日の光が見えていた。どうやら夢を見ていた様だ。
「……今のは……夢?」
妖怪の山「守矢神社」
幻想郷最大の場所にして数多くの妖怪が住み着く妖怪の山。その妖怪の山の中、灯篭が並ぶ石段を上った先にひとつの神社がある。それが守矢神社。博麗神社と二分するこの神社は巨大な注連縄が奉納され、立派な鳥居と佇まいをしているお社を持つこの神社は博麗神社とは違う理由で幻想郷に最近できた新しい神社である。
「さて、お参りも終わったしそろそろ帰るぞ」
「うん」
(神様、どうかあの子とうまくいきますように)
「お前なんのお願いしたんだ?」
「い、いや何でもない!父ちゃんには関係ない!」
親子連れ等数人の参拝者が石段を下りていく。妖怪の山の中にある事もあってこの守矢神社も建造当時は人は来ることはほぼ無く、信仰者は妖怪のみであった。しかし妖怪以外にも来てもらいたいと索道を作った事で人々も神社に気軽に来ることが出来る様になったのだ。その影響でより信仰者も増え、博麗神社よりも見た目結構裕福である。
注連縄を背負った青い髪をした女性
「ふ~んあんな小さい子供が恋悩みとはねぇ」
そんな人々の後ろ姿を鳥居の上に座りながら見つめるひとりの女性がいた。紫がかったセミロングの青い髪で頭に注連縄を被っている。服装は全体的に赤い服のロングスカートで関節部分には小さい注連縄の様な飾りと胸元には黒い鏡。そして背中にはいくつもの紙垂が下がった円形のこれまた大きな注連縄があった。
「まだ寺小屋に通う様な歳だってのに最近の子供ってのはませてるもんだ」
笑いながら手に持った盃を口に運ぶ女性。
特徴的な帽子の金髪の少女
「あんまりそんな事言っちゃダメだよ神奈子」
そして女性の隣にはもうひとりの少女が。髪は肩までの長さの金髪、青と白を基調とした服で足には膝までのニーソックスと黒い革靴を履いている。特徴的なのは頭に被った帽子でよく見るとふたつの目玉がある。瞬きもしていてまるで生きている様だ。そんな少女の手にも盃がある事から見た目霊夢や魔理沙よりも幼いのにもう酒が飲めるらしい。
「あんたは一応ここの祭神なんだからね」
「わかってるよ。参拝者の願いに真摯に耳を傾けてるだけさ。てかそれを言うならあんたもだろう諏訪子」
「私は表のあんたと違ってもう裏の祭神だからいいの」
神奈子という女性と諏訪子という少女。ふたりは人間ではない。この守矢神社で祭られている神、祭神である。
女性の名は八坂神奈子。「乾を創造する程度の能力」を持つ元は風と雨を操る天の神であるが今は山や豊穣の神として守矢神社で祭られている。
一方少女の名は洩矢諏訪子といい、「坤を創造する程度の能力」の持ち主で大地を司る神であると同時に、ミシャグジ様という八百万の蛇の神でもある。
「……」
「どうしたの?」
「いやちょっと思い出してしまったのさ。こっちに来て随分経つって事をね」
「色々ゴタゴタしたけど私らもあの子もすっかりこっちに慣れてしまったからね。まぁ元々私らは昔の方が知ってるけどね」
そんな事を話しながら互いの盃に酒を注ぐふたり。
守矢神社は元々幻想郷にあったものではなく嘗ては外界、外の世界のとある地域にあったものである。しかし神道や信仰、奇跡といったものが長い時と共に人々の心から薄れていくと祭神である彼女らの恩恵や存在も次第に忘れ去られていった。信仰を失う事は神霊や精霊の類にとって危機であり、存在の不確定を意味する。それを恐れた彼女らは自分達と守矢を失わないために外界から社と境内の一部、そしてひとりの従者と共にこの幻想郷にやってきたのであった。当初は幻想郷の信仰を集中させようとし、それに激高した博麗神社の巫女である霊夢とひと悶着起こした事あったものの、現在は境内の一画に博麗神社の分社を置いたりしている等なんやかんや一種の競合関係はできている。
