「よ、今日も精が出るな」
「あ、おはようございます!」
(おはようございます)
「おはよう」
聖達が来て七日後。今日も今日とて、フライングパピーの店長がいつもの様にデザートを卸しに来た。するとアレッタがケースの中のとある商品に気づく。
「わ!なんですかこの綺麗なの!凄く可愛らしいですね!」
「それは来週から売り出す予定の春限定の新商品さ」
(この前塩キャラメルのケーキを出されたのではないですか?)
「どっかの誰かさんがしょっちゅう新メニュー出してるからな、うちも負けてられないのさ。なんならふたりもこいつの奢りで食ってみるか?販売前に感想聞かせてくれ」
「……もう一度言うけど一個だけだぞふたり共」
「ありがとうございます!」
ペコ(…いただきます)
そう言ってそれをぱくりと食べるアレッタとクロ。
「……凄く美味しいです!とても甘酸っぱくて!大好きですこれ!」
(うん)
「そうか良かった良かった。それとこれははい、予約されてたもんだ。今日だったろ?」
「おお悪いな。ああ、確か四人位で来るって言ってたっけ…」
「そうか。ああそれと、さっきの新商品でもうひとつ相談があるんだけどな。……」
「春」。冬の寒さから夏の暑さに移り変わる間であり、冬の名残の適度な涼しさと夏前の適度な暖かさを感じられる時期。一年の中では最も気候の良い穏やかな季節とも言われる。眠っていた花々が蕾を開き、動物達が冬眠から目覚める。新年度、新入生、新社会人の様な華やかな行事もあれば、卒業、門出等のめでたくもほんの少しの寂しさも味わう季節である。
博麗神社
「は~るで~すよ~♪」
そしてここ幻想郷も春を迎えていた。博麗神社の上空には春を告げる妖精、リリーホワイトが飛んでいく。彼女の声と共に幻想郷の春が本格的に始まると言っても過言ではない。そして一部の妖怪や妖精にとってはこの時期楽しみにしているものがあった。
ワイワイガヤガヤ…
「霊夢~酒が足りないぞ~」
「霊夢さ~ん。こちらはお皿が足りなくなってきました~」
「うっさいわね~。そう思うなら自分も持ってきなさいよね」
「落ち着いて霊夢。酒なら持って来てあるから」
「…ん?おお酒虫入れてあんじゃないか!こいつを入れた酒は美味いからなぁ」
「それにしても相変わらず騒がしいわねぇここは」
「そう思うなら自分の家でやっていればいいじゃないの」
「紅魔館は桜が無いの~!咲夜〜今度うちにも桜植えてよ〜」
「はいはい。どうぞお嬢様、妹様」
酒を飲んだり食事したり、音楽を奏でたり、皆桃色の花を眺めながら賑やかに楽しむ者達。ここまで言えばもう何をしているかは一目瞭然であろう、花見だ。毎年この時期になると博麗神社の裏にある桜達の下で花見をするのが一種の通例になっている。しかし集まるのはいつも妖怪や妖精や彼らを許している人間ばかりで、普通の人はまず来ない。
「予想はしてたけどやっぱり今年も人はいないわね。また妖怪神社の噂が広まるわ…」
「はっはっは♪実際そうなんだから今更気にすんなって」
「馬鹿チルに言われるとなんか腹立つー!」
「おいおい折角のめでたい花見なんじゃならそう怒るでない怒るでない」
「化け狸に言われるのもシャクね…。こうなったらイライラ沈めるために酒も肴も存分に食べてやるわ!」
「ヤケ酒じゃないのそれじゃ…」
「いいのよ神社を提供してんだから。てか毎回毎回なんでここに来んのかしら?桜なら白玉楼の方が立派でしょうが。庭だって広いし」
「あそこは霊共の集まりだから賑やかでいえばこっちの方が上なんだぜ」
「それに冥界に近い場所という事もあって白玉楼の桜は冥界に普通の桜と違い少し色が暗めですからね」
