神を輓きずりし者達よ   作:Y-Romi | 和井 火戸見

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作中に出てくる「協賛レース」。実際に地方競馬では行われているので、気になったらチェックしてみてください。
ちなみに露木ちゃん。これを書いていた時に生まれた親戚の女の子の名前です。固有名詞を出すのはあまりよろしくないですが、若気の至りということで。


第十話 「たった200mの戦場」

夏が来た。北海道の夏は本州に比べてだいぶ涼しい。練習もしやすく良い季節…、なのだが、私は今日、レース場に来ていた。

大事な友人のデビュー戦である。見ないわけにはいかない。

 

「あ、ゴッド、ウェル。見に来てくれたんだ。」

 

カエデは髪の鈴を鳴らした。見た感じ、緊張もしていないようだ。普段と変わらない。

 

「そりゃあ、見に来てくれたんだから見に来るでしょ。」

 

「だよなぁ」

 

彼女は息を深めに吸い、手を握りしめる動きを見せた。

 

「ウェルもゴッドもすごいレースだったからね、私も負けないよ。」

 

先週のウェルのデビュー戦を思い出したようで、さすがの気迫だ。選抜のあの時と同じ、いや、それ以上か。

 

「さすが、『ジキルとハイド』」

 

カエデはブイサインを見せ、ゲート裏に走っていった。

そんな彼女を見て、ウェルは私に聞く。

 

「…ジキルとハイド、ってなんだ?」

 

私はウェルに、先ほど売店で買ったカスタードのたい焼きをウェルに渡す。

 

「スハイルで言われてるカエデのあだ名。」

 

というのも、カエデは練習だろうと何だろうと、「競う」という行為になった瞬間豹変するのだ。

すさまじい気迫、追いつかれてはいけない、殺されてしまうという恐怖。

 

「それを言われてカエデ本人が言ったのが『ジキルとハイド』」

 

ウェルは大きい口でたい焼きを食べながら「なるほど」とつぶやいた。

 

「お、ファンファーレ。」

 

軽快なトランペットの音が鳴り響く。これを聞くとついに始まったと思う。

 

「帯広レース場、第9R、今、スタートです!」

 

カエデはゲートが開くと同時に足を前に出す。少し出遅れた。

 

「だけど、アイツはその程度じゃ止まらない。」

 

ウェルの言う通り。驚異の速さだ。第一障害に入った時点ですでに追いついている。

レースの本領はここから。刻みと障害のバランスで勝敗が決まる。

 

「シシカエデ!先頭で第二障害に到着だ!」

 

カエデは刻みをあまりしない。止まるには止まるのだが、たいして時間をかけない.

ただ、その代わりに

 

「障害前の溜めが長いな。」

 

ウェルが言う。カエデが汗を垂らしながら待っているうちに、他の走者が障害に登りだした。きっと先に登った彼女たちはカエデがばててしまったと思っているのだろう。

しかし、私はこの光景を知っている。

 

「シシカエデが出た、シシカエデが来たぞ!」

 

実況の声とともに、カエデは最後の直線に入る。前を走っていたウマ娘の横顔は、ホラー映画を見ているかのように恐怖で震えていた。

 

「シシカエデ、今一着でゴールイン!」

 

さすが予想通り、いや、予想以上か。

レースを終え、こっちに走ってきたカエデに祝いの言葉をかける。

 

「おめでとう、強いね。」

 

「えへへー、ありがとう!」

 

カエデは汗を拭きながら言った。その横顔はレース中とは打って変わって晴れ晴れとしている。

 

「そういえば、ウイニングライブ、どうするんだ?」

 

ウェルがそう聞くと、カエデは懐からCDを取り出して言った。

 

「め組の人」

 

「「古っ」」

 


 

「さーてゴッド、レースの話だ。」

 

西高トレーナーはタバコくさいパーカーを脱ぎ捨て、私に言った。

 

「次走、ってことですか?」

 

「いや、ジュニア級のレースの話。」

 

目標レースのことなのだろう。私はレース一覧のパンフレットを開き聞く。

 

「えーっと、イレネー記念とかですかね。」

 

「お、いいとこ見つけたね。」

 

西高トレーナーはペンのふたを歯で開け、真っ白なホワイトボードに書き始めた。

 

「まず、ジュニア級は「ジュニア三冠」を目標レースにすることが多いな。もちろん、他の重賞競走に出たり、中には来年のティアラ路線を見据えて黒ユリ賞に出たりするウマ娘もいる。」

 

トレーナーはボードに3つレースを書いた。

 

「ナナカマド賞、ヤングチャンピオンシップ、イレネー記念。がジュニア三冠。」

 

私はそれらをメモ帳に移しながら、先ほど少し引っかかった単語について質問した。

 