「随分といえば私とあんたがこうやって一緒に住むようになってからどれ位経つっけ?」
「……もう忘れちまったねぇ。まぁいいじゃないか。もうずーっと昔の話なんだしさ♪」
「調子いいなぁもう」
「なんだい?久々にいっちょやるかい?昔みたいにさ」
「……いんや。もうずーっと前に終わった事さ♪」
そう言って笑い合う神奈子と諏訪子。
実は遥か昔諏訪子は多くの祟り神や神霊を束ね、守矢神社が嘗てあった場所の地域に一大国家を築いていた。そこに攻め込んできたのが天の神にして大和の神の一柱である神奈子だった。凄まじい戦いの末、攻めてきた神奈子が勝利したが国の民は彼女を認めなかった。そこで神奈子は諏訪子を融合した新しい神を生み出して民に信仰させ、諏訪子はその代わりとして神奈子を山の神としたのであった。云わばふたりは敵同士であったのだが長い時の中でそんな感情はすっかり互いから消えてしまい、今は家族同然に暮らしている。
「そういやあの子はまだ戻ってないのかい?」
「ついさっき天狗が石段を上がってくるのを見かけたって言ってたからもうすぐ」
緑の髪に髪飾りの少女
「神奈子様!諏訪子様!」
とその時、ふたりの名前を呼びながらひとりの少女が石段を上がってくる。長い緑色の髪に蛙と白蛇の形の髪飾りをし、青い縁取りの白い上着に青いスカート、そして手には霊夢の愛用しているものとは違う形の大幣を持っている。
「只今戻りました~!」
「早苗お帰り~。今日はどうだった?」
「今日の布教活動もばっちりでした!皆さん非常に興味持ってくれましたよ!これでうちもますます安泰です!」
「そうかそうか、それは何よりだ」
「明日も晴れるみたいですしまた行ってきますね♪」
「そんなに張り切りすぎなくてもいいって。早苗はここの巫女なんだから霊夢ほどでなくてももう少し落ち着いていいんだよ」
「いえいえできる時にやっておくのは決して悪い事ではありません!」
「たく仕事熱心なこったね。一体誰に似たんだか」
「私にもわかりません!」
元気一杯に返事する早苗と呼ばれた少女。彼女の名前は東風谷早苗。この守矢神社の巫女にして彼女こそ神奈子・諏訪子と共にやってきた人間である。
早苗は元々守矢神社があった地の由緒ある家系に生まれた娘。生まれた者は代々不思議な力を持ち、周りの人間達からは「現人神」と呼ばれた。人の身でありながら神の代理として力を行使する存在といわれるうちに、いつの間にか神のみならずその人そのものまで信仰される存在の事である。中でも早苗は奇跡的な力や術を数多く習得し、彼女も先祖代々から続く信仰の対象となる筈だった。しかし時代の波は早苗の家にも容赦なく押し寄せた。奇跡や神が世迷言や迷信扱いされると早苗もその対象となっていった。これにも危機を覚えた神奈子や諏訪子は早苗も自分達に同行させたのであった。
「まぁやる気があるならいいさ。但しあんまり無茶は駄目だよ?」
「大丈夫です!元気が私の一番の取り柄ですから!それを言うなら神奈子様も御酒をもう少し控えてくださいね?まだお昼過ぎですよ」
「さてさて何のことやら?」
そう言って三人は笑った。まるで親子の様だ。