「妖夢ちゃ〜ん。おかわり〜♪」
そんな感じで誰もが春の訪れと花見を満喫していた。その中には命蓮寺の者達の姿もあるが…、
「そういや聖はいないな。留守番か?」
「響子と星様はお留守番だけど聖様は「神霊廟」に行ってるよ。今日はちょっと変わった用事があるんだ」
…………
「霊廟」とは死者を祀る物であり、墓と同じに聞こえるがその大きな違いは墓が墓石や土を固めたものであるのに対し、霊廟は建造物である事。最も代表的なのはインドのタージ・マハルだ。残っているいないに関わらず霊廟は世界中に数多くあるが、幻想的にも僅かに存在する。
命蓮寺の地下深くにある巨大な空間。そこに上から見て八角形の大きな塔が建っている。名を「夢殿大祀廟」というそれは元は外の世界にある物であったが、とある理由からこの幻想的にやってきたものなのだ。そして今ここには誰もおらず、無人の廃墟となっている。というのも霊廟と名乗っているが中の者達は実は生きている。正しく言えばつい最近まで眠りについていた。そして…幻想郷のどこか、行ける者も知る者も決して多くない、そんな場所に一軒の中華風の屋敷兼道場がある。
聖
「こんにちは、屠自古」
そんな場所に来たのは命蓮寺の住職、聖白蓮。
帽子を被った足が無い少女
「おや?なんだ聖様じゃん。いらっしゃい」
そして聖を迎えたのはひとりの少女。黒い烏帽子をかぶった緑色の髪と濃い緑色のワンピース。最も特徴的なのは足ではなく、幽霊の様な足が二本生えている事だろうか。
「神子はいますか?」
「太子様なら布都と一緒に道場にいるよ。案内してあげるよ」
…………
「太子」とは古代中国や日本において諸侯・貴族の子の事で、最も高位では皇位を継ぐものと定められている皇子や王子の事を指す言葉。日本の太子なら誰もが思い浮かぶのは「聖徳太子」であろう。敏達天皇3年、父
2歳の時に釈迦の命日に東方に向かい「南無仏」と称えて再拝した。5歳では毎日数千字を習得し、6歳から経典を読み、7歳にして何百という本を読了し、11歳の時に36人もの声と言った内容を聞き分けたという。百済の皇子がわざわざ来朝し、菩薩として礼拝したとも言われ、推古12年には京都の太秦に後に寺や都が造られる事も予言したという聖徳太子はその存在自体疑われる事もあった程の超人であったとされる。
これらの伝説の多くは彼の死後に人々が作った空想や過剰な話とされるが、それでもこの頃の人々にとって聖徳太子がとてつもない程の人物だったからこそ今まで伝わり、今も謎多き人物と崇拝されているのであろう。聖徳太子にはいくつもの呼び名もあり、皇子としてこんな呼び名がある。…「
「太子様、聖様が来られました」
「…わかっています。通しなさい」
道場の扉前で屠自古という少女が声をかけると中から声が聞こえてきた。声に従い、中に入る聖と屠自古。
「失礼します。こんにちは、布都」
灰色の髪の少女
「やぁ聖様。今日も来たんだ」
奥にいるもうひとりの人物の傍にもうひとりの少女がいた。
灰色の髪をポニーテールに縛り、烏帽子をかぶり、様々な紐で色付けされた白装束を纏っている。
「じゃあ私はこれで」
「ああ待ってください屠自古。貴女もここにいてください。今日はちょっと神子含め、おふたりにも用があるので」
「我と屠自古にも?」
「ええ」
そして聖は奥に座るもうひとりの人物に近づく。
獣耳かと見紛うほど2つに尖った金髪ないし薄い茶色の髪に「和」の文字が入った耳当てをしている。紫色のノースリーブ、スカートとマント。腰には剣。そして横に笏を置いている。
彼女の名前は
「外ももう春の様だな。聖」