「ティアラ路線というのは?」

 

トレーナーは頭を少し描き、言葉を濁すように言った。

 

「ティアラ路線は、あんまり整備されてないからお勧めしない。」

 

話を聞くと、なぜ勧めないかなんとなく分かってきた。

昔のティアラ三冠はクラシック級の三レースで「黒ユリ賞」「ばんえいプリンセス賞」「ばんえいオークス」の3つだったのだが、ばんえいプリンセス賞は特別競走に格下げ、黒ユリ賞もジュニア級に移動してきたため、3つのレースをすべて制すにはジュニア級に黒ユリ賞に出る必要があるのだ。

 

「じゃあ、どっちが良い?」

 

「…ジュニア三冠でいきます。」

 

私は少し悩み、口を開いた。

 

「おし、分かった。それでいこう。」

 

西高トレーナーは笑い、タバコに手をかけた。

 


 

ジュニア三冠の初戦はナナカマド賞。それに出るにはレース経験が必要で、だから協賛レースにたくさん出よう、とのこと。デビュー戦以来、初のレースだ。気合も入る。…だが。

 

「変な名前だ。」

 

露木ちゃん誕生おめでとう記念

 

協賛レースは基本的に付ける名前は自由。だから、その多くが記念であったり、企業の宣伝だったり。

今回は「誕生日」だろう。露木ちゃんという名前からして女の子だろうか。

すこし気合が入る。祝いのレースだ。最高のレースをしなければ。

 

「さあ帯広レース場第8R、露木ちゃん誕生おめでとう記念。今、ゲートインが終わりました。」

 

ファンファーレの音が耳で反響する。さあ、出走だ。

 

「今、スタートしました!」

 

今日のバ場水分量は3%、先日の雨で相当走りやすいはず。

だとしたら障害に全エネルギーを注げるはず。

 

私は第一障害を難なく登る。この程度の「丘」は話にならない。

 

「さあゼッケン4番ゴッドドラッガー、速いペースで先頭にでました。」

 

刻みは息を荒げないように丁寧に、しかし溜めすぎてタイムに影響が出ないよう注意を払う。

砂塵が舞わない帯広。息も深く吸うことができる。

ああ、気分がいい。

 

手綱を握る手に力が入る。気がつけばもう障害の前だ。

 

「フゥゥゥゥゥ・・・‥。」

 

息を吸い、上半身を安定させる。

足が、大地の上に乗っていることを意識しろ。

地面に垂直に、エネルギーを地面を分散させてはいけない。

 

「行った!ゴッドドラッガーが行ったぞ!」

 

登れ、周りを追いつかせるな。追いつかせてはいけない、私が先頭でなければいけない。

 

「さあ周りを寄せ付けず、今障害を登ったぞ!」

 

貧血なんかで倒れてたまるか。脱水症状なんて起こしてたまるか。

私は万事順調にここに立つ。最も天に近く、最も美しく、そして最も残酷なこの王者の頂上に。

 

「ゴッドドラッガー、驚異的だ!、今止まらず一着でゴールイン!」

 


 

表彰台で、私は子供を連れた女性に出会った。長い髪のきれいな人だ。

 

「あの、ありがとうございます。」

 

やっぱりこの人だった。今回の協賛レースの出資者の方だろう。

 

「いえ、私は走っただけなので。」

 

私が少し慌てながら首を振ると、その人は眠っている赤ちゃんを揺らしながら言った。

 

「いえ、私達はその「走る」あなた達が見たかったんですよ。走るあなた達だったからここに来たんです。」

 

自分の胸の中に知らない感情があふれるのを感じる。悪い気は全くしなかった。

 

「…ありがとうございます。」

 

私は可愛い寝顔の赤ちゃんの手を握った。幸せそうだ。

 

「また見に来てね、ありがとう。」

 

ばんえいは中央とは何もかも違う。規模は小さいし、人もあっちよりかは来ない。

でも、こういう事があるから、私はばんえいで良かったと心から思うのだ。

 

前の日とは打って変わって、私の上には晴天が広がっている。

今日の帯広レース場には乾いた風が吹いていた。




設定紹介Q&A

Q.10話になったし、そろそろ主役について教えてくれや

A.いいでしょう。

「ゴッドドラッガー」
誕生日:12月7日
身長:192cm
中等部ジュニア級
好きな漫画「鋼の錬金術師」
好きな映画「シン・ゴジラ」
好きな食べ物「オムライス」
好きな人のタイプ「要領の良い、器用な人」

メモ:札幌の実家ではカマキリを育てていた。スマホはあるのに、父母ともに文通である。

誕生秘話などはまたいつかお話ししましょうか。
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