「あ、そういえば神奈子様、諏訪子様。さっき布教活動中に霊夢さんにお会いしまして…このお札を博麗神社の分社に貼り付けておいてと言われたんです。そうすればここにあの扉が現れても直ぐに私にわかるからって」
「あの扉?」
すると神奈子が思い出した。
「ああもしかして天狗の新聞で見た突然現れる「食堂」への扉の事かい?前に紫も言って来たけど…にしてもほんとなのかねぇ?」
「紫がその話してきたのってもう一月以上前だけど私達一回もその扉見てないもんね~」
「でもでも霊夢さんや魔理沙さん、妖夢さん達も見たって。実際行ったとも言ってますし…」
「突然現れるって事はまさに今現れる可能性もあるって事だよねぇ…。案外次はここだったりして?」
「はは、まさかそんな都合よく起こる訳」
三人でそんな会話を繰り広げていた…その時、
「「「…!!」」」
三人の表情に小さい緊張が走る。諏訪子の帽子の目玉もパチッと大きく開いた。
「この…感じたことが無い感覚は…?」
「諏訪子も早苗も感じたかい?私の勘違いじゃ無さそうだね…」
「行ってみましょう!」
…………
早苗の部屋
そしてそこに来た三人は呆然とした。早苗が普段自室に使っている和室の一画にある筈もない木造りの、「洋食のねこや」と書かれた猫の看板がぶら下げられた扉が鎮座していたからだ。
「こ、こりゃあ…」
「驚いたね~。まさかほんとにこんな突然現れるなんて…。早苗が奇跡を起こしてくれたのかな?」
「……」
神奈子と諏訪子がこれまでの客人と同じ様に突然現れた扉に驚く中、一方の早苗は何も言葉を発さずただ扉を見つめる。
「…早苗?」
「は!す、すみません諏訪子様!」
「まぁ驚くのも無理ないさ。紫や後戸の隠岐奈で突然出てくるのは慣れているとはいっても今まで感じた事ないものだからね」
「……うっすらと不思議な力を感じる。確かに幻想郷のものじゃないね。でも博麗大結界を突き抜けてくるなんて相当なものじゃないとできないよ」
「とりあえずこうやって扉が現れたのも何かの縁だ。行ってみようじゃないか」
「そうだね。面白そうだし♪」
神奈子と諏訪子は行く気満々の様だ。
「では私はお留守番を…」
「何言ってんだい早苗?あんたも行くんだよ」
「で、でも誰もいなくなっちゃいますよ?」
「少し位なら抜けても大丈夫だって。それにこういうところは家族で行かないとね♪」
「そうさ♪」
神奈子・諏訪子は早苗にそう言った。ふたりとも早苗を娘の様に可愛がっている。早苗もまた自分が仕えるふたりを親の様に慕っている。
「あ、ありがとうございます!あ、でも霊夢さんに」
「次からでいいって次からで♪」
こうして三人で扉の先に行く事にした。扉をくぐるには大きすぎるので神奈子は背中の注連縄尾を消して、早苗が扉のノブを引こうとする。
(…でもなんだろう。…何か…凄く懐かしい様な気持ち。外の世界のものだからなのかな…?)
「どうしたの早苗?早く行こうよ」
「ああすみません!行きましょう!」
…………
~~~~♪
扉が開くのと同時に鈴が鳴った先に神奈子、諏訪子、早苗の目に映った光景は幻想郷では見た事が無いインテリアや小物達で飾り付けされた、確かに外の世界の料理屋といって間違いない暖かい光で満たされた店内であった。昼過ぎだからか店内に客はちらほらとしかいない。
「…ほぉ、これは…」
「…確かに幻想郷には無さそうなお店だね。一番近いのは紅魔館や地霊殿かな?」
(いらっしゃませ。ようこそ洋食のねこやへ)
(いらっしゃい。おや?はは、こりゃまた可愛らしいお客さんだ)
(……え?)
