異世界のとある海沿いの国…
「それでは姫様、昼餐の時間まで失礼致しますね」
「し、失礼します!」
その国の宮殿の一室からふたりの女性が自らの役目を終えたのか退出していく。ひとりは慣れた仕草だが、もうひとりは幼く見える。
「さっきの動き、少し固かったわね。もっと軟らかくって指示したはずよ」
「す、すいません!」
少女に先輩らしい女性が注意しながら歩いていく…。
………………ギィ
美しい黒髪の少女
(キョロキョロ)「……行きましたわね」
すると部屋の中にいたらしい華やかな衣装に身を包んだ美しい黒髪を持つひとりの少女がそっと襖を開け、周りに誰かいないかを確認する。誰もいないとわかると少女はそっと襖を閉め……暫くしてから再び扉が開くと、今度はそれまでの服装ではなく、まるで町娘の様な格好となっている少女は静かに隠れながら歩いていく。
(誰にも見つかっていないといいのですけれど…)
「はぁ…」
「!」
と、角を曲がろうとしていた時に誰かと出くわしそうになって慌てて身を潜める。
(…サクラ?)
「また失敗しちゃった…。姫様にまでご無礼をおかけしてしまったし…私って駄目だなぁほんと…」
ため息を付きながらそんな事を言いつつ歩いていたのは先程注意を受けていた幼い給仕だ。名をサクラというらしい。落ち込んでいる様に見える彼女の後ろ姿を見送りつつ、少女は再び足を進め、
スタスタスタ……ピタッ
そして庭のある箇所で足を止めた。彼女の前には猫の看板がかけられたひとつの扉があった。
「…良かった。ありましたわ。ふふ、それでは参りましょうか」
…………
紅魔館大図書館
一方、こちらは紅魔館。そして紅魔館内の施設のひとつであり、パチュリーの自室みたいなものになっている「大図書館」。地下にあると言われているそこは窓の様なものはなく、常に薄暗い。ここは幻想郷でも最大の知識量と言われる位膨大な書物が収められており、その多くは外の世界の本で彼女の魔道書から雑誌、漫画まで揃っている。そしてどういう訳か書物の量は日々増えているらしく、それもあって全てを読み飽きる事も無いらしい。そもそも読み飽きるまでに幾年の年月がかかるかもわからないが。因みに紅魔館内ではあるが誰でも入る事は可能であるらしく、館外の者も少なからず利用する事もある。約一名は時々勝手に持っていく事もあるが。
パチュリー
「………」
…コンコン
咲夜
「失礼します。パチュリー様」
パチュリーがひとりいつもの様に本を読んでいると、その時扉をノックして入って来る者がいた。紅魔館のメイド長にしてレミリアの従者、十六夜咲夜。
「…咲夜じゃない。どうしたの?」
「ちょっと読書でも、と思いまして」
「そう。仕事が落ち着いたの?」
「いえ、実は……お嬢様の指示で、本日から七日間休暇となりまして…」
「…?レミィが貴女に休暇を?」
「ええ…」
…………
それは一時間程前…レミリアの昼食を咲夜が出していた時の事。
「………」
「如何なされましたお嬢様?」
「咲夜、貴女最後に休暇をとったのは何時かしら?」
「…?休暇、ですか?」
「ええ」
「そうですね……………」
咲夜は顎に手をあてて考え、そのまま黙ってしまう。云われてみれば休みなんて…。紅魔館のメイド長として掃除、洗濯、料理、全てを受け持ってきた咲夜。勿論手伝いの妖精やゴブリンはおり、役立たずとまでは言わないが彼女からすればまだまだ、というところ。その上必要以外には使わないが彼女には「時間を操る程度の能力」があるので時にはそれを使って効率的に済ます事もある。なのでどうしても必要以上に行ってしまうのだ。最も主人のレミリアも日々の業務以外に個人的お願いで彼女に負担を背負わせることもあるが、まさか急にこんな事を聞かれるなんて咲夜は想像してなかった。
