幻想郷食堂   作:storyblade

36 / 37
メニュー32「フライドチキン」

「じゃあまた宜しくな」

 

「はい!お疲れ様でしたー!」

 

(お疲れ様でした)

 

今日も異世界食堂営業日。…は、無事に何事もなく終わった。異世界の客も幻想郷の客も皆満足して帰り、最後はいつもの様に赤も寸胴鍋一杯のビーフシチューを持って帰宅。賄いも後片付けも終わり、アレッタとクロは帰っていった…。

 

~~♪

 

「…ふ~。さて、あとは軽く見るだけだな」

 

そう言って店主が最後のチェックをしてから上がろうと思った…その時、

 

~~♪

 

再びねこやの扉が開かれた…。

 

 

…………

 

「……」

 

周囲は暗闇。場所は幻想郷のどこか。そんな場所に…ひとつの存在が確かに動いている。夜の闇もあるのかもしれないがそこは一段と暗い。自分の姿も確認できない程である。当然周りに何があるかもわからない。そんな中をその存在はただ歩いていた…その時、

 

 

ヴゥゥゥゥゥンッ!!

 

 

(!?)

 

足を止める。何か…妙な気配を感じた。今までに感じた事が無いなにか。

 

(……こっちか?)

 

言葉にならない声を出して気配を感じた方向に足を向けると、そこには扉が見えていた。木で造られた猫の看板が掛けられている扉。周りが何も見えない程の暗闇なのに何故かその扉だけははっきりと見える。

 

(…扉?何故こんな所に…こんなもの前は無かったぞ…)

 

扉は確かにそこに存在している。そして金色に輝く西洋風のドアノブに手をかけると扉に鍵はかかっていないらしく、自分にも開けられる感じが伝わって来た

 

(………行け、という事なのか?)

 

抵抗はありつつもそれはゆっくりと扉を開けた…。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「!眩しい…!」

 

手をかけられた扉を開けるとそこから強い光が漏れ出てくる。

 

「…え?い、いらっしゃい!随分遅いご来店ですね」

 

扉を開けた先には妙な恰好をしたひとりの男がいた。全身白い見た事無い服装で髭を生やした男。そしてそこは今まで見た事も無い様な場所だった。

 

「な、なんだ…ここは!?」

 

「ここはねこやっていう、しがない料理屋ですよ」

 

「…は?料理屋だと?こんなとこ……ていうか待て、お前…もしかして、私が見えているのか!?」

 

「え、ええ普通に見えてますよ?。……あれ、お客さんどなたかに似てる様な……ああそうだ確か…華扇さんって言いましたっけ」

 

現れた少女の恰好は店主が知るとある少女によく似ている。胸元に花飾りが付いた茨模様がある前掛け。その下の服も殆ど同じで手首には鎖が付いた鉄の腕輪。足には黒いタイツを履いていたり腕に布は巻いていなかったり、全体に黒みがかっているが基本的にはよく似た格好。そして何よりも顔がよく似ている。違うのは頭から二本の角が生えている事や目にアイシャドウをしている事だろう。そんな少女はその名前を聞いた途端目の色を変える。

 

華扇によく似た少女

「…華扇だと!お前…あいつを知ってるのか!?」

 

「ええ。たまにですがこちらにお菓子を召し上がりに来られますよ。お客さんは華扇さんのご家族か何かですか?」

 

少女は思った。本当の事を言ったらややこしくなる。更にここに来る事という事は目の前の人間が華扇に話すかもしれない。それだけは避けなければならない。ここは黙らせるべきかもしれん、そう思って少し力を腕に込めると…、

 

「…!!!」

 

ある事に気づいた。この場所がとても強力な力に加護されている事を。例えで言えば…全てを焼き尽くさんとする力と、全てに死をもたらさんとする力。それがまるでこの場所とこの人間を守っているかの様に存在している。手を出せば逆に自分が破滅をもたらされるかもしれない…。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

一方目の前の人間はそれに気づいていないのかあっけらかんとした表情をしている。こちらを警戒している様にはまるで見えない。少女は取り合えず今何かするべきではないと察した。

 

「……いや、なんでも無い。その、だな、華扇のやつは…私の、双子のお姉ちゃん、みたいなもんだ」

 

「はは、やっぱりそうですか」

 