「いらっしゃいませー!ようこそ、洋食のねこやへ!」
(いらっしゃいませ)
そこに元気良い声で歓迎の挨拶をしてきたのはアレッタとクロ。
「…!頭に声が…成程、あの黒髪の少女か。紫の言った通りだ」
「…うん、私にもわかる。確かに物凄い力を感じる。そしてこのお店にも強い加護の力がある事が」
「あれを怒らせたら確かにヤバいね…」
事前に紫から神奈子と諏訪子はクロの事を聞いていたらしく、警戒しつつもそれ程慌てる様子を見せ無かった。早苗も知っている筈だがその彼女は店内を眺めるように見ている。
「三名様ですか?どうぞお好きな席へ」
「あ、ああ。あの私ら、幻想郷から来たんだけど…」
「ああ!皆さんも霊夢さんや紫さん方と同じ幻想郷からのお客様なんですね!私はこのねこやで働いているアレッタといいます!宜しくお願いします!」
(…クロと申します)
「アレッタにクロ、だね。私は八坂神奈子。こう見えても守矢神社の祭神だけど、畏まらなくてもいいよ。話しにくくなるからね」
「八百万の神の一柱、洩矢諏訪子だよ♪蛙の神様って訳じゃないんだけど今はこんな感じになっちゃってるんだよね♪」
「か、神様なんですか!?そ、それは大変失礼しました!!」
「だ~か~らそんな風にしなくていいってば。気楽にしなって気楽に。私らからしたらあんたの方が珍しいんだからさ」
慌てるアレッタと特に表情を変えないクロ。因みにクロこそ異世界の最高神の一柱である事をアレッタは知らない。
「そしてこの子が……早苗?」
「あ、す、すみません失礼しました!東風谷早苗と言います!妖怪の山にある守矢神社の巫女で風祝をしています!」
「サナエさんですね!…カゼホウリってなんですか?」
「風の神様を祭る者の事を言います。つまり神奈子様をお祭りしているのです」
「ねぇ、それよりここが外の世界の料理屋さんってほんとかい?」
「はい、ここはマスターの世界にある料理屋です。七日に一回私達の世界と繋がるんです。だから異世界食堂とも言われてます」
「異世界食堂か…。成程ね」
「そんな場所があるなんて…凄いです!このお店も幻想郷と同じく常識に囚われてはいけない場所なのですね!」
異世界と聞いて目をキラキラさせて興奮する早苗。とその時厨房から店主が顔を出した。
「いらっしゃい。ようこ…そ」
「おお吃驚した。あんたがこの料理屋の店主の人間かい?」
「え、ええ。私がこのねこやの店主です。ようこそ幻想郷のお客様。どうぞ、空いてる席へお座りください」
言われて三人は開いている席に適当に座った。
「サービスの水とおしぼりです」
「へぇ、中々いい杯じゃないか」
「ガラスのコップですよ神奈子様」
「おしぼりも冷たいんじゃなくて温かいんだね」
(こちらメニューです。ご注文がお決まりでしたらお申し付けください)
そう言ってアレッタとクロは下がる。
「にしてもこういう椅子と机って慣れてないから少し苦手だねぇ」
「いつも畳と卓袱台だからね」
「私も外の世界にいた時は学校でしか座らなかった…」
(お母さんやお父さん…すぐ会える?)
(大丈夫。きっと直ぐに会えるわ。だからここで一緒に待ってましょう)
「……」
「どうしたの早苗?今日はいつも以上にぼーっとしてるね?」
「少し疲れてるんじゃないかい?」
「い、いえ全然大丈夫です!あと諏訪子様!私そんなに普段ぼーっとしてませんよ~!」
「ははは、ごめんごめん♪」
「…確かに居酒屋や里の甘味処では見ないものばかりだねぇ。酒も見た事無い物が多いよ」
「来たのはいいけど私と神奈子はお昼終わってるからね~。そういえば早苗お昼は?」
「ああ思い出しました!私お昼食べるの忘れてました!だから私は何かご飯ものをお願いしようと思います!」
そして早苗もメニューに目をやろうとした時、
「はいクロさん。あがったからお出しして」
厨房の方からそんなやりとりが聞こえ、言われて何かを受け取ったクロがそのまま赤いドレスに身を包んだ銀色の髪の少女に出した。
(お待たせしました)
「どうもありがとうございます」
「本当に好きだね〜義姉上」
(……あれは…)
「……神奈子様、諏訪子様。すみませんがお菓子の欄を見てもいいですか?」
「え?ああいいよ」