「こんにちは神子。ええ、もう桜も満開ですよ。うちの子達も博麗神社にお花見に行っています。神子や皆さんも来られたら良いのに」
「あまり得意ではないからな。博麗の巫女はじめ一部の者は何時も騒がしい。布都や屠自古は行きたそうにしているから自由に行ってくればよいのだが、私に気を使っているようでな」
「太子様を置いて我らだけで行くなんて、太子様第一の側近である我には無理な話です!」
「そうです太子様。第一の側近としてこの屠自古、何時でも優先は太子様と布教第一に考えていますので」
布都と屠自古。彼女らも神子と縁深きふたりである。
昔、大陸から渡って来た仏教徒と古来からの神道が争っていた時代、神道を崇拝していた物部氏は蘇我氏に敗れた。その時、蘇我氏の後ろには布都こと物部布都がいた。彼女はまず仏教を広め、その裏で自らが真に崇拝する道教を広めるために蘇我氏と仏教を利用したのである。その頃彼女は同じく道教を崇拝する神子と共に尸解仙として、本当の神として復活するという計画を立てた。屠自古と出会ったのもこの時である。彼女は蘇我氏側の人間だったが、ある時布都が彼女にある交渉を持ちかけた。
「尸解仙として復活した神子を神とし、自分達でその参謀を務めよう」
屠自古は布都の要求をのみ、自らも尸解仙になるための術を施したが実はこれは布都の策略の一部だった。結果術は失敗し、今の霊体の様な姿になった屠自古だったが、当初は怨霊の如く恨みあったが、元々の性格ゆえかそれも長続きせずこの姿でも悪く無いと受け入れる事にした。やがて先述の「夢殿大祀廟」に眠っていた神子と布都が復活すると屠自古も彼女らと共に行くと決め、その後はここ「神霊廟」で三人で一緒に暮らしている。つまりふたりも聖と神子と同じく言えば敵対関係なのだが、相性が悪くなかったのか特に争いもしていない。最もどちらが神子の第一の側近かで言い争う事位はあるが。
「と、こういう訳だ」
「ふふ、相変わらず仲が良くて良いではありませんか」
「……それはそうと聖。今日は随分と良い雰囲気をしているな」
「そうですか?」
「ああ。なんというか…雲が晴れた様な、そんな雰囲気がある。何かあったのか?」
「…それでしたら多分、先日の事でしょうか。実は…」
…………
聖は七日前、つまりねこやであった事を話した。
「…成程。そういう事か。その店の事ならば私の耳にも噂が届いている」
「外の世界だけでなく異世界にも繋がってるって本当なの?」
「はい。この目で見てきましたから。そこでは人も、人でない者も関係なく、皆で食事を楽しんでいるのです」
「「へ~」」
「その光景を見たら、いずれ私の理想とするものも実現できる様な気がしてきました。…それはそうと神子には最近私の悩みに乗っていただき、ありがとうございました」
「気にしなくても良い。困っている者に耳を傾けるのは当然の事だ」
「けど外の世界の飯処かぁ…。ちょっと興味はあるわね」
「機会があれば我も一回行ってみたいぞ。そして異世界の者達にも我らの教えを布教するのだ♪」
「ふふ、実はその事も今回の訪問に関しているのですよ」
「…ほう?」
「本日は神子達へのお礼も兼ねて、皆さんをとあるところにご招待したくお尋ねしたのです。お手数ですが、ちょっとお庭に出ていただけますか?」
…………
聖に言われて庭に出てきた神子、布都、屠自古。
「どうしたのさ聖様。庭なんかに出て」
「少々お待ちくださいね…」
そう言うと聖は精神を集中させ、何やら印を書き、
「では、参ります。~~~」
ヴゥーーーーン……
呪文を唱え始めた。すると地面に何やら陣の様な文様が描かれていく。
「…これは魔法陣?」
「強い魔力を感じる…召喚魔法か?」
「~~~……はっ!!」
カッ!!!