「それより何なんだ料理屋っておい。私は…随分チンケなとこに住んでるが今までこんなの見たこと無いぞ?」

 

「ああそれは…」

 

未だ困惑しているその少女に店主は説明した。

 

「…てな理由でして」

 

「…どこにでも突然現れる別世界の飯屋の扉。そんなもんがあるってのか。…俄には信じがたいが、実際来てるんだから信じない訳にはいかないか…。因みに博麗の巫女のやつは知ってんのか?」

 

「博霊…ああ霊夢さんですか?ええ少し前から来ていただいてますよ。お守りも頂きま」

 

 

ぐぎゅるるるるぅぅぅぅ…

 

 

その時、静かな室内に音が響いた。一瞬沈黙する室内。

 

「〜〜〜!」

 

そして続けざまに顔を真っ赤にするその少女。音の出所は彼女の腹。

 

「…ふ、ふふ」

 

「わ、笑うな!」

 

「ああすいません。どうです?折角ですからお客さんも何か食べていかれませんか?閉店後なんで出せるものは限られますができるものもありますよ」

 

閉店していてもこのまま帰すのも悪いと思った店主はそう言う。今まで開店前に料理を出している事もある、今更ひとり来てもどうという事はないらしい。

 

「…生憎私は金を持っていない」

 

「それもご心配なく。お代は紫さんから十分すぎる程頂いてるんで」

 

「紫?八雲紫か?あいつもここ知ってんのか?」

 

「ええ。だから気にしなくて良いですよ。遠慮なく食べてってください」

 

それを聞くと少女は少し悔しい様な表情を見せつつ、

 

「……なんかあいつに借り作るみたいで気に入らないけど…まぁいい、そこまで言うなら折角だから何か食わせてもらおうか。肉が良い。あと酒があればくれ」

 

「肉ですね。じゃあ何があるか探してみますんで、座ってお待ち下さい」

 

言われてテーブル席に座る。店主は厨房に何があるか探しているらしい。少女も周りを見渡すと今自分が座っている机といい見たこと無い小物たちといい、確かにそこが幻想郷の何処でもない、ましてや嘗ての自分がいた場所でもない事がわかる。

 

(…何なんだここはほんとに…。何でこんな場所に繋がっちまったんだか…)

 

「…お、これがまだあったな。お客さん、「フライドチキン」でいいですかね?」

 

「…ふらいど、ちきん?」

 

「鶏肉を揚げたものです。美味いですよ」

 

「鶏か。ああそれでいいよ」

 

「骨ありと骨無しどっちがいいです?」

 

「どっちもくれ」

 

「はいよ、少々お待ち下さい。あ、先に水とおしぼりだ」

 

思い出した店主は先に水とおしぼりを出し、続いて調理に入る。レモンと氷が入った綺麗な水を一口飲み、

 

「…柑橘が強いが美味いな。こんな冷えた水は久々だ」

 

 

ジュワァァァァァァ…

 

 

厨房から何かを揚げる音が聞こえる。客が来て盛り上がっている時は気にならないが今は店主と少女のふたりだけ。普段よりも静かな部屋でその音と揚げ物の香りが伝わる。

 

「……ゴク」

 

 

 

 

……店主調理中……

 

 

 

 

…………

 

「おまたせしました。フライドチキンです」

 

少しして店主が運んで来たのは…こんがりと茶色く揚げられた鶏のもも肉と胸肉。骨付きがもも肉で骨無しが胸肉だろう。揚げたてを強調する様にパチパチと音をたて、強い香ばしい香りがする。それと一緒に出されたのは茶色い瓶に入った酒と透明な盃。

 

「揚げたてなので熱いですからお気を付けください。こちらのレモンをかけるとさっぱり召し上がれますよ。そしてこちらビールになります。サーバーの分が無くなったんで瓶で申し訳ないです。お注ぎしましょうか?」

 

「いやいい自分でやるよ」

 

「わかりました。フライドチキンも瓶ビールもまだ少しストックがありますんで。それではごゆっくり」

 

店主は厨房に下がる。少女は目の前に出されたフライドチキンとビールというものに向き合う。

 

「…じゃあまず酒からいくか。ビールっていったが…」

 

少女は手元にあるグラスに瓶からそれを注ぐ。「シュワァァ」っという音と共に瓶から黄金色の酒と黄色みのある泡が流れ込んでくる。その見た目に少し驚きつつも口を付けると、