言われてデザートのページを開く神奈子。すると、
「……私、これにします」
早苗はデザート達の中からあるものを指さした。
「食事ものじゃなくていいのかい?」
「…はい。これがいいんです。なんでかわからないんですけど…これが食べたいんです」
そう言う早苗の目はどこか真剣だった。そんな彼女を見て思う事があったのか、
「…アレッタ~、注文いいかい?」
「はーい!お決まりですか?」
「うん。これをみっつ貰えるかな?」
神奈子と諏訪子も早苗と同じものを注文した。
「え?」
「あと私と諏訪子は酒も飲みたいんだ。難しいと思うけど何かこれに合いそうなお酒ってあるかい?」
「お酒ですか?ええっと…ちょっと確認してきますね!」
紅茶が当たり前と思っていたらしいアレッタは店主に聞きに行った。
「おふたり共いいんですか?別に他のものを召し上がっても…」
「いいからいいから♪」
「丁度うちらも甘いもの食べたい気分だったしね♪」
笑ってそういうふたりの気持ちに気づいて嬉しく思った早苗。
「お待たせしました!ではお酒はこちらにお任せする形で宜しいですか?」
「ああ任せるよ」
「かしこまりました!少々お待ちください!」
…………店主調理中…………
…………
そして暫くして彼女らが注文したものがテーブルに運ばれてきた。運んできたのは店主だ。
「お待たせしました」
「あ、来た来た」
店主は早苗達の前にあるものを出した。
透明なグラスの中に白と黒色、小麦色の何かが綺麗に層を作り、その上に赤、黄、緑等様々な色をした果実達。それと一緒に添えられているのはまるで真っ白な雲を思わせる生クリームと、同じ色をしているもうひとつの白い山。見た事無い焼き菓子。それらの上から黒い色のソースがかけられている。
「ご注文いただきました、チョコレートパフェです。どうぞお召し上がりください」
「へぇ~これは賑やかっていうか鮮やかだねぇ」
「食べるのが勿体ないね!」
(貴女のために作ったものよ)
(遠慮なく食ってくれ)
「…これは…」
「そしてこちら、ご注文のお酒です」
神奈子と諏訪子の前にそれぞれ置いたグラスに店主が瓶からお酒を注ぐ。注いだ瞬間泡が立つ、透き通った薄い桃色をした酒だ。
「このお酒泡が立つんだ」
「スパーリングワインのシャンパンという酒です。俺達の世界じゃあこの酒と一緒にチョコレートを嗜んだりしています」
「チョコレートってこの黒いやつの事だね?」
「ええ。あとこちらの苺やキウイとも中々合うと思いますよ。それではごゆっくり」
そう言って店主は下がっていった。
「取り合えず食べようよ」
「そうだね。まずはこの酒から…」
神奈子と諏訪子はグラスを合わせてまず一口飲んでみる。口に含むとまず泡の正体である炭酸の弱い刺激。続いてほんの少しの辛味とワインの持つ若干の渋み、しかし微かにだが甘みも感じる。喉に流した後にはさっぱりとした後味が残る。
「ほぉ、こいつは面白いね。私らが普段飲む酒ともずっと前に飲んだ事がある葡萄酒とも違う。複雑な味だ」
「飲んでて爽やかな気分になるね~」
「さてさてこれがこのチョコレートパフェ、というこれとどう合うか…。まずは軽く食べてみようかね」
続いてスプーンを取ってチョコレートパフェに取り掛かる。神奈子はまずチョコレートがかかった生クリームを掬い、そのまま口に運ぶ。口の中で甘いが甘すぎはしない豊かな乳の味を感じるクリームと、チョコレートの甘さと苦みが交わる。
「…美味いね。それに見た目結構甘そうだと思ったけど…見た目ほど甘すぎはしない」
諏訪子がまず食べたのはその横にあるもうひとつの白い山。スッとスプーンが入ったそれを口に運ぶとまず冷たさを感じ、その直後にこちらも乳の豊かな風味を感じる強い甘み。そして瞬時のくちどけ。まさに雪の様である。メニューに書かれていたアイスクリームというものだろう。
「吃驚した~。これかき氷みたいに冷たくて直ぐに溶けちゃうけど…甘くて乳の後味が強く残るよ」
「このチョコレートってものがこの酒に合うって店主は言っていたけど…」
神奈子はチョコレートが多くかかった部分をまず食べて味わった後、シャンパンを口に含む。舌に残るチョコレートの甘みと苦みの後味がシャンパンの風味と複雑に絡み合う。