「……」
「ですがお嬢様、どうしてその様な?」
少しの沈黙の後、レミリアは、
「咲夜、貴女には昼食の後から七日間の休暇を命じるわ」
「…えっ!?」
「多少腕は落ちるけれどお茶や料理なら美鈴にもできるし、掃除とかも妖精やゴブリンに」
「お、お嬢様!そんな勝手な事!」
「勝手じゃないわ。紅魔館主としての命令よ」
「ですがメイド長たる私がいなければ」
「あら、随分舐めた事言ってくれるじゃない?それなら貴女が来るまで私達はどうやって生活していたのかしら。自惚れね?」
「も、申し訳ありません…」
「ともかく貴女はこれから七日間の間、如何なる業務もしなくていいわ。休暇が終わったらまた幾らでも仕事してもらうから。良いわね咲夜?」
…………
「…という訳でして、突然言われたものでどうすればよいか分からず、取り敢えず読書でもと…」
「レミィがそんな事を…」
「お嬢様はどうしてあのような事を突然…」
「タイミングはあれだけどそんなに悩むような事かしら?メイド長といっても休んではいけないなんて決まりは無いわ。私だって小悪魔をたまに、今日だって自由にさせているんだし」
「それは…そうかもしれませんが」
真剣に悩む様子の咲夜に対し、パチュリーはそんな風に答えるが咲夜はまだ納得しきれないみたいだ。すると、
「……ねぇ咲夜、貴女もう食事は済んだ?」
「え?いえ、まだですが…」
「なら、ちょっと付き合いなさい。私も読書で忘れてしまってたから」
…………
~~~~♪
「いらっしゃいませー!(ませ)」
「こんにちは」
「こんにちは皆さん」
「あ、サクヤさんとパチュリーさん、いらっしゃいませ!…?今日はレミリアさん達は一緒ではないんですか?」
「ええ今日は私達だけよ。席はあるかしら?」
「はい。お好きな席へどうぞ!」
言われて咲夜とパチュリーは空いているテーブルに座る。隣ではひとりの少女が食事を始めようとしていた。
(ふふ、この店の至高の一品、かるび丼!実に3ヶ月ぶりですわ)
そんな事を思いつつも丼を掲げるその少女は先程忍び足で宮から抜け出てきた少女であった。前述で女官より姫と呼ばれたその少女は名をフェイリーといい、海国の姫君である。以前とある理由からこちらの異世界食堂の事を知り、そこで出会ったメニュー「カルビ丼」に心奪われた。ただ彼女の場合こちらに来れるのは稀でおまけに身分がバレない様にこんな町娘みたいな格好をして出向いているのだ。最もここの店はそんな事気にしない者ばかりだが。ただ好きな料理のためにわざわざ変装し、誰にもバレない様こっそりと抜け出て来る事から彼女も中々お転婆なのが伺える。兎にも角にも嘗て旅小人が笑いながら教えた『かるび丼を一番美味しく食べるための異世界の作法』のひとつに従い、カルビ丼を両手に持つ。こうしてまず重さと見た目、そして香りを楽しむのである。
フェイリー(カルビ丼)
(御稽古が遅れてしまいました事もあっていつも以上にお腹が空いている事もありまして、もう辛抱堪りませんわ♪あ、その前に…いただきます)
そしてその次に『異世界の食事の作法』として手を合わせ、「いただきます」と唱えてから手を付け始める。
(…隣の方、どうして丼を掲げてたんでしょう?)