 

「……!!」

 

口内、そして喉を流れていくのは針を刺した様な刺激と酒精の風味。そのすぐ後に少しも後味が残らないすっきりとしたキレ。今まで氷室にあったかの様な冷たさ。少女はグラスに注いだそれを一気に飲むとすかさず今度は瓶のまま口を付け、無言のまま一気に飲み干す。

 

「は~~~…おい店主!この酒あるだけ出してくれ!」

 

「は、はい。お客さんも凄い飲みっぷりですね~」

 

ビールで口と喉を十分に潤した次にフライドチキンたるものにとりかかる。もも肉の足先である場所に銀色の紙が巻かれているのはきっとここを持って食べるのだと察した少女はそこを掴み、口元に近づけるとより香ばしさを感じるそれにがぶりと食らいつく。

 

(…美味い…!)

 

まず感じるのは「ザクッ!」「バリッ!」という食感の薄い揚げ衣。そしてすぐ下には強い弾力とたっぷりの肉汁と脂が「ジュワッ!」と溢れ出てくる鶏の肉。肉と衣がとても濃くて力強い味をしている。塩以外にも多くの香辛料、そして香草も使われ、ちょっとだけだが醤油の風味もある。きっとこの国の味に合う様にしているのだろう。たっぷりの油で揚げられているそれは噛むほどに脂がとめどなく出てくる。

 

(ここでこれだな!)

 

フライドチキンの余韻がある内に続いてビール瓶に口を付ける。ビールのすっきりした感じが口の中の油っぽさを洗い流していく。そのままの勢いでもも肉二本をあっという間に平らげ、次は胸肉の方にかかる。胸肉はもも肉に比べて柔らかく、脂も幾分控えめだが骨が無くて食べやすい。そして肉と揚げ衣の間にあるジューシーでカリカリな皮がいい。教えてもらったレモンをかけるやり方も試してみる。強い酸味を持つ果汁が肉の油をさっぱりさせてくれる。胸肉の方も瞬く間に綺麗に平らげた。まだまだ入りそうだ

 

「店主!このフライドチキンってやつも多めにおかわりだ!」

 

「はいよ。お客さん随分気に入ったみたいですね。…あ、ちょっと待ってくださいね」

 

おかわりと一緒に店主は余りの丸いパンを持ってきてこれに胸肉を挟んで食べても美味いと言われたのでやってみる。揚げたてのフライドチキンと葉野菜、そしてタルタルソースという白いタレの様なものを挟み、再び食らいつく。脂と肉汁溢れるフライドチキン、新鮮な葉野菜、少しの酸味と卵のまろやかなタルタルソース、それを全て受け止めるふわふわでほんのり甘いパンの組み合わせが口に広がる。

 

(…これはたまらんなおい)

 

最初の警戒感はどこへやら、その後も少女はフライドチキンをビール瓶片手に無くなるまで味わい続けた。

 

 

 

 

……少女食事中……

 

 

 

 

…………

 

「…ふ~。食った食った」

 

「ご満足いただけた様で良かったです」

 

「ああ。……なぁアンタ、散々食わせてもらった後にこんな事聞くのはなんだが…なんでこんな事やってんだ?人ってのは存外人でない者を怖がるもんだぞ。何かされる怖さはないのか?」

 

少女の問いかけに店主は、

 

「この特別営業を知った最初は勿論色々思いましたよそりゃ。なんせ見た事無い方々ばかりなんですから。でも色々な世界や世の中があるんだって思ったらあまり気にならなくなりましたよ。先代が作った飯を皆さんが美味いって言ってるのも見てたら余計にね」

 

「……ふ~ん。そういうもんかね。どうやら私がいた時代や封印されてた間に人は随分怖がりじゃなくなったみたいだな」

 

「全部が全部そうじゃないと思いますがね。……?封印て?」

 

「ああいい気にしないでくれ。アンタはきっと幻想郷では困る存在だろうな。あっちでは妖怪は恐れられなければならないから」

 

「はは、そうですね。俺はここで料理を振舞っているのが性に合ってます」

 

頬をかきながら苦笑いを浮かべる店主だった。

 

「…さて、私はもうおいとまするよ」

 

「お土産を持って帰られませんか?」

 

「いやいい。辺鄙なとこだから持っていけないんだ。……ひとつ頼みがある。幻想郷の奴らには私が来た事は絶対に教えないでくれ。特に華扇にはな」

 