「へぇ、中々いけるじゃないか。まぁ流石に日本酒と魚程とはいかないけど」
「でもこの苺や緑の果物の甘酸っぱさとも合うね」
チョコレート・生クリーム・アイスクリーム。色々な果物。そして層にある小麦色のサクサクとした食感のフレークというものや添えられている焼き菓子。様々な味と食感を楽しめるチョコレートパフェとシャンパンの味を神奈子と諏訪子も気に入った様だ。
「どうだい早苗。どうしても食べてみたいって言ってた味は?気に入ったか…い?」
「早苗?」
「……」
神奈子と諏訪子は言葉を失った。早苗はスプーンを咥えたまま、何か想う事がある様な表情をしていた。その早苗の頭の中には…ある記憶が思い出されていた。
…………
私の生家である東風谷は古くから現人神と呼ばれる程の強い力を持つ者を代々生み出してきた旧家で多くの人々から尊敬と畏敬の念を持たれていた。そんな東風谷の家に生まれた者として私もそれに漏れず、生まれた時からそうなる事を既に運命付けられていた。幼い頃から様々な学びや訓練を受けてきた。普通の子供とは違う生き方。家の教えを特段嫌と思ったことは無い…気がする。ただ…生まれとか家とか関係なく、少し位普通の子供らしい事を経験してみたい気持ちも今思えばあったかもしれない。
……そんな私がまだ幼かった頃ある日、こんな出来事があった。私の母が私を一度位旅行に連れて行ってあげたいと言ったのだ。反対する人も少なからずいたがやがて母の説得に圧された。今思えば母は娘である私にこれから大きくなって教育も訓練もどんどん厳しくなる前に一度位思い出を作ってあげたかったのかもしれない。そして私は初めて故郷の外に足を踏み出した。行った先のそこは私の今まで見た事無いものや人の山に溢れていた。まだ小さかった頃の私からしても見るもの聞くものが全て新鮮で刺激的だった。
(お母さん…お父さん…どこ…?)
そしてそんな私に事故は起こった。今からお昼ご飯を食べようとある場所を両親と一緒に歩いていた時、迷子になってしまったのだ。故郷と違って全てがまるで異世界の様な場所にひとりぼっちになったのはすごく怖かった。好奇心も吹き飛んでしまった。どこにいるかわからない両親の姿を探してただ闇雲に歩いていた。
(………?……いい匂い…)
そしてある道に入った時、ふっと香ったとてもいい匂いに私はすっかり引き寄せられた。先には猫の看板がかかった大きな木の扉。私は子供ながら迷いなくノブに手をかけた。大きな扉だったがなんとか手が届いた。
~~~~♪
(…あ、いらっしゃい。ようこそ洋食のねこやへ)
(…おや?はは、これは可愛らしいお客さんだ)
扉を開けるとそこはまた見た事もない風景。和の屋敷である家とは違った屋内。木のテーブルに椅子。いい匂いに満ちた場所とそしてふたつの声。男性と女性。初めは私は見てきっと親子連れだと思ったのだろう。しかし私しかその場にいなかったのを見てちょっと心配そうな顔をした白髪で白髭、そしてコック服に身を包む男性が私に話しかけた。
(お嬢ちゃん、お母さんやお父さんはどうした?)
「……」
迷子だった事を思い出した私は半泣きで顔を振るしかできなかった。
(う~んこりゃ迷子か…。弱ったな、今はまだ営業中だし…)
(大樹。この子の事は私に任せて)
(ああ頼む暦。一応警察にも連絡しとくか)
…キュゥゥ…
小さく鳴ったのは私のお腹。それを聞いた男の人は苦笑いして厨房にいるらしい人にこう言った。
(おい、そっちの調理俺が変わるからお前この前ヴィルヘイムさんのお嬢ちゃんに作ったアレ、このお嬢ちゃんにも作ってやりな)
(…ん?ああ、チョコレートパフェか。わかったよ)
もうひとりの男の人が顔を出してそう言った。男性の奥さんであろう女性に別の席に案内された。やや老いているがとても綺麗な人だった。女性は私が不安にならない様、横から優しく声をかけ続けてくれた。そしてそうしている内に、
(ほい。お待ちどうさん)
若い男性があるものを持ってきて自分の前に出した。大きくてとても綺麗で見た事も無いもの。初めて見るそれに私は目を見開く。
(…綺麗。…食べていいの?)
(ええ。貴女のために作ったものよ)
(爺さんのおごりだ。だから遠慮なく食ってくれ)
(…ありがとう!)