(放っておきましょ)
(メニューとお水になります。注文が決まりましたらお呼びください)
「ありがとうございます」
メニューと水を渡してクロは下がり、テーブルには咲夜とパチュリーが残る。
「最近はヴィクトリアから借りた新しい本の解読に忙しかったから、ここも久々ね」
「…あの、パチュリー様。どうしてねこやに来られたのですか?」
「…咲夜と来たかったから、じゃあ理由にならない?」
「私と、ですか?」
「休みなんだからどう時間を使っても大丈夫なんでしょ?それにここなら話を聞かれる可能性も無いし」
「はぁ…」
あっけらかんとパチュリーに言われて咲夜は少々困った顔になる。
「ですがパチュリー様だけとご一緒なんて久々な気がしますわ」
「貴女はいつもレミィに付きっきりだものね」
「美鈴、本当に大丈夫かしら…」
「気にしすぎよ。レミィが言った通り、美鈴も貴女には敵わないとはいえ何の心配も無いわ。…それともレミィの事信じられない?」
「め、滅相もありません!」
思わず返事する咲夜。そんな彼女に驚いて他の客や店主、アレッタやクロもぽかんとする。最もクロは常に無表情だが。
「あ…失礼しました。私とした事が」
「落ち着きなさいね」
(…お隣の方騒がしいですわね。お食事中は言葉を発しないのが大事ですのに)
一瞬ポカンとしたがすぐに戻り、食事を続けるフェイリー。心の言葉の通り、彼女は食事の時は声を出さない様にしている。食事中は舌は味わうためだけに使われる。宮廷で出される様な料理と比べて華やかさも薄く、味も暴力的なカルビ丼。しかしそれが彼女の心をつかんで離さない。上品に味わいながらもただ一気呵成に食う。瞬く間にきれいに平らげ、
(嗚呼、やはりかるび丼こそ至高の味…。以前は毎日食したいと思いましたが、間を空けて食するからこそいつまでも至高の存在であり続けるのですわね)
そう思いつつ食後のお茶で一服。そして続けて思うのは先程の事。
(…そう言えばサクラ。随分と落ち込んでましたわね)
サクラという幼い給仕は最近入って来た丁稚奉公だった。母親は既に他界し、父親ひとりで育てられてきたがその父も少し前に亡くなり、彼女はひとりになってしまった。しかし父親の知り合いがたまたま宮におり、亡くなる前にサクラの事を頼んでいたのだ。一刻も早く仕事を覚えようとしているのかその頑張りはひと際であるが、場所が場所、不慣れな事も多いらしい。
(確かにお稽古の遅れはあの子の不手際が理由のひとつだけれど、あそこまで落ち込む事は無いですのに。まだこちらに来て間も無いのですし)
「お待たせしました!「ソフトクリーム」です!」
そんな事を考えているとシメのソフトクリームが出される。これもカルビ丼を食べ終えた後はソフトクリームでシメるべしという彼女の作法のひとつ。
「ありがとうございます」
(ふふ、カルビ丼のシメはやはりそふとくりぃむですわね♪)
そして彼女がソフトクリームに匙を入れようとしたその時、
「…ねぇ咲夜。貴女がレミィに仕える様になった時の事、覚えてる?」
「え?…ええ勿論ですわ。お嬢様に拾って頂いた時の事」
(…拾われた?)
…………
十六夜咲夜。紅魔館のメイド長にして掃除洗濯料理等の家事全てに関わり、そのどれも一流にこなす。特に料理は幻想郷でも知られている程だ。自分の仕事の間にも配下のメイド妖精やお手伝いゴブリンに指示を下す。レミリアの付き人として常に付き添い、時には密偵や先兵として異変の調査や解決にも動くまさに超人。
……しかし、彼女は最初から紅魔館に属してた訳では無かった。その前は全く別の、もっと言えば吸血鬼からすれば最悪ともいえる者だった。
…「吸血鬼ハンター」吸血鬼を追い、狩る者。それが以前の咲夜であった。
聖水で清められた銀製のナイフや手斧、針、ボウガン等を全身に隠し、ロザリオや彼女愛用の懐中時計、そして闇夜に溶けるマントを纏う。更に自身の力である「時間を操る程度の能力」にて時間を進めるどころか僅かならば戻す事もできる彼女はその力で多くの吸血鬼を狩り、伝説とも言われた。