呪文を終えた聖がより力を込めると描かれた陣から強い光が漏れだす。布都や屠自古はその光に目を瞑る。……やがて少しして光が収まってくると、そこには、
「…良かった。どうやらうまくいったようですね」
「これは…!」
「「ええっ!!」」
魔法陣の中央に木造りの、「洋食のねこや」と描かれた猫の看板がかかった扉が存在していた。聖が使ったのはねこやの扉召喚の魔法陣であった。
「…これはまさか、先程の異世界の飯処に繋がるという扉か?」
「ご存知でしたか」
「耳に入ってきた程度だがな。…しかしその扉の召喚魔法か。よくその様なものを編み出したな」
「紅魔館のパチュリーさんに教えて頂いたのです。多用しないという条件で。今日は私が皆さんをねこやに案内します」
「…えっ!?」
「わ、私達も行けるの!?」
「そう言う事か。う~む、しかしな…」
「神子。貴女も久しぶりに外の世界がどの様に変わったか。そして異なる世界というのがどういうものか、興味あるのではないですか?」
「それはそうだが…」
言って神子は布都と屠自古に目をやると、ふたり共に行きたそうな表情をしていた。それを見て神子も、
「……はぁ。わかった。今回はお前の好意に甘えよう。布都、屠自古。我らも参ろうか」
「「はい!」」
「良かったです。では皆さん、準備はよろしいですか?」
「OKだよ♪今日の修行も終わったしね!」
「異世界の者達にも布教しよう♪」
「やれやれ…」
そして聖を先頭に神子、布都、屠自古は扉を潜っていった…。
…………
~~~~♪
そしてそこには七日前、聖が見たのと変わらないねこやの店内の姿があった。お客の数は前回よりも多く、盛況の様。
「今日は随分と賑やかですね」
「…これは…」
「うわ~!凄いね~!」
「ほ、本当に外の世界に繋がったんだ…!」
聖以外の三人は目の前の光景に驚きが隠せない様だ。口調もいつもより柔らかくなっている。と、そんな彼女らの元にアレッタとクロが近づいて来た。
「いらっしゃいませー!(ませ)あ、ヒジリさん!お待ちしておりました!」
「こんにちは。アレッタさん、クロさん」
「…?今一瞬耳では無く頭に声が響いた様な気がするぞ」
「こちらのクロさんはこんな会話をなさるのです。でも大丈夫ですよ」
「そうか…」
(…あのクロという者、途轍もない力を感じる。聖も気づいている筈だが、冷静でいるという事は敵対する様な者ではないのだろうな…)
「お連れ様ですか?初めまして、私はアレッタといいます!」
(クロと申します)
「豊聡耳神子だ。宜しく頼む」
「我は物部布都!太子様第一の側近にして道士だ!」
「蘇我屠自古。太子様、豊聡耳神子様に仕える第一の側近だ。一応亡霊だけど心配は不要だぞ」
神子達も自己紹介する。が、
「宜しくお願いします!えっと…」
「…?どうしたのだ?」
「ああす、すみません!難しいお名前なので…」
(トヨサトミミノミコ様、モノノベノフト様、ソガノトジコ様だよ。アレッタ)
「クロさん凄いですね!…なんとお呼びすればいいのかな」
「まぁ確かに初めての方は区切るところが難しいのはわかりますけどね」
「それならば私は神子と呼んでくれて構わんよ」
「我も布都で構わないぞ」
「屠自古って呼んでくれ」
「わ、わかりました。ミコさんにフトさんにトジコさんですね!」
と、その時店主も厨房から声をかける。
「ああ聖さんいらっしゃい。お待ちしておりました」
「店主さんこんにちは。本日はお世話になります」
「ええどうぞ」
「聖、あちらの者は?」
「あの方はこのねこやの店主さんですよ」
「ほうそうか。世話になるぞ、この料理屋の店主」
「噂には聞いていたけれど本当に人間がこんな店やってるんだ…」
「確かに、幻想郷では信じられないわね」
「お連れの方もいらっしゃい。どうぞお席にお座りください」
「ありがとうございます」
言われて四人は取り合えずテーブルに着く事にした。
…………
「この水、凄く冷たくて美味しい」
「料理が写真付きで詳細に説明書きされている。初めての者にはわかりやすいな♪」
「…でも周りの人達、いや人でない者もいるけど本当に私達を見ても何にも反応ないんだな。私なんて足無いのに」
「布教しようと思ってたけど…なんだろう?なんかここじゃしちゃいけない様な気がするなぁ…」
布都や屠自古がレモン入りのお冷やメニューに驚いている中、神子は店内をぐるっと見渡し、
「……ふむ、外の世界も私が暫し離れていた間にそれなりに変わった様だな」
「私も来た時は驚きました」
「…それはそうと聖。少し気になったのだが、先程の「待っていた」とは?」
「はい。実は…」
…………
それは七日前の事。聖は帰る直前、店主にこのような相談をしていた。
(あの、店主さん。ひとつお伺いしたいのですが…)
(はい。なんでしょう?)