女性と若い男性は笑いながらそう言った。私は笑顔でそれにスプーンを入れた。そしてそれから暫くして、警察から連絡を聞いた両親が迎えに来てくれて、そのままそこで家族一緒にご飯を食べた。帰り際、お店の人達は優しい笑みを浮かべながら、
(ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております)
…………
(…その後母が亡くなって、家の事や自分の事が忙しくなって、あの時のお店どころか遠出する事も無かったな…。もしかしたらと思ったけど…やっぱりあの時食べたものと同じ。あの時と形も味も…何も変わってない…。そしてあの店主さんは…きっとあの時の)
「おーい早苗~」
「え?あ、すみません諏訪子様!」
「どうしたんだい泣いちゃって」
「えっ?」
諏訪子に言われて気が付いた。自分が無意識で目から一筋の光るものを出していた事に。
「泣くほど美味しかったかい?」
「…はい!凄く美味しいです!」
凄くいい笑顔の早苗。しかし先程の彼女の表情が気になったのか、
「……ねぇ早苗。うちらと来て…良かったかい?」
「後悔してない?」
神奈子と諏訪子はふとそんな事を聞いた。ずっと見てきた彼女らだからこそ思う事があったのだろう。早苗は一瞬キョトンとしたが、
「どうされたんですか?あったりまえじゃないですか!私は神奈子様諏訪子様と一緒で良かったと思ってます!」
直ぐに嘘偽りなんて無い幸せそうな顔で返した。その後チョコレートパフェがきっかけで銀髪の少女や褐色の肌の少女とも知り合い、交流する様になるがそれはまた別の話。
……少女食事中……
…………
「ありがとうございました!(ありがとうございました)」
「中々いいお店で気に入ったよ。お土産もありがとね♪」
「次来れた時は腹空かせて来るよ。食事もしたいからね」
「ええ。是非お越しください」
「お世話になり……!」
その時早苗の目にあるものが入った。一枚の写真。目の前の店主ともうひとりの男性が写っている。
「あ、あの…あの写真は…」
「ん?ああ、俺と先代の店主です。俺の祖父さんですけどね。もう10年以上前に亡くなったんですが…」
「! そう…ですか…」
その言葉に早苗は少し寂しそうな顔をした。
「あの…つかぬことを聞きますが、先代様の奥様は?」
「ああ祖母ちゃんなら今も元気ですよ」
「この前初めてお会いしたんですが凄く綺麗な方なんですよ」
「…そうですか。…ありがとうございました!また扉を見つけたら来てもいいですか?」
「…ええ勿論。お待ちしております」
~~~~♪
…………
それから時刻は過ぎ、
「お疲れ様でしたー!(お疲れ様でした)」
「おう、今日もお疲れさん。じゃあまた七日後宜しくな」
〜〜〜〜♪
アレッタとクロは仕事が上がって帰った後のねこや。最後の締めの作業に取り掛かろうとした時、店主は思い出した。
「…そういや昼過ぎに来たあの子、やっぱあん時の子だよなぁ…。なんで幻想郷から来たのか経緯は聞かなかったんだが、まさかあんな再会になるとは。…ま、元気そうで良かった。なぁ祖父さん」
祖父が写る写真にそう言ってから彼は仕事を始めた。
…………
翌日の朝、守矢神社
「おはようございます!さぁー今日も頑張りますよー!」
「今日も良い調子だね早苗」
「やれやれ朝からそんなんで大丈夫かい?」
「元気があればなんでもって言うじゃないですか!商売繁盛交通安全、安産祈願に学業成就、今日も守矢の社務所は大放出です!」
笑う諏訪子、苦笑いする神奈子に元気一杯で返事しながら今日の業務を始める早苗だった。
投稿間に合いました。
ヨミとアーデルハイドの回を見て思いついた回です。早苗は外の生まれなのでこんな事もあるかと…。次回は年末頃にちょっとした番外編を投稿予定です。
こんにちは、storybladeです。幻想郷食堂をお読み頂きありがとうございます。突然ですがアンケートです。先代博麗の巫女や魂魄妖忌の回があれば読んでみたいと思いますか?公式設定が少ないのでオリジナル要素を含んでしまいますがどうでしょうか?ご意見お願いします。期限は今月一杯です。
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あれば読んでみたい
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不安なので読みたくない