……だがある時、咲夜の人生は変わる事になる。とある吸血鬼に完敗したのだ。小さく幼い吸血鬼ながらもその力は今迄のそれを凌駕していた。止むなく撤退した彼女だがそんな彼女を周りの者は白い目で見、そして追い出した。彼女の力を頼る一方同時に恐れてもいた同僚や権利者達は密かに手を結び、卑怯な手で彼女を着の身着のまま追放したのである。武器も財産も何もかも失った彼女は放浪し、やがて名も知らない場所で倒れ落ちるまでであった……のだが、そんな咲夜の前に降り立つ者がいた。
(今宵は妙に月が紅いと思っていたけれど…思わぬ拾いものをしたわね。…貴女の運命、私が変えてあげましょう)
…………
そしてレミリアに拾われる形となって咲夜は紅魔館にやってきたのだ。最初は自分がこうなる原因ともいえる彼女に敵意むき出しだったのだが…、
「…レミィに拾われてきた時の狼の様な目つきは忘れられないわ。まぁ仮にも自分を倒した者、しかも吸血鬼だものね。…でも今思えば貴女は言われるがままずっと仕事に勤めていたわね?」
「…お嬢様を憎む以上に、あの時の私はもう全てがどうでもよくなっていたんです。自信を砕かれ、嘗ての仲間にも見捨てられ、全てを失って。だからお嬢様に拾って頂いた時もどうにでもなれと思っていました。大方この吸血鬼の遊び道具になり、飽きればまた捨てられるのだろう。その時がくれば…せめてこの吸血鬼に一太刀入れてからとも」
「…まぁ、気持ちはわかるわ」
「…ですが予想に反してお嬢様は何もしてきませんでした。勿論メイドとしての仕事や我儘同然の注文をして来ることはありましたが、どの様になっても私を捨てる事はしませんでした。ただただ私の仕事を傍観するだけで」
「美鈴も小悪魔もそうだったわね。…知ってた?あの子達、レミィから手出ししない様にって止められてたのよ?何か起こしたら自分が対処するって」
「!そうだったのですか?…どおりで」
「そして間もないうちにメイドを束ねるメイド長になり、レミィの従者にもなった」
「…なろうと思ってなった訳ではありません。先程お話した通りどうでも良いと思ってましたし、ただ流れていただけですよ。それ以外の選択肢もありませんでしたし」
「脱走しようとも?」
「行くところもありませんでしたから。家族の記憶もありませんでしたし」
(…サクラも同じ事を以前…)
「ですが…そんな自分に不思議と嫌な気持ちは起きなくなっていました。命令されても手段は自由にさせてもらっていましたし、楽だったというか。自分の力についても理解してもらえている気がして…。気が付けば…」
嘗ての仲間や人々は自分の力を頼り、同時に理解せず恐れていた。しかしレミリアは違う様な気がした。そんな気持ちを何時からか咲夜は持つようになっていった。やがて彼女を守り、主として付き従う事を誓った。だから今日の様な今まで見せたことが無い様な主の姿に動揺してしまった。
「今まで休みを取れなんて今まで一度も申された事無かったですのに…。私何かしでかしてしまったのでしょうか…」
ふっと笑う咲夜だがその表情からはほんの少し気落ちした様な様子が見られる。そんな咲夜にパチュリーは言う。
「…あの子もちゃんと成長しているって事よ。家族として」
「…家族として、ですか?」
「以前あの子、貴女に不死の怪物の活肝を食べさせようとしていた事があったでしょう?」
パチュリーが話していたのは以前開かれたある催し物の事。「大納涼肝試し大会」という名で当時幻想郷に来て間が無い永遠亭の者達が友好関係構築のために開いたものだが、その招待状にこんな一文があった。満月の夜に迷いの竹林に現れるという不死の怪物の活肝を食べると永遠の命を授かるというのだ。それを読んだレミリアは当日密かに竹林に入り、怪物を倒して活肝を手に入れようとしたのだ。咲夜に食べさせ彼女を不老不死とするために。まぁ結果的にそれは永遠亭の主である輝夜の悪ふざけであり、怪物も藤原妹紅というオチだったのだが。