(来週、御客人を連れて再び参ってもよいでしょうか?)
(予約ですね?ええ勿論構いませんよ)
それを聞いてほっとした表情を見せる聖。
(ありがとうございます。あと、その時何かおすすめのものをお出ししていただけませんか?お礼の意味も兼ねているのですが…。勿論お代は私が受け持ちます。八雲の方々に馳走になるばかりでは申し訳ないので)
(そうですね…。でしたら今限定のお菓子なんてどうでしょうか?予約制なので普通よりもちょっとだけ豪華なお菓子ですよ)
…………
「成程。そのために紅魔館の魔法使いに術を教わったのだな」
「それにしても本当に見た事無い種族達が一杯いるね~」
「聖様の言った通り、全然ケンカとかにならないね」
「私もこちらで知り合った方から聞いたのですが、なんでもここは異世界の神々も見守られている神聖な地だからだそうです。あとケンカ等はともかく、何か悪い事、例えば食べたのにお代を払わない様な事をするとお店そのものから嫌われるとか」
「…店から嫌われる?」
七日前、聖はセレスティーヌからそう言った話を聞いていた。
この店で食い逃げなどのトラブルを起こした者については、たとえ店主が許していたとしてもまるで店は許さないと言える様な現象が起こるのだ。手が扉の取っ手をすり抜けてしまうようになり、自分では扉を開けることができなくなる。つまり入店拒否になってしまう。それが常連たちが店の中で争わないようにしている動機のひとつとなっているらしい。更に先に述べた通りこの店には正体こそ一部の者しか知らないが「赤」と「黒」の加護もあり、何かあればすぐに彼女らにわかる様になっているらしい。
「そうか…この場所は異世界の民だけでなく神からも大切に思われているのだな」
「幻想郷でいう博麗神社みたいなものかな?」
「あそこも妖怪神社って言われる位妖怪から好かれているものね」
「それ霊夢に言ったら怒られそうですけどね」
……店主調理中(予約注文のため、短め)……
…………
「お待たせしましたー!」
そして少しして、アレッタが料理を、クロが人数分のお皿と紅茶を運んできた。
「ご予約頂いていたメニュー。「キャラメルナッツとバナナのタルト」です」
そう言いながら聖達が座るテーブルの真ん中に大きな皿を置くアレッタ。直径30センチ程の丸いタルト生地の上に茶色いキャラメルが満たされ、その中にはカシューナッツやくるみといった木の実と大きく切られたバナナが所狭しと詰められている。
「わ~凄い木の実の量だね!あとこれは果物かな?」
「この茶色いのはなにかしら?」
「この甘い匂い…キャラメルというものでしょうか?」
「キャラメル?」
「はいそうです!切り分けましょうか?」
「いえ、私がやりますわ」
聖の返事に頷いたアレッタはナイフを渡し、いつもの挨拶をして下がっていく。聖がタルトにナイフを入れると木の実とタルト生地のサクサクとした感触、そして中に詰められている柔らかい何かの感触が手に伝わる。
「キャラメルというのは私が前に食べたケーキというものと同じものです。甘さとほんの少しのほろ苦さがとても美味しいんですよ。…はいどうぞ」
「そうか。ではふたりから先に食べるといい」
「えっ!」
「い、いいんですか?」
「気にするな。ここは身分等関係ないらしいからな」
言われて布都と屠自古は自分達に切り分けられたタルトが乗った皿を受け取る。神子はそう言ったがふたりが目の前の見た事無いお菓子に興味津々なのはわかっていた。
「「ではいただきます!」」
若干使い慣れないフォークで一口サイズに切って口に運ぶ。