「…はい、わかりました。何方にもお伝えしません」

 

店主はほんの少し気になったが従った。鰻の時みたいにたまに相談に乗ったりする事はあるが、基本的にお客の事情には一々口を挟まない。無理に干渉しないのがポリシー

 

「わかったならいい。あああと……久しぶりに美味いものを食った。ありがとな」

 

自分がやる事はいつもひとつ。今みたいに美味いものを食べてもらい、満足してもらうだけ。

 

「ありがとうございます。またのご来店お待ちしております」

 

「…ああ来れたらな。ごちそうさん」

 

 

…………

 

〜〜〜〜♪

 

 

少女が扉を閉めると何も無かった様に消え、彼女の周囲は再び闇に包まれた。

 

(…全く妙な場所だった。あと妙な人間だった)

 

だが扉に入る前と違うのは妙な満足感。美味い物をたっぷり食べた事とあの店の妙な温かさだろうか。

 

(…私も焼きが回ったな。仮にも一部とはいえ、鬼である筈の私が人間を食わず、あろうことか人間が作った飯に懐柔されるなんて)

 

鬼が始めて出てきたのは平安時代と言われている。その語源は「隠(オヌ)」。目に見えない存在を指す言葉。 古代中国から伝わった「鬼」という漢字は後から当てられたもの。 当時鬼は人間の目には見えないにもかかわらず、人間を襲い、食べてしまう恐ろしい存在として語られていた。そして嘗てその平安時代。京の都を荒らしまわったひとりの鬼がいた。仲間の鬼と共にその剛腕無双で周囲を蹂躙してまわったその鬼であったが、やがてひとりの武将によって仲間が倒されると自分は腕を切り落とされたものの何とか逃げ延びた。その後のその鬼の行方は明らかではない。一説には生まれの場所に戻ったとも言うが記録が無く、それも定かではない。

…それもその筈。鬼は切られた後に封印されていた「自らの腕」を取り戻し、とある世界に逃げ込んだのだから。その後、その鬼は今度こそ姿を消した。既に封印が解けかかっていた自らの腕を残して…。

 

(まぁ…不思議と悪い感じはしなかった。もし次行けたら……また行ってみるのもありか)

 

それからその少女が異世界食堂の扉をくぐるのは随分先の事となるか、それともそう遠くない未来かはわからない。ただひとつわかるのは次行った時も再びフライドチキンを山ほど食べるだろう映像だけ。

 

 

…………

 

~~~~♪

 

 

「いらっしゃいませー!」

 

「いらっしゃい華扇さん」

 

七日後、華扇が来店した。

 

「ええこんにちは。今日も扉が屋敷に現れたから食べに来たわ」

 

「ありがとうございます。お席にどうぞ!」

 

「今日は…クラムチャウダーというのにするわ。あとデザートにストロベリーパフェとレアチーズケーキとシナモンクレープとチョコレートアイスとあとえっと」

 

「ほ、ほんとに甘いものがお好きですね~」

 

スイーツのページを見て笑顔になる華扇。驚くアレッタ。優しく微笑む店主だった…。

 

 

…………

 

おまけ

 

「…ふっふっふ。つい最近面白い事がなくて退屈してたが、天狗の新聞によれば地上の奴ら、中々楽しそうな所に行っておるらしいではないか。そんな面白そうな事に私を混ぜないとは…許せん!ここは私も行ってみるか!どこに出るかわからんらしいがまぁどうにでもなるだろ♪さて、衣玖の奴に見つからん様にせんとな…」

 

またまた幻想郷のどこかで動くひとつの影がいた。




メニュー33

「天人のリクエスト」

今回のゲストが誰なのか、わかる方はわかると思います。短くなりましたが、いつも以上に音や食事風景を書いてみました。次回はまたひと月位空く予定です。御免なさい。
次回、最後のおまけのキャラですが争いはしません。本作はあくまでも平和的に、です苦笑。

「インフィニットストラトス」と別作品とのクロスオーバー小説で、主人公がどちらの立場の小説が読んでみたいと思いますか?時間的にひとつしか無理そうなのですがどちらで行くべきか悩んでいます。期間は今月一杯位。ご意見いただければありがたいです。

  • 生徒(束の弟で箒の双子の兄)
  • 教師(コーチ)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。