「…ええ。お嬢様にしては随分と猪突猛進な気がしましたが、まさか私を不老不死にさせるためだったとは、とあの時は驚きました」
「そうね…。でもそれよきっと」
「え?」
「貴女が人間であると言う事よ。紅魔館で唯一の」
パチュリーの言葉に咲夜は一瞬表情が変わる。
「貴女は人間。私達の中で誰よりも歳をとるし、早く死ぬ。それは決して避けられない定め。幻想郷には外に無い術や薬、魔法もあるけれど…死は避けられない。貴女の命がいつ終わるかは分からないけれど…100年は無い。きっとレミィやフランが今の姿のまま死ぬでしょうね」
「…はい」
「レミィはいつも強気だけれど…きっと思ってるわ。貴女に一日でも長く生きていてほしいと。いつかその時が来た時、あの子が人目を忍んで冷たくなった貴女に縋り付いて泣きじゃくるのがありありと目に浮かぶわね」
「あのお嬢様が?」
「天に輝く明星に、時計の針を戻してほしいと祈りながらね」
「……」
「咲夜、貴女はもうレミィにとってただの従者じゃなく友人、いいえ家族。レミィだけじゃなくフランや私も、美鈴や小悪魔も皆そう思ってるわ」
「パチュリー様…」
「貴女は間違いなく私達よりも先に死ぬ。せめて一日でも長く生きてほしい。そして人間には身体を休める時が必要…まぁ、それは妖怪もだけれど人は特にね。だから主として貴女に休みを設けた。それだけの事」
何時もの様に本を読みながらパチュリーは咲夜にそう言った。
「凄腕の吸血鬼ハンターがすっかりメイドになってしまったわね」
「…ありがとうございますパチュリー様」
「いいわよ。…ああ、レミィには言わないでね。殺されるかもしれないから」
「ふふ、絶対に言いません」
(……)
ソフトクリームは溶けてしまっていた。
「…あ、フェイリーさん!ソフトクリーム溶けてしまってますよ?」
「え、ええ。…お支払いをお願いします。ちょっと用を思い出してしまいまして」
ソフトクリームに手を付けないまま、フェイリーはお金を払い、帰っていった。
「どうしたんでしょうねフェイリーさん?」
(…さぁ?)
「あ、そう言えば注文の事、忘れていたわね」
「そうでした。どうしましょうか……あ」
とその時咲夜に思い浮かぶことが、
「アレッタさん、申し訳ありませんが店主さんを呼んでいただけますか?ご相談がありまして」
「あ、はい!少々お待ちくださいね」
暫くして店主がふたりのテーブルにやって来た。
「はい、なんでしょう?」
「店主さん。実は最近伝手で私達の方でも良い肉を仕入れられたのですが、珍しい料理は何かないでしょうか?できれば幻想郷ではあまり馴染みのないものがいいのですが…」
幻想郷にも牛は少なからずおり、滅多に出ないが食べる事もある。時には大方外の世界で生産されたはいいがそのまま使われなかったりしたものだろうものが無縁塚を通して外から入ってくることも稀にある。
「……わかりました。少々お待ちください。パチュリーさんでも食べやすいものが良いですね」
「…ええ任せるわ」
言って店主は厨房に戻っていった。
「…本当にすっかりメイドになっちゃったわね?」
「休暇中なのですから時間の使い方も自由ですので♪」
……店主調理中……
…………
そして暫くして店主が料理を運んできた。カーゴの上にふたつの料理があり、それを咲夜とパチュリーの前に出す。
「お待たせしました。咲夜さんの方が「ビビンバ」、パチュリーさんの方が「クッパ」です」
咲夜のは白い米の上に香ばしく焼かれた牛肉、細く切られた人参とたっぷりのもやし、緑色のほうれん草、それらがきれいに円状に並べて置かれた上に半熟の卵と刻み海苔。その上から赤いタレがかけられた料理。
パチュリーのは胡麻を混ぜた白ご飯に細かく切られた牛肉と細切りの人参や大根、椎茸、そして溶き卵が具の白色のスープがかけられた料理だ。仕上げに浅葱がかけられ、湯気がほんわかと立っている。見た目茶漬けに近い。