まず感じるのはナッツやくるみやアーモンドの「カリカリ」「ポリポリ」という歯ごたえ。様々な食感のそれは噛むと木の実独特の濃い味と共に甘い何か、多分たっぷりの砂糖で煮詰められているのか噛むごとに強い甘みがしみ出して来る。一緒に入っている黄なり色をした果物は濃厚でまろやかな甘さだがこちらもキャラメルと重なり甘さが増している。どうやらこの果物も一緒に火を通しているらしい。
「美味しいなコレ!」
「本当ね!それに土台部分はサクサクしてて、色々な食感がして面白いわ」
そしてタルト生地とそれの間にあるのは濃い茶色の柔らかいもの。こちらはアーモンドという木の実を粉々にし、それを牛酪やキャラメルと一緒に合わせて作ったアーモンドクリームというものらしい。
「食べた事無い味だけどこのこし餡みたいに柔らかい部分も美味しいな♪」
「こし餡じゃないわよ布都。上の部分の甘さが強い分、こっちはちょっとだけ控えめになっているのね」
「見た目凄く甘そうだったけど思ったより不思議と甘すぎてなくて食べやすくないか?」
「そうね。丁度いい塩梅だわ。外の世界ではこんなお菓子が広まっているのね」
ふたりはキャラメルナッツとバナナのタルトの味を気に入った様だ。その正面で聖は神子にタルトを同じく切り分ける。
「神子もどうぞ」
「ああ。………!ほう、食した事ない味だが美味いな。布都の言う通り見た目よりも甘すぎる事無く食べやすい。そして屠自古の言う通り様々な食感、特にこの木の実のそれが調理されつつも失われていない。何よりこの…キャラメル?とやらが美味い」
「お気にいられた様で良かったです。私もこのキャラメルというものが特に気に入りました。果物や紅茶にも合うのですね」
「私達が外の世界から離れていた間に食の方は随分と進んだ様だな」
感想は淡泊だが先に食べたふたりと同じくその表情は柔らかい所を見るとどうやら神子にも好きな味な様だ。それを見て聖も安心する。とそこへ店主がやって来た。
「如何ですか皆さん?」
「あ、店主さん。はい、とても美味しいですわ」
「うむ。初めて食べる味だが中々の物だ」
「外の人間もなかなかやる様になったじゃないか♪」
「作ってる人間は目つき若干悪いけどね~♪」
「こら屠自古!失礼を言ってはいけませんよ」
「はは、いえいえありがとうございます。といっても俺が作ったものじゃないんですけどね。ああそれと、実は今回ひとつ私からもお願いがありまして」
そう言ってアレッタが今度は四つの小皿の乗ったトレーを持ってきた。小皿の上には今まで食べていた物より随分小さいサイズのひとり用のタルトが乗っているらしい。
「本日実はスイーツを御注文頂いた方限定で、お試しいただいている商品がありまして…」
甘い物好きな人なら大丈夫だろうと、フライングパピー店長からの今朝の依頼。店主は四人の前にそれを出す。直径10センチ位の円形のタルト。その中に桃色の柔らかそうなクリームと白いクリーム。そして真ん中に大きな苺が丸ごと一個置かれている。
「来週からの春限定のデザート、「苺のフロマージュタルト」です」
「まぁ、可愛らしいですね」
「苺が丸ごと一個とは贅沢だな。桃色が春を思わせる。…ふろまーじゅ、とは?」
「フランスという国の言葉でチーズの事です。日本ではチーズケーキのひとつとも言われてますが、それは日本だけでフランスではチーズそのものを意味してます。それを今回このタルト生地とこちらの白いクリームの中に入れてます」
「ふむ…よくはわからんが、こうして出してくるにはまぁ美味いものなのであろうな」
「はい!とても美味しかったです!どうぞ是非そのままかぶりついてください!」
「直接かぶりつくの?」
「まぁ言われたからにはやってみましょ」
言われて聖や神子達は崩れない様に桃色のタルトを持つ。
「この香り…少なからず覚えがある様な…。まぁいい、頂くとしよう」
そう言いつつ、神子達はそのタルトにかぶりつく。