「これがビビンバですか。知ってはいましたが…」
「知ってはいたけれど食べるのは初めてだわ」
「ビビンバはスプーンでよく混ぜて食べてください。クッパのスープは鳥ガラのスープであっさりめに仕上げてますのでパチュリーさんでも食べていただけると思いますよ。お肉はどちらもカルビ肉を使用しています。あと本来はどちらの料理にも味付けに少なからずニンニクを使うのですが、今回はそれを除いていますので安心してください」
「…ありがとうございます」
「それではごゆっくり」
暗にレミリアやフランドールでも食べられる様に、という心遣いに咲夜は感謝し、それを受けて何時もの様に店主は下がる。
「…温かいうちにいただきましょうか」
「店主さんはよく混ぜて、と言ってましたがキレイに並べられているので崩すのが何か悪い気がしますね…」
躊躇しながらも咲夜は言われた通りビビンバに2本スプーンを入れ、上品に混ぜていく。黒、緋色、緑、白、黄の具材が米と混ざり合い、混ぜていく内に全体に具材とタレが染みていく。
「…成程。こうする事でどこを食べても同じ味になる様に仕上げるのですね。…いただきます」
しっかり混ぜたビビンバからひとさじ掬い、口に運ぶ咲夜。
口に入れた瞬間から見た目通りの強い味を感じる。肉は店主が言った通りカルビ肉であり、噛むと脂と肉汁が溢れ、柔らかくて簡単に噛み切れる。絶妙な焼き加減である。
(やはり店主さんは良い腕をお持ちですね。あと良いお肉を使われてます)
人参やほうれん草、もやしも柔らかくてシャキシャキといった歯ごたえを残している。ナムルと言うそれはうっすら味が付けられているらしく、ごま油が効いている。
(お野菜の歯ごたえもいいです。お肉の脂とタレと絡んで、たっぷり食べられますね)
そして主張するのはこれに使われているタレであろう。感じとしては焼肉のそれと似ているがそれよりも香辛料がピリリと効いた味わいのタレでそれがモチモチの米や具、卵の黄身と混ざり合い、強い味わいながらも食欲をそそる。
「最初は下品な食べ方と思ったのですがこういう食べ方と思えば美味しく頂けます。炊き込みご飯を混ぜる感じで」
「…私も頂くわ」
咲夜がビビンバを食している間にパチュリーもクッパに取り掛かっている。
スープをかけたタイプと雑炊の様に一緒に炊くタイプがあるクッパ。今回店主が出したのは後者でご飯の粒の固さがちゃんと残っている。
「見た目以上に味はしっかりしているのね」
鶏出汁ベースのスープは温かみを与えると同時に、あっさりとしつつも具材の旨味が溶け込んでいて見た目よりも味がしっかりしている。野菜、干し椎茸からの出汁、生姜の風味、そして一緒に煮込まれたカルビ肉からこちらも良質な脂が出ている。
「出汁と生姜が効いているわ。具も丁度良く柔らかくて」
肉や野菜も歯で噛み切れる程柔らかいが煮込み過ぎていなく、絶妙な歯ごたえを残している。
「最初量がちょっと多いかしらと思ったけどこれなら食べれるわ」
「食事が済んだらデザートも頂きましょう」
「いいけど…大丈夫なの?」
「今日は休暇ですから。良い仕事のためには食も大切ですので」
ねこやに来る前の遠慮はどこへやら、わだかまりが溶けた咲夜は休暇を楽しんでいた。
……少女食事中……
……………
一方その頃…、
「…姫様、サクラです。参りました」
「…入りなさい」
フェイリーの部屋にサクラがひとりやって来ていた。ねこやから戻って来たフェイリーは衣装を変え、部屋の中で静かに正座している。
「そこに座りなさい」
「…え?し、で、ですが」
「いいから座りなさい」
「は、はい…」
正面に座るサクラ。だがその表情は緊張しっぱなしである。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ」
「そ、そんな事申されましても…。あの…私、姫様に何か無礼な事をしてしまったのでしょうか…?」