「…!」
苺の果汁を含んでいるのだろう桃色の柔らかくきめ細かい苺味のホイップクリーム、そして苺を砂糖で煮詰めたジャム、それら自体がとても甘酸っぱく香りがいい。その下には白いホイップクリーム。乳の風味が強くて舌の上で滑らかに溶けていく。そしてその下にはタルト生地は甘さとほんの少し甘酸っぱくもある。おそらく先程店主が言っていたフロマージュとやらを使っているのだろう。しっとりとしているが一番外側はザクザク感も残っている。そして何より中央の苺がなんとも言えず美味い。
「これもまた美味しいですね…!」
「さっき食べたものと全然違ってこっちは甘さが強いねぇ。でも美味しいよ!」
「ええ苺の風味がたっぷりでね」
聖、布都、屠自古が感想を其々言う中、神子はというと、
(…これはいかん。苺の新鮮さ、甘味あるこのきめ細やかな赤と白の雲を思わせるもの、そしてこの土台となっている生地が美味い。まるで「蘇」を思わせる)
「蘇」とは飛鳥・平安時代にあった乳製品の事である。かなりの高級品であり、殿上人かそれに近い者しか口にできなかった。その製法は現在は失われたものとなっており、限りなく近いものは再現されているが確実といえるものは無く、今も研究が進められている。一説ではチーズに似ていたと言われているがチーズとは製法が違うので別の言い方で「古代チーズ」とも言われている。
(こんな美味いものが春しか食べれないとは…う~む…)
「これも本当に美味しいですが、私はキャラメルの方が好きですね」
「我はこっちの方が好きだな♪苺の風味が気に入った!」
「私はこのキャラメルとバナナ?のタルトという方が好みかしら。甘さとほろ苦さが気に入ったわ」
「神子はどちらですか?」
「ん?あ、ああそうだな…う〜む甲乙つけがたいな」
冬のタルトと春のタルト。どちらが美味しいかで四人は暫し会話を楽しんだ。
……少女食事中……
…………
~~~~♪
扉を開け、四人は再び神霊廟に戻って来た。
「美味しかったなあの店の菓子!」
「ええそうね。作り方を教えてほしい位には美味しかったわね♪」
「喜んでいただけて良かったです」
「しかもおみやげまでくれたからな!」
布都や屠自古は気に入った様だ。そして、
「……」
「…どうしました神子?」
「聖…もしお主さえ良ければ、ひと月に一度位またあの店でお茶でもしようか。お主に頼る事になってしまうがな」
若干恥ずかしそうな表情でそう言う神子に聖は、
「……ふふ、ええ勿論です」
笑いながらそう返事した。
メニュー37
「二日酔いのリクエストとマイペースな店主」
前回の続きみたいな感じで聖再登場。神子達をご招待する回でした。中々難しかったです。そして話数も40回を突破したのでここら辺で一回過去の人物達を新キャラ交えて再登場させていこうと思います。良ければご覧ください。
そして最後に、お気に入りが1000に到達しました!ありがとうございます。これもひとえに皆さんのおかげです。投稿ペースは暫く早くできそうになく、遅れる事もあるかもしれませんが途中ストップだけは絶対無いよう頑張ります。
こんにちは、storybladeです。幻想郷食堂をお読み頂きありがとうございます。突然ですがアンケートです。先代博麗の巫女や魂魄妖忌の回があれば読んでみたいと思いますか?公式設定が少ないのでオリジナル要素を含んでしまいますがどうでしょうか?ご意見お願いします。期限は今月一杯です。
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あれば読んでみたい
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不安なので読みたくない