「いいえ。ただサクラとふたりでお話がしたかっただけですわよ。歳も近いですし」
「そ、そんな恐れ多い事でございます…」
「…ねぇサクラ、貴女今楽しいですか?」
「…え?も、勿論です!姫様のために働けるなんて」
「本当に?」
フュイリーのやや強い言葉にサクラは一瞬止まる。
「ひ、姫様…?」
「貴女の偽りない本当の心を聞かせてください。私の事を考えなくて結構ですから」
「………………わ、私は…」
優しくそう言ったフェイリーにサクラはこらえきれなかったのか本心を伝えた。母を失い、父を失い、家も無くなってしまった。ひとりになってしまったのが凄く寂しかった。父の遺言とその友人の知り合いでここで働く事はできたが今までまともに学も得られず、男親しかいなかったために女の子らしい動きや教えも録に知らない。ただ彼女はとにかく頑張って仕事を覚えようと必死になっていたが、前述の通り今までとは生きてきた環境が全く違う事もあり、怒られる事もしばしば。怒られ、注意をうけるだけなら幾らでも耐えられる。だが誰かに相談しようにも同じ歳位の者は少なく、自分よりもずっと上手く動く。皆やフェイリーの足手まといになっているのが何より悔しかった。
「…姫様。私は…ここに、いていいのでしょうか…」
「勿論ですわ。誰も最初は失敗するもの。失敗しないで成長する者等いませんわよ。ゆっくり学んでいけばいいのです」
「姫様…」
「サクラ。もし話し相手が欲しいなら、私に話してもいいんですよ?」
「…えっ!?そ、そんな失礼な事!」
「失礼等とは思いませんわ。他の者がいれば難しいでしょうけれど、今みたいに誰もいない時はしてください。それに、私も気軽に話せるお友達が欲しいですし」
「お、お友達って私がそんな…とても恐れ多いです」
嬉しい反面遠慮がどうしても勝ってしまうらしいサクラにフュイリーは続けて、
「そうですわ。サクラ、今度一緒に行きたいところがあるのですが…」
その後、ふたりの町娘がカルビ丼とソフトクリームを求めてねこやにやって来る様になったという。そして美しく成長した海国の姫に付き添う、最も彼女の信頼を得た従者がいる様になるのはまだ先の話である…。
…………
おまけ
「お嬢様、お食事にございます」
とある日の紅魔館。休暇を終えた咲夜は再びレミリアの傍で働いていた。
「これは何かしら?」
「ビビンバ、というカルビを使ったお料理です」
「……質問だけれど、ニンニクは入っていないわよね?」
「………ええ」
「何故黙ったのかしら?」
「ふふ、心配いりませんわ。入っておりませんよ」
「……貴女ってたま~にそう言う事あるわよね?」
「お嬢様は刺激を求めておいでですから♪」
「刺激的な生活は好きよ。ただ食事は安心が欲しいのだけれど…」
十六夜咲夜。紅魔館のメイド長にして、レミリアに付き添う従者にして家族。
…しかし実はたま~に敬ったりしていない様なふりをする事があるのは、あまり知られていない。
番外編
「夢の食べ物」
皆さんこんにちは、Storybladeです。
今回の主役は咲夜とサクラというオリジナルキャラ。絡みはありませんが互いに従者という事で。咲夜の過去は色々な説がありますが吸血鬼ハンターという説を使わせて頂きました。
今話が今年最後になります。来年も投稿が遅れがちになると思いますが頑張って書いていきますので、来年も宜しくお願いします。そんな次回はちょっと短めで、多分ですが店主と某キャラの絡みになりそうです。
皆さん、良いお年をお迎えください。
こんにちは、storybladeです。幻想郷食堂をお読み頂きありがとうございます。突然ですがアンケートです。先代博麗の巫女や魂魄妖忌の回があれば読んでみたいと思いますか?公式設定が少ないのでオリジナル要素を含んでしまいますがどうでしょうか?ご意見お願いします。期限は今月一杯です。
-
あれば読んでみたい
-
不安なので読みたくない